hellog〜英語史ブログ

#329. 印欧語の右と左[indo-european][etymology]

2010-03-22

 人類の文化はほとんどが右優位である.その根源には,人種・文化を越えてヒトの9割が右利きであるという事実がある.文化の右優位に例外がないわけではない.例えば,古代インカ帝国では左利きが幸運と考えられていたし,中国やその影響を受けた日本でも,時代によっては相対的に左が厚遇されたこともあった.しかし,印欧語をとりまく文化に限ると,右優勢・左劣勢の観念は根強い.今回は,印欧語に通底するこの観念を語源から探ってみたい.
 英語の right は印欧語根の *reg- に遡る.原義は「まっすぐにする」で,同じ語根からはラテン語に由来する regular, reign, rule などが英語に入っている.この原義から様々に意味が発展し,「規準」「正義」「権利」「正しい」「正常な」「右の」などへ広がった.right の「右」の意味は古英語後期から現れ始め,それ以前には swīþra が用いられていた.これは,swīþ "strong" の比較級の形であり,"the stronger side" ほどの意味である.このように「右」にはまっすぐで,正しく,強いという思想がある.
 一方 left は,種々の語源説があるが,低地ゲルマン諸語に確認される lucht "weak, useless" と同根とされる.古英語の lyftādl "paralysis" にみられるように,病気とも関連づけられている.「左」には弱いという思想がある.
 フランス語に視点を移すと,droit 「右」には「法律」の意味がある.一方,gauche 「左」はそのまま英語に借用されて「不器用な」の意味を表す.ラテン語からは dexter 「右の」が dextrous 「器用な」として英語に借用されているし,sinister 「左の」が sinister 「不吉な」としてやはり英語に借用されている.
 英語に入った単語を中心にして印欧諸語のごく一部だけを紹介したが,左右の差別は明らかだろう.

 ・ エド・ライト 『神々の左手?世界を変えた左利きたちの歴史?』 スタジオタッククリエイティブ,2009年.

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