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alphabet - hellog〜英語史ブログ

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2019-08-13 Tue

#3760. 周縁部で生み出された独自の文字 [celtic][ogham][runic][alphabet][writing][geography][breton][geolinguistics]

 昨日の記事「#3759. 周縁部から始まった俗語書記文化」 ([2019-08-12-1]) で引用した原より,関連する話題を取り上げたい.周縁部ではほかよりも早く俗語書記文化が発達したということだが,独自の文字の成立もまた,周縁部に特徴的なことだという.原 (213--14) を引用する.

 スカンジナビアでは,ローマ帝国がまだ活力を保っていた後二世紀にルーン(ルーネ)文字が誕生し,北ドイツでは四世紀にウルフィラなる僧侶によって,ゴート文字を用いるゴート語新約聖書の翻訳が試みられた.文字の作製は文学の誕生以前の独自の書記文化創出であり,まさにローマ帝国周縁部での言語的権威創出の試みということができる.この点ではケルト語のオガム文字もそうした試みの一つだといえるが,三世紀末から八世紀の墓碑銘などの碑文に用いられたにすぎなかった.その意味ではこちらは失敗事例といったほうがいい.
 これに対して,ラテン語が教養人のことばとしてふつうに用いられた地中海地域では,いつまでもラテン語の書きことばとしての権威が失われず,地元の言語の文字使用が結果として遅れた.さらにいえば,ローマ帝国期の俗ラテン語の時期を経て,古典ラテン語の権威が九世紀には確立し,一六世紀という近代はじめにまで持続したフランスでは,国家を超えるその権威をフランス語が引き継ごうとした.そこでフランス語のヨーロッパ全域にわたる普遍性が,まさにラテン語の生まれ変わりとして主張されることになる.
 アルモリカの場合はガリアというさらにローマ文化の影響力の強い地域の一部をなしていたわけで,ラテン語の権威はほかのケルト語地域以上に強力に残存していたと考えられる.この時代のブレイス語文学の書きことばの証拠がないのはこうした事情が関係しているだろう.


 周縁部ではラテン語=ローマ字の権威が相対的に低いだけに,自らの言語と文字を権威づけようとする気運が高まりやすいということだろうか.言語地理学的に非常におもしろい話題である.
 なお,引用中で周縁部による文字作製の「失敗事例」と評されているオガム文字については,「#2489. オガム文字」 ([2016-02-19-1]) を参照.

 ・ 原 聖 『ケルトの水脈』 講談社,2007年.

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2019-06-28 Fri

#3714. 活字体(ブロック体)と筆記体 [writing][alphabet][grammatology][elt]

 日本の英語教育では長らく,アルファベットの活字体に加えて筆記体が指導されてきた.英語でいうと活字体(あるいはブロック体とも)は print script, manuscript, ball and stick などと呼ばれ,筆記体は copperplate と呼ばれる.
 近年は筆記体の指導が行なわれなくなってきているようだが,背景には筆記体が実用的な書体とはみなされなくなってきたという事実がある.イギリスの小学校でも,非教育的な書体として放棄されて久しい.ところが,日本の『中学校学習指導要領』の「3 指導計画の作成と内容の取扱い」の (2) のウには「文字指導に当たっては,生徒の学習負担にも配慮しながら筆記体を指導することもできることに留意すること」とあり,公式には筆記体の存続がいまだに許容されている.アナクロな規定が生きながらえているようだ.
 英語母語話者の手書きの手紙やカードなどで筆記体を読む機会はあるではないかと思う向きがあるかもしれないが,多くの場合,あの流れるような手書き書体はいわゆる筆記体ではない.多くの書き手が書いているのは,筆記体とは異なる(しばしば独自の)草書体である.筆記体とはあくまで様々な手書き書体の1つにすぎず,現在それを使っている人は実はごく稀なのである.
 「#3674. Harris のカリグラフィ本の目次」 ([2019-05-19-1]) で見たように,歴史的にも現代においてもアルファベットの書体は多数ある.そのなかで特に実用に供しているわけでもない書体である筆記体を選んで指導するというのも,確かに妙なものかもしれない.私自身は筆記体を習った世代なので,スペリングを板書する際などに出てしまうのだが,何割かの学生は判読できない(少なくとも判読しにくい)のだろうなと反省する.見ている側にとっては,ある種のカリグラフィの趣味を押しつけられているように感じてしまうかもしれない.ただし,英語アルファベットにもいろいろな書体があるという事実に気付いてもらう機会として,ポジティヴに評価することもできなくはないが.
 以上は手島 (25--28) の「『筆記体』に関する「学習指導要領」の認識について」というコラムに拠ったが,その手島 (26) には脱筆記体論についての説得力のある議論がある.引用しておこう.

英米人から受け取った手紙やカードの文字が読みづらいことは,現実にはあるでしょう.けれども,そうした文字が読めない,あるいは,非常に読みにくいのは,筆記体を知らないせいなのでしょうか.相当の高齢者でない限りは,その絵はがきを書いた人も,学校時代に筆記体は習っていないのです.とすれば,その人の書いた文字は,自己流の続け字か,場合によっては,(失礼ながら)悪筆かのどちらかです.ひょっとしたらその文字は,英語を母語とする人にさえも読みにくいかもしれません.筆記体を習っていないせいで読めないと早合点しないように指導することが大切です.大学時代の英米の先生の手書き文字を思い出したり,現在一緒に仕事をしているALTの手書き文字を眺めたりしてみてください.筆記体で書く人はまずいないはずです.


 ・ 手島 良 『これからの英語の文字指導』 研究社,2019年.

Referrer (Inside): [2020-05-23-1]

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2019-06-23 Sun

#3709. アラム文字 [aramaic][writing][alphabet][mongolian]

 アラム文字 (Aramaic) は,アルファベット史のなかでも大変重要な位置を占めている.「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1]) で示したアルファベット系統図より,関連する箇所を抜き出して拡大すると次の通り.

Aramaic

 アラム文字は北セム文字から派生しており,文字史上きわめて重要なフェニキア文字 (Phoenician) とも密接な関係にある.これらを含めた種々のアルファベット間の派生関係は研究者間でも意見が分かれているが,『世界の文字の図典 普及版』に基づいた上の系統図に依拠するならば,アラム文字は,ウィグル文字,モンゴル文字,満州文字,シリア文字,アラビア文字,ヘブライ文字,そしてブラーフミー文字などの共通の母となっている.文明史上,きわめて重要な位置づけにあることが分かるだろう.
 アラム文字は,紀元前11--8世紀にシリアで栄えたアラム人が,その母語アラム語を表記するために北セム文字を改良したものである.アラム語自体は,アフロ=アジア語族のセム語派に属する言語である.紀元前5世紀にはペルシア帝国の共通語であったばかりか, 旧約聖書の原典のいくつかはアラム語で書かれている.その一方言であるガリラヤ方言は,イエスの母語であったともされる.このような言語を書き記すための文字だったため,アラム文字は古代オリエント世界における共通文字という地位を獲得した.アラム語は日常語としては8世紀以降にアラビア語に取って代わられたが,現在でもシリアのアンチ・レバノン山脈の山村などで現代アラム語として話されている.
 『世界の文字の物語』 (34) より「アラム文字の成立と発展」の記述を引用しよう.

