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oe - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2019-09-11 Wed

#3789. 古英語語彙におけるラテン借用語比率は1.75% [latin][loan_word][borrowing][oe][lexicology][statistics]

 英語語源学の第一人者 Durkin によれば,古英語期までに英語に借用されたラテン単語の数は,少なくとも600語はあるという.650年辺りを境に,前期に300語ほど,後期に300語ほどという見立てである.この600という数字を古英語語彙全体から眺めてみると,1.75%という割合がはじき出される.しかし,これらのラテン借用語単体ではなく,それに基づいて作られた合成語や派生語までを考慮に入れると,古英語語彙における割合は4.5%に跳ね上がる.Durkin (100) の解説を引用しよう.

If we take an estimate of at least 600 words borrowed (immediately) from Latin, and a total of around 34,000 words in Old English, then, conservatively, around 1.75% of the total are borrowed from Latin. If we include all compounds and derivatives formed on Latin loanwords in Old English, then the total of Latin-derived vocabulary probably comes closer to 4.5% . . . , although this figure may be a little too high, since estimates of the total size of the Old English vocabulary (native and borrowed) probably rather underestimate the numbers of compounds and derivatives.


 この数値をどう評価するかは視点の取り方次第である.後の歴史における英語の語彙借用の規模とその影響を考えれば,この段階でのラテン借用語の割合など,取るに足りない数字にみえるだろう.一方,これこそが英語の語彙借用の歴史の第一歩であるとみるならば,いわば0%から出発した借用語の比率が,すでに古英語期中に1.75%(あるいは4.5%)に達しているというのは,ある程度著しい現象であるといえなくもない.さらにいえば,その多くが千数百年を隔てた現代英語にも残っており,日常語として用いられているものも目立つのである(昨日の記事「#3788. 古英語期以前のラテン借用語の意外な日常性」 ([2019-09-10-1]) を参照).
 古英語のラテン借用語については英語史研究においてもさほど注目されてきたわけではないが,見方を変えれば十分に魅力的なトピックになりそうだ.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-09-10 Tue

#3788. 古英語期以前のラテン借用語の意外な日常性 [latin][loan_word][oe][lexicology][lexical_stratification][statistics][borrowing]

 昨日の記事「#3787. 650年辺りを境とする,その前後のラテン借用語の特質」 ([2019-09-09-1]) で触れたように,古英語期以前,とりわけ650年より前に入ってきた最初期のラテン借用語には,現在でも日常的に用いられているものが多い.「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) などで見てきたように,ラテン借用語にはレベルの高い単語が多いのは事実だが,古英語期以前の借用語に関していえば,そのステレオタイプは必ずしも事実を表わしていない.
 Durkin (138--39) による興味深い数値がある.Durkin は,「#3400. 英語の中核語彙に借用語がどれだけ入り込んでいるか?」 ([2018-08-18-1]) でも示したとおり,"Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary" と呼ばれる通言語的に最も基本的な意味を担う100語を現代英語から取り出し,そのなかにどれほど借用語が含まれているかを調査してみた.結果としては,ラテン借用語についていえば,そこには1語も含まれていなかった.
 しかし,別途 "the WOLD survey" による1,460個の基本的な意味項目からなる日常語リストで調査してみると,137語ほど(およそ10%)が古英語期以前に借用されたラテン借用語と認定されるものだった.しかも,それらの単語は,24個設けられている意味のカテゴリーのうち,"Kinship", "Quantity", "Miscellaneous function words" を除く21個のカテゴリーにわたって見出されるという.つまり,英語史上,最初期に入ってきたラテン借用語は,広い分野にわたり日常的に用いられる英語の語彙の少なからぬ部分を構成しているというわけだ.古英語の形で具体例をいくつか挙げておこう.

 ・ butere "butter"
 ・ ele "oil"
 ・ cyċene "kitchen"
 ・ ċȳse, ċēse "cheese"
 ・ wīn "wine" (and its compounds)
 ・ sæterndæġ "Saturday"
 ・ mūl "mule"
 ・ ancor "anchor"
 ・ līn "line, continuous length"
 ・ mylen (and its compounds) "mill"
 ・ scōl, sċolu (and the compound leornungscōl) "school"
 ・ weall "wall"
 ・ pīpe "pipe, tube"
 ・ pīle "mortar"
 ・ disċ "plate/platter/bowel/dish"
 ・ candel "lamp, lantern, candle"
 ・ torr "tower"
 ・ prēost and sācerd "priest"
 ・ port "harbour"
 ・ munt "mountain or hill"

 このようにラテン借用語のなかには意外と多く「基本語彙」もあることを銘記しておきたい.関連して,基本語彙の各記事も参照.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-09-09 Mon

#3787. 650年辺りを境とする,その前後のラテン借用語の特質 [latin][loan_word][oe][chronology][lexicology][borrowing][link]

 英語史におけるラテン借用語といえば,古英語期のキリスト教用語,初期近代英語期のルネサンス絡みの語彙(あるいは「インク壺用語」 (inkhorn_term)),近現代の専門用語を中心とする新古典主義複合語などのイメージが強い.要するに「堅い語彙」というステレオタイプだ.本ブログでも,それぞれ以下の記事で取り上げてきた.

 ・ 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1])
 ・ 「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1])
 ・ 「#1895. 古英語のラテン借用語の綴字と借用の類型論」 ([2014-07-05-1])
 ・ 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1])
 ・ 「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1])
 ・ 「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1])
 ・ 「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1])
 ・ 「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1])
 ・ 「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1])
 ・ 「#3438. なぜ初期近代英語のラテン借用語は増殖したのか?」 ([2018-09-25-1])
 ・ 「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1])
 ・ 「#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か」 ([2018-01-09-1])

 俯瞰的にいえば,このステレオタイプは決して間違いではないが,日常的で卑近ともいえるラテン借用語も存在するという事実を忘れてはならない.大雑把にいえば紀元650年辺りより前,つまり大陸時代から初期古英語期にかけて英語(あるいはゲルマン諸語)に入ってきたラテン単語の多くは,意外なことに,よそよそしい語彙ではなく,日々の生活になくてはならない語彙を構成しているのである.この事実は「ラテン語=威信と教養の言語」という等式の背後に隠されているので,よく確認しておくことが必要である.
 650年というのはおよその年代だが,この前後の時代に入ってきたラテン借用語のタイプは異なっている.単純化していえば,それ以前は「親しみのある」日常語,それ以降は「お高い」宗教と学問の用語が入ってきた.Durkin (103) の要約文を引用しよう.

The context for most of the later borrowings is certain: they are nearly all words connected with the religious world or with learning, which were largely overlapping categories in the Anglo-Saxon world. Many of them are only very lightly assimilated into Old English, if at all. In fact it is debatable whether some of them should even be regarded as borrowed words, or instead as single-word switches to Latin in an Old English document, since it is not uncommon for words only ever to occur with their Latin case endings.
   The earlier borrowings include many more words that are of reasonably common occurrence in Old English and later, for instance names of some common plants and foodstuffs, as well as some very basic words to do with the religious life.


 では,具体的に前期・後期のラテン借用語とはどのような単語なのか.それについては今後の記事で紹介していく予定である.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2018-09-19 Wed

#3432. イギリス議会の起源ともいうべきアングロ・サクソンの witenagemot [etymology][oe][anglo-saxon][parliament][history][monarch][compound]

 ウェセックスのアルフレッド大王の孫に当たるアゼルスタン(Athelstan; 在位 924--40年)は,ウェセックス王にとどまらず,事実上の最初のイングランド王と呼ぶべき存在である.彼は937年のブルナンブルフの戦いで軍功をあげたほか,アルフレッド大王が作った州制を発展させ,法典を編纂し,銀ペニー貨の鋳造権を獲得し,諸外国と同盟するなどの業績を重ねた.君塚 (20--21) によれば,

 しかしアゼルスタンにとって最大の功績は,のちの国王評議会や議会の起源ともいうべき機関を設置したことであろう.アゼルスタン以降の国王は「立法」に深く携わるようになり,そのために定期的に有力者たちとの会議を開くようになった.王が司教や伯(エアルダーマン)らに相談して立法を行う慣習は,ノーサンブリアのエドウィン王の時代(六二〇年代)やウェセックスのイネ王の時代(六九〇年代)にも見られたが,アゼルスタンはこれをさらに大規模なものとし,キリスト教の重要な行事であるキリスト降誕祭(一二月),復活祭(四月頃),聖霊降臨祭(五月頃)に定期的に開催するようになった.
 これが「賢人会議」(ウィテナイェモート)と呼ばれるものである.イングランド各地から代表者を集めた会議で,カンタベリーとヨークの大司教,多くの司教や大修道院長たち,伯(エアルダーマン)らの有力貴族,豪族(セイン)らが出席するようになり,地方的な問題よりも,イングランド全体に関わる外交や防衛問題,さらには律法や司法に関わる問題を主に協議した.そしてこの会議に集まるようになった有力者たちにとって大切な役割となったのが,先王の死から次王の継承までの間に問題が生じないよう調整するという,まさに王位継承規範に関わる事柄であった.
 賢人会議は,前期のキリスト教行事とは関わりのない時期にも召集されたが,復活祭の会議では春の軍事遠征に関わる相談も頻繁に行なわれた.また時代が下るとともに,出席者の席次(序列)も徐々に形成されるようになっていった.


 アゼルスタンの設置した「賢人会議」は,古英語では witenagemōt と言い表した.これは witena + gemōt の2語からなる複合語であり,前者 witena は「賢人;評議員」を意味する名詞 wita の複数属格形である.この名詞は,現代英語の名詞 wit (cf. 古英語動詞 witan 「知る」)や形容詞 wise と語源的に関連している.
 後者 gemōt は「会議」を意味する名詞だが,これ自体は接頭辞 ge- と名詞 mōt に分解される.ge- は集合を表わす接頭辞で,中英語以降に弱化し消失していったが,yclept, yclad, alike, among, enough, either, handicraft, handiwork などの母音に痕跡を残す.mōt は,語源的に meet (会う)と関係しており,現代では moot という語形で「議論の余地のある」を意味する形容詞として用いられている.
 したがって,witenagemōt の意味はまさに「賢人たちが集合する会議」である.なお,現代英語での歴史用語としての発音は /ˈwɪtnəgəˌmoʊt/ となる.
 ノルマン征服以降の議会 (parliament) については,「#2334. 英語の復権と議会の発展」 ([2015-09-17-1]) と「#2335. parliament」 ([2015-09-18-1]) を参照.また,アングロサクソン王朝の系図と年表について,「#2620. アングロサクソン王朝の系図」 ([2016-06-29-1]) と「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) をどうぞ.

 ・ 君塚 直隆 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』 中央公論新社〈中公新書〉,2015年.

Referrer (Inside): [2020-02-15-1]

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2018-09-09 Sun

#3422. 古英語・中英語のことわざ [proverb][oe][me][hel_education]

 英語ことわざは,古英語期や中英語期にもたくさん記録されている.最古の英語ことわざ集に Proverbs of Alfred (c. 1150--80) と呼ばれるものがあるし,いわゆる文学作品にも聖書由来のものを含めて数々のことわざが収録されてきた.
 13--14世紀のものを中心とした,Skeat 編のことわざ集がある.現代にも受け継がれているものが多いので,中世英語や英語史の学習にうってつけである.以下に,現代語訳をつけていくつか拾い出してみよう.

 ・ Hwa is thet mei thet hors wettrien the him-self nule drinken? (Old English Homilies): "Who is he that may water the horse and not drink himself?"
 ・ Nis nawer nan so wis mon / That me ne mai bi-swiken. (Layamon): "There is nowhere so wise a man that one cannot deceive him."
 ・ Euer so the hul is more and herre, so the wind is more theron. (Ancrene Riwle): "The greater and higher the hill, the greater the wind on it." (方言形 hul について「#1812. 6単語の変異で見る中英語方言」 ([2014-04-13-1]) を参照)
 ・ Wel fight that wel specth --- seide Alvred. (Owl and Nightingale): "He that speaks will, fights well --- said Alfred."
 ・ Strong hit is to rowe ayeyn the see that floweth, So hit is to swynke ayeyn un-ylimpe. (Prov. of Alfred): "As it is hard to row against the sea that flows, so it is to toil against misfortune."
 ・ For qua bigin wil ani thing / He aght to thinc on the ending. (Cursor Mundi): "For he who will begin a thing ought to think how it may end."
 ・ Ther God wile helpen, nouht ne dereth. (Havelok): "Where God will help, nothing does harm."
 ・ More honour is, faire to sterve, Than in servage vyliche to serve. (Kyng Alisaunder): "It is more honour to die fairly than to serve cunningly in servitude."
 ・ Tel thou neuer thy fo that thy fot aketh. (Hending): "Never tell thy foe that thy foot aches."
 ・ The lyf so short, the craft so long to lerne. (Parlement of Foules): "Life is so short, art is so long to learn."
 ・ Hit is not al gold, that glareth. (Hous of Fame): "All is not gold that glitters."
 ・ The nere the cherche, the fyrther fro Gode. (Handlyng Synne): "The nearer to the church, the further from God."
 ・ That that rathest rypeth ・ roteth most saunest. (P. Pl.): "What ripes most quickly, rots earliest."
 ・ A litell stane, as men sayis, / May ger weltir ane mekill wane. (Bruce): "A little stone, as many say, can cause a great waggon to be overturned."
 ・ For spechëles may no man spede. (Confessio Amantis): "For no man can succeed by being speechless."
 ・ It is nought good a sleping hound to wake. (Troilus): "It is not good to wake a sleeping dog."
 ・ Mordre wol out. (Canterbury Tales) (方言形 wol について「#89. one の発音は訛った発音」 ([2009-07-25-1]) を参照)
 ・ Charite schuld bigyne at hem-self. (Wyclif, Works): "Charity should begin at home."

