hellog〜英語史ブログ

#4853. 音節とモーラ[syllable][mora][phonology][phonetics][prosody][typology][japanese]

2022-08-10

 音韻論上,音節 (syllable) とモーラ (mora) は異なる単位である.モーラのほうが小さい単位であり,たいてい長母音や2重母音は音節としては1音節とカウントされるが,モーラとしては2モーラとカウントされる.日本語からの例から,両者の関係を整理しておこう(窪薗,p. 15).

単語 音節 モーラ
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オバマ 3 (o.ba.ma) 3 (o-ba-ma)
ブッシュ 2 (bus.syu) 3 (bu-s-syu)
クリントン 3 (ku.rin.ton) 5 (ku-ri-n-to-n)
トヨタ 3 (to.yo.ta) 3 (to-yo-ta)
ホンダ 2 (hon.da) 3 (ho-n-da)
ニッサン 2 (nis.san) 4 (ni-s-sa-n)

 ロシアの言語学者 Trubetkoy によれば,世界の言語は「モーラ言語」と「音節言語」に分類できるという.これに従うと,日本語はモーラ言語,英語は音節言語ということになる.しかし,窪薗 (16--17) は,最小性制約 (minimality constraint) の事例に触れながら,次のように指摘している.

 人間の言語を音節言語とモーラ言語に分ける考え方は,言語間の違いをある程度捉えている一方で,音節とモーラを共存できない単位として捉えるという問題点をはらんでいる.実際には,英語のような「音節言語」にもモーラは必要であり,一方,日本語(標準語)のように「モーラ言語」とされる言語にも音節が不可欠となる.
 例えば英語では,1音節の語は多いが1モーラの語は許容されない.[pin] pin や [pi:] pea という2モーラの1音節語は存在するが,[pi] という1モーラの長さの1音節語は存在しない.偶然に存在しないのではなく,構造的に許容されないのである.……〔中略〕……最小性制約は英語のアルファベット発音にも表れており,アルファベットを1つずつ語として発音する場合には A は [æ] ではなく [ei],B も [b] や [bi] ではなく [bi:] と2モーラ(以上)の長さで発音される.
 一方,モーラ言語とされる日本語(標準語)の記述にも音節という単位が不可欠となる.例えば外来語の短縮形には〔中略〕「2モーラ以上」という条件だけでなく,「2音節以上」という条件も課される.チョコ(<チョコレート)やスト(<ストライキ)という2音節2モーラの短縮はあっても,*パン(<パンフレット)や*シン(<シンポジウム),*パー(<パーマエント(ウェーヴ))という短縮形が許容されないのはこのためである.2モーラの音節で始まる語は3モーラ目までを残して,2音節の短縮形(パンフ,シンポ,パーマ)が作り出される.


 ここから,音節とモーラは二律背反的な単位ではなく,1つの言語のなかで同居し,補完的な関係にある単位ととらえる必要があることが分かる.日本語の音節やモーラについては,以下の記事も参照.

 ・ 「#1023. 日本語の拍の種類と数」 ([2012-02-14-1])
 ・ 「#3719. 日本語は開音節言語,英語は閉音節言語」 ([2019-07-03-1])
 ・ 「#3720. なぜ英語の make は日本語に借用されると語末に母音 /u/ のついた meiku /meiku/ となるのですか?」 ([2019-07-04-1])
 ・ 「#4621. モーラ --- 日本語からの一般音韻論への貢献」 ([2021-12-21-1])
 ・ 「#4624. 日本語のモーラ感覚」 ([2021-12-24-1])

 ・ 窪薗 晴夫 「第1章 音韻論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.

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