hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 / page 8 (8)

oe - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-06-06 08:58

2020-02-24 Mon

#3955. 古英語の "digraph controversy" [digraph][oe][spelling][phonetics][phonology][vowel][diphthong][typography][reconstruction]

 古英語研究の重要な論争に "digraph controversy" というものがある.2つの母音字を重ねた <ea>, <eo>, <ie> などの2重字 (digraph) がいかなる母音を表わすのかという問題である.母音の質と量を巡って様々な見解が提出されてきた.
 古英語の写本では <ea>, <eo>, <ie> などと綴られているのみだが,現代の校訂版ではしばしば <ea>, <eo>, <ie> とは別に,第1母音字に長音記号 (macron) を付した <ēa>, <ēo>, <īe> という表記もみられる.これは <ea> と綴られる音には,歴史的には「短い」ものと「長い」ものがあったことが知られているからである.しかし,長音記号のないバージョンとあるバージョンとで,実際に古英語期において母音の質と量がどのように違っていたのかを突き止めることは難しい.そこで様々な推測がなされることになる.
 最もストレートなのは,綴字そのままに「短い2重母音」と「長い2重母音」を想定する案である.<ea> ≡ [ɛɑ], <ēa> ≡ [ɛːɑ], <eo> ≡ [eo], <ēo> ≡ [eːo], <ie> ≡ [ie], <īe> ≡ [iːe] などと再建する(「#2497. 古英語から中英語にかけての母音変化」 ([2016-02-27-1]) の母音一覧表を参照).しかし,類型論的にみて,少なくともゲルマン語派には2重母音 (diphthong) で短いものと長いものが区別されるケースはないことから,疑問が呈されている.
 それに対して,長音記号のないバージョンは単母音 (monophthong) であり,あるバージョンは2重母音 (diphthong) であるという解釈がある.この説については Minkova (178--79) がいくつかの論拠を挙げているが,ここでは詳細には踏み込まない.この説に従って再建された音価を以下に示そう (Minkova 156) .

ValueExample
DigraphEarlyLate
<ēa>æʊæəstrēam 'stream'
<ea>æəæheall 'hall'
<ēo>sēon 'to see'
<eo>ɛəɛġeolu 'yellow'
<īe>iə, iː(ġe)līefan 'to believe'
<ie>ɪəɪġiefan 'to give'


 古英語を音読する際に,2重字に対してどのような発音を採用するか.フィロロジーの第一級の問題である.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2021-06-21-1] [2020-03-04-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-01-27 Mon

#3927. 英語におけるローマン・アルファベット一式の歴史的変遷 [alphabet][grapheme][oe][link]

 Cook (166) に,"Comparing older letter forms with Modern English" と題する表がある.大雑把ではあるが,英語のローマン・アルファベット一式を構成する文字の目録の変遷がよくまとまっているので,以下に再現する.

 Shared lettersExtra lettersVariants of another letterRare lettersUnused letters
Old English (tenth century)b c d f h l m n p r s tȝ ƿ þ ð æx (used for -cs occasionally æx)k q zg j v
 a e i o u y    
Middle English (fourteenth century)b c d f g h k l m n p q r s t w x zȝ þ (later th)u (medial v)  
 a e i o u y j (initial i)  
Early Modern English (1500--1700)b c d f g h k l m n p q r s t w x z u/v (till 1630)  
 a e i o u y j/i (till 1640)  
   'long' ʃ  
Modern English (1700--present-day)b c d f g h j k l m n p q r s t v w x z    
 a e i o u y    


 本ブログでも各文字に関する話題はいろいろと取り上げてきた.g, v など各文字自身のタグが付けられている記事も多いので,ぜひご一読を.以下にもいくつかピックアップしておきたい.

