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最終更新時間: 2024-04-23 15:39

2014-08-25 Mon

#1946. 機能的な観点からみる短化 [shortening][clipping][word_formation][morphology][function_of_language][style][semantics][semantic_change][euphemism][language_change][slang]

 shortening (短化)という過程は,言語において重要かつ頻繁にみられる語形成法の1つである.英語史でみても,とりわけ現代英語で shortening が盛んになってきていることは,「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]) で確認した.関連して,「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#894. shortening の分類 (2)」 ([2011-10-08-1]) では短化にも様々な種類があることを確認し,「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1102. Zipf's law と語の新陳代謝」 ([2012-05-03-1]) では情報伝達の効率という観点から短化を考察した.
 上記のように,短化は主として形態論の話題として,あるいは情報理論との関連で語られるのが普通だが,Stern は機能的・意味的な観点から短化の過程に注目している.Stern は,「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]) で示したように,短化を意味変化の分類のなかに含めている.すべての短化が意味の変化を伴うわけではないかもしれないが,例えば private soldier (兵卒)が private と短化したとき,既存の語(形容詞)である private は新たな(名詞の)語義を獲得したことになり,その観点からみれば意味変化が生じたことになる.
 しかし,private soldier のように,短化した結果の語形が既存の語と同一となるために意味変化が生じるというケースとは別に,rhinocerosrhino, advertisementad などの clipping (切株)の例のように,結果の語形が新語彙項目となるケースがある.ここでは先の意味での「意味変化」はなく意味論的に語るべきものはないようにも思われるが,rhinocerosrhino の意味の差,advertisementad の意味の差がもしあるとすれば,これらの短化は意味論的な含意をもつ話題ということになる.
 Stern (256) は,短化を形態的な過程であるとともに,機能的な観点から重要な過程であるとみている.実際,短化の原因のなかで最重要のものは,機能的な要因であるとまで述べている.Stern (256) の主張を引用する.

Starting with the communicative and symbolic functions, I have already pointed out above . . . that brevity may conduce to a better understanding, and too many words confuse the point at issue; the picking out of a few salient items may give a better idea of the topic than prolonged wallowing in details; the hearer may understand the shortened expression quicker and better.
   The expressive function is partly covered by signals, but a shortened expression by itself may, owing to its unusual and perhaps ungrammatical, form, reflect better the speaker's emotional state and make the hearer aware of it. Clippings are very often intended to make the words express sympathy or endearment towards the persons addressed; nursery speech abounds in nighties, tootsies, etc., and clippings of proper names, transforming them into pet names, are often due to a similar desire for emotive effects . . . . The numerous shortenings (clippings) in slang and cant often aim at a humourous effect.
   Conciseness and brevity increase vivacity, and thus also the effectiveness of speech; brevity is the soul of wit; the purposive function may consequently be better served by shortened phrases.


 形態論や情報理論のいわば機械的な観点から短化をみるにとどまらず,言語使用の目的,表現力,文体といった機能的な側面から短化をとらえる洞察は,Stern の面目躍如たるところである.形態を短化することでむしろ新機能が付加される逆説が興味深い.
 引用の文章で言及されている婉曲表現 nighties と関連して,「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) 及び「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) も参照されたい.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-08-14 Thu

#1935. accommodation theory [accommodation_theory][audience_design][sociolinguistics][variation][style]

 昨日の記事で取り上げた「#1934. audience design」 ([2014-08-13-1]) は,accommodation_theory と呼ばれるより一般的な理論から派生した仮説である.accommodation_theory についてはこれまでにもいくつかの記事で言及してきたが,今回は改めて考えてみたい.まずは,Trudgill (3) の用語辞典より説明を引用する.

accommodation The process whereby participants in a conversation adjust their accent, dialect or other language characteristics according to the language of the other participant(s). Accommodation theory, as developed by the British social psychologist of language, Howard Giles, stresses that accommodation can take one of two major forms: convergence, when speakers modify their accent or dialect, etc. to make them resemble more closely those of the people they are speaking to; and, less usually, divergence, when, in order to signal social distance or disapproval, speakers make their language more unlike that of their interlocutors. Accommodation normally takes place during face-to-face interaction.


