「#2286. 古英語の hundseofontig (seventy), hundeahtatig (eighty), etc.」 ([2015-07-31-1]) で,70から120までの10の倍数表現について,古英語では hund- (hundred) を接頭辞風に付加するということを見た.背景には,本来のゲルマン語の伝統的な12進法と,キリスト教とともにもたらされたと考えられる10進法との衝突という事情があったのではないかとされるが,いかなる衝突があり,その衝突がゲルマン諸語の数詞体系にどのような結果を及ぼしたのかについて,具体的なところがわからない.
もう少し詳しく調査してみようと立ち上がりかけたところで,この問題についてかなりの先行研究,あるいは少なくとも何らかの言及があることを知った.印欧語あるいはゲルマン語の比較言語学の立場からの論考が多いようだ.以下は主として Hogg and Fulk (189) に挙げられている文献だが,何点か他書からのものも含めてある.
・ Bosworth, Joseph, T. Northcote Toller and Alistair Campbell, eds. An Anglo-Saxon Dictionary. Vol. 2: Supplement by T. N. Toller; Vol. 3: Enlarged Addenda and Corrigenda by A. Campbell to the Supplement by T. N. Toller. Oxford: OUP, 1882--98, 1908--21, 1972. (sv hund-)
・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
・ Lühr, R. "Die Dekaden '70--120' im Germanischen." Münchener Studien zur Sprachwissenschaft 36 (1977). 59--71.
・ Mengden, F. von. "How Myths Persist: Jacob Grimm, the Long Hundred and Duodecimal Counting." Englische Sprachwissenschaft und Mediävistik: Standpunkte, Perspectiven, neue Wege. Ed. G. Knappe. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2005. 201--21.
・ Mengden, F. von. "The Peculiarities of the Old English Numeral System." Medieval English and Its Heritage: Structure, Meaning and Mechanisms of Change. Ed. N. Ritt, H. Schendl, C. Dalton-Puffer, and D. Kastovsky. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2006. 125--45.
・ Mengden, F. von. 2010. Cardinal Numbers: Old English from a Cross-Linguistic Perspective. Berlin: De Gruyter Mouton. (see pp. 87--94.)
・ Nielsen, H. F. "The Old English and Germanic Decades." Nordic Conference for English Studies 4. Ed. G. Caie. 2 vols. Copenhagen: Department of English, University of Copenhagen, I, 1990. 105--17.
・ Voyles, Joseph B. Early Germanic Grammar: Pre-, Proto-, and Post-Germanic Languages. Bingley: Emerald, 2008. (see pp. 245--47.)
Nielsen の論文は,研究史をよくまとめているようであり,印欧語比較言語学の大家 Szemerényi が Studies in the Indo-European Systems of Numerals (1960) で唱えた純粋に音韻論的な説明を擁護しているという.
すぐに入手できる文献が少なかったので,今回は書誌を挙げるにとどめておきたい.
昨日の記事「#2285. hundred は "great ten"」 ([2015-07-30-1]) で hundred の語源を話題にしたが,古英語 hund に関してもう1つ興味深い事実がある.古英語では,10の倍数を表わすのに,現代英語で9までの数詞に -ty を付加するのと同様に,-tiġ を付加した (Campbell 284--85) .twēntiġ, þrītiġ, fēowertiġ, fīftiġ, siextiġ の如くである.ところが,70以上になると,語頭に hund が接頭辞のように付加するのだ.しかも,その方法が100,110,120まで続くのである:hundseofontiġ, hundeahtatiġ, hundnigontiġ, hundtēontiġ, hundændlæftiġ, hundtwelftiġ.この語頭の hund- は無強勢に発音され,方言によっては -un となったり,消失するなど,古英語でも早くから弱化してはいたようだ.
「100」については,この回りくどい複合形 hundtēontiġ のほかに,当然ながら単純形 hund(red) も用いられていた.これは,ゲルマン民族では本来12進法が用いられていたことと関係するようだ.古いゲルマン諸語では「100」を hundtēontiġ のように複合語として表現するのが習慣であり,単純形 hund(red) に相当する語はむしろ「120」を表わしていた (cf. long [great] hundred) .この方式を遅くまで残していたのは古ノルド語で,そこでは「100」は tīu tigir (= *tenty),「120」は hundrað,「1200」は þūsund と表現されていた.『英語語源辞典』によると,ゲルマン民族は,後におそらくキリスト教の影響で10進法へと転向したのだろうとされる.
さて,古英語の hundseofontiġ, hundeahtatiġ などの表現に戻るが,60, 70, 80, 90, 100, 110, 120 において hund- が付加するということは,やはりゲルマン民族の元来の12進法との関連を疑わざるを得ない.背後にどのような理屈があって付加されているのかについては様々な議論があるようだ.
OED より †hund, n. (and adj.) の第2語義を再現しておこう.
2. The element hund- was also prefixed in Old English to the numerals from 70 to 120, in Old English hund-seofontig, hund-eahtatig, hund-nigontig, hund-téontig, hund-endlyftig (-ælleftig), hund-twelftig, some of which are also found in early Middle English.
[No certain explanation can be offered of this hund-, which appears in Old Saxon as ant-, Dutch t- in tachtig, and may be compared with -hund in Gothic sibuntê-hund, etc., and Greek -κοντα.]
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
eye について,その複数形の歴史的多様性を「#219. eyes を表す172通りの綴字」 ([2009-12-02-1]) で示した.この語は,発音に関しても歴史的に複雑な過程を経てきている.今回は,eye の音変化の歴史を略述しよう.
古英語の後期ウェストサクソン方言では,この語は <eage> と綴られた.発音としては,[æːɑɣe] のように,長2重母音に [g] の摩擦音化した音が続き,語尾に短母音が続く音形だった.まず,古英語期中に語頭の2重母音が滑化して [æːɣe] となった.さらにこの母音は上げの過程を経て,中英語期にかけて [eːɣe] という音形へと発達した.
