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terminology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2023-06-30 Fri

#5177. 語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology) [lexicology][semantic_change][semantics][semiotics][onomasiology][terminology]

 語の意味変化 (semantic_change) を論じる際に,語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology) を分けて考える必要がある.堀田 (155) より引用する.

語の意味変化を考えるに当たっては,語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology) を区別しておきたい.語を意味と発音の結びついた記号と考えるとき,発音(名前)を固定しておき,その発音に結びつけられる意味が変化していく様式を,語議論的変化と呼ぶ.一方,意味の方を固定しておき,その意味に結びつけられる名前が変化していく様式を名義論的変化と呼ぶ.語の意味変化を,記号の内部における結びつき方の変化として広義に捉えるならば,語議論的な変化のみならず名義論的な変化をも考慮に入れてよいだろう.


 要するに,語議論は通常の意味変化,名議論は名前の変化と理解しておけばよい.「#3283. 『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]が出版されました」 ([2018-04-23-1]) を参照.

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 ・ 堀田 隆一 「第8章 意味変化・語用論の変化」『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 服部 義弘・児馬 修(編),朝倉書店,2018年.151--69頁.

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2023-06-10 Sat

#5157. なぜ dialect という語が16世紀になって現われたのか [terminology][dialect][standardisation][stigma][prestige][vernacular][voicy][heldio]

 dialect という用語について,今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で取り上げた.「#740. dialect 「方言」の語源」をお聴きください.



 この用語をめぐっては hellog でも「#2752. dialect という用語について」 ([2016-11-08-1]) や「#2753. dialect に対する language という用語について」 ([2016-11-09-1]) で考えてきた.
 英語史の観点からおもしろいのは,1つの言語の様々な現われである諸「方言」の概念そのものは中世から当たり前のように知られていたものの,それに対応する dialect という用語は,初期近代の16世紀半ばになってようやく現われ,しかもそれが(究極的にはギリシア語に遡るが)フランス語・ラテン語からの借用語であるという点だ.既存のものと思われる中世的な概念に対して,近代的かつ外来の皮を被った専門用語ぽい dialect が当てられたというのが興味深い.
 16世紀半ばといえば,英国ルネサンス期のまっただなかである.言葉についても,ラテン語やギリシア語などの古典語を規範として仰ぎ見ていた時代である.一方,同世紀後半にかけて,国語意識が高まり,ヴァナキュラーである英語を古典語の高みへ少しでも近づけたいという思いが昂じてきた.英語の標準化 (standardisation) の模索である.
 威信 (prestige) のある英語の標準語を生み出そうとする過程においては,対比的に数々の威信のない非標準的な英語に対して傷痕 (stigma) のレッテルが付されることになる.こうしてやがて「偉い標準語」と「卑しい諸方言」という対立的な構図が生じてくる.
 実はこの構図自体は,中世より馴染み深かった.「偉いラテン語・ギリシア語」対「卑しいヴァナキュラーたち」である.ところが,英語やフランス語などの各ヴァナキュラーが国語として持ち上げられ,その標準語が整備されていくに及び,対立構図は「偉い標準語」対「卑しい諸方言」へとスライドしたのである.ここで,対立構図の原理はそのままであることに注意したい.そして,新しい対立の後者「卑しい諸方言」に当てられた用語が dialect(s) だった,ということではないか.新しい対立に新しい用語をあてがいたかったのかもしれない.
 諸「方言」は中世からあった.しかし,それに dialect という新しい名前を与えようという動機づけが生じたのは,あくまでヴァナキュラーの国語意識の高まった初期近代になってから,ということではないかと考えている.
 関連して「#2580. 初期近代英語の国語意識の段階」 ([2016-05-20-1]) および vernacular の各記事を参照.

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2023-05-31 Wed

#5147. 「ゆる言語学ラジオ」出演第3回 --- 『ジーニアス英和辞典』第6版を読む回で触れられた諸々の話題 [yurugengogakuradio][notice][youtube][genius6][suffix][prefix][heldio][voicy][hel_contents_50_2023][khelf][consonant][japanese][loan_word][spelling][terminology]


 「ゆる言語学ラジオ」からこちらの「hellog~英語史ブログ」に飛んでこられた皆さん,ぜひ

   (1) 本ブログのアクセス・ランキングのトップ500記事,および
   (2) note 記事,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の人気放送回50選
   (3) note 記事,「ゆる言井堀コラボ ー 「ゆる言語学ラジオ」×「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」×「Voicy 英語の語源が身につくラジオ (heldio)」」
   (4) 「ゆる言語学ラジオ」に関係するこちらの記事群

をご覧ください.



 昨日5月30日(火)に,YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の最新回がアップされました.ゲストとして出演させていただきまして第3回目となります(ぜひ第1回第2回もご視聴ください).今回は「英語史の専門家と辞書を読んだらすべての疑問が一瞬で解決した#234」です.



 昨秋出版された『ジーニアス英和辞典』第6版にて,新設コラム「英語史Q&A」を執筆させていただきました(同辞典に関連する hellog 記事は genius6 よりどうぞ).今回の出演はその関連でお招きいただいた次第です.水野さん,堀元さんとともに同辞典をペラペラめくっていき,何かおもしろい項目に気づいたら,各々がやおら発言し,そのままおしゃべりを展開するという「ゆる言語学ラジオ」らしい企画です.雑談的に触れた話題は多岐にわたりますが,hellog や heldio などで取り上げてきたトピックも多いので,関連リンクを張っておきます.