 ・ Skeat, Walter W., ed. Early English Proverbs, Chiefly of the Thirteenth and Fourteenth Centuries, with Illustrative Quotations. Oxford: Clarendon, 1910.

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2018-07-21 Sat

#3372. 古英語と中英語の資料の制約について数点のメモ [oe][me][philology][manuscript][statistics][representativeness][methodology][evidence]

 「#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道」 ([2012-10-12-1]),「#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント」 ([2017-03-01-1]) で取り上げてきたが,歴史言語学には資料の限界という,いかんともしがたい問題がある.質量ともに望むほどのものが残っていてくれないのが現実である.児馬 (29) は,『歴史言語学』のなかの「古英語資料の留意点:量的・質的制約」という節において次のように述べている.

歴史言語学では現存する資料が最重要であることはいうまでもない.現代の言語を研究対象とするのであれば,文字資料・録音資料に加えて,話者の言語直観・内省などの言語心理学的資料も含めて実に豊富な資料を使えるのであるが,歴史言語学ではそうは簡単にならない.古い時代の資料を使うことが多い分野なので,この種の限界は当然のように思えるが,実際は,想像以上に厳しい制約があるのを認識しなければならない.特に扱う資料が古ければ古いほど厳しいものがあり,英語史では,特にOE資料の限界についてはよく認識したうえで,研究を進めていかなくてはならない.


 具体的にどれくらいの制約があるのかを垣間見るために,古英語と中英語の資料について児馬が触れている箇所を数点メモしておこう.

 ・ 古英語期の写本に含まれる語数は約300万語で,文献数は約2000である.部分的にはヴァイキングによる破壊が原因である.この量はノルマン征服以降の約200年間に書かれた中英語の資料よりも少ない.(29)
 ・ とくに850年以前の資料で残っているものは,4つのテキストと35ほどの法律文書・勅許上などの短い公的文書が大半である.(29)
 ・ 古英語資料の9割がウェストサクソン方言で書かれた資料である.(31)
 ・ 自筆資料 (authorial holograph) は非常に珍しく,中英語期でも Ayenbite of Inwit (1340年頃),詩人 Hoccleve (1370?--1450?) の書き物,15世紀ノーフォークの貴族の手による書簡集 Paston Letters やその他の同時期の書簡集ほどである.(34)

 英語史における資料の問題は非常に大きい.文献学 (philology) や本文批評 (textual criticism) からのアプローチがこの分野で重要視される所以である.
 関連して「#1264. 歴史言語学の限界と,その克服への道」 ([2012-10-12-1]),「#2865. 生き残りやすい言語証拠,消えやすい言語証拠――化石生成学からのヒント」 ([2017-03-01-1]),「#1051. 英語史研究の対象となる資料 (1)」 ([2012-03-13-1]),「#1052. 英語史研究の対象となる資料 (2)」 ([2012-03-14-1]) も参照.

 ・ 児馬 修 「第2章 英語史概観」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.22--46頁.

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2018-07-09 Mon

#3360. 印欧祖語は語根ベース,ゲルマン祖語は語幹ベース,古英語以降は語ベース (3) [gradation][i-mutation][indo-european][oe][morphology][vowel][word_formation]

 2日間の記事 ([2018-07-07-1], [2018-07-08-1]) に引き続き,root-based morphology (印欧祖語)→ stem-based morphology (ゲルマン祖語)→ word-based morphology (古英語以降)という英語形態論の大きな潮流について.
 古英語はこの類型的シフトにおいて stem-based morphology から word-based morphology へと移り変わろうとする最初期段階といえるが,いまなお stem-based morphology は濃厚に残っていた.Lass (191) は古英語の語形成法の種類が豊富なことについて,Kastovsky を引用しつつ次のように述べている.

One of the most striking features of the OE lexicon is the extensive involvement in WF, not only of transparent affixation, compounding, and conversion, but of other devices of varying ages: ancient ones like ablaut, and newer ones like i-umlaut. This results in what Kastovsky (1992: 294) calls 'large morphologically related word-families'; considerable portions of the lexicon 'cohere' in a rather special way, characteristic of older IE and to some extent more archaic modern languages like German, but quite alien to Modern English.


 1例として,印欧祖語の語根 *bhVr- "carry, bear" が,古英語の単語にどのように反映されているかを考えてみよう (Lass 191--92) .この印欧語根には ablaut シリーズとして,*bher- (e-grade), *bhor- (o-grade), *bhe:r- (lengthened e-grade), *bhr̥- (zero-grade) の4つの音形があった.
 まず,e-grade の *bher- に関しては,*bher- > *βer- > ber- と経て,古英語の ber-an (不定詞), ber-ende (現在分詞), ber-end "bearer",ber-end-nes "fertility" に至っている.
 次に,o-grade の *bhor- については,*bhor > *βαr- > bær- を経て古英語の bær (第1過去)に終着したほか,さらに bær- から割れ (breaking) の過程を経て bear-we "barrow, basket", bear-m "lap, bosom" に至ったものもある.
 続けて lengthened e-grade の *bhe:r- については,*bhe:r- > *βe:r- > bǣr を経て古英語 bǣr-on (第2過去), bǣr "bier", bǣr-e "manner, behaviour" などが帰結した.
 最後に zero-grade の *bhr̥- からは,*βur- へと変化した後,a-umlaut により bor- と *bur- が出力されたが,前者からは古英語 bor-en (過去分詞), bor-a "carrier" が,後者からはさらに i-umlaut を経て古英語 byrðenn "burden", byr-ele "cup-bearer" などgが生み出された.
 古英語では /bVr-/ という抽象的な語幹 (root) から具現化した数種類の母音を示す複数の語幹 (stems) が基準となり,共時的な屈折形態論と派生形態論が展開しているとみることができ,これを指して "stem-based morphology" あるいは "variable-stem morphology" と呼ぶことができるだろう (Lass 192) .
 ただし,古英語期にも,新たな時代の到来,すなわち word-based morphology あるいは invariable-stem morphology の到来を予感させる要素が,すでに部分的に現われ出していたことにも注意しておきたい.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
 ・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.

Referrer (Inside): [2019-09-23-1] [2018-07-10-1]

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2018-07-08 Sun

#3359. 印欧祖語は語根ベース,ゲルマン祖語は語幹ベース,古英語以降は語ベース (2) [synthesis_to_analysis][indo-european][germanic][oe][morphology][typology]

 昨日の記事 ([2018-07-07-1]) に引き続いての話題.Kastovsky の提案する類型論の見方によれば,英語形態論の歴史は概略的に root-based morphology (印欧祖語)→ stem-based morphology (ゲルマン祖語)→ word-based morphology (古英語以降)ととらえることができる.
 ただし,古英語期など過渡期においては新旧のタイプが共存しているために,いずれか1つの類型にきっちりはめられるというわけではなく,あくまでグラデーションとしてとらえるべき問題だろう.現代英語ですら強変化動詞の語幹交替は stem-based morphology を示すし,借用語に典型的な sane : sanity, serene : serenity, Japán : Jàpanése などの語幹交替も同様である (cf. 「#3341. ラテン・フランス借用語は英語の強勢パターンを印欧祖語風へ逆戻りさせた」 ([2018-06-20-1])) .
 Kastovsky (129) より,この類型的シフトの潮流に関する濃密な要約文を引用しよう.