一方,有声軟口蓋摩擦音は前に寄り,摩擦も弱まり,さらに語尾母音は曖昧化して /eːjə/ が出力された.語中の子音は半母音化し,最終的には高母音 [ɪ] となった.次いで,先行する母音 [e] はこの [ɪ] と融合して,さらなる上げを経て,[iː] となるに至る.語末の曖昧母音も消失し,結果として後期中英語には語全体として [iː] として発音されるようになった.
ここからは,後期中英語の I [iː] などの語とともに残りの歴史を歩む.高い長母音 [iː] は,大母音推移 (gvs) を経て2重母音化し,まず [əɪ] へ,次いで [aɪ] へと発達した.標準変種以外では,途中段階で発達が止まったり,異なった発達を遂げたものもあるだろうが,標準変種では以上の長い過程を経てきた.以下に発達の歴史をまとめて示そう.
/æːɑɣe/ |
↓ |
/æːɣe/ |
↓ |
/eːɣe/ |
↓ |
/eːjə/ |
↓ |
/eɪə/ |
↓ |
/iːə/ |
↓ |
/iː/ |
↓ |
/əɪ/ |
↓ |
/aɪ/ |
疑問詞としての what は,通常,疑問代名詞として What happened? や What do you like? のように用いられる.しかし,この語形は歴史的には古英語の疑問代名詞 hwā の中性主格・対格形 hwæt に遡り,対格形については副詞的用法がありえたことから,現代英語でもその遺産として副詞的な what の用法が周辺的に残存している (cf. 「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1])) .一般の文法書には,通常そのような観点からの解説は与えられていないが,OED によれば語義20に次のような記述がある.
20.
a. In what way? in what respect? how? Obs. or arch.
b. To what extent or degree? how much?
Chiefly with such verbs as avail, care, matter, signify, or with the and comparative, as the better
この用法の what は,「いかなる点で」「どの程度」という副詞的な意味を表わすことがわかる.OED より近代英語からの例をいくつか挙げると,次のようなものがある.
・ 1816 Scott Antiquary I. xv. 315 It just cam open o' free will in my hand---What could I help it?
・ 1842 Tennyson Morte d'Arthur in Poems (new ed.) II. 15 For what are men better than sheep or goats..If, knowing God, they lift not hands of prayer?
・ 1593 Shakespeare Venus & Adonis sig. C, What were thy lips the worse for one poore kis?
・ 1697 Dryden tr. Virgil Georgics iii, in tr. Virgil Wks. 119 Now what avails his well-deserving Toil.
・ 1865 J. Ruskin Sesame & Lilies i. 74 What do we, as a nation, care about books?
古英語から初期近代英語にかけては,why 「なぜ」に相当する用法も存在した.OED の語義19には,廃用としながら "†19. For what cause or reason? for what end or purpose? why? Obs." とある.例を3つ挙げておこう.
・ c1385 Chaucer Legend Good Women Ariadne. 2218 What shulde I more telle hire compleynynge?
・ 1667 Milton Paradise Lost ii. 329 What sit we then projecting Peace and Warr?
・ a1677 I. Barrow Serm. Several Occasions (1678) 20 What should I mention Beauty, that fading toy?
現代英語では "What does it profit him?", "What does it avail to do so?" などに歴史的な対格の痕跡を残しているが,ここでの profit や avail は,共時的には他動詞と再解釈されるに至っているだろう.
大名 (53--54) が述べているように,「派生関係にある語で,語末子音が一方が有声音で他方が無声音ならば,有声音は動詞のほうである」という規則がある.以下がその例だが,いずれも摩擦音が関与しており,ほとんどが動詞と名詞の対である.
・ [f] <f> vs [v] <v>: life--live, proof--prove, safe--save, belief--believe, relief-relieve, thief--thieve, grief--grieve, half--halve, calf--calve, shelf--shelve
・ [s] <s> vs [z] <s>: close--close, use--use, excuse--excuse, house--house, mouse--mouse, loss--lose
・ [s] <s> vs [z] <z>: grass--graze, glass--glaze, brass--braze
・ [c] <s> vs [z] <s>: advice--advise, device--devise, choice--choose
・ [θ] <th> vs [ð] <th>: bath--bathe, breath--breathe, cloth--clothe, kith--kithe, loath--loathe, mouth--mouth, sheath-sheathe, sooth--soothe, tooth--teethe, wreath--wreathe
close--close のように問題の子音の綴字が同じものもあれば,advice--advise のように異なるものもある (cf. 「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1])) .また,動詞は語尾に e をもつものも少なくない (cf. 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])) .<th> に関わるものについては,先行する母音の音価も異なるものが多い.
これらの対の語末子音の声 (voicing) の対立には,多くの場合,歴史的な音韻過程が関与している.しかし,ある程度「名詞は無声,動詞は有声」のパターンが確立すると,これが基盤となって類推作用 (analogy) により類例が増えたということもあるだろう.それぞれの対の成立年代などを調査する必要がある.
互いに派生関係にある名詞と動詞のあいだの音韻形態が極めて類似している場合に,同音衝突 (homonymic_clash) を避けるために声の対立を利用したのではないかと考えている.同じ動機づけは,強勢位置を違える récord vs recórd のような「名前動後」のペア (diatone) にも観察されるように思われる.
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
古英語の強変化動詞は伝統的に7類に区分される.Mitchell and Robinson (37, 40) の表や,その前後の説明を参照して,まとめの表を2種類作ってみた.まずは大雑把な区分の表で,代表的な動詞を取り上げて活用主要形 (principal parts) を示したもの.
