hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 次ページ / page 3 (14)

oe - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2024-03-10 Sun

#5431. 指示詞 that は定冠詞 the から独立して生まれた [exaptation][language_change][article][demonstrative][determiner][oe][pronoun][voicy][heldio][reanalysis]

 英語史では,指示詞 that が定冠詞 the から分岐して独立した語であることが知られている.古英語の定冠詞(起源的には指示詞であり,まだ現代の定冠詞としての用法が強固に確立してはいなかったが,便宜上このように呼んでおく)の se は性・数・格に応じて屈折し,様々な形態を取った.そのなかで中性,単数,主格・対格の形態が þæt だった.これが現代英語の指示詞 that の形態上の祖先である.この古英語の事情に鑑みると,thatthe の1形態にすぎないということになる.
 では,なぜその後 thatthe の仲間グループから抜け出し,独立した指示詞として発達したのだろうか.古英語から中英語にかけて,定冠詞の様々な屈折形態は the という同一形態へと水平化していいった.この流れが続けば,the の1屈折形にすぎない that もやがて消えゆく運命ではあった.ところが,that は指示詞という別の機能を獲得し,消えゆく運命から脱することができたのである.正確にいえば,もとの the 自身にも指示詞の機能はあったところに,その指示詞の機能を the から奪うようにして that が独立した,ということだ.つまり,指示詞 that の機能上の祖先は the に内在していたことになる.その後,既存の「近称」の指示詞 this との棲み分けが順調に進み,that は「遠称」の指示詞として確立するに至った.
 Fertig (37--38) は,この一連の言語変化を外適応 (exaptation) の事例として紹介している.

A simple example can be seen in the modern survival of two singular forms from the Old English demonstrative paradigm: the and that. The contrast between these two forms originally reflected a gender distinction; that (OE þæt) was an exclusively neuter form, while the predecessors of the were non-neuter. One would expect one of these forms to have been lost with the collapse of grammatical gender. They survived by being redeployed for the distinction between definite article (the) and demonstrative (that).


 指示詞 that の発達と関連して,以下の heldio と hellog のコンテンツを参照.
 
 ・ heldio 「#493. 指示詞 this, that, these, those の語源」


 ・ hellog 「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1])
 ・ hellog 「#156. 古英語の se の品詞は何か」 ([2009-09-30-1])

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-02-21 Wed

#5413. ゲルマン祖語と古英語の1人称単数代名詞 [comparative_linguistics][personal_pronoun][pronoun][person][germanic][reconstruction][paradigm][oe][indo-european][rhotacism][analogy][sound_change]

 Hogg and Fulk (202--203) を参照して,ゲルマン祖語 (Proto-Germanic) と古英語 (Old English) の1人称単数代名詞の格屈折を並べて示す.

 PGmcOE
Nom.*ik
Acc.*mek
Gen.*mīnōmīn
Dat.*miz



 表の左側の PGmc の各屈折が,いかにして右側の OE の形態へ変化したか.ここにはきわめて複雑な類推 (analogy や音変化 (sound_change) やその他の過程が働いているという.Hogg and Fulk (203) の解説をそのまま引用しよう.

nom.sg.: *ik must have been the unstressed form, with analogical introduction of its vowel into the stressed form, with only ON ek showing retention of the original stressed vowel amongst the Gmc languages (cf. Lat egō/ǒ).
acc.sg.: *mek is the stressed form; all the other Gmc languages show generalization of unstressed *mik. The root is *me-, with the addition of *-k borrowed from the nom. The form could be due to loss of *-k when *mek was extended to unstressed positions, with lengthening of the final vowel when it was re-stressed . . . . More likely it represents replacement of the acc. by the dat. . . . as happened widely in Gmc and IE . . . .
gen.sg.: To the root *me- was added the adj. suffix *-īn- (cf. stǣnen 'made of stone' < *stain-īn-a-z . . .), presumably producing *mein- > *mīn- . . . . To this was added an adj. ending, perhaps nom.acc.pl. neut. *-ō, as assumed here.
dat.sg.: Unstressed *miz developed in the same way as *hiz . . . .


 最後のところの PGmc *miz が,いかにして OE になったのかについて,Hogg and Fulk (198) を参照して補足しておこう.これはちょうど3人称男性単数主格の PGmc *hiz が OE * へ発達したのと平行的な発達だという.*hizz による下げの効果で *hez となり,次に語末子音が rhotacism を経て *her となった後に消失して *he となり,最後に強形として長母音化した に至ったとされる.
 人称代名詞は高頻度の機能語として強形と弱形の交替が激しいともいわれるし,次々に新しい強形と弱形が生まれ続けるともされる.上記の解説を事情を概観するだけでも,比較言語学の難しさが分かる.関連して,以下の記事も参照.

 ・ 「#1198. icI」 ([2012-08-07-1])
 ・ 「#2076. us の発音の歴史」 ([2015-01-02-1])
 ・ 「#2077. you の発音の歴史」 ([2015-01-03-1])
 ・ 「#3713. 機能語の強音と弱音」 ([2019-06-27-1])
 ・ 「#3776. 機能語の強音と弱音 (2)」 ([2019-08-29-1])

 ・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-02-09 Fri

#5401. 文法上の性について60分間の対談精読実況生中継をお届けしました [bchel][gender][oe][noun][category][voicy][heldio][notice][hel_education]