Modern English morphology is the result of a long-range typological restructuring, triggered by phonological changes in connection with the emergence of the Germanic language family, leading to an erosion of unstressed final syllables. As a result, the originally root-based morphology became stem-based and finally word-based. Also morphology was originally characterized by pervasive phonologically conditioned morphophonemic alternations, which gradually became morphologically conditioned, because of phonological changes. This was replaced by a simplified system with base invariancy and phonologically conditioned alternations of inflectional endings as a default case characterizing the regular inflection of nouns, verbs and adjectives. The irregular patterns continue properties of the original system and can be interpreted as stem-based with morphologically conditioned alternations of the base form. This is also true of many non-native word-formation patterns, which have been borrowed from stem-based languages such as French, Latin or Greek and have re-introduced base alternation into English derivational morphology.


 実に視野が広い.通時的な比較言語学的視点と共時的な類型論的視点とを合わせた「歴史類型論」とでもいうべき広角の観点をもっているのだろう.

 ・ Kastovsky, Dieter. "Linguistic Levels: Morphology." Chapter 9 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 129--47.

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2018-07-07 Sat

#3358. 印欧祖語は語根ベース,ゲルマン祖語は語幹ベース,古英語以降は語ベース (1) [synthesis_to_analysis][indo-european][germanic][oe][morphology][typology]

 「#3340. ゲルマン語における動詞の強弱変化と語頭アクセントの相互関係」 ([2018-06-19-1]) と「#3341. ラテン・フランス借用語は英語の強勢パターンを印欧祖語風へ逆戻りさせた」 ([2018-06-20-1]) で引用・参照した Kastovsky の論考では,印欧祖語からゲルマン祖語を経て現代英語に至るまでの(拡大版)英語史において,形態論 (morphology) の類型的な変化が生じてきたことが主張されている.通常,統語形態論における類型的な変化といえば「総合から分析へ」 (synthesis_to_analysis) のシフトが思い浮かぶが,それとは関連しつつも独立した潮流として root-based morphology → stem-based morphology → word-based morphology という類型的な変化が見られるという.それぞれについて Kastovsky (131) の説明を引こう.

a) word-based morphology: The base form can function as a word (free from) in an utterance without the addition of additional morphological (inflectional or derivational) material, e.g. ModE cat(-s), cheat(-ed), beat(-ing), sleep(-er).
b) stem-based morphology: The base form does not occur as an independent word, but requires additional inflectional and/or derivational morphological material in order to function as a word. It is a bound form (= stem), cf. OE luf- (-ian, -ast, -od-e, etc.), luf-estr-(-e) 'female lover', Grmc. *dag-(-az) 'day, NOM SG', ModE scient-(-ist) vs. science, dramat-(-ic) vs. drama, ast-ro-naut, tele-pathy; thus luf-, luf-estr-, *dag-, dramat-, ast-, -naut, tele-, -pathy are stems.
c) root-based morphology: Here the input to morphological processes is even more abstract and requires additional morphological material to become a stem, to which the genuinely inflectional endings can be added in order to produce a word.


 形態論のこのような類型を念頭に,Kastovsky (132) は root-based morphology (印欧祖語)→ stem-based morphology (ゲルマン祖語)→ word-based morphology (古英語以降)という緩やかな潮流を指摘している.

The ultimate starting point of English was a root-based morphology (indo-European), which became stem-based in the transition to Germanic. In the transition from Germanic to Old English, inflection became partly word-based, and this eventually became the dominant typological trait of Modern English.


 実際には古英語ではまだ stem-based morphology が濃厚で,word-based morphology の気味が多少みられるようになってきた段階にすぎないが,大きな流れとしてとらえるのであれば word-based morphology を示す最初期段階とみなすこともできるだろう.英語形態論の歴史を大づかみする斬新な視点である.

 ・ Kastovsky, Dieter. "Linguistic Levels: Morphology." Chapter 9 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 129--47.

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2018-06-24 Sun

#3345. 弱変化動詞の導入は類型論上の革命である [oe][verb][conjugation][inflection][suffix][tense][preterite][germanic][morphology]

 ゲルマン語派の最も際立った特徴の1つに,弱変化動詞の存在がある.「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]),「#3135. -ed の起源」 ([2017-11-26-1]) で触れたように歯音接尾辞 (dental suffix) を付すことで,いとも単純に過去形を形成することができるようになった.形態論に基づく類型論の観点からみると,これによって古英語を含むゲルマン諸語は,屈折語 (inflecting languages) から逸脱し,膠着語 (agglutinating language) あるいは孤立語 (isolating language) へと一歩近づいたことになる (cf. 「#522. 形態論による言語類型」 ([2010-10-01-1])) .その意味では,弱変化動詞の導入は,やや大袈裟にいえば「類型論上の革命的」だったといえる.von Mengden (287) の解説を聞いてみよう.

It is remarkable that in a strongly inflecting language like Old English (in contrast to both agglutinating and to analytic), there is a suffix (-d-) which is an unambiguous marker of the tense value past. The fact that this suffix -d- is the only morphological marker in all the paradigms of Old English with a truly distinctive one-to-one relation between form and value may indicate that this morpheme is rather young.


 形態と機能が透明度の高い1対1の関係にあるということは,現代英語や日本語のようなタイプの言語を普段相手にしていると,当たり前すぎて話題にもならないのだが,そのようなタイプではなかった古英語の屈折形態論を念頭に置きつつ改めて考えてみると,確かに極めて珍しいことだったろう.-d- が引き起こした革命の第1波は,その後も連鎖的に革命の波を誘発し,英語の類型を根本的に変えていくことになったのである.

 ・ von Mengden, Ferdinand. "Old English: Morphology." Chapter 18 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 272--93.

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2018-06-18 Mon

#3339. 現代英語の基本的な不規則動詞一覧 [verb][conjugation][inflection][vowel][oe][hel_education][tense][preterite]

 現代英語の不規則動詞 (irregular verb) の数は,複合動詞を含めれば,決して少ないとはいえないかもしれない.しかし,英語教育上の基本的な動詞に限れば,せいぜい60語程度である.例えば『中学校学習指導要領』で学習すべきとされる139個の動詞のうち,規則動詞は82語,不規則動詞は57語である.若林 (44--45)が再掲している57語のリストを以下に挙げておこう.

*become*begin*breakbringbuildbuy
catch*comecutdo*draw*drink
*drive*eat*fallfeel*find*fly
*forget*get*givego*growhave
hearkeep*knowleavelend*let
losemakemeanmeetputread
*ride*rise*runsay*seesell
send*singsit*sleep*speakspend
*spring*stand*swimtaketeachtell
think*wind*write


 これらの57個の不規則動詞のうち古英語で強変化動詞に属していたものは,数え方にもよるが,ほぼ半分の29個である(* を付したもの).残りのほとんどは,現代的な観点からは不規則であるかのように見えるが,古英語としては規則的な動詞だったとも言い得るわけだ.
 現代英語の不規則動詞に関する共時的・通時的な話題は,「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1]),「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1]),「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1]),「#2084. drink--drank--drunkwin--won--won」 ([2015-01-10-1]),「#2210. think -- thought -- thought の活用」 ([2015-05-16-1]),「#2225. hear -- heard -- heard」 ([2015-05-31-1]),「#1854. 無変化活用の動詞 set -- set -- set, etc.」 ([2014-05-25-1]) をはじめとする記事で取り上げてきたので,ご覧下さい.

 ・ 若林 俊輔 『英語の素朴な疑問に答える36章』 研究社,2018年.

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2018-06-14 Thu

#3335. 強変化動詞の過去分詞語尾の -n [participle][oe][inflection][reconstruction][indo-european][germanic][suffix][gradation][verb][verners_law]

 現代英語の「不規則動詞」の過去分詞には,典型的に -(e)n 語尾が現われる.written, born, eaten, fallen の如くである.これらは,古英語で強変化動詞と呼ばれる動詞の過去分詞に由来するものであり,古英語でもそれぞれ writen, boren, eten, feallen のように,規則的に -en 語尾が現われた(「#2217. 古英語強変化動詞の類型のまとめ」 ([2015-05-23-1]) に示したパラダイムを参照).
 古英語の強変化動詞の ablaut あるいは gradation と呼ばれる母音階梯では,現在,第1過去,第2過去,過去分詞の4階梯が区別され,合わせて動詞の「4主要形」 (four principal parts) と呼ばれる.その4つ目が今回話題の過去分詞の階梯なのだが,古英語からさらに遡れば,これはもともとは動詞そのものに属する階梯ではなかった.むしろ,動詞から派生した独立した形容詞に由来するらしい.ゲルマン祖語では *ROOT - α - nα- が再建されており,印欧祖語では * ROOT- o - nó- が再建されている.これらの祖形に含まれる鼻音 n こそが,現代英語にまで残る過去分詞語尾 -(e)n の起源と考えられている.
 この語尾は,語幹の音韻形態にも少しく影響を与えている.特に注意すべきは,印欧祖語の祖形では強勢がこの n の後に続くことだ.これは,ゲルマン諸語では Verner's Law を経由して語幹の子音が変化するだろうことを予想させる.ちなみに,強変化 V, VI, VII 類について,過去分詞形の語幹母音の階梯が,類推により現在形と同じになっていることにも注意したい (ex. tredan (pres.)/treden (pp.), faran (pres.)/faren (pp.), healdan (pres.)/healden (pp.)) .
 以上,Lass (161--62) を参照した.-en 語尾については,関連して「#1916. 限定用法と叙述用法で異なる形態をもつ形容詞」 ([2014-07-26-1]) も参照.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2018-05-27 Sun

#3317. The Anglo-Saxon Chronicle にみる Hengest と Horsa [anglo-saxon][oe][literature][popular_passage][oe_text][jute][history]

 449年,Hengest と Horsa というジュート人の兄弟がブリトン人を助けるためにイングランドに渡り,その後むしろイングランドを征服してしまうという事件が起こった.このくだりは,The Anglo-Saxon Chronicle に詳しいが,以下では古英語初学者向けに改編された Smith (158--59) より,関連する古英語[2018-05-31-1]原文箇所を引用する.年代記の449年,455年,457年の記述より抜粋したものである.現代英語訳も付いているので,古英語読解の学習にもどうぞ.(別の関連する記述は「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1]) および「#2900. 449年,アングロサクソン人によるブリテン島侵略」 ([2017-04-05-1]) を参照.)

Anno 449. Hēr Martiānus and Valentīnus onfēngon rice, and rīcsodon seofon winter. And on hiera dagum Hengest and Horsa, fram Wyrtgeorne gelaþode, Bretta cyninge, gesōton Bretene on þǣm stede þe is genemned Ypwinesflēot, ǣrest Brettum tō fultume, ac hīe eft on hīe fuhton. Se cyning hēt hīe feohtan ongēan Peohtas; and hīe swā dydon, and sīge hæfdon swā hwǣr swā hīe cōmon. Hīe þā sendon tō Angle, and hēton him sendan māran fultum. Þā sendon hīe him māran fultum. Þā cōmon þā menn of þrim mǣgþum Germānie: of Ealdseaxum, of Englum, of Iotum.

455. Hēr Hengest and Horsa fuhton wiþ Wyrtgeorne þǣm cyninge in þǣre stōwe þe is genemned Æglesþrep; and his brōþor Horsan man ofslōg. And æfter þǣm Hengest fēng tō rīce, and Æsc his sunu.

457. Hēr Hengest and Æsc fuhton wiþ Brettas in þǣre stōwe þe is genemned Crecganford, and þǣr ofslōgon fēower þūsend wera. Þā forlēton þā Brettas Centland, and mid micle ege flugon tō Lundenbyrig.


Anno 449. In this year [lit. here] Martianus and Valentinus succeeded to [lit. received] kingship, and ruled seven years. And in their days Hengest and Horsa, invited by Vortigern, king of [the] Britons, came to Britain at the place which is called Ebbsfeet, first as a help to [the] Britons, but they afterwards fought against them. The king commanded them to fight against [the] Picts; and they did so, and had victory wherever they came. Then they sent to Angeln, and told them to send more help. They then sent to them more help. Then the men came from three tribes in Germany: from [the] Old Saxons, from [the] Angles, from [the] Jutes.

455. In this year Hengest and Horsa fought against Vortigern the king in the place which is called Aylesford; and his brother Horsa was slain [lit. one slew his brother Horsa]. And after that Hengest and Æsc his son succeeded to kingship [lit. Hengest succeeded to kingship, and Æsc his son].

457. In this year Hengest and Æsc fought against [the] Britons in the place which is called Crayford, and there slew four thousand men [lit. of men]. The Britons then abandoned Kent, and with great fear fled to London.


 Hengest と Horsa のブリテン島侵攻については,anglo-saxon の記事のほか,とりわけ以下を参照.

