「文字体系」「書記体系(書記法)」「表記体系(表記法)」という用語は,論者によって使い方が異なるが,私は以下のように考えたい.現代の日本語表記でいえば,そこでは平仮名,片仮名,漢字,ローマ字という独立した「文字体系」が区別される.それぞれの文字体系に関しては独自の「書記法」があり,例えば仮名では仮名遣いが,漢字では常用漢字の使用や熟字訓に関する規範がある.また,文字体系の使い分けや送り仮名の規則など,複数の文字体系の混用に関する標準的な決まりごとがあり,それは日本語の「表記体系」と呼びたい.
この辺りの問題,特に「文字体系」と「表記法」という用語の問題について,河野・西田 (pp. 179--82) が対談している.以下は,西田の発言である.
日本語の文字体系という問題に入りますけれども,まず,文字体系と表記法というのは別の問題だと思うのですね.表記法というのは,どういうふうに日本語を書き表わしているかということです.一方,文字体系というのは,たとえば仮名は仮名で一つの文字体系をもっている.漢字は漢字で一つの文字体系をなしている.ローマ字はローマ字で別の一つの文字体系をもってる.ですから,日本の場合だと,そういう文字体系を混用しているところに特徴があるわけですね.その混用していることをどう考えるかという問題だと思います.
表記法の問題であれば,たとえば今の仮名遣いがそれでいいのか,どういうふうに改良したらいいのかという問題になってきて,これは面倒なことになりますから,あまり個人的な意見をいうのはちょっとむずかしいと思いますので,文字体系が混用されていることをどう考えるかという問題として取り上げたいと思います.
そうすると,日本語の表記には少なくとも三つの文字体系を覚えなければいけない.三つというのは,漢字と仮名――片仮名・平仮名ですね――それからそれに付随してローマ字です.三つの文字体系を覚えなければいけないというのは,記憶に対して非常に負担になるということは一応あるわけですが,それを除いて,三つでも四つでも誰でも記憶できるのだということで考えた場合には,非常に便利ではないかと思うのですね.
文字体系の混用といっても,どの場面にどの文字を使うかが,習慣的にかなりの程度に決まっている.たとえば漢語からきたものは漢字で書く.それから日本的な文法的要素は仮名で書く,欧米からきた借用語は片仮名で書く.そういう,だいたいの配分のようなものが決まっていて,その上で混用されているということになると思います.
たとえば漢字がわからなければ仮名で書いておけばいいわけで,これは非常に便利なことだろうと思います.ほかの言語では,おそらくこのように混用している言語というのは非常に少ない,あるいはほとんどないのではないか.必ずしもそうとはいえないかもしれませんが,そのことはあとでまたちょっと触れたいと思います.
文字の混用はどういう意味があるかといいますと,日本語を書くときに,漢字を使うか,仮名を使うかという選択があった場合に,どちらの文字を使えばより効果的かの一つの判断に立って使っているわけだと思います.漢字の中でも,どの漢字を使うか,たとえばヨロコブには「喜」を使うか,あるいは「慶」を使うか,はたまた「悦」を使うか,これは一つの判断によって決めているわけなんで,そういう文字の選び方は,その文字がもっている本来の価値と付加価値というんですか,その言葉を表記するためにいろいろな人が使っているうちに,自然に付加された価値によっている.それは単に言葉を表記している,意味を表記しているとか,発音を表記しているとか,そういうものだけじゃなくて,歴史の流れの中でそれにプラスされてきた別な価値が生きてくる.その付加価値をどう判断しているかということになると思うのですね.
ですから,字形のもつ価値以外のものは,別に研究していく必要があると思います.
また片仮名を挿入することがどういう意味をもつかということですね.付加価値についての調査はあまりされていないと思うのです.それから複数の文字体系の使用の問題ですが,例えば中国の場合,普通みな漢字だけを使っていると思うわけですけれども,実はそうじゃなくて,拼音文字といわれるローマ字表記が併用されている.もう少し遡った段階では,注音符号という文字が使われていた.ですから,必ずしも文字体系がすべて漢字だけであるとはいえないと思いますね.
このように,とりわけ日本語の表記法の特徴は,ことばを書き記す際に,使用する文字体系やその混用の様式を,書き手がある程度主体的に決められるという点にある.
関連して「#2391. 表記行動」 ([2015-11-13-1]),「#2392. 厳しい正書法の英語と緩い正書法の日本語」 ([2015-11-14-1]),「#2409. 漢字平仮名交じり文の自由さと複雑さ」 ([2015-12-01-1]) を参照されたい.
・ 河野 六郎・西田 龍雄 『文字贔屓』 三省堂,1995年.
現代英語には <ai>, <ea>, <ie>, <oo>, <ou>, <ch>, <gh>, <ph>, <qu>, <sh>, <th>, <wh> 等々,2文字素で1単位となって特定の音素を表わす二重字 (digraph) が存在する.「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]),「#2418. ギリシア・ラテン借用語における <oe>」 ([2015-12-10-1]),「#2419. ギリシア・ラテン借用語における <ae>」 ([2015-12-11-1]) ほかの記事で取り上げてきたが,今回はこのような digraph の問題について論じたい.beautiful における <eau> などの三重字 (trigraph) やそれ以上の組み合わせもあり得るが,ここで述べる digraph の議論は trigraph などにも当てはまるはずである.
そもそも,ラテン語のために,さらに遡ればギリシア語やセム系の言語のために発達してきた alphabet が,それらとは音韻的にも大きく異なる言語である英語に,そのままうまく適用されるということは,ありようもない.ローマン・アルファベットを初めて受け入れた古英語時代より,音素の数と文字の数は一致しなかったのである.音素のほうが多かったので,それを区別して文字で表記しようとすれば,どうしても複数文字を組み合わせて1つの音素に対応させるというような便法も必要となる.例えば /æːa/, /ʤ/, /ʃ/ は各々 <ea>, <cg>, <sc> と digraph で表記された (see 「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1])) .つまり,英語がローマン・アルファベットで書き表されることになった最初の段階から,digraph のような文字の組み合わせが生じることは,半ば不可避だったと考えられる.英語アルファベットは,この当初からの問題を引き継ぎつつ,多様な改変を加えられながら中英語,近代英語,現代英語へと発展していった.
次に "digraph" という用語についてである.この呼称はどちらかといえば文字素が2つ組み合わさったという形式的な側面に焦点が当てられているが,2つで1つの音素に対応するという機能的な側面を強調する場合,"compound grapheme" (Robert 14) という用語が適切だろう.Robert (14) の説明に耳を傾けよう.
We term ai in French faire or th in English thither, compound graphemes, because they function as units in representing single phonemes, but are further divisible into units (a, i, t, h) which are significant within their respective graphemic systems.
compound grapheme (複合文字素)は連続した2文字である必要もなく,"[d]iscontinuous compound grapheme" (不連続複合文字素)もありうる.現代英語の「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1]) がその例であり,<name> や <site> において,<a .. e> と <i .. e> の不連続な組み合わせにより2重母音音素 /eɪ/ と /aɪ/ が表わされている.
