和製英語について「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) や「#1624. 和製英語の一覧」 ([2013-10-07-1]) で取り上げ,和製漢語について「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) で触れ,英製羅語について「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]) で言及してきた.関連して,今回は「英製仏語」の例を覗いてみよう.Jespersen (101--02) は,「英製仏語」に相当する呼称こそ使っていないが,まさにこの現象について議論している.
Fitzedward Hall in speaking about the recent word aggressive says, 'It is not at all certain whether the French agressif suggested aggressive, or was suggested by it. They may have appeared independently of each other'. The same remark applies to a great many other formations on a French or Latin basis; even if the several components of a word are Romanic, it by no means follows that the word was first used by a Frenchman. On the contrary, the greater facility and the greater boldness in forming new words and turns of expression which characterizes English generally in contradistinction to French, would in many cases speak in favour of the assumption that an innovation is due to an English mind. This I take to be true with regard to dalliance, which is so frequent in ME. (dalyaunce, etc.), while it has not been recorded in French at all. The wide chasm between the most typical English meaning of sensible (a sensible man, a sensible proposal) and those meanings which it shares with French sensible and Lat. sensibilis, probably shows that in the former meaning the word was an independent English formation. Duration as used by Chaucer may be a French word; it then went out of the language, and when it reappeared after the time of Shakespeare it may just as well have been reformed in England as borrowed; duratio does not seem to have existed in Latin. Intensitas is not a Latin word, and intensity is older than intensité.
この一節で Jespersen が「英製仏語」とみなしているものは,aggressive, dalliance, duration, intensity などである.対応する語がフランス語にあったとしても,英単語としてはおそらくイングランドで独立に発生したものだとみている.場合によっては,英製仏語がフランス語へ逆輸入された例もあっただろう.Jespersen は,上記の引用に続く節でも,mutinous, mutiny; cliquery; duty, duteous, dutiable などを英製仏語の候補として挙げている.この種の英製仏語は実際に調べ出せばいくつも出てくるのではないだろうか.
「○製△語」という現象を定義することの難しさについては「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で見たとおりだが,そのような現象が生じる語史的な背景はおよそ指摘できる.「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1]) で論じたとおり,○言語が△言語からの語彙借用に十分になじんでくると,今度は△言語の語形成をモデルとして自家製の語彙を生み出そうとするのだ.より高次の借用段階に進むといえばよいだろうか.これは,英製仏語のみならず英製羅語,和製英語,和製漢語にも共通に見られる歴史的な過程である.「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]) や「#1878. 国訓,そして記号のリサイクル」 ([2014-06-18-1]) の記事の最後に述べた趣旨を改めて繰り返せば,「○製△語は,興味をそそるトピックとしてしばしば取り上げられるが,通言語的には決して特異な現象ではない」のである.
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
古ノルド語によって置き換えられた幾多の古英語の単語のうち,とりわけ重要なものの1つに動詞 niman (to take) がある.古英語から中英語にかけて最も卑近な動詞の1つだったが,古英語後期に古ノルド語から入った同義語 taka (後の take)に置き換えられることになった.現代英語では「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) の各種の語彙頻度表で見る限り,take は上位60位以内に入る超高頻度語である.このように日常的な意味を担当する語において本来語から借用語への移行が生じるほどの言語接触とはいかなる状況だったかについては様々な考察がなされてきたが,有力な見解によれば,古英語と古ノルド語が社会言語学的な上下関係にはなく,横並びの adstrata (傍層)をなしていたからだろうとされている.実際,中英語でも nimen と tāken は互いに長い競合・併存関係を経験しており,決して短期間で前者が後者に置換されたわけではない.niman は16世紀に一時衰退したが,1600年以降再び復活するなどの振る舞いを示し,17世紀を通じて一般的に用いられた.しかし,結果としては niman 系統は現在までに,方言を除いて事実上廃用となり,take が niman のほぼすべての用法を置換して,現在に至っている.両語の競合関係については,Rynell に詳しく記述されている.
古英語 niman は,ゲルマン祖語の *neman に遡り,同根語としてはオランダ語 nemen, ドイツ語 nehmen, ゴート語 niman のほか,古ノルド語そのものにも nema がある.さらに遡れば,印欧祖語 *nem- (to distribute) にたどりつき,ここからギリシア語 némein (to distribute) を経た nemesis (ネメシス;ギリシア神話の応報天罰の女神)が英語に入っている.