 ・ 「#3038. 古英語アルファベットは27文字」 ([2017-08-21-1])
 ・ 「#3049. 近代英語期でもアルファベットはまだ26文字ではなかった?」 ([2017-09-01-1])
 ・ 「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1])
 ・ 「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1])
 ・ 「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1])
 ・ 「#2498. yogh の文字」 ([2016-02-28-1])
 ・ 「#584. long <s> と graphemics」 ([2010-12-02-1])
 ・ 「#2997. 1800年を境に印刷から消えた long <s>」 ([2017-07-11-1])
 ・ 「#3875. 手書きでは19世紀末までかろうじて生き残っていた long <s>」 ([2019-12-06-1])
 ・ 「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1])
 ・ 「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1])
 ・ 「#3391. Johnson にも悩ましかった i/j, u/v の「四つ文字」問題」 ([2018-08-09-1])
 ・ 「#2411. 英語の <w> = "double u" とフランス語の <w> = "double v"」 ([2015-12-03-1])
 ・ 「#2280. <x> の話」 ([2015-07-25-1])
 ・ 「#1830. Y の名称」 ([2014-05-01-1])
 ・ 「#446. しぶとく生き残ってきた <z>」 ([2010-07-17-1])

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-01-03 Fri

#3903. ゲルマン名の atheling, edelweiss, Heidi, Alice [anglo-saxon][oe][onomastics][personal_name][etymology][german][patronymy]

 昨日の記事「#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin」 ([2020-01-02-1]) に引き続き,人名の話題.以下,主として梅田 (13) より.
 標題の単語や人名はいずれも語源素として「高貴な」を意味する WGmc *aþilja にさかのぼる.その古英語の反映形 æþel(e) (高貴な)は重要な語であり,これに父称 (patronymy) を作る接尾辞 -ing を付した æþeling は,現在でも atheling (王子,貴族)として残っている.
 æþel は,アングロサクソン王朝の諸王の名前にも多く確認される.「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) を一瞥するだけでも,Ethelwulf, Ethelbald, Ethelbert, Ethelred, Athelstan などの名前が挙がる.しかし,昨日の記事でも述べたように,ノルマン征服後,これらの名前は衰退していき,現代では見る影もない.
 ところで,ドイツ語で「高貴な」に対応する語は edel であり,「貴族」は Adel である.edelweiss (エーデルワイス)は「高貴なる白」を意味するアルプスの植物だ.形容詞に名詞化語尾をつけた形態が Adelheid であり,古高地ドイツ語の Adalheidis にさかのぼる.これは女性名ともなり,その省略された愛称形が Heidi となる.アニメの名作『アルプスの少女ハイジ』で,厳しい執事のロッテンマイヤーさんは,ハイジのことを省略せずにアーデルハイドと呼んでいる.なお,オーストラリアの South Australia 州の州都 Adelaide は,このドイツ語名がフランス語経由で英語に取り込まれたものである.
 一方,Adalheidis は,フランス語に取り込まれるに及び,短縮・変形したバージョンも現われた.AlalizA(a)liz である.これが中英語に借用されて Alyse や,近現代の Alice となった.もう1つの女性名 Alison は,フランス語で Alice に指小辞が付されたものである.
 「王子」「エーデルワイス」「ハイジ」「アリス」が関係者だったというのは,なかなかおもしろい.

 ・ 梅田 修 『英語の語源事典』 大修館書店,1990年.

Referrer (Inside): [2023-08-17-1] [2021-05-12-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2020-01-02 Thu

#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin [anglo-saxon][oe][onomastics][personal_name][etymology][norman_conquest]

 「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1]) でみたように,古英語期,すなわち1066年のノルマン征服より前の時代には当たり前のようにイングランドで用いられていたアングロサクソン人名の多くが,征服後に一気に衰退した.標題の名前は,生き残った純正アングロサクソン男性名の代表例である(「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) よりアングロサクソン諸王の名前を確認されたい).
 いずれも複合語であり,第1要素に Ed- がみえる.これは古英語の名詞 ēad (riches, prosperity, good, fortune, happiness) を反映したものである(すでに廃語).「裕福」という縁起のよい意味だから人名には多用された.Edwardēad + weard (guardian) ということで「富を守る者」が原義である.Edgarēad + gār (spear) ということで「富裕な槍持ち」といったところか.Edmond/Edmundēad + mund (protection) ということで「富貴の守り手」ほどの意となる(この第2要素は Raymond, Richmond にもみられる).Edwineēad + wine (friend) ということで「富の友」である(この第2要素は Baldwin にもみられる).
 なお Edith は女性名となるが,第1要素はやはり ēad である.これに gūþ (war) が複合(および少し変形)した,勇ましい名前ということになる.
 現代に生き残るこのような純アングロサクソン名(残念ながら多くはない)を利用して,古英語の単語や語源について学ぶのもおもしろい.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow