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speed_of_change - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-21 19:03

2016-12-13 Tue

#2787. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (4) [colonial_lag][language_change][speed_of_change]

 アメリカ英語について古風な性質や保守性がしばしば指摘されるが,それはどこまで真実なのか.この問題について,「#1266. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (1)」 ([2012-10-14-1]),「#1267. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (2)」 ([2012-10-15-1]),「#1268. アメリカ英語に "colonial lag" はあるか (3)」 ([2012-10-16-1]),「#1304. アメリカ英語の「保守性」」 ([2012-11-21-1]),「#1738. 「アメリカ南部山中で話されるエリザベス朝の英語」の神話」 ([2014-01-29-1]) などの記事で考えてきた.
 英語史の古典的名著を著わした Baugh and Cable (350) も,colonial_lag という用語こそ用いていないが,アメリカ英語に見られるこの特徴について論じている.「接ぎ木」の比喩がおもしろい.

. . . it has often been maintained that transplanting a language results in a sort of arrested development. The process has been compared to the transplanting of a tree. A certain time is required for the tree to take root, and growth is temporarily retarded. In language, this slower development is often regarded as a form of conservatism, and it is assumed as a general principle that the language of a new country is more conservative than the same language when it remains in the old habitat. In this theory there is doubtless an element of truth. . . . And it is a well-recognized fact in cultural history that isolated communities tend to preserve old customs and beliefs. To the extent, then, that new countries into which a language is carried are cut off from contact with the old, we may find them more tenacious of old habits of speech.

 孤立した地域に古風な言語項が保存されるということは直観的にも理解できるだろう.実際に,「#430. 言語変化を阻害する要因」 ([2010-07-01-1]) で孤立したアイスランドの言語の例や,日本やヨーロッパからは,「#1045. 柳田国男の方言周圏論」 ([2012-03-07-1]) や「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]) で取り上げた例に示される通りである.アメリカ植民においても,特に初期には新しい集落が互いに孤立してポツポツと点在していたのであり,そこでイギリス本国から持ち込まれた語法が変化せず,末永く保たれることになった,ということは十分にありそうである.
 しかし Baugh and Cable は,この後,しばしば言われる「アメリカ英語の保守性」は無批判に受け入れることはできないだろうと慎重に議論を展開している.その議論は,至極まっとうである.アメリカ英語には "colonial lag" として説明できそうな古風な表現が多くあることは認めるにせよ,言語的革新もまた多く生じてきたのであり,一言で「古風」「保守的」と特徴づけて終わらせることはできない.
 やはり "colonial lag" は多分に相対的な概念だと思う.ところで,なぜ「植民地の遅れ」と表現し「宗主国の進み」とは表現しないのだろうか.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2016-12-03 Sat

#2777. 語彙の14年周期説? [lexicology][language_change][speed_of_change][schedule_of_language_change][n-gram][corpus]

 Language trends run in mysterious 14-year cycles と題する記事をみつけた.非常におもしろい.  *
 Marcelo Montemurro と Damián Zanette による調査結果である.2人は「#607. Google Books Ngram Viewer」 ([2010-12-25-1]) とコンピュータ・プログラムを用いて,1700年から2008年の間の常用される名詞の "popularity" の推移を探った.すると,14年周期で英単語の "popularity" が上がっては下がるということが繰り返されていることが分かったという.意味的に関連する語群は盛衰をともにするというパターンも見つかっているし,英語に限らずフランス語,ドイツ語,イタリア語,ロシア語,スペイン語などの言語でも似たような周期が確認されるというから驚きだ.
 では,なぜこのような周期があり,そしてなぜ14年前後という間隔なのか.いくつかの語については,政治を含めた社会的な変化との連動の可能性が指摘されうるが,一般論として,なぜこのような周期があるのかは不明である.もちろん,この周期が無作為変動の誤差の範囲にとどまっているのではないかという疑念は残っており,さらなる調査が必要ではあろう.しかし,もし何らかの要因があるとすれば,それはいったい何なのか.研究者の1人は "an obvious cultural connection" は見られないとしている.

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2016-11-12 Sat

#2756. 読み書き能力は言語変化の速度を緩めるか? [glottochronology][lexicology][speed_of_change][schedule_of_language_change][language_change][latin][writing][medium][literacy]

 Swadesh の言語年代学 (glottochronology) によれば,普遍的な概念を表わし,個別文化にほぼ依存しないと考えられる基礎語彙は,時間とともに一定の比率で置き換えられていくという.ここで念頭に置かれているのは,第一に話し言葉の現象であり,書き言葉は前提とされていない.ということは,読み書き能力 (literacy) はこの「一定の比率」に特別な影響を及ぼさない,ということが含意されていることになる.しかし,直観的には,読み書き能力と書き言葉の伝統は言語に対して保守的に作用し,長期にわたる語彙の保存などにも貢献するのではないかとも疑われる.
 Zengel はこのような問題意識から,ヨーロッパ史で2千年以上にわたり継承されたローマ法の文献から法律語彙を拾い出し,それらの保持率を調査した.調査した法律文典のなかで最も古いものは,紀元前450年の The Twelve Tables である.次に,千年の間をおいて紀元533年の Justinian I による The Institutes.最後に,さらに千年以上の時間を経て1621年にフランスで出版された The Custom of Brittany である.この調査において,語彙同定の基準は語幹レベルでの一致であり,形態的な変形などは考慮されていない.最初の約千年を "First interval",次の約千年を "Second interval" としてラテン語法律語彙の保持率を計測したところ,次のような数値が得られた (Zengel 137) .

 Number of itemsItems retainedRate of retention
First interval685885.1%
Second interval584680.5%

 2区間の平均を取ると83%ほどとなるが,これは他種の語彙統計の数値と比較される.例えば,Zengel (138) に示されているように,"200 word basic" の保持率は81%,"100 word basic" では86%,Swadesh のリストでは93%である(さらに比較のため,一般語彙では51%,体の部位や機能を表わす語彙で68%).これにより,Swadesh の前提にはなかった,書き言葉と密接に結びついた法律用語という特殊な使用域の語彙が,驚くほど高い保持率を示していることが実証されたことになる.Zengel (138--39) は,次のように論文を結んでいる.

Some new factor must be recognized to account for the astonishing stability disclosed in this study . . . . Since these materials have been selected within an area where total literacy is a primary and integral necessity in the communicative process, it seems reasonable to conclude that it is to be reckoned with in language change through time and may be expected to retard the rate of vocabulary change.

 なるほど,Zengel はラテン語の法律語彙という事例により,語彙保持に対する読み書き能力の影響を実証しようと試みたわけではある.しかし,出された結論は,ある意味で直観的,常識的にとどまる既定の結論といえなくもない.Swadesh によれば個別文化に依存する語彙は保持率が比較的低いはずであり,法律用語はすぐれて文化的な語彙と考えられるから,ますます保持率は低いはずだ.ところが,今回の事例ではむしろ保持率は高かった.これは,語彙がたとえ高度に文化的であっても,それが長期にわたる制度と結びついたものであれば,それに応じて語彙も長く保たれる,という自明の現象を表わしているにすぎないのではないか.この場合,驚くべきは,語彙の保持率ではなく,2千年にわたって制度として機能してきたローマ法の継続力なのではないか.法律用語のほか,宗教用語や科学用語など,当面のあいだ不変と考えられる価値などを表現する語彙は,その価値が存続するあいだ,やはり存続するものではないだろうか.もちろん,このような種類の語彙は,読み書き能力や書き言葉と密接に結びついていることが多いので,それもおおいに関与しているだろうことは容易に想像される.まったく驚くべき結論ではない.
 言語変化の速度 (speed_of_change) について,今回の話題と関連して「#430. 言語変化を阻害する要因」 ([2010-07-01-1]),「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]),「#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」 ([2011-07-01-1]),「#1874. 高頻度語の語義の保守性」 ([2014-06-14-1]),「#2641. 言語変化の速度について再考」 ([2016-07-20-1]),「#2670. 書き言葉の保守性について」 ([2016-08-18-1]) なども参照されたい.

 ・ Zengel, Marjorie S. "Literacy as a Factor in Language Change." American Anthropologist 64 (1962): 132--39.

Referrer (Inside): [2018-05-23-1]

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2016-09-30 Fri

#2713. 「言語変化のスケジュール」に関する書誌情報 [schedule_of_language_change][lexical_diffusion][speed_of_change]

 数年来,「言語変化のスケジュール」 (schedule_of_language_change) と自分で名付けた問題に関心をもち続けている.「スケジュール」には,言語変化の速度,経路,拡散の順序,始まるタイミング,終わるタイミングなどの諸相が含まれており,時間軸に沿って観察される言語変化の種々のパターンを広くとらえようとする意図がこめられている.
 語彙拡散 (lexical_diffusion) にまつわる理論的な問題を考え出したことが,言語変化のスケジュールへの関心の出発点だったが,その後,少しずつ文献を集めるなどして理解を深めてきたので,この辺りでいったん書誌情報をまとめておきたい.今後も,これに付け加えていく予定.

 ・ Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996.
 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.
 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.
 ・ Briscoe, Ted. "Evolutionary Perspectives on Diachronic Syntax." Diachronic Syntax: Models and Mechanisms. Ed. Susan Pintzuk, George Tsoulas, and Anthony Warner. Oxford: OUP, 2000. 75--105.
 ・ Britain, Dave. "Geolinguistics and Linguistic Diffusion." Sociolinguistics: International Handbook of the Science of Language and Society. Ed. U. Ammon et al. Berlin: Mouton de Gruyter, 2004.
 ・ Croft, William. Explaining Language Change: An Evolutionary Approach. Harlow: Pearson Education, 2000.
 ・ Denison, David. "Slow, Slow, Quick, Quick, Slow: The Dance of Language Change?" Woonderous Æ#nglissce: SELIM Studies in Medieval English Language. Ed. Ana Bringas López et al. Vigo: Universidade de Vigo (Servicio de Publicacións), 1999. 51--64.
 ・ Denison, David. "Log(ist)ic and Simplistic S-Curves." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 54--70.
 ・ Ellegård, A. The Auxiliary Do. Stockholm: Almqvist and Wiksell, 1953.
 ・ Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.
 ・ Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.
 ・ Hooper, Joan. "Word Frequency in Lexical Diffusion and the Source of Morphophonological Change." Current Progress in Historical Linguistics. Ed. William M. Christie Jr. Amsterdam: North-Holland, 1976. 95--105.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Leaders and Laggers of Language Change: Nominal Plural Forms in -s in Early Middle English." Journal of the Institute of Cultural Science (The 30th Anniversary Issue II) 68 (2010): 1--17.
 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.
 ・ Kroch, Anthony S. "Function and Grammar in the History of English: Periphrastic Do." Language Change and Variation. Ed. Ralph Fasold and Deborah Schiffrin. Current Issues in Linguistic Theory 52. John Benjamins, 1989. 132--72.
 ・ Kroch, Anthony S. "Reflexes of Grammar in Patterns of Language Change." Language Variation and Change 1 (1989): 199--244.
 ・ Labov, William. Principles of Linguistic Change: Internal Factors. Cambridge, Mass.: Blackwell, 1994.
 ・ Lass, Roger. Phonology. Cambridge: CUP, 1983.
 ・ Lass, Roger. Historical Linguistics and Language Change. Cambridge: CUP, 1997.
 ・ Lieberman, Erez, Jean-Baptiste Michel, Joe Jackson, Tina Tang, and Martin A. Nowak. "Quantifying the Evolutionary Dynamics of Language." Nature 449 (2007): 713--16.
 ・ Lightfoot, David W. Principles of Diachronic Syntax. Cambridge: CUP, 1979.
 ・ Lightfoot, David W. "Cuing a New Grammar." Chapter 2 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 24--44.
 ・ Matsuda, K. "Dissecting Analogical Leveling Quantitatively: The Case of the Innovative Potential Suffix in Tokyo Japanese." Language Variation and Change 5 (1993): 1--34.
 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.
 ・ Nevalainen, T. and H. Raumolin-Brunberg. Historical Sociolinguistics. Harlow: Longman, 2003.
 ・ Niyogi, Partha and Robert C. Berwick. "A Dynamical Systems Model of Language Change." Linguistics and Philosophy 20 (1997): 697--719.
 ・ Ogura, Mieko. "The Development of Periphrastic Do in English: A Case of Lexical Diffusion in Syntax." Diachronica 10 (1993): 51--85.
 ・ Ogura, Mieko and William S-Y. Wang. "Snowball Effect in Lexical Diffusion: The Development of -s in the Third Person Singular Present Indicative in English." English Historical Linguistics 1994. Papers from the 8th International Conference on English Historical Linguistics. Ed. Derek Britton. Amsterdam: John Benjamins, 1994. 119--41.
 ・ Ogura, Mieko and William S-Y. Wang. "Evolution Theory and Lexical Diffusion." Advances in English Historical Linguistics. Ed. Jacek Fisiak and Marcin Krygier. Berlin: Mouton de Gruyter, 1998. 315--43.
 ・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and the Actuation of Sound Change." Language 60 (1984): 320--42.
 ・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and Lexical Diffusion in English Stress Shifts." Germanic Linguistics. Ed. Richard Hogg and Linda van Bergen. Amsterdam: John Benjamins, 1998. 223--32.
 ・ Ritt, Nikolaus. "How to Weaken one's Consonants, Strengthen one's Vowels and Remain English at the Same Time." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 213--31.
 ・ Rogers, Everett M. Diffusion of Innovations. 5th ed. New York: Free Press, 1995.
 ・ 真田 治子 「言語変化のS字カーブの計量的研究――解析手法と分析事例の比較」 日本言語学会第137回大会公開シンポジウム「言語変化のモデル」ハンドアウト 金沢大学,2008年11月30日.
 ・ Sapir, Edward. Language: An Introduction to the Study of Speech. New York: Harcourt, Brace and Company, 1921.
 ・ Schlüter, Julia. "Weak Segments and Syllable Structure in ME." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 199--236.
 ・ Schuchardt, Hugo. Über die Lautgesetze: Gegen die Junggrammatiker. 1885. Trans. in Shuchardt, the Neogrammarians, and the Transformational Theory of Phonological Change. Ed. Theo Vennemann and Terence Wilbur. Frankfurt: Altenäum, 1972. 39--72.
 ・ Sherman, D. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of the Lexical Diffusion of Sound Change in English." Linguistics 159 (1975): 43--71.
 ・ 園田 勝英 「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」『The Northern Review (北海道大学)』,第12巻,1984年,47--57頁.
 ・ Swadesh, Morris. "Lexico-Statistic Dating of Prehistoric Ethnic Contacts: With Special Reference to North American Indians and Eskimos." Proceedings of the American Philosophical Society 96 (1952): 452--63.
 ・ Wang, William S-Y. "Competing Changes as a Cause of Residue." Language 45 (1969): 9--25. Rpt. in Readings in Historical Phonology: Chapters in the Theory of Sound Change. Ed. Philip Baldi and Ronald N. Werth. Pennsylvania: Pennsylvania State UP, 1977. 236--57.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.

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2016-08-07 Sun

#2659. glottochronology と lexicostatistics [glottochronology][lexicology][statistics][terminology][speed_of_change][frequency]

 言語学の分野としての言語年代学 (glottochronology) と語彙統計学 (lexicostatistics) は,しばしば同義に用いられてきた.だが,glottochronology の創始者である Swadesh は,両用語を使い分けている.私自身も「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) の記事で,両者は異なるとの前提に立ち,「glottochronology (言語年代学)は,アメリカの言語学者 Morris Swadesh (1909--67) および Robert Lees (1922--65) によって1940年代に開かれた通時言語学の1分野である.その手法は lexicostatistics (語彙統計学)と呼ばれる.」と述べた.今回は,この用語の問題について考えてみたい.
 人類言語学者・社会言語学者の Hymes (4) は Swadesh に依拠しながら,両用語の区別を次のように理解している.

