シリーズ「英語の歴史」
第2回 北欧ヴァイキングと英語

2019年3月9日

堀田 隆一

「hellog〜英語史ブログ」 url: http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/

本講座のねらい

英語の成り立ちに,8 世紀半ばから11世紀にかけてヨーロッパを席巻した北欧のヴァイキングとその言語(古ノルド語)が大きく関与していることはあまり知られていません.例えば Though they are both weak fellows, she gives them gifts. という英文は、驚くことにすべて古ノルド語から影響を受けた単語から成り立っています.また,英語の「主語+動詞+目的語」という語順が確立した背景にも,ヴァイキングの活動が関わっていました.私たちが触れる英語のなかに,ヴァイキング的な要素を探ってみましょう.

  1. 北欧ヴァイキングの活動
  2. 英語と古ノルド語の関係
  3. 古ノルド語が英語の語彙に及ぼした影響
  4. 古ノルド語が英語の文法に及ぼした影響
  5. なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」で固定なのか?

1. 北欧ヴァイキングの活動

  1. ヴァイキングの時代:8世紀後半〜11世紀前半の250年ほど
  2. ヴァイキングの移動の原動力 ( #2889 )
  3. 真っ先に襲われたブリテン島 ( #1611 )

ブリテン島の歴史=征服の歴史 ( #37 )

  1. ケルト人の渡来:紀元前6世紀頃
  2. ローマ人の征服:紀元前55,54年,紀元43年
  3. アングル人,サクソン人,ジュート人の征服:449年
  4. ヴァイキングの来襲:8世紀半ば〜11世紀
  5. ノルマン征服:1066年

ヴァイキングのブリテン島来襲

関連用語の整理

  1. ヴァイキング:ヨーロッパを舞台に海賊・侵入・定住を繰り返した北欧出身の人々
  2. 北欧人:現代の北欧諸国の国民(フィンランドは非ゲルマン民族)
  3. スカンディナヴィア人:スカンディナヴィア地方出身の人々
  4. ノルド人:北ゲルマン語派の言語を話す人々
  5. ノルマン人:フランス北部ノルマンディ地方を征服したヴァイキングの血筋を引くフランス人

2. 英語と古ノルド語の関係

  1. 古ノルド語 (Old Norse):北ゲルマン語派の諸言語の(実在した)祖語.紀元1000年前後には,方言差はいまだ僅少.
  2. ゲルマン語派の系統図 ( #182 )
  3. 英語と古ノルド語の近さ ( #389 , #931 )
  4. Cf. 現代の北欧諸語間の近さ ( #1499 )
  5. 民族的,文化的にも近く「兄弟」のように喧嘩し「兄弟」のように仲直りした.
  6. また,ルーン文字も共有していた ( #1006 )
  7. このように互いに近い言語が交わったとき,著しい変化が・・・

3. 古ノルド語が英語の語彙に及ぼした影響

  1. 語彙
  2. 地名・人名
  3. 語の意味
  4. 句動詞

古ノルド語からの借用語

  1. フランス語やラテン語からの借用語に比べれば多くなく,
  2. 現代標準英語に残るのは900語ほどだが,
  3. 基本語や機能語などの高頻度語が多く,
  4. 本来の英語と区別がつかないほど深く浸透.
  5. イングランドの東部・北部の方言を含めれば倍増する.( #2625 , #2693 )
  6. 例:they, their, them; both, though; die, get, give, hit, seem, take, want; cake, call, egg, gift, guest, husband, ill, kid, law, leg, low, same, score, sister, skin, sky, steak, week, window

古ノルド借用語の日常性

  1. 英語ではない英語の文:
    Though they are both weak fellows, she gives them gifts.
  2. デンマークの英語学者 Jespersen のコメント ( #340 ):

    An Englishman cannot thrive or be ill or die without Scandinavian words; they are to the language what bread and eggs are to the daily fare. (Jespersen)

  3. guest と host ( #170 )
  4. give と get ( #169 )
  5. Cf. she の語源説 ( #827 )