複合文字素の正書法上の問題は,次の点にある.Robert も上の引用で示唆しているように,<th> という複合文字素は,単一文字素 <t> と <h> の組み合わさった体裁をしていながら,単一文字素に相当する機能を果たしているという事実がある.<t> も <h> も単体で文字素として特定の1音素を表わす機能を有するが,それと同時に,合体した場合には,予想される2音素ではなく新しい別の1音素にも対応するのだ.この指摘は,複合文字素の問題というよりは,それの定義そのもののように聞こえるかもしれない.しかし,ここで強調したいのは,文字列が横一列にフラットに表記される現行の英語書記においては,<th> という文字列を見たときに,(1) 2つの単一文字素 <t>, <h> が個別の資格でこの順に並んだものなのか,あるいは (2) 1つの複合文字素 <th> が現われているのか,すぐに判断できないということだ.(1) と (2) は文字素論上のレベルが異なっており,何らかの書き分けがあってもよさそうなものだが,いずれもフラットに th と表記される.例えば,<catham> と <catholic> において,同じ見栄えの <th> でも前者は (1),後者は (2) として機能している.(*)<cat-ham>, *<ca(th)olic> などと,丁寧に区別する正書法があってもよさそうだが,一般的には行われていない.これを難なく読み分けられる読み手は,文字素論的な判断を下す前に,形態素の区切りがどこであるかという判断,あるいは語としての認知を先に済ませているのである.言い換えれば,英語式の複合文字素の使用は,部分的であれ,綴字に表形態素性が備わっていることの証左である.
この「複合文字素の問題」はそれほど頻繁に生じるわけでもなく,現実的にはたいして大きな問題ではないかもしれない.しかし,体裁は同じ <th> に見えながらも,2つの異なるレベルで機能している可能性があるということは,文字素論上留意すべき点であることは認めなければならない.機能的にレベルの異なるものが,形式上区別なしにフラットに並べられ得るという点が重要である.
・ Hall, Robert A., Jr. "A Theory of Graphemics." Acta Linguistica 8 (1960): 13--20.
文字の起源について語るときに問題となるのは,絵のような図のような「文字もどき」というべき文字の前段階のものが,いつから純然たる文字となるのかという疑問である.「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1]),「#2390. 文字体系の起源と発達 (2)」 ([2015-11-12-1]),「#2399. 象形文字の年表」 ([2015-11-21-1]),「#2416. 文字の系統 (4)」 ([2015-12-08-1]) 等の記事では,この「先段階」のものを「絵」「絵文字」「始原文字」などと様々に呼んできた.
文字と文字もどきの区別を明確につけることは難しい.一般的な理解によれば,文字とは,慣習的に特定の言語的単位と結びついた書記記号であり,そのような単位と関連づけられていないような記号は,せいぜいシンボルと呼ぶべきものだろう.しかし,考古学的な遺物に残されている痕跡が,いつから,どの瞬間から,この定義における純然たる文字に相当するようになるのかを決定することは難しい.1つの目安として,文字らしき痕跡が,いかに写実的な絵画から逸脱して,より非絵画的に,あるいは幾何学的に変形しているかという基準がある.というのは,描きやすい幾何学的へ簡略化しているということは,その痕跡が慣習化して,おそらく特定の言語的単位と結びつけられていることを示唆するからだ.
しかし,純然たる文字としての確立(すなわち言語的単位との密な関係)と,その痕跡の絵画風たる度合いとは,必ずしも一致するわけではない.言語性と非絵画性とは,確かにしばしば連動するが,原則として独立した2つの軸と捉える必要がある.この2つを同一視してしまうと,いまだ文字にならざるその前段階のものを絵「文字」と呼称しつつ,純然たる文字であるエジプト聖刻文字も「絵」文字と呼ぶというように,用語上の混乱が生じる (cf. 「#2399. 象形文字の年表」 ([2015-11-21-1])).
そこで,言語性を縦軸に,絵画性を横軸にとったマトリックスを作成してみた.種々の痕跡なり,シンボルなり,(絵)文字なりは,このマトリックスの適当な位置に配置されるはずである.粗っぽい図ではあるが,これを掲げよう.
絵画的 ←──────────────────────→ 非絵画的(幾何学的) 非言語的 ↑ 「絵文字」 甲骨卜辞 地図記号 │ 印章 天気記号 │ ピクトグラム │ 数字 │ │ 聖刻文字 漢字 仮名 アルファベット ↓ 象形文字 言語的
標題の ethnomethodology (エスノメソドロジー)は,1967年にアメリカの社会学者 Harold Garfinkel の作り出した用語であり,言語コミュニケーションに関する社会学的なアプローチを指す.日常会話の基礎となる規範,しきたり,常識を探ることを目的とする.人類言語学 (anthropological linguistics),社会言語学 (sociolinguistics),会話分析 (conversation analysis),おしゃべりの民族誌学 (ethnography_of_speaking) などの領域と重なる部分があり,学際的な分野である.Trudgill の社会言語学用語辞典より,関連する4つの用語の解説を与えたい.
ethnomethodology A branch of sociology which has links with certain sorts of sociolinguistics such as conversation analysis because of its use of recorded conversational material as data. Most ethnomethodologists, however, are generally not interested in the language of conversation as such but rather in the content of what is said. They study not language or speech, but talk. In particular, they are interested in what is not said. They focus on the shared common-sense knowledge speakers have of their society which they can leave unstated in conversation because it is taken for granted by all participants.
ethnography of speaking A branch of sociolinguistics or anthropological linguistics particularly associated with the American scholar Dell Hymes. The ethnography of speaking studies the norms and rules for using language in social situations in different cultures and is thus clearly important for cross-cultural communication. The concept of communicative competence is a central one in the ethnography of speaking. Crucial topics include the study of who is allowed to speak to who --- and when; what types of language are to be used in different contexts; how to do things with language, such as make requests or tell jokes; how much indirectness it is normal to employ; how often it is usual to speak, and how much one should say; how long it is permitted to remain silent; and the use of formulaic language such as expressions used for greeting, leave-taking and thanking.
ethnography of communication A term identical in reference to ethnography of speaking, except that nonverbal communication is also included. For example, proxemics --- the study of factors such as how physically close to each other speakers may be, in different cultures, when communicating with one another --- could be discussed under this heading.
conversation analysis An area of sociolinguistics with links to ethnomethodology which analyses the structure and norms of conversation in face-to-face interaction. Conversation analysts look at aspects of conversation such as the relationship between questions and answers, or summonses and responses. They are also concerned with rules for conversational discourse, such as those involving turn-taking; with conversational devices such as discourse markers; and with norms for participating in conversation, such as the rules for interruption, for changing topic, for overlapping between one speaker and another, for remaining silent, for closing a conversation, and so on. In so far as norms for conversational interaction may vary from society to society, conversation analysis may also have links with cross-cultural communication and the ethnography of speaking. By some writers it is opposed to discourse analysis.
ethnomethodology は,言語の機能 (function_of_language) という深遠な問題にも疑問を投げかける.というのは,ethnomethodology は,言語をコミュニケーションの道具としてだけではなく,世界を秩序づける道具としてもとらえるからだ.Wardhaugh (272) 曰く,"people use language not only to communicate in a variety of ways, but also to create a sense of order in everyday life."
・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.
標題の術語は,特殊な register (使用域,位相)に属する語句を表わす.互いに重なる部分が多いのだが,厳密な定義は難しい.まずは,Williams (203--04) による各用語についての説明を引用しよう.
Cant (related to chant, and originally the whining pleas of beggars) is often used to refer particularly to the language of thieves, gypsies, and such. But it has also been used to refer to the specialized language of any occupation, particularly to the mechanical and mindless repetition of special words and phrases.