 去る2月6日(火)午後4時半より Voicy heldio にて「#983. B&Cの第42節「文法性」の対談精読実況生中継 with 金田拓さんと小河舜さん」を生放送でお届けしました.Baugh and Cable による英語史の古典的名著 A History of the English Language (第6版)を原書で精読するシリーズの一環です.今回は特別ゲストとして金田拓さん(帝京科学大学)と小河舜さん(フェリス女学院大学ほか)をお招きして,対談精読実況生中継としてお届けしました.上記は,昨日の通常配信でアーカイヴとして公開したものです.60分間の長丁場ですが,ぜひお時間のあるときにお聴きください.
 2月5日(月)には,この hellog 上でも予告編となる記事「#5397. 文法上の「性」を考える --- Baugh and Cable の英語史より」 ([2024-02-05-1]) を公開しました.そちらの記事では今回注目した第42節 "Grammatical Gender" の原文を掲載していますので,それを眺めながらお聴きいただければと思います.そこからは,英語史における性 (gender) の話題に注目した重要な記事へのリンクも張っています.
 早々に配信を聴いてくださったコアリスナーの umisio さんが,まとめノートを作ってこちらのページで公開されています.ぜひ予習・復習のおともにご参照ください.


umisio note 2024028



 heldio で B&C の英語史を精読するシリーズのバックナンバー一覧は「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) でまとめています.全264節ある本の第42節にようやくたどり着いたところですので,まだまだ序盤戦です.皆さんには後追いでかまいませんので,このオンライン精読シリーズにご参加いただければ.まずは以下のテキストを入手してください!


Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ''A History of the English Language''. 6th ed. London: Routledge, 2013.



 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-02-05 Mon

#5397. 文法上の「性」を考える --- Baugh and Cable の英語史より [bchel][gender][oe][noun][category][voicy][heldio][notice][hel_education][link]

 昨年7月より週1,2回のペースで Baugh and Cable の英語史の古典的名著 A History of the English Language (第6版)を原書で精読する Voicy 「英語の語源が身につくラジオ」 (heldio) でのシリーズ企画を進めています.1回200円の有料配信となっていますが第1チャプターに関してはいつでも試聴可です.またときどきテキストも公開しながら無料の一般配信も行なっています.これまでのバックナンバーは「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) にまとめてありますので,ご確認ください.


Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ''A History of the English Language''. 6th ed. London: Routledge, 2013.



 今までに41節をカバーしてきました.目下,古英語を扱う第3章に入っています.次回取り上げる第42節 "Grammatical Gender" は,古英語の名詞に確認される文法上の「性」,すなわち文法性 (gender) に着目します.以下に同節のテキストを掲載しておきます(できれば本書を入手していただくのがベストです).

42. Grammatical Gender. As in Indo-European languages generally, the gender of Old English nouns is not dependent on considerations of sex. Although nouns designating males are often masculine, and those indicating females feminine, those indicating neuter objects are not necessarily neuter. Stān (stone) is masculine, and mōna (moon) is masculine, but sunne (sun) is feminine, as in German. In French, the corresponding words have just the opposite genders: pierre (stone) and lune (moon) are feminine, while soleil (sun) is masculine. Often the gender of Old English nouns is quite illogical. Words like mægden (girl), wīf (wife), bearn (child, son), and cild (child), which we should expect to be feminine or masculine, are in fact neuter, while wīfmann (woman) is masculine because the second element of the compound is masculine. The simplicity of Modern English gender has already been pointed out as one of the chief assets of the language. How so desirable a change was brought about will be shown later.


 文法性に関する話題は hellog でも gender のタグを付した多くの記事で取り上げてきました.そのなかから特に重要な記事へのリンクを以下に張っておきます.

 ・ 「#25. 古英語の名詞屈折(1)」 ([2009-05-23-1])
 ・ 「#26. 古英語の名詞屈折(2)」 ([2009-05-24-1])
 ・ 「#28. 古英語に自然性はなかったか?」 ([2009-05-26-1])
 ・ 「#487. 主な印欧諸語の文法性」 ([2010-08-27-1])
 ・ 「#1135. 印欧祖語の文法性の起源」 ([2012-06-05-1])
 ・ 「#2853. 言語における性と人間の分類フェチ」 ([2017-02-17-1])
 ・ 「#3293. 古英語の名詞の性の例」 ([2018-05-03-1])
 ・ 「#4039. 言語における性とはフェチである」 ([2020-05-18-1])
 ・ 「#4040. 「言語に反映されている人間の分類フェチ」の記事セット」 ([2020-05-19-1])
 ・ 「#4182. 「言語と性」のテーマの広さ」 ([2020-10-08-1])

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

Referrer (Inside): [2024-02-09-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-01-31 Wed

#5392. 中英語の姓と職業名 [name_project][me][onomastics][personal_name][occupational_term][etymology][oe][morphology][lexicology][word_formation][agentive_suffix][by-name]

 「名前プロジェクト」 (name_project) との関連で,中英語期の人名 (personal_name),とりわけ現代の姓 (last name) に相当する "by-name" あるいは "family name" に関心を抱いている.古英語や中英語にみられる by-name の起源は,Clark (567) によれば4種類ある(ただし,古中英語に限らず,おおよそ普遍的な分類だと想像される).

 (a) familial ones, viz. those defining an individual by parentage, marriage or other tie of kinship
 (b) honorific and occupational ones (categories that in practice overlap)
 (c) locative ones, viz. those referring to present or former domicile
 (d) characteristic ones, often called 'nicknames'

 このうち (b) は名誉職名・職業名ととらえられるが,中英語におけるこれらの普通名詞としての使用,そして by-name として転用された事例に注目している.中英語の職業名は多々あるが,Clark (570--71) を参照しつつ,語源的・形態論的に分類すると以下のようになるだろうか.

