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phonetics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-12-05 17:33

2014-01-18 Sat

#1727. /ju:/ の起源 [phonetics][diphthong][vowel][french][yod-dropping]

 「#841. yod-dropping」 ([2011-08-16-1]) 及び「#1562. 韻律音韻論からみる yod-dropping」 ([2013-08-06-1]) の記事で,/juː/ が /uː/ へ変化している音韻過程をみた.だが,この音韻過程の入力である /juː/ はいつどのように発生したのだろうか.
 調べてみると,時期としては初期近代英語のことらしい./juː/ は,先立つ /ɪʊ/ が強勢推移を起こして上昇2重母音 (rising diphthong) となったものと考えらるが,この /ɪʊ/ 自体は,中英語における (1) /ɛʊ/ の第1構成素の上げに由来するものと,(2) フランス語 /yː/ を置換したものを含む /ɪʊ/ の継続によるものとに区別される.中尾 (171, 291) より,単語例を示そう.

 (1) beauty, dew, deuce, ewe, ewer, few, fewter (the rest for a lance), feud, hew, lewd, mew, neuter, newt, Newton, pew, pewter, sewer, shew, strew, spew, sleuth, shrew, sew (juice), shrewd, thew (custom)
 (2) allude, accuse, ague, adieu, allusion, brew, blue, blew (pt.), bruise, brute, clew, chew, cube, conclude, confuse, cruel, confusion, crew, due, drew, duke, excuse, eschew, fruit, flute, fume, funeral, fluid, fuel, grew, glue, humor, hue, humility, issue, Jew, jewel, juice, June, July, jute, knew, lunatic, lute, leeward, lieu, luminous, minute, Mathew, mutilate, new, newel, pseudonym, puny, prune, prudent, plume, rude, rule, refute, refuse, ruin, rumour, refuse (n.), rue, ruth, resolution, ModE shugar (sugar), ModE shue (sue), ModE shure (sure), sinew, ModE shute (suit), salute, solution, tulip, truce, threw, true, truth, Tuesday, tunic, tune, u, use, union, usage, usuary, usurer, view, yew, youth; ModE aventure, aventurous, creature, measure, nature, virtue, fortune, rescue, nephew, multitude, Hebrew, eschew, deluge, curfew, Andrew, absolute, ambiguous, Bartholomew

 /ɪʊ/ から /juː/ への変化は,「語頭では1560年ごろから始まり1640年ごろにはかなり普通となる」(中尾,p. 290).その後も揺れは続いたが,18世紀には確立したようだ.
 なお,/r/ が後続する /juːr/ は,同様に中英語の /ɪʊr/, /ɛʊr/ に由来し,次のような語を含む.cure, curate, curio, curious, curiosity, conjure, dure, endure, Europe, ewer, fury, figure, immure, jury, lure, luxurious, mature, measure, nature, natural, obscure, pure, purity, procure, plural, premature, secure, sure, surety sewer, your.
 関連して「#199. <U> はなぜ /ju:/ と発音されるか」 ([2009-11-12-1]) の記事も参照.とりわけ shew の音声と綴字の発達については「#1415. shewshow (1)」 ([2013-03-12-1]) を参照.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2013-12-15 Sun

#1693. 規則的な音韻変化と不規則的な形態変化 [entropy][phonetics][analogy][morphology][i-mutation]

 残念ながら,どの文献で読んだかは失念したが,「音韻変化は規則的に生じるが形態論に不規則性をもたらし,形態変化は不規則に生じるが形態論に規則性をもたらす」という謂いがある.音韻変化と形態変化(典型的には類推作用)の特徴をうまく言い表したものである.「#838. 言語体系とエントロピー」 ([2011-08-13-1]) の記事では,同じことを「形態論において,規則的な音声変化はエントロピーを増大させ,不規則的な類推作用はエントロピーを減少させる」と換言した(関連して,「#1674. 音韻変化と屈折語尾の水平化についての理論的考察」 ([2013-11-26-1]) も参照).
 具体例を1つ挙げよう.「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]) で取り上げたように,foot (sg.) vs feet (pl.) は現代英語では形態的に不規則ととらえられている.大部分の名詞が屈折形態素 {s} を付加するという規則で複数形を作ることに照らせば,確かに不規則といって然るべきである.しかし,この不規則性の由来を探ると,i-mutation と呼ばれる規則的な音韻変化に行き着く.規則的な過程であれば,その結果も規則的になるはずではないかと疑われるかもしれないが,音韻変化でいう規則性とは多くの場合条件つき規則性であるというのがミソである.foot -- feet の場合には,後続音節に前舌高母音 /i/ が含まれることが条件である.しかも,この /i/ が後に消失してしまうという,さらなる音韻変化が作用した結果,件の複数形は予想不可能な形態をもつに至ってしまった.以上をまとめれば,音韻変化の規則性とはあくまで条件つきの規則性であることが多く,さらにそのような音韻変化が複数重なることにより,実際上は予測不可能な形態に至ってしまうものなのである.これで,上記の謂いの前半部分「音韻変化は規則的に生じるが形態論に不規則性をもたらす」が説明される.
 次に,後半部分「形態変化は不規則に生じるが形態論に規則性をもたらす」に移ろう.foot -- feet と同様に,古英語では「本」を表わす bōc の複数(主格・対格)形は i-mutation の効果で bēc という形態だった.そのまま現代英語に伝わっていれば,*beech などとなっていたはずだが,この語に関しては類推 (analogy) の作用により,大多数の -s 複数形に呑み込まれ,中英語以降に books と「規則化」した.ここでは類推という典型的な形態変化の過程が結果として規則性をもたらしたことになるが,bōc には働き,fōt には働かなかったという意味で,単発的である.どの語に働くのか予測不可能なのであるから,その点では不規則である.
 規則的な音韻変化が形態論に不規則性をもたらし,その不規則性を部分的に修復するかのように,形態変化が不規則に作用する.音韻変化はさながら自然的,機械的,無意識的であり,形態変化はさながら人為的,選択的,意識的である,と対比できようか.このような相反する機構がシーソーのように繰り返し作動し,言語変化を駆動しているのだろう.
 音韻変化と形態変化の特性の対比について,タンバ (56) が似たようなことを述べている.時期と時間的長さという点においても,2つの変化の間に明確な対比があるという指摘は重要だろう.

音素は,規則的な音韻法則によって変化するが,その法則はある時期ある一定のあいだだけに適用されるものである.一方,形態素は不規則に変化し,その変化は時期,時間的長さによって限定されない.


 ・ イレーヌ・タンバ 著,大島 弘子 訳 『[新版]意味論』 白水社〈文庫クセジュ〉,2013年.

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2013-11-24 Sun

#1672. 気流機構 [phonetics]

 通常,言語音を発するのには,肺から出される呼気を用いる.原理としては肺へ流れ込む吸気を用いて音を出すこともできるし,肺を使わずに別の音声器官により生み出された気圧差により気流を作り,それを用いて音を出すこともできる.気流機構 (airstream mechanism) ,すなわち気流の作り方と気流の進む方向に着目して言語音を整理すると,以下のような表となる.