Class | Inf. | 1st Pret. | 2nd Pret. | Past Ptc. |
---|---|---|---|---|
I | scīnan 'shine' | scān | scinon | scinen |
II | crēopan 'creep' | crēap | crupon | cropen |
brūcan 'enjoy' | brēac | brucon | brocen | |
III | breġdan 'pull' | bræġd | brugdon | brogden |
IV | beran 'bear' | bær | bǣron | boren |
V | tredan 'tread' | træd | trǣdon | treden |
VI | faran 'go' | fōr | fōron | faren |
VII | (a) healdan 'hold' | hēold | hēoldon | healden |
(b) hātan | hēt | hēton | hāten |
Class | Example | Consonant Structure | Inf. | 1st Pret. | 2nd Pret. | Past Ptc. |
---|---|---|---|---|---|---|
I | scīnan | ī + one cons. | ī | ā | i | i |
II | crēopan | ēo + one cons. | ēo | ēa | u | o |
brūcan | ū + one cons. | ū | ēa | u | o | |
III | breġdan | e + two cons. | e | æ | u | o |
weorpan | eo + r + cons. | eo | ea | u | o | |
feohtan | eo + h + cons. | eo | ea | u | o | |
helpan | e + l + cons. | e | ea | u | o | |
ġieldan | palatal + ie + 2 cons. | ie | ea | u | o | |
drincan | i + nasal + cons. | i | a | u | u | |
IV | beran | e + one cons. (usu. a liquid) | e | æ | ǣ | o |
V | tredan | e + one cons. (usu. an obstruent) | e | æ | ǣ | e |
VI | faran | a + one cons. | a | ō | ō | a |
VII | healdan | V1 | ēo | ēo | V1 | |
hātan | V2 | ē | ē | V2 |
現代英語 angel は,古英語 engel に遡り,これ自体は後期ラテン語 angelus の借用語である.さらに,angelus はギリシア語 ággelos (one that announces) からの借用である.現代英語での発音は [eɪnʤəl] であり,<g> に相当する第2音節の最初の子音は破擦音となるが,古英語ではどのように発音されたのだろうか.古英語入門書のあるものでは,<g> が与えられており,他のものでは <ġ> が与えられている.前者では破裂音 [g] であり,後者ではそれが口蓋化した何らかの子音(しばしば接近音 [j] )であると想定される.また,Hogg (37) によれば,<n> に後続する <g> が,現代英語と同じように破擦音 [ʤ] として実現された例 (ex. OE singe (> PDE singe [sɪnʤ])) がいくつか挙げられているので,現代の発音に引かれて [ʤ] と調音したくもなる.この破擦音も,少なくとも口蓋化音とされるものの1候補ではあるだろう.
具体的な典拠に当たってみよう.『英語語源辞典』によれば,「OE 音 /-g-/ は13Cまで残るが,ME 初期から OF angele, angel (F ange) (▭ LL) の影響を受けて /ʤ/ となった」とある.また,古英語音韻論の専門書 Lass and Anderson (136) によれば,古英語 ġimm (gem; < L. gemma) と対比して古英語 engel を与えているところから,[g] を想定していることがわかる.
もう1つの古英語音韻論の専門書 Hogg (223) は,enġel と表記しており,口蓋化音を想定している.その実現が接近音 [j] なのか,破裂音 [ɟ] なのか,はたまた破擦音 [ʤ] なのかは判然としない.
一方,小野・中野の『英語史 I』 (100) によれば,古英語では en- や yn- の後位置で破裂音 [ɟ] が生じ,これが古英語期中に破擦音 [ʤ] へ変化したという.この例として,まさに enġel (angel) が,lenġr (longer), hynġran (be hungry) とともに挙げられている.
一般に古英語の音声的実現については様々な議論があり,わからないことも多いのだが,今回の件については,上にも触れた Lass and Anderson (136) が歯切れがよいので引用しておこう.古英語 <g> の音価について現代英語のそれとも関連づけながら解説している箇所で,古英語 engel の問題の子音が破擦音 [ʤ] だったはずはないことを示唆している(赤字の部分を参照).
. . . the 'normal' developments:
(a) [j] before original front vowels: ġeolu 'yellow', ġieldan 'yield'.
(b) [g] before original back vowels: gōs 'goose', gāst 'ghost'.
(c) [g] before umlauted back vowels: gēs 'geese', gyrdels 'girdle'.
Some of the major anomalies are these:
(a) [g] before original front vowels: give, get, gate, gallows, OE ġ(i)efan, ġ(i)etan, ġeat, ġealga. The simplest answer here is the traditional one of 'Scandinavian influence'---however that may have operated. The most likely way would seem to be by direct borrowing of forms, i.e. ON gefa, geta, gata, galgi. Since Old Norse did not at that time have a palatal softening rule, these foms, if they were borrowed as is, would be 'synchronically foreign' in OE dialects that had palatal softening: an OE form beginning with the 'impermissible' sequence [ge] would then be the equivalent of a form like Dvořak, or Vladimir in Modern English. That the OE forms did indeed have [j] is borne out by survivals like yett in place names from OE ġeat, and by the Middle English spelling distributions: basically non-northern forms like yeve, yive, as against northern ones like gyve, give, gyff.
(b) [ʤ] before original front vowels: gem, OE ġimm < L. gemma. The answer here, as in angel (OE engel) is undoubtedly reborrowing from French after the Conquest.
(c) [j] before original back vowels. We know of only one clear case of this type, which is yawn. The vowel suggests OE gānian 'gape, yawn', rather than the apparently synonomous (sic) verb ginian (gynian, gionian). The consonantism, however, suggests the latter. The OED (s.v. yawn) proposes, perhaps correctly, a sort of 'conflation': [j]-forms 'influenced by' (whatever that means) the vowel of now obsolete [g]-forms.
このようにいくつかの典拠に当たってはみたが,結局のところ,諸説紛々としており,いかなる子音だったかを確定することは難しい.
関連して,「#1651. j と g」 ([2013-11-03-1]),「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1]),「#1828. j の文字と音価の対応について再訪」 ([2014-04-29-1]) も参照.
・ Hogg, Richard M. A Grammar of Old English. Vol. 1. 1992. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
・ Lass, Roger and John M. Anderson. Old English Phonology. Cambridge: CUP, 1975.
・ 小野 茂,中尾 俊夫 『英語史 I』 英語学大系第8巻,大修館書店,1980年.
標題の think の活用のみならず,bring, buy, seek, teach などの活用では,過去(分詞)形に原形とは異なる母音が現われる.異なる母音に加えて,綴字の上で ght なる子音字連続が現われ,「不規則」との印象は決定的である.しかし,歴史的には規則的な動詞であり,-ed を付して過去(分詞)形を作る大多数の動詞の仲間である.ただ,大多数のものよりも多くの音変化を歴史的に経験してきたために,結果として,不規則きわまりない見栄えのする活用を示すことになっている.