 1. フランス語(あるいはラテン語?)からの借用語 (French loanword)
   barber, butcher, carpenter, cordwainer/cordiner, draper, farrier, mason, mercer, tailor; fourbisseur, pestour
 2. 本来語 (native word)
   A. 単一語 (simplex)
     cok, herde, smith, webbe, wrighte
   B. 複素語 (complex),すなわち派生語や複合語
     a. 動詞ベース
       bruere/breuster, heuere, hoppere/hoppestre; bokebynder, bowestrengere, cappmaker, lanternemaker, lymbrenner, medmowere, rentgaderer, sylkthrowster, waterladestre
     b. 名詞ベース
       bureller, glovere, glasier, madrer, nailere, ropere, skinnere; burelman, candelwif, horseknave, maderman, plougrom, sylkewymman; couherde, swynherde, madermongere, stocfisshmongere, ripreve, bulleward, wodeward, wheelewrighte

 古中英語の人名をめぐる話題については,以下の hellog 記事でも取り上げてきたので要参照.

 ・ 「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1])
 ・ 「#2365. ノルマン征服後の英語人名の姓の採用」 ([2015-10-18-1])
 ・ 「#5231. 古英語の人名には家系を表わす姓 (family name) はなかったけれど」 ([2023-08-23-1])
 ・ 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1])
 ・ 「#5338. 中英語期に人名にもたらされた2つの新機軸とその時期」 ([2023-12-08-1])
 ・ 「#5346. 中英語期に英語人名へ姓が導入された背景」 ([2023-12-16-1])
 ・ 「#5299. 中英語人名学の用語体系」 ([2023-10-30-1])

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

Referrer (Inside): [2024-03-09-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-01-29 Mon

#5390. 印欧語における word, root, stem, theme, ending [morphology][indo-european][germanic][comparative_linguistics][reconstruction][terminology][inflection][oe]

 どの学問分野でもよくあることだが,印欧語比較言語学においても専門家にしか通じない類いの術語は多い.標題に掲げた形態論上の用語がその典型だろう.関連する話題は「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」 ([2011-03-28-1]) で取り上げたが,そこで挙げたもの以上に特化した学術用語という感がある.
 それぞれ word 「語」, root 「語根」, stem 「語幹」, theme 「語幹形成素」, ending 「語尾」と訳せるが,訳が与えられただけで理解が深まるわけでもない.これらは印欧祖語における以下の形態論的分析が前提となっている.

                  ┌─ ROOT
       ┌─ STEM ─┤
       │          └─ THEME
WORD ─┤
       │
       └─────── ENDING



 ROOT は語彙的意味を担う部分である.THEME はもとは何らかの文法的機能を担っていた可能性があるが,すでに印欧祖語の段階において,意味を担わない純粋な語幹形成要素として機能していた.直後の屈折語尾を形成する ENDING への「つなぎ」と考えておけばよい.ROOT + THEME が STEM となり,それに ENDING が付加されて,具体的な WORD の語形となる.
 例えば「馬」を意味するラテン語の単数主格形 equusequ (ROOT) + u (THEME) + s (ENDING) と分析され,同じくギリシア語の hipposhipp (ROOT) + o (THEME) + s (ENDING) と分析される.
 古英語以降の比較的新しい段階にあっては,印欧祖語における上記の形態的区分はすでに透明性を欠き,ROOT, THEME, ENDING が互いに融合してしまっていることも多い.したがって,上記の前提は厳密にいえば共時的な分析には不向きだ.しかし,通時的・歴史的には有意味であるし,比較言語学の分野における慣習的な前提となっているために,古英語文法の文脈でも(ほとんど説明がなされないままに)前提とされていることが多い.
 なお,THEME には母音幹と子音幹があり,ゲルマン祖語や古英語の名詞論において,前者は「強変化名詞」,後者は「弱変化名詞」と通称される.THEME を欠く "athematic" なる語類も存在するので注意を要する.
 以上,Lass (123--26) を参照して執筆した.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-01-15 Mon

#5376. Middle-earth は2重の勘違いを経た「民間語源」(解釈語源) [etymology][folk_etymology][literature][medievalism][rpg][notice][old_norse][mythology][oe]

 「#5356. 岡本広毅先生の NewsPicks のトピックス「RPGで知る西洋の歴史」」 ([2023-12-26-1]) で紹介した岡本広毅先生(立命館大学)による「RPGで知る西洋の歴史」では,次々と新しい記事が公開されてきています.昨晩公開された最新回は「RPGは「ロマンティック」?---知られざるロマンス史を紐解く①」です.roman, romance, romantic などの語源が解説されています.
 1回前の記事「『ファイナル・ファンタジー』と北欧神話---RPGを彩る伝承の物語」もおもしろいです.


「『ファイナル・ファンタジー』と北欧神話---RPGを彩る伝承の物語」



 この記事では J. R. R. Tolkien の作品に登場する妖精たちの世界 Middle-earth (中つ国)について,関連する「ミッドガル」とともに言及がなされています.

「ミッドガル」は『FFVII』に登場する科学文明の栄えた都市で,世界のエネルギー市場を支配する「神羅カンパニー」という大企業の本拠地でした.薄暗いネオン街や高層ビル,魔晄炉と呼ばれる発電施設など,近未来風の佇まいからは太古の神話世界とのつながりを想像することは容易ではありません.ただ,「ミッドガル」とは明らかに古い北欧語「ミズガルズ」("Miðgarðr") から取られたもので,これは北欧神話における人間の住まう領域を指します(巨人ユミルのまつ毛で作られた「囲い」).ミッドガルに渦巻く欲望や策略は「人間」の本性の一面と関わりますし,都市の荒廃や破壊,再生といったストーリー展開なども神話と重なり合います.なお,J.R.R.トールキン『ホビット』や『指輪物語』の舞台「ミドル・アース」("Middle-earth"「中つ国」)はミズガルズの現代英語版です.北欧とイングランドの人々の民族的ルーツは共通の祖先(ゲルマン人)へと遡るため,北欧神話は英語話者の故郷の物語でもあるのです.


 Middle-earth の由来をさらに詳しく調べてみると,どうやら古ノルド語 miðgarðr とは妙なねじれの関係にあるようです.後者は,古英語期より2回ほど民間語源 (folk_etymology) による変形を受けて,今の形にたどりついているのです.
 古英語には「世界」を意味する middangeard という語がありました.現代風に示すと "mid(dle)" + "yard" という語形成で,原義は「中庭」ほどです.これは古ノルド語 miðgarðr の語形成とも一致します.
 ところが,すでに古英語期より middangeard の第2要素が geard 「庭」ではなく,音形の似た eard 「故郷,祖国」と取り違えられ,形態上の混乱が起こりました(第1の民間語源).さらに中英語期になると,今度はこの eard がやはりよく似た音形の erthe (> earth) 「地,世界」と取り違えられました(第2の民間語源).ちなみに歴史的に第2要素として用いられてきた上記の3つの語は,互いに語源的には無関係です.
 Middle-earth の民間語源による2回のひねりに関しては,Fertig (60) が触れています.

The compound middle earth (re-popularized but by no means invented by Tolkien) can be traced back to early Middle English middelærde and OE middangeard and midanærd. Comparison with related words in other older Germanic languages, such as Old Saxon middilgard, Old High German mittilagart and Old Norse miðgarðr suggests that the second element originally corresponded to the Modern English word yard. We then see two successive folk-etymological identifications of this element, first with the Old English word eard '(native) land, home', then later with earth.


 なお,「民間語源」という用語とその呼称をめぐっては「#5180. 「学者語源」と「民間語源」あらため「探究語源」と「解釈語源」 --- プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の最新回より」 ([2023-07-03-1]) を参照していただければ.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-10 Sun

#5340. 「ゲルマン征服」をめぐって Taku さんと対談精読実況生中継しました --- heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズ [voicy][heldio][hel_education][link][notice][bchel][anglo-saxon][oe][jute][history][germanic]

 一昨日12月8日(金)の夜に,帝京科学大学の金田拓さんとともに,Baugh and Cable の英語史書の「対談精読実況生中継」を Voicy heldio/helwa で配信しました.前半と後半を合わせて2時間弱の濃密なおしゃべり読書会となりました.ライヴでお聴きいただいた多くのリスナーの方々に感謝いたします.ありがとうございました.
 精読対象となったのはの同書の第32節 The Germanic Conquest (ゲルマン征服)です.伝統的に英語史の開始とされる449年とその前後の出来事にフォーカスしました.対談相手を務めていただいた Taku さんとともに,著者の英文に唸りつつ,内容についてもなるべく深く掘り下げて議論しました.当該の英文テキストは,先日の予告記事「#5335. 「ゲルマン征服」 --- Baugh and Cable の英語史より」([2023-12-05-1])に掲載しています.

 (1) 「#922. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (32) The Germanic Conquest --- Taku さんとの実況中継(前半)」


 (2) 「【英語史の輪 #65】英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (32) The Germanic Conquest --- Taku さんとの実況中継(後半)」(12月分のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) に含まれる有料配信です)



 今回の対談精読実況生中継をお聴きになって,このオンライン精読シリーズに関心を持った方は,ぜひ本書を入手し,シリーズ初回からゆっくりと追いかけていただければと思います.間違いなく良書です.配信のバックナンバーは「#5291. heldio の「英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む」シリーズが順調に進んでいます」 ([2023-10-22-1]) よりご確認ください.今後も週1,2回のペースでシリーズを継続していきます!


Baugh, Albert C. and Thomas Cable. ''A History of the English Language''. 6th ed. London: Routledge, 2013.



 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-08 Fri

#5338. 中英語期に人名にもたらされた2つの新機軸とその時期 [name_project][me][oe][onomastics][personal_name][by-name]

 「#5299. 中英語人名学の用語体系」 ([2023-10-30-1]) で,Clark に拠って,古英語から中英語にかけて人名のあり方が大きく変わったことを確認した(cf. 「#5297. 古英語人名学の用語体系」 ([2023-10-28-1])).(1) かつての "idionym" が "baptismal name" へと変容していったこと,そして (2) オプションだった "by-name" が徐々に現代的な "family name" へと発展していったことの2点が重要である.
 中英語人名の新機軸ともいえるこの2点が中英語期のどのぐらいのタイミングで定着・確立したのかを明確に述べることはできない.あくまで徐々に発展した特徴だからだ.しかし,Clark (552) は,1点目は1250年頃,2点目は1450年頃とみている.

This twofold shift in English personal naming was a specifically Middle English process. Among the mass of the population, the name system of ca 1100 was still virtually the classic Late Old English one, modified only by somewhat freer use of ad hoc by-names . . .; but ca 1450 a structure prefiguring the present-day one had been established, with hereditary family names in widespread use, though not yet universally adopted. As for the ousting of pre-Conquest baptismal names by what were virtually the present-day ones, that had been accomplished by ca 1250. This series of changes involved several convergent processes.


 大雑把にいえば,1点目の新機軸は初期中英語期 (1100--1300) の間に固まっていき,2点目の新機軸は主に後期中英語期 (1300--1500) に発展していったと言えそうだ.アングロサクソン的な名付けから現代的な名付けへの変化の中心となる時代は,ほぼきれいに中英語期 (1100--1500) といっておいてよいことになる.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

Referrer (Inside): [2024-01-31-1] [2023-12-16-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-04 Mon

#5334. 英語名前学を志す学徒に Cecily Clark より悲報!? [onomastics][oe][name_project][toponymy][personal_name][evidence][philology][methodology]

 今年の夏に立ち上げた「名前プロジェクト」 (name_project) の一環として,名前学 (onomastic) の文献を読む機会が多くなっている.ここ数日の hellog 記事でも,Clark を参照して古英語の名前学に関する話題をお届けしてきた.
 この Clark の論文の最後の段落が強烈である.英語名前学を研究しようと思ったら,これだけの知識と覚悟がいる,という本当のこと(=厳しいこと)を畳みかけてくるのだ.せっかくここまで読んできて英語名前学への関心を焚きつけられた読者が,この最後のくだりを目にして「やーめた」とならないかと,こちらがヒヤヒヤするほどである.

Because lack of context makes name-etymology especially speculative, any opinion proffered in a survey or a name-dictionary must be considered critically, as basis for further investigation rather than as definitive statement. Anyone wishing to pursue historical name-studies of either sort seriously must, in addition to becoming conversant with the philology of the relevant medieval languages, be able to read Medieval Latin as well as modern French and German. Assessing and interpreting the administrative records that form the main course-material is the essential first step in any onomastic study, and requires understanding of palaeographical and diplomatic techniques; competence in numismatics may on occasion also be needed. Onomastic analysis itself involves not only political, social and cultural history but also, when place-names are concerned, a grasp of cartography, geology, archaeology and agrarian development. Any student suitably trained and equipped will find great scope for making original contributions to this field of study.


 博覧強記のスーパーマンでないと英語名前学の研究は務まらない!?

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

Referrer (Inside): [2023-12-17-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-03 Sun

#5333. 古英語地名要素の混乱 --- -ham, -hamm, -holm; -bearu, -beorg, -burg, -byrig, -borough [old_norse][name_project][etymology][onomastics][toponymy][inflection][oe][polysemy][homonymy][synonym]

 古英語の地名は2要素からなるもの (dithematic) が多い.特に第2要素には「村」「町」などの一般名 (generic) が現われることが多い.そもそも固有名は音形が崩れやすく,とりわけ第2要素は語尾に対応するので弱化しやすい.すると,-ham 「村」なのか -hem 「縁」なのか -holm 「河川敷」なのかが形態的に区別しにくくなってくる.-bearu 「木立ち」,-beorg 「塚」,-burg/-byrig/-borough 「市」についても同じことがいえる(スラッシュで区切られた3つの異形態については「#5308. 地名では前置詞付き与格形が残ることがある」 ([2023-11-08-1]) を参照).
 古英語地名学をめぐる,この厄介な音形・綴字のマージという問題は,Clark でも紹介されている.上記の2つの例についての解説を引用する.

(2) OE -hām 'village', OE -hamm 'site hemmed in by water or wilderness' and also the latter's Scandinavian synonym -holm all fall together as [m̩]. Not even pre-Conquest spellings always allow of distinguishing -hām from -hamm: if dat. forms in -hamme/-homme survive, they tell in favour of the latter, but often etymology has to depend upon topography . . . . Distinction between -hamm and -holm is complicated by their synonymity, and their likely interchange in the medieval forms of many Danelaw names. . . . PDE spellings are again often unhistorical, as in Kingsholm < OE cyninges hamm 'the king's water-meadow' . . . . Confusion is further confounded by occasional unhistorical spellings of [m̩] < OE or Scand. dat. pl. -um, as in Airyholme and Howsham . . . . (Clark 486--87)


(4) Reflexes of OE -bearu 'grove' and -beorg 'mound' are partly merged not only with each other but also with those of -burg/-byrig, so that PDE forms in -barrow can represent -bearu or -beorg, ones in -bury can represent -bearu or byrig and ones in -borough can represent -beorg or burg . . . . (Clark 487)


 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-02 Sat

#5332. 豊かな土地は古英語名で貧しい土地は古ノルド語名? [old_norse][name_project][etymology][onomastics][toponymy][oe]

 古英語期の後半,8世紀半ば以降,イングランド北東部はヴァイキングに侵攻され奪われた.この地域は,後にデーン人の法律が適用される土地という意味で Danelaw と呼ばれることになる.この地域には,古ノルド語要素を含む地名が数多く残っている.これについては昨日の記事「#5331. 古ノルド語由来の地名に潜む2種類の単数属格形」 ([2023-11-30-1]) でも取り上げ,ほかにも「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) や「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1]) などで話題にしてきた.
 イングランド北東部は,Danelaw となる以前に,古来ケルト人が住んできた土地であり,後にアングロサクソン人も渡来して住み着いた土地である.したがって,すでに多くの土地がケルト語や英語で名付けられていた.ヴァイキングはあくまでその後にやってきたのであり,母語である古ノルド語の要素を利用して新しく地名を与えるという機会はそれほど多くなかったはずだ.それにもかかわらず古ノルド語要素を含む地名が少なからず残っているということは,(1) 既存の地名を古ノルド語要素で置き換えたか,あるいは (2) まだ名付けられていなかった土地に古ノルド語の名前を与えたか,ということになる.
 この観点から,Clark (484--85) が興味深い指摘を与えている.Danelaw の地名に関する限り,豊かな土地には古英語名が与えられ,貧しい土地には古ノルド語名が与えられている傾向があるというのだ.