Airstream Mechanism


 言語音ではあっても,何らかの言語において音韻的対立を示さないものについては特に名前がつけられておらず,表中でも多くが空欄となっている.例えば,buccal airstream はドナルドダックのように頬を利用して気流を作る方法だが,これを通常の気流機構として用いることはない.oesophageal は食道からの空気の流れを用いるもので,げっぷのときに確認される気流機構である.通常は用いられないが,手術などで声帯を除去した人が言語音のために用いることがあるため,表中に掲げてある.
 velaric airstream は軟口蓋を閉鎖して気圧差を高め,気流を生み出すメカニズムで,click と呼ばれる吸着音(舌打ち音)がよく知られている.原理的には気流を外へ向ける発音も可能だが,内へ向けるのが普通である.南アフリカで話されている Sotho, Zulu, Xhosa などの Bantu 諸語や,Bushman, Khoikhoi などの Khoisan 諸語で各種の吸着音が音韻的対立を示す (「#1314. 言語圏」の記事[2012-12-01-1]を参照).吸着音では,調音点により両唇音,歯音,側音,そり舌音などが区別される.非難やいらだちを表わすのに,英語では tut という間投詞が発せられるが,これは吸着音である.日本語の「チェッ」も吸着音の破擦音である.
 glottalic airstream は声門を閉鎖して,それを上下させることによって,気流を生み出すメカニズムである.外向きの気流になれば ejective (放出音)と呼ばれ,英語でもイングランド北部方言などで up, get, pick などの最後の子音の発音として現れることがある.逆に,内向きの気流になれば implosive (内破音)となり,入ってきた気流が声帯を振動させると,有声の内破音となる.内破音は,Ibo などアフリカの言語やアメリカ先住民の言語でよく聞かれる.
 肺の吸気は,激しい運動の直後など息が切れているときの発話に見られるが,一般的に用いられることはない.
 以上,Crystal (20--23) を参照した.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2013-11-08 Fri

#1656. 口で知覚するのか耳で知覚するのか [speech_perception][phonetics]

 聴覚知覚 (auditory perception) の1分野である言語の音声知覚 (speech perception) では,人が言語音をどのようにして認識し理解するかが研究されている.聴者は音声知覚にあたって,能動的な解読に関わっているのか,あるいは受動的に音声メッセージを受けているだけなのか.昨日の「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]) と関係が類似している理論的な問題として,口で知覚するのか耳で知覚するのかという議論を,Crystal (48--50) に拠りながら紹介する.
 まず,聴者が音声メッセージを知覚するときには,自らがそれを発する際にどのように発音するかという知識を参照しながら解読作業を行っている,とする説がある.例えば,1960年代に提起された motor theory (運動説)によれば,聴者は話者の調音の動きを内的に参照しているとされる.聴者は自らも音声器官を動かしているかのようにして聴きとっているという説だ.
 同様に聴者に能動的な役割を認める説に analysis by synthesis (合成による分析)がある.これによれば,聴者は入ってくる音響信号を抽象的な特徴群へと分析する心的規則をもっているとされる.同じ心的規則は発話の際にも用いられ,そこでは特徴群を合成して音響信号を作り出すのに寄与する.同じ心的規則が,知覚と産出とで逆方向ではあるが,使い回されるという説である.この立場では,知覚(耳)と産出(口)は不可分ということになる.
 一方,聴者は音声知覚にあたってそれほど能動的な役割を果たしていないとする立場もある.聴者は単に音声メッセージを受け,波形の規則的な弁別特徴を認識し,解読するという知覚過程を受動的に経験するにすぎないと考える.例えば,template matching (テンプレート照合)という仮説によれば,入ってくる聴覚パターンを抽象的な発話パターン(例えば母音や音節などの単位)へ照合させる機構が脳内に格納されているという.別の feature detector theory (特徴検出器説)では,ある種のフォルマントなど,音声刺激の特定の特徴に反応する神経感覚器官 (feature detectors) が存在し,それを利用して音声知覚しているのだという.
 上記の諸説にはそれぞれ一長一短ある.「口で知覚する」説は,聴者がどのように話者の訛り,声質,話す速度などの違いに柔軟に対応できるのかを説明するのに都合がよい.シャドーイングにおいて聴者が話者よりも先を越して発音してしまう例は,耳と口を連動させて能動的に聴いている証拠となり得る.「耳で知覚する」説は,病理的な理由で発話はできないが音声知覚はできるという失語症患者の存在によって支持される.また,聴者が,吃音症の話者,第2言語学習者,幼児などの調音をまねることが難しい話者からの音声メッセージでも十分に解読できるという事実も,「耳で知覚する」説に有利である.今回も,両方の説の組み合わせが,音声知覚の現実を最もよく説明するのではないか.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2013-10-26 Sat

#1643. 喉頭音理論 [reconstruction][indo-european][laryngeal_theory][etymology][phonetics][saussure][hittite]

 「#1640. 英語 name とギリシア語 onoma (2)」 ([2013-10-23-1]) で話題にした喉頭音理論 (laryngeal theory) について,もう少し解説する.
 理論の提唱者は,Ferdinand de Saussure (1857--1913) である.Saussure は,1879年の印欧祖語の動詞の母音交替に関する研究 (Mémoire sur le système primitif des voyelles dans les langues indo-européennes. Leipzig: 1879) で,内的再建の手法により,印欧祖語 (IE) の長母音は,基本母音 e/o とある種の鳴音 ("coéfficients sonantiques") との結合によって生じたものであると仮定した.この鳴音はデンマークのゲルマン語学者 H. Mó により,セム語で ə と表記される喉頭音 (laryngeal) と比較された.この仮説はしばらくの間は注目されなかったが,20世紀初頭の Hittite の発見と解読にともない(「#101. 比較言語学のロマン --- Tocharian と Anatolian」 ([2009-08-06-1]) を参照),そこに現れる ḫ が問題の喉頭音ではないかと議論されるようになった.
 喉頭音理論によれば,IE の長母音 ē, ā, ō は,schwa indogermanicum と称されるこの ə が,後続する短母音と結びつくことによって生じたものだという.この喉頭音は,Hittite を含む少数の Anatolia 語派の言語に痕跡が見られるのみで他の印欧諸語では失われたが,諸言語において母音の音価を変化 (coloring) させた原因であるとされており,その限りにおいて間接的に観察することができるといわれる.
 喉頭音理論で仮定されている喉頭音の数と音価については様々な議論があるが,有力な説によると,h1 (neutral, e-coloring), h2 (a-coloring), h3 (o-coloring) がの3種類が設定されている.それぞれの音価は,無声声門閉鎖音,無声喉頭摩擦音,有声喉頭摩擦音であるとする説がある (Fortson 58) .
 喉頭音理論は印欧諸語の母音の解明に貢献してきた.しかし,Hittite の研究が進むにつれ,そのすべてが古形ではないこと,問題の ḫ が子音的性質 (schwa consonanticum) をもつことが分かってきて,喉頭音理論を疑問視する声があがってきた.現在に至るまで,同理論は印欧語比較言語学における最重要の問題の1つとなっている.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.

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2013-10-23 Wed

#1640. 英語 name とギリシア語 onoma (2) [reconstruction][indo-european][laryngeal_theory][etymology][phonetics][saussure][hittite]

 昨日の記事「#1639. 英語 name とギリシア語 onoma (1)」 ([2013-10-22-1]) に引き続き,ギリシア語 onoma の語頭母音 o- の謎に迫る.
 参考資料にもよるが,name の再建された印欧祖語形は *nomn-, *nomen- などとして挙げられていることが多い.しかし,印欧語比較言語学のより専門的な立場からは,さらに早い段階の形態として,ある別の音が語頭に存在したはずだと主張されている.昨日の記事でも参照した Watkins の印欧語根辞書より,該当箇所を掲げよう.