古英語 niman は強変化4類の動詞で,niman -- nam -- nōmon -- numen のように活用した.方言によって,またパラダイム内の類推により,各スロットに異なる母音が現われたが,いずれも初期近代英語期までには弱変化化した.
このように,niman は現代標準英語では痕跡をほぼ残していないといってよいが,1つだけ重要な生きた化石がある.過去分詞 numen に由来する形容詞 numb (かじかんだ;無感覚になった;しびれた) /nʌm/ である."taken, seized, overcome" ほどの意味から「感覚を失った」の語義を獲得したものと考えられる.初出は,a1400の Cursor Mundi (Frf 14) の13821行に nomin の異形として現われる ("xxviij 3ere in bande I lay nomme baþ fote & hande.") .非語源的な語末の <b> の挿入は16世紀からで,crumb, limb, thumb などと比較される.無音の <b> の挿入については,「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]), 「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]), 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]) を参照されたい.
・ Rynell, Alarik. The Rivalry of Scandinavian and Native Synonyms in Middle English Especially taken and nimen. Lund: Håkan Ohlssons, 1948.
日本語に西洋語が初めて持ち込まれたのは,16世紀半ばである.「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1]) でも触れたように,ポルトガル人の渡来が契機だった.キリスト教用語とともに一般的な用語ももたらされたが,前者は後に禁教となったこともあって定着しなかった.後者では,アルヘイトウ(有平糖)(alfeloa) ,カステラ (Castella),カッパ (capa),カボチャ(南瓜,Cambodia),カルサン(軽袗,calsãn),カルタ (carta),コンペイトウ(金平糖,confeitos),サラサ(更紗,saraça),ザボン (zamboa),シャボン (sabão),ジバン(襦袢,gibão),タバコ(煙草,tabaco),チャルメラ (charamela),トタン (tutanaga),パン (pão),ビイドロ (vidro),ビスカット(ビスケット,biscoito),ビロード (veludo),フラスコ (frasco),ブランコ (blanço),ボオロ (bolo),ボタン (botão) などが残った.16世紀末にはスペイン語も入ってきたが,定着したものはメリヤス (medias) ぐらいだった.
近世中期に蘭学が起こると,オランダ語の借用語が流れ込んでくる.自然科学の語彙が多く,後に軍事関係の語彙も入った.まず,医学・薬学では,エーテル (ether),エキス (extract),オブラート (oblaat),カルシウム (calcium),カンフル (kamfer, kampher),コレラ (cholera),ジギタリス (digitalis),スポイト (spuit),ペスト (pest),メス (mes),モルヒネ (morphine).化学・物理・天文では,アルカリ (alkali),アルコール (alcohol),エレキテル (electriciteit),コンパス (kompas),ソーダ (soda),テレスコープ (telescoop),ピント (brandpunt),レンズ (lenz).生活関係では,オルゴール (orgel),ギヤマン (diamant),コーヒ (koffij),コック (kok),コップ(kop; cf. 「#1027. コップとカップ」 ([2012-02-18-1])),ゴム (gom),シロップ (siroop),スコップ (schop),ズック (doek),ソップ(スープ,soep),チョッキ (jak),ビール (bier),ブリキ (blik),ペン (pen),ペンキ (pek), ポンプ (pomp),ホック (hoek),ホップ (hop),ランプ (lamp).軍事関係では,サーベル (sabel),ピストル (pistool),ランドセル (ransel).
明治時代には西洋語のなかでは英語が優勢となってくるが,明治初期にはいまだ「コップ」「ドクトル」などオランダ借用語の使用が幅を利かせていた.しかし,大正中期以降は英語系が大半を占めるようになり,オランダ風の「ソップ」が英語風の「スープ」へ置換されたように,発音も英語風へと統一されてくる.英語以外の西洋語としては,大正から昭和にかけてドイツ語(主に医学,登山,哲学関係),フランス語(主に芸術,服飾,料理関係),イタリア語(主に音楽関係),ロシア語も見られるようになった.それぞれの例を挙げてみよう.
・ ドイツ語:ノイローゼ(Neurose),カルテ(Karte),ガーゼ(Gaze),カプセル(Kapsel),ワクチン(Vakzin),イデオロギー(Ideologie),ゼミナール(Seminar),テーマ(Thema),テーゼ(These),リュックサック(Rucksack),ザイル(Seil),ヒュッテ(Hütte),オブラート (Oblate), クレオソート (Kreosot).
・ フランス語:デッサン(dessin),コンクール(concours),シャンソン(chanson),ロマン(roman),エスプリ(esprit),ジャンル(genre),アトリエ(atelier),クレヨン(crayon),ルージュ(rouge),ネグリジェ(néglige),オムレツ(omelette),コニャック(cognac),シャンパン(champagne),マヨネーズ(mayonnaise)
・ イタリア語:オペラ(opera),ソナタ(sonata),テンポ(tempo),フィナーレ(finale),マカロニ(macaroni),スパゲッティ(spaghetti)
・ ロシア語:ウォッカ(vodka),カンパ(kampaniya),ペチカ(pechka),ノルマ(norma)
今日,西洋語の8割が英語系であり,借用の対象となる英語の変種としては太平洋戦争をはさんで英から米へと切り替わった.
以上,佐藤 (179--80, 185--86) および加藤他 (74) を参照して執筆した.関連して,「#1645. 現代日本語の語種分布」 ([2013-10-28-1]),「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1]) の記事も参照されたい.
・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.
・ 加藤 彰彦,佐治 圭三,森田 良行 編 『日本語概説』 おうふう,1989年.
キリスト教の伝来とラテン単語の借用の関係について,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) などの記事で取り上げてきた.一方,借用の類型論に関わる話題として,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]),「#1778. 借用語研究の to-do list」 ([2014-03-10-1]) などの記事を書いてきた.今回は,古英語のラテン借用語の綴字という話題を介して,借用の類型論を考察してみたい.
古英語期には,キリスト教の伝来とともに,多くの宗教用語や学問用語がラテン語から英語の書き言葉へともたらされた.apostol (L apostulus), abbod (L abbadem), fenix (L phoenix), biscop (L episcopus) などである.ここで注意すべきは,借用の際に,発音にせよ綴字にせよ,ラテン語の形態をそのまま借用したのではなく,多分に英語化して取り込んでいることである.ところが,後の10世紀にラテン語借用のもう1つの波があったときには,ラテン単語は英語化されず,ほぼそのままの形態で借用されている.つまり,古英語のラテン語借用の2つの波の間には,質的な差があったことになる.この差を,Horobin (64--65) は次のように指摘している.
What is striking about these loanwords is that their pronunciation and spelling has been assimilated to Old English practices, so that the spelling-sound correspondences were not disturbed. Note, for instance, the spelling mynster, which shows the Old English front rounded vowel /y/, the <æ> in Old English mæsse, indicating the Old English front vowel. The Old English spelling of fenix with initial <f> shows that the word was pronounced the same way as in Latin, but that the spelling was changed to reflect Old English practices. While the spelling of Old English biscop appears similar to that of Latin episcopus, the pronunciation was altered to the /ʃ/ sound, still heard today in bishop, and so the <sc> spelling retained its Old English usage. This process of assimilation can be contrasted with the fate of the later loanword, episcopal, borrowed from the same Latin root in the fifteenth century but which has retained its Latin spelling and pronunciation. However, during the third state of Latin borrowing in the tenth century, a number of words from Classical Latin were borrowed which were not integrated into the native language in the same way. The foreign status of these technical words was emphasized by the preservation of their Latinate spellings and structure, as we can see from a comparison of the tenth-century Old English word magister (Latin magister), with the earlier loan mægester, derived from the same Latin word. Where the earlier borrowing has been respelled according to Old English practices, the later adoption has retained its classical Latin spelling.
借用の種類としては,いずれもラテン語の形態に基づいているという点で substitution ではなく importation である.しかし,同じ importation といっても,前期はモデルから逸脱した綴字による借入,後期はモデルに忠実な綴字による借入であり,importation というスケール内部での程度差がある.いずれも substitution ではないのだが,前者は後者よりも substitution に一歩近い importation である,と表現することはできるかもしれない.話し言葉でたとえれば,前者はラテン単語を英語的発音で取り入れることに,後者は原語であるラテン語の発音で取り入れることに相当する.あらっぽくたとえれば,英単語を日本語へ借用するときにカタカナ書きするか,英語と同じようにアルファベットで綴るか,という問題と同じことだが,古英語の例では,いずれの方法を取るかが時期によって異なっていたというのが興味深い.
借用語のモデルへの近接度という問題に迫る際に,そしてより一般的に借用の類型論を考察する際に,綴字習慣の差というパラメータも関与しうるというのは,新たな発見だった.関連して,語が借用されるときの importation 内部での程度と,借用された後に徐々に示される同化の程度との区別も明確にする必要があるかもしれない.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
中英語には,現代英語の move や prove に対して <meven> や <preven> のように語幹に前母音字 <e> の現われる綴字が一般的に行われていた.これが後に <o> に取って代わられることになるのだが,その背景を少々探ってみた.
move も prove はフランス借用語であり,現代フランス語ではそれぞれ mouvoir と prouver に対応する.prouver は直説法現在の人称変化を通じて語幹母音が変わらないが,mouvoir は人称に応じて前母音 <eu> と後母音 <ou> の間で変異する.同じ変異を示す mourir, vouloir とともに活用表を掲げよう.
mouvoir (動かす) | mourir (死ぬ) | vouloir (望む) | |
1st sg. | je meus | je meurs | je veux |
2nd sg. | tu meus | tu meurs | tu veux |
3rd sg. | il meut | il meurt | il veut |
1st pl. | nous mouvons | nous mourons | nous voulons |
2nd pl. | vous mouvez | vous mourez | vous voulez |
3rd pl. | ils meuvent | ils meurent | ils veulent |
emplóyer (雇い主)に対して employée (雇われている人)というペアはよく知られている.appóinter/appointée, exáminer/examinée, páyer/payée, tráiner/trainée などのペアも同様で,それぞれの組で -er をもつ前者が能動的に動作主を,-ee をもつ後者が受動的に被動作主を表わす.
しかし,absentee (欠席者), escapee (脱走者), patentee (特許権所有者), refugee (避難民), standee (立見客)など,意味的に受け身とは解釈できない例も存在する.実際,standee と stander は同義ではないとしても,少なくとも類義ではある.-ee という接頭辞の働きはどのようなものだろうか.
-er は本来的な接尾辞(古英語 -ere)だが,-ee はフランス語から借用した接尾辞である.フランス語 -é(e) は動詞の過去分詞接尾辞であり,他動詞に接続すれば受け身の意味となった.これ自体はラテン語の第1活用の動詞の過去分詞接辞 -ātus に遡るので,communicatee, dedicatee, educatee, legatee, relocatee などでは同根の2つの接尾辞が付加されていることになる(-ate 接尾辞については,「#1242. -ate 動詞の強勢移行」 ([2012-09-20-1]) や「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) を参照).
接尾辞 -ee の基本的な機能は,動詞語幹から人や有生物を表わす被動作主名詞を作ることである.他の特徴としては,接尾辞 -ee /ˈiː/ に強勢が落ちること,意志性の欠如という意味上の制約があること,法律用語として用いられる傾向が強いこと,などが挙げられる.法律という使用域 (register) についていえば,Anglo-Norman の法律用語 apelour/apelé から英語に入った appellor/appellee (上訴人/被上訴人)などのペアが嚆矢となり,後期中英語以降,基体の語源にかかわらず -or (or -er) と -ee による法律用語ペアが続々と生まれた.
被動作主とひとくくりにいっても,統語的には基体の動詞の直接目的語,間接目的語,前置詞目的語に相当するもの,さらに主語に相当するものや,動詞とは直接に関連しないものを含めて,様々な種類がある (Isozaki 5--6).examinee は "someone who one examines" で直接目的語に相当,payee は "someone to whom one pays something" で間接目的語に相当,laughee は "someone who one laughs at" で前置詞目的語に相当, standee と attendee は "someone who stands" と "someone who attends something" で主語に相当する.その他,変則的な種類として,amputee は "someone whose limb was amputated" と複雑な統語関係を示し,patentee, redundantee, biographee は名詞や形容詞を基体としてもつ.
この接尾辞について後期近代英語から現代英語へかけての通時的推移をみると,ロマンス系語幹ではなく本来語幹に接続する傾向が生じてきていること,standee のような動作主(主語)タイプが増えてきていることが指摘される.この潮流については,明日の記事で.
・ Isozaki, Satoko. "520 -ee Words in English." Lexicon 36 (2006): 3--23.
