「口;口状のもの」を意味する mouth /maʊθ/ の周辺の話題をあれこれと.
語源は古英語 mūþ (口)である.さらに遡れば印欧語根 *men- (to project) に遡り,口のことを突き出した体の部位ととらえたことに由来する.印欧語根にみられる *n は,古英語にかけて摩擦音の前で脱落したために残っていないが,対応するドイツ語 Mund (口)には残っている.同じ印欧語根からはフランス語を経由して mount (登る),mountain/Mt. 「山」なども派生している.
mouth には動詞として「もぐもぐ言う;口先だけで言う」の意味もある.14世紀に名詞から品詞転換 (conversion) してできたもので,当初は「しゃべる」ほどの語義だった.
なお,動詞としての発音は語末の摩擦音が有声化して /maʊð/ となることに注意.mouth 以外にも,th が名詞では無声音,動詞では有声音となる語は少なくない (ex. bath -- bathe, breath -- breathe, cloth -- clothe, sooth -- soothe, tooth -- teethe) .実はこの現象は th に限らず f や s など他の摩擦音にも見られる.「#2223. 派生語対における子音の無声と有声」 ([2015-05-29-1]) を参照.
mouth の th が有声化するのは動詞用法の場合だけではない.名詞として複数形となる場合にも mouths /maʊðz/ のように有声化するので要注意である(ただし無声で発音される /maʊθs/ がまったくないわけではない).同様に baths, oaths, paths, truths, youths などでも /-ðz/ と発音されることが多い.詳しくは「#702. -ths の発音」 ([2011-03-30-1]) を参照.
mouth について注目したい聖書由来のイディオムとして out of the mouths of babes (and sucklings) がある."Out of the mouth of babes and sucklings hast thou ordained strength because of thine enemies, that thou mightest still the enemy and the avenger" (The Book of Psalms 8:2) に由来する表現だが,現在では子供から思いがけず発せられる鋭い言葉をユーモラスに指す表現となっている.
英語の mouth も日本語の「口」も,体の部位を表す身近な単語として両言語で意味拡張の様子がよく似ている。例えば,日本語の「河口」「噴火口」「洞穴の口」といった「口」のメタファーは,英語でも the mouth of a river/volcano/cave というようにそのまま対応する.一方,「口が悪い」「口を閉じる」は a foul mouth, shut one's mouth にそのまま対応するメトニミーである.
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