   The terms "glottochronology" and "lexicostatistics" have often been used interchangeably. Recently several writers have proposed some sort of distinction between them . . . . I shall now distinguish them according to a suggestion by Swadesh.
   Glottochronology is the study of rate of change in language, and the use of the rate for historical inference, especially for the estimation of time depths and the use of such time depths to provide a pattern of internal relationships within a language family. Lexicostatistics is the study of vocabulary statistically for historical inference. The contribution that has given rise to both terms is a glottochronologic method which is also lexicostatistic. Glottochronology based on rate of change in sectors of language other than vocabulary is conceivable, and lexicostatistic methods that do not involve rates of change or time exist . . . .
   Lexicostatistics and glottochronology are thus best conceived as intersecting fields.

 つまり,glottochronology と lexicostatistics は本来別物だが,両者の重なる部分,すなわち語彙統計により言語の年代を測定する部門が,いずれの分野にとっても最もよく知られた部分であるから,両者が事実上同義となっているということだ.ただし,Swadesh から80年近く経った現在では,lexicostatistics は,電子コーパスの発展により言語の年代測定とは無関係の諸問題をも扱う分野となっており,その守備範囲は広がっているといえるだろう.
 上で引用した Hymes の論文は,言語における "basic vocabulary" とは何か,という根源的かつ物議を醸す問題について深く検討を加えており,一読の価値がある."basic vocabulary" は,commonness (or frequency), universality (of semantic reference), (historical) persistence のいずれかの属性,あるいはその組み合わせに基づくものと概ね受け取られているが,同論文はこの辺りの議論についても詳しい.基本語彙の問題については,「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) や「#1965. 普遍的な語彙素」 ([2014-09-13-1]) の記事で直接に扱ったほか,「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]),「#1089. 情報理論と言語の余剰性」 ([2012-04-20-1]),「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1497. taboo が言語学的な話題となる理由 (2)」 ([2013-06-02-1]),「#1874. 高頻度語の語義の保守性」 ([2014-06-14-1]),「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1]),「#1970. 多義性と頻度の相関関係」 ([2014-09-18-1]) なの記事で関与する問題に触れてきたので,そちらも参照されたい.

 ・ Hymes, D. H. "Lexicostatistics So Far." Current Anthropology 1 (1960): 3--44.

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2016-08-03 Wed

#2655. PC言語改革の失敗と成功 [political_correctness][language_change][prescriptivism][gender_difference][semantic_change][language_planning][speed_of_change]

 政治的に公正な言語改革 ("politically correct" language reform) は,1970年代以降,英語の世界で様々な議論を呼び,実際に人々の言葉遣いを変えてきた.その過程で "political_correctness" という表現に手垢がついてきて,21世紀に入ってからは,かぎ括弧つきで表わさないと誤解されるほどまでになってきている."PC" という用語は意味の悪化 (semantic pejoration) を経たということであり,当初の言語改革への努力を指示するものとしてではなく,あまりに神経質で無用な言葉遣いを指すものとしてとらえられるようになってしまった.代わりの用語としては,性の問題に関する限り,"nonsexist language reform" という表現を用いておくのが妥当かもしれない.
 "PC" が嘲りの対象にまで矮小化されたのは,多くの人々がその改革の「公正さ」に胡散臭さを感じたためであり,その検閲官風の態度に自由を脅かされる危機感を感じたためだろう.Curzan (114) は,現在PC言語改革が低く評価されていることに関して,その背景を次のように指摘している.

Politically correct language and the efforts to promote it are regularly ridiculed in the public arena. Fabricated language reforms such as personhole cover for manhole cover and vertically challenged for short are held up as symptomatic of the movement's excesses. I call these fabricated because I have never actually heard any advocate of nonsexist language reform seriously propose personhole cover or anyone proposing any kind of language reform make a serious case for vertically challenged. Yet they can show up side by side with more common, even at this point mainstream reforms such as Native American for Indian, African American for Black. If Urban Dictionary provides a snapshot of attitudes about the term political correctness, the term's negative connotations have gone beyond silly and unnecessary and now include manipulative, harmful, and silencing. The first definition in Urban Dictionary in Fall 2012 (which means it had the best ratio of thumbs up to thumbs down) read: "Organized Orwellian intolerance and stupidity, disguised as compassionate liberalism." It goes on to note: "Political correctness is most well known as an institutional excuse for the harassment and exclusion of people with differing political views." Subsequent definitions link politically correct language to censorship and "the death of comedy."

 PC言語改革の高まりによって言葉遣いに関して何が変わったかといえば,新たな語句が生まれたということ以上に,個人がそのような言葉遣いを選ぶという行為そのものに政治的色彩がにじまざるを得なくなったということが挙げられる.一々の言語使用において,PC term と non-PC term の選択肢のいずれを採用するかという圧力を感じざるを得ない状況になってしまった.個人は中立を示す方法を失ってしまったといってもよい.Curzan (115) 曰く,"Politically correct language efforts force speakers to confront the fact that words are not neutral conveyors of intended meaning; words in and of themselves carry information about speaker attitudes and much more. Politically correct language asks speakers to use care in avoiding bias in their language choices and to respect the preferences of underrepresented groups in terms of the language used to refer to them."
 以上の経緯でPC言語改革の社会的な評価が下がってきたのは事実だが,言語変化,あるいは言語使用の変化という観点からいえば,きわめて人為的な変化にもかかわらず,この数十年のあいだに著しい成功を収めてきた稀な事例といえる.一般に,正書法の改革や語彙の改革など言語に関する意図的な介入が成功する例は,きわめて稀である.数少ない成功例では,およそ人々の間に改革を支持する雰囲気が醸成されている.それを権力側が何らかの形でバックアップしたり追随することで,改革が進んでいくのである.非性差別的言語改革は,少なくとも公的な書き言葉というレジスターにおいて部分的ではあるといえ奏功し,非常に短い期間で人々の言葉遣いを変えてきた.このこと自体は,目を見張る結果と評価してもよいのかもしれない.Curzan (116) もこの速度について,"The speed with which some politically responsive language efforts have changed Modern English usage is remarkable." と評価している.

 ・ Curzan, Anne. Fixing English: Prescriptivism and Language History. Cambridge: CUP, 2014.

Referrer (Inside): [2017-06-16-1]

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2016-07-20 Wed

#2641. 言語変化の速度について再考 [speed_of_change][schedule_of_language_change][language_change][lexical_diffusion][evolution][punctuated_equilibrium]

 昨日の記事「#2640. 英語史の時代区分が招く誤解」 ([2016-07-19-1]) で,言語変化は常におよそ一定の速度で変化し続けるという Hockett の前提を見た.言語変化の速度という問題については長らく関心を抱いており,本ブログでも speed_of_change, , lexical_diffusion などの多くの記事で一般的,個別的に取り上げてきた.
 多くの英語史研究者は,しばしば言語変化の速度には相対的に激しい時期と緩やかな時期があることを前提としてきた.例えば,「#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」 ([2011-07-01-1]),「#386. 現代英語に起こっている変化は大きいか小さいか」 ([2010-05-18-1]) の記事で紹介したように,現代は変化速度の著しい時期とみなされることが多い.また,言語変化の単位や言語項の種類によって変化速度が一般的に速かったり遅かったりするということも,「#621. 文法変化の進行の円滑さと速度」 ([2011-01-08-1]),「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) などで前提とされている.さらに,語彙拡散の理論では,変化の段階に応じて拡散の緩急が切り替わることが前提とされている.このように見てくると,言語変化の研究においては,言語変化の速度は,原則として一定ではなく,むしろ変化するものだという理解が広く行き渡っているように思われる.この点では,Hockett のような立場は分が悪い.Hockett (63) の言い分は次の通りである.

Since we find it almost impossible to measure the rate of linguistic change with any accuracy, obviously we cannot flatly assert that it is constant; if, in fact, it is variable, then one can identify relatively slow change with stability, and relatively rapid change with transition. I think we can with confidence assert that the variation in rate cannot be very large. For this belief there is descriptive evidence. Currently we are obtaining dozens of reports of language all over the world, based on direct observation. If there were any really sharp dichotomy between 'stability' and 'transition', then our field reports would reveal the fact: they would fall into two fairly distinct types. Such is not the case, so that contrapositively the assumption is shown to be false.