 アラム文字は古代オリエント世界で最も多くの人々に利用されたアルファベットであろう.前1000年頃からシリアを中心に活発な活動を始めたアラム人が用いていた文字である.北西セム文字の一種で,前8世紀以降,字形が実用化・簡略化をたどりながら,フェニキア文字から次第に成立していったと考えられている.子音中心のアルファベット,文字数は22であり,右から左に書かれる.これらの特徴は,アラム文字がさまざまに分化して生じたアラム系の各文字にも基本的に受け継がれている.アラム人の母語アラム語は,アッシリア語やフェニキア語,ヘブライ語,アラビア語などと同じセム語派に属する.
 アラム人は政治的にはアッシリア帝国に敗れるが,その領内ではアラム語・アラム文字は広まり,アッシリア語に次ぐ第二の行政言語となった.アラム文字の使用はイラン西部にまで及んだ.その後,前6世紀末,アカイメネス朝ペルシアのダレイオス1世によってアラム語が第一行政言語となり,古代オリエント全域でアラム文字が使用されるようになった.年度版に刻まれる楔形文字と違い,アラム文字は主にインクで羊皮紙やパピルスに記される.


 アラム文字は,紀元前1千年紀のオリエント世界に時めいた scriptura franca だったといってよい.
 アルファベット史と関連して,以下の記事も参照.

 ・ 「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1])
 ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
 ・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
 ・ 「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1])
 ・ 「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1])
 ・ 「#1853. 文字の系統 (2)」 ([2014-05-24-1])
 ・ 「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1])
 ・ 「#2416. 文字の系統 (4)」 ([2015-12-08-1])
 ・ 「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1])
 ・ 「#2390. 文字体系の起源と発達 (2)」 ([2015-11-12-1])
 ・ 「#2399. 象形文字の年表」 ([2015-11-21-1])
 ・ 「#2414. 文字史年表(ロビンソン版)」 ([2015-12-06-1])
 ・ 「#2888. 文字史におけるフェニキア文字の重要性」 ([2017-03-24-1])
 ・ 「#2448. 書字方向 (1)」 ([2016-01-09-1])
 ・ 「#2449. 書字方向 (2)」 ([2016-01-10-1])
 ・ 「#2482. 書字方向 (3)」 ([2016-02-12-1])
 ・ 「#2483. 書字方向 (4)」 ([2016-02-13-1])

 ・ 『世界の文字の図典 普及版』 世界の文字研究会(編),吉川弘文館,2009年.
 ・ 古代オリエント博物館(編)『世界の文字の物語 ―ユーラシア 文字のかたち――』古代オリエント博物館,2016年.

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2019-06-14 Fri

#3700. 「アルファベットと鉄による文明の大衆化」論 [history][alphabet][writing][language_myth]

 紀元前2千年紀半ば以降に人類が獲得した2つの技術的発明の意義について,マクニール (128--29) が次のように述べている.

 アルファベット表記の発明の重要性は,ほぼ同じころおこった鉄の採用のそれと比べられよう.鉄の器具や武器は,貧富の差を和らげて,戦争や社会を大衆化した.また,上に述べたように,それは,はじめて農村の農民と都会の工人に互恵的な交換関係を結ばせて,文明というものを真に地域的特色を持つものにした.同じように,アルファベット文字は,普通人にも文字の初歩をなんとか学ばせるようにして,学問を大衆化したのである.アルファベットによって,それまでは特殊な神官団の中に保持されていた文明社会の高度の知的伝統が,かつてないほどに,俗人や一般人に解放された.さらに重要なのは,アルファベット文字のおかげで,俗人,一般人が,文明共同社会の文字による世襲財産に貢献することがひじょうに容易になり,結果としてその財産の種類の幅と量が大いにひろげられたことである.例えば,アルファベット文字がなかったら,アモスのような無学な牛飼いとか,その他だれにせよヘブライの預言者の言ったことなどが記しとめられて,後世今日にいたるまで人の思想と行動に影響を与えるようなことはなかっただろう.
 したがって,鉄とアルファベットの影響は,全人口のうちの以前より大きな部分が,文明生活の経済的,知的営みにもっと参加できるような状態をつくり出し,それまでにないほどしっかりと文明的な生活スタイルを確立させることになったのである.


 ここでマクニールは,アルファベットの発明と製鉄技術を,人類史における大衆的で民主的な革新ととらえて,その歴史的な意義を強調している.アルファベットより前の文字は一般庶民が容易に学べる類いの文字ではなく,その使用は閉鎖的な特権集団の内部に限られていた.ところが,数十個以下の文字数であらゆる言語を表記できるアルファベットが発明されたことにより,それを学習し使用する機会が一般社会に解放され,文明生活の拡大に寄与したというわけだ.
 これはもっともな理屈のように思われるし,実際にそのような側面もあり得たことは私も否定しない.しかし,アルファベットの単純さと学びやすさという要因のみで,文明生活の拡大という現象を説明することはできないだろうと考えている.「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1]) の記事で,今回のマクニールの唱えるようなアルファベットの大衆性仮説に対する反論を展開したが,むしろ同仮説は神話的といってすらよい代物かもしれないのだ.
 この問題と関連して,「#2577. 文字体系の盛衰に関わる社会的要因」 ([2016-05-17-1]),「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1]),「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」 ([2011-08-25-1]),「#3568. literacy は認知上の決定的な差異をもたらすか? (1)」 ([2019-02-02-1]),「#3569. literacy は認知上の決定的な差異をもたらすか? (2)」 ([2019-02-03-1]),「#3545. 文化の受容の3条件と文字の受容」 ([2019-01-10-1]) の記事も参照.
 なお,鉄のもつ大衆的な性格についてもアルファベットと比較し検討したいところだが,門外漢なので控えておく.

 ・ マクニール,ウィリアム・H(著),増田 義郎・佐々木 昭夫(訳) 『世界史(上)』 中央公論新社,2008年.

Referrer (Inside): [2023-01-26-1]

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2019-05-19 Sun

#3674. Harris のカリグラフィ本の目次 [toc][review][calligraphy][alphabet][writing][history]

 Harris 著,ローマン・アルファベットの書体に関するイラスト本 The Art of Calligraphy は眺めていて飽きない.歴史上の様々な書体が,豊富な写本写真や筆による実例をもって紹介される.文字や筆記用具に関する蘊蓄も満載.
 本書の目次がそのままローマン・アルファベットの書体の歴史となっているので,以下に再現しておこう.

Introduction
   The Development of Western Script
   Script Timeline
   Getting Started
Roman & Late Roman Scripts
   Rustic Capitals
   Square Capitals
   Uncial & Artificial Uncial
Insular & National Scripts
   Insular Majuscule
   Insular Minuscule
Caroline & Early Gothic Scripts
   Caroline Minuscule
   Foundational Hand
   Early Gothic
Gothic Scripts
   Textura Quadrata
   Textura Prescisus
   Gothic Capitals & Versals
   Lombardic Capitals
   Bastard Secretary
   Bâtarde
   Fraktur & Schwabacher
   Bastard Capitals
   Cadels
Italian & Humanist Scripts
   Rotunda
   Rotunda Capitals
   Humanist Minuscule
   Italic
   Humanist & Italic Capitals
   Italic Swash Capitals
Post-Renaissance Scripts
   Copperplate
   Copperplate Capitals
Roman & Late Roman Scripts
   Imperial Capitals
Script Reference Chart
Glossary
Bibliography
Index & Acknowledgments


 ・ Harris, David. The Art of Calligraphy. London: Dorling Kindersley, 1995.