The distribution in England of Scandinavian, Scandinavianised and hybrid place-names coincides almost exactly with the Danelaw as specified in Alfred's treaty with Guthrum . . . . This implies such names to stem mainly from the late ninth-century settlements, rather than from the wider Cnutian hegemony. Throughout the area, however, Scandinavian names co-exist, in varying proportions, with purely English ones. So, in attempts to clarify the picture and its bearing on settlement history, sites to which the various types of name are applied have been graded according to their likely attractiveness to subsistence formers. Those adjudged most promising bear either purely English names or else the sort of hybrid ones in which a Scand. specific, often a personal name, qualifies an OE generic; a finding consonant with the view that often the latter sort of name represents partial Scandinavianisation of a pre-Viking OE one. Sites bearing purely Scand. names, especially ones based on the generic -, mostly look less promising; and the villages concerned have often indeed prospered less than ones with names in the two previous categories. The main river-valleys are dominated by OE names, whereas Scand. forms appear mainly along the tributaries. These name-patterns are taken to imply two modes of settlement: one by which pre-existing English villages acquired Viking overlords, whose names some at least of those that had changed hands thenceforth bore; and another by which Viking settlers adopted lands previously uncultivated. As yet, it remains unclear what chronological relationship is to be postulated between the two processes.


 一流の土地はフル英語名,二流の土地は英語・古ノルド語のハイブリッド名,三流の土地はフル古ノルド語名.
 本当にそれほどきれいに分布しているのかどうかは私には分からないが,おもしろい.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-01 Fri

#5331. 古ノルド語由来の地名に潜む2種類の単数属格形 [old_norse][name_project][etymology][onomastics][toponymy][inflection][genitive][oe]

 イングランド地名に古ノルド語に由来する要素が含まれている件については「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) や「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1]) で取り上げてきた.
 地名を構成する要素には人名などの属格形が現われるケースが多い.「○○氏の町」といった名付けが自然だからだ.古ノルド語では名詞の単数属格形には特定の語尾が現われる.o 語幹の男性・中性名詞では -ss が,ā 語幹の女性名詞では -aR が現われるのが原則だ.これらの語尾(が少々変形したもの)が,実際に Danelaw の古英語地名に確認される.
 Clark (483) がその例をいくつか挙げているので確認したい.

In the districts most densely settled by Vikings --- mainly, that is, in Lincolnshire and Yorkshire --- survival in some specifics of Scand. gen. sing. inflexions bears witness to prolonged currency of Scandinavian speech in the milieux concerned . . . . Both with personal names and with topographical terms, genitives in -ar occur chiefly in the North-West: e.g. Lancs. Amounderness < Agmundar nes 'A.'s headland' and Litherland < hliðar (hlið 'hill-side') + -land . . . . Non-syllabic Scandinavian-style genitives in [s] are more widespread: e.g. Yorks. Haxby < DB Haxebi 'Hákr's estate' and Lincs. Brauncewell < ME Branzwell 'Brandr's spring'.


 接触した言語の屈折語尾が化石的に残存しているのは固有名詞だからこそだろう.一般語ではこのような事例はほとんどみられないと思われる.このような側面が名前学 (onomastics) の魅力である.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-11-29 Wed

#5329. 古英語地名に残る数少ないラテン語の遺産 [name_project][etymology][onomastics][toponymy][oe][roman_britain][celtic]

 ローマン・ブリテン時代の後に続く古英語期の地名には,思いのほかラテン語の痕跡が少ない.実際,純粋なラテン語由来の地名はほとんどないといってよい.ただし,部分的な要素として生き残っているものはある(cf. 「#3440. ローマ軍の残した -chester, -caster, -cester の地名とその分布」 ([2018-09-27-1])).
 Clark (481) は Lincoln, Catterick, camp, eccles, funta, port, wīc などを挙げているが,確かに全体としてあまり目立たない.

Unlike those once-Romanised areas that were destined to become Romance-speaking, England shows hardly any place-names of purely Latin origin. Few seem to have been current even in Romano-British times; fewer still survived . . . . PDE Lincoln is a contraction of Lindum Clonia, where the first element represents British *lindo 'pool' . . . . Whether Catterick < RB Cataractonium derives ultimately from Latin cataracta in supposed reference to rapids on the River Swale)(sic) or from a British compound meaning 'battle-ramparts' is uncertain . . . .
   The main legacy of Latin to Old English toponymy consisted not of names but of name-elements, in particular: camp < campus 'open ground, esp. that near a Roman settlement'; eccles < ecclesia 'Christian church'; funta < either fontana or fons/acc. fontem 'spring, esp. one with Roman stonework'; port < portus 'harbour'; and the already-mentioned wīc < vicus 'settlement, esp. one associated with a Roman military base', together with its hybrid compound wīchām . . . . Names involving these loan-elements occur mainly in districts settled by the English ante AD 600, and often near a Roman road and/or a former Roman settlement . . . .


 イングランドの地名に関する限り,ラテン語は(後の中英語期以降に関与してくる)フランス語と同様に,微々たる貢献しかなしてこなかったといってよい.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-11-27 Mon

#5327. York でみる地名と民間語源 [name_project][etymology][folk_etymology][onomastics][toponymy][oe][roman_britain][celtic][diphthong][old_norse][sound_change]

 「#5203. 地名と民間語源」 ([2023-07-26-1]) でみたように,地名には民間語源 (folk_etymology) が関わりやすい.おそらくこれは,地名を含む固有名には,指示対象こそあれ「意味はない」からだろう(ただし,この論点についてはこちらの記事群を参照).地名の語源的研究にとっては頭の痛い問題となり得る.
 Clark (28--29) に,York という地名に関する民間語源説が紹介されている.

. . . 'folk-etymology' --- that is, replacement of alien elements by similar-sounding and more or less apt familiar ones --- can be a trap. The RB [= Romano-British] name for the city now called York was Ebŏrācum/Ebŭrācum, probably, but not certainly, meaning 'yew-grove' . . . . To an early English ear, the spoken Celtic equivalent apparently suggested two terms: OE eofor 'boar' --- apt enough either as symbolic patron for a settlement or as nickname for its founder or overlord --- and the loan-element -wīc [= "harbour"] . . ., hence OE Eoforwīc . . . . (The later shift from Eoforwīc > York involved further cross-cultural influence . . . .) Had no record survived of the RB form, OE Eoforwīc could have been taken as the settlers' own coinage; doubt therefore sometimes hangs over OE place-names for which no corresponding RB forms are known. The widespread, seemingly transparent form Churchill, for instance, applies to some sites never settled and thus unlikely ever to have boasted a church; because some show a tumulus, others an unusual 'tumulus-like' outline, Church- might here, it is suggested, have replaced British *crǖg 'mound' . . . .


 もし York の地名についてローマン・ブリテン時代の文献上の証拠がなかったとしたら,それが民間語源である可能性を見抜くこともできなかっただろう.とすると,地名語源研究は文献資料の有無という偶然に揺さぶられるほかない,ということになる.
 ちなみに古英語 Eoforwīc から後の York への語形変化については,Clark (483) に追加的な解説があるので,それも引用しておこう.

OE Eoforwīc was reshaped, with a Scand. rising diphthong replacing the OE falling one, assibilation of the final consonant inhibited, and medial [v] elided before the rounded vowel: thus, Iorvik > York . . . .


 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-10-31 Tue

#5300. 古英語にみられるケルト系人名 [celtic][name_project][onomastics][personal_name][oe]

 5世紀にアングロサクソン人がブリテン島に渡来したとき,先住のケルト人からの言語的影響は僅少だったというのがイギリス史や英語史の伝統的な説である.ケルト系言語の英語への貢献としては,地名を除けば見るところはほとんどない,というのが典型的な英語史書での記述である.このように地名は例外であるとよく言われるが,もう1種類の固有名詞である人名についてはどうなのだろう.そもそもこの問いは思い浮かべたことすらなかった.Clark がこの件について興味深い1節を書いている.

The name Cædmon borne by the father of English religious verse represents a Welsh reflex of British *Catumandos ( . . . British Catu- is cognate with OE Heaðo- 'battle'); and its form suggests a structural compatibility between Celtic and Germanic types of name . . . . Despite his English cultural identity, Cædmon might, as an ox-herd, be supposed descended from an enslaved people. However, British names also appear among English royalty, including, for instance, the Cerdic (Welsh Ceredig < British *Coroticos), Ceawlin, Ceadda and Ceadwalla (Welsh Cadwallen) found in the Early West Saxon genealogies . . . . The element Cæd-/Cead- reappears in the names of two seventh-century brothers, both bishops, Cedd and Ceadda . . . . The name Cumbra . . . . current among West-Saxon nobility represents Welsh Cymro < British *Combrogos 'Welshman'. Taken with the story of Vortigern's invitation . . . . and with the archaeological evidence mentioned, such names imply that the first settlers arrived pacifically, perhaps married into Romano-British nobility, and sometimes names their sons in compliment to their hosts . . . . Assuming any such names necessarily indicate British blood would go well beyond the evidence; but their adoption by English royalty must mean respect for Celtic traditions.


 ケルト系の名前を帯びたアングロサクソン系の王侯貴族がいたということは,先住ケルト人たちに対して彼らへの「リスペクト」があったということを含意する --- なかなか刺激的な指摘である.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-10-28 Sat

#5297. 古英語人名学の用語体系 [name_project][oe][onomastics][personal_name][terminology][by-name]

 「名前プロジェクト」 (name_project) との関連で,英語史の各時代を対象にした名前学 (name-study, or onomastics) を学んでいる.目下,人名 (personal_name) に関心を寄せているが,時代によって人名のあり方も変わるので,それに応じて用語も異なってくる.今回は Clark (456) を参照して,古英語の人名学において使われる用語体系を確認しておきたい.

Early Germanic custom required that each individual should have single, distinctive name . . . . The system was therefore geared to constant provision of fresh forms. For students of it, the first problem is one of terminology: in this context, 'forename' and 'first-name' become meaningless, 'baptismal name' and the artificial 'font-name' are both inapplicable to pagan tradition, and 'Christian name', as well as also being inapplicable, will later be needed for a different sense. The term 'personal name' favoured for this purpose by some scholars is over-general, because 'by-names' and family-names are no less 'personal'. For convenience, the terminology adopted here will be knowingly inconsistent: simply to distinguish anthroponym from toponym, 'personal name' will be used, but where greater precision is needed the technical term 'idionym' will be brought in. A supplementary name of whatsoever kind --- genealogical, honorific, occupational, locative or characteristics --- collocated with an idionym will be called a 'by-name' . . . . The term 'nickname' will denote any characterising terms whether used as by-name or as idionym . . . .