 Hockett (58) は別の箇所でも,言語変化の速度を測ることについて懐疑的な態度を表明している.

Can we speak, with any precision at all, about the rate of linguistic change? I think that precision and significance of judgments or measurements in this connection are related as inverse functions. We can be precise by being superficial, say in measuring the rate of replacement in basic vocabulary; but when we turn to deeper aspects of language design, the most we can at present hope for is to attain some rough 'feel' for rate of change.

 Hockett の言い分をまとめれば,こうだろう.語彙や音声や文法などに関する個別の言語変化については,ある単位を基準に具体的に変化の速度を計測する手段が用意されており,実際に計測してみれば相対的に急な時期,緩やかな時期を区別することができるかもしれない.しかし,言語体系が全体として変化する速度という一般的な問題になると,正確にそれを計測する手段はないといってよく,結局のところ不可知というほかない.何となれば,反対の証拠がない以上,変化速度はおよそ一定であるという仮説を受け入れておくのが無難だろう.
 確かに,個別の言語変化という局所的な問題について考える場合と,言語体系としての変化という全体的な問題の場合には,同じ「速度」の話題とはいえ,異なる扱いが必要になってくるだろう.関連して「#1551. 語彙拡散のS字曲線への批判」 ([2013-07-26-1]),「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) も参照されたい.
 上に述べた言語体系としての変化という一般的な問題よりも,さらに一般的なレベルにある言語進化の速度については,さらに異なる議論が必要となるかもしれない.この話題については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]) を参照.

 ・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.

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2016-07-19 Tue

#2640. 英語史の時代区分が招く誤解 [terminology][periodisation][language_myth][speed_of_change][language_change][hel_education][historiography][punctuated_equilibrium][evolution]

 「#2628. Hockett による英語の書き言葉と話し言葉の関係を表わす直線」 ([2016-07-07-1]) (及び補足的に「#2629. Curzan による英語の書き言葉と話し言葉の関係の歴史」 ([2016-07-08-1]))の記事で,Hockett (65) の "Timeline of Written and Spoken English" の図を Curzan 経由で再現して,その意味を考えた.その後,Hockett の原典で該当する箇所に当たってみると,Hockett 自身の力点は,書き言葉と話し言葉の距離の問題にあるというよりも,むしろ話し言葉において変化が常に生じているという事実にあったことを確認した.そして,Hockett が何のためにその事実を強調したかったかというと,人為的に設けられた英語史上の時代区分 (periodisation) が招く諸問題に注意喚起するためだったのである.
 しかし,これは誤解に満ちた言語変化観である.実際には,古英語期の内部でも,「移行期」でも,中英語期の内部でも,言語変化は滔々と流れる大河の如く,それほど大差ない速度で常に続いている.このように,およそ一定の速度で変化していることを表わす直線(先の Hockett の図でいうところの右肩下がりの直線)の何地点かにおいて,人為的に時代を区切る垂直の境界線を引いてしまうと,初学者の頭のなかでは真正の直線イメージが歪められ,安定期と変化期が繰り返される階段型のイメージに置き換えられてしまう恐れがある.
 Hockett (62--63) 自身の言葉で,時代区分の危険性について語ってもらおう.

Once upon a time there was a language which we call Old English. It was spoken for a certain number of centuries, including Alfred's times. It was a consistent and coherent language, which survived essentially unchanged for its period. After a while, though, the language began to disintegrate, or to decay, or to break up---or, at the very least, to change. This period of relatively rapid change led in due time to the emergence of a new well-rounded and coherent language, which we label Middle English; Middle English differed from Old English precisely by virtue of the extensive restructuring which had taken place during the period of transition. Middle English, in its turn, endured for several centuries, but finally it also was broken up and reorganized, the eventual result being Modern English, which is what we still speak.
   One can ring various changes on this misunderstanding; for example, the periods of stability can be pictured as relatively short and the periods of transition relatively long, or the other way round. It does not occur to the layman, however, to doubt that in general a period of stability and a period of transition can be distinguished; it does not occur to him that every stage in the history of a language is perhaps at one and the same time one of stability and also one of transition. We find the contrast between relative stability and relatively rapid transition in the history of other social institutions---one need only think of the political and cultural history of our own country. It is very hard for the layman to accept the notion that in linguistic history we are not at all sure that the distinction can be made.

 Hockett は,言語史における時代区分には参照の便よりほかに有用性はないと断じながら,参照の便ということならばむしろ Alfred, Ælfric, Chaucer, Caxton などの名を冠した時代名を設定するほうが記憶のためにもよいと述べている.従来の区分や用語をすぐに廃することは難しいが,私も原則として時代区分の意義はおよそ参照の便に存するにすぎないだろうと考えている.それでも誤解に陥りそうになったら,常に Hockett の図の右肩下がりの直線を思い出すようにしたい.
 時代区分の問題については periodisation の各記事を,言語変化の速度については speed_of_change の各記事を参照されたい.とりわけ安定期と変化期の分布という問題については,「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]),「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]),「#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2)」 ([2014-02-15-1]) の議論を参照.

 ・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.
 ・ Curzan, Anne. Fixing English: Prescriptivism and Language History. Cambridge: CUP, 2014.

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2016-06-28 Tue

#2619. 古英語弱変化第2類動詞屈折に現われる -i- の中英語での消失傾向 [inflection][verb][oe][eme][conjugation][morphology][owl_and_nightingale][speed_of_change][schedule_of_language_change][3sp][3pp]

 古英語の弱変化第2類に属する動詞では,屈折表のいくつかの箇所で "medial -i-" が現われる (「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1]) の古英語 lufian の屈折表を参照) .この -i- は中英語以降に失われていくが,消失のタイミングやスピードは方言,時期,テキストなどによって異なっていた.方言分布の一般論としては,保守的な南部では -i- が遅くまで保たれ,革新的な北部では早くに失われた.
 古英語の弱変化第2類では直説法3人称単数現在の屈折語尾は -i- が不在の - となるが,対応する(3人称)複数では -i- が現われ -iaþ となる.したがって,中英語以降に -i- の消失が進むと,屈折語尾によって3人称の単数と複数を区別することができなくなった.
 消失傾向が進行していた初期中英語の過渡期には,一種の混乱もあったのではないかと疑われる.例えば,The Owl and the Nightingale の ll. 229--32 を見てみよう(Cartlidge 版より).

Vor eurich þing þat schuniet riȝt,
Hit luueþ þuster & hatiet liȝt;
& eurich þing þat is lof misdede,
Hit luueþ þuster to his dede.

 赤で記した動詞形はいずれも古英語の弱変化第2類に由来し,3人称単数の主語を取っている.したがって,本来 -i- が現われないはずだが,schuniethatiet では -i- が現われている.なお,上記は C 写本での形態を反映しているが,J 写本での対応する形態はそれぞれ schonyeþ, luuyeþ, hateþ, luueþ となっており,-i- の分布がここでもまちまちである.
  schuniet については,先行詞主語の eurich þing が意味上複数として解釈された,あるいは本来は alle þing などの真正な複数主語だったのではないかという可能性が指摘されてきたが,Cartlidge の注 (Owl 113) では,"it seems more sensible to regard these lines as an example of the Middle English breakdown of distinctions made between different forms of Old English Class 2 weak verbs" との見解が示されている.
 Cartlidge は別の論文で,このテキストにおける -i- について述べているので,その箇所を引用しておこう.

In both C and J, the infinitives of verbs descended from Old English Class 2 weak verbs in -ian always retain an -i- (either -i, -y, -ye, -ie, -ien or -yen). However, for the third person plural of the indicative, J writes -yeþ five times, as against nine cases of - or -þ; while C writes -ieþ or -iet seven times, as against seven cases of -, -ed, or -et. In the present participle, both C and J have medial -i- twice beside eleven non-conservative forms. The retention of -i in some endings also occurs in many later medieval texts, at least in the south, and its significance may be as much regional as diachronic. (Cartlidge, "Date" 238)

 ここには,-i- の消失の傾向は方言・時代によって異なっていたばかりでなく,屈折表のスロットによってもタイミングやスピードが異なっていた可能性が示唆されており,言語変化のスケジュール (schedule_of_language_change) の観点から興味深い.

 ・ Cartlidge, Neil, ed. The Owl and the Nightingale. Exeter: U of Exeter P, 2001.
 ・ Cartlidge, Neil. "The Date of The Owl and the Nightingale." Medium Aevum 65 (1996): 230--47.

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2016-05-04 Wed

#2564. varietylect [variety][terminology][style][register][dialect][sociolinguistics][lexical_diffusion][speed_of_change][schedule_of_language_change]

 社会言語学では variety (変種)という用語をよく用いるが,ときに似たような使い方で lect という用語も聞かれる.これは dialect や sociolectlect を取り出したものだが,用語上の使い分けがあるのか疑問に思い,Trudgill の用語集を繰ってみた.それぞれの項目を引用する.

variety A neutral term used to refer to any kind of language --- a dialect, accent, sociolect, style or register --- that a linguist happens to want to discuss as a separate entity for some particular purpose. Such a variety can be very general, such as 'American English', or very specific, such as 'the lower working-class dialect of the Lower East Side of New York City'. See also lect

lect Another term for variety or 'kind of language' which is neutral with respect to whether the variety is a sociolect or a (geographical) dialect. The term was coined by the American linguist Charles-James Bailey who, as part of his work in variation theory, has been particularly interested in the arrangement of lects in implicational tables, and the diffusion of linguistic changes from one linguistic environment to another and one lect to another. He has also been particularly concerned to define lects in terms of their linguistic characteristics rather than their geographical or social origins.

 案の定,両語とも "a kind of language" ほどでほぼ同義のようだが,variety のほうが一般的に用いられるとはいってよいだろう.ただし,lect は言語変化においてある言語項が lect A から lect B へと分布を広げていく過程などを論じる際に使われることが多いようだ.つまり,lect は語彙拡散 (lexical_diffusion) の理論と相性がよいということになる.
 なお,上の lect の項で参照されている Charles-James Bailey は,「#1906. 言語変化のスケジュールは言語学的環境ごとに異なるか」 ([2014-07-16-1]) で引用したように,確かに語彙拡散や言語変化のスケジュール (schedule_of_language_change) の問題について理論的に扱っている社会言語学者である.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2015-12-26 Sat

#2434. 形容詞弱変化屈折の -e が後期中英語まで残った理由 [adjective][ilame][syllable][pronunciation][prosody][language_change][final_e][speed_of_change][schedule_of_language_change][language_change][metrical_phonology][eurhythmy][inflection]

 英語史では,名詞,動詞,形容詞のような主たる品詞において,屈折語尾が -e へ水平化し,後にそれも消失していったという経緯がある.しかし,-e の消失の速度や時機 (cf speed_of_change, schedule_of_language_change) については,品詞間で差があった.名詞と動詞の屈折語尾においては消失は比較的早かったが,形容詞における消失はずっと遅く,Chaucer に代表される後期中英語でも十分に保たれていた (Minkova 312) .今回は,なぜ形容詞弱変化屈折の -e は遅くまで消失に抵抗したのかについて考えたい.
 この問題を議論した Minkova の結論を先取りしていえば,特に単音節の形容詞の弱変化屈折における -e は,保持されやすい韻律上の動機づけがあったということである.例えば,the goode man のような「定冠詞+形容詞+名詞」という統語構造においては,単音節形容詞に屈折語尾 -e が付くことによって,弱強弱強の好韻律 (eurhythmy) が保たれやすい.つまり,統語上の配置と韻律上の要求が合致したために,歴史的な -e 語尾が音韻的な摩耗を免れたのだと考えることができる.
 ここで注意すべき点が2つある.1つは,古英語や中英語より統語的に要求されてきた -e 語尾が,eurhythmy を保つべく消失を免れたというのが要点であり,-e 語尾が eurhythmy をあらたに獲得すべく,歴史的には正当化されない環境で挿入されたわけではないということだ.eurhythmy の効果は,積極的というよりも消極的な効果だということになる.
 2つ目に,-e を保持させるという eurhythmy の効果は長続きせず,15--16世紀以降には結果として語尾消失の強力な潮流に屈しざるを得なかった,という事実がある.この事実は,eurhythmy 説に対する疑念を生じさせるかもしれない.しかし,eurhythmy の効果それ自体が,時代によって力を強めたり弱めたりしたことは,十分にあり得ることだろう.eurhythmy は,歴史的に英語という言語体系に広く弱く作用してきた要因であると認めてよいが,言語体系内で作用している他の諸要因との関係において相対的に機能していると解釈すべきである.したがって,15--16世紀に形容詞屈折の -e が消失し,結果として "dysrhythmy" が生じたとしても,それは eurhythmy の動機づけよりも他の諸要因の作用力が勝ったのだと考えればよく,それ以前の時代に関する eurhythmy 説自体を棄却する必要はない.Minkova (322--23) は,形容詞屈折語尾の -e について次のように述べている.

. . . the claim laid on rules of eurhythmy in English can be weakened and ultimately overruled by other factors such as the expansion of segmental phonological rules of final schwa deletion, a process which depends on and is augmented by the weak metrical position of the deletable syllable. The 15th century reversal of the strength of the eurhythmy rules relative to other rules is not surprising. Extremely powerful morphological analogy within the adjectives, analogy with the demorphologization of the -e in the other word classes, as well as sweeping changes in the syntactic structure of the language led to what may appear to be a tendency to 'dysrhythmy' in the prosodic organization of some adjectival phrases in Modern English. . . . The entire history of schwa is, indeed, the result of a complex interaction of factors, and this is only an instance of the varying force of application of these factors.

 英語史における形容詞屈折語尾の問題については,「#532. Chaucer の形容詞の屈折」 ([2010-10-11-1]),「#688. 中英語の形容詞屈折体系の水平化」 ([2011-03-16-1]) ほか,ilame (= Inflectional Levelling of Adjectives in Middle English) の各記事を参照.
 なお,私自身もこの問題について論文を2本ほど書いています([1] Hotta, Ryuichi. "The Levelling of Adjectival Inflection in Early Middle English: A Diachronic and Dialectal Study with the LAEME Corpus." Journal of the Institute of Cultural Science 73 (2012): 255--73. [2] Hotta, Ryuichi. "The Decreasing Relevance of Number, Case, and Definiteness to Adjectival Inflection in Early Middle English: A Diachronic and Dialectal Study with the LAEME Corpus." 『チョーサーと中世を眺めて』チョーサー研究会20周年記念論文集 狩野晃一(編),麻生出版,2014年,273--99頁).

 ・ Minkova, Donka. "Adjectival Inflexion Relics and Speech Rhythm in Late Middle and Early Modern English." ''Papers from the 5th International

Referrer (Inside): [2015-12-28-1] [2015-12-27-1]

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2015-11-30 Mon

#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化 [hieroglyph][grammatology][grapheme][alphabet][kanji][hiragana][katakana][speed_of_change][religion]

 英語や日本語の字体や字形について,共時的な変異と通時的な変化に関心をもっている.ここでいう字体とは emic な単位,字形とは etic な単位を指し,それぞれ音韻論でいう音素 (phoneme) と異音 (allophone) に相当するものである.「#2401. 音素と文字素」 ([2015-11-23-1]) の用語を用いれば,文字素 (grapheme) と異文字体 (allograph) といってもよい.
 歴史的にみて,ローマン・アルファベット,漢字,仮名などの文字体系における字形や字体の変異や変化は少なくなかった.文字単位の出入りは激しくみられたし,新たな書体や書風の分化や発達もしばしば生じてきた,ところが,加藤一郎(著)『象形文字入門』を読んでいて,エジプト聖刻文字 (hieroglyph) の変異と変化の様式(変化についてはその欠如の様式というべきか)に驚いた.
 まず,字形の変異の様式について.ローマン・アルファベットや日本の文字においては,通常,字形の変異は,筆記具の種類,行草体の別,個人の筆記の癖などに依存する変異であり,ある程度幾何学的に記述されうるだろう.しかし,エジプト聖刻文字では,幾何学的というよりは美術的に記述されるもののようである.加藤 (142) によると,


 次に字体の不変化について.エジプト聖刻文字は,そこから実用的な行草書体の神官文字(ヒエラティック,hieratic)や民用文字(デモティック,demotic) という新たな文字体系を派生させたことは事実であるが,それ自身は独自の文字体系として3000年以上もの長きにわたって,基本的な字体を変化させることなく存続し続けた.これは,気の遠くなるような,驚くべき保守性である.同様の長い歴史を誇る漢字を比較してみれば,漢字という文字体系は3500年以上のあいだアイデンティティを連綿と継いできたものの,各字体については原初の甲骨文字や金石文から,篆書,隷書,楷書に至るまで相当な変化を遂げてきた.だが,エジプト聖刻文字ではそのような変化がなかったというのである.この点について,加藤 (52--53) は次のように述べている.