 一言でいえば,話し手が聞き手を意識して話し方を選ぶという理論である.とりわけ,話し方を聞き手に合わせるか,逆に聞き手とは異なる方向へシフトするかを選ぶ理論といってもよい.(昨日取り上げた audience design は,聞き手 (audience) を,狭義の聞き手,傍聴人,偶然聞く人,盗み聞く人へと細分化し,それらを序列化した関連仮説である.)
 Wales の Cardiff の旅行代理店での事例が有名である.代理店社員が,小学校の先生,秘書,掃除夫など様々な社会階層の客と,旅の手配について電話で話している.N. Coupland がこの会話を録音して分析したところ,代理店社員は客の話し方に合わせて話す傾向があることを発見した.具体的には,母音間の /t/ が [t] と実現されるか有声化した [d] と実現されるかの違いとして現われた.Cardiff では母音間の /t/ は,社会階級の高くない人々では有声化した [d] で実現されることが多い.代理店社員は中流階級に属し,通常約25%の割合で [d] と発音していたが,[d] の比率が約75%の客と話すときには,その割合が約70%に達した.逆に,[d] の比率が約10%の客と話すときには,その割合が約10%に下がったという.代理店社員の [t] か [d] かの選択は,聞き手に合わせて行なわれていたのである.この事例は発音についての accommodation を示すものだが,単語,内容,ポーズ,話す速度,話の長さ,文法,非言語行動を含めた多くの項目についても同様の accommodation が生じると考えられる.
 accommodation にはいくつかの種類が区別される.上記の例でも,客に合わせて威信の高い [t] の方向へ合わせる "upward convergence" もあれば,客に合わせて威信の低い [d] の方向へ合わせる "downward convergence" もあった.前者の他の例としては,子供が友達の親と話すときに丁寧で標準的な言葉遣いになるケースが挙げられる.後者の他の例としては,子供に対して話しかけるときに子供言葉へ切り替えるケースや,日本語母語話者が非母語話者に対して不自然に易しい日本語で話しかけるときの "foreigner talk" が挙げられる.
 以上は,方向性の違いはあれ,いずれも相手に話し方を合わせる convergence の例だが,逆に相手と話し方を違える divergence の例もある.同一視されたくない相手,距離をおきたい相手と話すときには,話し方もできるだけ違えようとすることがある.よく知られている例は,ウェールズ語話者に対する実験である.最初,RP を話す面接官に対し,ウェールズ語話者は面接官の RP に近づけた威信のある発音で話していた.ところが,面接官がウェールズ語に対して侮蔑的な発言をするや,そのウェールズ語話者は,RP から離れた発音で英語を話し出した.これは,面接官に対する被験者の不信や嫌悪,距離を置きたいという心理が反映された負の accommodation の事例である.また,divergence は,流ちょうな2言語使用者が,援助を得るためなど何らかの利益のために,状況によって片方の言語があまり上手に話せないかのように振る舞うときにも見られる.話者は,相手の話し方に合わせるだけではなく,そこから逸脱することによって,何らかの社会的行動をなしているのだ.
 話し言葉のみならず書き言葉でも accommodation は観察される.例えば,敬語体系のない英語から敬語体系のある日本語への翻訳において,敬語表現が追加されたりされなかったりするのは,訳者の日本語読者への accommodation を反映している.
 accommodation は一種の戦略であるから,狙いが失敗することもある.話し方を相手に合わせる convergence を狙っても,相手にそれが伝わらなかったり,逆に divergence と受け取られることすらあり得る.例えば,イギリスのある町で,インド人移民が白人社会に受け入れられたいがために白人の英語変種に似せた発音で話したところ,それは白人にとって威信のない変種だったので,むしろ煙たがられたという.話し手による主観的 accommodation と聞き手による客観的 accommodation とが食い違ってしまったケースである.
 以上,東 (110--21) を参照して執筆した.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

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2014-08-13 Wed

#1934. audience design [communication][language_change][sociolinguistics][audience_design][accommodation_theory][variation][style]

 昨日の記事 ([2014-08-12-1]) の最後に,言語変化における聴者の関与について触れた.言語変化は variation のなかからのある一定の選択が社会習慣化したものであると捉えるならば,言語選択における聴者の関与という問題は,言語変化論において重要な話題だろう.話者が聴者を意識して言葉を発するということはコミュニケーションの目的に照らせば自明のように思われるが,従来の言語変化の研究では,言語変化は話者主体で生じるという前提が当然視されてきた経緯があり,聴者は完全に不在とはいわずとも,限定的な役割を担うにすぎなかった.しかし,近年の研究においては聴者の役割が相対的に高まってきている.
 言語学にも諸分野,諸派があるが,例えば社会言語学でも聴者の役割を重視した考え方が現われてきている.その1つに,audience design というものがある.Trudgill の用語辞典に拠ろう.

audience design A notion developed by Allan Bell to account for stylistic variation in language in terms of speakers' responses to audience members i.e. to people who are listening to them. Bell's model derives in part from accommodation theory. (11)


 以下,東 (101--09) により補足して説明する.Allan Bell によって提唱された audience design は,話者が誰に対して注意 (attention) を払いつつ話しているのかによって,その文体的変異を説明しようとする仮説である.この仮説によれば,話し手 (Speaker) は,第一に聞き手 (Addressee) に最大限の注意を払うが,それ以外にも傍聴人 (Auditor),偶然聞く人 (Overhearer),盗み聞く人 (Eavesdropper) にもこの順序で多くの注意を払うものだという.話し手にとってその人が知られているか,認められているか,話しかけられているかという3つのパラメータで分析すると,それぞれ以下のような序列となる.

 知られている認められている話しかけられている
聞き手+++
傍聴人++-
偶然聞く人+--
盗み聞く人---


 喫茶店で1組のカップルとその共通の友人がお茶しているシーンを想定する.カップルの男が女に話しかけるとき,当然ながらその女に注意を払いながら話すだろうが,傍聴人である友人がいる以上,カップル二人きりでいる場合とは異なる話し方をする可能性が高いだろう.話し手にとって,傍聴人の存在も聞き手である女の存在に次いで言葉を選ばせる要因として大きいのである.そこへ,ウェイトレス(偶然聞く人)が注文したお茶を運んできた場合,話し手はこのウェイトレスに聞かれていることを意識した言葉遣いに変わるかもしれない.また,背後にこの3人の会話に耳を傾ける盗聴者(盗み聞く人)がいたとしても,それに気づかない限り,話し手は盗聴者を意識して言葉を選ぶという考えすら及ばないだろう.
 日本語を用いる日常的な場面でも,友人と二人で話しているところに,先生や上司など目上の人がやってくるのに気づくと,敬語を交えた話し方へ切り替えることは珍しくない.また,討論会では,直接話しかけていなくとも,会場の支持を得るべく傍聴者を意識して言葉を選ぶのも普通である.その場に誰がいるのか,またその人にどの程度の注意を払うのかによって,話し手は文体を変える,あるいは変えることを余儀なくされる.その意味で,audience は話し手に言葉を選択させる力をもっていると考えられる.東 (104) 曰く,

オーディエンスはふつう、話し手が話すのを聞くだけの役割、いわば受け身的なものだと思われているが、実はもっと積極的なもので、オーディエンスの持つ役割は思われているよりははるかに大きく、影響力大である。ちょうど役者が劇場で観客の歓声、拍手、あるいは野次に影響されるように、オーディエンスに答える形で、話し手は自分のスタイルを調整していくのだと考える。


 最後に,上の表に示した audience の序列は絶対的なものではないことを付け加えておきたい.討論会の例のように,討論者は相手方の討論者を聞き手として話してはいるものの,もしかするとその聞き手よりも強く意識しているのは,会場にいる傍聴者かもしれないのだ.会場の支持を取り付けるために,むしろ傍聴者に向けて議論していると思われる場合がある.このとき,話し手の払う注意の量は「傍聴人>聞き手」となろう.
 なお,話し手が誰にも何の注意も払わずに話すという場面はあるだろうか.独り言がそれに相当しそうだが,独り言では通常話し手自身を聞き手と想定しているだろう.では,そのような想定すらない独り言はありうるだろうか.口をついてぼそっと出る独り語や,意識せずに出る口癖などが近いかもしれない.独り言について,「#1070. Jakobson による言語行動に不可欠な6つの構成要素」 ([2012-04-01-1]) も参照.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

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2013-05-06 Mon

#1470. macaronic lyric [me][literature][style][bilingualism][register][latin][french][code-switching]

 中英語期の叙情詩には,"macaronic lyric" と呼ばれるものがある.macaronic とは,OALD7 の定義を借りれば "(technical) relating to language, especially in poetry, that includes words and expressions from another language" とあり,「各種言語の混じった;雅俗混交体の」などを意味する.macaronic lyric は,当時のイングランドにおいて日常的には英語が,宮廷ではフランス語が,教会ではラテン語が平行的に行なわれていた多言語使用の状況をみごとに映し出す文学作品である.例として,Greentree (396) に引用されている聖母マリアへの賛美歌の1節を挙げる(校訂は Brown 26--27 に基づく).これは,英語とラテン語が交替する13世紀の macaronic lyric である.

Of on that is so fayr and bright
      velud maris stella
Brighter than the day-is light
      parens & puella
Ic crie to the, thou se to me,
Leuedy, preye thi sone for me
      tam pia,
that ic mote come to the
      maria


 一見すると単なる羅英混在のへぼ詩にも見えるが,Greentree はこれを聖母マリアへの親密な愛着(英語による)と厳格な信仰(ラテン語による)との絶妙のバランスを反映するものとして評価する.気取らない英語と儀礼的なラテン語の交替は,そのまま13世紀の聖母信仰に特徴的な親密と敬意の混合を表わすという.社会言語学や bilingual 研究で論じられる code-switching の文学への応用といえるだろう.
 次の2例は,Greentree (395--96) に引用されている De amico ad amicam と名付けられたラブレターの往信と,Responcio と名付けられたそれへの復信である.英語,フランス語,ラテン語が目まぐるしく交替する.

A celuy que pluys eyme en mounde
Of alle tho that I have found
        Carissima
Saluz ottreye amour,
With grace and joye alle honoure
        Dulcissima


A soun treschere et special
Fer and her and overal
        In mundo,
Que soy ou saltz et gré
With mouth, word and herte free
        Jocundo


 ここでは,英語で嘘偽りのない愛情が表現され,フランス語で慣習的で儀礼的な挨拶が述べられ,ラテン語で警句風の簡潔にして巧みなフレーズが差し込まれている.
 私自身には,これらの macaronic lyric の独特な効果を適切に味わうこともできないし,ふざけ半分の言葉遊びと高い文学性との区別をつけることもできない.bilingual ではない者が code-switching の機微を理解しにくいのと同じようなものかもしれない.だが,例えば日本語でひらがな,カタカナ,漢字,ローマ字などを織り交ぜることで雰囲気の違いを表わす詩を想像してみると,中英語の macaronic lyric に少しだけ接近できそうな気もする.Greentree (396) は次のように評価して締めくくっている.

Fluent harmony is an enjoyable and consistent characteristic of the macaronic lyrics. They seem paradoxically unforced, moving easily between languages in common use, to exploit particular characteristics for effect.


 なお,後に中世後期より発展することになる「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) は,ある意味では macaronic lyric と同じような羅英混合体だが,むしろラテン語かぶれの文体と表現するほうが適切かもしれない.

 ・ Greentree, Rosemary. "Lyric." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 387--405.
 ・ Brown, Carleton, ed. English Lyrics of the XIIIth Century. Oxford: Clarendon, 1832.

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2013-04-29 Mon

#1463. euphuism [style][literature][inkhorn_term][johnson][emode][renaissance][alliteration][rhetoric]

 「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) で,15世紀に発生したラテン借用語を駆使する華麗語法について見た.続く16世紀には,inkhorn_term と呼ばれるほどのラテン語かぶれした語彙が押し寄せた.これに伴い,エリザベス朝の文体はラテン作家を範とした技巧的なものとなった.この技巧は John Lyly (1554--1606) によって最高潮に達した.Lyly は,Euphues: the Anatomy of Wit (1578) および Euphues and His England (1580) において,後に標題にちなんで呼ばれることになった euphuism (誇飾体)という華麗な文体を用い,初期の Shakespeare など当時の文芸に大きな影響を与えた.
 euphuism の特徴としては,頭韻 (alliteration),対照法 (antithesis),奇抜な比喩 (conceit),掛けことば (paronomasia),故事来歴への言及などが挙げられる.これらの修辞法をふんだんに用いた文章は,不自然でこそあれ,人々に芸術としての散文の魅力をおおいに知らしめた.例えば,Lyly の次の文を見てみよう.

If thou perceive thyself to be enticed with their wanton glances or allured with their wicket guiles, either enchanted with their beauty or enamoured with their bravery, enter with thyself into this meditation.


 ここでは,enticed -- enchanted -- enamoured -- enter という語頭韻が用いられているが,その間に wanton glanceswicket guiles の2重頭韻が含まれており,さらに enchanted . . . beautyenamoured . . . bravery の組み合わせ頭韻もある.
 euphuism は17世紀まで見られたが,17世紀には Sir Thomas Browne (1605--82), John Donne (1572--1631), Jeremy Taylor (1613--67), John Milton (1608--74) などの堂々たる散文が現われ,世紀半ばからの革命期以降には John Dryden (1631--1700) に代表される気取りのない平明な文体が優勢となった.平明路線は18世紀へも受け継がれ,Joseph Addison (1672--1719), Sir Richard Steele (1672--1729), Chesterfield (1694--1773),また Daniel Defoe (1660--1731), Jonathan Swift (1667--1745) が続いた.だが,この平明路線は,世紀半ば,Samuel Johnson (1709--84) の荘重で威厳のある独特な文体により中断した.
 初期近代英語期の散文文体は,このように華美と平明とが繰り返されたが,その原動力がルネサンスの熱狂とそれへの反発であることは間違いない.ほぼ同時期に,大陸諸国でも euphuism に相当する誇飾体が流行したことを付け加えておこう.フランスでは préciosité,スペインでは Gongorism,イタリアでは Marinism などと呼ばれた(ホームズ,p. 118).

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ 石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
 ・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.

Referrer (Inside): [2019-02-18-1]

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2013-01-27 Sun

#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査 [sociolinguistics][style][rhotic][causation][language_change]

 昨日の記事「#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査」 ([2013-01-26-1]) で,文体の差による異形態の選択の事例をみた.今回も文体差の別の事例を紹介したい.「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]) と「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1]) で取り上げた,ニューヨーク市における non-prevocalic /r/ の有無の分布についてである.これは Labov による社会言語学調査の成果だが,以下の略述は Trudgill (88--89) に与えられている概要に基づいたものであることを断わっておく.
 Labov は,ニューヨーク市において社会階級と non-prevocalic /r/ の発音の生起率とが相関しているという仮説を立て,それをフィールドワークにより実証した.すなわち,高い階級であればあるほどこの音声環境での /r/ の生起率が高いという./r/ が社会的な威信を結びついているというのだ.次に,Labov は階級別の分析 (Lower Class, Lower Working Class, Middle Working Class, Upper Working Class, Lower Middle Class, Upper Middle Class) と合わせて文体別の分析を試みた.文体の区別は,昨日触れた場合と同様に,(1) 単語リストを読み上げてもらう word-list style (WLS),(2) 文章を読み上げてもらう reading-passage style (RPS),(3) formal speech (FS),(4) casual speech (CS) の4種類である.分析結果は,およそ以下のグラフの通りとなった.

Stylistic Variation of Non-Prevocalic /r/ in New York City


 昨日の Norwich における -in' の調査結果と同様に,全体として,格式ばった文体であればあるほど威信ある /r/ の発音が選ばれる確率が高いことがわかる.ところが,ここには Norwich の場合と異なる,きわめて興味深い点が1つある.Lower Middle Class の word-list style において,予想を上回る /r/ の生起率が確認されることである.対応する Upper Middle Class の生起率を大きく越えて,約60%の高率を示しているのである.これはどのように説明すればよいのだろうか.
 有力な説明は次の通りである.LMC は,一種の上昇志向から,威信ある /r/ の有無に敏感であり,意識的な文体においては上位の UMC よりも /r/ を多く産出するに至るのではないか.さらに仮説を推し進めると,ニューヨーク市の英語共同体全体を /r/ を発音する方向へと牽引しているのは,ほかならぬ LMC ではないかという可能性も出てくる.実際,Labov の研究に端を発するその後の社会言語学の知見によれば,この仮説は概ね支持されてきている.言語変化の源と原動力についての謎が,少しずつ明らかにされてきているといえよう.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2013-01-26 Sat

#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査 [sociolinguistics][style][register]

 「#1363. なぜ言語には男女差があるのか --- 女性=保守主義説」 ([2013-01-19-1]) で,Norwich における -ing の発音に関する Trudgill による社会言語調査を見た.そこでは,標準的な -ing と非標準的な -in' のそれぞれの使用頻度が,階級別および性別にどのように異なるかを表で示した.Trudgill は,この -ing の変異について,ほかにも文体別に調査を行なっているので,それを見ておこう.
 一般に,くだけた会話などの略式的な文体では非標準的な異形が選ばれ,単語を丁寧に読み上げるように要求されるような格式ばった文体では標準的な異形が選ばれる可能性が高いと予想される.そこで,Trudgill は,各社会階級を代表する被験者から,4種類の文体における -in(g) の発音を引き出し,標準形と非標準形の生起率を比べた.4種類の文体とは,最も格式ばったものから順に,(1) 単語リストを読み上げてもらう word-list style (WLS),(2) 文章を読み上げてもらう reading-passage style (RPS),(3) formal speech (FS),(4) casual speech (CS) である.以下は,Trudgill (87) から取った,非標準形 -in' の階級別および文体別の生起率である.さらに,グラフでも表わした.


WLS (%)RPS (%)FS (%)CS (%)
Middle Middle Class00328
Lower Middle Class0101542
Upper Working Class5157487
Middle Working Class23448895
Lower Working Class296698100

Stylistic Variation of (ing) in Norwich

 予想通り,全階級において,略式的な文体であればあるほど,非標準形 -in' の生起率が高い.最も高い階級の最も略式的な文体における値と,最も低い階級の最も格式ばった文体における値が,それぞれ28%と29%でほぼ並んでいるのが注目に値する.いずれかの階級に属する個人であっても,文体に応じて標準形と非標準形を何らかの割合で使い分けているのが普通であることがわかるだろう.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2011-01-09 Sun

#622. 現代英語の文法変化は統計的・文体的な問題 [language_change][grammatical_change][speed_of_change][style][relative_pronoun][interrogative_pronoun][pde_language_change]

 [2011-01-07-1],[2011-01-08-1]で,文法変化が時間をかけて徐々に進行するものであることを述べた.ここから,典型的には,文法変化の観察は少なくとも数世代にわたる長期的な作業ということになる.長期間にわたって文法変化の旧項目が新項目に徐々に取って代わられてゆく速度を計るには,途中のいくつかの時点で新旧項目の相対頻度を調べることが必要になる.ここに,コーパスを利用した統計的な研究の意義が生じてくる.Leech et al. (50) は,通時変化の研究では頻度の盛衰こそが重要であると力説している.

Theorizing about diachronic changes has focused primarily on the processes whereby new forms are initiated and spread, and until recently has paid comparatively little attention to the processes by which the range and frequency of usage contracts, and eventually disappears from the language. . . . one of the message we wish to convey is that frequency evidence is far more important in tracing diachronic change than has generally been acknowledged in the past.


 Leech et al. (8) に引用されている以下の Denison の評も同様の趣旨で統語変化について述べたものだが,多かれ少なかれ形態変化にも当てはまるだろう(赤字は転記者).

Since relatively few categorial losses or innovations have occurred in the last two centuries, syntactic change has more often been statistical in nature, with a given construction occurring throughout the period and either becoming more or less common generally or in particular registers. The overall, rather elusive effect can seem more a matter of stylistic than of syntactic change, so it is useful to be able to track frequencies of occurrence from eModE through to the present day. (Denison 93)


 この引用文の重要な点は,往々にして統語変化が統計的 ( statistical ) な問題であると同時に文体的 ( stylistic ) な問題であることを指摘している点である.例えば,現代英語における疑問代名詞・関係代名詞 whom の衰退は,進行中の文法変化の例としてよく取り上げられるが,格 ( case ) に関する純粋に統語的な問題である以上に,統計的かつ文体的な問題ととらえるべきかもしれない.「統計的」というのは,統語環境による whomwho の区別それ自体は近代英語期以来あまり変化していず,あくまで両者の頻度の盛衰の問題,通時コーパスで盛衰の度合いを確認すべき問題だからである.
 「文体的」というのは,書き言葉と話し言葉の別,またテキストのジャンルによって whom の頻度が大きく異なるからである.格という統語的な区別が前提になっているとはいえ,whom / who の選択には formality という文体的な要素が大きく関わっているということは,もはやこの問題を純粋に統語変化の問題ととらえるだけでは不十分であることを示している.
 whom / who に関わる選択と文法変化については多くの先行研究があるが,現状と参考文献については Leech et al. の第1章,特に pp. 1--4, 12--16 が有用である.

 ・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.
 ・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998. 92--329.

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2010-02-13 Sat

#292. aureate diction [chaucer][style][latin][loan_word][lydgate][aureate_diction]

 英語史におけるラテン語彙の借用については,[2009-05-30-1], [2009-08-19-1], [2009-08-25-1]などの記事で触れた.ラテン借用の量としていえば,[2009-08-19-1]で見たように初期近代英語期が群を抜いている.背景には,ルネッサンス期の古典復興や,自国意識に目覚めた英国民の語彙増強欲求があった.
 しかし,16世紀に始まるラテン借用の爆発は突如として生じたことではない.それを予兆するかのようなラテンかぶれの文体が,aureate diction華麗語法」と呼ばれる形態で15世紀に存在していたのである.

Aureate diction is a self-consciously stylized and highly artificial poetic language designed to enrich vernacular poetic vocabulary by introducing Latin words, mostly from religious sources, into English. (Horobin 92)


 宗教的な主題を扱う作品,特に the Virgin Mary (処女マリア)を話題にした詩に好んで使われる格調高い文体で,大量のラテン語彙の使用がその大きな特徴であった.ただ,利用されたラテン語彙の多くは最終的に英語語彙として組み込まれなかったので,まさに "artificial language" といってよい.この文体の萌芽は早くは Chaucer にもみられるが,もっとも強く結びつけられているのは Chaucer の信奉者であるイングランド詩人 John Lydgate (c1370--1449) やスコットランド詩人 William Dunbar (c1460/65--a1530) である.Dunbar の Ballad of Our Lady の冒頭部分が aureate diction の例としてよく引用される (see also http://www.lib.rochester.edu/Camelot/teams/duntxt1.htm#P4).

Hale, sterne superne! Hale, in eterne,
  In Godis sicht to schyne!
Lucerne in derne, for to discerne
  Be glory and grace devyne;
Hodiern, modern, sempitern,
  Angelicall regyne!
Our tern infern for to dispern
  Helpe, rialest Rosyne!


 まさしく,漢字かな交じり文ならぬ,羅英交じり文である.
 Baugh and Cable は,英語史において aureate diction は "a minor current in the stream of Latin words flowing into English in the course of the Middle Ages" (186) であると消極的な評価をくだしている.しかし,次の時代にやってくるラテン借用の爆発,そしてそこでも借用語彙の多数が後世まで残らなかったという事実を考えるとき,英語史におけるラテン借用に通底する共通項がくくり出せるように思える.

 ・Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007.
 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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