 ・ 「#33. ジュート人の名誉のために」 ([2009-05-31-1])
 ・ 「#389. Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」 ([2010-05-21-1])
 ・ 「#1013. アングロサクソン人はどこからブリテン島へ渡ったか」 ([2012-02-04-1])
 ・ 「#2353. なぜアングロサクソン人はイングランドをかくも素早く征服し得たのか」 ([2015-10-06-1])
 ・ 「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1])
 ・ 「#2493. アングル人は押し入って,サクソン人は引き寄せられた?」 ([2016-02-23-1])
 ・ 「#2900. 449年,アングロサクソン人によるブリテン島侵略」 ([2017-04-05-1])
 ・ 「#3094. 449年以前にもゲルマン人はイングランドに存在した」 ([2017-10-16-1])
 ・ 「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) を参照.

 ・ Smith, Jeremy J. Essentials of Early English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.

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2018-05-09 Wed

#3299. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (2) [sobokunagimon][plural][consonant][oe][phonetics][fricative_voicing][analogy][number][conjugation][inflection][paradigm]

 昨日の記事 ([2018-05-08-1]) で,wolf (sg.) に対して wolves (pl.) となる理由を古英語の音韻規則に照らして説明した.これにより,関連する他の -f (sg.)/ -ves (pl.) の例,すなわち calf/calves, elf/elves, half/halves, leaf/leaves, life/lives, loaf/loaves, knife/knives, self/selves, sheaf/sheaves, shelf/shelves, thief/thieves, wife/wives などもきれいに説明できると思うかもしれない.しかし,英語史はそれほどストレートで美しいものではない.言語という複雑なシステムがたどる歴史は,一癖も二癖もあるのが常である.
 例えば,wife (sg.)/wives (pl.) の事例を取り上げよう.この名詞は,古英語では wīf という単数主格(見出し語)形を取っていた(当時の語義は「妻」というよりも「女性」だった).f は,左側に有声母音こそあれ右側には何もないので,「有声音に挟まれている」わけではなく,デフォルトの /f/ で発音される.そして,次に来る説明として予想されるのは,「ところが,複数主格(・対格)形では wīf に -as の屈折語尾が付くはずであり,f は有声音に挟まれることになるから,/v/ と有声音化するのだろう」ということだ.
 しかし,そうは簡単にいかない.というのは,wulf の場合はたまたま男性強変化というグループに属しており,昨日の記事で掲げた屈折表に従うことになっているのだが,wīf は中性強変化というグループに属する名詞であり,古英語では異なる屈折パターンを示していたからだ.以下に,その屈折表を掲げよう.

(中性強変化名詞)単数複数
主格wīfwīf
対格wīfwīf
属格wīfeswīfa
与格wīfewīfum


 中性強変化の屈折パターンは上記の通りであり,このタイプの名詞では複数主格(・対格)形は単数主格(・対格)形と同一になるのである.現代英語に残る単複同形の名詞の一部 (ex. sheep) は,古英語でこのタイプの名詞だったことにより説明できる(「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1]) を参照).とすると,wīf において,単数形の /f/ が複数形で /v/ に変化する筋合いは,当然ながらないことになる./f/ か /v/ かという問題以前に,そもそも複数形で s など付かなかったのだから,現代英語の wives という形態は,上記の古英語形からの「直接の」発達として理解するわけにはいかなくなる.実は,これと同じことが leaf/leaveslife/lives にも当てはまる.それぞれの古英語形 lēaflīf は,wīf と同様,中性強変化名詞であり,複数主格(・対格)形はいわゆる「無変化複数」だったのだ.
 では,なぜこれらの名詞の複数形が,現在では wolves よろしく leaves, lives となっているのだろうか.それは,wīf, lēaf, līf が,あるときから wulf と同じ男性強変化名詞の屈折パターンに「乗り換えた」ことによる.wulf のパターンは確かに古英語において最も優勢なパターンであり,他の多くの名詞はそちらに靡く傾向があった.比較的マイナーな言語項が影響力のあるモデルにしたがって変化する作用を,言語学では類推作用 (analogy) と呼んでいるが,その典型例である(「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1]) を参照).この類推作用により,歴史的な複数形(厳密には複数主格・対格形)である wīf, lēaf, līf は,wīfas, lēafas, līfas のタイプへと「乗り換えた」のだった.その後の発展は,wulfas と同一である.
 ポイントは,現代英語の複数形の wives, leaves, lives を歴史的に説明しようとする場合,wolves の場合ほど単純ではないということだ.もうワン・クッション,追加の説明が必要なのである.ここでは,古英語の「摩擦音の有声化」という音韻規則は,まったく無関係というわけではないものの,あくまで背景的な説明というレベルへと退行する.本音をいえば,昨日と今日の記事の標題には,使えるものならば wolf (sg.)/wolves よりも wife (sg.)/wives (pl.) を使いたいところではある.wife/wives のほうが頻度も高いし,両サイドの有声音が母音という分かりやすい構成なので,説明のための具体例としては映えるからだ.だが,上記の理由で,摩擦音の有声化の典型例として前面に出して使うわけにはいかないのである.英語史上,ちょっと「残念な事例」ということになる.
 とはいえ,wives は,類推作用というもう1つのきわめて興味深い言語学的現象に注意を喚起してくれた.これで英語史の奥深さが1段深まったはずだ.明日は,関連する話題でさらなる深みへ.

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2018-05-08 Tue

#3298. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (1) [sobokunagimon][plural][consonant][oe][phonetics][fricative_voicing][number][v][conjugation][inflection][paradigm]

 標題は,「#1365. 古英語における自鳴音にはさまれた無声摩擦音の有声化」 ([2013-01-21-1]) で取り上げ,「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]) や「#2948. 連載第5回「alive の歴史言語学」」 ([2017-05-23-1]) でも具体的な例を挙げて説明した問題の,もう1つの応用例である.wolf の複数形が wolves となるなど,単数形 /-f/ が複数形 /-vz/ へと一見不規則に変化する例が,いくつかの名詞に見られる.例えば,calf/calves, elf/elves, half/halves, leaf/leaves, life/lives, loaf/loaves, knife/knives, self/selves, sheaf/sheaves, shelf/shelves, thief/thieves, wife/wives などである.これはどういった理由だろうか.
 古英語では,無声摩擦音 /f, θ, s/ は,両側を有声音に挟まれると自らも有声化して [v, ð, z] となる音韻規則が確立していた.この規則は,適用される音環境の条件が変化することもあれば,方言によってもまちまちだが,中英語以降でもしばしばお目にかかるルールである.必ずしも一貫性を保って適用されてきたわけではないものの,ある意味で英語史を通じて現役活動を続けてきた根強い規則といえる.摩擦音の有声化 (fricative_voicing) などという名前も与えられている.
 今回の標題に照らし,以下では /f/ の場合に説明を絞ろう.wolf (狼)は古英語では wulf という形態だった.この名詞は男性強変化というグループに属する名詞で,格と数に応じて以下のように屈折した.

(男性強変化名詞)単数複数
主格wulfwulfas
対格wulfwulfas
属格wulfeswulfa
与格wulfewulfum


 単数主格(・対格)の形態,いわゆる見出し語形では wulf には屈折語尾がつかず,f の立場からみると,確かに左側に有声音の l はあるものの右側には何もないので「有声音に挟まれている」環境ではない.したがって,この f はそのままデフォルトの /f/ で発音される.しかし,表のその他の6マスでは,いずれも母音で始まる何らかの屈折語尾が付加しており,問題の f は有声音に挟まれることになる.ここで摩擦音の有声化規則が発動し,f は発音上 /f/ から /v/ へと変化する.古英語では綴字上 <f> と <v> を使い分ける慣習はない(というよりも <v> の文字が存在しない)ので,文字上は無声であれ有声であれ <f> のままである(文字 <v> の発達については「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1]) を参照).この屈折表の複数主格(・対格)の wulfas が,その後も生き残って現代英語における「複数形」として伝わったわけだ.この複数形では,綴字こそ wolves と書き改められたが,発音上は古英語の /f/ ならぬ /v/ がしっかり残っている.
 このように,古英語の音韻規則を念頭におけば,現代の wolf/wolves の関係はきれいに説明できる.現代英語としてみると確かに「不規則」と呼びたくなる関係だが,英語史を参照すれば,むしろ「規則的」なのである.このような気づきこそが,英語史を学ぶ魅力であり,英語史の奥深さといえる.
 しかし,英語史の奥深さはここで止まらない.上の説明で納得して終わり,ではない.ここから発展してもっとおもしろく,不可思議に展開していくのが英語史である.新たな展開については明日以降の記事で.

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2018-05-03 Thu

#3293. 古英語の名詞の性の例 [oe][gender][noun][hel_education]

 英語史の授業などで,古英語にも文法性 (grammatical gender) があったと知ると驚く学生が多い.現代英語は印欧語族の諸言語のなかでも珍しく文法性を欠いており,むしろ例外的な言語なのだが,ふだん現代英語のみを相手にしていると,その事実に気づかない.印欧語族の大多数の言語が文法性をもっていることは,「#487. 主な印欧諸語の文法性」 ([2010-08-27-1]) で明らかである.そして,古英語もそのような「普通の」印欧語の1つだった.
 古英語の名詞の性には,男性 (masculine),女性 (feminine),中性 (neuter) の3つがあった.語形により性の判断が付く場合も確かにあるが,原則として共時的には予測可能性は高くない.意味の基準は多少役に立つ場合があり,稀な例外(wīf "woman" が中性名詞で,wīfmann "woman" が男性名詞など)はあるものの,通常,男性を表わす名詞は男性名詞だし,女性を表わす名詞は女性名詞である.どの程度,古英語の名詞の性が予測できるのか,できないのかは,ランダムに掲げた以下の例を参照されたい.

MasculineFeminineNeuter
ǣsc "ash tree"bōc "book"ǣġ "egg"
brōðor "brother"beadu "battle"ċild "child"
cyning "king"benċ "bench"corn "grain"
dōm "doom"clǣnness "cleanness"ēage "eye"
enġel "angel"cwēn "queen"ġeat "gate"
feoh "money"dǣd "deed"hēafod "head"
hæle(þ) "warrior"dohtor "daughter"hūs "house"
here "army"ġiefu "gift"lamb "lamb"
hrōf "roof"hand "hand"land "land"
mann "man"hnutu "nut"mæġþ "maiden"
nama "name"lenġu "length"scēap "sheep"
stān "stone"sāwol "soul"scip "ship"
sunu "sun"sorg "sorrow"searu "skill"
wealh "foreigner"strengþ "strength"þing "thing"
wīfmann "woman"tunge "tongue"wīf "woman"


 関連して,「#28. 古英語に自然性はなかったか?」 ([2009-05-26-1]),「#2853. 言語における性と人間の分類フェチ」 ([2017-02-17-1]),「#1135. 印欧祖語の文法性の起源」 ([2012-06-05-1]) もどうぞ.

Referrer (Inside): [2024-02-05-1] [2020-05-18-1]

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2018-04-15 Sun

#3275. 乾杯! wassail [be][etymology][oe][bible][imperative][old_norse]

 4月は新歓の季節ということで,この話題.wassail /ˈwɒseɪl, ˈwɑːsl/ という語は,名詞として「(主にクリスマスの)祝いの酒」を,動詞として「酒盛りをする;酒で祝う」を意味する.ここには,今はなき be 動詞の命令形が化石的に埋め込まれている(Crystal 21 を参照).
 古英語での乾杯の挨拶は,相手が単数の場合には wes hal "(you (sg.)) be in good health",相手が複数の場合には wesað hale "(you (pl.)) be in good health" と言った.weswesað は,現在では使われていない be 動詞の一種 wesan の2人称命令形(それぞれ単数と複数)である(cf. 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])).hal(e) は,現代英語で「健全な;健康な」を表わす wholehale の古英語形であり,「万歳」という呼びかけに対応する hail とも同根である(cf. 「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1])).古英語のウェストサクソン福音書では,Luke 1.28 で天使がマリアに対して Hal wes ðu と挨拶する箇所がある.
 中英語では wesan 系列の be 動詞の命令形は消失していったが,くだんの乾杯の表現は wassail として固定化した状態で生き残った.なお,wassail に対する返しの挨拶は,drinkhail である.
 古ノルド語にも同種の表現 ves heill があり,英語表現の語源説としてはむしろこの古ノルド語形の影響が大きいとされるが,現在は wassail はいかにも伝統的なイギリス風の乾杯の仕方として知られている.

 ・ Crystal, David. The Story of Be. Oxford: OUP, 2017.

Referrer (Inside): [2019-10-09-1] [2019-10-04-1]

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2018-04-10 Tue

#3270. mother tongue は複合語ではなく名詞句だった? [compound][genitive][inflection][oe][relationship_noun]

 「#2654. a six-foot mana ten-mile drive に残る(残っていない?)古英語の複数属格形」 ([2016-08-02-1]) で触れたように,現代英語では無屈折形にみえるものの,それはかつての屈折形が音の弱化・消失を経た結果の形態であるというような例が,ときに確認される.a six-foot manfootwhilom, seldom,そして Lady Chapel, ladybird などにおける第1要素 lady.いずれも一見すると屈折などしていない裸の形態とみえるが,それぞれかつての複数属格形,複数与格形,単数属格形に由来する.いずれも後に語尾が弱まったり失われたりして,結果的に無屈折形であるかのようにとらえられるようになったものである.
 最近,mother tongue (母語)もそのような例の1つらしいと知った.現代英語では複合語という認識だが,語源的には第1要素 mother はこのままで単数属格形だという.つまり,現代英語の発想で置き換えれば,まさに "mother's tongue" と言っているようなものだったのだ.「#703. 古英語の親族名詞の屈折表」 ([2011-03-31-1]) でみたように,mother は特殊な屈折をする女性名詞の1つで,単数主格形 mōdor と同形で単数属格形ともなりうる.mother tongue という表現の初例は,中英語後期の Wyclif に moder tonge として出現し,ほぼ同じ時期に modir langage も現われている.これらの形態が,遠く古英語の無屈折形を反映・踏襲しているというわけだ.また,近現代的な明確な属格語尾を伴った modiris langage も同時期に文証されていることを付け加えておこう.
 とはいうものの,気になる点がある.これらの "mother" が,古英語の無変化の属格形に遡ると言える積極的な根拠は何だろうか.中英語で初出した当初から,現代英語と同じ感覚で,複合語としてとらえられたという可能性はないのだろうか.上記のように modiris langage が併存していたということは,議論の1つのポイントになるかもしれないが,確言できるほど強い根拠はないようにも思われる.OED でも,属格形に由来するという解釈には "Probably" が添えられている.この辺りは,後期中英語の複合語形成のパターンについてよく学ばないと,判断できなさそうだ.

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2018-04-03 Tue

#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか? [sobokunagimon][old_norse][standardisation][loan_word][borrowing][medium][oe][eme]

 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1]) でも取り上げた話題だが,改めてこの問題について考えてみたい.
 現代英語の語彙には古ノルド語からの借用語が多数含まれている.その歴史的背景としては,9世紀後半以降に古ノルド語を母語とするヴァイキングがイングランド北部・東部に定住し,そこで英語話者と混じり合ったという経緯がある.しかし,そこで借用されたはずの多くの古ノルド語からの単語が文献上に初めて現われるのは,ヴァイキングの定住が進んだ古英語後期においてではなく,少なからぬ時間を空けた初期中英語期以降,とりわけ13世紀以降のことなのである.歴史的状況から予想される借用年代と実際に文証される年代との間にギャップがあるというこの問題は,英語史でもしばしば取り上げられるが,その理由は一般的に次のように考えられている(Blake, p. 92 より).

It is a feature of the history of the English language that there are a considerable number of Old Norse loans in the language, but the appearance of these loans in writing occurs mainly from the thirteenth century onwards and not from the pre-Conquest period which is when the Viking invasions and settlements occurred. The usual explanation for this is as follows. Most Old English literature which has survived is written in the West Saxon dialect, and the dialect represents those areas of England which were least affected by the Scandinavian invasions and settlements. Hence Scandinavian influence in these areas cannot have been very significant. Even in those areas where the Danes had settled, they continued to live in their own communities and would only gradually have become absorbed among the Anglo-Saxon population. This implies that the new settlers were for a long time regarded as foreigners and no attempt was made to assimilate them. Consequently the introduction of Old Norse words into English was delayed in the Anglian dialects, and their southward drift would be even later than that. It is hardly surprising in this view that words of Scandinavian origin are not found in English in any numbers until the thirteenth century.


 つまり,ヴァイキングは確かにイングランド北部・東部にしたが,必ずしもすぐには先住のアングロサクソン人と混じり合ったわけではなく,語彙借用を含めた言語的な融合は案外遅かったというわけだ.また,後期古英語の文献として残っているものの多くはイングランド南西部 West Saxon の方言で書かれているため,ヴァイキングの言語的影響は古英語期中には文証されにくいのだという.
 しかし,Blake (93--94) はこの一般的な見解が本当に正しいかどうかは非常に怪しいとみている.

The continuity of West Saxon as Standard Old English would have discouraged the adoption of new words from other varieties and even from other languages. The tenth-century reforms were a continuation of the policies introduced by Alfred, and it is not surprising that the attitude towards standardisation and conservatism should have become more rigid as the standard grew in importance.


 Blake の考え方はこうだ.話し言葉のレベルでは,歴史的経緯から自然に予想されるとおり,古ノルド語からの借用語の多くがすでに後期古英語期に入っていた.しかし,標準的で保守的な West Saxon 方言の書き言葉においては,口語的で略式的な響きをもつ当時の新語ともいうべき古ノルド語借用語を使用することはふさわしくないと考えられ,排除されたのではないか.つまり,人々の口からは発せられていたが,文章には反映されなかったということではないか.
 書き言葉の保守性はよく知られた事実だが,さらに標準的な書き言葉ともなればますます保守的になるということは,確かに考えられる.

 ・ Blake, N. F. A History of the English Language. Basingstoke: Macmillan, 1996.

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2018-03-31 Sat

#3260. 古英語における標準化 [oe][standardisation][orthography][lexicology]

 古英語について標準化 (standardisation) を論じる際に主たる話題となるのは,(1) 初期古英語の "Early West Saxon" あるいは "Alfredian Old English" の正書法,(2) 後期古英語の "Late West Saxon", "Ælfrician Old English" あるいは "Standard Old English" の正書法,(3) "Winchester vocabulary" の3点だろうか.そのほかにも,"Mercian literary language" なども標準化という項目のもとで扱い得る話題かもしれない.
 これらの古英語の「標準語」は,「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1]) や「#3209. 言語標準化の7つの側面」 ([2018-02-08-1]) で紹介した Haugen や Milroy and Milroy の標準化の理論的な基準に照らしてみれば,あくまで限定的な意味での「標準語」にすぎないとはいえるだろう.例えば Late West Saxon が古英語の標準語(少なくとも正書法において)であるという捉え方が一般的になっているが,それは Haugen のいう Selection の段階を経た程度に過ぎず,Codification, Elaboration, Acceptance という側面についてはほぼ何も関わっていない.厳密にいうのであれば,「標準語」などではないということになる.Late West Saxon については,正書法ではなく,むしろ屈折形態論における標準(化)を論じるほうが適切ではないかという意見もある (Kornexl 231) .
 しかし,英語史全体の流れのなかで標準化を考える上では,やはり古英語の状況も比較対象として押さえておくのがよい.例えば,初期古英語の Early West Saxon と後期古英語の Late West Saxon については,それぞれ正書法上の限定的な標準化を論じることができるが,両者の間には必ずしも通時的な連続性はないとされている点は重要である (Kornexl 230) .また,中英語後期から発達する標準語も,これらの古英語の標準語のいずれとも連続性がない.つまり,英語の標準化は,歴史上,独立して何度か生じている.
 語彙に関する古英語の標準化の事例としては,"Winchester vocabulary" が挙げられる.10--11世紀に "Winchester group/circle" と名付けられた学派が Winchester に集って書いた文章のなかに,策定されたとおぼしき一定の語彙が確認される.その学派のなかで最も典型的な著者は Ælfric であり,彼のテキストにおいては "Winchester vocabulary" の採用率は98.3%にも上るという.この標準的語彙の起源がどこにあるのかについては議論があるが,ラテン語テキストからの古英語翻訳の際に訳語として定着したものが多いということが言われている.したがって,ある意味では外からの圧力による標準化の事例ということになろうか.

 ・ Kornexl, Lucia. "Standardization." Chapter 12 of The History of English. Vol. 2. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin/Boston: De Gruyter, 2017. 220--35.

Referrer (Inside): [2022-01-07-1] [2020-04-22-1]

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