 関連して,「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1]) も参照.

 ・ 加藤 一郎 『象形文字入門』 講談社〈講談社学術文庫〉,2012年.

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2015-11-01 Sun

#2379. 再帰代名詞の外適応 [exaptation][reflexive_pronoun][personal_pronoun][syntax][speed_of_change][schedule_of_language_change][language_change]

 「#2376. myself, thyself における my- と thy-」 ([2015-10-29-1]) で取り上げた Keenan の論文では,近現代英語の再帰代名詞が外適応 (exaptation) の結果生まれたものであることが説かれている.oneself の形態は,当初,人称代名詞の対照的な用法として始まったが,それが同一指示あるいは局所的束縛という性質を獲得し,今見られるような再帰的用法として機能するようになったという ("pron + self is selected because of its contrast function, and later, losing contrast, survives because of its local binding function" (250)) .
 Keenan (346) は,古英語から近代英語にかけての oneself の用法別の分布を取り,このことを示そうとした.古英語および中英語において,再帰的用法は,集められた oneself の直接目的語としての全用例のうち20%程度を占めるにすぎないが,初期近代英語には突如として80%を越える.これは,言語変化の速度やスケジュールという観点からは,急激なS字曲線を描くということになり,興味深い現象である.
 Keenan (347) は,対照用法から再帰用法への外適応の道筋を,次のように考えている.

. . . by the end of ME bare object occurrences of pron + self are losing their contrast interpretation. But this leads again to an ANTI-SYNONYMY violation on a paradigm level. Without the contrast interpretation a locally bound pron + self is synonymous with a locally bound bare pronoun. So him and him + self, her and her + self, etc. would become synonyms. This was avoided by an interpretative differentiation: pron + self in object position came to require local antecedents and bare pronouns came to reject local antecedents (in favor of the always possible non-local ones or deictic interpretations).

 なお,Keenan は,この変化はあくまで外適応であり,文法化 (grammaticalisation) ではないと判断している.「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) や「#2146. 英語史の統語変化は,語彙投射構造の機能投射構造への外適応である」 ([2015-03-13-1]) で示唆したように,外適応は文法化との関連で論じられることが多いが,両者の関係は必ずしも単純ではないのかもしれない.

 ・ Keenan, Edward. "Explaining the Creation of Reflexive Pronouns in English." Studies in the History of the English Language: A Millennial Perspective. Ed. D. Minkova and R. Stockwell. Berlin/New York: Mouton de Gruyter, 2002. 325--54.

Referrer (Inside): [2022-02-25-1] [2015-11-02-1]

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2015-08-30 Sun

#2316. "English 3.0" by Joe Gilbert [link][internet][medium][netspeak][speed_of_change][language_change]

 昨年11月のことになるが,Joe Gilbert による20分のドキュメンタリー番組 "English 3.0 on Vimeo" が公開された.オンラインで鑑賞できる.Tom Chatfield, David Crystal, Robert McCrum, Fiona McPherson, Simon Horobin といった名立たる出演陣により,インターネット時代の英語の現状が解説される.
 netspeak に代表される,インターネット上で用いられる種類の英語を巡って,世間には様々なとらえ方がある.英語の堕落だ,規範の崩壊だという否定的な見解が目立つが,上記の出演者たちは口を揃えて,そうではない,言語の歴史においていつの時代にも繰り返されてきた言語変化にすぎないと言い切る.インターネットの登場により言語変化が加速したということや,「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1]) のような新たな媒体 (medium) が生じたことは確かだが,そのようなことは歴史上の他の技術革新の際にもおよそ生じてきたことであり,言語史という広い視点から見れば特別ではない,と.

 (1) インターネットの登場により言語変化が加速している
 (2) インターネット英語に顕著な略式表現による英語の堕落が取りざたされているが,実際には英語の堕落を示す証拠はない
 (3) 大きな技術革新の時代には言語堕落論が生じやすいが,実際に生じていることは,言語に新たな次元が付け加わるということであり,積極的に評価すべきだ
 (4) 今後,伝統的な規範主義と,新しく生まれつつあるより自由な言語観とのあいだで戦いが生じるだろう

 私もこれらの主張点にはほぼ賛成する.ただ1つ気になるのは,(1) の言語変化の加速という点についてである.同時代の観察者として,歴史的にみても英語の変化の速度 (speed_of_change) が著しいという直感はあるが,変化の速度とはそもそもどのように客観的に計測できるものなのだろうか.速度とは単位時間辺りの変化量のことであるから,まず変化量を計測することができなければならない.では,変化量を計測するといったときに,計測する対象は何になるのか.英語の言語変化と一口にいっても,英語という言語単位がどこからどこまでなのか,標準変種に限るのか,ピジン語まで含むのか等々,社会言語学的に頭の痛い問題があるし,また変化の土俵が語彙なのか,音声なのか,文法なのかという部門の問題もある.さらに,現代は変化速度が早まっているなどと結論するためには,比較のために過去のいくつかの時点における変化速度も先に割り出しておかなければならない.
 同時代であるからこそ直感に頼ってはいけないという慎重論を取るのであれば,現代における言語変化の加速という命題は,たやすく前提として受け入れてはならないのかもしれない.同じドキュメンタリーに対する Wordorigins.org のレビューでも,別の角度から言語変化の速度について批判的に考察しているので,参照されたい.

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2015-08-17 Mon

#2303. 言語変化のスケジュールに関する諸問題 [schedule_of_language_change][language_change][lexical_diffusion][speed_of_change][unidirectionality][methodology][linguistics]

 歴史言語学や通時言語学など言語変化を扱う領域においても,意外なことにその時間的側面を扱う研究はそれほど発展していない.言語変化は紛れもなく時間軸上に継起する出来事ではあるが,むしろそれゆえに時間という次元は前提として背景化され,それ自体への関心が育たなかったのではないか,と考えている.もちろん,語彙拡散 (lexical_diffusion) のような時間軸をも重視する議論は活発だし,それが対抗している青年文法学派 (neogrammarian) の言語変化論にも長い伝統がある.また「#1872. Constant Rate Hypothesis」 ([2014-06-12-1]) なども,言語変化を時間軸において考察している.それでも,言語変化の時間的側面についての理論化は,いまだ十分に進んでいるとは言えない.
 今後の重要な研究テーマとしての言語変化の時間的側面の一切を「言語変化のスケジュール」 (schedule_of_language_change) と呼ぶことにしたい.そこには,actuation, implementation, diffusion に関する諸問題 (see 「#1466. Smith による言語変化の3段階と3機構」 ([2013-05-02-1])) や,言語変化の順序,速度 (speed_of_change),方向,経路,持続時間,完了に関する課題,特にそれらがどのような要因により決定されるのかという問いなどが含まれている.
 昨日も引用した De Smet (6) は,言語変化の拡散について理論的に考察し,上に示した「言語変化のスケジュール」の諸問題に関心を寄せている.

. . . it is important to see that the problem of diachronic diffusion has two sides. On the one hand, we have to explain the phasedness of diffusional change---that is, to explain why diffusional change happens in stages with different environments being affected at different times, and what determines the order in which environments are affected. On the other hand, there is the more intractable question of what drives diffusion---that is, why does diffusion seem to go on and on, and what gives it its unidirectionality?

