昨日の記事[2010-12-01-1]で,Swift の A Proposal for Correcting, Improving and Ascertaining the English Tongue (1712) に触れた(←クリックで Google Books からの本文画像を閲覧可能).本文を眺めていて,名詞の大文字使用の他にすぐに気づくのは,小文字の long <s> の使用だろう.<f> の字形に似ているが,横線が右側にまではみだしていない.long <s> は語頭や語中に使われたのに対して,通常の <s> は語末に使われた.現代の目には読みにくいが,印刷では18世紀の終わりまで,手書きでは1850年代まで使われていたから,それほど昔の話ではない (Walker 7) .
なぜ同じ文字なのに複数の字形があったのかといぶかしく思わないでもないが,大文字と小文字,ブロック体と筆記体,<a> や <g> の書き方の個人差などを考えると,文字には variation がつきものである.かつては,ほとんどランダムに交換可能だった <þ> "thorn" と <ð> "eth" の2種類の文字があったし,<r> を表わす字形にも現代風の <r> と数字の <2> に近い形のものがあった.<u> と <v> も[2010-05-05-1], [2010-05-06-1]の記事で見たように,明確に分化するのは17世紀以降である.概念としての1つの文字に複数の字形が対応している状況は,1つの音素 ( phoneme ) に複数の異音 ( allophone ) が対応している状況と比較される.ここから音韻論 ( phonology ) と平行する書記素論 ( graphemics ) という分野を考えることができる.書記素論では,音素に対応するものを書記素 ( grapheme ) と呼び,異音に対応すものを異綴り ( allograph ) と呼ぶ.この用語でいえば,問題の long <s> は,書記素 <s> の具体的な現われである異綴りの1つとみなすことができる.
・ Walker, Julian. Evolving English Explored. London: The British Library, 2010.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 262
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