[ 接尾辞 -esque (e.g. Rubenesque, Kafkaesque) ]

 ・ hellog 「#216. 人名から形容詞を派生させる -esque の特徴」 ([2009-11-29-1])
 ・ hellog 「#935. 語形成の生産性 (1)」 ([2011-11-18-1])
 ・ hellog 「#3716. 強勢位置に影響を及ぼす接尾辞」 ([2019-06-30-1])

[ 否定の接頭辞 un- (un- ゾーンの語彙) ]

 ・ hellog 「#4227. なぜ否定を表わす語には n- で始まるものが多いのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-22-1])
 ・ 大学院生による英語史コンテンツ 「#36. 語源の向こう側へ ~ in- と un- と a- って何が違うの?~」(目下 khelf で展開中の「英語史コンテンツ50」より)

[ カ行子音を表わす3つの文字 <k, c, q> ]

 ・ hellog 「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1])
 ・ heldio 「#255. カ行子音は c, k, q のどれ?」 (2022/02/10)

[ 日本語からの借用語 (e.g. karaoke, karate, kamikaze) ]

 ・ hellog 「#4391. kamikazebikini --- 心がザワザワする語の意味変化」 ([2021-05-05-1])
 ・ hellog 「#142. 英語に借用された日本語の分布」 ([2009-09-16-1])
 ・ hellog 「#3872. 英語に借用された主な日本語の借用年代」 ([2019-12-03-1])
 ・ hellog 「#4140. 英語に借用された日本語の「いつ」と「どのくらい」」 ([2020-08-27-1])
 ・ heldio 「#60. 英語に入った日本語たち」 (2021/07/31)

[ 動詞を作る en- と -en (e.g. enlighten, strengthen) ]

 ・ 「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1])
 ・ 「#3510. 接頭辞 en- をもつ動詞は品詞転換の仲間?」 ([2018-12-06-1])
 ・ 「#4241. なぜ語頭や語末に en をつけると動詞になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-12-06-1])
 ・ heldio 「#62. enlighten ー 頭にもお尻にも en がつく!」 (2021/08/02)

[ 文法用語の謎:tense, voice, gender ]

 ・ heldio 「#644. 「時制」の tense と「緊張した」の tense は同語源?」 (2023/03/06)
 ・ heldio 「#643. なぜ受動態・能動態の「態」が "voice" なの?」 (2023/03/05)
 ・ hellog 「#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか」 ([2013-06-25-1])
 ・ hellog 「#1449. 言語における「範疇」」 ([2013-04-15-1])

[ minister の語源 ]

 ・ 「#4209. なぜ ministermini- なのに「大臣」なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-04-1])

[ コラム「英語史Q&A」 ]

 ・ hellog 「#4892. 今秋出版予定の『ジーニアス英和辞典』第6版の新設コラム「英語史Q&A」の紹介」 ([2022-09-18-1])
 ・ heldio 「#532. 『ジーニアス英和辞典』第6版の出版記念に「英語史Q&A」コラムより spring の話しをします」 (2022/11/14)
 ・ hellog 「#4971. oftent は発音するのかしないのか」 ([2022-12-06-1])

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2023-05-18 Thu

#5134. 言語項移動の主な種類を図示 [contact][borrowing][grammaticalisation][terminology][typology]

 昨日の記事「#5133. 言語項移動の類型論」 ([2023-05-17-1]) の続編.Heine and Kuteva (87) が,言語項移動 (linguistic transfer) の主な種類を次のように分類している(ここでは提示の仕方を少々改変している).

Contact-induced transfer ─┬─ Borrowing
              │
              └─ Replication ─┬─ Lexical replication
                       │
                       └─ Grammatical replication ─┬─ Contact-induced grammaticalization
                                       │
                                       └─ Restructuring ─┬─ Loss
                                                 │
                                                 └─ Rearrangement



 Heine and Kuteva によれば,これらの用語やその背後にある洞察は,Weinreich に負っている (86) .replication とは "kinds of transfer that do not involve phonetic substance of any kind" のことであり,伝統的に "structural borrowing" や "(grammatical) calquing" と呼ばれてきたものに相当する.この replication には,一方で語彙に関するものがあり,他方で文法的意味・構造に関するものがある.後者の replication は,本質的には文法化 (grammaticalisation) に沿ったものとなるが,そうでない少数の例のために restructuring という用語を充てておく(そしてさらに細分化する).上の図は,このような言語項移動に関する見方を整理したものである.
 言語接触 (contact) に関する類型論 (typology) は様々なものが提案されてきたが,この Heine and Kuteva の分類もたいへん示唆的である.その他,以下の記事などを参照されたい.

 ・ 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1])
 ・ 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1])
 ・ 「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])
 ・ 「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1])
 ・ 「#2008. 言語接触研究の略史」 ([2014-10-26-1])
 ・ 「#2009. 言語学における接触,干渉,2言語使用,借用」 ([2014-10-27-1])
 ・ 「#2079. fusion と mixture」 ([2015-01-05-1])
 ・ 「#4410. 言語接触の結果に関する大きな見取り図」 ([2021-05-24-1])

 ・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.

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2023-05-17 Wed

#5133. 言語項移動の類型論 [contact][borrowing][grammaticalisation][semiotics][semantic_borrowing][syntax][word_order][terminology][typology]

 言語Aから言語Bへある言語項が移動することを "linguistic transfer" (言語項移動)と呼んでおこう.言語接触 (contact) において非常に頻繁に起こる現象であり,その典型的な現われの1つが語の借用 (borrowing) である.しかし,それだけではない.語の意味だけが移動する意味借用 (semantic_borrowing) もあれば,統語的な単位や関係が移動する例もある.音素(体系)の移動や語用論的項目の移動もあるかもしれない.一言で "linguistic transfer" といっても,いろいろな種類があり得るのだ.
 Heine and Kuteva (87) は,5種類の言語項移動を認めている.

   a. form, that is, sounds or combinations of sounds,
   b. meanings (including grammatical meanings) or combinations of meanings,
   c. form-meaning units,
   d. syntactic relations, that is, the order of meaningful elements,
   e. any combination of (a) through (d).


 音形の移動を伴う a と c は,平たくいえば「借用」 (borrowing) である.一方,b と d は音形の移動を伴わない移動であり,先行研究にならって「複製」 (replication) と呼んでおこう.大雑把にいえば,借用はより具体的な項目の移動で,複製はより抽象的な項目の移動である.ちなみに e はすべてのごった煮である.この言語項移動の類型論は,意外とわかりやすいと思っている.