 De Smet の指摘する第1の問題は,なぜ言語変化の拡散は段階的に進行し,その段階の順序を決めているものは何なのかというものだ.順序の問題とまとめてもよい.2つめは,そもそも言語変化の拡散を駆動しているものは何なのか,それを一方向に進ませる推進力は何なのかというものだ.駆動力と方向の問題といってよいだろう (see 「#2299. 拡散の駆動力3点」 ([2015-08-13-1]),「#2302. 拡散的変化の一方向性?」 ([2015-08-16-1])) .
 De Smet は,段階の順序とも密接に関連する経路の問題にも触れている."diffusion follows a path of least resistance" (6) と述べていることから示唆されるように,言語変化の経路を決める要因の1つとして,共時的体系における抵抗(の多少)を念頭においていることは疑いない.言語変化のスケジュールの諸問題に迫るには,共時態と通時態の対立を乗り越える努力,コセリウのいうような "integrated synchrony" が必要なのではないか.この点については「#2295. 言語変化研究は言語の状態の力学である」 ([2015-08-09-1]) と,そこに張ったリンク先の記事を合わせて参照されたい.

 ・ De Smet, Hendrik. Spreading Patterns: Diffusional Change in the English System of Complementation. Oxford: OUP, 2013.

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2015-04-04 Sat

#2168. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和 (2) [neogrammarian][lexical_diffusion][schedule_of_language_change][speed_of_change]

 青年文法学派 (neogrammarian) による例外なき音韻変化のテーゼと,音韻変化は語彙の間を縫うようにしてS字曲線を描きながら進むとする語彙拡散のテーゼとは,伝統的に真っ向から対立するものとみなされてきた.しかし,Lass は,「#1641. Neogrammarian hypothesis と lexical diffusion の融和」 ([2013-10-24-1]) で紹介したように,この対立は視点の違いによるものにすぎず,本質的な問題ではないと考えている.すなわち,例外なき音韻変化は非歴史的な視点をもち,語彙拡散は歴史的な視点をもつという違いであると.
 しかし,歴史的にみるとしても,両テーゼには矛盾せずに共存できる道がある.語彙曲線の典型的なS字曲線における急勾配の中間部分を青年文法学派流の規則的な音韻変化と解釈し,緩やかな初期及び末期の部分を語彙拡散と解釈する方法である.換言すれば,初期と末期には問題となっている変化に語彙的な関与が著しく,速度は緩やかであるが,半ばでは語彙的な関与が薄く,規則的な音韻変化として一気に進行する.この見解を採用すれば,歴史的な視点をとったとしても,2つのテーゼは共存できる.Wolfram (720) 曰く,

. . . we submit that part of the resolution of the ongoing controversy over regularity in phonological change may be related to the trajectory slope of the change. From this perspective, irregularity and lexical diffusion are maximized at the beginning and the end of the slope and phonological regularity is maximized during the rapid expansion in the application of the rule change during the mid-course of change.

 この説を受け入れるとすると,音韻変化は,比較的語彙の関与の薄い規則的なステージと,比較的語彙の関与の強い不規則なステージとを交互に繰り返すということになる.しかし,なぜそのようなステージの区別が生じると考えられるのだろうか.理論的には「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]) で説明したようなことが考え得るが,未解決の問いといってよいだろう.

 ・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.

Referrer (Inside): [2015-08-13-1]

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2015-03-23 Mon

#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化 [verb][conjugation][emode][language_change][suffix][inflection][3sp][lexical_diffusion][schedule_of_language_change][speed_of_change][bible]

 初期近代英語における動詞現在人称語尾 -th → -s の変化については,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]) などで取り上げてきた.今回,この問題に関連して Bambas の論文を読んだ.現在の最新の研究成果を反映しているわけではないかもしれないが,要点が非常によくまとまっている.
 英語史では,1600年辺りの状況として The Authorised Version で不自然にも3単現の -s が皆無であることがしばしば話題にされる.Bacon の The New Atlantis (1627) にも -s が見当たらないことが知られている.ここから,当時,文学的散文では -s は口語的にすぎるとして避けられるのが普通だったのではないかという推測が立つ.現に Jespersen (19) はそのような意見である.

Contemporary prose, at any rate in its higher forms, has generally -th'; the s-ending is not at all found in the A[uthorized] V[ersion], nor in Bacon A[tlantis] (though in Bacon E[ssays] there are some s'es). The conclusion with regard to Elizabethan usage as a whole seems to be that the form in s was a colloquialism and as such was allowed in poetry and especially in the drama. This s must, however, be considered a licence wherever it occurs in the higher literature of that period. (qtd in Bambas, p. 183)

 しかし,Bambas (183) によれば,エリザベス朝の散文作家のテキストを広く調査してみると,実際には1590年代までには文学的散文においても -s は容認されており,忌避されている様子はない.その後も,個人によって程度の違いは大きいものの,-s が避けられたと考える理由はないという.Jespersen の見解は,-s の過小評価であると.

The fact seems to be that by the 1590's the -s-form was fully acceptable in literary prose usage, and the varying frequency of the occurrence of the new form was thereafter a matter of the individual writer's whim or habit rather than of deliberate selection.

 さて,17世紀に入ると -th は -s に取って代わられて稀になっていったと言われる.Wyld (333--34) 曰く,

From the beginning of the seventeenth century the 3rd Singular Present nearly always ends in -s in all kinds of prose writing except in the stateliest and most lofty. Evidently the translators of the Authorized Version of the Bible regarded -s as belonging only to familiar speech, but the exclusive use of -eth here, and in every edition of the Prayer Book, may be partly due to the tradition set by the earlier biblical translations and the early editions of the Prayer Book respectively. Except in liturgical prose, then, -eth becomes more and more uncommon after the beginning of the seventeenth century; it is the survival of this and not the recurrence of -s which is henceforth noteworthy. (qtd in Bambas, p. 185)

 だが,Bambas はこれにも異議を唱える.Wyld の見解は,-eth の過小評価であると.つまるところ Bambas は,1600年を挟んだ数十年の間,-s と -th は全般的には前者が後者を置換するという流れではあるが,両者並存の時代とみるのが適切であるという意見だ.この意見を支えるのは,Bambas 自身が行った16世紀半ばから17世紀半ばにかけての散文による調査結果である.Bambas (186) の表を再現しよう.

AuthorTitleDateIncidence of -s
Ascham, RogerToxophilus15456%
Robynson, RalphMore's Utopia15510%
Knox, JohnThe First Blast of the Trumpet15580%
Ascham, RogerThe Scholmaster15700.7%
Underdowne, ThomasHeriodorus's Anaethiopean Historie15872%
Greene, RobertGroats-Worth of Witte; Repentance of Robert Greene; Blacke Bookes Messenger159250%
Nashe, ThomasPierce Penilesse159250%
Spenser, EdmundA Veue of the Present State of Ireland159618%
Meres, FrancisPoetric159813%
Dekker, ThomasThe Wonderfull Yeare 1603160384%
Dekker, ThomasThe Seuen Deadlie Sinns of London160678%
Daniel, SamuelThe Defence of Ryme160762%
Daniel, SamuelThe Collection of the History of England1612--1894%
Drummond of Hawlhornden, W.A Cypress Grove16237%
Donne, JohnDevotions162474%
Donne, JohnIvvenilia163364%
Fuller, ThomasA Historie of the Holy Warre16380.4%
Jonson, BenThe English Grammar164020%
Milton, JohnAreopagitica164485%


Incidence of -s in Prose between C16b and C17a by Bambas

 この期間では年間0.5789%の率で上昇していることになる.相関係数は0.49である.全体としては右肩上がりに違いないが,個々のばらつきは相当にある.このことを過小評価も過大評価もすべきではない,というのが Bambas の結論だろう.

 ・ Bambas, Rudolph C. "Verb Forms in -s and -th in Early Modern English Prose". Journal of English and Germanic Philology 46 (1947): 183--87.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
 ・ Wyld, Henry Cecil. A History of Modern Colloquial English. 2nd ed. London: Fisher Unwin, 1921.