Mitchell and Robinson (48--49) に従って,歴史的経緯を解説しよう.まず,think 型の動詞の古英語での形を表に示す.現在までに廃語となったもの,純粋な規則変化へと移行したものも含まれている.
Inf. | Pret. Sg. | Past Ptc. |
---|---|---|
brenġan 'bring' | brōhte | brōht |
bycgan 'buy' | bohte | boht |
cwellan 'kill' | cwealde | cweald |
reċċan 'tell' | rōhte | rōht |
sēċan 'seek' | sōhte | sōht |
sellan 'give' | sealde | seald |
streċċan 'stretch' | strōhte | strōht |
tǣċan 'teach' | tǣhte, tāhte | tǣt, tāht |
þenċan 'think' | þōhte | þōht |
þynċan 'seem' | þūhte | þūht |
wyrċan 'work' | worhte | worht |
標記のように,現代英語の have は不規則変化動詞である.しかし,has に -s があるし, had に -d もあるから,完全に不規則というよりは若干不規則という程度だ.だが,なぜ *haves や *haved ではないのだろうか.
歴史的にみれば,現在では許容されない形態 haves や haved は存在した.古英語形態論に照らしてみると,この動詞は純粋に規則的な屈折をする動詞ではなかったが,相当程度に規則的であり,当面は事実上の規則変化動詞と考えておいて差し支えない.古英語や,とりわけ中英語では,haves や haved に相当する「規則的」な諸形態が確かに行われていたのである.
古英語 habban (have) の屈折表は,「#74. /b/ と /v/ も間違えて当然!?」 ([2009-07-11-1]) で掲げたが,以下に異形態を含めた表を改めて掲げよう.
habban (have) | Present Indicative | Present Subjunctive | Preterite Indicative | Preterite Subjunctive | Imperative |
---|---|---|---|---|---|
1st sg. | hæbbe | hæbbe | hæfde | hæfde | |
2nd sg. | hæfst, hafast | hafa | |||
3rd sg. | hæfþ, hafaþ | ||||
pl. | habbaþ | hæbben | hæfdon | hæfden | habbaþ |
古英語の -estre, -istre (< Gmc *-strjōn) は女性の行為者名詞を作る接尾辞 (agentive suffix) で,男性の行為者名詞を作る -ere に対立していた.西ゲルマン語群に散発的に見られる接尾辞で,MLG -(e)ster, (M)D and ModFrisian -ster が同根だが,HG, OS, OFrisian には文証されない.古英語からの語例としては hlēapestre (female dancer), hoppestre (female dancer), lǣrestre (female teacher), lybbestre (female poisoner, witch), miltestre (harlot), sangestre (songstress), sēamstre (seamstress, sempstress), webbestre (female weaver) などがある.この造語法にのっとり,中英語期にも spinnestre (spinster) などが作られている.しかし,中英語以降,まず北部方言で,さらに16世紀までには南部方言でも,女性に限らず一般的に行為者名詞を作る接尾辞として発達した.例えば,1300年以前に北部方言で書かれた Cursor Mundi では,demere ではなく demestre が性別に関係なく判事 (judge) の意味で用いられた.近代期には seamster や songster 単独では男女の区別がつかなくなり,区別をつけるべく新しく女性接尾辞 -ess を加えた seamstress や songstress が作られた.
-ster は,単なる動作主名詞を作る -er に対して,軽蔑的な含意をもって職業や習性を表わす傾向がある (ex. fraudster, gamester, gangster, jokester, mobster, punster, rhymester, speedster, slickster, tapster, teamster, tipster, trickster) .この軽蔑的な響きは,ラテン語由来ではあるが形態的に類似した行為者名詞を作る接尾辞 -aster のネガティヴな含意からの影響が考えられる (cf. criticaster, poetaster) .-ster を形容詞に付加した例としては,oldster, youngster がある.職業名であるから固有名詞となったものもあり,上記 Webster のほか,Baxter (baker) などもみられる.
ほかにも多くの -ster 語があるが,女性名詞を作るという古英語の伝統を今に伝えるのは,spinster のみとなってしまった.この語については,別の観点から「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]),「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1]) で触れたので,そちらも参照されたい.
古英語の母音には,短母音 (short vowel),長母音 (long vowel),二重母音 (diphthong) の3種類が区別される.二重母音にも短いものと長いものがある.以下,左図が短・長母音を,右図が短・長の二重母音を表わす.
左図の短・長母音からみていくと,現代英語に比べれば,区別される母音分節音の種類(音素)は少ない (cf. 「#1601. 英語と日本語の母音の位置比較」 ([2013-09-14-1])).長母音は対応する短母音の量をそのまま増やしたものであり,音価の違いはないものと考えられている.前舌高母音には平唇の i(ː) と円唇の y(ː) が区別されるが,円唇 y(ː) は後期ウェストサクソン方言 (Late West-Saxon) では平唇化して i(ː) となった.
次に右図の二重母音をみると,音量を別にすれば,3種類の二重母音があることがわかる.i(ː)e, e(ː)o, æ(ː)a は,いずれも上から下あるいは前から後ろという方向をもっており,第1要素が第2要素よりも強い下降二重母音 (falling diphthong) と考えられる.ただし,i(ː)e については,二重母音ではなく i と e の中間的な母音を表わしていたとする見解もある.Mitchell and Robinson (15) の注によると,
The original pronunciation of ie and īe is not known with any certainty. It is simplest and most convenient for our purposes to assume that they represented diphthongs as explained above. But by King Alfred's time ie was pronounced as a simple vowel (monophthong), probably a vowel somewhere between i and e; ie is often replaced by i or y, and unstressed i is often replaced by ie, as in hiene for hine. Probably īe had a similar sound.
古英語期中の音変化も考慮するといくつかの但し書きは必要となるが,上の図に従えば,(7単音×短・長2系列)+(3二重母音×短・長2系列)ということで計20ほどの母音が区別されていたことになる.「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) でみたように,現代英語の標準変種でも20の母音音素が区別されているから,数の点からいえば古英語の母音体系もおよそ同規模だったことになる.
・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.
以下は,Mitchell and Robinson の A Guide to Old English (179) に掲載されている,現代英語としてほぼそのまま読める古英語の文章である.
Harold is swift. His hand is strong and his word grim. Late in līfe hē went tō his wīfe in Rōme.
Is his inn open? His cornbin is full and his song is writen.
Grind his corn for him and sing mē his song.
Hē is dēad. His bed is under him. His lamb is dēaf and blind. Hē sang for mē.
Hē swam west in storme and winde and froste.
Bring ūs gold. Stand ūp and find wīse men.
だが,年度の初めの授業で古英語を導入するつもりで上の文章を見せると,相当に誤解を招くことになるだろう.現代英語として理解できる語彙と文法で強引にでっちあげた文章であり,実際には,ほとんど違和感もなく読めてしまうこのような古英語文に出会う機会はまれと言わざるを得ない.しかし,古英語と現代英語が千年以上の時を隔てて連綿とつながっていることは,この文章からも明らかである.やはり,英語は英語である.
続いて,見た目は現代英語とかけ離れているが,多少の古英語の発音規則を学んだ後で発音してみると現代英語の響きにおよそ通じ,およそ理解可能という古英語文を見てみよう (Mitchell and Robinson 179--80) .
Is his þeġn hēr ġīet?
His līnen socc fēoll ofer bord in þæt wæter and scranc.
Hwǣr is his cȳþþ and cynn?
His hring is gold, his disc glæs, and his belt leðer.
Se fisc swam under þæt scip and ofer þone sciellfisc.
His ċicen ran from his horsweġe, ofer his pæð, and in his ġeard.
Se horn sang hlūde: hlysten wē!
Se cniht is on þǣre brycge.
Sēo cwēn went from þǣre ċiriċe.
Hēo siteþ on þǣre benċe.
God is gōd.
Þis trēow is æsc, ac þæt trēow is āc.
Hē wolde begān wiċċecræft, and hē began swā tō dōnne.
Fuhton ȝē manlīċe oþþe mānlīċe?
His smiððe is þām smiðe lēof.
新年度の古英語初学者のみなさん,恐れる必要はありません!
・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.
Mitchell and Robinson (83--86) より.副詞節を導く接続詞を列挙する.Non-prepositional conjunctions と Prepositional conjunctions に分けられる.まずは前者から.
[ Non-prepositional conjunctions ]
ǣr | "before" |
būtan | "but, except that, unless" |
gif | "if" |
hwonne | "when" |
nefne, nemne | "unless" |
nū | "now that" |
oð | "until" |
sam . . . sam | "whether . . . or" |
siþþan | "after, since" |
swā þæt | "so that" |
swelce | "such as" |
þā | "when" |
þā hwīle þe | "as long as, while" |
þanon | "whence" |
þǣr | "where" |
þæs | "after" |
þæt | "that, so that" |
þēah | "although" |
þenden | "while'' |
þider | "whither" |
þonne | "whenever, when, then" |
þȳlǣs (þe) | "lest" |
æfter + dat., inst. | Adv. and conj. "after". |
ǣr + dat., inst. | Adv. and conj. "before". |
betweox + dat., inst. | Conj. "while". |
for + dat., inst. | Adv. "therefore" and Conj. "because, for". For alone as a conj. is late. |
mid + dat., inst. | Conj. "while, when". |
oþ + acc. | Conj. "up to, until, as far as" defining the temporal or local limit. It appears as oþþe, oþþæt, and oð ðone fyrst ðe "up to the time at which". |
tō + dat., inst. | Conj. "to this end, that" introducing clauses of purpose with subj. and of result with ind. |
tō + gen. | Conj. "to the extent that, so that". |
wiþ + dat., inst. | Conj. lit. "against this, that". It can be translated "so that", "provided that", or "on condition that". |
現代英語の不規則活用を示す動詞,特に語幹の母音交替 ( Ablaut or gradation ) により過去・過去分詞形を作る動詞の多くは,歴史的な強変化動詞に由来する.古英語では現代英語よりも多くの動詞が強変化動詞に属しており,その大半が現代までに弱変化(規則活用)へ移行するか,あるいは廃語となった.動詞のいわゆる強弱移行の歴史については,「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1]) ,「#527. 不規則変化動詞の規則化の速度は頻度指標の2乗に反比例する?」 ([2010-10-06-1]) ,「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]),「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1]),「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1]) などの記事を参照されたい.
さて,現代英語にまで生きながらえた強変化動詞は,活用の仕方によって標記の drink--drank--drunk のようなABC型や win--won--won のようなABB型など,いくつかの種類に区分されるが,これらは近代英語期以後の標準英語において確立したものと考えてよい.「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1]) でみたように,近代ではまだ過去形や過去分詞形の母音が揺れを示すものが少なくなかったし,現在でも方言を含む非標準変種では異なる母音が用いられたりする.
drink と win の活用タイプの違いや近代英語期に見られる揺れの起源は,古英語の強変化動詞には第1過去(「単数過去」とも)と第2過去(「複数過去」とも)の2種類が区別されていた事実にある.「#42. 古英語には過去形の語幹が二種類あった」 ([2009-06-09-1]) で述べたように,各動詞は主語の数と人称に応じて2つの異なる過去形をもっていた.drink でいえば,不定形 -- 第1過去形 -- 第2過去形 -- 過去分詞形の順に,drincan -- dranc -- druncon -- druncen のように活用し,win については winnan -- wann -- wunnon -- wunnen と活用した(これを活用主要形 (principal parts) と呼ぶ).ところが,中英語以後,屈折体系全体の簡略化の潮流に伴い,これらの動詞の過去形は2種類の形態を区別する機会を減らしていった.かつての第1過去形か第2過去形のうちいずれかが優勢となり徐々に唯一の過去形として機能していくことになったが,この過程は想像される以上に複雑であり,近代英語期までに形態が定着せず,激しい揺れを示したり方言差や個人差の著しい動詞も多かった.drink はたまたま第1過去 dranc に由来する形態が標準英語の過去形として定着することになり,win についてはたまたま第2過去 wunnan の形態(後に won と綴られ /wʌn/ と発音される)に由来する形態が採用されたということである.
第1過去形か第2過去形のいずれが採用されることになるかを決定づける要因は特定できない.drincan と winnan の属する強変化第3類の他の動詞について調べてみると,drinkcan のように後に第1過去形が採用されたものには hringan, scrincan, sincan, singan, springan, swimman があり,winnan のように第2過去形が採られたものには clingan, spinnan, stingan, wringan がある.しかし,非標準変種では過去形に別の母音をもつ形態が用いられるケースも少なくない.例えば,sing の過去形は標準変種では sang だが,非標準変種で sung が用いられることもある.また,spin の過去形も標準変種では spun だが,それ以外の変種では span もありうる,等々(岩崎,p. 76).
なお,bindan, findan, grindan, windan も強変化第3類の動詞で,いずれも後に第2過去形が採用されたタイプである (ex. bound, found, ground, wound) .この母音は,初期中英語で生じた同器性長化 (homorganic_lengthening) により長くなり,さらに後に大母音推移 (gvs) により2重母音化した /aʊ/ をもつに至っている点で,winnan のタイプとは少々異なる音韻的経緯を辿った.
・ 岩崎 春雄 『英語史』第3版,慶應義塾大学通信教育部,2013年.
「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]),「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) に続いて,古英語のラテン借用語の話題.古英語におけるラテン借用語の数は,数え方にもよるが,数百個あるといわれる.諸研究を参照した Miller (53) は,その数を600--700個ほどと見積もっている.
Old English had some 600--700 loanwords from Latin, about 500 of which are common to Northwest Germanic . . ., and 287 of which are ultimately from Greek, seventy-nine via Christianity . . . .
個数とともに確定しがたいのはそれぞれの借用語の借用年代である.[2013-04-03-1]の記事では,Serjeantson に従って借用年代を (i) 大陸時代,(ii) c. 450--c. 650, (iii) c. 650--c. 1100 と3分して示した.これは多くの論者によって採用されている伝統的な時代別分類である.これとほぼ重なるが,第4の借用の波を加えた以下の4分類も提案されている.
(1) continental borrowings
(2) insular borrowings during the settlement phase [c. 450--600]
(3) borrowings [600+] from christianization
(4) learned borrowings that accompanied and followed the Benedictine Reform [c10e]
この4分類をさらに細かくした Dennis H. Green (Language and History in the Early Germanic World. Cambridge: CUP, 1998.) による区分もあり,Miller (54) が紹介している.それぞれの特徴について Miller より引用し,さらに簡単に注を付す.
(1a) an early continental phase, when the Angles and Saxons were in Schleswig-Holstein (contact with merchants) and on the North Sea littoral as far as the mouth of the Ems (direct contact with the Romans)
数は少なく,主として商業語が多い.ローマからの商品,器,道具など.wine が典型例.
(1b) a later continental period, when the Angles and Saxons had penetrated to the litus Saxonicum (Flanders and Normandy)
ライン川河口以西でローマ人との直接接触して借用されたと思われる street, tile が典型例.
(2a) an early phase, featuring possible borrowing via Celtic
この時期に属すると思われる例は,ガリアで話されていた俗ラテン語と音声的に一致しており,ブリテン島での借用かどうかは疑わしいともいわれる.
(2b) a later phase, with loans from the continental Franks as part of their influence across the Channel, especially on Kent
(3) begins "with the coming of Augustine and his 40 companions in 597, and possibly even at an earlier date, with the arrival of Bishop Liudhard in the retinue of Queen Bertha of Kent in the 560s"
この時期の借用語は古英語期以前の音韻変化をほとんど示さない点で,他の時期のものと異なっている.多くは教会ラテン借用語である.
(4) of a learned nature, culled from classical Latin texts, and differ little from the classical written form
実際には,ここまで細かく枠を設定しても,ある借用語をいずれの枠にはめるべきかを確信をもって決することは難しい.continental か insular かという大雑把な分類ですら難しく,さらに曖昧に early か later くらいが精一杯ということも少なくない.
・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.
「#1875. acrostic と折句」 ([2014-06-15-1]) の記事で,現代英語と日本語から acrostic なる言葉遊びの例をみたが,古英語にも acrostic の詩がある.The Rune Poem と呼ばれる6節からなる詩で,各節の開始文字を取り出すと,アングロサクソン系ルーン文字一式の呼称である "FUÞORC" という単語が浮かび上がる(「#1006. ルーン文字の変種」 ([2012-01-28-1]) を参照).Crystal (13) より,The Rune Poem を味読しよう.各詩行の頭韻 (alliteration) も規則的である.
Feoh byþ frofur fira gehwylcum--- Wealth is a joy to every man--- sceal ðeah manna gehwylc miclun hyt dælan but every man must share it well gif he wile for Drihtne domes hleotan. if he wishes to gain glory in the sight of the Lord. Ur byþ anmod 7 oferhyrned, Aurochs is fierce, with gigantic horns, felafrecne deor, feohteþ mid hornum, a very savage animal, it fights with horns, mære morstapa: þæt is modig wuht! a well-known moor-stepper: it is a creature of courage! Þorn byþ ðearle scearp, ðegna gehwylcum Thorn is very sharp, harmful to every man anfeng ys yfyl, ungemetun reþe who seizes it, unsuitably severe manna gehwylcun ðe him mid resteð. to every man who rests on it. Os byþ ordfruma ælcre spræce, Mouth is the creator of all speech, wisdomes wraþu and witena frofur a supporter of wisdom and comfort of wise men, and eorla gehwam eadnys and tohiht. and a blessing and hope to every man. Rad byþ on recyde rinca gehwylcum Journey is to every warrior in the hall sefte, and swiþhwæt ðam ðe sitteþ onufan pleasant, and bitingly tough to him who sits meare mægenheardum ofer milpaþas. on a mighty steed over the mile-paths. Cen byþ cwicera gehwam cuþ on fyre, Torch is to every living thing known by its fire; blac and beorhtlic, byrneþ oftust bright and brilliant, it burns most often ðær hi æþelingas inne restaþ. where the princes take their rest within.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
謹賀新年.本年も本ブログを続けていきます.よろしくお願いします.
New Year にちなんで,year と関連する(かもしれない)語の語源について.標題の of yore は「昔の,昔は」を意味する成句である.次のように形容詞的あるいは副詞的に用いる.
・ This was once a Roman road in days of yore.
・ The great composers of yore performed for kings and queens.
・ But Satan now is wiser than of yore.
yore は,古英語 gēar (year) の複数属格形 gēara に由来するとされる.属格は副詞的機能を果たしたので,「何年も前;昔」という意味が生じたものと解釈されている.yore 単独での副詞としての用法は古英語からあり,1613年の例を最後に廃用となったが,名詞としては ?c1350 に初出し,あらたに属格の副詞用法を反映したかのような of yore の成句が生まれ,現在まで続いている(成句の文証は a1375 より).
ただし,この語源説は音韻的には難があるようにもみえる.古英語の複数属格形が *geāra であればその後の音韻変化につながるが,実際には gēara ではなかったか.Skeat (Principles 55fn) は,"The A.S. ge-, as occurring here before á, represents the sound of mod. E. y; at any rate, it did so in late A.S." と解釈しており,もともとの下降2重母音 (falling diphthong) が上昇2重母音 (rising diphthong) へ変化したとみている.同様に,Klein も gēara と geāra を並記して,両方とも妥当な古英語形であるとみなしている.さらに,Barnhart も geāra を "variant" とみなしている.Partridge もこの語源説に特に問題を認めていない.
だが,OED の yore, adv. (and adj.) では,語源について "Old English geára, also geáre, geáro, adverbial formations of obscure origin." としており,"year" との関連については言及を避けている.Oxford 系の語源辞典は,同様に "of obscure origin" を添えている.OED に記されている別の語源説によると,gefyrn (< ge- + fyrn (long ago)) をまねて ge- + ār (ere) として造語されたものではないかともされる.
上記の事情で,複数属格説はいまだ完全なる定説というわけではないが,多くの語源学者が採用している有力な説であることには違いない.もしこの語源説が受け入れられるとすれば,成句 of yore は,古英語の名詞を副詞化する複数属格の用法が,機能と形態において,限りなく間接的な形ではあるがかろうじて現在にまで伝わった希有な例ということになる.
・ Skeat, Walter W. Principles of English Etymology. 1st ser. 2nd Rev. ed. Oxford: Clarendon, 1892.
・ Skeat, Walter William, ed. An Etymological Dictionary of the English Language. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1879--82. 2nd ed. 1883.
・ Skeat, Walter William, ed. A Concise Etymological Dictionary of the English Language. New ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1882.
・ Klein, Ernest. A Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language, Dealing with the Origin of Words and Their Sense Development, Thus Illustrating the History of Civilization and Culture. 2 vols. Amsterdam/London/New York: Elsevier, 1966--67. Unabridged, one-volume ed. 1971.
・ Barnhart, Robert K. and Sol Steimetz, eds. The Barnhart Dictionary of Etymology. Bronxville, NY: The H. W. Wilson, 1988.
・ Partridge, Eric Honeywood. Origins: A Short Etymological Dictionary of Modern English. 4th ed. London: Routledge and Kegan Paul, 1966. 1st ed. London: Routledge and Kegan Paul; New York: Macmillan, 1958.
6世紀にキリスト教がブリテン島にもたらされた.その後,古英語期には数百語のラテン単語が英語に流入したが,多くはキリスト教関係の用語である.これは,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) で話題にした通りである.
しかし,キリスト教関係ラテン単語の流入という外見だけをみていては,この時期のキリスト教化の言語的側面を十分に理解することはできない.Baugh and Cable (90) を引用しよう.
The words that Old English borrowed in this period are only a partial indication of the extent to which the introduction of Christianity affected the lives and thoughts of the English people. The English did not always adopt a foreign word to express a new concept. Often an old word was applied to a new thing and by a slight adaptation made to express a new meaning. The Anglo-Saxons, for example, did not borrow the Latin word deus, because their own word God was a satisfactory equivalent. Likewise heaven and hell express conceptions not unknown to Anglo-Saxon paganism and are consequently English words.
「#865. 借用語を受容しにくい語彙領域は何か」 ([2011-09-09-1]) で話題にした通り,なぜ deus を筆頭に,ある意味で最もキリスト教的といえるいくつかの語が借用されなかったのか.主要な参考図書2点から,この問題についての言及を見よう.まずは,Kastovsky (310) は次のように述べている.
Substitutive semantic borrowing is particularly frequent in the religious vocabulary, since in using a native ('heathen') word for a Christian concept, the pagan interpretation had to be replaced by the Christian concept and all its theological associations. A good example is the word God as used for Deus (cf. Strang 1970: 368). Originally it seemed to have meant 'that which is invoked', 'that to which libation is poured', was a neuter noun and could form a plural, since the Germanic peoples had a polytheistic religion. The missionaries, however, had to convey the notion of a single Deity, a Person or One of the persons of the Trinity. Instead of adopting the lexical item Deus, its meaning was substituted for the old meaning of god, which, in this case, even produced a grammatical change: God as a singular noun became masculine; if it occurred in the plural, it only referred to pagan gods and remained neuter.
次に,上の引用文で言及されている Strang (368) を当たってみる.Strang は,古英語の翻訳借用 (loan_translation) や意味借用 (semantic loan) について触れている箇所で,god の意味変化を以下のように論じている.
The best term to start with is the word god. This is an old neuter noun, the meaning of whose stem has been disputed. It may mean 'that which is invoked' or 'that to which libation is poured' (in which case, it represents the same stem as we find in the name of the Goths and the Geats . . .); OE shares the form with other Germanic languages, which have formations from the same stem with the same meaning. In its inherited form the noun has a plural, since the monotheistic idea was unfamiliar to the Germanic peoples. The missionaries need to convey to the English the conception of a single Deity, a Person, One of the Persons of the Trinity, the Father, the Creator of the Universe, etc. They have a choice of explaining all this, and adding that the word for it is Deus; or of saying that the English have hitherto misunderstood the nature of god --- not it, but He, not many but One, etc. They choose the latter course, and their usage, as well as their belief, prevails. The noun acquires a new meaning, or rather, the whole complex of Christian meanings, though it is still the term for the old gods. From this development follows a curious grammatical change, akin to the modern use of the capital letter. When singular the word becomes masculine; when plural (therefore pagan in reference) it remains neuter. Thus, even syntax enters into the pattern of adaptation.