イングランドの地名の古ノルド語要素

  1. 古ノルド語由来の地名が1400以上
  2. 東部・北部の "Danelaw" に集中
  3. -by (町): Derby, Rugby, Whitby
  4. -thorpe (村):Althorp, Bishopsthorp, Mablethorpe
  5. -thwaite (空地):Applethwaite, Braithwaite, Storthwaite
  6. -toft (農家):Eastoft, Langtoft, Nortoft
  7. 地名の分布 ( #818 )

英語人名の古ノルド語要素

  1. 父称 ( #1673 )
  2. 人名 -son の出身地の分布 ( #1937 )
  3. 地名と人名における英ノ混交の意義

古ノルド語からの意味借用

  1. 意味借用とは ( #2149 )
  2. bloom : 古英語 「鉄塊」,古ノルド語 「花」
  3. bread : 古英語「破片」,古ノルド語「パン」
  4. dream : 古英語「喜び」,古ノルド語「夢」
  5. gift : 古英語「持参金,結婚」,古ノルド語「贈り物」

句動詞への影響

  1. 句動詞: give up , stand by などの動詞と小辞を組み合わせた表現
  2. 古英語では一般的ではないが,古ノルド語ではよく発達していた
  3. 言語接触により英語でも使用が促進されたか?

4. 古ノルド語が英語の文法に及ぼした影響

  1. 影響が論じられている文法事項 ( #1253 )
  2. 屈折の衰退への影響
    • 古英語から中英語にかけて格と性の屈折が衰退し,
    • 形態論が大幅に再編成され,
    • 現代英語の文法の基礎がつくられた.
    • Cf. 古英語の屈折表は こちらのPDF

形態論再編成の「いつ」と「どこ」

  1. 11世紀〜12世紀を中心とする古英語から中英語への過渡期に,
  2. 北部方言では早く急速に,
  3. 南部方言では遅く緩慢に進んだ.
  4. Cf. 形態論再編成の「どのように」と「なぜ」

古英語では屈折ゆえに語順が自由

  1. se hlāford lufaþ þā hlǣfdigan (The lord loves the lady.)
  2. þā hlǣfdigan lufaþ se hlāford (The lord loves the lady.)
  3. se hlāford þā hlǣfdigan lufaþ (The lord loves the lady.)

古英語では屈折ゆえに前置詞が必須でない

  1. Gode ælmihtegum sie þonc (Thank be to Almighty God)
  2. se mann is wisdomes full (The man is full of wisdom.)

古英語では文法性が健在 ( #28 )

  1. 性の付与は原則としてランダムだが,一部,語尾による見分け方あり
  2. 冠詞や代名詞の呼応あり ( #154 , #155 )
    • se mōna (the moon): 男性名詞
    • sēo sunne (the sun): 女性名詞
    • þæt wīfmann (the woman): : 中性名詞

古英語は屈折語尾が命の言語

  1. 古英語は,語と語の関係を示す格や名詞の所属を示す性などの多様な文法情報を屈折語尾に詰め込む言語(=総合的な言語)だった.
  2. そのため,語順や前置詞は文法関係を示すのに副次的な役割しか果たさなかった.

古英語の文章の例

793年,ヴァイキングによるリンディスファーン島襲撃の様子を描いた文章 ( The Peterborough Chronicle より; #2894 )

Ann. dccxciii. Her ƿæron reðe forebecna cumene ofer noðhymbra land . 7 þæt folc earmlic breȝdon þæt ƿæron ormete þodenas 7 liȜrescas . 7 fyrenne dracan ƿæron ȝeseƿene on þam lifte fleoȝende. þam tacnum sona fyliȝde mycel hunȝer . 7 litel æfter þam þæs ilcan ȝeares . on . vi. id. ianr . earmlice hæþenra manna herȝunc adileȝode ȝodes cyrican in lindisfarna ee . þurh hreaflac 7 mansliht . 7 Sicȝa forðferde . on . viii . kl. martius.

