2重否定 (double_negative) ,あるいはより一般的に多重否定 (multiple negative) は,規範文法において断罪されてきた最たる項目である(cf. 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1])).歴史的にいえば,形式としては古英語から知られており,意味・機能としては否定辞が偶数個あろうが奇数個あろうが,常に通常の(あるいは強調された)「否定」だった.否定辞が偶数個ある場合に,打ち消しあって「肯定」という論理学的な発想など,もともとなかったのである.しかし,「理性の時代」である18世紀にブームとなった規範主義 (prescriptivism) とそれを体現した規範文法書 (prescriptive_grammar) により,2重否定は突如として英語世界のスターダムにのし上がったとされる.
その最初の仕掛け人は,An Essay Towards a Practical English Grammar (1711) を著わした James Greenwood である.かの Benjamin Franklin も独習したという,規範文法時代初期の文法書である (cf. 「#2904. 英語史における Benjamin Franklin の役割」 ([2017-04-09-1])).こちらの1753年版 でいうところの p. 182 にて "Two Negatives, or two Adverbs of Denying, do in English affirm." と述べられている.
その後,この Greenwood の「屁理屈」は他の規範文法家にもコピーされ,現代の学校文法にまで消しがたい痕跡を残すことになった.しかし,改めて強調しておくが,Greenwood の時代はもちろん,その前後の時代においても,2重否定は純然たる否定を意味するのに常用されてきた表現である.非難される表現でもなければ,逆に推奨される表現でもなく,ニュートラル,かつ話題に取り上げられることもないほどに平凡な表現にすぎなかった.それが,Greenwood (とその追随者)による屁理屈な一言で,ネガティヴな価値を付されたというのも,理性の時代の出来事とはいえ不思議である.Horobin (64) も同じ趣旨で,この問題の屁理屈さを訴えている.
As is usual in such works, no support for the claim is offered; it is certainly not based on practice, since double negatives had been common since Old English. A famous instance appears in Geoffrey Chaucer's description of the knight in the Canterbury Tales, who 'nevere yet no vileynye [evi] ne sayde . . . unto no maner wight [person].' Since there are four negatives here (nevere, no, ne, no) a prescriptivist might be inclined to claim that Chaucer is signalling the knight's rudeness, but this is self-evidently not the implication; the incremental build-up of negatives is intended to underline the knight's purity of speech and good manners.
This is not just a quirk of the English language; multiple negation as a form of reinforcement is found in other languages, like French, where 'je ne veux rien' uses both the negative ne and rien 'nothing'---'I don't want nothing'.
ただし,上で「Greenwood (とその追随者)による屁理屈な一言で」断罪されたと述べたものの,これとは異なる見解 --- 当時までに2重否定の使用は下火になっていたのではないか --- も提出されていることを付言しておきたい.これについては「#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由」 ([2017-07-13-1]) を参照.
・ Horobin, Simon. How English Became English: A Short History of a Global Language. Oxford: OUP, 2016.
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