Referrer (Inside): [2020-05-23-1] [2019-06-28-1]

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2019-05-13 Mon

#3668. なぜ大文字と小文字の字形で異なるものがあるのですか? [sobokunagimon][alphabet][writing][calligraphy][capitalisation]

 標題は非常によく出される素朴な疑問です.ローマン・アルファベットの大文字・小文字の字形には,<C, c>, <K, k>, <O, o>, <P, p>, <S, s>, <U, u>, <V, v>, <W, w>, <X, x>, <Z, z> のようにほぼ相似形のものがあります.これらは分かりやすく学習も容易です.しかし,一方で <A, a>, <B, b>, <D, d>, <E, e>, <F, f>, <G, g>, <H, h>, <I, i>, <J, j>, <L, l>, <M, m>, <N, n>, <Q, q>, <R, r>, <T, t>, <Y, y> のように相似形でないものもあります.相似形でないばかりか,相当かけ離れているペアもあります.たとえば <D, d> などはループの向きが左右逆です.なぜこのような似ていない大文字・小文字のペアがあるのでしょうか.
 「#1309. 大文字と小文字」 ([2012-11-26-1]) で大文字と小文字の略史を記しましたが,ざっくりまとめれば次のようになります.まず,ローマ時代には大文字のみが存在しました.碑文として彫られた格調高い Imperial capitals が,その代表的な書体です.その後,ローマ帝国が崩壊し,時代が中世に移り変わると,各国で様々な草書体が生み出されました.早書きに耐える実用的な書体が求められたためです.実用的な書体の字は,いきおい小型化します.これが小文字の起源です.
 漢字の楷書体,行書体,草書体を思い浮かべてみればわかると思いますが,草書体化が進むと,元の字形から著しくかけ離れていくのが普通であり,相似していることはむしろ稀です.ローマン・アルファベットでもそれは同じことで,各国・各時代において草書体化や書体の派生が重なり,結果としてしばしば元の大文字とは見映えが異なる小文字が成立することになりました.中世の代表的な小文字の書体は,781--90年のシャルルマーニュの教育改革に際して生み出された Carolingian minuscule という書体です.
 さて,時代がルネサンスに入ると,イタリアで新時代にふさわしい書体を採用しようという動きが起こります.古典にあこがれていたルネサンス期の人々は,大文字には古代ローマの威厳を体現する Imperial capitals を採用しました.しかし,小文字については,ローマ時代には前述のとおりそれが存在しなかったため,中世の代表的な小文字書体である Carolingian minuscule を採用することにしました.Carolingian minuscule も,いってみれば Imperial capitals からの派生書体の1つといえますが,数世紀にわたる草書体化を繰り返した果ての姿ですから,当然ながら Imperial capitals の字形とはそれなりに異なったものになってしまっていました.この Imperial capitals (大文字)と Carolingian minuscule (小文字)のペアが,初期近代期にイタリア以外にも広がり,現代のローマン・アルファベットの標準的な書体となったのです.
 標題の素朴な疑問に立ち戻りましょう.上記のような経緯で現在の大文字と小文字のセットが定まってきたことを考えれば,両者の字形がきれいな相似形となることは,むしろ稀なことだとわかります(冒頭に挙げたように,実際に相似字形のペアは少数派です).ただし,漢字に比べればローマン・アルファベットは単純な幾何学的字形なので,形が崩れたとしても,そこそこ相似的にとどまる傾向もあるのだろうとは思います.
 標題の疑問は,「なぜ大文字と小文字の字体で同じものがあるのですか?」と問い直すほうが妥当かもしれません.

Referrer (Inside): [2020-05-23-1] [2019-05-22-1]

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2019-04-24 Wed

#3649. q の後には必ず u が来ますが,これはどういうわけですか? [sobokunagimon][alphabet][digraph][q][spelling]

 連日,学生から寄せられた素朴な疑問を取り上げています.今回は英単語のスペリングでよく見かける <qu> という2文字の連続についての疑問です.queen, quick, quiet, quote, quality のように <q> の後にはほぼ必ず <u> が来ます.これは,他の子音字で直後にくる母音字がこれほど限定されているものはないのではないかという観察に基づく発問として,おもしろいと思います.
 たしかに,<q> の後には <u> という母音字(正確にいえば /w/ という半子音を表わす半子音字)がほぼ100%の確率で現われます.「#1599. Qantas の発音」 ([2013-09-12-1]) でみたように,略語や借用語などにいくつかの例外はみられるにせよ,事実上 <qu> という連鎖が決め打ちであるといってよいでしょう.<q> が現われた瞬間,次に来るのは <u> であるとほぼ完全に予測できてしまうので,情報理論的にいえば <u> の情報価値はゼロということになり,余剰的な綴字ということができます(cf. 「#2249. 綴字の余剰性」 ([2015-06-24-1])).したがって,綴字に合理性を求めるのであれば,先に挙げた語は *qeen, *qick, *qiet, *qote, *qality と綴ってもよいことになります.<q> = /kw/ という取り決めを作ってしまえば,むしろ簡単便利なのかもしれません.
 しかし,英語ではそのような合理化は生じてきませんでした.一般論でいえば,言語は必ずしもすべてが合理的にできているわけではなく,合理的な方向へ変化するものでもありません.むしろある種の無駄を積極的に許容し,上で触れたような余剰性 (redundancy) を確保する傾向がみられます.また,/kw/ という2音を表わすのに <qu> という2文字を用いるというのは,ある意味ではわかりやすいともいえます.
 しかし,<qu> が固定セットであり続けた最大の理由は,中英語期の英語話者たちの大陸文化への憧れと,その際に受け入れた綴字伝統の惰性的保持にあったといってよいでしょう.古英語では <qu> はおろか <q> という文字自体が使われておらず,現在の queen, quickcwen, cwic などと綴られていました.当時は,<cw> が <qu> の役割を果たしていたのです.2音 /kw/ に対応する2文字の組み合わせという点では,同じ方針を採っていたことになります.これはこれで完璧に機能しており,変わる必要もなかったのですが,中英語期になるとラテン語やフランス語に代表される大陸文化への憧れが昂じ,それらの言語ですでに定着していた <qu> でもって従来の <cw> を置き換えるという傾向が出てきました.こうして,<q> という文字,そして <qu> という綴字が英語に導入されたのです.一言でいえば,当時の英語の書き手が,ミーハー的に大陸の流行に飛びついたということです.流行というのは合理性とは別の軸で作用するものであり,むしろ無駄な格好よさを指向するものなのかもしれません.英語は,その後も現在に至るまで,<qu> という大陸文化の香り豊かな見映えを尊重し,それに満足し,保持してきたのです.
 結果的に,現代英語では /k/ の音(/kw/ の一部としての音も含め)を表わすのに,少なくとも <c>, <k>, <qu> という3つの綴字を使い分けなければならないはめに陥っています.この三つ巴の抗争の深い歴史的背景(英語史の枠をはみ出し,さらに古い時代にも及ぶ)については,「#2367. 古英語の <c> から中英語の <k> へ」 ([2015-10-20-1]) や「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1]) の記事をご覧ください.

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2019-01-12 Sat

#3547. 文字体系の原理,3種 [writing][grammatology][grapheme][alphabet][typology]

 古今東西の文字の種類について,「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]),「#2341. 表意文字と表語文字」 ([2015-09-24-1]),「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1]),「#3443. 表音文字と表意文字」 ([2018-09-30-1]) などで話題にしてきた.
 英語のアルファベットは原則として表音文字,とりわけ単音文字といってよいが,綴字としてみれば表語文字(正確には表形態素文字)に近いという点で混合的な性質をもっている.漢字は,典型的な表語文字と称されるが,ときに表音的な用いられ方もする.どの文字体系も,純粋に表音なり表語なりという単一の機能を担っているわけではなく,いずれも混合的ととらえるべきである.あくまで各原理の配分バランスの問題とみてよいだろう.
 上で「機能」とか「原理」とか呼んできたものは,「表音」と「表語(あるいは表形態素)」の2種類につきるだろうか.いや,もう1つありそうに思われる.それは「歴史」あるいは「伝統」である.どういうことかというと,ソシュールと並ぶ構造主義言語学の先駆者 Jan Baudouin de Courtenay が "phonetic", "etymological", "historical" の3つを,文字体系における3つの原理として,つまり正書法の決定要因として挙げているのだ (Rutkowska 206) .これらは,換言すれば "pronunciation", "origin", "tradition" である.
 2つめの "etymological/origin" とは,共時的に引きつけていえば表語・表形態素機能を指しているといってよい.そして,3つめの "historical/tradition" とは,共時的な表音・表語機能としては説明できない,その他の一切合切の綴字現象を説明するための(最後の)手段を指す.クルトネは,共時的にみて不規則なものを,この第3の箱に投げ込むということだ.
 なるほど,「不規則」や「説明不能」といってしまっては身も蓋もないところを,「歴史」や「伝統」といえばスマートに聞こえるから,ものは言いようである.私が翻訳した『スペリングの英語史』の著者 Simon Horobin も,英語の綴字には「歴史」と「伝統」が宿っていると主張して筆を下ろすのだが,これも皮肉な見方をすれば「不規則」とか「無秩序」の体のよい言い換えなのかもしれない.
 ただ,「ものは言いよう」ということも,それ自身が1つのものの言いようなのであって,別の言い方をすれば「見方の転換」なのである.文字体系が完璧な共時的機能を有する機構であるとする構造主義的な見方自体が,偏っているのだろう.おそらく文字体系の何割かは通時的な産物としてしか説明できず,歴史と伝統が生み出したものと考えざるをえない代物なのだろうと思う.

 ・ Rutkowska, Hanna. "Orthography." Chapter 11 of The History of English. 1st vol. Historical Outlines from Sound to Text. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin: Mouton de Gruyter, 2017. 201--17.

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2019-01-10 Thu

#3545. 文化の受容の3条件と文字の受容 [writing][japanese][kanji][alphabet][runic][buddhism][christianity]

 安藤達朗(著)『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 【教養編】』を読んでいる.様々な点で示唆に富む日本史だ.pp. 30--31 に「文化の受容」と題するコラムがあり,その鋭い洞察に目がとまった.

異質の文化が受容されるには,一般に3つの条件がある.第一に,それが先進的なものであるならば,それを受容しうる能力がなければならない.例えば,江戸幕末に欧米近代文明を受容できたのは,日本人の中にすでに合理的思考法の素地もあり,技術に対する理解もかなり進んでいたからである.第二に,それを受容することが必要とされなければならない.例えば,元寇の際に日本軍は元軍の「てつはう」に悩まされながらも,それを取り入れる関心を示さず,戦国時代には鉄砲が伝わると数年後に国産されるようになったのは,鎌倉時代には集団戦が一般化していなかったからである.第三に,受容するに際して,受容する側の主体的条件によって選択がなされ,変更が加えられる.例えば仏教が受容されるとき,その教義よりは呪術的な側面に関心が向けられ,一方では鎮護国家の仏教となり,一方では土俗信仰と密着していったことはそれを示す.


 文化の受容には,(1) 受容能力,(2) 受容の必要性,(3) 選択と変更,の3点が要求されるということだ.
 言語史に関連する文化の受容の最たるものは,文字の受容だろう.英語や日本語の文字の歴史を振り返ると,いずれも進んだ文字文化をもっていた大陸からの影響で文字を使い出した.アングロサクソン人も日本人も,ローマ字や漢字との接触こそ紀元前後からあったが,必ずしもその段階でそれを「受容」はしなかった.そこまで文化が開けておらず受容の「能力」も「必要性」も足りなかったからだろう.要は当時はまだ準備ができていなかったのである.アングロサクソンでも日本でも,先進的な文字は5--6世紀になってようやく,国家成立の機運や大陸の宗教の流入という契機と結びつく形で,本格的に受容されるに至った.文字受容の能力と必要性を磨くのに,最初の接触以来,数世紀の時間を要したのである.
 また,「選択と変更」という観点から,両社会の文字の受容を再考してみるのもおもしろい.アングロサクソン人はローマ字を受容する以前にすでにルーン文字をもっていたのであり,その意味では2つの選択肢のなかから外来の文字セットをあえて「選択」したともいえる.あるいは,後に常用するようになったローマ字セットのなかにルーン文字に由来する <þ> や <ƿ> を導入したのも,一種の「選択」とも「変更」ともいえる.日本の漢字の受容についても,数世紀の時間は要したが,漢字セットの部分集合を利用し,大幅な形態や機能の「変更」を経て仮名を作り出したのだった.
 日英の文字の受容史については,これまでもいろいろと書いてきたが,とりわけ以下の記事を参考として挙げておきたい.

 ・ 「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1])
 ・ 「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」 ([2011-08-25-1])
 ・ 「#2386. 日本語の文字史(古代編)」 ([2015-11-08-1])
 ・ 「#2485. 文字と宗教」 ([2016-02-15-1])
 ・ 「#2505. 日本でも弥生時代に漢字が知られていた」 ([2016-03-06-1])
 ・ 「#2757. Ferguson による社会言語学的な「発展」の度合い」 ([2016-11-13-1])
 ・ 「#3138. 漢字の伝来と使用の年代」 ([2017-11-29-1])
 ・ 「#3486. 固有の文字を発明しなかったとしても……」 ([2018-11-12-1])

 ・ 安藤 達朗 『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 【教養編】』 東洋経済新報社,2016年.

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2018-11-12 Mon

#3486. 固有の文字を発明しなかったとしても…… [japanese][writing][grammatology][kanji][alphabet]

 昨日の記事「#3485. 「神代文字」を否定する根拠」 ([2018-11-11-1]) で,日本語固有の文字と主張されてきた「神代文字」を否定した直後に,沖森 (33--34) は次のようなフォローの文章を続けている.

自らが使用する言語に固有の文字があることを願う気持ちは,自然な心情としてそれなりに理解できます.しかし,ギリシア文字がフェニキア文字に由来すること,そのギリシア文字からラテン文字が作り出されたことなどからわかるように,ほかの言語の文字に工夫を加えて,自らの言語に適した文字を作り上げていくというのも自然の流れですし,むしろ世界の言語における文字成立の由来としてはその方が圧倒的に多いのです.ですから,固有の文字体系がないという劣等感を持つ必要はまったくありませんし,それよりも,工夫を凝らして自らの言語をしっかりと書き記せる文字を成立させたことを誇りに思ってよいのです.


 この議論は,世界的な言語である英語の歴史で考えてみても通用する.英語には固有の文字はない.初期のアングロサクソンのルーン文字にせよ,6世紀末以降に借用されたローマン・アルファベットにせよ,前段階の文字からの派生物にすぎない.上の引用文中にあるように,いずれもギリシア文字へ,さらにフェニキア文字へ,究極には北西セム文字へと遡るのである.しかし,英語はローマン・アルファベットを発明こそしなかったけれども,英語独自の音を表記するために,その文字やスペリングに様々な工夫や改良を加え,長い時間をかけて実用的なものへと徐々に仕立て上げてきたのである.文字に関しては,古代日本語の母語話者も古代英語の母語話者もほぼ同じことをしてきたのである.
 アルファベットや漢字を発明した初代の創業者は確かに偉い.しかし,のれんを継ぎ,工夫しながら世の中で繁栄し続けた二代目以降も,別の意味でまた偉い.「誇り」ということでいうならば,互いを認めつつ各々の立場で誇りをもつことが大事である.

 ・ 沖森 卓也 『はじめて読む日本語の歴史』 ベレ出版,2010年.

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2018-09-30 Sun

#3443. 表音文字と表意文字 [grammatology][writing][spelling][alphabet][kanji][hiragana][katakana]

 本ブログでは,文字の分類について「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]),「#2341. 表意文字と表語文字」 ([2015-09-24-1]),「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1]) などで,様々な角度から考えてきた.一般的には alphabet は表音文字で,漢字は表意文字(あるいは表語文字とも表形態素文字とも考えられる)と言われるが,アルファベットを1個以上つなぎ合わせてまとまりをなす綴字 (spelling) という単位で考えるならば,それは漢字1文字に相当すると考えられるし,逆に漢字の多くが部首を含めた小さい要素へ分解できるのだから,それらの要素をアルファベットの1文字に相当するものとして見ることも可能である.この点についても,直接・間接に「#284. 英語の綴字と漢字の共通点」 ([2010-02-05-1]),「#285. 英語の綴字と漢字の共通点 (2)」 ([2010-02-06-1]),「#2913. 漢字は Chinese character ではなく Chinese spelling と呼ぶべき?」 ([2017-04-18-1]),「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1]) などの記事で扱ってきた.
 上記は,要するに,表音文字や表意文字というような文字の分類がどこまで妥当なのかという議論である.この問題について,清水 (3) が次のように明快に述べている.

 文字はその性質から表音文字 (phonogram) と表意文字 (ideogram) に分けるのが広く一般的に行われている分類法であるが,それは理に適った分類とはいえない.文字は音と意味の結びついた言語記号を表記するものであるから,その一方だけを表すものは定義上文字とはいえない.
 表音文字と呼ばれるローマ字や仮名もその文字体系を構成している字の連続によって語を表しているのであり,一方,表意文字の代表とされる漢字もやはりその表す語の音をまた表記していることに変わりはない.したがって,文字体系を分類するならば,その体系を構成する各々の文字が語をどのような単位にまで分析して表記しようとするのかという観点から分類がなされなければならない.たとえば,梵字は音素文字的性質を持つ音節文字であり,ハングルは音節文字的性質を有する音素文字であるというように.
 ローマ字のような音素文字の場合でも,その連結によって表そうとするのは音と意味の結合した記号であるから,その綴字と音との間にズレが生じてもその文字としての役割を依然として果たすことができる.すなわち,一音一字という関係が常に保たれるわけではない.


 伝統的な文字論における概念や用語は,今後整理していく必要があるだろう.

 ・ 清水 史 「第1章 日本語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.1--21頁.

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2018-08-09 Thu

#3391. Johnson にも悩ましかった i/j, u/v の「四つ文字」問題 [johnson][alphabet][u][v][j][grapheme]

 「#3049. 近代英語期でもアルファベットはまだ26文字ではなかった?」 ([2017-09-01-1]) で紹介したように,1755年に影響力のある辞書を世に送った Samuel Johnson (1709--84) は,アルファベットの文字数は理屈の上で26文字としながらも,実際の辞書の配列においては i/j, u/v の各々を一緒くたにする伝統に従った.I, V の見出しのもとに,それぞれ次のような説明書きがある.Crystal の抜粋版より引用する.

I
is in English considered both as a vowel and consonant; though, since the vowel and consonant differ in their form as well as sound, they may be more properly accounted two letters.
   I vowel has a long sound, as fine, thine, which is usually marked by an e final; and a short sound, as fin, thin. Prefixed to e it makes a diphthong of the same sound with the soft i, or double e: thus field, yield, are spoken as feeld, yeeld; except friend, which is spoken frend. Subjoined to a or e it makes them long, as fail, neight; and to o makes a mingled sound, which approaches more nearly to the true notion of a diphthong, or sound composed of the sounds of two vowels, than any other combination of vowels in the English language, as oil, coin. The sound of i before another i, and at the end of a word, is always expressed by y.
   J consonant has invariably the same sound with that of g in giant; as jade, jet, jilt, jolt, just.

V
Has two powers, expressed in modern English by two characters, V consonant and U vowel, which ought to be considered as two letters; but they were long confounded while the two uses were annexed to one form, the old custom still continues to be followed.
   U, the vowel, has two sounds; one clear, expressed at other times by eu, as obtuse; the other close, and approaching to the Italian u, or English oo, as obtund.
   V, the consonant, has a sound nearly approaching to those of b and f. With b it is by the Spaniards and Gascons always confounded, and in the Runick alphabet is expressed by the same character with f, distinguished only by a diacritical point. Its sound in English is uniform. It is never mute.


 各文字の典型的な音価や用法がわりと丁寧に記述されているのがわかる.ここでも明言されているように,Johnson はやはり ij, uv は明確に区別されるべき文字とみなしている.それでも,これまでの慣用に従わざるを得ないという立場をもにじませている.この辺りに,理屈と慣用の狭間に揺れるこの時代特有の精神がよく表わされているように思われる.
 この「四つ仮名」ならぬアルファベットの「四つ文字」の問題の歴史的背景については,「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1]),「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]),「#2415. 急進的表音主義の綴字改革者 John Hart による重要な提案」 ([2015-12-07-1]) を参照されたい.

 ・ Johnson, Samuel. A Dictionary of the English Language: An Anthology. Selected, Edited and with an Introduction by David Crystal. London: Penguin, 2005.

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2018-07-14 Sat

#3365. 以呂波引きの元祖『色葉字類抄』 (2) [lexicography][japanese][dictionary][alphabet][cawdrey]

 [2017-05-05-1]の記事で,日本語史上最初のイロハ順国語辞書『色葉字類抄』を取り上げたが,改めてこの話題に触れよう.沖森 (209--10) が『日本語全史』のなかで,この辞書について次のように述べている.

『色葉字類抄』(橘忠兼,三巻)は最初の国語辞書といわれるもので,一一四四?一一八一年の間に補訂を加えて成立した.漢語を含む見出し語を,第一音節の仮名でイロハ順に四七部に分け,さらにそれぞれの内部を,天象・地儀・植物・動物・人倫・人体・人事・飲食・雑物・光彩・方角・員数・辞字・重点・畳字・諸社・諸寺・国郡・官職・姓氏・名字の二一部に分けたものである.語の読みに従って漢字表記を求めるためなど,日常的な実用文や漢詩を作成する際に用いる目的で編纂されたものと考えられる.百科語に類するものが多い中で,日常的に用いる普通語が収められている点でも国語辞書にふさわしい体裁をなしている.

 興味深いのは,なぜ12世紀半ばというタイミングで『色葉字類抄』が世に出たのか,という問いだ.これについて,沖森 (210--11) は次のように論じている.

 十二世紀ごろになって,このような国語辞書が出現しえた大きな要因に,配列基準としての「いろは歌」が十一世紀前半において成立し,次第に普及してきたことがある.「いろは歌」は仮名を重複させずに網羅したものであるから,その仮名によって語を分類することが可能となる.従って,「いろは歌」の社会的定着によって,ようやく一定の基準で語を配列させた「音引き国語辞書」の成立する条件が整ったのである.
 ただ,その音引きによる分類は語の第一音節のみで,第二音節以降には採用されなかった.むしろ,旧来の意義分類の方式(たとえば源順『和名類聚抄』)をも併用することで,その検索の利便性を図ろうとしている.確かに,音引きに慣れれば今日のように引きやすいと感じるかもしれないが,表現辞典としての使用法を考えると,同じような意味を持つ語がまとまって示されている方が便利でもある.語頭の音引きと意義分類との折衷方式は,前代からの流れの中で,実用的な配列基準として採用されたものであり,その便利さゆえに近世の「節用集」に至るまで国語辞書の主流を占めた.


 確かに「いろは歌」が先に成立し,確立していなければ,イロハ順の辞書を作ろうという発想も生じ得ないわけだから,このタイミングと因果関係には納得がいく.
 ここで英語史に思いを馳せると,いろいろと比較できておもしろい.近現代人にとってイロハ順にせよ五十音順にせよアルファベット順にせよ,音引き辞書の発想は自明だが,その発想の出現や定着は,歴史的には案外新しいものである.英語の世界でも,アルファベット順という原理こそ古英語期から知られていたものの,それが本格的に適用されたのは15世紀になってからのことである(cf. 「#1451. 英語史上初のコンコーダンスと完全アルファベット主義」 ([2013-04-17-1])).同様に,アルファベット順に基づいた最初の英語辞書が現われたのも,1604年と案外遅い(cf. 「#603. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (1)」 ([2010-12-21-1])).しかも,当時は読者にとってまだアルファベット順は自明ではなかった節があるし,さらには厳密にアルファベット順が守られたのは語頭文字のみであり,2文字目以降では必ずしも守られていなかったという,『色葉字類抄』によく似た事情もあった(「#604. 最初の英英辞書 A Table Alphabeticall (2)」 ([2010-12-22-1]) の (6) を参照).また,A Table Alphabeticall も『色葉字類抄』も「日常語」を収録した初めての辞書だった点で共通している.いずれもある意味で「現代的国民的国語辞書」の先駆けだったのである.
 ちなみに,イロハ順ではなく五十音順の国語辞書の嚆矢は1484年の『温故知新書』(大伴広公)であり,『色葉字類抄』より3世紀以上も遅れている.五十音順は近世でも『和訓栞』(谷川士清)で用いられたが,一般的になるのは大槻文彦の『言海』 (1889--91年)以降のことである.

 ・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.

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2018-04-19 Thu

#3279. 年度初めの「素朴な疑問」を3点 [sobokunagimon][alphabet][numeral][be]

 本年度も大学で英語史概説の講義が始まった.いつも初回には英語の「素朴な疑問」を学生より収集しているが,しばしば多くの学生から重複した疑問が寄せられる.およそ本ブログのどこかで回答したり解説を加えたりしているので,今回とりわけ目に付いた3つの「素朴な疑問」について,簡単なコメントを付し,関連するブログ記事へのリンクを張っておきたい.

[ 素朴な疑問1 ] 英語のアルファベットはなぜ A, B, C . . . Z という並び順になっているのか?

 一言でいえば,英語がラテン語からアルファベットを借りたときに,およそその並び順だったから.そして,そのラテン語はギリシア語からアルファベットを借りたときに,およそその並び順だったから.さらに,そのギリシア語は・・・と続けていくと,最終的には紀元前1700年頃に北セム諸語を表記した原初のアルファベットがおよそその並び順だったから,ということになる.では,その原初のアルファベットにおける並び順の論理はといえば,なかなか一意に定めがたい.以下の記事を参照.

   ・ 「#2105. 英語アルファベットの配列」 ([2015-01-31-1])
   ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
   ・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
   ・ 「#1832. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (1)」 ([2014-05-03-1])
   ・ 「#1833. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (2)」 ([2014-05-04-1]

[ 素朴な疑問2 ] なぜ eleven, twelve は,*oneteen, *twoteen などではないのか?

 これも難しい問題だが,英語の属するゲルマン語派において12進法の伝統があったことが関与する.12進法の体系と,後にキリスト教とともにもたらされたと考えられる10進法の体系が衝突し,混合型の数詞体系ができあがったとのだろう.これに関していずれも間接的な視点からではあるが,以下の記事を参照.

   ・ 「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1])
   ・ 「#2304. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc. (2)」 ([2015-08-18-1])
   ・ 「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1])
   ・ 「#2477. 英語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-07-1])
   ・ 「#2491. フランス語にみられる20進法の起源説」 ([2016-02-21-1])
   ・ 「#2474. 数字における「底の原理」」 ([2016-02-04-1])

[ 素朴な疑問3 ] なぜ be 動詞は is, am, are ほか様々な形があり使い分けなければならないのか?

 古英語では be 動詞に限らず,一般の動詞が主語の文法的・意味的な特性に応じて異なる形に活用しなければならなかったが,後の歴史においてそのような活用が大幅に失われ,現在に至る.しかし,超高頻度語である be 動詞に限っては,古い活用がかなりよく保たれている.したがって,この素朴な疑問を英語史的な観点からパラフレーズすると,「なぜ be 動詞以外では様々な形が消失してしまったのか?」となる.以下を参照.

   ・ 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])
   ・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1])
   ・ あわせて,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』の「4.2節 なぜ If I were a bird となるのか?」も参照

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2018-03-22 Thu

#3251. <chi> は「チ」か「シ」か「キ」か「ヒ」か? [digraph][h][phoneme][arbitrariness][alphabet][grammatology][grapheme][graphemics][spelling][consonant][diacritical_mark][sobokunagimon]

 イタリアの辛口赤ワイン CHIANTI (キャンティ)を飲みつつ,イタリア語の <chi> = /ki/ に思いを馳せた.<ch> という2重字 (digraph) に関して,ヨーロッパの諸言語を見渡しても,典型的に対応する音価はまちまちである.前舌母音字 <i> を付して <chi> について考えてみよう.主要な言語で代表させれば,英語では chill, chin のように /ʧi/,フランス語では Chine, chique のように /ʃi/,イタリア語では chianti, chimera のように /ki/,ドイツ語では China, Chinin のように /çi/ である.同じ <ch> という2重字を使っていながら,対応する音価がバラバラなのはいったいなぜだろうか.
 この謎を解くには,文字記号の恣意性 (arbitrariness) と,各言語の音韻体系とその歴史の独立性について理解する必要がある.まず,文字記号の恣意性から.アルファベットを例にとると,<a> という文字が /a/ という音と結びつくはずと考えるのは,長い伝統と習慣によるものにすぎず,実際には両者の間に必然的な関係はない.この対応関係がアルファベットを使用する多くの言語で見られるのは,当該のアルファベット体系を借用するにあたって,借用元言語に見られたその結び付きの関係を引き継いだからにすぎない.特別な事情がないかぎりいちいち関係を改変するのも面倒ということもあろうが,確かに文字と音との関係は代々引き継がれることは多い.しかし,何らかの特別な事情があれば――たとえば,対応する音が自分の言語には存在しないのでその文字が使われずに余ってしまう場合――,<a> を廃用にすることもできるし,まったく異なる他の音にあてがうことだってできる.たとえば,言語共同体が <a> = /t/ と決定し,同意しさえすれば,その言語においてはそれでよいのである.文字記号は元来恣意的なものであるから,自分たちが合意しさえすれば,他人に干渉される筋合いはないのである.<ch> は単字ではなく2重字であるという特殊事情はあるが,この2文字の結合を1つの文字記号とみなせば,この文字記号を各言語は事情に応じて好きなように利用してよい.その言語に存在するどんな子音に割り当ててもよいし,極端なことをいえば母音に割り当てても,無音に割り当ててもよい.つまり,<ch(i)> の読みは,まずもって絶対的,必然的に決まっているわけではないと理解することが肝心である.
 次に,各言語の音韻体系とその歴史の独立性について.言うまでもないことだが,同系統の言語であろうがなかろうが,それぞれ独自の音韻体系をもっている.英語には /f, l, θ, ð, v/ などの音素があるが,日本語にはないといったように,言語ごとに特有の音素セットがあるのは当然である.各言語の音韻体系の発展の歴史も,原則として独立的である.音韻の借用などがあった場合でも,その影響は限定的だ.したがって,異なる言語には異なる音素セットがあり,音素セット間で互いに対応させようとしても数も種類も違っているのだから,きれいに揃うということは望めないはずである.表音文字たるアルファベットは原則として音素を写すものだから,音素セット間でうまく対応しないものを文字セット間において対応させようとしたところで,やはり必ずしもきれいには揃わないはずである.
 上で挙げた西ヨーロッパの主要な言語は,歴史の経緯からともにローマン・アルファベットを受容したし,範となるラテン語において <ch> という2重字が活用されていることも知っていた.また,原則としての恣意性や独立性は前提としつつも,互いの言語を横目で見てきたのも事実である.そこで,2重字 <ch> を活用しようというアイディア自体は,いずれの言語も自然に抱いていたのだろう.ただし,<ch> をどの音にあてがうかについては,各言語に委ねられていた.そこで,各言語では <c> で典型的に表わされる音と共時的・通時的に関係の深い別の音に対応する文字として <ch> をあてがうことにした,というわけだ.つまり,英語では /ʧi/,フランス語では /ʃi/,イタリア語では /ki/,ドイツ語では /çi/ である.たいていの場合,各言語の歴史において,もともとの /k/ が歯擦音化した音を表わすのに <ch> が用いられている.
 まとめれば,いずれの言語も,歴史的に <ch> という2重字を使い続けることについては共通していた.しかし,各言語で歴史的に異なる音変化が生じてきたために,<ch> で表わされる音は,互いに異なっているのである.
 英語における <ch> = /ʧ/ に関する話題については,以下の記事も参照.

 ・ 「#1893. ヘボン式ローマ字の <sh>, <ch>, <j> はどのくらい英語風か」 ([2014-07-03-1])
 ・ 「#2367. 古英語の <c> から中英語の <k> へ」 ([2015-10-20-1])
 ・ 「#2393. <Crist> → <Christ>」 ([2015-11-15-1])
 ・ 「#2423. digraph の問題 (1)」 ([2015-12-15-1])

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2018-01-29 Mon

#3199. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第2回「英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング」 [slide][spelling][spelling_pronunciation_gap][oe_text][standardisation][runic][alphabet][grapheme][grammatology][punctuation][hel_education][link][asacul]

 「#3139. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」のお知らせ」 ([2017-11-30-1]) でお知らせしたように,朝日カルチャーセンター新宿教室で,5回にわたる講座「スペリングでたどる英語の歴史」が始まっています.1月27日(土)に開かれた第2回「英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング」で用いたスライド資料を,こちらに上げておきます.
 今回は,アルファベットの系譜を確認しつつ,古英語がどのように表記され綴られいたかを紹介する内容でした.ポイントは以下の3点です.

 ・ 英語の書記はアルファベットの長い歴史の1支流としてある
 ・ 最古の英文はルーン文字で書かれていた
 ・ 発音とスペリングの間には当初から乖離がありつつも,後期古英語には緩い標準化が達成された

 以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.多くのページに,本ブログ内へのさらなるリンクが貼られていますので,リンク集として使えると思います.

   1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第2回 英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング
   2. 要点
   3. (1) アルファベットの起源と発達 (#423)
   4. アルファベットの系統図 (#1849)
   5. アルファベットが子音文字として始まったことの余波
   6. (2) 古英語のルーン文字
   7. 分かち書きの成立
   8. (3) 古英語のローマン・アルファベット使用の特徴
   9. Cædmon's Hymn を読む (#2898)
   10. 当初から存在した発音とスペリングの乖離
   11. 後期古英語の「標準化」
   12. 古英語スペリングの後世への影響
   13. まとめ
   14. 参考文献

Referrer (Inside): [2019-10-25-1]

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2018-01-25 Thu

#3195. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第1回「英語のスペリングの不規則性」 [slide][spelling][spelling_pronunciation_gap][hel_education][alphabet][grapheme][grammatology][link][asacul]

 「#3139. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」のお知らせ」 ([2017-11-30-1]) でお知らせしたように,朝日カルチャーセンター新宿教室で,5回にわたる講座「スペリングでたどる英語の歴史」が始まっています.1月13日(土)に第1回「英語のスペリングの不規則性」を終えましたが,その際に使用したスライド資料をこちらに公開しておきます.主たる参考文献として,Simon Horobin 著 Does Spelling Matter? (および私の拙訳書『スペリングの英語史』)を挙げておきます(「#3079. 拙訳『スペリングの英語史』が出版されました」 ([2017-10-01-1]) も参照).
 あらためて本講座のねらいとメニューを明記しておきます.



 多くの学習者にとって,英語のスペリングは,不規則で例外ばかりの暗記を強いる存在と映ります.なぜ knight や doubt というスペリングには,発音しない <k>, <gh>, <b> のような文字があるのでしょうか.なぜ color と colour,center と centre のような,不要とも思える代替スペリングがあるのでしょうか.しかし,不合理に思われるこれらのスペリングの各々にも,なぜそのようなスペリングになっているかという歴史的な理由が「誇張ではなく」100%存在するのです.本講座では,英語のたどってきた1500年以上の歴史を参照しながら,個々の単語のスペリングの「なぜ?」に納得のゆく説明を施します.講座を通じて,とりわけ次の3点に注目していきます.

   1. 英語のスペリングの不規則性の理由
   2. スペリングの「正しさ」とは何か
   3. 「英語のスペリングは英語文化の歴史の結晶である」

 5回にわたる本講座のメニューは以下の通りです.

   第1回:英語のスペリングの不規則性
   第2回:英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング
   第3回:515通りの through --- 中英語のスペリング
   第4回:doubt の <b> --- 近代英語のスペリング
   第5回:color か colour か? --- アメリカのスペリング




 第1回に配布した資料の目次は次の通りです.資料内からは hellog 内へのリンクも張り巡らせていますので,リンク集としても使えます.

 1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第1回 英語のスペリングの不規則性
 2. 本講座のねらい
 3. 第1回 「英語のスペリングの不規則性」の要点
 4. (1) 英語のスペリングはどのくらい(不)規則的か
 5. 発音とスペリングの「多対多」
 6. (2) 文字の類型と歴史 (#422)
 7. 言語と文字の歴史は浅い (#41)
 8. 文字の系統 (#2398)
 9. (3) 文字とスペリングの基本的性格
 10. スペリングとは?
 11. まとめ
 12. 参考文献

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
 ・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.

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2017-10-24 Tue

#3102. 「キリスト教伝来と英語」のまとめスライド [slide][christianity][history][bible][runic][alphabet][latin][loan_word][link][hel_education][asacul]

 英語史におけるキリスト教伝来の意義について,まとめスライド (HTML) を作ったので公開する.こちらからどうぞ.大きな話題ですが,キリスト教伝来は英語に (1) ローマン・アルファベットによる本格的な文字文化を導入し,(2) ラテン語からの借用語を多くもたらし,(3) 聖書翻訳の伝統を開始した,という3つの点において,英語史上に計り知れない意義をもつと結論づけました.

 1. キリスト教伝来と英語
 2. 要点
 3. ブリテン諸島へのキリスト教伝来 (#2871)
 4. 1. ローマン・アルファベットの導入
 5. ルーン文字とは?
 6. 現存する最古の英文はルーン文字で書かれていた
 7. 古英語アルファベット
 8. 古英語の文学 (#2526)
 9. 2. ラテン語の英語語彙への影響
 10. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響の比較 (#206)
 11. 3. 聖書翻訳の伝統の開始
 12. 多数の慣用表現
 13. まとめ
 14. 参考文献
 15. 補遺1: Beowulf の冒頭の11行 (#2893)
 16. 補遺2:「主の祈り」の各時代のヴァージョン (#1803)

 他の「まとめスライド」として,「#3058. 「英語史における黒死病の意義」のまとめスライド」 ([2017-09-10-1]),「#3068. 「宗教改革と英語史」のまとめスライド」 ([2017-09-20-1]),「#3089. 「アメリカ独立戦争と英語」のまとめスライド」 ([2017-10-11-1]) もご覧ください.

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2017-09-01 Fri

#3049. 近代英語期でもアルファベットはまだ26文字ではなかった? [alphabet][johnson]

 「#3038. 古英語アルファベットは27文字」 ([2017-08-21-1]) で触れたように,英語のアルファベットは昔から変わらず26文字だったわけではないこと,歴史のなかで多少の増減を繰り返してきたものであることを述べた.では,現代の26文字となったのはいつか.答えは,近代英語期といってよい.
 Johnson は,影響力のある Dictionary (1755) の序文に続く "A Grammar of the English Tongue" のなかで,英語アルファベットが24文字あるいは26文字からなっていると述べている.

Our letters are commonly reckoned twenty-four, because anciently i and j, as well as u and v, were expressed by the same character; but as those letters, which had always different powers, have now different forms, our alphabet may be properly said to consist of twenty-six letters.


 Johnson の時代には,アルファベットが一般的には伝統に従って24文字のセットと考えられていたことがわかる.しかし,i/ju/v の分化がすでに受け入れられているわけだから,それを認定してアルファベット26文字とみなすのがよい,というのが Johnson の意見だ.だが,そもそも何をもって「アルファベットの文字セット」と呼ぶべきなのか,文字形で数えるのか,文字素で数えるのか,などの細かい基準については定められているわけでもないので,文字セットの問題はあくまで緩く考えておく必要があるだろう.
 Johnson は上のように理屈のうえでは26文字としながらも,Dictionary の配列では,i/j とマージしているし,u/v についても同様である.配列レベルでは,これらを計4文字と数えずに計2文字と数えていることになる.例えば,inwreathe の見出し後に job が続くし,vizier の後に ulcer が続いている.この配列法はその後の辞書でもしばらく踏襲されたが,1820年代にようやく現代人が慣れ親しんでいる26文字のフォーマットで配列されるようになる (Crystal 191) .英語アルファベットはどのように数えても26文字という認識が定着したのは,つい200年ほど前のことである.

 ・ Crystal, David. Spell It Out: The Singular Story of English Spelling. London: Profile Books, 2012.

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2017-08-21 Mon

#3038. 古英語アルファベットは27文字 [alphabet][oe][ligature][thorn][th][grapheme]

 現代英語のアルファベットは26文字と決まっているが,英語史の各段階でアルファベットを構成する文字の種類の数は,多少の増減を繰り返してきた.例えば古英語では,現代英語にある文字のうち3つが使われておらず,逆に古英語特有の文字が4つほどあった.26 - 3 + 4 = 27 ということで,古英語のアルファベットには27の文字があったことになる.

PDEa bcdefghijklmnopqrst  uvwxyz 
OEaæbcdefghi (k)lmnop(q)rstþðu ƿ(x)y(z) 


 「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1]) の表とは若干異なるが,古英語に存在はしたがほどんど用いられない文字をアルファベット・セットに含めるか含めないかの違いにすぎない.上の表にてカッコで示したとおり,古英語では <k>, <q>, <x>, <z> はほとんど使われておらず,体系的には無視してもよいくらいのものである.
 古英語に特有の文字として注意すべきものを取り出せば,(1) <a> と <e> の合字 (ligature) である <æ> (ash),(3) th 音(無声と有声の両方)を表わす <þ> (thorn) と,同じく (3) <ð> (eth),(4) <w> と同機能で用いられた <ƿ> (wynn) がある.
 現代英語のアルファベットが26文字というのはあまりに当たり前で疑うこともない事実だが,昔から同じ26文字でやってきたわけではないし,今後も絶対に変わらないとは言い切れない.歴史の過程で今たまたま26文字なのだと認識することが必要である.

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