 アングロサクソン人の名前は典型的に「個名」というべき idionym のみからなる.現代の英語名や日本語名のように,姓+名の2種類からなるものではない.したがって,first-namelast-name のような用語は馴染まない.また,キリスト教以前の伝統を汲む名前を主に扱うので baptismal name などの呼称も適さない.
 古英語の人名は典型的に idionym の1種類からなるとはいえ,もう1つの名前要素が任意で付される場合もある.これを指し示すのに by-name という用語が導入される.by-name には,その人物の家系,職業,居住地,性格・特徴を示すものなど様々な種類がある.
 まとめれば,古英語人名のフォーマットは「idionym (+ by-name)」ということになる.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 452--89.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-09-16 Sat

#5255. Voicy heldio の「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズへご好評いただいています [oe][masanyan][ogawashun][hel_education][voicy][heldio][runic][anglo-saxon][link][notice][alfred][beowulf][proverb][heldio_community][hajimeteno_koeigo]

 毎朝6時に音声配信している Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズが始まっています(不定期で無料の配信です).第3回まで配信してきましたが,嬉しいことにリスナーの皆さんにはご好評いただいています.各配信回の概要欄やチャプターに紐付けられたリンク先に,題材となっている古英語のテキストなども掲載していますので,そちらを参照しながら聴いていただければと思います.これまでの3回では,アルフレッド大王,古英語の格言,叙事詩『ベオウルフ』に関係する文章が取り上げられています.本当に「初めての方」に向けての講座となっていますので,お気軽にどうぞ.



 ナビゲーターは英語史や古英語を専攻する次の3人です.小河舜さん(フェリス女学院大学ほか)khelf(慶應英語史フォーラム)元会長の「まさにゃん」こと森田真登さん(武蔵野学院大学),および堀田隆一です.3人で楽しそうに話しているのが魅力,との評価もいただいています.
 毎回,厳選された古英語の短文を取り上げ,文字通り「ゼロから」解説しています.日本語による解説つきで気軽に始められる「古英語講座」なるものは,おそらくこれまでどの媒体においても皆無だったのではないでしょうか(唯一の例外は,まさにゃんによる「毎日古英語」かもしれません).このたびのシリーズは,その意味では本邦初といってよい試みとなります.ナビゲーター3人も,肩の力を抜いておしゃべりしていますので,それに見合った気軽さで聴いていただければと思います.
 本シリーズのサポートページとして,まさにゃんによる note 記事「ゼロから学ぶはじめての古英語(#1~#3)」が公開されています.また,X(旧ツイッター)上の「heldio コミュニティ by 堀田隆一」にて関連情報も発信しています.このコミュニティは承認制ですが,基本的にはメンバーリクエストをいただければお入りいただけますので,ぜひご参加ください.
 シリーズの第4弾もお楽しみに!

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-09-05 Tue

#5244. 少し遅い時代の古英語地名 [oe][toponymy][anglo-saxon][name_project][onomastics][history][chronology][farming]

 昨日の記事「#5243. 異教時代の古英語地名」 ([2023-09-04-1]) で,地名研究により,その土地がどの時代に開拓されたかを知る手がかりが得られる場合があると述べた.
 昨日の Tysoe, Wensley, Thursley, Friden, Harrow, Weeford などは,第1要素が異教を彷彿とさせるため,アングロサクソン時代でもとりわけ古い層に属すると紹介したが,ちょうど逆のケースもある.例えば,「専門農場」と訳出すべき wīc を含む地名は,農業が確立した後につけられたものと考えられるが,それはイングランドの農業史に鑑みて8世紀以降のことと推測される.つまり,同じ古英語期でも相対的に遅めの開拓であることが示唆される.Hough (98) より関連する箇所を引用する.

. . . some elements may be dated to a later phase of settlement on semantic or other grounds. Place-names from OE wīc 'specialized farm' are indicative of established farming communities, and are considered unlikely to have been coined before the eighth century AD. Examples from England include Butterwick (butter), Cheswick (cheese), Gatwick (goats), and Shapwick (sheep); examples from Scotland include Berwick (barley), Hedderwick (heather), and Sunwick (pigs).


 挙げられている例は,分かりやすいものを選んだということかもしれないが,乳製品を産する農場が多い.地名や固有名詞の研究は,ただ言語学的,形式的な研究だけでは済みそうもない,ということが理解できる.

 ・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-09-04 Mon

#5243. 異教時代の古英語地名 [oe][toponymy][anglo-saxon][christianity][name_project][onomastics][history][chronology][heathenism]

 地名の構成要素の意味をひもとくことによって,どの時代にその地名がつけられたのか,示唆を得られる事例がある.同じ場所が後に別の地名に置き換えられていたりするので,時系列に整理した上で慎重に解釈する必要があるが,地名研究が歴史学など他分野に貢献し得る点で興味深い.
 Hough (98) によると,キリスト教化する以前のイングランドの古英語地名に,異教の神や寺院などの名前が用いられているものがあるという.このようなケースでは,それだけ古い土地であると解釈してよさそうだ.

Also indicative of early settlement are place-names referring to religious or other customs that were later superseded. Place-names referring to Anglo-Saxon paganism represent an early stratum which must pre-date the conversion to Christianity around 627. In England they fall into two main groups: those containing the names of pagan gods, and those containing a word for a heathen shrine or temple. Examples of the former are Tysoe (Tiw + OE hōh 'heel; hill-spur'), Wensley (Woden + OE lēah 'wood, clearing'), Thursley (Thunor + OE lēah 'wood, clearing', and Friden (Frig + denu 'valley'); examples of the latter are Harrow (OE hearg 'temple') and Weeford (OE wēoh 'shrine' + ford 'ford). The absence of either type from the corpus of Old English place-names in Scotland is usually taken to indicate that the Anglo-Saxons did not move north until after the conversion to Christianity, although this has been challenged on the grounds that pagan names are also absent from large areas of England . . . .


 このような異教的地名がスコットランドには認められないという議論も意味深長である.

 ・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.

Referrer (Inside): [2023-09-05-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow