昨日の記事「#1510. scale (鱗)の語源と sc-」 ([2013-06-15-1]) で,sc で表わされる子音について触れた.古英語で sc と綴られる子音は,前段階では [sk] の子音群を表わしていたが,9世紀頃から口蓋化 (palatalisation) と歯擦化 (assibilation) の過程が始まり,10世紀前半から1100年頃にかけて [ʃ] へ変化したといわれる(中尾,p. 356).この音韻過程の時期,過程の生じた音韻環境と順序,/ʃ/ の音素化の時期などを巡っては様々な意見が対立しており,明確な答えが出ていないが,1つの見解として Campbell (177--78) を要約すると以下のようになる.
[sk] の口蓋化・歯擦化は [k] 単体のそれよりも起こりやすく,語頭においては,最初は前舌母音の前位置で,次に少なくとも900年以前に後舌母音の前位置で生じていた.例えば,scip (ship), scōh (shoe), scyldig (guilty), sceadu (shadow), sceal (shall), scilling (shilling) の如くである.さらに後には,r の前位置でも同じ過程が起こり,scrēad (shred), scrēawa (shrewmouse), scrīc (shrike), scrīfan (decree), scrīn (coffer), scrincan (shrink), scrūd (shroud) などで [ʃ] が行なわれた.一方,語中では,wasce (wash), þersce (I thresh), asce (ashes), risce (rush), disches (dish's), fisces (fish's) や blyscan (blush), wȳscan (wish) のように前舌母音が前か後ろにある環境で口蓋化・歯擦化が起こった.また,語末では,æsc (ash), disc (dish), fisc (fish), risc (rush), -isc (-ish), flǣsc (flesh) のように前舌母音の後位置で [ʃ] となった.
なお,[ʃ] とならず [sk] のまま残ったのは,語中で後舌母音の前位置や,語末で後舌母音の後位置にある場合である.fiscas (fishes), *wascan (wash), þerscan (thresh), þerscold (threshold), āscaþ (asks), tosca (frog) や frosc (frog), husc (insult), tusc (tooth) などが例として挙げられる.これらの語ではしばしば問題の子音が音位転換 (metathesis) を起こし,[ks] として実現される.例えば,āxian, dixas, dox (dusk), fixas, frox, flaxe, rixe, toxa, þerxan, þerxold, waxan の如くである.
古英語期に上記のような音韻過程が生じたため,現在でも英語の本来語において [sk] の子音は一般的にいって珍しい.語頭においてはとりわけそうである.逆にいえば,語頭に [sk] をもつ語は本来語ではなく,借用語である可能性が高いということになる.まずは古ノルド語の可能性を,それからラテン語,ギリシア語などの可能性を疑いたい.score (ON), ski (ON), skill (ON), skin (ON), skirt (ON), sky (ON), school (L) script (L), skeleton (G) 等々.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
8世紀前半,Northumbria で作られたとされる The Franks Casket を紹介する.1867年,大英博物館の考古学部門の学芸員だった Augustus Franks は,パリで購入していた鯨骨で作られた小箱を展示した.そのとき小箱の右側面は失われていたが,後にその側面がイタリアで発見され,現在はその鋳型がはめられた状態で大英博物館に所蔵されている.正面,両側面,背面,蓋には,ルーン文字による古英語やローマ字によるラテン語が刻まれており,そのテキストは彫られている絵柄とともにローマ,ユダヤ,キリスト教,ゲルマンの伝統を表わしており,キリスト教へ改宗して間もない当時のイングランドの移行的,混合的な文化を示唆する.
正面は,左と右にある2つの絵柄からなる.左にはゲルマンの伝説の Wayland the Smith が描かれ,右には東方の三博士が赤ん坊のキリストを崇拝している様子が描かれている.彼らの頭の上にはルーン文字で mægi と記されている.正面の縁には左下から時計回りにルーン文字で碑文が彫られているが,このテキストは古英語詩としては最古のものであり,内容は絵柄の説明ではなくなぞなぞ (riddle) となっている.テキストの読みについては議論があるが,ある解釈にしたがえば次のようになる(現代英語対訳つき).
fisc . flodu . ahof on fergenberig | the flood cast up the fish onto the cliff-bank | |
warþ gasric grorn þær he on greut giswom | the ghost-king was sad when he swam onto the shingle | |
hronæs banh | whale's bone |
英語史におけるラテン語借用については,latin loan_word の幾多の記事で取り上げてきた.古英語期以前のラテン借用については,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) で簡単な時代別の分類に触れ,いくつかの例を挙げたにすぎないので,今回はもう少し例を挙げてみたい.
Crystal (59--65) では,古英語以前のラテン語借用を,Serjeantson (Appendix A) にしたがって (1) 大陸時代,(2) c. 450--c. 650, (3) c. 650--c. 1100 と時代別に3区分している.以下に,それぞれの時代を代表する例をいくつか挙げよう.
(1) 大陸時代
belt (belt) < L balteus
butere (butter) < L butyrum
camp (field, battle) < L campus
candel (candle) < L candela
catt (cat) < L cattus
ceaster (city) < L castra
cetel (kettle) < L catillus
cupp (cup) < L cuppa
cycene (kitchen) < L coquina
cyse (cheese) < L caseus
draca (dragon) < L draco
mæsse (mass) < L missa
mil (mile) < L mille
minte (mint) < L menta
munuc (monk) < L monachus
mynster (minster) < L monasterium
panne (pan) < L panna
piper (pepper) < L piper
pise (pea) < L pisum
plante (plant) < L planta
port (door, gate) < L porta
port (harbour, town) < L portus
pund (pound) < L pondo
sacc (sack, bag) < L saccus
sinoð (council, synod) < L synodus
stræt (road) < L strata
tigle (tile) < L tegula
weall (wall) < L vallum
win (wine) < L vinum
ynce (inch) < L uncia
(2) c. 450--c. 650
cocc (cock) < L coccus
cugle (cowl) < L cuculla
cyrtan (to shorten, curtail) < L curtus
forca (fork) < L furca
fossere (spade) < L fossorium
græf (stylus) < L graphium
læden (Latin) < L ladinus (Vulgar Latin)
leahtric (lettuce) < L lactuca
mægester (master) < L magister
nunne (nun) < L nonna
pere (pear) < L pirum
pinsian (to reflect, consider) < L pensare
punt (punt, flat boat) < L ponto
relic (relic) < L reliquia
renge (spider) < L aranea
seglian (to seal) < L sigillare
segn (mark, sign) < L signum
stropp (strap) < L stroppus
torr (tower) < L turris
turl (ladle, trowel) < L trulla
(3) c. 650--c. 1100
alter (altar) < L altar
biblioþece (library) < L bibliotheca
cancer (crab) < L cancer
creda (creed, belief) < L credo
cucumer (cucumber) < L cucumer
culpe (guilt, fault) < L culpa
diacon (deacon) < L diaconus
fenester (window) < L fenestra
fers (verse) < L versus
grammatic (grammar) < L grammatica
mamma (breast) < L mamma
notere (notary) < L notarius
offrian (sacrifice, offer) < L offere
orgel (organ) < L organum
papa (pope) < L papa
philosoph (philosopher) < L philosophus
predician (preach) < L praedicare
regol (religious rule) < L regula
sabbat (sabbath) < L sabbatum
scol (school) < L scola
Serjeantson のリストによれば,(1) には183語,(2) には114語,(3) には244語が挙がっているが,各語の時代区分の正確性は必ずしも保証されておらず,額面通りに受け取るには注意を要する.だが,単語の意味領域について一般的にいえば,(1) は日常語を含む幅広い意味領域を覆っているが,(2) では宗教的な色彩が見え始め,(3) では宗教に加え学識を感じさせる単語が多い.キリスト教の伝来を契機に,ラテン借用語の質が変化したことを見て取ることができる.借用の媒介に関しても,(1) や (2) は主として話し言葉から入ったが,(3) は主として書き言葉を通じて流入したと想定される.
上記のリストでは,主に現代英語まで残ったラテン借用語を挙げてあるが,実際には現代英語にまで生き残らなかったものも多い.現代標準英語に残っているのは,約100語くらいのものである.大多数が後に死語となった背景には,中英語期に同義のフランス借用語が流入したという事情がある.新しくて格好のよいフランス語が,古めかしいラテン語に取って代わったのである.ただし,現代まで残っているラテン借用語の多くは,本来語彙と同じぐらい盤石に英語語彙に根付いている.
なお,古英語期以前に同一のラテン単語が2度借用された例もあるので,触れておこう.L calicem は "cup" の意味で最初に celc として,後に calic として古英語に借用された.同様の例を挙げる.
cliroc, cleric (cleric, clergyman) < L clericus
læden, latin (Latin) < L latinus
leahtric, lactuca (lettuce) < L lactuca
minte, menta (mint) < L menta
spynge, sponge (sponge) < L spongea
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
・ Serjeantson, Mary S. A History of Foreign Words in English. London: Routledge and Kegan Paul, 1935.
「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1]) の (2) で取り上げたが,古英語では典型的に母音で挟まれた無声摩擦音 [f, θ, s] は有声化して [v, ð, z] となる (ex. hūsian "to house", ofer "over", sūþerne "southern") .この無声摩擦音の有声化という現象について,中尾 (377) に従って,詳細を記述したい.
この音過程は,遅くとも6世紀末ごろまでには確立したとされる.生起する音声環境には,(1) V_V, (2) V_/l, r, m, n/, (3) /l, r, m, n/_V の3種類があった.いずれも自鳴音にはさまれた環境である./f, θ, s/ に作用したそれぞれの古英語での例を挙げよう.
・ [f] > [v]: giefan (give) ? geaf ([he] gave), heofon (heaven), ofer (over)
・ [θ] > [ð]: weorðan (become) ? wearð ([he] became), feþer (feather), ōþer (other), fæðm (fathom), eorðe (earth)
・ [s] > [z]: rīsan (rise) ? rās ([he] rose), nosu (nose), bōsm (bosom), ōsle (ouzel)
(1) と (2) の環境について,V に強勢がない場合には,有声化の音過程が阻止されることが知られている.例えば,*triuwiþu > trēowþ (truth) や seofoða (seventh) .これは,Verner's Law の適用される条件とは異なることに注意したい.
この音過程は古英語の綴字には反映されないが,(a) 語中の環境で <þ> の代わりに /d/ が用いられたり,(b) 問題の摩擦音の直後に <t> ではなく <d> が続いたり,(c) þl > dl あるいは þm > dm のような音過程が生じたりすることから,生起したことは疑いえない.
なお,古英語と中英語では,有声化は摩擦音に対して起こることが多いが,閉鎖音では起こらない.逆に,近代英語での有声化は,摩擦音としては [s] > [z] があるぐらいで ,大部分が閉鎖音で起こっている.一方,無声化についても時代別に分布が異なる.古英語や中英語では摩擦音と閉鎖音にともに影響するが,近代英語ではまれに摩擦音に影響するのみである(中尾,p. 376).有声化と無声化の過程には,時代別の潮流があるということかもしれない.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
5世紀にアングロサクソン人がブリテン島を征服した後,彼らは被征服民であるケルト人から僅かながらも言語的影響を受けることとなった.古英語期におけるケルト語の影響の最たるものは,地名である.[2012-07-28-1]の記事「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」でケルト地名についての慎重論を見たが,全体としてケルトの地名が多く残っていることは認めてよいだろう.
地名あるいは地域名として,Barr (cf. Welsh bar = "top", "summit"), Bernicia, Bredon, Brockhall, Brockholes (brocc = "badger"), Bryn Mawr, Cornwall, Creech, Cumberland, Cumbria, Deira, Duncombe (cumb = "a deep valley"), Exeter, Gloucester, Holcombe, Huntspill, Kent, Lichfield, Pendle (cf. Welsh pen= "top"), Pylle (pill = "a tidal creek"), Salisbury, Torcross, Torhill, Torr (torr = "high rock, peak"), Torhill, Winchcombe, Winchester, Worcester には,語の全体あるいは語の一部においてケルト語の etymon が含まれている.Avon, Exe, Esk, Usk, Dover, Wye などの河川名もケルト語である.
しかし,地名をのぞけば,ケルト語からの借用は僅少である.ass, binn (basket, crib), bratt (cloak), brocc (brock or badger), crag (a high steep rough mass of rock), cumb (valley), dun (dark colored), luh (lake), torr (outcropping or projecting rock, peak) などの語は,アングロサクソン人がケルト人との日常的な接触を通じて英語へ取り込んだものだろう.一方で,ancor (hermit), cine (a gathering of parchment leaves), clugge (bell), cross, cursian (to curse), drȳ (magician), gabolrind (compass), mind (diadem), stær (history) などの語は,アイルランドの宣教師によるケルト系キリスト教の普及を通じて英語に取り込まれた.
上に挙げたのは18語ばかりだが,古英語に借用されたケルト単語はおよそ網羅されている.一般には用いられない語も含まれており,ケルト借用語の存在感の薄さがわかるだろう.
以上,Baugh and Cable (75--77) を参照して執筆した.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
[2012-07-16-1]の記事「#1176. 副詞接尾辞 -ly が確立した時期」で取り上げた話題の続き.Donner によると,副詞接尾辞 -ly は,中英語の開始までに概ね確立していたということだが,ここで疑問が生じる.さらに溯って古英語での状況はどうだったのだろうか.古英語において,-lice は,形容詞語尾 -lic に,歴史的な奪格語尾に由来する e が付加された屈折的な副詞 (Lass 207) として分析されていたのか,あるいは -lice 全体が副詞の派生語尾として分析されていたのか.
Campbell (275) によれば,「生産性」の程度をどう見るかという問題はあるものの,古英語でもすでに -lice が副詞接尾辞として認識されていたという.
則664. Since adjs. in -liċ normally formed adv. in -liċe, this ending early became regarded as an adverbial suffix, which could be used beside or instead of -e, e.g. heardliċe, holdliċe, hwætliċe, lætliċe (beside hearde, holde, late), the advs. of heard, hold, hwæt, læt.
同趣旨で,Lass (207) も次のように述べている.
Since {-e} was typically added to adverbialize the extremely common adjectives in -līc, the complex {-līc-e} was reinterpreted during OE times as an adverbial ending in itself, and there were thus a number of doublets off the same base: from heard 'hard' the adverbs heard-e, heard-līc-e, from hwæt 'brave' hwæt-e, hwæt-līc-e. (Our ModE adverbial {-ly} is of course the descendant of {-līc-e}.) (Lass 207)
後の時代に示されるような生産性には至っていないものの,-lice は,すでに古英語期に,-e と並んで,いやむしろ -e よりも形態的に明確な副詞マーカーとして機能していたらしい.現代英語の単純副詞と -ly 副詞の選択という問題の起源は,Donner の議論を参照する限り,初期中英語に遡ることができるといえそうだが,両選択肢の発生そのものは,古英語にまで遡ることができるのである.そして,ここには,屈折による副詞形成なのか,派生による副詞形成なのかという問題が関与しており,[2012-07-06-1]の記事「#1166. 副詞派生接尾辞 -ly の発達の謎」で提示された疑問「なぜ英語で -ly のような副詞派生接尾辞が発達したのか」へとつながってゆくように思われる.
・ Donner, Morton. "Adverb Form in Middle English." English Studies 72 (1991): 1--11.
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
古英語と古ノルド語の言語接触を直接に文証する記録はほとんど残されていない.イングランド東部や北部から接触当時の碑文が見つかっているが,指折り数えられるほどにすぎない.
その少数の碑文のなかでもよく知られているものの1つが,The Aldbrough Sundial と呼ばれる日時計の円周部に刻まれている銘である.East Yorkshire の小さな町 Aldbrough にある St. Bartholomew's church の内壁にはめ込まれているもので,碑文はノルマン・コンクェスト以前に刻まれたものと考えられている.University of Pennsylvania の Anthony Kroch のページで画像と説明を閲覧できる. *
そのページにも一部引用のある,Page の論文を読んだ.この日時計の碑文には,古英語と古ノルド語の言語接触を示唆する貴重な言語特徴が見られるという.その文の翻字と現代英語訳を添えよう.
+VLF LET (?HET) ARŒRAN CYRICE FOR HANVM 7 FOR GVNWARA SAVLA
"+Ulf had this church built for his own sake and for Gunnvǫr's soul."
古英語の屈折体系が崩れていることが,CYRICE や SAVLA からわかる.Late West-Saxon の標準であれば,*cirican や *saule となるはずのところである.ただし,Northumbrian 方言では古英語後期にはすでにこの種の屈折の水平化は進行しており,これだけをもって古ノルド語との言語接触による影響を論じることはできないだろう.GVNWARA については,統語的に属格形と考えられるが,英語化した屈折形を示しているようだ.なお,固有名詞 GVNWARA と VLF はともに北欧系の名前である.
屈折体系の崩壊を示唆する語形以上に興味深いのは,再帰代名詞の与格を表わすとおぼしき HANVM という語形である.古英語では3人称男性単数代名詞の与格としてこの形態は確認されていないが,古ノルド語ではまさにこの形態が用いられていた.したがって,この語形が古ノルド語から借用されたという仮説は受け入れてよいだろう.しかし,3人称代名詞が再帰的に用いられている今回のような文脈では,古ノルド語であれば再帰代名詞形 sér の用いられるのが常である.一方,古英語では,再帰代名詞と非再帰代名詞の形態的な区別はなかった.以上を考え合わせると,この例は,古英語の3人称男性単数代名詞の機能と用法は保ったままに,その形態 him が古ノルド語の対応形 HANVM に置き換わった例ということになる.
VLF と GVNWARA なる人物,そしてこの碑文を刻んだ人物は,いずれも古ノルド語話者の末裔だった可能性がある.彼らは,古英語話者との数世代の融合のうちに,この碑文に示唆されるような,言語接触によって変形した英語を話すようになっていたのかもしれない.しかし,Page (178) は,少ない証拠からそのような可能性を引き出すことには注意を要すると述べている.
Even in the highly Scandinavianized York, people with Norse names need not be of Norse descent. Surviving English inhabitants may have given their children fashionable Norse names in imitation of a Norse dominant class.
Page の論題は「イングランドで古ノルド語はいつまで話されていたか」というものだが,明確な結論は提示せずに論を閉じている.ただし,Page の全体的な論調からは,あまり長くもたなかったのではないかという見解が読み取れる.
・ Page, R. I. "How Long Did the Scandinavian Language Survive in England? The Epigraphical Evidence." England Before the Conquest: Studies in Primary Sources Presented to Dorothy Whitelock. Ed. P. Clemoes and K. Hughes. Cambridge: CUP, 1971. 165--81.
古英語の語形成 (word formation) が,派生 (derivation) や複合 (compounding) により,著しく豊かであることは,古英語の文法書や英語史の概説書を通じてよく知られている.Baugh and Cable (64--65) では,印象的な例として,古英語 mōd "mood, heart, mind, spirit; boldness, courage, pride, haughtiness" という1つの語根から,100以上の語が形成されるという事実が紹介されている.100個とまではいかないが,そこで挙げられている語を,意味とともに列挙してみよう.
・ mōdig "spirited, bold, high-minded, arrogant, stiff-necked"
・ mōdiglic "magnanimous"
・ mōdiglīce "boldly; proudly"
・ mōdignes "magnanimity; pride"
・ mōdigian "to bear oneself proudly or exultantly; to be indignant, to rage"
・ gemōdod "disposed; minded"
・ mōdfull "haughty"
・ mōdlēas "spiritless"
・ mōdsefa "mind, thought, understanding"
・ mōdgeþanc "mind, thought, understanding"
・ mōdgeþoht "mind, thought, understanding"
・ mōdgehygd "mind, thought, understanding"
・ mōdgemynd "mind, thought, understanding"
・ mōdhord "mind, thought, understanding"
・ mōdcræft "intelligence"
・ mōdcræftig "intelligent"
・ glædmōdnes "kindness"
・ mōdlufu "affection"
・ unmōd "despondency"
・ mōdcaru "sorrow"
・ mōdlēast "want of courage"
・ mādmōd "folly"
・ ofermōd "pride"
・ ofermōdigung "pride"
・ ofermōdig "proud"
・ hēahmōd "proud; noble"
・ mōdhete "hate"
・ micelmōd "magnanimous"
・ swīþmōd "great of soul"
・ stīþmōd "resolute; obstinate"
・ gūþmōd "warlike"
・ torhtmōd "glorious"
・ mōdlēof "beloved"
Hall の古英語辞書(第2版)で mōdig 周辺をのぞくと,ほかにも関連語のあることがわかる.
確かに古英語の語形成の "resourcefulness" には驚く.複合に関しては,その延長線上に kenning という文飾的技巧のあることを指摘しておこう.
ただし,この "resourcefulness" が古英語の共時的な生産性を表わすものかどうかという点については熟慮を要する.[2011-05-28-1]の記事「#761. 古英語の derivation は死んでいたか」で考察したように,この "resourcefulness" は,古英語以前からの通時的な派生・複合の結果が累々と蓄積され,豊かな語彙ネットワークとして古英語に共時的に現われているということではないか.synchronic productivity と diachronic productivity とを分けて考える必要があるのではないか.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
・ Hall, John Richard Clark, ed. A Concise Anglo-Saxon Dictionary. 2nd ed. New York: Macmillan, 1916.
標題は,先日素朴な疑問への投稿に寄せられた質問.基数詞 five に対して序数詞 fifth であるのはなぜか.基数詞 twelve に対して序数詞 twelfth であるのはなぜか,というのも同じ問題である.
今回の疑問のように「基本形 A に対して,関連する A' が不規則形を帯びているのはなぜか」というタイプの問題は少なくないが,問題提起を逆さに見るほうが歴史的事実に対して忠実であるということが,しばしばある.今回のケースで言えば,「 /v/ をもつ基数詞 five に対して,関連する序数詞が不規則な /f/ をもつ fifth となっているのはなぜか」ではなく「 /f/ をもつ序数詞 fifth に対して,関連する基数詞が不規則な /v/ をもつ five となっているのはなぜか」と考えるべき問題である.歴史的には fifth の /f/ は自然であり,five の /v/ こそが説明を要する問題なの である.
古英語に遡ると,基数詞「5」は fīf であり,基数詞「12」は twelf だった.綴字に示されている通り,語尾は無声音の [f] である(cf. 現代ドイツ語の fünf, zwölf).古英語で序数詞を作る接尾辞は -(o)þa だったが,この摩擦子音は [f] の後では破裂音 [t] として実現され,古英語での対応する序数詞は fīfta, twelfta として現われた.中英語以降に,他の序数詞との類推 (analogy) により t が th に置き換えられ,現代英語の fifth, twelfth が生まれた.
もう1つ説明を加えるべきは,古英語で「5番目の」は fīfta と長母音を示したが,現在では短母音を示すことだ.これは,語末に2子音が後続する環境で直前の長母音が短化するという,中英語にかけて生じた一般的な音韻変化の結果である.同じ音韻変化を経た語を含むペアをいくつか示そう.現代英語ではたいてい母音の音価が交替する.([2009-05-14-1]の記事「#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は?」も参照.)
・ feel -- felt
・ keep -- kept
・ sleep -- slept
・ broad -- breadth
・ deep -- depth
・ foul -- filth
・ weal -- wealth
・ wide -- width
fifth については,このように接尾辞の子音の声や語幹の母音の量に関して多少の変化があったが,語幹の第2子音としては古英語以来一貫して無声の /f/ が継承されてきており,古英語の基数詞 fīf からの直系の子孫といってよいだろう.
では,次に本質的な問題.古英語の基数詞 fīf の語末子音が有声の /v/ となったのはなぜか.現代英語でもそうだが,基数詞は「5」のように単独で名詞的に用いられる場合と「5つの」のように形容詞的に用いられる場合がある.古英語では,形容詞としての基数詞は,他の通常の形容詞と同様に,関係する名詞の性・数・格・定不定などの文法カテゴリーに従って特定の屈折語尾をとった.fīf は,当然ながら,数のカテゴリーに関して複数としての屈折語尾をとったが,それは典型的には -e 語尾だった(他の語尾も,結局,中英語までには -e へ収斂した).古英語では,原則として有声音に挟まれた無声摩擦音は声の同化 (assimilation) により有声化したので,fīfeの第2子音は <f> と綴られていても [v] と発音された.そして,やがてこの有声音をもつ形態が,無声音をもつ形態を置き換え,基本形とみなされるようになった.twelve についても同様の事情である.実際には,基数詞の屈折の条件は一般の形容詞よりも複雑であり,なぜ [v] をもつ屈折形のほうが優勢となり,基本形と認識されるようになったのかは,別に説明すべき問題として残る.
数詞のなかでは,たまたま five / fifth と twelve / twelfth のみが上記の音韻変化の条件に合致したために,結果として「不規則」に見え,変わり者として目立っている.しかし,共時的には不規則と見られる現象も,通時的には,かなりの程度規則的な変化の結果であることがわかってくる.規則的な音韻変化が不規則な出力を与えるというのは矛盾しているようだが,言語にはしばしば観察されることである.また,不規則な形態変化が規則的な出力を与える(例えば類推作用)というのもまた,言語にはしばしば観察されるのである.
昨日の記事「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」 ([2012-01-27-1]) の最後で触れた通り,今回はルーン文字 (the runic alphabet) の変種について.
古代ゲルマン民族によって使われたルーン文字 (the runic alphabet) の起源については定説がないが,[2010-06-24-1]の記事「#423. アルファベットの歴史」で触れた通り,エトルリア文字から派生したという説がある.一方で,ギリシア文字 (the Greek alphabet) やローマ字 (the Roman alphabet) から派生したとする説もある.確かにわかっていることは,ゲルマン語話者が,紀元一千年紀前半に,自らの言語に適応させる形でルーン文字体系を発展させていたことだ.
ルーン文字は,800年頃までに北欧で用いられた初期ゲルマン・ルーン (the Early Germanic runic script) ,5--12世紀にブリテン島で用いられたアングロサクソン・ルーン (the Anglo-Saxon runic script) ,8--13世紀にスカンジナビアとアイスランドで用いられたノルディック・ルーン (the Nordic runic script) に大別される.初期ゲルマン・ルーンは24字からなり,最初の6字 <f>, <u>, <þ>, <a>, <r>, <k> をとって "fuþark" と称される.(以下,ルーン文字の図は『新英語学辞典』より.)
一方,ブリテン島に導入されて改良されたアングロサクソン・ルーンは,古英語の音韻体系を反映して文字を追加し,Salzburg Codex 140 に記録されているような28字の体系へ,そして古英語後期にはさらに拡大した33字からなる体系へと変容していった.また,ここでは第4字母 <a> が <o> へ,第6字母 <k> が <c> へ置き換えられており,アングロサクソン版ルーン文字は "fuþorc" とも呼ばれる.
このように,音標文字である限り,音韻の変化や変異を反映して,字母一覧が多少なりとも変化を被るというのは自然のことのように思われる.ルーン文字における24字 fuþark と33字 fuþorc の対比は,昨日の記事で取り上げたように,仮名における48字「あめつちの詞」と47字「いろは歌」の対比に相当するといえる.
しかし,音標文字にあってすら,音韻と文字の関係が必ずしも厳密ではないこと,音韻変化に文字体系が追いついて行かないこともまた,往々にして真実である.ルーン文字の場合でいえば,ノルディック・ルーンが表わしている古代北欧諸語は,古英語にもまして豊富な音韻をもっていたが,むしろ文字数としては減っており,最終的には16字にまで縮小した.その理由は今もって謎だが,音素と文字の関係が絶対的なものではなく,あくまで緩いものであることを示す好例だろう.仮名の「お」と「を」,「は」と「わ」,「え」と「へ」の関係,現代英語の spelling_pronunciation_gap の無数の例も,両者の関係の緩さを証明している.関連して,[2009-06-28-2]の記事「#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」や [2011-02-20-1]の記事「#664. littera, figura, potestas」の記事を参照.
(後記 2013/03/18(Mon):以下は,デンマーク国立美術館で購入した絵はがきよりスキャンした24文字ルーン)
・ Encyclopaedia Britannica. Encyclopaedia Britannica 2008 Ultimate Reference Suite. Chicago: Encyclopaedia Britannica, 2008.
・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
[2011-11-11-1]の記事「#928. 屈折の neutralization と simplification」と[2011-11-14-1]の記事「#931. 古英語と古ノルド語の屈折語尾の差異」で,古ノルド語との言語接触に起因する古英語の屈折体系の簡単化について取り上げてきた.O'Neil が neutralization と呼ぶ,この英語形態論の再編成については,両言語話者による屈折語尾の積極的な切り落としという側面が強調されることが多いが,より目立たない側面,allomorphy の縮減という側面も見逃してはならない.
昨日の記事で示したパラダイムの対照表を見れば,屈折語尾の差異を切り落とし,ほぼ同一の語幹により語を識別するという話者の戦略が有効そうであることが分かるが,語幹そのものの同一性が必ずしも確保できないケースがある.パラダイムのスロットによっては,語幹が異形態 (allomorph) として現われることがある.昨日の例では,drīfan の過去形においては,単数1・3人称 (drāf) で ā の語幹母音を示すが,単数2人称および複数 (drife,drifon) で i の語幹母音を示す.
他にも,現在単数2・3人称の屈折において語幹母音が i-mutation を示す古英語の動詞は少なくない.OE lūcan "to lock" の現在形の活用表を示すと,以下のように語幹母音が変異する (O'Neil 262) .
Old English | |
Inf | lūcan 'lock' |
Pres. Sing. 1. | lūce |
2. | lȳc(e)st |
3. | lȳc(e)ð |
Plur. | lūcað |
I think it clear that working from quite similar, often identical, underlying forms but with different sets and intersecting sets of endings associated with them and bewildering allomorphies as a result of the conditions established by the endings, the basic underlying sameness of Old English and Old Norse had become somewhat distorted and thus a superficial barrier to communication between speakers of the two languages had arisen. It is not surprising then that the inflections of the languages were rapidly and radically neutralized, for they were the source of nearly all difficulty. (O'Neil 262--63)
allormophy の縮減は,言語接触による neutralization の過程としてだけでなく,言語内的な類推 (analogy) や 単純化 (simplification) の過程としても捉えることができる.実際には,片方のみが作用していたと考えるのではなく,両者が共に作用していたと考えるのが妥当かもしれない.
allomorphy の縮減は,パラダイム内の levelling (水平化)と読み替えることも可能だろう.この用語については,[2010-11-03-1]の記事「#555. 2種類の analogy」を参照.
・ O'Neil, Wayne. "The Evolution of the Germanic Inflectional Systems: A Study in the Causes of Language Change." Orbis 27 (1980): 248--86.
[2011-11-11-1]の記事「#928. 屈折の neutralization と simplification」では,古英語の言語体系が古ノルド語との接触により簡単化していった過程を,O'Neil の用語を用いて neutralization と呼んだ.この過程の要諦は,古英語と古ノルド語との間で,対応する語幹はほぼ同一であるにもかかわらず,対応する屈折語尾は激しく異なっていたために,後者が積極的に切り落とされたということだった.
では,具体的にどのように両言語の屈折体系が混乱を招き得るものだったかを確かめてみよう.以下は,典型的な強変化動詞,弱変化動詞,弱変化名詞,強変化女性名詞 (o-stem) の屈折の対照表である (O'Neil 257--59) .
Strong Verb
Old English | Old Norse | |
Inf | drīfan 'drive' | drífã |
Pres. Sing. 1. | drīfe | dríf |
2. | drīfest | drífR |
3. | drīfeð | drífR |
Plur. 1. | drīfað | drífom |
2. | drīfað | drífeð |
3. | drīfað | drífã |
Past Sing. 1. and 3. | drāf | dreif |
2. | drife | dreift |
Plur. 1. | drifon | drifom |
2. | drifon | drifoð |
3. | drifon | drifð |
Pres. pple. | drīfende | drífande |
Past pple. | drifen | drifenn |
Weak Verb
Old English | Old Norse | |
Inf | tellan 'count' | teljã |
Pres. Sing. 1. | telle | tel |
2. | telest | telR |
3. | telð | telR |
Plur. 1. | tellað | teljom |
2. | tellað | teleð |
3. | tellað | teljã |
Past Sing. 1 | talde | talda |
2. | taldest | talder |
3. | talde | talde |
Plur. 1. | taldon | tǫldom |
2. | taldon | tǫldoð |
3. | taldon | tǫldõ |
Pres. pple. | tellende | teljande |
Past ppl.e | tald | tal(e)ð |
Weak Noun
Old English | Old Norse | |
Sing. Nom. | guma 'man' | gume |
Oblique | guman | gumã |
Plur. Nom. | guman | gumaR |
Acc. | guman | gumã |
Gen. | gumena | gum(n)a |
Dat. | gumum | gumon |
Strong Noun (Feminine ō-stems)
Old English | Old Norse | |
Sing. Nom. | bōt 'remedy' | bót |
Acc. | bōte | bót |
Gen. | bōte | bótaR |
Dat. | bōte | bót |
Plur. Nom. | bōta | bótaR |
Acc. | bōta | bótaR |
Gen. | bōtena | bóta |
Dat. | bōtum | bótom |
標題の構文は,しばしば for や because などの原因を表わす句や節を伴い「それだけいっそう,ますます,かえって?」の意味を表わす.例文をいくつか挙げる.
- I was the more upset because he blamed me for the accident.
- I like him all the better for his human weaknesses.
- If we plant early, it will be all the better for our garden.
- The danger seems to make surfing the more exciting.
- She began to work the harder, because her salary was raised.
- If you don't like it, so much the worse for you
- The child was none the worse for being in the rain all night.
- She doesn't seem to be any the worse for her bad experience.
この the は古英語の指示詞 se の具格 (instrumental case) の þȳ に遡る([2009-09-28-1]の記事「古英語の決定詞 se の屈折」の屈折表を参照).これは "by so much" ほどの指示副詞的な意味を表わし,後続する比較級を限定した.したがって,標題の構文は古英語から用いられている古い構文である.
The Owl and the Nightingale (O&N) の冒頭 (ll. 19--20) に,この構文が現われる.Cartlidge 版から現代英語訳とともに引用する.
Ho was þe gladur uor þe rise,
& song a uele cunne wise.
She [The nightingale] was happy having the branches around her
and she sang in all sorts of different modes.
Ho は "nightingale" を指し,þe gladur uor þe rise 「枝があるがゆえにいっそう嬉しかった」と解釈できる.だが,前後の文脈を読んでも,なぜ枝があるといっそう嬉しいのか判然としない.ここでは構文とは別に文学的な解釈が必要のようだ.Cartlidge の注によると,"Ich habbe on brede & eck on lengþe / Castel god on mine rise." (ll. 174--75) とあるように枝を自分の城としているくらいだから,ナイチンゲールにとって枝はさぞかし重要なのだろうということがわかる.また,詩人は中世の諺 Arbore frondosa cantat philomena iocosa "A nightingale sings happily in a leafy tree" に言及しているのではないかとも言われる.the 1つを解釈するのもたやすくない.たかが the されど the である.
中英語における副詞の the の用例については,MED entry for "the (adv.)", 1. (a) を参照.
・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.
一般に古英語の語形成は合成 ( composition ) と派生 ( derivation ) に特徴付けられるとされる.前者については[2011-02-04-1], [2010-08-12-1]などの記事で,後者については[2009-10-31-1], [2009-05-18-1]などの記事で言及してきた.
ところが,後者の derivation について Bradley が異なる見解を述べている.古英語の派生語は,実は古英語以前に確立していたものであり,derivation という語形成の過程そのものが古英語で生産的であったわけではないという.もしこれが真実だとすると,英語史の概説書は誤った(少なくとも誤解を招く)主張を繰り返してきたということになる.あるいは私が単に誤解していたということだろうか.過程としての派生と結果としての派生語とを勘違いしていたということなのかもしれない.
Old English was considerably less rich than Modern English in methods of making new words by derivation. It is true that a large portion of the Old English vocabulary consists of words derived from other words that existed in the language. But very many of these derivatives had been already formed before the English came over from the continent, and the processes by which they were made had become obsolete before the date of the earliest Old English literature. (91)
The Old English language, at the earliest period at which it is known to us, had already lost one of the most useful of the means for word-making which it originally possessed. . . . Almost all those modes of derivation which were actually current in Old English have continued in constant use down to the present time. (93)
derivation を古英語に特徴的な語形成の1つとして取り上げる際には注意が必要ということだろう.関連して,derivation の生産性 ( productivity ) をいかにして測定するかという問題は,[2011-04-28-1]の記事「接尾辞 -dom をもつ名詞の通時的分布」でも触れたとおり,理論的には難しい問題であることを再度指摘しておきたい.
・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.
[2011-03-26-1], [2011-03-27-1]の記事で,歯音をもつ5つの親族名詞 father, mother, brother, sister, daughter の形態について論じた.親族名詞はきわめて基本的な語彙であり,形態的にも複雑な歴史を背負っているために,話題に取り上げることが多い.一度,古英語の形態を整理しておきたい.以下は,West-Saxon 方言での主な屈折形を示した表である( Campbell, pp. 255--56; Davis, p. 15 ) .
5語のあいだで互いに類推作用が生じ,屈折形が部分的に似通っていることが観察される.相互に密接な語群なので,何が語源的な形態であるかがすでによく分からなくなっている.
古英語でも初期と後期,方言の差を考慮に入れれば,この他にも異形がある.例えば brother の複数形として Anglian 方言には i-mutation([2009-10-01-1]) を経た brōēþre が行なわれた.この母音は現代英語の brethren に痕跡を残している.brethren の語尾の -en は,children に見られるものと同じで,古英語,中英語で広く行なわれた複数語尾に由来する.この形態は i-mutation と -en 語尾が同時に見られる二重複数 ( double plural; see [2009-12-01-1] ) の例である.brethren は「信者仲間;(プロテスタントの福音教会派の)牧師;同一組合員;《米》 (男子大学生)友愛会会員」の語義で用いられる brother の特殊な複数形で,古風ではあるが現役である.近代以降に brothers が優勢になるまでは,brethren は「兄弟」の語義でも普通の複数形であり,広く使われていた.中英語では MED に述べられているように,-s 複数形は稀だったのである.
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
・ Davis, Norman. Sweet's Anglo-Saxon Primer. 9th ed. Oxford: Clarendon, 1953.
[2009-10-26-1]の記事の (1) で触れたように,ゲルマン語派の特徴の1つに,形容詞が強変化 ( strong or indefinite declension ) と弱変化 ( weak or definite declension ) の2種類の屈折を示すというものがある.この区別は現代英語では失われているが,古英語や現代ドイツ語では明確に認められる.両屈折の使い分けは原則として統語的に決められ,形容詞が指示詞 ( demonstrative ) の後で用いられる場合には弱変化屈折を,それ以外の場合には強変化屈折を示す.(古英語の例で強変化屈折と弱変化屈折のパラダイムを参照.また,中英語の形容詞屈折との関連で[2010-10-11-1]を参照.)
ゲルマン語派の特徴ということから分かるように,印欧祖語ではこの区別はなかった.印欧祖語では,形容詞は特有の屈折をもたず,名詞に準じる形で性・数・格によって屈折していた.形容詞は名詞の仲間と考えられていたのである.ところが,ゲルマン祖語の段階で形容詞は形態的に名詞から離れ,独立した屈折体系を保持していた指示詞と親和を示すようになる.これが,古英語などに見られる強変化屈折の起源である.実際に古英語で屈折表を見比べると,形容詞の強変化屈折と þes に代表される指示詞の屈折は語尾がよく似ている.
しかし,指示詞と形容詞が同じような屈折を示すということは,「指示詞+形容詞+名詞」のように両者が続けて現われる場合には同じ屈折語尾が連続することになり,少々うるさい.例えば,"to this good man" に対応する古英語表現は *þissum gōdum men として現われることになったかもしれない(実際の古英語の文法に則した形は þissum gōdan men ).Meillet (183) によれば,ゲルマン語はこの「重苦しさ」 ( "lourd" or "choquant" ) を嫌い,指示詞に後続する形容詞のために,あまり重苦しくない屈折として,よく発達していた名詞の弱変化屈折を借りてきた.こうして,統語的条件によって区別される2種類の形容詞屈折が,ゲルマン語派に固有の特徴として発達したのである.( Meillet の「重苦しさ」回避説の他にも複数の要因があっただろうと考えられるが,未調査.)
古英語の主要な品詞の簡易屈折表については,[2010-01-02-1]でリンクを張った OE Inflection Magic Sheet も参照.
・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.
古英語の語彙が現代までにどれだけ残存しているか,どれだけ消失したかについては[2010-07-21-1]の記事で話題にした.古英語語彙の大規模な消失は,英語が中英語期以降にフランス語を始めとする様々な外国語から語彙的な影響を受け,多くの本来語が借用語で置き換えられるに至ったとして説明されることが多いが,消失傾向を促進するある特徴が古英語語彙体系に内在していたと考えることもできるかもしれない.バケから,古英語語彙の消失について述べている箇所を引用しよう.
もう一つの消失の原因は,疑いもなく,同じ概念系統の語形の中に存在していた封建的関係である.ある語が消失していく度に,語群全体がそれとともに分解してきた.これは情熱を抱くに足る研究であり,ぜひとも奨励しておきたい.古期英語の実詞 þeod 「国民,種族」およびその複合語あるいは派生語は,発生的に þeoden 「首長,王子,王」および( geþeode 「(話し)ことば」と結びついていたが,それらの政治・文化上のすべての親族関係語とともに消えてしまった.Wer 「男,英雄,亭主」および werod 「大勢,軍団」についても同様である.この点について,古期英語辞典を引くこと以上に示唆を得るものはない.ある用語が衰えると語彙面全体が崩れ落ちてしまう.その原因は多様で,しばしば社会学的であったり,政治的であったりする.(22)
þeod は古英語では高頻度語かつ基本語であり,これに基づいた複合語や派生語が数多く存在した.þeod を中心とした関連語彙が,古英語話者の「国」観,「民族」観,ひいては世界観を表現していたといっても過言ではない.しかし,þeod という語自体が何らかの事情で徐々に衰退し,ついには消失してしまうと,独特な世界観を構成していた扇の要が壊れてしまうことになり,関連語彙もその存在基盤を失うことになる.はたして,þeod の世界観全体が忘れられることになるのである.皮肉なことに,古英語の語形成は基底となる語を元にした複合 ( composition ) と派生 ( derivation ) によって特徴づけられるために,基底語が消失してしまうと関連語彙も総崩れとなりがちだということである.
バケが基底語(主)と関連語彙(従)との関係を「封建的関係」と呼んでいるのは興味深い.君主が崩れることによって家臣すべてが総崩れとなり,封建制(=世界観)そのものが機能しなくなるという巧みな比喩が,この表現に隠されている.
基底となる þeod が消失した原因は様々だろうが,1つには次々に現われてきた類義語からの圧力が作用したと思われる.Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary によると,þeod の類義語は "the external world > the living world > people > people > [noun]" の項に見つけることができる.18語の歴史的類義語を初出年とともに提示しよう.
word | first year |
---|---|
thede | 855 |
folk | c888 |
lede | 971 |
mannish | OE |
birth | a1300 |
nation | c1330 |
people | a1375 |
tongue | 1382 |
race | 1572 |
family | 1582 |
the mass | 1621 |
public | 1709 |
nationality | 1832 |
peoplet | 1872 |
peoplehood | 1879 |
La Raza | 1927 |
ethnic minority (group) | 1945 |
ethnogenesis | 1962 |
古英語の詩には kenning 「ケニング」と呼ばれる隠喩的な婉曲表現がある.その多くが2つの要素からなる複合語 ( compound ) で,奇抜かつ豊かな発想に基づいた要素の組み合わせにより詩的表現を作り出す.hwælweg "whale's way" 「鯨の道」と表現して比喩的に「海」を指し示す例を取り上げよう.この場合,複合語の主要部「道」と指示対象「海」とは慣習的に連想が働かないが,限定部「鯨」と「海」とは慣習的に結びついている.この限定部「鯨」を介して主要部「道」と指示対象「海」とが初めて間接的に結びつけられるという意味で,比喩的あるいは婉曲的な表現と言えるのである.このように意味論的に厳密に kenning を定義すると,kenning と呼べる表現は古英詩でもかなり限られてくる.しかし,広い意味で隠喩的な婉曲表現ととらえるのであれば,それなりの種類が確認されている.
例題として,次の kenning の指示対象が何かを答えてみてもらいたい.(伏せ字部分をクリックすると答えが現れる.)
kenning | literal sense | meaning |
---|---|---|
beaduleoma | "battle-light" | sword |
famigheals flota | "foamy-necked floater" | ship |
feorhhus | "soul-house" | body |
goldgiefa | "gold-giver" | prince, lord |
hēafodgimm | "head-gem" | eye |
merehengest | "sea-horse" | ship |
sǣwudu | "sea-wood" | ship |
swanrād | "swan-road" | sea |
sweordplega | "swordplay" | fighting |
wælstōwe | "place of slaughter" | battlefield |
woruldcandel | "world-candle" | sun |
古英語の語彙の多くが現代までに失われてしまっていることは,英語史でもよく話題にされる.背景には,特に中英語期以降,諸外国語から借用語が大量に流入して本来語彙を置き換えたという経緯がある.では,具体的に数でいうと,古英語語彙のどのくらいが現代までに死に絶え,どのくらいが受け継がれているのだろうか.参考になる数値が,Brinton and Arnovick (165--66) に掲載されていたので紹介する(数値の究極のソースは Cassidy and Ringler (4--7) に引用されている J. F Madden and F. P. Magoun, Jr である).
・ 古英詩での最頻1,000語のうち,半数を少々超えるほどの語しか現代に残っていない.
・ 古英語語彙の最頻100語のうち,76%が現代に残っている.
・ 古英語にあった数詞の100%,前置詞の82%,代名詞の80%,接続詞の75%が現代に残っている.
高頻度語や機能語ほど残存率が高いということは,これらの語群が失われる機会が少なく,他言語からの借用語で置換されにくいことによるだろう.だが,逆に言えば,内容語(名詞,動詞,形容詞,副詞)で同様の統計をとれば,死に絶えた語の数が劇的に増加するだろうことは予想できる.
ただ,古英語の語彙が現代まで残存している場合でも,意味や形態がほぼ古英語のままであるという保証はない.in, word, fæst "fast", nū "now" などは意味も形態もほぼそのままで受け継がれているが,brēad "bit" ( not "bread" ), sellan "to give" ( not "to sell" ) などは意味が変化している.また,古英語の意味や形態が,限られた使用域 ( register ) でのみ生きながらえているケースも少なくない.例えば,古英語 gāst 「魂,霊」の意味は,現代英語では the Holy Ghost 「聖霊」というキリスト教用語として限定的に生き残っているに過ぎず,一般的な意味は「幽霊」である.
もし仮に古英語より意味や使用域の変化を経た語は同一語とみなさないとするのであれば,古英語語彙の残存率は相当に低くなることだろう.千年を超える時間のなかでは,変化しない方が珍しいと考えるべきかもしれない.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
・ Cassidy, Frederic G and Richard N. Ringer, eds. Bright's Old English Grammar and Reader. 3rd ed. New York: Holt, Rinehart and Winston, 1971.
これまでも現代英語の語彙数と起源別割合については,グラフとともにいろいろなソースから具体的な数値を挙げてきた.
・ [2010-03-02-1]: 現代英語の基本語彙100語の起源と割合
・ [2009-11-15-1]: 現代英語の基本語彙600語の起源と割合
・ [2009-11-14-1]: 現代英語の借用語の起源と割合 (2)
それとは別に,語彙や起源別割合の通時的な増減やその他を扱った話題としては,以下のような記事を書いてきた.
・ [2009-08-22-1]: フランス借用語の年代別分布
・ [2009-08-19-1]: 初期近代英語の借用語の起源と割合
・ [2009-06-12-1]: 英語語彙にまつわる数値
語彙の数値というのは,参照する辞書などのソースを何にするのか,単語の頻度を考慮に入れるのか,などによって調査結果が大きく変わる可能性があり,なかなか難しい.起源言語別で数えるにしても,語源そのものが不詳だったり,フランス語なのかラテン語なのかなどで判断のつかないケースがあったりと,やはり難しい.ただ,予想される通り OED や SOED の情報に基づいた数値が多いようではある.
今回は,使用されている語彙リストのソース自体は不明なのだが,広く参照される可能性のある Encyclopedia of Linguistics に掲載されている数値を調べてみた.それぞれ "Old English" と "English" の項から関連箇所を引用する.
The recorded vocabulary of OE is estimated at approximately 30,000 words. Only about 3% of these were of non-Germanic origin. (779)
As a result of borrowing, the Gmc word stock is now a low 30% and the Romance one is 50%. (292)
後者では現代英語の総語彙を対象語彙としているようではあるが,その語数は記されていない.もし OED2 に準拠しているのであれば,定義・例説の与えられている語の数として 615,100 辺りを念頭においているのかもしれない ( see Dictionary facts ) .あるいは,定義されている語源の数である 219,800 辺りを念頭においているのだろうか.不明の点が多いが,現代英語の語彙数として仮に 615,100 という数を採用するとして,古英語と現代英語の語彙とそのなかのゲルマン語彙比率について比べる表を掲げよう.ゲルマン語彙とは,Anglo-Saxon 起源の本来語と(特に現代英語において)Old Norse 起源の借用語を合わせたものが中心になると考えてよいだろう.
Old English | Present-Day English | |
---|---|---|
vocabulary | 30,000 | 615,100? |
native words (%) | 97 | 30 |
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