英語で記された現存する最古の文は,金のメダルに Anglo-Frisian 系のルーン文字 ( the runic alphabet ) で刻まれた短文である.1982年に Suffolk の Undley で発見された直径2.3cmの金のメダル ( the Undley bracteate ) に刻まれており,年代は紀元450--80年のものとされる.西ゲルマンの Angles, Saxons, Jutes らが大陸からブリテン島へ移住してきた時期に,かれらと一緒に海峡を渡ってきたものと考えられる.メダルの画像と説明は,The British Museum のサイトで見ることができる.
兜をかぶった頭の下で雌狼が二人の人間に乳を与えている.明らかに伝説のローマ建国者 Romulus と Remus の神話を想起させる図像だ.メダルの周囲,弧の半分ほどにかけてルーン文字が右から左に刻まれている.全体が3語からなる短い文で,語と語の区切りは小さな二重丸で示されている.ローマ字で転写すると以下のように読める.
( u d e m ・ æ g æ m ・ æg og æg )
= gægogæ mægæ medu
= ?she-wolf reward to kinsman
= This she-wolf is a reward to my kinsman
上のような試訳はあるが,詳細は分かっていない.特に最初の語 gægogæ は意味不明であり,怪しげな音の響きからして何らかの呪術的な定型句とも想像され得る.
これが,約1500年後に世界で最も重要となる言語の,現存する最古の記録である.
David Crystal も初めて見たときに涙を流して感動したというこのメダルについては,Crystal による解説(動画)と関連記事もお薦め.The British Library で11月12日から来年4月3日まで開かれている英語史展覧会 Evolving English: One Language, Many Voices の呼び物の1つです.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002. 181.
英語の variety を決めるパラメータの一つに medium 「媒体」があることは,[2009-12-10-1]の記事で述べた.人間の言語の主要な媒体としては,話しことば ( speech or spoken language ) と書きことば ( writing or written language ) の二種類がありうる.前者は聴覚に,後者は視覚に訴えかけるのを特徴とする.視覚に訴えかけるもう一つの媒体として,[2009-07-16-1]で触れた「手話言語」 ( sign language ) があるが,今回は議論から外す.
従来,話しことばと書きことばは明確に対置されてきた.このブログで何度か取り上げている発音と綴字の乖離の問題も,話しことばと書きことばが独立した存在であり,ときに相反することすらあることを例証している.また,聴覚依存か視覚依存かという区別は,物理的・生理的に明確な区別であり,この対置は自然のことのように思われる.
しかし,言語コミュニケーションの送り手と受け手の間の関係が近いか遠いかという「コンセプト」の観点からすると,話しことばと書きことばの境は必ずしも明確でないことに気づく.例えば,講演の言語は口頭でなされるが,書きことばに匹敵する「遠いことば」 ( Sprache der Distanz ) である.逆に,チャットは文字を通じてなされるが,話しことばに匹敵する「近いことば」 ( Sprache der Nähe ) である.Koch and Oesterreicher は medium と concept を掛け合わせた以下のようなモデルを提唱した.(以下の図は,高田氏の改変を私がさらに改変したものである.)

このモデルは,(英語)歴史言語学の方法論に示唆を与えてくれる.過去の言語を復元しようとする営みにおいて最大の壁は,話しことばの証拠を直接に得ることが難しいことである.レコーダの出現以前の話しことばを復元するには,現在にまで残っている書きことばの資料を手がかりにして間接的に話しことばを復元するという方法しか残されていない.だが,Koch and Oesterreicher のモデルで明らかなように,書きことばでも話しことば性の高い variety は存在する.そのような書きことば variety に依拠することで,過去の話しことばに接近することが可能ではないか.話しことばと書きことばの対立は,従来いわれてきたほど絶対的なものではないと考えられる.
・ 高田 博行 「歴史語用論の可能性 --- 甦るかつての言語的日常」 『月刊言語』386巻12号,2009年,68--75頁.
・ Koch, Peter and Wulf Oesterreicher. "Sprache der Nähe -- Sprache der Distanz: Mündlichkeit und Schriftlichkeit im Spannungsfeld von Sprachtheorie und Sprachgeschichte." Romanistisches Jahrbuch 36 (1985): 15--43.
数百万年に及ぶ人類の歴史の中では,言語の発生はかなり最近のことであるし,文字の発生はさらに最近である.
約50万年前に Homo erectus から Homo sapiens が分かれたが,頭蓋骨の形状から,彼らは言語を話さなかったようだ.約10万年前から,頭蓋骨の形状が現代の我々のものに類似してきたようで,恐らく言語の発生もこのくらいだろうと考えられる.一方,文字の発生は,現在確認されている最も古いもので,ようやく5500年ほどを遡れるくらいである.
上記の人類史の観点から,主だった古代文字の年代を時系列に整理してみよう.
| 出来事 | 約?年前 |
|---|---|
| 人類の発生 | 5,000,000? |
| Homo erectus の発生 | 2,000,000 |
| Homo sapiens の発生 | 500,000 |
| 言語の発生 | 100,000 |
| インダス文字の起源 | 5,500 |
| エジプト文字の起源 | 5,300 |
| メソポタミア文字の起源 | 5,100 |
| 漢字の起源 | 3,500 |
| ヒッタイト文字の起源 | 3,500 |
| マヤ文字の起源 | 2,500 |
| 古代ペルシャ文字の起源 | 2,500 |
| 古代インド文字の起源 | 2,250 |

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