Argot (a French word of unknown etymology), usually refers to the secret language of the underworld, though it too has also been used to refer to any specialized occupational vocabulary---the argot of the racetrack, for example. Jargon (once meaning the warbling of birds) is usually used by someone unfamiliar with a particular technical language to characterize his annoyed and puzzled response to it. Thus one man's technical vocabulary is another's jargon. Feature, shift, transfer, artifactual, narrowing, acronym, blend, clip, drift---all these words belong to the vocabulary of semantic change and word formation, the vocabulary of historical linguistics. But for anyone ignorant of the subject and unfamiliar with the terms, such words would make up its jargon. Thus cant, argot, and jargon are words that categorize both by classing and by judging.
Slang (of obscure origin) has many of the same associations. It has often been used as a word to condemn "bad" words that might pollute "good" English---even destroy the mind. . . . / But . . . slang is a technical terms like the terms grammatical and ungrammatical---a neutral term that categorizes a group of novel words and word meanings used in generally casual circumstances by a cohesive group, usually among its members, not necessarily to hide their meanings but to signal their group membership.
Trudgill の用語辞典にエントリーのある,slang, argot, jargon, antilanguage についても解説を引用する.
slang Vocabulary which is associated with very informal or colloquial styles, such as English batty (mad) or ace (excellent). Some items of slang, like ace, may be only temporarily fashionable, and thus come to be associated with particular age-groups in a society. Other slang words and phrases may stay in the language for generation. Formerly slang vocabulary can acquire more formal stylistic status, such as modern French tête (head) from Latin testa (pot) and English bus, originally an abbreviation of omnibus. Slang should not be confused with non-standard dialect. . . . Slang vocabulary in English has a number of different sources, including Angloromani, Shelta and Yiddish, together with devices such as rhyming slang and back slang as well as abbreviation (as in bus) and metaphor, such as hot meaning 'stolen' or 'attractive'.
argot /argou/ A term sometimes used to refer to the kinds of antilanguage whose slang vocabulary is typically associated with criminal groups.
jargon . . . . A non-technical term used of the register associated with a particular activity by outsiders who do not participate in this activity. The use of this term implies that one considers the vocabulary of the register in question to be unnecessarily difficult and obscure. The register of law may be referred to as 'legal jargon' by non-lawyers.
antilanguage A term coined by Michael Halliday to refer to a variety of a language, usually spoken on particular occasions by members of certain relatively powerless or marginal groups in a society, which is intended to be incomprehensible to other speakers of the language or otherwise to exclude them. Examples of groups employing forms of antilanguage include criminals. Exclusivity is maintained through the use of slang vocabulary, sometimes known as argot, not known to other groups, including vocabulary derived from other languages. European examples include the antilanguages Polari and Angloromany.
それぞれの用語の指す位相は,それぞれ重なり合いながらも,独自の要素をもっている.これは,各々が英語の歴史文化において区別される役割を担ってきたことの証左だろう.こうした用語使いそのものが英語の歴史性と社会性をもっており,したがって用語の翻訳は難しい.
・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.
・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1]) でメタファー (metaphor) について解説した.対するメトニミー (metonymy) については,各所で触れながらも,解説する機会がなかったので,Luján (291--92) などに拠りながらここで紹介したい.
伝統的な修辞学の世界では「換喩」として知られてきたが,近年の認知言語学や意味論では横文字のまま「メトニミー」と呼ばれることが多い.この用語は,ギリシア語の metōnimía (change of name) に遡る.教科書的な説明を施せば,メタファーが2項の類似性 (similarity) に基づくのに対して,メトニミーは2項の隣接性 (contiguity) に基づくとされる.メタファーでは,2項はそれぞれ異なるドメイン (domain) に属しているが,何らかの類似性によって両者が結ばれる.メトニミーでは,2項は同一のドメインに属しており,その内部で何らかの隣接性によって両者が結ばれる.類似性と隣接性が厳密に区別できるものかという根本的な疑問もあるものの,当面はこの理解でよい (cf. 「#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居」 ([2015-05-02-1])) .
メトニミーの本質をなす隣接性には,様々な種類がある.部分と全体(特に 提喩 (synecdoche) と呼ばれる),容器と内容,材料と物品,時間と出来事,場所とそこにある事物,原因と結果など,何らかの有機的な関係があれば,すべてメトニミーの種となる.したがって,意味の変異や変化において,きわめて卑近な過程である.「やかんが沸いている」というときの「やかん」は本来は容器だが,その容器の中に含まれる「水」を意味する.glass は本来「ガラス」という材料を指すが,その材料でできた製品である「グラス」をも意味する.ラテン語 sexta (sixth (hour)) はある時間を表わしていたが,そのスペイン語の発展形 siesta はその時間にとる午睡を意味するようになった.「永田町」や Capitol Hill は本来は場所の名前だが,それぞれ「首相官邸」と「米国議会」を意味する.「袖を濡らす」という事態は泣くという行為の結果であることから,「泣く」を意味するようになった.count one's beads という句において,元来 beads は「祈り」を意味したが,祈りの回数を数えるのにロザリオの数珠玉をもってしたことから,beads が「数珠玉」そのものを意味するようになった.隣接性は,物理法則に基づく因果関係から文化・歴史に強く依存する故事来歴に至るまで,何らかの有機的な関係があれば成立しうるという点で,応用範囲が広い.
Saeed (365--66) より,英語からの典型的な例を種類別に挙げよう.
・ PART FOR WHOLE (synecdoche): All hands on deck.
・ WHOLE FOR PART (synecdoche): Brazil won the world cup.
・ CONTAINER FOR CONTENT: I don't drink more than two bottles.
・ MATERIAL FOR OBJECT: She needs a glass.
・ PRODUCER FOR PRODUCT: I'll buy you that Rembrandt.
・ PLACE FOR INSTITUTION: Downing Street has made no comment.
・ INSTITUTION FOR PEOPLE: The Senate isn't happy with this bill.
・ PLACE FOR EVENT: Hiroshima changed our view of war.
・ CONTROLLED FOR CONTROLLER: All the hospitals are on strike.
・ CAUSE FOR EFFECT: His native tongue is Hausa.
・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.
・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.
ここしばらくの間,文字素 (grapheme) とは何かという問題を考えている.音韻論における音素 (phoneme) になぞらえて,文字論における文字素を想定するということは,ある程度の研究史がある.確かに両者には平行的に考えられる点も少なくないのだが,音声言語と書記言語は根本的に性質の異なるところがあり,比喩を進めていくと早い段階でつまずくのである.
そのキモは,音声言語では2重分節 (double_articulation) が原則だが,書記言語では第1分節こそ常に認められるものの,第2分節は任意であるという点にあるだろうと考えている.第1分節でとどめれば表語文字(あるいは表形態素文字)となり,音声言語と平行的に第2分節まで進めば表音文字(単音文字)となる.
この辺りの事情は今後じっくり考えていくとして,当面は音素と文字素について平行するところを整理してみたい.Pulgram が便利な一覧を作ってくれているので,それを再現したい.以下,P(honeme) と G(rapheme) の比較対照である.
P1 | The smallest distinctive audible units of a dialect are its phonemes. | G1 | The smallest distinctive visual units of an alphabet are its graphemes. |
P2 | A phoneme is a class of articulated speech sounds pertaining to one dialect. | G2 | A grapheme is a class of written characters pertaining to one alphabet. |
P3 | The hic et nunc spoken realization of a phoneme is an articulated speech sound or phone. | G3 | The hic et nunc written realization of a grapheme is a written alphabet character or graph. |
P4 | The number of phonemes in each dialect must be limited, the number of phones cannot be. | G4 | The number of graphemes in each alphabet must be limited, the number graphs cannot be. |
P5 | By definition, all phones identifiable as members of one phoneme are its allophones. | G5 | By definition, all graphs identifiable as members of one grapheme are its allographs. |
P6 | The phonetic shape of an allophone is dependent on its producer and on its phonetic surroundings. | G6 | The graphic shape of an allograph is dependent on its producer and on its graphic surroundings. |
P7 | Phones which are not immediately and correctly identifiable as belonging to a certain phoneme when occurring in isolation, may be identified through their meaning position in a context. | G7 | Graphs which are not immediately and correctly identifiable as belonging to a certain grapheme when occurring in isolation, may be identified through their meaningful position in a context. |
P8 | Dialects are subject to phonemic change and substitution. | G8 | Alphabets are subject to graphemic change and substitution. |
P9 | The number, kind, and distribution of phonemes varies from dialect to dialect. | G9 | The number, kind, and distribution of graphemes varies from alphabet to alphabet. |
If today we distinguish between letter (or better grapheme) and speech sound (or better phoneme), the reason is that there has hardly ever existed in any language with some tradition of writing a strictly one to one ratio between the two.
Pulgram は,音素と文字素の非平行性に気づいていながらも,それを真正面から扱うことを避けたのではないか,という気がしないでもない.
・ Pulgram, Ernst. "Phoneme and Grapheme: A Parallel." Word 7 (1951): 15--20.
複数の「中心」をもつ言語は,標題の通り polycentric language あるいは pluricentric language と呼ばれる.Trudgill (105) の用語辞典から,解説を引用する.
A language in which autonomy is shared by two or more (usually very similar) superposed varieties. Examples include English (with American, English, Scottish, Australian and other standard forms); Portuguese (with Brazilian and European Portuguese standard variants); Serbo-Croat (with Serbian and Croatian variants) and Norwegian (with Bokmål and Nynorsk).
polycentric language とは,換言すれば,各々「Ausbau な言語」と呼びうるほどの標準性を持ち合わせた複数の変種を配下に含む1言語とも定義できるかもしれない.例えば,イギリス英語 (British English) とアメリカ英語 (American English) は,別の歴史的経緯を経ていれば,もしかすると各々イギリス語 (British) やアメリカ語 (American) と呼ばれる独立した言語になっていたかもしれない (cf. 「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1])) .実際にはそうならずに,あくまで「イギリス変種の英語」や「アメリカ英語」などと呼称されるようになっているが,「英語」と呼ばれる言語の配下にある,世界的にも重要な役割を果たす2変種とみなされていることは事実である.このような観点から英語という言語をみるとき,英語は "polycentric language" であると言われる.
"polycentric language" という用語遣いは,ある言語変種の autonomy と heteronomy (cf. 「#1522. autonomy と heteronomy ([2013-06-27-1])) の問題に関わるため,その変種の社会言語学的な実態を指すのに用いられるというよりは,その変種を社会言語学的にいかに捉えるかという観点を表わすものではないか.上の引用では,Serbo-Croat の例が触れられているが,セルビア語 (Serbian) とクロアチア語 (Croatian) が互いに独立した言語であるという(社会)言語観の持ち主にとっては,セルボクロアチア語 (Serbo-Croat(ian)) が "a polycentric language" であるという謂いはナンセンスどころか,挑発的に聞こえるかもしれない (cf. 「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1])) .
この用語には,別言語へ分裂していきそうだが,分裂していない(とみなされている)言語変種の置かれた状況を表現しようとする意図が感じられる.「互いに似ている2言語」なのか「互いに似ている2変種を配下にもつ1言語」なのか.英語にせよ,セルボクロアチア語やポルトガル語にせよ,いずれの言語変種に関しても,"polycentric language" とは実態というよりは見方を伝えるターミノロジーではないか.その点で,Jenkins (64) が使っているように "pluricentric approach" という表現を用いるのが適切のように思う.
昨日の記事「#2383. ポルトガル語とルゾフォニア」 ([2015-11-05-1]) の (5) で,「ポルトガル語のブラジル方言」か「ブラジル語」かという問題に言及したが,換言すれば,この議論はポルトガル語が "a polycentric language" か否かの議論ということになる.
・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.
昨日に続いて,Gould and Vrba の外適応 (exaptation) の話題.Gould and Vrba (11--13) は,進化論における外適応という用語と概念の重要性を4点ほど指摘している.
(1) 外適応は,従来の "preadaptation" に付随する目的論 (teleology) 的な含意を払拭してくれる.従来の "preadaptation" は,新しい用語体系においては "preaptation" と呼ぶべきものであり,その事実の前において考えられた "exaptation" の一種,すなわち "potential, but unrealized, exaptations" (11) とみなすことができる.
(2) 第1に外適応,第2に適用という順序."Feathers, in their basic design, are exaptations for flight, but once this new effect was added to the function of thermoregulation as an important source of fitness, feathers underwent a suite of secondary adaptations (sometimes called post-adaptations) to enhance their utility in flight" (11). 外適応によって生まれた性質が,その後,適用の過程を経てさらに機能的になってゆくということは,ごく普通のことである.
(3) 外適応の資源は無限であり,柔軟性に富む."[T]he enormous pool of nonaptations must be the wellspring and reservoir of most evolutionary flexibility. We need to recognize the central role of 'cooptability for fitness' as the primary evolutionary significance of ubiquitous nonaptation in organisms" (12). 関連して,"[A]ll exaptations originate randomly with respect to their effects" (12) である.
(4) 外適応をもたらした資源は,nonaptation だったかもしれないし adaptation だったかもしれない."Exaptations . . . are not fashioned for their current role and reflect no attendant process beyond cooptation . . .; they were built in the past either as nonaptive by-products or as adaptations for different roles."
Gould and Vrba (13) は,結論として次のように述べている.
We suspect . . . that the subjects of nonaptation and cooptability are of paramount importance in evolution. . . . The flexibility of evolution lies in the range of raw material presented to processes of selection.
これは,「#2155. 言語変化と「無為の喜び」」 ([2015-03-22-1]) で引用した Lass の言語変化における "The joys of idleness" に直接通じる考え方である.
・ Gould, Stephen Jay and Elizabeth S. Vrba. "Exaptation --- A Missing Term in the Science of Form." Paleobiology 8.1 (1982): 4--15.
昨日の記事「#2379. 再帰代名詞の外適応」 ([2015-11-01-1]) でも取り上げた外適応 (exaptation) は,本来,生物進化の用語である.「#2152. Lass による外適応」 ([2015-03-19-1]) で触れたように,Gould and Vrba による生物進化論の外適応を,生物学にもよく通じた言語学者 Lass が,言語変化に当てはめたのだった.
Gould and Vrba の論文は,それほど長い論文ではないが,啓発的である.生物学の門外漢でも読めるほどの一般性を備えており,だからこそ言語学へも適用する余地があったのだろう.進化論における術語の整理を通じて,対応する概念の相互関係を明らかにしようとした論文であり,それらの術語や概念は,確かに工夫すれば言語変化にも当てはめることができるように思われる.論文冒頭の要旨 (4) が,素晴らしく的を射ているので,そのまま引用したい.
Adaptation has been defined and recognized by two different criteria: historical genesis (features built by natural selection for their present role) and current utility (features now enhancing fitness no matter how they arose). Biologists have often failed to recognize the potential confusion between these different definitions because we have tended to view natural selection as so dominant among evolutionary mechanisms that historical process and current product become one. Yet if many features of organisms are non-adapted, but available for useful cooptation in descendants, then an important concept has no name in our lexicon (and unnamed ideas generally remain unconsidered): features that now enhance fitness but were not built by natural selection for their current role. We propose that such features be called exaptations and that adaptation be restricted, as Darwin suggested, to features built by selection for their current role. We present several examples of exaptation, indicating where a failure to conceptualize such an idea limited the range of hypotheses previously available. We explore several consequences of exaptation and propose a terminological solution to the problem of preadaptation.
通時的な発生と共時的な有用性の混同という問題,そしてそれを是正するための新用語としての exaptation は,言語論においても役立つはずである.コミュニケーションに役に立つべく通時的に発生してきた言語項 (adaptation) と,偶然に発達して結果的に役立つ機能を得た言語項 (exaptation) を区別しておくことは,確かに必要だろう.また,exaptation は,目的論 (teleology) 的な言語変化観に対抗する用語と概念を与えてくれるようにも思える.
Gould and Vrba (5) は,"A taxonomy of fitness" と題する表で,以下のように関連する術語を整理している.
Process | Character | Usage | |
---|---|---|---|
Natural selection shapes the character for a current use --- adaptation | adaptation | aptation | function |
A character, previously shaped by natural selection for a particular function (an adaptation), is coopted for a new use --- cooptation | exaptation | effect | |
A character whose origin cannot be ascribed to the direct action of natural selection (a nonaptation), is coopted for a current use --- cooptation |
昨日の記事「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1]) でギリシア語の haplo- (one, single) に触れたが,この語根に関連してもう1つ文献学や辞書学の用語としてしばしば出会う hapax (legomenon) を取り上げよう.ある資料のなかで(タイプ数えではなくトークン数えで)1度しか用いられていない語(句)を指す.ギリシア語の hapax (once) + legomenon (something said) からなる複合語だ.複数形は hapax legomena という.
"nonce word" を hapax legomenon と同義としている辞書もあるが,前者は「臨時語」と訳され「その時限りに用いる語」を指す.nonce-word は新語の臨時的な生産性を念頭に用いられることが多いのに対し,hapax legomenon は文献に現われる回数が1度であることに焦点が当てられているという違いが感じられる.nonce (その場限りの)という語の語源については,「#1306. for the nonce」 ([2012-11-23-1]) を参照.
hapax legomenon は,聖書の注釈との関連で,しばしば言及されてきた歴史がある.OED によると英語における初例は1692年のことで,"J. Dunton Young-students-libr. 242/1 There are many words but once used in Scripture, especially in such a sence, and are called the Apax legomena." とある.
文献学や語源学において,hapax legomenon はしばしば問題となる.その語の語源はおろか,意味すら不明であることが少なくない.語彙論や辞書学では,それを一人前の「語」として認めてよいのか,何かの間違いではないか,辞書に掲載すべきか否か,という頭の痛い問題がある (see 「#912. 語の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1])) .一方で,語形成やその生産性という観点からは,hapax legomenon は重要な考察対象となる.というのは,1度だけ臨時的に出現するためには,話者の生産的な語形成機構が前提とされなければならないからである (see 「#938. 語形成の生産性 (4)」 ([2011-11-21-1])) .
だが,実際のところ halax legomenon は決して少なくない.このことは,ジップの法則に照らせば驚くべきことではないだろう (see 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]), 「#1103. GSL による Zipf's law の検証」 ([2012-05-04-1])) .英語の例としては,Chaucer の用いたnortelrye (education) や Shakespeare の honorificabilitudinitatibus, また Dickens の sassigassity (audacity?) などが挙げられる.
haplology (重音脱落)は,一種の音便である.類似する音や音節が連続するときに,片方が脱落する現象だ.例えば,probably は b が連続するために,俗語では probly として発音されることがある.同様に,libry (< library), nesry (< necessary), tempry (< temporary), pa (< papa) もよく聞かれる.歴史的にも,humbly は古い humblely から haplology を経て生まれた音形だし,「#1145. English と England の名称」 ([2012-06-15-1]) と「#2250. English の語頭母音(字)」 ([2015-06-25-1]) でみたように England も Englaland から la が1つ脱落したものである.morphophonemic の代わりに morphonemic を用いることも十分に認められている.
haplology という用語は,1893年に初出する.ギリシア語の haplo- + -logy からなり,前者の haplo- は「単一の,一つの」を意味する ha- と「?重」を意味する -pl(o) からなる.「#352. ラテン語 /s/ とギリシャ語 /h/ の対応」 ([2010-04-14-1]) でみたように,ギリシア語 h はラテン語 s に対応するので,haplo- と simple は同根である.
上記の haplology は音声上の脱落だが,似たような脱落は綴字上にもみられ,これは haplography (重字脱落)と呼ばれる.<philology> を <philogy> と書いたり,<repetition> を <repetion>,<Mississippi> を <Missippi> と書くような類いである.なお,逆に字を重複させる dittography (重複誤写)という現象もある.<literature> を <literatature> とするような例だ.近年は,手書きよりもタイピングの機会が多くなり,haplography や dittography の事例はむしろ増えているのではないか.
音声であれ綴字であれ重複部分の脱落は,当初はだらしない誤用ととらえられることが多いが,時間とともに正用として採用されるようになったものもある.このようなケースでは,haplology や haplography は通時的な過程ととらえる必要がある.以下に,歴史上の例を『新英語学辞典』 (529) からいくつか挙げてみよう.
OE eahtatiene > ME eightetene > eighteen
OE eah(ta)tiġ > eighty
ME honestetee > honesty
OE sunnandæġ > Sunday
OE Mōn(an)dæġ > Monday
OE fēowertēneniht > fortnight
Missis > Miss
Gloucester > [ˈglɔstə]
Leicester > [ˈlestə]
OE berern > ME beren > barn
OF cirurgien → ME surgien > surgeon
Poleland > Poland
関連して,Merriam-Webster の辞書より haplology も参照.
言語のもつ諸々の性質について「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]) などで取り上げてきたが,ソシュールがとりわけ重要な性質として,いな「二大原理」として挙げたのは,恣意性 (arbitrariness) と線状性 (linearity) である.今回は,この2つの性質について,直接ソシュールから原文を引用して味わいたい.
言語の恣意性については,「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]) ほかで簡単に触れた程度だったが,Saussure (100) では,次のように紹介されている.
PREMIER PRINCIPE : L'ARBITRAIRE DU SIGNE.
Le lien unissant le signifiant au signifié est arbitraire, ou encore, puisque nous entendons par signe le total résultant de l'association d'un signifiant à un signifié, nous pouvons dire plus simplement: -le signe linguistique est arbitraire-.
Ansi l'idée de «sœur» n'est liée par aucun rapport intérieur avec la suite de sons s-ö-r qui lui sert de signifiant ; il pourrait être aussi bien représenté par n'importe quelle autre : à preuve les différences entre les langues et l'existence même de langues différentes : le signifié «bœf» a pour signifiant b-ö-f d'un côté de la frontière, et o-k-s (Ochs) de l'autre.
言語の線状性については,「#766. 言語の線状性」 ([2011-06-02-1]),「#2114. 言語の線状性の力」 ([2015-02-09-1]) ほか,linearity の各記事で考察したが,Saussure (103) 自身の言葉によれば,次の通りである.
SECOND PRINCIPE ; CARACTÈRE LINÉAIRE DU SIGNIFIANT.
Le signifiant, étant de nature auditive, se déroule dans le temps seul et a les caractères qu'il emprunte au temps : a) il représente une étendue, et b) cette étendue est mesurable dans une seule dimension : c'est une ligne.
・ Saussure, Ferdinand de. Cours de linguistique générale. Ed. Tullio de Mauro. Paris: Payot & Rivages, 2005.
Ullmann (43--44) に,語 (word) をみる視点として,標記の対立が挙げられている.一見すると,この対立は語の意味が具体的か抽象的か,名詞でいえば具体名詞か抽象名詞かという対立のことかと想像されるが,実際には Ullmann は形態的な観点から concrete と abstract という形容詞を用いている.Ullmann (43--44) の "the contrast between 'concrete' and 'abstract' word-structure" に関する説明をみてみよう.
In Latin and other highly inflected languages it often happens that a word does not exist in an abstract state, as a pure designation of the thing it stands for: there is annus, nominative singular, annum, accusative singular, annorum, genitive plural, etc., but no single form denoting the idea of 'year' as such, without specifying its function in the sentence. In this sense, the Latin word is concrete, i.e. grammatically determined, whereas the French an or the English year are abstract, grammatically neutral until they are embedded in a specific utterance.
この観点からすると,ラテン語に比較される形態論を有する古英語の語はたいてい concrete であり,対する現代英語の語はたいてい abstract ということになる.現代英語の stone は形態論的に抽象的に「石」(日本語の語もたいてい抽象的なのでそのままパラレルに訳を当てることができる)を表わすことができるが,古英語の stān は「石」を表わすのみならず,統語的な情報,すなわち主格(あるいは対格)であることを同時に示している.むしろ,統語的な情報を示すことなく,単に抽象的に「石」を表わす方法がないと言ってもよい.常により具体的な多くの情報をも含まざるを得ないという点で,古英語の stān なり,その屈折形である stānes, stāne, stānas, stāna, stānum なりは,具体的な語であるといえる.
このような具体的な語は,抽象的に参照したいとき,例えば辞書やグロッサリーを編纂するときには,少々悩ましい問題を提示する.どの形を見出し語として選べばよいかを決めなければならないからだ.多くの人にとって主格の形態を選ぶのが通常の感覚かもしれないが,これは語学学習を通じて主格形態が代表形であると慣らされているだけかもしれない.確かに理論的にも主格が他の格に比して卓越している,したがって代表形として選ばれて然るべきである,ということは議論できるのかもしれないが,最も適切であるかどうかはどのように決めればよいのか.例えば,日常的には困るかもしれないが,生成文法における抽象的な基底形,つまり実際に発話において生じるのことのない形態を,辞書の見出しに立てるということも理論上はありうる.また,古英語の動詞は,現代のフランス語やドイツ語などと同様に,不定詞形を見出しに立てるのが慣習だが,例えば直説法1人称単数現在の形態で掲げて悪い理由はないように思える.
考えてみれば,現代英語の語も古英語と比較すれば抽象的であるというだけで,名詞には複数屈折もあるし,動詞には各種の屈折形がある.したがって,見出しの形には,やはりある程度具体的な語が選ばれているとも考えられる.例えば,stone は,単数の非所有格を示している限りにおいて,具体的である.この点では,完璧に抽象的な語というのは得がたいのかもしれない.生成文法家であれば,言語にかかわらず concrete word とは surface form のことであり,abstract word とは underlying form のことであると一般的に理解するのだろう.
・ Ullmann, Stephen. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. 1962. Barns & Noble, 1979.
昨日の記事「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) でも,その他の多くの記事でも,ソシュールの記号 (signe) のとらえ方を前提としてきた.ソシュールによる記号論的,言語学的な用語としての,「記号」 (signe) と,その構成要素である「シニフィエ」 (signifié) とシニフィアン (signifiant) について,簡単に解説しておきたい.
日常用語において「記号」とは,名前あるいは音声のことであると理解されており,それがある「事物」を指示したり「概念」を意味したりするととらえられている.しかし,ソシュールの用語では,記号 (signe) とは概念 (concept) と聴覚映像 (image acoustique) の組み合わさったセットのことを指す.両者が不可分に結びついた全体が,記号なのである.
ソシュールがその2つを「事物」と「名前」とは呼ばずに,「概念」と「聴覚映像」と呼ぶのは,いずれも心理的な単位であり,外界に存在する物理的な単位ではないからである.とりわけ「音声」と呼ばずに「聴覚映像」と呼ぶのは,発せられた音声のことではなく心理的にイメージされた音声,心の中でつぶやくときのような音声イメージのことを指しているからである.
ソシュールは,この「概念」と「聴覚映像」に別名として「シニフィエ」 (signifié) と「シニフィアン」 (signifiant) を与えた.この用語法を採用することにより,signifier (意味する)という動詞を中心にして,その名詞語幹 signe, 過去分詞 signifié,現在分詞 signifiant の3者の関係が明示されることになり都合がよいからだ.ソシュール自身は,新用語の導入を次のように説明している (99--100) .
Nous proposons de conserver le mot signe pour désigner le total, et de remplacer concept et image acoustique respectivement par signifié et signifiant ; ces derniers termes ont l'avantage de marquer l'opposition qui les sépare soit entre eux, soit du total dont ils font partie. Quant à signe, si nous nous en contentons, c'est que nous ne savons par qui le remplacer, la langue usuelle n'en suggérant aucun autre.
・ Saussure, Ferdinand de. Cours de linguistique générale. Ed. Tullio de Mauro. Paris: Payot & Rivages, 2005.
言葉のあや (figure of speech) のなかでも,王者といえるのが比喩 (metaphor) である.動物でもないのに椅子の「あし」というとき,星でもないのに人気歌手を指して「スター」というとき,なめてみたわけではないのに「甘い」声というとき,比喩が用いられている.比喩表現があまりに言い古されて常套語句となったときには,比喩の作用がほとんど感じられなくなり,死んだメタファー (dead metaphor) と呼ばれる.日本語にも英語にも死んだメタファーがあふれており,あらゆる語の意味がメタファーであるとまで言いたくなるほどだ.
metaphor においては,比較の基準となる source と比較が適用される target の2つが必要である.椅子の一部の例でいえば,source は人間や動物の脚であり,target は椅子の支えの部分である.かたや生き物の世界のもの,かたや家具の世界のものである点で,source と target は2つの異なるドメイン (domain) に属するといえる.この2つは互いに関係のない独立したドメインだが,「あし」すなわち「本体の下部にあって本体を支える棒状のもの」という外見上,機能上の共通項により,両ドメイン間に橋が架けられる.このように,metaphor には必ず何らかの類似性 (similarity) がある.
「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) で例をたくさん提供してくれた Williams は,metaphor の例も豊富に与えてくれている (184--85) .以下の語彙は,いずれも一見するところ metaphor と意識されないものばかりだが,本来の語義から比喩的に発展した語義を含んでいる.それぞれについて,何が source で何が target なのか,2つのドメインはそれぞれ何か,橋渡しとなっている共通項は何かを探ってもらいたい.死んだメタファーに近いもの,原義が忘れ去られているとおぼしきものについては,本来の語義や比喩の語義がそれぞれ何かについてヒントが与えられている(かっこ内に f. とあるものは原義を表わす)ので,参照しながら考慮されたい.
1. abstract (f. draw away from)
2. advert (f. turn to)
3. affirm (f. make firm)
4. analysis (f. separate into parts)
5. animal (You animal!)
6. bright (a bright idea)
7. bitter (sharp to the taste: He is a bitter person)
8. brow (the brow of a hill)
9. bewitch (a bewitching aroma)
10. bat (You old bat!)
11. bread (I have no bread to spend)
12. blast (We had a blast at the party)
13. blow up (He blew up in anger)
14. cold (She was cold to me)
15. cool (Cool it,man)
16. conceive (f. to catch)
17. conclude (f. to enclose)
18. concrete (f. to grow together)
19. connect (f. to tie together)
20. cut (She cut me dead)
21. crane (the derrick that resembles the bird)
22. compose (f. to put together)
23. comprehend (f. seize)
24. cat (She's a cat)
25. dig (I dig that idea)
26. deep (deep thoughts)
27. dark (I'm in the dark on that)
28. define (f. place limits on)
29. depend (f. hang from)
30. dog (You dog!)
31. dirty (a dirty mind)
32. dough (money)
33. drip (He's a drip)
34. drag (This class is a drag)
35. eye (the eye of a hurricane)
36. exist (f. stand out)
37. explain (f. make flat)
38. enthrall (f. to make a slave of)
39. foot (foot of a mountain)
40. fuzzy (I'm fuzzy headed)
41. finger (a finger of land)
42. fascinate (f. enchant by witchcraft)
43. flat (a flat note)
44. get (I don't get it)
45. grasp (I grasped the concept)
46. guts (He has a lot of guts)
47. groove (I'm in the groove)
48. gas (It was a gasser)
49. grab (How does the idea grab you?)
50. high (He got high on dope)
51. hang (He's always hung up)
52. heavy (I had a heavy time)
53. hot (a hot idea)
54. heart (the heart of the problem)
55. head (head of the line)
56. hands (hands of the clock)
57. home (drive the point home)
58. jazz (f. sexual activity)
59. jive (I don't dig this jive)
60. intelligent (f. bring together)
61. keen (f. intelligent)
62. load (a load off my mind)
63. long (a long lime)
64. loud (a loud color)
65. lip (lip of the glass)
66. lamb (She's a lamb)
67. mouth (mouth of a cave)
68. mouse (You're a mouse)
69. milk (He milked the job dry)
70. pagan (f. civilian, in distinction to Christians, who called themselves soldiers of Christ)
71. pig (You pig)
72. quiet (a quiet color)
73. rip-off (It was a big rip-off)
74. rough (a rough voice)
75. ribs (the ribs of a ship)
76. report (f. to carry back)
77. result (f. to spring back)
78. shallow (shallow ideas)
79. soft (a soft wind)
80. sharp (a sharp dresser)
81. smooth (a smooth operator)
82. solve (f. to break up)
83. spirit (f. breath)
84. snake (You snake!)
85. straight (He's a straight guy)
86. square (He's a square)
87. split (Let's split)
88. turn on (He turns me on)
89. trip (It was a bad (drug) trip)
90. thick (a voice thick with anger)
91. thin (a thin sound)
92. tongue (a tongue of land)
93. translate (f. carry across)
94. warm (a warm color)
95. wrestle (I wrestled with the problem)
96. wild (a wild idea)
ラテン語由来の語が多く含まれているが,一般に多形態素からなるラテン借用語は,今日の英語では(古典ラテン語においてすら)原義として用いられるよりも,比喩的に発展した語義で用いられることのほうが多い.体の部位や動物を表わす語は比喩の source となることが多く,共感覚 (synaesthesia) の事例も多い.また,比喩的な語義が,俗語的な響きをもつ例も少なくない.
このように比喩にはある種の特徴が見られ,それは通言語的にも広く観察されることから,意味変化の一般的傾向を論じることが可能となる.これについては,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]),「#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性」 ([2014-09-03-1]),「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1]) などの記事を参照.
・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.
言語変化の地理的な伝播の様式について,波状理論 (wave_theory) やその結果としての方言周圏論 (cf. 「#1045. 柳田国男の方言周圏論」 ([2012-03-07-1]))がよく知られている.池に投げ込まれた石の落ちた地点から同心円状に波紋が拡がるように,言語革新も発信地から同心円状に周囲へ伝播していくという考え方である.
しかし,言語変化は必ずしも同心円状に地続きに拡がるとは限らない.むしろ,飛び石伝いに点々と拡がっていくケースがあることも知られている.「#2034. 波状理論ならぬ飛び石理論」 ([2014-11-21-1]),「#2037. 言語革新の伝播と交通網」 ([2014-11-24-1]),「#2040. 北前船と飛び石理論」 ([2014-11-27-1]) などの記事で論じたように,飛び石理論のほうが説明として有効であるような言語変化の事例も散見される.この飛び石理論とほぼ同じ発想といってよいものに,社会言語学や方言学の文献で gravity model あるいは hierarchical model と呼ばれている言語変化の伝播に関するモデルがある.これは Trudgill が提起した仮説で,Wolfram and Schilling-Estes (724) が次のような説明を与えている.
According to this model, which is borrowed from the physical sciences, the diffusion of innovations is a function not only of the distance from one point to another, as with the wave model, but of the population density of areas which stand to be affected by a nearby change. Changes are most likely to begin in large, heavily populated cities which have historically been cultural centers. From there, they radiate outward, but not in a simple wave pattern. Rather, innovations first reach moderately sized cities, which fall under the area of influence of some large, focal city, leaving nearby sparsely populated areas unaffected. Gradually, innovations filter down from more populous areas to those of lesser population, affecting rural areas last, even if such areas are quite close to the original focal area of the change. The spread of change thus can be likened not so much to the effects of dropping a stone into a pond, as with the wave model, but, as . . . to skipping a stone across a pond.
gravity model の要点は,言語革新の伝播は,波状理論のように地点間の距離に依存するだけではなく,各地点の人口規模にも依存するということである.これは,2つの天体の引き合う力が距離と密度の関数であることに比較される.距離と人口規模の2つの変数のもとで伝播の様式が定まるという gravity model は,従来の波状理論をも取り込むことができる点で優れている.というのは,距離のみを有効な変数とし,人口規模の変数を無効とすれば,すなわち波状理論となるからである.
gravity model に沿った言語変化の事例報告は少なくない.Wolfram and Schilling-Estes (725) に挙げられている例のうち英語に関するものについていえば,London で開始された語頭の h-dropping が,中間の地域を飛び越えて直接 East Anglia の Norwich へと飛び火したという事例が報告されている.Chicago で生じた [æ] の二重母音化や [ɑ] の前舌化も,同様のパターンで Illinois 南部の諸都市へ伝播した.Oklahoma での /ɔ/ -- /a/ の吸収の伝播も然りである.
ただし,仮説の常として,gravity model も万能ではない.実際の伝播の事例を観察すると,距離と人口規模以外にもいくつかの変数を想定せざるを得ないからである.gravity model の限界については,明日の記事で取り上げる.
・ Wolfram, Walt and Natalie Schilling-Estes. "Dialectology and Linguistic Diffusion." The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Malden, MA: Blackwell, 2003. 713--35.
「#1522. autonomy と heteronomy」 ([2013-06-27-1]) で論じたように,独立した言語変種は autonomy (自律性)があるといわれ,それに依存する変種は heteronomous (他律的)と言われる.だが,ある変種が自律的あるいは他律的であるということは具体的にはどういうことなのだろうか.この区別は社会言語学的な含意をもってつけられるのが普通だが,言語的な側面はあるのだろうか.
自律性と他律性を考える際にはある言語の標準方言と地域方言を念頭に置くのが普通だが,ここではある言語の標準的な言葉遣いと隠語 (argot) とを,それぞれ自律的なコードと他律的なコードと考えてみよう.argot とは犯罪者の仲間うちで用いられる暗号的な言葉遣いであり,暗語や符牒とも呼ばれる.slang や jargon も特定の集団に用いられる言葉遣いであり,その点では似ているが,argot はとりわけ犯罪性と秘匿性が強い.しかし,なぜ argot のような言葉遣いが存在するのかを理解するには,この2特徴を指摘するだけでは不十分である.argot の語形成,意味場の構成,音韻過程は,対置される標準的な言葉遣いからの故意の逸脱を狙っているのであり,その意味においてかえって標準語に対して他律的,依存的であるという逆説が生じていることが重要である.これに関して,Irvine (253) が次のように指摘している.
. . . the codes' origin in counter-societies is reflected in many aspects of their linguistic form, for instance in their elaboration of lexicon and metaphor relevant to their special activities and their attitudes toward the normative society, and in their frequent use of formal inversions and reversals, such as metathesis. Also significant is their conspicuous avoidance and violation of forms recognized as "standard" . . . . These anti-languages are clearly not autonomous codes, then, although the normative codes on which they depend may be. The anti-language is not, and has never been, anyone's native tongue, nor are all its formal characteristics simply arbitrary. Both functionally and formally it is derived from the normative code, just as its speakers define their social role in opposition to the normative society.
引用にある "anti-language" は,Halliday の用語であり,argot などのコードを指すものととらえてよい.このような非規範的なコードを用いる話者が,規範的なコードを効果的に忌避したり破壊するためには,むしろ後者に精通している必要がある.規範を効果的に破ろうとすれば,それをよく理解していなければならないからだ.この意味において,argot を含む "anti-language" は他律的である.
日本語の隠語の例をみれば,音位転換の結果としての「ネタ」は当然ながら規範的な「種」が前提となっており,他律的である.「くノ一」は「女」の漢字に基づいいるから,「女」に対して他律的である,等々.
このように,自律性 (autonomy) と他律性 (heteronomy) の区別は,社会言語学的な側面からと同時に言語学的な側面から眺めることができる.
・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.
私たちは,個々の言語や変種について特別な思いをもっている.例えば,母語である日本語に対して伝統をもつ美しい言葉であると思っているかもしれないし,一方でその1変種である若者ことば堕落していると嘆くかもしれない.標準語は高い地位をもつ正式な言葉遣いだと認識しているかもしれないし,広く国際語として学ばれている英語は大きな力をもつ言語であると考えているかもしれない.これらの言葉に対する「特別の思い」は言語意識や言語観と呼ぶこともできるが,特定の集団に何らかの利害関係をもたらすような社会的な価値観を伴って用いられる場合には言語イデオロギーと呼んでおくのが適切である.
『女ことばと日本語』を著した中村 (18--20) は,日本語における女ことばの位置づけについて考察する観点として,言語イデオロギーの概念を導入している.中村 (18) は 言語人類学者の Irvine を引用して,言語イデオロギーとは「言語関係について個々の文化が持っている理念の体系を指し,これらは倫理的・政治的価値をもっている」との定義を紹介している.(なお,Irvine の原文 (255) によると,". . . linguistic ideology---the cultural (or subcultural) system of ideas about social and linguistic relationships, together with their loading of moral and political interests" とあるので,定義の最初は「社会と言語の関係について」となるべきだろう.また,"interests" は「価値」よりも「利害関係」と理解しておくのが適当だろう.)
この定義の要点は3つある.1つは,言語イデオロギーが言語の実践そのものではなく理念 (ideas) に関するものだということである.イデオロギーであるから,言語に関する考え方という抽象的なものである.例えば,母語や母方言を美しいと思うのは,その言語変種の実践ではなく,その言語変種に対して抱く理念である.
2つ目に,言語イデオロギーとは,そのような諸理念の体系 (system) であるということだ.それぞれの理念が独立して集合されたものではなく,互いが互いに依存して成り立っている組織である,と.例えば,母方言に対する愛着は,標準語の無味乾燥という見方との対比に支えられているといえる.
3つ目は,言語イデオロギーは倫理的・政治的な利害関係 (moral and political interests) を伴っているということだ.例えば,英語は国際的に優位な言語であるという肯定的なとらえ方,あるいは逆に帝国主義的な言語 (linguistic_imperialism) であるとの否定的なとらえ方は,英語を倫理的あるいは政治的な観点から評価している点で,イデオロギーである.「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1]) で世界の4つの英語観を示したが,これらはいずれも倫理的・政治的な利害関係を伴う理念の体系であるから,4つの英語に対する言語イデオロギーと言い換えてよい.
言語に対する美醜の観念,規範主義や純粋主義,言語の帝国主義批判,言語差別,言語権といった諸々の概念に共通するのは,その根底に何らかの形の言語イデオロギーが存在しているということである.
・ Irvine, Judith T. "When Talk Isn't Cheap: Language and Political Economy." American Ethnologist 16 (1989): 248--67.
・ 中村 桃子 『女ことばと日本語』 岩波書店〈岩波新書〉,2012年.
言語使用の現場において,聞き手は話し手の発した発話に伴う意味論的な意味の上に,コンテクスト (context) などを参照して得られる語用論的な意味を付加して,全体としての意味を把握すると考えられている.コンテクスト参照のほかにも協調の原則,前提,含意など種々の語用論的演算に依拠して意味全体をとらえているものと想定されるが,ここではコンテクストに的を絞って,その種類を分類しておこう.
東森 (13--15) によれば,発話に伴うコンテクスト (context) あるいは状況 (situation) には4つが区別されるという.
(1) 発話状況 (utterance situation) あるいは物理的状況 (physical environment) .発話が行われている時間,場所.話者の動作や目配せなどのノンバーバル・コミュニケーション.例えば,発話しているのが朝か晩かにより Good morning. か Good evening. かで挨拶を代える必要があるだろうし,発話している場所に応じて here や there の指示対象も変異する.また,ある飲み物を注ぎながら I'll pour. と言うとき,物理的状況から明らかなので,動詞の目的語を省略することが可能である.
(2) 談話状況 (discourse situation) .談話は前後する発話の連続体であり,その流れのなかで理解されるべき事項がある.前の発話を参照して代名詞の内容を復元したり,省略された語句を補うようなこと.また,談話標識 (discourse marker) は前後の談話を何らかの関係で結ぶ働きをする点で,談話状況に敏感である.
(3) 認知状況 (cognitive environment) .「世界についての話し手,聞き手の情報,そしてその情報のどれだけの部分がお互いの間で共有されているかといったことに関する認知状況」(東森,p. 14).皮肉や推論などの高度な語用論的言語使用では,しばしば聞き手には百科事典的な知識が豊富に求められる.例えば,談話のなかで一見指示対象のなさそうな she が突然用いられた場合,それは世間で今話題をさらっている女性を指している可能性がある.
(4) 社会的状況 (social environment) .呼称語 (address term) や敬語を含むポライトネス (politeness) 表現は,話し手と聞き手の社会的な関係がわかっていなければ,正しく理解することができない.
発話はそれだけで意味論的に理解されて終わっているわけではなく,多様で豊富なコンテクストからの入力を参照して語用論的にも解析されている.上にも示唆したが,この語用論的解析がとりわけ直接に関与するのが直示性 (deixis) の表現だ.人称詞や指示詞が典型だが,例えば this という指示詞の内容は,発話状況,談話状況,認知状況のいずれかを参照しなければ理解できないだろうし,後期中英語の thou は,発話状況や社会的状況を考慮せずには正しく理解できないだろう.
・ 東森 勲 「意味のコンテキスト依存性」 『語用論』(中島信夫(編)) 朝倉書店,2012年,13--32頁.
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