IE Root of

 問題となるのは,1行目のかっこ内にある "Oldest form" である.n の前に,ə1 という記号が見える.この記号は参考書によっては H1h1 とも書かれる.これは,印欧語比較言語学で長らく議論されている一種の喉頭音 (laryngeals) で,具体的にどのような調音特性をもっているのかについては議論があるが,印欧諸語の多くの形態を説明するのに理論的にぜひとも想定しなければならないと考えられている音である.
 1879年,かの Saussure が印欧祖語におけるこれらの喉頭音の存在を予見したことはよく知られている.ただし,この「喉頭音理論」 (laryngeal theory) が注目を集めるまでには,1915年の Hittite 文献の解読に伴い,対応する喉頭音の実在が明らかにされるのを待たなければならなかった.Saussure 以来,Meillet, Kuryłovicz, Benveniste, Szemerényi などの碩学が喉頭音の分布の問題に挑んできたが,いまだに解決には至っていない.同理論を疑問視する立場もあり,このような学問的な立場の違いにより,祖語の異なった解釈や再建がなされる事態となっている(『英語語源辞典』, p. 1655).
 喉頭音理論によれば,語頭で子音の前位置の喉頭音は,Greek, Armenian, Phrygian では母音化したが,他の多くの言語では母音化せずに消失した (Fortson 57) .したがって,問題の再建された語頭の ə1 は,英語を含む多くの言語では消失し,痕跡を残していないが,ギリシア語など少数の言語では母音化して残っていることになる.例えば,Laconian Greek では人名としての énuma が残っており,予想されるとおり,語頭に e が見られる.一方,Greek ónoma は語頭に e ではなく o を示すが,これは後続音節の後舌母音に影響されて,本来の e が後舌化したものと考えられる (Pokorny 321) .Fortson (111) の解説を引用しよう.

Fortson's Explication of Reconstruction of IE

 このように,英語 name に対するギリシア語 ónoma の語頭母音を説明するには,喉頭音理論という大装置を持ち出す必要がある.しかし,喉頭音理論そのものがいまだに議論されているのであり,上記とて,あくまで1つの可能な説明としてとらえておくべきかもしれない.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
 ・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.
 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.
 ・ Pokorny, Julius. Indogermanisches etymologisches Wörterbuch. 2 vols. Tübingen and Basel: A. Francke Verlag, 2005.

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2013-10-17 Thu

#1634. 「エキシビジョン」と equation [phonetics][spelling][pronunciation][spelling_pronunciation]

 『すっきりわかる!超訳「カタカナ語」事典』という文庫を買ってぱらぱら読んでいたら,「エキシビション」の項で「エキシビジョン」と発音する人が多いとのコメントにが目にとまった.英語では exhibition /ˌɛksɪˈbɪʃən/ なので「ション」の発音で借用されたはずだが,フィギュアスケートなどの公開演技は確かに視覚に訴えるものなので,vision /ˈvɪʒən/ からの類推で「ジョン」と発音されたり書かれたりすることが多くなったのだろう.中納言によれば,エキシビションが13件,エキシビジョンが7件ヒットした.
 モデルの英単語 <exhibition> を参照する規範的な論者であれば,英語の <-tion> は /-ʃən/ に厳密に対応し,/-ʒən/ に対応することはないので,/ション/ が正しいと議論するかもしれない.原則としてはその通りなのだが,英語にも <-tion> = /ʒən/ の対応例が1つある.equation /ɪˈkweɪʒən/ である.
 正確にいえば,equation には /ɪˈkweɪʒən/ と /ɪˈkweɪʃən/ の両方の発音があるのだが,綴字と発音の規則から逸脱する前者のほうが圧倒的によく使われる.LPD によると,アメリカ英語では90%が /ɪˈkweɪʒən/ の発音だという.

Pronunciation of

 両発音の揺れは理解できる.英語では,語尾において /-ʃən/ と /-ʒən/ との揺れが観察される語が少なくないからである.例えば,conversion, dispersion, version, Asian (「#919. Asia の発音」の記事[2011-11-02-1]を参照), Persian などで揺れが見られる.ただし注意すべきは,揺れを示すこれらの語の綴字は,<-sion> や <-sian> のように <s> をもつものがほとんどであり,equation の例のように <-tion> をもつものはないといってよい.<s> だからこそ /ʃ/ と /ʒ/ のあいだで揺れ得るのであって,<t> では原則として無声の /ʃ/ で固定のはずだ.この綴字と発音の規則を参照すれば,綴字発音 (spelling_pronunciation) の圧力により equation /ɪˈkweɪʒən/ が流行するということは考えにくいが,実際に現在優勢であるということは,綴字と発音の規則が関与する以上に,<-sion> に代表される語の /ʃ/ と /ʒ/ の揺れのほうに強く巻き込まれてしまったと想定するのが妥当だろう.この問題を掘り下げるには,equation を含む発音の揺れを示す語について,揺れの発生時期とその後の分布などを通時的に調査する必要がある.
 エキシビ「ジ」ョン派にとっては残念なことに,英語 exhibition にはまだ */ˌɛksɪˈbɪʒən/ の発音は現れていない.ただし,名前をもじったロックバンド ExhiVision は実在する.

 ・ 造事務所(編著) 『すっきりわかる!超訳「カタカナ語」事典』 PHP研究所〈PHP文庫〉,2012年.
 ・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.

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2013-10-03 Thu

#1620. 英語方言における /t, d/ 語尾音添加 [phonetics][dialect][dialectology][consonant]

 「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) で,語尾音添加 (paragoge) の例として,語末の /n/ や /s/ の後に /t/ や /d/ が挿入されるものが多いとして,ancient, tyrant, parchment; sound; against, amidst, amongst, betwixt, whilst などを挙げた(とりわけ -st 語群については ##508,509,510,739,1389,1393,1394,1399,1554,1555,1573,1574,1575 の記事を参照).
 s の後に t が添加されやすい調音音声学的な根拠は,「#1575. -st の語尾音添加に関する Dobson の考察」 ([2013-08-19-1]) で Dobson (§437) が述べているように,"at the end of the articulation of [s] the tip of the tongue is raised slightly so as to close the narrow passage left for [s], and the stop [t] is thus produced" ということだが,この語尾音添加がどの単語において生じるかは予測できない.n の後の t, d の添加も,調音点が同じであるという同器性の観点から一応の説明は可能だが,どの単語において語尾音添加が実現するのかは,やはり予測不能である.
 同じ #1575 の記事では,Wright が近代英語方言からの例をいくつか挙げていると言及した.実際に Wright (§295) に当たってみると,そこでは語末の t の挿入だけでなくその脱落も一緒に議論されていた.予想されるとおり,脱落のほうが頻繁に観察されるようだ.イギリス諸島の諸方言で,語末の st から t が脱落している例が見られる (ex. beas(t), betwix(t), fas(t), jois(t), las(t), nex(t)) .そして,k, p の後でもスコットランドの諸方言で t の脱落が見られる (ex. fak(t), strik(t), korek(t), temp(t), bankrup(t)) .さらに,f の後の脱落もマン島方言などで drif(t), lif(t), wef(t) などに見られる.最後に,n の後の脱落は,諸方言で sergean(t), serpen(t), servan(t), warran(t) などの語において頻繁に生じている.
 一方,問題の語末の t の挿入のほうだが,脱落ほど広範ではないものの,少数の方言で次のような語に観察される.以下,標準化した綴字で,sermon(t), sudden(t), vermin(t), scuf(t) (scruff), telegraph(t), ice(t), nice(t), hoarse(t), once(t), twice(t).脱落の場合と同様に n, f, s の後位置が多いことから,挿入と脱落は互いに揺れ合う関係と見てよいだろう.なお,標準語に入っているものとしては,ancient (< Fr. ancien), pheasant (O.Fr. faisan) がある.
 d の語尾音添加についても,Wright (§306) から例を拾っておこう.この音韻過程は,l, n, r の後位置で,主として Yorkshire より南の方言において時折見られるとされる.feel(d), idle(d), mile(d), school(d), soul(d), born(d), drown(d), gown(d), soon(d), swoon(d), wine(d), yon(d), scholar(d)
 上記の語尾音添加の例をみる限り,調音音声学的な根拠および傾向は認められるが,どの語において実現されるかを予測することは,やはり不可能のようだ.個々のケースにおいて,他の諸要因が関与し,結果として語尾音が添加されたということだろう.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. Vol. 2. Oxford: OUP, 1968. 2 vols.
 ・ Wright, Joseph. The English Dialect Grammar. Oxford: OUP, 1905. Repr. 1968.

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2013-10-01 Tue

#1618. 英語の /l/ と /r/ [phonetics][consonant][spectrogram]

 「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]),「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]),「#1614. 英語 title に対してフランス語 titre であるのはなぜか?」 ([2013-09-27-1]) の記事で,/l/ と /r/ の交替する事例を見てきた.日本語母語話者は,英語学習上,両音の識別が大事であることをよく知っているので,この種の話題に関心をもちやすい.だが,両音が似ていることは知っているが,具体的にはどのように似ているのだろうか.今回は,英語の /l/ と /r/, およびその異音に関する音声学的な事実を紹介したい.以下,『大修館英語学事典』 (325--28) の両音についての記述を要約する.
 英語の側音 /l/ は舌先を歯茎につけて調音するが,音節内での位置に応じて2つの異音が区別される.母音および /j/ の前では前舌部が硬口蓋に向かって上げられ,前母音に似た響きをもつ clear l が発せられる.休止と子音の前では,後舌部が軟口蓋に向かって上げられ,後母音に似た響きをもつ dark l が発せられる./l/ は原則として有声音だが,気息を伴う /ph, kh/ に後続する場合には無声化する.音響学的にいえば,/l/ は非常に母音的であり,一般的なな子音とは異なり明白なフォルマントを示す.第1フォルマント (F1) と第2フォルマント (F2) が,clear l では前母音に特徴的な領域に現われ,dark l では後母音に特徴的な領域に現われる.
 一方,/r/ は,音声環境や応じて,また話者や使用域に応じて,いくつかある異音のいずれかとして実現される.語頭で母音が続く位置,/d/ 以外の有声音に続く位置では,接近音として発音される./d/ に後続する場合には有声摩擦音となる.気息を伴う /ph, th, kh/ に後続する場合には無声摩擦音となる.母音間,あるいは /θ, ð/ や /b, g/ の後位置で,ときに弾音が用いられる.また,格調高い詩の朗読などに顫動音が用いられることもある.音響学的には,/r/ は側音 /l/ と同様,非常に母音的である./r/ と /l/ の音響学的な差は,主として F3 が引き起こすフォルマント推移に見られる.Fry, D. B. (The Physics of Speech. Cambridge: CUP, 1979) による「l と r のスペクトログラム」を,『大修館英語学事典』 (327) より再掲しよう.

Formants of l and r

 それぞれ mallowmarrow の発音をスペクトログラフにかけた結果である./l/ では F3 は前後の母音の F3 とほぼ同じ領域に現れるのに対し,/r/ では F3 が深い谷を形成する.この F3 の振る舞いの差異は,前後の母音から独立して保持される.英語の /l/ と /r/ を聞き分けるのに困難を感じる日本語母語話者は,なかんずく両音における F3 の変動に対して感度が低いということになろうか.

 ・ 松浪 有,池上 嘉彦,今井 邦彦(編) 『大修館英語学事典』 大修館書店,1983年.

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2013-09-27 Fri

#1614. 英語 title に対してフランス語 titre であるのはなぜか? [etymology][reduplication][consonant][phonetics][dissimilation][doublet][metathesis][french][sobokunagimon]

 9月12日に「素朴な疑問」コーナーで次のような質問をいただいた.「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]) を受けて,同じ [r] と [l] の交替に関する質問である.

uca 2013-09-12 02:50:55
先日のトピックで羅stellaと英starの関係について触れられていましたが、さらに疑問に感じたことがあります。それは、仏titreと英titleの関係です。これにはどういう経緯があったのでしょうか。ラテン語ではtitulusなので、この変化はあくまでフランス語内での変化なのでしょうか。ご教授いただければ幸いです。


 英語の title に対してフランス語は確かに titre である.語源をひもとくと,印欧祖語 *tel- (ground, floor, board) に遡る.この語根の加重形 (reduplication) をもとに印欧祖語 *titel- が再建されており,これが文証されるラテン語 titulus (inscription, label) へ発展したとされる.「平な地面や板に刻んだもの」ほどの原義だろう.ここから「銘(文),説明文,表題」などの語義が,すでにラテン語内で発達していた.このラテン語形は,古フランス語 title として発展し,これが英語へ借用された.初出は14世紀の初め頃である.ただし,古英語期に同じラテン語形を借用した titul が用いられていたことから,中英語の tītle は,この古英語形から発達したものと解釈する OED のような立場もある.いずれにせよ,英語では一貫して語源的な [l] が用いられていたことは確かである.
 すると,現代フランス語 titre の [r] は,フランス語史の内部で説明されなければならないということになる.英語やフランス語の語源辞典などにいくつか当たってみたが,多くは単に [l] > [r] と記述があるのみで,それ以上の説明はなかった.ただし,唯一 Klein は,"OF. title (in French dissimilated into titre)" と異化 (dissimilation) の作用の結果であることを,明示的に述べていた.
 Klein ならずとも,[r] と [l] の交替といえば,思いつく音韻過程は異化である.しかし,「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]) でも説明したとおり,異化は,通常,同音が語の内部で近接している場合に生じるものであり,今回のケースを異化として説明するには抵抗がある.例えば,フランス語でも典型的な異化の例は,couroir > couloir (廊下) や murtrir > multrir (傷つける)のようなものである.しかし,同音の近接とはいわずとも,調音音声学的な動機づけは,あるにはある.[t] と [l] は舌先での調音位置が歯(茎)でほぼ一致しているので,調音位置の繰り返しを嫌ったとも考えられるかもしれない.だが,[r] とて,現代フランス語と異なり当時は調音位置は [t] や [l] とそれほど異ならなかったはずであり,やはり調音音声学的な一般的な説明はつけにくい.異化そのものが不規則で単発の音韻過程だが,title > titre は,そのなかでもとりわけ不規則で単発のケースだったと考えたくなる.
 だが,類例がある.ラテン語で -tulus/-tulum の語尾をもつ語で,[l] が [r] へ交替したもう1つの例に,capitulum > chapitle > chapitre がある.共時的には,フランス語には英語風の -tle は事実上ないので,音素配列上の制約が働いているのだろう.歴史的に -tle が予想されるところに,-tre が対応しているということかもしれない.この辺りの通時的な過程および共時的な分布はフランス語(史)の話題であり,残念ながらこれ以上私には追究できない.
 話題として付け加えれば,英語 title あるいはフランス語 titre の派生語における [l] と [r] の分布をみてみるとおもしろい.フランス語では,派生語 titulaire, titulariser では,ラテン語からの歴史的な [l] を保っている.もちろん,英語 titular も [l] である.化学用語の英語 titrate (滴正する), titration, titrable, titrant は,フランス語の名詞 titre から作った動詞 titrer の借用であり,[r] を表わしている.また,英語で title と同根の tittle (小点;微少)についても触れておこう.この2語は2重語であり,形態上は母音の長短の差異を示すにすぎない.スペイン語の文字 ñ の波形の記号は tilde と呼ばれるが,これはラテン語 titulus より第2子音と第3子音が音位転換 (metathesis) したスペイン語形がもとになっている.したがって,title, tittle, tilde は,形態的にも意味的にも緩やかに結びつけられる3重語といってもよいかもしれない.

 ・ Klein, Ernest. A Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language, Dealing with the Origin of Words and Their Sense Development, Thus Illustrating the History of Civilization and Culture. 2 vols. Amsterdam/London/New York: Elsevier, 1966--67. Unabridged, one-volume ed. 1971.

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2013-09-14 Sat

#1601. 英語と日本語の母音の位置比較 [phonetics][japanese][vowel][rp]

 英語と日本語の調音の異同については,どの音声学の教科書でも詳述されているが,母音を調音する際の舌の位置については母音四辺形で対比的に示すのが最もわかりやすい.今井 (2) より,短母音と長母音の図を掲載する.

Vowel Trapezoid of Japanese and English

 上記の母音調音位置はそれぞれの言語の標準変種に基づいているが,その内部において,異音の幅もあれば,個人差もある.しかし,この図をみれば,日本語を母語とする英語学習者が,発音上,一般的に気をつけるべき点を多く見いだすことができるだろう.日本語の [エ] はやや高いので,ときに英語の [e] ではなく [ɪ] に近づくこと.英発音の [ʌ] は,案外と日本語の [ア] に近いこと.日本語の [ウ] と [オ] の差は比較的少ないが,英語で対応するとみなされている [uː] や [ʊ] と [ɔː] の差は比較的大きいこと.「ア(ー)」と音訳される [ɑː], [ɑ], [ɒ] は,いずれも英語では相当に奥まっていること,等々.
 概して,英語には周辺部や突端部で調音する母音が多く,口腔内が広く使われるという印象だ.一方,日本語の母音調音は,口腔の中央寄りにこじんまりと分布しているようだ.ぼそぼそ感といおうか,確かに口をあまり動かさずに「アイウエオ」と発音できてしまう.
 ただし,上の図の調音位置を不変の静的なものととらえるのは誤りである.この100年ほどの間の英語における調音位置の変化をみてみると,意外と変化の幅は大きい.Bauer (121) によると,RP をとってみても,[uː] の調音は上の図で表わされるよりも顕著に前寄りになってきているという.[ʌ] についても,明らかに前舌化が進んできているし,[æ] も図よりも若干後ろ寄りでの調音の傾向を示す証拠がある.言語変化は常に進行してるために避けられないことではあるが,概説書などの調音図は,原則として多少なりとも時代遅れの調音を表わすものだと考えておいてよい.

 ・ 今井 邦彦 『ファンダメンタル音声学』 ひつじ書房,2007年.
 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.

Referrer (Inside): [2015-04-17-1]

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2013-09-10 Tue

#1597. starstella [consonant][phonetics][dissimilation][assimilation][etymology][suffix][sobokunagimon]

 8月20日付けで,「素朴な疑問」コーナーにて次のような質問をいただいたので,考えてみたい.

piano 2013-08-20 09:25:05
Online Etymology Dictionaryでstarを調べますと、ラテン語だけ"stella" と最後の子音が"l"になっています。"r"→"l"という子音の変化はしばしば起こることなのでしょうか。ご教示いただけるとうれしいです。


 [r] と [l] の単語内での交替については,「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]) で見たとおり,いくつかの事例が確認される.異化 (dissimilation) と呼ばれる音韻過程の典型例である.しかし,今回の英語 star とラテン語 stella との対応は,[r] と [l] の異化とは無関係だろう.「#90. taperpaper」 ([2009-07-26-1]) や「#259. phonaesthesia異化」 ([2010-01-11-1]) でも触れたが,異化は [r] や [l] が単語内で繰り返し現れる場合に起こりやすい.つまり,異化は個々の単語において単発に生じるものであるとはいえ,その動機がでたらめなわけではない.star やその印欧諸語の同根語の語形をみてみると,特に流音の繰り返しは確認されないので,たまたまこの語に作用した異化とみなすのには無理がある.では,starstella の子音の対応は,ほかにどのように説明されるのだろうか.
 まず,語源形と同根語の形態をざっとみてみよう.印欧祖語では *ster- (star) が再建されている.より古い段階の *əster- から発展したとされ,一説によると Akkadian Ištal (Venus に相当する女神)からの借用語という.ゲルマン祖語としては *sternōn が再建され,ゲルマン諸語では OE steorra, Du. ster, OHG sterno/sterro, G Stern, ON stjarna, Goth. staírnō などが文証される.いずれも問題の子音は r である.なお,n を残す形態は,英語でも ON stjarna に影響を受けた stern という形態として北部方言でいまなお確認される.非ゲルマン系でも,Gk astḗr, Welsh seren, Skt stár, Hitt. haster-, Toch. A śreǹ (nom.pl.) と軒並み r が現れる.
 ところが,ロマンス系では Latin stella を含め,問題の子音は l に対応しているか,あるいは脱落したかである.このラテン語形は,俗ラテン語形 *stēla を経由して,F étoile, It. stella, Rum. stea などへと発達した.唯一の妙な例は,rl を両方含む Sp. estrella で,これは Gk āstron を借用した L astrum との混成を示している.
 結局のところ,英語 star やその他ほとんどの同根語にみられる r こそが歴史的な子音なのであって,ラテン語 stella に含まれる l は例外的だということになる.では,ラテン語の例外的な子音 l はいかにした生じたのだろうか.OED の star, n.1 の語源欄によれば,L stella は文証されない *ster-la から発展したものではないかという.この仮定される接尾辞 -la について OED は説明を与えていないが,Skeat の語源辞典が指摘する通り,指小辞 (diminutive) と考えてよいだろう(cf. フランス語 soleil (太陽)が語根+指小辞の語形成であることと比較).この la の直前の位置において,語根の rl に同化(異化ではなく)され,ll を示すようになったのではないか.ただし,Partridge の語源辞典では,IE *ster- の異形として *stel- が再建されていることも異論として付け加えておこう.
 ラテン語 stella に基づく英語への借用語には,固有名詞 Stella のほか,constellation, stellar, stellate などがある.英国留学中にお世話になったビール Stella Artois も例として外せない.

 ・ Skeat, Walter William, ed. An Etymological Dictionary of the English Language. 4th ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1879--82. 2nd ed. 1883.
 ・ Skeat, Walter William, ed. A Concise Etymological Dictionary of the English Language. New ed. Oxford: Clarendon, 1910. 1st ed. 1882.
 ・ Partridge, Eric Honeywood. Origins: A Short Etymological Dictionary of Modern English. 4th ed. London: Routledge and Kegan Paul, 1966. 1st ed. London: Routledge and Kegan Paul; New York: Macmillan, 1958.

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2013-08-19 Mon

#1575. -st の語尾音添加に関する Dobson の考察 [phonetics][euphony]

 昨日の記事「#1574. amongst の -st 語尾」 ([2013-08-18-1]) ほか,##508,509,510,739,1389,1393,1394,1399,1554,1555,1573 の記事で,-st の語尾音添加 (paragoge) について扱ってきた.この問題について Dobson (§437, pp. 1003--04) が,'excrescent' [t] として1ページほどを割いて議論している.かなり長いが,自らの参照の便のために引用する.