Referrer (Inside): [2017-02-21-1] [2015-05-06-1]

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2015-02-05 Thu

#2110. 言語(変化)の使用基盤モデル [cognitive_linguistics][usage-based_model][language_change][frequency][collocation][speed_of_change]

 認知言語学の言語変化に関するモデルとして,使用基盤モデル (usage-based model) というものが提案されている.谷口による説明と図解 (106, 105) がわかりやすい.

あることばの用法の共通性となるスキーマ [A] から,何らかの点で逸脱し拡がった新しい用法 (B) が生じる.はじめ,(B) はスキーマ [A] に合致しない.しかし,(B) の用法が繰り返され定着するにつれて,(B) は [A] と共にその言語のシステムに取り込まれるようになる.すると,(B) を取り込んだ形であらたなスキーマ [A'] が抽出され,それによって (B) が容認されるようになっていくのである.このような変化のシステムを,「使用基盤モデル」あるいは「用法基盤モデル」 (usage-based model) という (Langacker 2000) .(谷口,106)

Language Change in Usage-Based Model

 新スキーマの定着度に個人差があるということは,言語変化の速度 (speed_of_change) の問題に直結するし,当該の言語項の使用頻度 (frequency) や共起 (collocation) の問題とも関連が深い.使用基盤モデルは,これらの関係する問題にも注目している.言語変化は定義上ダイナミックなものではあるが,言語そのものが常にダイナミックなものであり,そのダイナミズムの源泉は日常の使用のなかにあるということを改めて強調した理論と評価できるだろう.

 ・ 谷口 一美 『学びのエクササイズ 認知言語学』 ひつじ書房,2006年.

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2014-12-22 Mon

#2065. 言語と文化の借用尺度 (2) [contact][borrowing][loan_word][anthropology][sociolinguistics][speed_of_change][exaptation]

 昨日の記事「#2064. 言語と文化の借用尺度 (1)」 ([2014-12-21-1]) に続き,言語項と文化項の借用にみられる共通点について.言語も文化の一部とすれば,借用に際しても両者の間に共通点があることは不思議ではないかもしれない.ただし,あまりこのような視点からの比較はされてこなかったと思われるので,この件についての言及をみつけると,なるほどと感心してしまう.
 昨日と同様に,Weinreich は Linton (Linton, Ralph, ed. Acculturation in Seven American Indian Tribes. New York, 1940) に依拠しながら,さらなる共通点を2つほど指摘している.1つは,既存の語の同義語が他言語から借用される場合に関わる.すでに自言語に存在する語の同義語が他言語から借用される場合には,(1) 両語の意味に混同が生じる,(2) 借用語が本来語を置き換える,(2) 両方の語が意味を違えながら共存する,のいずれかが生じるとされる.(3) は道具などの文化的な項目の借用についても言えることではないか.Weinreich (55fn) 曰く,

Similarly in culture contact. "The substitution of a new culture element," Linton writes . . ., "by no means always results in the complete elimination of the old one. There are many cases of partial . . . replacement. . . . Stone knives may continue to be used for ritual purposes long after the metal ones have superseded them elsewhere."

 既存の項が役割を特化させるなどしながらあくまで生き残るという過程は,文法化研究などで注目されている exaptation の例にも比較される (cf. 「#1586. 再分析の下位区分」 ([2013-08-30-1])) .
 言語項と文化項の借用にみられる2つ目の共通点は,借用を促進する要因と阻害する要因に関するものである.言語の借用尺度の決定に関与する要因は,構造的(言語内的)なものと非構造的(言語外的)なものに2分される.前者は言語体系への統合の度合いに関わり,後者は例えば2言語使用者の習慣,発話の状況,言語接触の社会文化的環境などを含む(「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]) も参照).Weinreich (66--67fn)は,文化人類学者の洞察に触れながら,文化項の借用にも同様に構造的・非構造的な要因が認められるとしている.

Distinctions parallel to those between stimuli and resistance, structural and non-structural factors, occur implicitly in studies of acculturation, too. Thus, Redfield, Linton, and Herskovits . . . distinguish culture traits "presented" (=stimuli) from those "selected" in acculturation situations, and stress the "significance of understanding the resistance to traits as well as the acceptance of them." They also name "congruity of existing culture-patterns" as a reason for a selection of traits; this corresponds to structural stimuli in language contact. When Linton observes . . . that "new things are borrowed on the basis of their utility, compatibility with preëxisting culture patterns, and prestige associations," his three factors are equivalent, roughly, to structural stimuli of interference, structural resistance, and nonstructural stimuli, respectively. Kroeber . . . devotes a special discussion to resistance against diffusion. Resistance to cultural borrowing is also the subject of a separate article by Devereux and Loeb . . ., who distinguish between "resistance to the cultural item"---corresponding roughly to structural resistance in language contact---and "resistance to the lender." These authors also discuss resistance ON THE PART OF the "lender," e.g. the attempts of the Dutch to prevent Malayans, by law, from learning the Dutch language. No equivalent lender's resistance seems to operate in language contact, unless the inconspicuousness of a strongly varying, phonemically slight morpheme with complicated grammatical functions be considered as a point of resistance to transfer within the source language . . . .


 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.

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2014-12-04 Thu

#2047. ノルマン征服の英語史上の意義 [norman_conquest][french][contact][speed_of_change]

 「#1171. フランス語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-11-1]),「#1208. フランス語の英文法への影響を評価する」 ([2012-08-17-1]),「#1884. フランス語は中英語の文法性消失に関与したか」 ([2014-06-24-1]) で論じたように,ノルマン征服の英語史上の意義は主として間接的で社会言語学的なものである.語彙や書記には確かに少なからぬ影響を直接に与えたが,文法や音声への影響はあったとしても僅かである (cf. 「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]),「#1815. 不定代名詞 one の用法はフランス語の影響か?」 ([2014-04-16-1])) .
 ノルマン征服の最大の貢献は,アングロサクソン社会から英語の書記規範を奪い去り,英語を話し言葉の世界へ解き放ったことであると私は考えている.それによって,英語は自由闊達,天衣無縫に言語変化を遂げることができるようになった.上掲の[2012-07-11-1][2012-08-17-1]の記事で引用した内容と重複するが,ブルシェ (42--43) もまたノルマン征服のこの役割を正当に評価している.

1066年に起ったある大きな出来事が,必然的に潜伏期間を伴って,その影響を十分に与えつつあった.それはむろん「ノルマン人による英国征服」 (conquête normande) のことであり,それによって二つの言語,英語とフランス語が接触し,政治的・社会学的激動が引き起こされた.それから長い間,金持ちと支配階級は英語を話さなくなるのである.11世紀中頃までに既に始まっていたいくつかの言語現象も,たとえ何が起ころうとも拡大したではあろうが,この「ノルマン人による英国征服」が英語の将来に決定的な影響を与えたことは間違いない.1300年頃までにいくつかの(注目すべき)例外を別にして,大半の文学作品,大多数の書物は以前としてアングロ・ノルマン語あるいはラテン語で書かれていた.そのため土着言語である英語の威信が低下し,「ノルマン人による英国征服」以降英語の主要な媒体は話し言葉になったのである.話し言葉は書き言葉に比べ保守性に乏しく,より流動的で,改革に応じることのできる言語形態である.長い進化過程の果てに英語が文化交流や公式の場で活躍しうる言語としての威厳を取り戻すことができた時,使用される書き言葉は「その時代に話し言葉が到達した」発達段階を反映していると考えられる.要するに,保守的な書記規範の歯止めが無くなったのである.それは方言の多様性と下位区分の明白な増加に現われている(しかし,この点においては慎重でなければならない.なぜなら,古英語の段階で使用できる言語材料は,その時代の方言の真の多様性を正しく例証しているとは限らないからである).保守的な書記規範の歯止めが無くなったことは,文学と詩の言語使用域 (registre) から人為的に慣用の中に組み込まれていた多数の語が消滅したことや,特に系列的変化 (paradigme) や屈折語尾 (désinence) の総体がかなり徹底して簡略化されたことにも現われている.


 ・ ジョルジュ・ブルシェ(著),米倉 綽・内田 茂・高岡 優希(訳) 『英語の正書法――その歴史と現状』 荒竹出版,1999年.

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