(Year 793. Here were dreadful forewarnings come over the land of Northumbria, and woefully terrified the people: these were amazing sheets of lightning and whirlwinds, and fiery dragons were seen flying in the sky. A great famine soon followed these signs, and shortly after in the same year, on the sixth day before the ides of January, the woeful inroads of heathen men destroyed god's church in Lindisfarne island by fierce robbery and slaughter. And Sicga died on the eighth day before the calends of March.)

屈折語尾の水平化

  1. 「古英語は屈折語尾が命の言語」だったにもかかわらず,それが中英語にかけて水平化してしまった.
  2. se , sēo , þæt などの冠詞は,いずれも the へ.
  3. hlǣfdigan (対格)や hlæfdige (主格)は,いずれも lady へ.
  4. その結果,文法関係を示す第一の手段としての屈折が機能しなくなり,
  5. 文法関係を示す第二の手段だった語順と前置詞が第一の手段へ.

語順や前置詞に依存する言語へ

  1. þā hlǣfdigan lufaþ se hlāford the lord loueth the lady
  2. sēo hlǣfdige þone hlāford lufaþ → the lady loueth the lord
  3. God e ælmihtegum sie þonc → Thanks be to Almighty God
  4. se mann is wisdomes full → the man is full of wisdom

文法性から自然性へ

  1. 屈折語尾は部分的に文法性を標示する機能も担っていたので,
  2. 屈折語尾が水平化すると文法性も廃れた.
  3. 結果として,自然性へと移行した.
    • the moon (= it )
    • the sun (= it )
    • the woman (= she )

なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (1)

  1. ゲルマン語では語頭にアクセントが来るのが原則.
  2. 一方,語尾のアクセントは常に弱く,水平化・消失しやすい.
  3. 格や性の屈折は語尾で標示されたので,
  4. ゲルマン語では,格や性が常に機能不全になる恐れがある.

なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (2)

  1. しかし,語頭アクセントという言語内的な要因だけでは説明できない.
  2. 例えばゲルマン語の一つであるドイツ語はいまだ豊富な格と性を保持している. ( #154 )
  3. では,英語に特有の言語外的な要因とは?
  4. 古英語後期の古ノルド語との接触!

なぜ屈折語尾の水平化が起こったのか? (3)

  1. 古ノルド語と英語の主な違いは,屈折語尾にあった. ( #931 )
  2. 語尾さえ切り落とせば,語根はほぼ同じため,意思伝達が容易だった.
  3. 両言語の話者はすすんで語尾を切り落とした.
  4. Cf. 地名と人名における英ノ混交の意義

形態論再編成の「どのように」と「なぜ」

  1. 「どのように」: 屈折語尾の水平化
  2. 「なぜ」:
    1. ゲルマン語特有の第一音節アクセントの裏返しとしての語尾の弱化
    2. 古ノルド語との接触を通じての屈折語尾の切り落とし
  3. Cf. 形態論再編成の「いつ」と「どこ」
  4. 言語接触の強さと屈折の衰退の相関関係 ( #927 )

英文法の一大変化:総合から分析へ

  1. 中英語は,屈折語尾の水平化により,格や性を屈折語尾によって示す総合的な言語の性質を失い,語順や前置詞を重視する言語(=分析的な言語)へと移行した.文法性も自然性へと移行した.
  2. それに伴い,語順がSVOなどに固定していった.

5. なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」で固定なのか?

  1. 世界の言語の基本語準 ( #137 )
  2. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移:SOVからSVOへ ( #3127 )
  3. SOVとSVOの競合の時代 ( #132 )
  4. SVOへの自然で緩慢な流れがあったところに,古ノルド語との接触が強力なプッシュを加えた.
  5. Cf. 拙論 「連載 第11回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」「第12回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」

本講座のまとめ

  1. ヴァイキングの活動を通じて,ゲルマン語として共通点の多い英語と古ノルド語が長く激しく接触した.
  2. 結果として,古ノルド語の要素が英語の語彙にも深く入り込み,
  3. 語順を含めた英語の文法にも多大な影響を与えた.
  4. 古ノルド語は現代英語の基礎の重要な一部をなしている.

参考文献