 Excrescent [t] in against, amidst, amongst, betwixt, whilst, &c. is explained by OED as due to the analogy of the superlative ending -est, and by Jordan, §199, as developing in phrasal groups when the prepositions were followed by te 'the'. But in view of the cases discussed in the preceding paragraph and in Note 1 and of the occurrence in modern dialects of [t] after [s] in words which do not have OE adverbial -es (see Note 3 below), we may explain [t] as developed by a phonetic process; at the end of the articulation of [s] the tip of the tongue is raised slightly so as to close the narrow passage left for [s], and the stop [t] is thus produced. But as this [t] is recorded earlier and more often, and in StE is confined to, prepositions and conjunctions, it is clear that a special factor is also operating, and that suggested by Jordan is altogether more likely than OED's (for there seems no good reason why the superlative should exercise the influence alleged); [þ] becomes [t] after spirants, including [s] (see Jordan, §205), and the tendency to develop excrescent [t] after [s] would therefore, in prepositions and conjunctions, be strongly aided by the fact that they were so commonly followed by the definite article in the form te. The development is shown sporadically from OE onwards in betwixt and in ME in against and whilst (see OED and Jordan, §199), but is not commonly recorded until the fifteenth century; but as it presupposes final [s] it must either antedate the change of unstressed -es to [əz], which is to be dated to the fourteenth century (see §363 above), or operate solely on forms with early syncope, and the paucity of evidence before 1400 must therefore be largely accidental.
 The prepositions regularly have [t] in the orthoepists: so against in Hart, Bullokar, Robinson, Gil, Hodges, and Wallis, amidst in Robinson, amongst in Hart, Robinson, Gil, and Hodges, and (be)twixt in Hart, Bullokar, Robinson, and Hodges. The conjunction whilst, however, which would be less commonly followed by the definite article, occurs as [hwɪls] (showing early syncope) in Smith and as [hwəilz] in Hart (beside -st) and Gil (transcribing Spenser); but it has [st] in, for example, Hart, Bullokar, and Robinson. Bullokar also records excrescent [t] in unless (twice); in this case the occasional acceptance in the sixteenth century of the form with [t] is probably due to confusion with the superlative least, since unless is derived from the comparative less (see OED, s.vv. unleast, unless, and unlest).


 Dobson は,t の添加は基本的に音韻過程だったとしながらも,後に定冠詞の前位置での音便も "special factor" として作用したと考えている.また,1400年以前の t の添加の例が少ないが,これはおそらく "accidental" であり,実際には早くから添加した形態が行なわれていただろうと推測している.
 近代の方言に目を映すと,Wright (§295) によれば,[n] の後での [t] の挿入は sermon, sudden, vermin に見られ ,[s] の後でも once, twice, ice, nice, hoarse に見られるというから,散発的ながらも意外と多くの語で t の語尾音添加が起こっているようだ.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. Vol. 2. Oxford: OUP, 1968. 2 vols.
 ・ Wright, Joseph. The English Dialect Grammar. Oxford: OUP, 1905. Repr. 1968.

Referrer (Inside): [2015-02-16-1] [2013-10-03-1]

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2013-08-18 Sun

#1574. amongst の -st 語尾 [preposition][phonetics][euphony][analogy][suffix][morpheme]

 -st の語尾音添加 (paragoge) については,昨日の記事「#1573. amidst の -st 語尾」 ([2013-08-17-1]) を含め,##508,509,510,739,1389,1393,1394,1399,1554,1555,1573 の各記事で扱ってきた.その流れで,今日は amongst について.
 OED によると,語尾音添加形は15世紀に起こっており,挙げられている例としては amongest の綴字で16世紀初頭の "1509 Bp. J. Fisher Wks. (1876) 296 Yf ony faccyons or bendes were made secretely amongest her hede Officers." が最も古い.直接のモデルとなったと考えられる amonges のような形態はすでに中英語で広く用いられていた(MEDamong(es (prep.) を参照).apheresis (語頭音消失)を経た 'mongst も16世紀半ばから現われている.
 小西 (69) によれば,amongamongst のあいだに意味の違いはなく,使用頻度は10対1である.ただし,イギリス英語ではアメリカ英語よりも amongst の使用頻度が高い.母音の前では好音調 (euphony) から amongst が用いられる傾向があるという指摘もあるが,BNC を用いた調査ではそのような結果は出なかったとしている.この指摘が示唆的なのは,「#1554. against の -st 語尾」 ([2013-07-29-1]) で触れたように,-st 語尾の添加は後続する定冠詞の語頭子音との結合に起因するという説との関連においてである.もし amongst + 母音の傾向があるとすれば,逆方向ではあるが同じ euphony で説明されることになる.
 さて,本ブログではこれまで -st の語尾音添加について against, amidst, amongst, betwixt, unbeknownst, whilst の6語についてみてきた.OED や語源辞典で得た初出時期の情報を一覧してみよう.

againstc1300
betwixtc1300
whilsta1400
amongstC15
amidstC15
unbeknownst1854


 unbeknownst は別として,初例が14--15世紀に集まっている.集まっているとみるか散らばっているとみるかは観点一つだが,後期中英語以降 -st 語群の緩やかな連合が発達してきたように思われる.生産性はきわめて低いながらも,形態素 -st を見出しとして立てるのは行き過ぎだろうか.

 ・ 小西 友七 編 『現代英語語法辞典』 三省堂,2006年.

Referrer (Inside): [2013-08-19-1]

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2013-08-17 Sat

#1573. amidst の -st 語尾 [preposition][genitive][phonetics][analogy]

 「#1554. against の -st 語尾」 ([2013-07-29-1]) や「#1555. unbeknownst」 ([2013-07-30-1]) などの記事に引き続き,-st 添加の話題.
 amidst は,古英語 on middan に由来する中英語 amid に副詞的属格語尾 -es を付加して amiddes を作り,そこにさらに -t を付加した語形成である.amid の初例は ?a1200 の Layamon であり,amiddes は14世紀前半に初出している.中英語からの例は,MEDamid(de, amiddes (adv. & prep.) を参照.
 -t を添加した amidst 系列については,OED の例文つき初出は "1565 T. Stapleton tr. Bede Hist. Church Eng. 66 Warme with a softe fyre burning amidest therof." であるが,amidest の綴字は15世紀から現われているようだ.その apheresis (語頭音消失)の結果と考えられる myddest が,名詞としてではあるがやはり15世紀に文証されており,amidst と相互に影響し合っていた可能性がある.興味深いのは,OED "midst, n., prep., and adv. の語義 C1 によると,14世紀に m が挿入された綴字ではあるが,mydmeste という形態が文証されることである.

 1. In the middle place. Obs.
  Only in first, last, and midst and similar phrases recalling Milton's use (quot. 1667).

[c1384 Bible (Wycliffite, E.V.) (Douce 369(2)) (1850) Matt. Prol. 1 In the whiche gospel it is profitable to men desyrynge God, so to knowe the first, the mydmeste, other the last.]
1667 Milton Paradise Lost v. 165 On Earth joyn all yee Creatures to extoll Him first, him last, him midst, and without end.


 first, last, and midst という句が示すとおり,最上級の -st との連想(そして Coda での押韻)が作用していることがわかる.
 -st の語尾音添加 (paragoge) を受けた against, amidst, amongst, betwixt, whilst などのあいだには,意味的に「間」や最上級と連想されうる要素が共有されているようにも思われるし,機能語としての役割も共通している.初出の時期も,-(e)s 系列も含めて,およそ中英語から近代英語にかけての時期にパラパラと現われている.微弱ながらも,何らかの類推 (analogy) が作用していそうである.
 なお,現代英語における amidamidst の使い分けについて,小西 (70) より記そう.両者ともに文語的だが,専門データベースによると前者のほうが12倍以上の頻度を示す.しかし,amidst はイギリス英語で好まれるという特徴がある.また,OED によると,"There is a tendency to use amidst more distributively than amid, e.g. of things scattered about, or a thing moving, in the midst of others." とある通り,amidst は個別的な意味が強いというが,これが事実だとすれば -st の音韻的な重さと意味上の強調とのあいだに何らかの関係を疑うことができるかもしれない.
 -st 語尾音添加については,ほかにも[2013-07-29-1]の記事の末尾につけたリンク先の諸記事を参照.