 ・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.

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2023-04-04 Tue

#5090. 人名ベースの造語は eponym だが,では地名ベースの造語は何と呼ぶ? [eponym][toponymy][onomastics][personal_name][etymology][metonymy][semantic_change][word_formation][lexicology][terminology]

 昨日の記事「#5089. eponym」 ([2023-04-03-1]) で,etymon が人名 (personal_name) であるような語について考察した(etymon という用語については「#3847. etymon」 ([2019-11-08-1]) を参照).ところで,人名とともに固有名詞学 (onomastics) の重要な考察対象となるのが地名 (place-name, toponym) である.とすれば,当然予想されるのは,etymon が地名であるような語の存在である.実際,国名というレベルで考えるだけでも japan (漆器),china (磁器),turkey (七面鳥)などがすぐに思い浮かぶ(cf. heldio 「#626. 陶磁器の china と漆器の japan --- 産地で製品を表わす単語たち」「#625. Turkey --- トルコと七面鳥の関係」).
 このような地名に基づいて作られた語も多くあるわけだが,これを何と呼ぶべきか.eponym はあくまで人名ベースの造語に与えられた名前である.toponymplace-name に対応する術語であり,やはり「地名」に限定して用いておくほうが混乱が少ないだろう.Crystal (165) は,このように少々厄介な事情を受けて,"eponymous places" と呼ぶことにしているようだ(これでも少々分かりくいところはあることは認めざるを得ない).Crystal が列挙している "eponymous places" の例を再掲しよう.

alsatian: Alsace, France.
balaclava: Balaclava, Crimea.
bikini: Bikini Atoll, Marshall Islands.
bourbon: Bourbon County, Kentucky.
Brussels sprouts: Brussels, Belgium.
champagne: Champagne, France.
conga: Congo, Africa.
copper: Cyprus.
currant: Corinth, Greece.
denim: Nîmes, France (originally, serge de Nîm).
dollar: St Joachimsthal, Bohemia (which minted silver coins called joachimstalers, shortened to thalers, hence dollars).
duffle coat: Duffel, Antwerp.
gauze: Gaza, Israel.
gypsy: Egypt.
hamburger: Hamburg, Germany.
jeans: Genoa, Italy.
jersey: Jersey, Channel Islands.
kaolin: Kao-ling, China.
labrador: Labrador, Canada.
lesbian: Lesbos, Aegean island.
marathon: Marathon, Greece.
mayonnaise: Mahó, Minorca.
mazurka: Mazowia, Poland.
muslin: Mosul, Iraq.
pheasant: Phasis, Georgia.
pistol: Pistoia, Italy.
rugby: Rugby (School), UK.
sardine: Sardinia.
sherry: Jerez, Spain.
suede: Sweden.
tangerine: Tangier.
turquoise: Turkey.
tuxedo: Tuxedo Park Country Club, New York.
Venetian blind: Venice, Italy.


 いくらでもリストを長くしていけそうだが,全体として飲食料,衣料,工芸品などのジャンルが多い印象である.

 ・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.

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2023-03-30 Thu

#5085. 五所万実さんとの Voicy 対談で「商標言語学」を導入しています [trademark][heldio][voicy][terminology][sociolinguistics][youtube][onomastics][semantic_change][sociolinguistics][goshosan]

 先日,言語学の立場から商標 (trademark) を研究している目白大学の五所万実さんと Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で対談しました.その様子は,昨日公開したアーカイヴ放送としてお聴きいただけます.「#667. 五所万実さんとの対談 --- 商標言語学とは何か?」です.



 この hellog としては先日前振りのように「#5078. 法言語学 (forensic linguistics)」 ([2023-03-23-1]),「#5079. 商標 (trademark) の言語学的な扱いは難しい」 ([2023-03-24-1]) で関連する話題を取り上げ,その上で今回の対談に臨んだという次第です.
 今回は対談のパート1ということで,五所さん自身のご紹介,商標の社会における存在感,商標は固有名詞なのかそうでないのか,商標は英語で何というのか,といった導入的な話題となりました.そして,最後は「商標と著作権の違いは何?」という宿題で締めることになりました.今後,パート2,パート3と続いていき,商標についての議論がどんどん深まっていきますので,どうぞ楽しみにしていてください.
 五所さんには,先週より YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」にもご出演いただいています.そこでも商標言語学 (trademark linguistics) に関連する話題に言及していますので,ぜひご視聴ください.YouTube でもすでに2回分が公開されていますが,来週水曜日に第3回が公開される予定です.

 ・ 「#112. 商標の言語学 --- 五所万実さん登場」(3月22日公開)
 ・ 「#114. マスクしていること・していないこと・してきたことは何を意味するか --- マスクの社会的意味 --- 五所万実さんの授業」(3月29日公開)

 皆さんもこれを機に商標という身近な対象を言語学的に考えてみませんか? 固有名詞学 (onomastics) や言語と権力の問題とも接点がありますし,意味変化 (semantics) とも関連が深いので十分に英語史マターとなり得る領域です.

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2023-03-23 Thu

#5078. 法言語学 (forensic linguistics) [terminology][sociolinguistics][linguistics][voicy][heldio][youtube][forensic_linguistics][goshosan]

 応用言語学の1分野として法言語学 (forensic linguistics) があります.昨日の朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で「#660. 「法言語学」 (forensic linguistics) とは?」として紹介しました.さらに夜の YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」で「#112. 商標の言語学 --- 五所万実さん登場」として,関連する話題について井上氏および五所氏と雑談しています.ぜひ聴取・視聴していただければ.




 いくつかの用語辞典で "forensic (socio)linguistics" を引いてみました.以下,3点ほど引用します.同分野の守備範囲がおおよそ分かってくるかと思います.

forensic linguistics In Linguistics, the use of linguistic techniques to investigate crimes in which language data forms part of the evidence, such as in the use of grammatical or lexical criteria to authenticate police statements. The field of forensic phonetics is often distinguished as a separate domain, dealing with such matters as speaker identification, voice line-ups, speaker profiling, tape enhancement, tape authentification, and the decoding of disputed utterances. (Crystal, Dictionary)


forensic sociolinguistics The use of sociolinguistic knowledge and techniques in the investigation of crime, and in the prosecution and defence of people accused of crimes. Sociolinguists have been employed, for instance, to demonstrate that a defendant could not have made a telephone call recorded by police because his dialect did not tally with that on the recording; and to decode recordings of communication between criminal speaking in an antilanguage such as Pig Latin. (Trudgill)


FORENSIC LINGUISTICS
Most stylostatistical studies are of literary works; but the same techniques can be applied to any spoken or written sample, regardless of the 'standing' of the user. In everyday life, of course, there is usually no reason to carry out a stylistic analysis of someone's usage. But when someone is alleged to have broken the law, stylisticians might well be involved, in an application of their subject sometimes referred to as 'forensic' linguistics.
   Typical situations involve the prosecution arguing that incriminating utterances heard on a tape recording have the same stylistic features as those used by the defendant---or, conversely, the defence arguing that the differences are too great to support this contention. A common defence strategy is to maintain that the official statement to the police, written down and used in evidence, is a misrepresentation, containing language that would not be part of the defendant's normal usage.
   Arguments based on stylistic evidence are usually very weak, because the sample size is small, and the linguistic features examined are often not very discriminating. (Crystal, Encyclopedia)


 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. Cambridge: CUP, 1995. 2nd ed. 2003. 3rd ed. 2019.

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2023-03-08 Wed

#5063. 前置詞は名詞句以外の補文を取れるし「後置詞」にすらなり得る [preposition][terminology][pos][word_order][syntax]

 昨日の記事「#5062. 前置詞の伝統的な定義」によれば,前置詞 (preposition) は名詞あるいは代名詞を支配するものとされる.より正確には,名詞句 (noun phrase) を支配するといっておくのがよいだろうか.しかし,実際には典型的な前置詞とみられる語の後ろに,一見したところ名詞句ではない別のものが続くケースも少なくない.例えば,Huddleston and Pullum (599) より4つの例を挙げよう.

i The magician emerged [from behind the curtain]. [PP]
ii I didn't know about it [until recently]. [AdvP]
iii We can't agree [on whether we should call in the police]. [interrogative clause]
iv They took me [for dead]. [AdjP]


 それぞれ前置詞の後に,別の前置詞句,副詞句, 疑問節,形容詞句が続いている例となっているが,このような例は珍しくない.ただし,前置詞が一般にこれらの異なる補文を取り得るというわけではない.前置詞ごとに,どのような補文を取れるかが決まっている,ということである.例えば until は副詞句を支配することができるが,疑問節は支配できない.逆に on は副詞句を支配できないが,疑問節は取れる.ちょうど個々の動詞によって支配できる補文のタイプが決まっているのと同じことである.
 また,伝統的な定義によれば,前置詞は補文の前に置かれるものである(だからこそ「前置」詞と呼ばれる).しかし,一部の前置詞については補文の後に置かれることがあり,その限りにおいては「後置」詞とすら呼べるのである.Huddleston and Pullum (631) より,notwithstandingapart/aside (from) が異なる語順で用いられている例文を挙げよう.

i a. [Notwithstanding these objections,] they passed ahead with their proposal.
i b. [These objections notwithstanding,] they passed ahead with their proposal.
ii a. [Apart/Aside from this,] he performed very creditably.
ii b. [This apart/aside,] he performed very creditably.


 前置詞を議論する場合には,今回挙げたような,らしくない振る舞いをする前置詞(の用法)にも注意する必要がある.関連して heldio 「#133. 前置詞ならぬ後置詞の存在」も参照.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

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2023-03-07 Tue

#5062. 前置詞の伝統的な定義 [preposition][terminology][youtube][pos]

 一昨日に公開された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は「#107. 英語に前置詞はなぜこんなに多いのか?」です.現代英語には前置詞が194種類もあるのですが,古英語では30種類ほどでした.英語の歴史に何が起こり,前置詞がここまで増えてしまったのでしょうか.12分ほどの動画です.どうぞご視聴ください.



 今回の動画と関連して,以下の関連する hellog 記事や heldio 放送もご参照ください.

 ・ hellog 「#30. 古英語の前置詞と格」 ([2009-05-28-1])
 ・ hellog 「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1])
 ・ hellog 「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1])
 ・ hellog 「#4190. 借用要素を含む前置詞は少なくない」 ([2020-10-16-1])

 ・ heldio 「#133. 前置詞ならぬ後置詞の存在」
 ・ heldio 「#260. 英語史を通じて前置詞はどんどん増えてきた」
 ・ heldio 「#343. 前置詞とは何?なぜこんなにいろいろあるの?」
 ・ heldio 「#374. ラテン語から借用された前置詞 per, plus, via」

 そもそも前置詞 (preposition) とは何なのでしょうか.現代英語の前置詞の伝統的な定義・解説を Huddleston and Pullum (598) より引用しましょう.

The general definition of a preposition in traditional grammar is that it is a word that governs, and normally precedes, a noun or pronoun and which expresses the latter's relation to another word. 'Govern' here indicates that the preposition determines the case of the noun or pronoun (in some languages, certain prepositions govern an accusative, others a dative, and so on). In English, those pronouns that have different (non-genitive) case forms almost invariably appear in the accusative after prepositions, so the issue of case government is of less importance, and many definitions omit it.


 ただし,この伝統的な定義よりも広く前置詞をとらえる立場もあり,前置詞とは何かという問いは思いのほか容易ではありません.194種類あるとはいえ,あくまで小さな語類ではありますが,なかなか奥の深い品詞です.

 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.

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2023-02-16 Thu

#5043. 社会的結束の力 --- 言語の中核的機能としての言語行為 [pragmatics][philosophy_of_language][history_of_language][communication][phatic_communion][terminology]

 「#5040. 英語で「ドアを閉めろ」を間接的に表現する方法19例 --- 間接発話行為を味わう」 ([2023-02-13-1]) でも話題にした通り,発話行為 (speech_act) は語用論の重要なテーマの1つである.哲学から言語学に波及してきた話題であり,哲学では言語行為という用語が一般的だ.以下では,参照する Senft の用語にも合わせる意味で「言語行為」を用いる.
 言語行為とは何か.シューレンによれば,それは「社会的結束の力」 (socially binding force) をもつものとされ,言語の中核的な役割を担っていると強調される.少々長いが,Senft (46--47) より引用する.

シューレンは,言語行為に関するこの章において「言語行為の社会的結束の力 (socially binding force) に特別に注目し」,社会的結束の原則 (PRINCIPLE OF SOCIAL BINDING) を定式化することによって彼の考え方を披瀝し始める.彼はこの原則を「人間の言語だけでなく,人間と人間以外の意識的なコミュニケーションのすべての他の体系をも,公理化し定義するものである」と考える (Seuren 2009: 140) .この原則は次のように述べられる.

すべての本気の言語的発話は…話し手側の(強さは可変の)義務の請負 (COMMITMENT) ,(強さは可変の)聞き手に発せられた要請 (APPEAL) ,[その発話]に表現された命題,あるいは呼びかけ(Hey, you over there! (「おい,そこのお前!」))の中にある呼称 (APPELATION (sic)) に関して行動規則の設定 (INSTITUTION OF A RULE OF BEHAVIOUR) のいずれかの種類の,社会的結束の関係を創出するという点で力 (FORCE) をもつ.
 言語行為がその人たちに関して有効である社会的な仲間は[発話]の力の場 (FORCE FIELD) を形成する.     (Seuren 2009: 140)

シューレンにとって,この原則は一定の権利と義務をもつ人々,すなわち責任と個人の尊厳をもつ人々を結束する.これらの人々は「…説明責任があり,すべての本気の言語行為は,いかにささいな,あるいは重要でないものであっても,話し手と聞き手の間に説明責任関係を創出する」 (Seuren 2009: 140) .社会的結束の原則を「公理的」であり,「人間の言語だけでなく記号 (sign) によるいかなる形のコミュニケーションにとっても」定義的であると特徴づけることは(Seuren 2009: 158 も参照),この学者にとって「言語は第一義的に説明責任の創出のための道具であり,情報の転送のためのものでないこと」を意味する (Seuren 2009: 140) .シューレンは,言語行為に関連してこれらの考えを発展させ,次のことを強調する.

すべての言語行為は,社会的結束の関係あるいは事態を創出するという意味で行為遂行的である…言語の基本的な機能は,世界についての情報の移動という意味 (sense) での「コミュニケーション」ではなく,社会的結束,つまり<!-- for reference -->発話あるいは言語行為によって表現される命題に関して対人間の,社会的結束の特定の関係の創出である.この種の社会的結束が,人間の社会の1つの必須条件である社会の基底機構における中心的な要素であることが明らかになるであろう.     (Seuren 2009: 147)


 シューレンにとって,言語行為は言語学史においてあまりに軽視されてきた.言語はコミュニケーションの道具であるとか思考の道具だと言われることは多かったものの,「社会的結束の力」としてまともに理解されたことはなかった,という.これは,すぐれて社会語用論の視点からの言語観といってよい.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
 ・ Seuren, Pieter A. M. Language from Within Vol. I.: Language in Cognition. Oxford: OUP, 2009.

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2023-02-06 Mon

#5033. 接尾辞 -ism の多義性 [polysemy][suffix][terminology]

 一昨日の「#5031. 接尾辞 -ism の起源と発達」 ([2023-02-04-1]) に引き続き,-ism という生産的な接尾辞 (suffix) について.今回はその多義性に注目します.
 Webster の辞書の第3版に所収の A Dictionary of Prefixes, Suffixes, and Combining Forms によると,-ism には大きく4つの語義があります.「動作」「状態」「主義」「特徴」です.単語の具体例とともにみてみましょう.

-ism n suffix -s [ME -isme, fr. MF & L; MF -isme, partly fr. L -isma (fr. Gk), & partly fr. L -ismus, fr. Gk -ismos] 1 a : act, practice, or process --- esp. in nouns corresponding to verbs in -ize <criticism> <hypnotism> <plagiarism> b : manner of action or behavior characteristic of a (specified) person or thing <animalism> <Micawberism> 2 a : state, condition, or property <barbarianism> <polymorphism> b : abnormal state or condition resulting from excess of a (specified) thing <alcoholism> <morphinism> c : abnormal state or condition characterized by resemblance to a (specified) person or thing <mongolism> 3 a : doctrine, theory, or cult <Buddhism> <Calvinism> <Platonism> <salvationism> <vegetarianism> b : adherence to a system or a class of principles <neutralism> <realism> <socialism> <stoicism> 4 : characteristic or peculiar feature or trait <colloquialism> <Latinism> <poeticism>


 言語の話題でよく用いられる -ism は,最後の「特徴」の語義と関連するものです.「○○に特徴的な言葉遣い;○○語法」の意味で Americanism, Britishism, Canadianism, Irishism, Gallicism, vulgarism, witticism, neologism などがあります.

Referrer (Inside): [2023-02-08-1]

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2023-01-25 Wed

#5021. 形態論における生産性を巡る8つの問い [productivity][word_formation][hellog_entry_set][terminology]

 形態論における生産性 (morphological productivity) とは何か? 言語学でも様々な捉え方があり,いまだに議論を呼び続けている問題である.本ブログでも何度かにわたり取り上げてきた(こちらの記事セットを参照).
 Morphological Productivity を著わした Bauer (10) は,序章において生産性を巡る8つの "potential problems" を挙げている.

(a) Is it useful to distinguish between 'productivity' and 'creativity' in morphology, and if so in what way?
(b) Are there several meanings for the term 'productivity', an if so do they conflict?
(c) Is productivity a yes/no matter or is it a matter of gradient?
(d) If it is a matter of gradient, does this imply that it is measurable on some scale?
(e) Is there a difference in kind or just a difference in degree between the new use of rare patterns to create words like Vaxen and the new use of normal patterns to create words like laptops?
(f) Does the use of unproductive processes lead to ungrammaticality?
(g) Is the answer to question (f) determined by specific constraints which may have been broken, and does it vary diachronically?
(h) What factors influence productivity if --- as was suggested here --- neither frequency nor semantic coherence do?


 この一覧を眺めるだけで「生産性」が相当大きな問題であることが分かってくるのではないか.本当は気軽に使うことのできない用語であり概念でもあるのだが,私もつい使ってしまう.この辺り,意識的にならなければ,と思う.
 歴史的な観点からは (g) が興味深いが,私としては時代によって生産性の高い/低い語形成があったり,時代を通じて同一の語形成の生産性が高くなったり低くなったりする現象に関心がある.

 ・ Bauer, Laurie. Morphological Productivity. Cambridge: CUP, 2001.

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2022-12-12 Mon

#4977. 分離不定詞は14世紀からあるも増加したのは19世紀半ば [split_infinitive][prescriptive_grammar][infinitive][syntax][terminology][word_order]

 昨日の記事「#4976. 「分離不定詞」事始め」 ([2022-12-11-1]) で紹介した分離不定詞 (split_infinitive) について,Jespersen が次のような導入を与えている.本当は "split" ではないこと,20世紀前半の Jespersen の時代にあっては分離不定詞への風当たりは緩和されてきていること,用例は14世紀からみられるが増加したのは19世紀半ばからであることなどが触れられている.

   §20.41. The term 'split infinitive' is generally accepted for the insertion of some word or words between to and an infinitive---which thus is not really 'split', but only separated from the particle that usually comes immediately before it.
   While the phenomenon was formerly blamed by grammarians ("barbarous practice" Skeat in Ch MP 355) and rigorously persecuted in schools, it is now looked upon with more lenient eyes ("We will split infinitives sooner than be ambiguous or artificial" Fowler MEU 560), and even regarded as an improvement (Curme). It is as old as the 14th c. and is found sporadically in many writers of repute, especially after the middle of the 19th c.; examples abound in modern novels and in serious writings, not perhaps so often in newspapers, as journalists are warned against it by their editors in chief and are often under the influence of what they have learned as 'correct' at school. Curme is right in saying that it has never been characteristic of popular speech.


 分離不定詞において to と動詞原形の間に割って入る要素は,ほとんどの場合,副詞(句)だが,中英語からの初期の例については,動詞の目的語となる名詞(句)が前置され「to + 目的語 + 動詞」となるものがあったことに注意したい.この用例を Jespersen よりいくつかみてみよう.この語順は近現代ではさすがにみられない.

   §20.44. In ME we sometimes find an object between to and the infinitive: Ch MP 6.128 Wel lever is me lyken yow and deye Than for to any thing or thinke or seye That mighten yow offende in any tyme | Nut-Brown Maid in Specimens III. x. 180 Moche more ought they to god obey, and serue but hym alone.
   This seems never to be found in ModE, but we sometimes find an apposition to the subject inserted: Aumonier Q 194 Then they seemed to all stop suddenly.


 一口に分離不定詞といっても,英語史的にみると諸相があっておもしろそうだ.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 5. Copenhagen: Munksgaard, 1954.

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2022-12-11 Sun

#4976. 「分離不定詞」事始め [split_infinitive][prescriptive_grammar][stigma][infinitive][latin][syntax][terminology][word_order]

 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) でも言及したように分離不定詞 (split_infinitive) は規範文法のなかでも注目度(悪名?)の高い語法である.これは,to boldly go のように,to 不定詞を構成する to と動詞の原形との間に副詞など他の要素が入り込んで,不定詞が「分離」してしまう用法のことだ."cleft infinitive" という別名もある.
 歴史的には「#2992. 中英語における不定詞補文の発達」 ([2017-07-06-1]) でみたように中英語期から用例がみられ,名だたる文人墨客によって使用されてきた経緯があるが,近代の規範文法 (prescriptive_grammar) により誤用との烙印を押され,現在に至るまで日陰者として扱われている.OED によると,分離不定詞の使用には infinitive-splitting という罪名が付されており,その罪人は infinitive-splitter として後ろ指を指されることになっている(笑).

infinitive-splitting n.
   1926 H. W. Fowler Dict. Mod. Eng. Usage 447/1 They were obsessed by fear of infinitive-splitting.

infinitive-splitter n.
   1927 Glasgow Herald 1 Nov. 8/7 A competition..to discover the most distinguished infinitive-splitters.


 なぜ規範文法家たちがダメ出しするのかというと,ラテン文法からの類推という(屁)理屈のためだ.ラテン語では不定詞は屈折により īre (to go) のように1語で表わされる.したがって,英語のように to と動詞の原形の2語からなるわけではないために,分離しようがない.このようにそもそも分離し得ないラテン文法を模範として,分離してはならないという規則を英語という異なる言語に当てはめようとしているのだから,理屈としては話にならない.しかし,近代に至るまでラテン文法の威信は絶大だったために,英文法はそこから自立することがなかなかできずにいたのである.そして,その余波は現代にも続いている.
 しかし,現代では,分離不定詞を誤用とする規範主義的な圧力はどんどん弱まってきている.特に副詞を問題の箇所に挿入することが文意を明確にするのに有益な場合には,問題なく許容されるようになってきている.2--3世紀のあいだ分離不定詞に付されてきた傷痕 (stigma) が少しずつそぎ落とされているのを,私たちは目の当たりにしているのである.まさに英語史の一幕.
 分離不定詞については,American Heritage Dictionary の Usage Notes より split infinitive に読みごたえのある解説があるので,そちらも参照.

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2022-11-21 Mon

#4956. 言語変化には「上から」と「下から」がある [language_change][sociolinguistics][terminology][prestige][stigma][style]

 「#4952. 言語における威信 (prestige) とは?」 ([2022-11-17-1]) と「#4953. 言語における傷痕 (stigma) とは?」 ([2022-11-18-1]) で,言語における正と負の威信 (prestige) の話題を導入した.いずれも言語変化の入り口になり得るものであり,英語史を考える上でも鍵となる概念・用語である.
 話者(集団)は,ある言語項目に付与されている正負の威信を感じ取り,意識的あるいは無意識的に,自らの言語行動を選択している.つまり,正の威信に近づこうとしたり,負の威信から距離を置こうとすることで,自らの社会における立ち位置を有利にしようと行動しているのである.その結果として言語変化が生じるケースがある.このようにして生じる言語変化は,話者が意識的に言語行動を選択している場合には change from above と呼ばれ,無意識の場合には change from below と呼ばれる.意識の「上から」の変化なのか,「下から」の変化なのか,ということである.
 「上から」の変化は社会階層の上の集団と結びつけられる言語特徴を志向することがあり,反対に「下から」の変化は社会階層の下の集団の言語特徴を志向することがある.つまり,意識の「上下」と社会階層の「上下」は連動することも多い.しかし,Labov によって導入されたオリジナルの "change from above" と "change from below" は,あくまで話者の意識の上か下かという点に注目した概念・用語であることを強調しておきたい.
 Trudgill の用語辞典より,それぞれを引用する.

change from above In terminology introduced by William Labov, linguistic changes which take place in a community above the level of conscious awareness, that is, when speakers have some awareness that they are making these changes. Very often, changes from above are made as a result of the influence of prestigious dialects with which the community is in contact, and the consequent stigmatisation of local dialect features. Changes from above therefore typically occur in the first instance in more closely monitored styles, and thus lead to style stratification. It is important to realise, however, that 'above' in this context does not refer to social class or status. It is not necessarily the case that such changes take place 'from above' socially. Change from above as a process is opposed by Labov to change from below.


change from below In terminology introduced by William Labov, linguistic changes which take place in a community below the level of conscious awareness, that is, when speakers are not consciously aware, unlike with changes from above, that such changes are taking place. Changes from below usually begin in one particular social class group, and thus lead to class stratification. While this particular social class group is very often not the highest class group in a society, it should be noted that change from below does not means change 'from below' in any social sense.


 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2022-11-18 Fri

#4953. 言語における傷痕 (stigma) とは? [stigma][prestige][terminology][sociolinguistics]

 昨日の記事「#4952. 言語における威信 (prestige) とは?」 ([2022-11-17-1]) に続いて,prestige の反対概念となる stigma について.良い訳がないのでとりあえず「傷痕」としているが「スティグマ」と呼んでおくのがよいのかもしれない.負の威信のことである.
 昨日 prestige の解説のために参照・引用した A Glossary of Historical Linguistics であれば,当然ながら stigma も見出し語として立てられているだろうと踏んでいた.ところが,確かに stigma, stigmatization として見出しは立っているのだが,そこから covert prestige, overt prestige, prestige の項目に飛ばされ,そこに行ってみると stigmastigmatization も触れられていないという始末.要するに,負の威信であることを匂わせたいのだろうが,積極的に言及していないのである.
 別に調べた A Glossary of Sociolinguistics には stigmatisation の見出しが立っていた.こちらを引用しよう.

stigmatisation Negative evaluation of linguistic forms. Work carried out in secular linguistics has shown that a linguistic change occurring in one of the lower sociolects in a speech community will often be negatively evaluated, because of its lack of association with higher status groups in the community, and the form resulting from the change will therefore come to be regarded as 'bad' or 'not correct'. Stigmatisation may subsequently lead to change from above, and the development of the form into a marker and possibly, eventually, into a stereotype.


 ある言語項目に stigma が付され,それが言語共同体に広く知られるようになると,人々はその使用を意識的に避けるようになり,それを使い続けている人や集団を蔑視するようになる.いわば方言差別や言語蔑視の入り口になり得るものが stigma であり,stigma が付され認知されていく過程が stigmatisation ということになる.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

Referrer (Inside): [2022-11-21-1]

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2022-11-17 Thu

#4952. 言語における威信 (prestige) とは? [prestige][terminology][sociolinguistics][sobokunagimon][variety][loan_word][french][latin]

 社会言語学のキーワードである威信 (prestige) については,hellog でもタグとして設定しており,当たり前のように用いてきたが,改めて定義を確認してみようと思い立った.私は日常的には「エラさ」「カッコよさ」と超訳しているのだが,念のために正式な定義が欲しいと思った次第.
 ところが,手元の社会言語学系の用語集などを漁り始めたところ,意外と見出しが立っていない.数分かかって,最初に引っかかったのが Lyle and Mixco の歴史言語学の用語集だった.数分を犠牲にした後のありがたみがあるので,こちらを一字一句引用することにしよう (155--56) .

prestige In sociolinguistics, the positive value judgment or high status accorded certain languages, certain varieties and certain variables favored over other less prestigious languages, varieties or variables. The prestige accorded linguistic variables is a factor that often leads to linguistic change. The prestige of a language can lead speakers of other languages to take loanwords from it or to adopt the language outright in language shift. Overt prestige is the most common; it is the positive or high value attributed to variables, varieties and languages typically widely recognized as prestigious among the speakers of a language. The prestige varieties and variables are usually those recognized as belonging to the standard language or that are used by highly educated or influential people. Covert prestige refers to the positive evaluation given to non-standard, low-status or 'incorrect' forms of speech by some speakers, a hidden or unacknowledged prestige for non-standard variables that leads speakers to continue using them and sometimes causes such forms to spread to other speakers.