標題は,互いに関連する2つの点で興味を引く.1つは,語を直接借用するよりも意味を取り入れるやり方のほうがじわじわ型であり,キリスト教の布教にあたって,ときに有効だった可能性があること.もう1つは,一般に,他言語からの語彙への影響を考える際には,外見(形態)だけでなく中味(意味)も重視しなければならないということだ.再度 Baugh and Cable (91) に戻って,次を引用しておこう.
It is important to recognize that the significance of a foreign influence is not to be measured simply by the foreign words introduced but is revealed also by the extent to which it stimulates the language to independent creative effort and causes it to make full use of its native resources.
関連して,借用の importation と substitution の区別について,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) を参照.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.
昨日の記事[2013-08-09-1]に引き続き,存在の there の起源の問題について.位置を表わす指示的な用法の there を locative there と呼ぶことにすると,locative there の指示的な意味が薄まり,文法的な機能を帯びるようになったのが existential there であるというのが一般的な理解だろう.文法化 (grammaticalisation) の1例ということである.
Bolinger は,文法化という用語こそ用いていないが,existential there の起源と発達を上記の流れでとらえている.以下は,Breivik の論文からの引用である(Breivik は存在の用法を there2 として,指示詞の用法を there1 として言及している).
Bolinger argues that there2 'is an extension of locative there' . . . and as such does refer to a location, but he characterizes this as a generalized location to which there2 refers 'in the same abstract way the the anaphoric it refers to a generalized "identity" in It was John who said that' . . . . According to Bolinger . . ., '[there2] "brings something into awareness", where "bring into" is the contribution of the position of there and other locational adverbs, and "awareness" is the contribution of there itself, specifically, awareness is the abstract location. . .' (337)
Bolinger は,具体的な位置を表わす there1 が,抽象的な気付きを表わす there2 へ移行したと考えていることになる.
Breivik は Bolinger のこの見解を "impressionistic account" (337) として否定的に評価しており,件の機能の移行は文証されないと主張する.むしろ,there1 と there2 の用法は,現代英語における区別とは異なるものの,すでに初期古英語でも明確に区別がつけられていたはずだと論じている.
There is no evidence in the material utilized for the present investigation that there2 originated as there1, meaning 'at that particular place'. We have presented conclusive evidence that there2 sentences occurred already in early OE. The factors governing the use or non-use of there2 in older English were, however, different from those operative today. If there2 did indeed derive from there1, the separation must have occurred before the OE period. Whether or not there2 carried any semantic weight in OE and ME is a question we know nothing about. However, to judge from my material, it does not seem likely that OE and ME there2 was used to refer to what Bolinger, in his discussion of present-day English there2, calls an 'abstract location'. (346)
there1 と there2 は互いに起源的に無関係であるとまでは言わないものの,Breivik は,歴史時代までに両用法がはっきりと分かれていたという点を強調している.
最初期の用例の読み込み方に依存する難しい問題だが,証拠の精査と理論の構築との対話について考えさせられる問題でもある.
・ Breivik, L. E. "A Note on the Genesis of Existential there." English Studies 58 (1977): 334--48.
存在を表わす there is/are . . . . 構文に用いられる形式的な there は,存在の there (existential there) ,あるいは虚辞の there (expletive there) と呼ばれている.OED では there, adv. の語義4にこの用法が記されている.初例は古英語となっており,古い起源をもつことがわかる.また,MED では thēr (adv.) の 3a, 3b の語義のもとに,この there の用法が多くの用例とともに記述されている.
存在の there の発生については,Mustanoja (337) が以下のように述べている.
ANTICIPATORY AND EXISTENTIAL 'THERE.' --- The use of anticipatory and 'existential' there goes back to OE . . . . In this function there occurs mainly in conjunction with intransitive verbs: --- an cniht þer com ride (Lawman A 26187); --- now knowe I that ther reson in the failleth (Ch. TC i 764); --- whilom ther was dwellynge in Lumbardie A worthy knyght (Ch. CT E 1245); --- him thenkth ther is no deth comende (Gower CA i 2714); --- and some þer were . . . That pleined sore (Lydgate TGlas 179). There is occasionally found also with transitive verbs, usually before an auxiliary of tense or mood: --- whan it was ones itend . . . þere couþe no man it aquenche wiþ no craft (Trev. Higd. I 223). . . . / It is unnecessary to explain this use of there as a reflection of Celtic influence on English, as has been done by W. Preusler . . . . The construction occurs in other Germanic languages too (e.g. Sw. där ligger en bok på bordet).
存在の there が古英語から見られたことは確かなようだが,その分布については議論がある.小野・中尾 (367) によると,論者によっては,後期散文で Chron や Bede では少ないが Ælfric には多いとする者もあれば,初期散文や Beowulf などの韻文でも多く現われると主張する者もある.OED や小野・中尾よりいくつかの例を挙げよう.
・ þa com þær gan in to me heofencund Wisdom. (Ælfred tr. Boethius De Consol. Philos. iii. §1)
・ þa com þær ren and mycele flod and þær bleowun windas. (West Saxon Gospels: Matt. (Corpus Cambr.) vii. 25)
・ 7 þær is mid Estum ðeaw, þonne þær bið man dead, þæt. . . (''Or 20, 19--20)
・ On ðæm dagum þær wæron twa cwena (Or 46, 36; in Latin "Duae tunc sorores regno praeerant")
・ þær wæs sang and sweg samod ætgædere fore Healfdenes hildeswican (Beowulf 1063)
Traugott (218--19) によれば,初期古英語ではこの構文が稀であることは確かなようだ.また,文脈を考慮すると,とりわけ話し言葉の特徴だったのではないかという可能性も指摘されている.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
・ 小野 茂,中尾 俊夫 『英語史 I』 英語学大系第8巻,大修館書店,1980年.
・ Traugott, Elizabeth Closs. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Cambridge: CUP, 1992. 168--289.
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