 ・ 小西 友七 編 『現代英語語法辞典』 三省堂,2006年.

Referrer (Inside): [2013-08-18-1]

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2013-08-15 Thu

#1571. stateestate [french][latin][phonetics][euphony][loan_word][doublet]

 英語には標題のような,語頭の e の有無による2重語 (doublet) がある.類例としては special -- especial, spirit -- esprit, spouse -- espouse, spy -- espy, squire -- esquire などがあり,stable -- establish も関連する例だ.それぞれの対では発音のほか意味・用法の区別が生じているが,いずれもフランス語,さらにラテン語の同根に遡ることは間違いない.語頭の e が独立した接頭辞であれば話はわかりやすいのだが,そういうわけでもない.
 また,現代英語と現代フランス語の対応語を比べても,語頭の e に関して興味深い対応が観察される.sponge (E) -- éponge (F), stage -- étage, establish -- établir などの類である.英語の2重語についても,英仏対応語についても,e と /sk, sp, st/ の子音群との関係にかかわる問題であるらしいことがわかるだろう.この関係は,歴史的に考察するとよく理解できる.
 e の有無にかかわらず,これらすべての語の語頭音は,ラテン語における語頭子音群 /sk-, sp-, st-/ に遡る.俗ラテン語後期には,この語頭子音群は発音しにくかったのか,直前に ie の母音が添加された.これは一種の音便 (euphony) であり,「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) でみた語頭音添加 (prosthesis) の典型例といえる.例えばラテン語 spiritus は,古フランス語 ispirtu(s) などへ発展した(ホームズ,p. 52).結果としてラテン語に起源をもつ古フランス語の単語では,軒並み esc-, esp-, est- などの語頭音群が一般的となったのであり,この時代に古フランス語から英語に借用された語も,同じくこの語頭音群を示した.これらは,現代英語へ estate, especial, esprit, espouse, espy, esquire, establish などとして伝わっている.一方,e をもつ古フランス語の形態と並んで,e のないラテン語の語形を参照した形態も英語に採用され,state, special, spirit, spouse, spy, squire, stable などが現代に伝わっている.
 実際,中英語や近代英語では,両形態が大きな意味・用法の相違なく併用されることもこともあり,例えば establishstablish のペアでは,中英語では後者のほうが普通だった.なお,The Authorised Version では両形態が用いられ,Shakespeare ではすでに establish が優勢となっている.このようなペアは,後に(stablish のように)片方が失われたか,あるいはそれぞれが意味・用法の区別を発達させて,2重語として生き延びたかしたのである.
 さて,フランス語史の側での,esc-, esp-, est- のその後を見てみよう.古フランス語において音便の結果として生じたこれらの語頭音群では,後に,s が脱落した.後続する無声破裂音との子音連続が嫌われたためだろう.この s 脱落の痕跡は,直前の e の母音が,現代フランス語ではアクサンつきの <é> で綴られることからうかがえる (ex. éponge, étage, établir) .
 もっとも,フランス語で e なしの /sk-, sp-, st-/ で始まる語がないわけではない.15世紀以前にフランス語に取り込まれたラテン単語は上述のように e を語頭添加することが多かったが,特に16世紀以降にラテン語から借用した語では,英語における多くの場合と同様に,ラテン語の本来の e なしの形態が参照され,採用された.
 結論として,state -- estate にせよ,stage (E) -- étage (F) にせよ,いずれの形態も同じラテン語 /st-, sk-/ の語頭子音群に遡るものの,古フランス語での音便,その後の音発達,フランス語から英語への借用,ラテン語形の参照,英語での2重語の発展と解消といった,言語内外の種々の歴史的過程により,現在としてみれば複雑な関係となった,ということである.

 ・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.

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2013-08-07 Wed

#1563. 音節構造 [syllable][phonetics][phonology][metrical_phonology][terminology]

 昨日の記事「#1562. 韻律音韻論からみる yod-dropping」 ([2013-08-06-1]) で,説明抜きで音節構造 (syllable structure) の分析を示したが,今日は Hogg and McCully (35--38) に拠って,音節構造の教科書的な概説を施したい.以下では,grind /graind/ という1音節語の音節構造を例に取る.
 最も直感的な分析方法は,音節を構成する各分節音をフラットに並べる下図の (1) の方法である.ただし,音声学的にも音韻論的にも,母音と子音とを区別することは前提としておいてよいと思われるので,その標示は与えてある.

Syllable Structure

 (1) を一見して明らかなように,子音は子音どうしの結合をなし,母音は母音どうしの結合をなすのが通常である.したがって,それぞれをグループ化して音節内での位置に応じてラベルをつけることは自然である.音節の始まりを担当する子音群を Onset,本体を占める母音群を Nucleus,終わりを担当する子音群を Coda と分けることが一般的に行なわれている.これが,(2) の分析である.
 この段階でも有効な音節構造の分析はできるが,さらに階層化を進めると,理論上,便利である.(3) のように Nucleus と Coda をまとめる Rhyme を設定し,Onset に対応させるという分析が広く受け入れられている.
 では,(3) のような一見すると複雑な階層化がなぜ理論的に有意味なのだろうか.1つは,Onset には独自の制限がかかっているということがある.英語では /graind/ という音連続は許されるが,例えば */pfraind/ は許されない.これは,Onset /pfr/ にかかっている子音連続の制限ゆえであり,Onset より右の部分の構造からは独立した理由によるものである.同様に,brim, bread, bran, brock, brunt と *bnim, *bnead, *bnan, *bnock, *bnunt を比較すれば,問題は Onset が /br/ か */bn/ かにかかっているのであり,その後の部分は全体の可否に影響していないことがわかるだろう.また,Rhyme という語そのものが示すとおり,脚韻の伝統により,この単位が直感的にもまとまりをなすものだという認識は強い.
 さらに,Rhyme (あるいはそれより下のレベル)の分岐の仕方により,多くの音韻過程や強勢が記述できるという利点がある.分岐していれば重い音節 (heavy syllable) であると言われ,分岐していなければ軽い音節 (light syllable) であると言われる.Nucleus と Coda の構造に別々に言及せずとも,Rhyme 以下の構造として一括して言及できるので,Rhyme というレベルの設定は説明の経済性に資する.
 以上の理由で,Onset に対して Rhyme を区別する合理性はあるといえる.しかし,Rhyme 以下を Nucleus と Coda へ区分せずに,音をフラットに横並びにする音韻論など,(3) の変種といえるものもあることに注意したい.いずれも合理的に音韻や韻律の分析を可能にするための仮説であり,道具立てである.

 ・ Hogg, Richard and C. B. McCully. Metrical Phonology: A Coursebook. Cambridge: CUP, 1987.

Referrer (Inside): [2019-06-29-1] [2014-12-12-1]

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2013-08-06 Tue

#1562. 韻律音韻論からみる yod-dropping [phonetics][phonology][diphthong][vowel][syllable][metrical_phonology][variation][yod-dropping]

 現代英語には /juː/ という上昇2重母音 (rising diphthong) がある.英語変種によっても異なるが,この2重母音にはいくつかの特徴がある.そのうちの共時的な変異と通時的な変化に関わる特徴として,「#841. yod-dropping」 ([2011-08-16-1]) がある.時に /juː/ から /j/ が脱落し,/uː/ として実現される音韻過程のことだ.
 現在進行中の yod-dropping を記述・説明するのに,Hogg and McCully (42--45) で述べられている metrical phonology (韻律音韻論)による分析が利用できるかもしれないと思ったので,紹介しておきたい.子音 X + /juː/ からなる音節は,下図の左の基底構造をもっていると分析される.

Jod in Metrical Phonology

 次に,この基底構造の Nucleus における /i/ が,/j/ として Onset へ移動すると想定する.引き続き,/i/ が移動したことによって空いた Nucleus の第1の位置に,後続の /u/ のコピーが作り出される.
 このように分析する利点はいくつかある.まず,基底構造の Onset に /Xj/ を想定してしまうと,cue /kjuː/, few /fjuː/ などでは問題ないが,new /njuː/, lewd /ljuː/ などでは問題が生じる.なぜならば2モーラからなる Onset において第1モーラの聞こえ度は無声摩擦音と同等かそれ以下でないといけないという一般的な制限があるからである.この制限に従えば,/n/ や /l/ は聞こえ度が高すぎるために,Onset の第1モーラとなることはできないはずだ.しかし,実際には第1モーラになっているので,これは例外的に派生したものとして分析する必要があることになる.
 また,この分析は /Xj/ の後には長母音しか生起し得ないことと符合する.というのは,Nucleus の第2モーラには /i/ か /u/ しか起こり得ず,それが前位置にコピーされることをこの分析は要求しているからである.
 さらに,clue, drew, threw など,もともと Onset が2モーラ(2子音結合)からなる場合には,/j/ が左へ移動してゆくための空きスペースがないために,/j/ 自身が最終的に脱落してしまうと説明することができる.つまり,子音連続の直後の yod-dropping が必須であることをうまく説明する.
 変異としての yod-dropping は,英語変種によっても異なるが,dew, enthuse, lewd, new, suit, tune などの語における /j/ の有無の揺れによって示される.共時的にも通時的にも,yod-dropping の起こりやすさは先行する子音 X が何であるかによってある程度は決まることが知られているが,これをいかに上の分析に組み込むことができるかが次の課題となるだろう.

 ・ Hogg, Richard and C. B. McCully. Metrical Phonology: A Coursebook. Cambridge: CUP, 1987.

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2013-07-30 Tue

#1555. unbeknownst [phonetics][corpus]

 昨日の記事「#1554. against の -st 語尾」 ([2013-07-29-1]) に引き続き,非語源的 -st 語の話題.標題の形式張った表現がある.主として文頭などに置かれ,文修飾として「〜に知られないで」の意味で用いられる.BrE では unbeknown to が多く用いられるが,AmE では古めかしく見える unbeknownst to がより一般的である.unbeknow(e)ns のように -t が落ちた非標準的な形態も見られる.例文を挙げよう.

 ・ Unbeknownst to his parents, he and his girlfriend had gotten married.
 ・ Unbeknownst to her father, she began taking dancing lessons.
 ・ Unbeknownst to the students, the teacher had entered the room.
 ・ A person may overhear others unbeknownst to them.


 中英語にあった動詞 beknown (recognise, acknowledge) の否定過去分詞形 unbeknown がもとになっている(MEDbiknouen (v) を参照).OED によると,否定の接頭辞 un- のついた unbeknown は1636年に初出しているが,さらに語尾に -st を付加した unbeknownst の初出は1854年である.後者はもともと口語的,方言的な響きがあったようだが,20世紀にかけて広く使われるようになった.実際に,COCA (Corpus of Contemporary American English)Google Books Ngram Viewer で調べてみると,英米変種ともに20世紀後半からの伸び率が著しい.
 さて,unbeknownst の -st の語尾音添加 (paragoge) が説明を要する問題である.OED では不明とされており,各種の語源辞典では against, amongst などの -st 語尾からの類推だろうかと自信なさげに述べられている程度である.これらの語と unbeknownst to との類似点は, 前置詞的に機能しているということと,-st の直前の音が鼻音であることぐらいだろうか.-st(t)- という子音連続の観点からは,next to, thanks to などの表現とも関連してくるかもしれない.また,ほかの非語源的な -st 語 (against, amidst, amongst, betwixt, whilst) を並べてみると,およそ「間,中,最中」という共通の意味がくくり出されるように思われるが,unbeknownst も「知られない間に」と解釈することはできる.
 非語源的 -st 語に関する記事へのリンクを昨日の記事[2013-07-29-1]の末尾にまとめておいたので,要参照.

(後記 2014/02/24(Mon):Merriam-Webster の辞書の記述を参照.)

Referrer (Inside): [2013-08-17-1]

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2013-07-29 Mon

#1554. against の -st 語尾 [preposition][adverb][genitive][phonetics][link]

 語源的には againstagain から派生した形態だが,いったいこの -st 語尾は何なのだろうか.
 古英語で,again は ongēan などの形態で副詞,前置詞(与格あるいは対格を支配する),接頭辞として広く機能していた.平行して,副詞を示す属格語尾語尾を伴った ongēanes などの形態も行なわれていた([2009-07-18-1]の記事「#81. oncetwice の -ce とは何か」を参照).中英語になると,前置詞としての again は,異形 agains および後続の against とともに競合し始め,近代英語の標準語確立の過程で副詞としての機能に限定されてゆくこととなった.近代英語で前置詞としての標準的な地位を確立したのは,最も後発の against だった.
 さて,again の直後の -(e)s の添加は,上述の通り,副詞化する属格語尾とされているが,さらなる t の添加はどのように説明されるだろうか.OED の against, prep., conj., adv., and n. の語源欄によると次のようにある.

The development of excrescent final -t . . . was probably reinforced by the fact that the word was frequently followed by te, variant of THE adj., and perhaps also by association with superlatives in -st; compare similarly AMONGST prep. 1a, AMIDST adv., BETWIXT prep.


 『英語語源辞典』の記述も,OED に沿っているが,補足説明がある.

-t はおそらく最上級の -st と混同されたための添え字 (cf. AMIDST, AMONGST, BETWIXT), または agains þeagains teagainst(e) þe (cf. hwīls þatwhilst þat) となる異分析によるものか.この -st に終わる語形の最初の例は Layamon Brut の Otho 写本 (c1300) に aȝenest として見いだされる(Caligula 写本 (?a1200) では toȝines). Trevisa や1400年以降 London の英語では広く使用され,16C半には文語として確立した.again, against とも ModE -g- の綴りと発音は ON の影響を受けた北部方言による.


 Brut からの初例は,MED ayēn(e)s (prep.) 1(b) より,"c1300 Lay. Brut (Otho C.13) 22476: He dude ase a wisman and wende a3enest [Clg: to3eines] him anon." である.
 上記より,against の -st 添加については,(1) 最上級語尾 -st との類推,(2) 直後の定冠詞の語頭子音に関わる異分析,という説明が提案されてきたということである.同じ語尾添加の例として amidst, amongst, betwixt, whilst などがあるが,これらの初出時期,互いの機能的類似性,-st の有無による意味の相違,語末3子音連続の音韻論的意義などを考察して,総合的に迫るべき問題だろう.関連して,古英語 ongēan の類義語 tōgēan(es) に基づいて,-t の添加された形態が15世紀に toȝenes として初出していることも付け加えておく.
 ほかに against における語尾音添加 (paragoge) については,「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照.また,whilst については「#508. Dracula に現れる whilst」 ([2010-09-17-1]),「#509. Dracula に現れる whilst (2)」 ([2010-09-18-1]),「#510. アメリカ英語における whilst の消失」 ([2010-09-19-1]) を,betwixt については「#1389. between の語源」 ([2013-02-14-1]),「#1393. between の歴史的異形態の豊富さ」([2013-02-18-1]),「#1394. between の異形態の分布の通時的変化」 ([2013-02-19-1]),「#1399. 初期中英語における between の異形態の分布」 ([2013-02-24-1]) を参照.

 ・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.

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