hellog〜英語史ブログ

#5156. ヨーロッパにおける「英語帝国主義」の脅威[linguistic_imperialism]

2023-06-09

 ヨーロッパは,歴史的には国民国家形成期やナショナリズム亢進期に大言語を称揚し小言語を抑圧してきたこともあったが,現代はそのような過去を反省し,おおむね諸言語の共存を大切にする姿勢を示している.しかし,そのようなヨーロッパでも,英語の圧倒的な影響力に逆らうことはできないでいる.
 池上俊一著『ヨーロッパ史入門 市民革命から現代へ』に,現代ヨーロッパにおける英語帝国主義を扱った節がある.以下,著者の解説と主張を引用する (191--92) .

 しかし,それでも経済,交通,情報通信,学術などの進展にともなって英語が席巻する状態は進み,EU各国においても英語教育を一層充実させる政策の方向は,変えられそうもありません.北欧諸国では英語が圧倒的な影響力を持っていて,常時英語のテレビ番組が放映されています.
 また英語は「最も役に立つ」言語だと答えるEUの市民が七割もいて,EU内での言語多様性が保たれるかどうかは,なおも未定です.学問分野でも,自然科学のみならず人文・社会科学でも英語を書き話す能力が,業績が国際的に認められるための不可欠の条件となっています.
 しかしながら言語には,現実のコミュニケーションに便利だからという道具性がある一方,それは人間存在の拠り所でもあります.言葉こそ文化の本質で,多様な言葉を守らなければ,多様な文化は保持・発展できません.そもそも「ヨーロッパのヨーロッパたるゆえんは多様性」だと本書では何度も強調してきました.それを維持するために言語が多様であることも必要なのです.そうであればこそ,ヨーロッパの豊かな発展と変革も可能になるのであり,英語だけにのっぺりと支配されては,ヨーロッパはヨーロッパでなくなってしまいます.
 英語は「役に立つ」言語なので,グローバル化のなかで外国との意志疎通のために英語を学ぶこと自体は良いことです.むしろ私が気になり問題だと思うのは,日本でも日本語の読解力の低下などが危惧されているように,英語を偏重しすぎて母国語がないがしろになってしまうことです.


 著者の意見に同意する.言語は,単にコミュニケーションの道具であるにとどまらない.それは,社会・文化・歴史の貯蔵庫でもある.前者のみならず後者にも十分に意を払うことが肝要だと考える.

 ・ 池上 俊一 『ヨーロッパ史入門 市民革命から現代へ』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2022年.

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