 なるほど,prestige とは,言語変種 (variety) についていわれる場合と,言語変項 (variable) についていわれる場合があるというのは,確かにそうだ.言語変種についていわれる prestige はマクロ的な概念であり,言語交替 (language_shift) や語彙借用の方向性に関与する.一方,言語変項についていわれる prestige はミクロ的であり,個々の言語変化の原動力となり得る要因である.この2つは概念上区別しておく必要があるだろう.
 考えてみれば prestige という語自体が,フランス語風に /prɛsˈtiːʒ/ と発音され,prestigious な響きがある.実際,フランス語 prestige を借りたもので,このフランス単語自体はラテン語の praest(r)īgia(illusion) に由来する.語自体の英語での初出は,17世紀の辞書編纂家 T. Blount が Glossographia で,そこでの語義は「威信」ではなく原義の「錯覚」である ("deceits, impostures, delusions, cousening tricks") .「威信」という語義で最初に用いられたのは,ずっと遅く1829年のことである.
 prestige のもとであるラテン単語の原義は物理的に「強い締め付け」ほどであり,そこから認知的・精神的な「幻惑;錯覚」を経て,最後に「威信」となった.拘束的で抑圧的な力を想起させる意味変化といってよく,この経緯自体が意味深長である.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.

Referrer (Inside): [2022-11-21-1] [2022-11-18-1]

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2022-11-14 Mon

#4949. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第21回「「マジック e」って何?」 [notice][sobokunagimon][rensai][final_e][spelling][vowel][terminology][silent_letter][pronunciation][spelling_pronunciation_gap]

 本日は『中高生の基礎英語 in English』の12月号の発売日です.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第21回では「「マジック e」って何?」という疑問を取り上げています.

『中高生の基礎英語 in English』2022年12月号



 綴字上 matemat は語末に <e> があるかないかの違いだけですが,発音はそれぞれ /meɪt/, /mæt/ と母音が大きく異なります.母音が異なるのであれば,綴字では <a> の部分に差異が現われてしかるべきですが,実際には <a> の部分は変わらず,むしろ語尾の <e> の有無がポイントとなっているわけです.しかも,その <e> それ自体は無音というメチャクチャぶりのシステムです.多くの英語学習者が,学び始めの頃に一度はなぜ?と感じたことのある話題なのではないでしょうか.
 一見するとメチャクチャのようですが,類例は多く挙げられます.Pete/pet, bite/bit, note/not, cute/cut などの母音を比較してみてください.ここには何らかの仕組みがありそうです.少し考えてみると,語末の <e> の有無がキューとなり,先行する母音の音価が定まるという仕組みになっています.いわば魔法のような「遠隔操作」が行なわれているわけで,ここから magic e の呼称が生まれました.
 今回の連載記事では,なぜ magic e という間接的で厄介な仕組みが存在するのか,いかにしてこの仕組みが歴史の過程で生まれてきたのかを易しく解説します.本ブログでもたびたび取り上げてきた話題ではありますが,連載記事では限りなくシンプルに説明しています.ぜひ雑誌を手に取ってみてください.
 関連して以下の hellog 記事を参照.

 ・ 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1])
 ・ 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])
 ・ 「#1827. magic <e> とは無関係の <-ve>」 ([2014-04-28-1])
 ・ 「#1344. final -e の歴史」 ([2012-12-31-1])
 ・ 「#2377. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (1)」 ([2015-10-30-1])
 ・ 「#2378. 先行する長母音を表わす <e> の先駆け (2)」 ([2015-10-31-1])
 ・ 「#3954. 母音の長短を書き分けようとした中英語の新機軸」 ([2020-02-23-1])
 ・ 「#4883. magic e という呼称」 ([2022-09-09-1])

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2022-11-09 Wed

#4944. lexical gap (語彙欠落) [terminology][lexicology][sapir-whorf_hypothesis][linguistic_relativism][language_myth][lexical_gap][semantics]

 身近な概念だが対応するズバリの1単語が存在しない,そのような概念が言語には多々ある.この現象を「語彙上の欠落」とみなして lexical gap と呼ぶことがある.
 例えば brother 問題を取り上げてみよう.「#3779. brother と兄・弟 --- 1対1とならない語の関係」 ([2019-09-01-1]) や「#4128. なぜ英語では「兄」も「弟」も brother と同じ語になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-08-15-1]) で確認したように,英語の brother は年齢の上下を意識せずに用いられるが,日本語では「兄」「弟」のように年齢に応じて区別される.ただし,英語でも年齢を意識した「兄」「妹」に相当する概念そのものは十分に身近なものであり,elder brotheryounger sister と表現することは可能である.つまり,英語では1単語では表現できないだけであり,対応する概念が欠けているというわけではまったくない.英語に「兄」「妹」に対応する1単語があってもよさそうなものだが,実際にはないという点で,lexical gap の1例といえる.逆に,日本語に brother に対応する1単語があってもよさそうなものだが,実際にはないので,これまた lexical gap の例と解釈することもできる.
 Cruse の解説と例がおもしろいので引用しておこう.

lexical gap This terms is applied to cases where a language might be expected to have a word to express a particular idea, but no such word exists. It is not usual to speak of a lexical gap when a language does not have a word for a concept that is foreign to its culture: we would not say, for instance, that there was a lexical gap in Yanomami (spoken by a tribe in the Amazonian rainforest) if it turned out that there was no word corresponding to modem. A lexical gap has to be internally motivated: typically, it results from a nearly-consistent structural pattern in the language which in exceptional cases is not followed. For instance, in French, most polar antonyms are lexically distinct: long ('long'): court ('short'), lourd ('heavy'): leger ('light'), épais ('thick'): mince ('thin'), rapide ('fast'): lent ('slow'). An example from English is the lack of a word to refer to animal locomotion on land. One might expect a set of incompatibles at a given level of specificity which are felt to 'go together' to be grouped under a hyperonym (like oak, ash, and beech under tree, or rose, lupin, and peony under flower). The terms walk, run, hop, jump, crawl, gallop form such a set, but there is no hyperonym at the same level of generality as fly and swim. These two examples illustrate an important point: just because there is no single word in some language expressing an idea, it does not follow that the idea cannot be expressed.


 引用最後の「重要な点」と関連して「#1337. 「一単語文化論に要注意」」 ([2012-12-24-1]) も参照.英語や日本語の lexical gap をいろいろ探してみるとおもしろそうだ.

 ・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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