宗教の伝来が受け入れ側の言語に著しい影響を及ぼすことについて,「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]) で取り上げた.その記事では,日英において顕著な類似点があることを指摘した.ユーラシア大陸の両端で,時をほぼ同じくする6世紀という時期に,それぞれ大陸から仏教とキリスト教が伝わった.各々,漢字とローマ字を受容して本格的な文字文化が始まり,その宗教と関連した種々の文物や語彙が流入した.新宗教は乗り物として機能しており,語彙はそれに乗って,日本とイングランドへ到着したのである.
キリスト教が英語に与えた語彙上の影響については,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) で触れ,日英の語彙史の比較対照は「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) や「#1049. 英語の多重語と漢字の異なる字音」 ([2012-03-11-1]) で言及した.今回は,日本語における仏教語の受容について取り上げる.以下,『日本語学研究事典』 (407--08) を参照して記す.
6世紀半ばに仏教が伝来すると,以降,多くの仏教語(あるいは仏語)が日本語へ流入した.聖徳太子以後,仏教を振興した上代には「香炉」「蝋燭」「脇息」「高座」「功徳」「供養」などが入り,天台・真言の二宗の栄えた中古には「大徳」「修法」「念誦」「新発意」「持仏」「名号」「数珠」「加持」「精進」「彼岸」「布施」「回向」「出家」,また「道理」「本意」「世界」「世間」「孝養」「懈怠」「道心」「変化」「稀有」「愛敬」「執念」などが見られた.中古から中世にかけては,信仰がいっそう深まり,仏教説話も多く現われ,「諸行無常」「盛者必衰」「煩悩」「衆生」「修行」「三界」「智慧」「過去」,また「発心」「悲願」「勧進」「微塵」「安穏」など300語以上が借用されている.中世から近世にかけては,臨済・曹洞などの禅宗の伝来とともに使用の拡がった「挨拶」「以心伝心」「向上」「到底」「到頭」「端的」「滅却」「毛頭」「行脚」「看経」に加え,「一得一失」「主眼」「自粛」「体得」「打開」「単刀直入」「門外漢」「老婆心」のように日常化したものも多い.また,インドの経論が漢文に音訳された,いわゆる梵語も「閼伽」「伽藍」「娑婆」「卒塔婆」「荼毘」「檀那」のように日本語へ入ってきている.
仏教語はその他多数あるが,以下に『学研 日本語「語源」辞典』に挙げられている仏教語・梵語に由来することばを列挙しよう.借用された時期はまちまちだが,仏教が日本語の語彙や表現に与えてきた影響の甚大さが知られる.
愛敬〔あいきょう〕,挨拶〔あいさつ〕,愛着〔あいちゃく〕,阿吽〔あうん〕,閼伽〔あか〕,悪魔〔あくま〕,阿修羅〔あしゅら〕,痘痕〔あばた〕,尼〔あま〕,行脚〔あんぎゃ〕,安心〔あんしん〕,意識〔いしき〕,以心伝心〔いしんでんしん〕,一大事〔いちだいじ〕,一念発起〔いちねんほっき〕,一蓮托生〔いちれんたくしょう〕,衣鉢〔いはつ〕,因果〔いんが〕,因業〔いんごう〕,引導〔いんどう〕,因縁〔いんねん〕,有為転変〔ういてんぺん〕,有象無象〔うぞうむぞう〕,有頂天〔うちょうてん〕,優曇華〔うどんげ〕,優婆夷・優婆塞〔うばい・うばそく〕,盂蘭盆〔うらぼん〕,雲水〔うんすい〕,会釈〔えしゃく〕,縁起〔えんぎ〕,往生〔おうじょう〕,応用〔おうよう〕,お題目〔おだいもく〕,億劫〔おっくう〕,餓鬼〔がき〕,加持祈祷〔かじきとう〕,呵責〔かしゃく〕,火宅〔かたく〕,我慢〔がまん〕,空念仏〔からねんぶつ〕,伽藍〔がらん〕,迦陵頻伽〔かりょうびんが〕,瓦〔かわら〕,観念〔かんねん〕,甘露〔かんろ〕,伽羅〔きゃら〕,経木〔きょうぎ〕,行住坐臥〔ぎょうじゅうざが〕,苦界〔くがい〕,愚痴〔ぐち〕,功徳〔くどく〕,供養〔くよう〕,庫裏〔くり〕,紅蓮〔ぐれん〕,怪訝〔けげん〕,袈裟〔けさ〕,解脱〔げだつ〕,外道〔げどう〕,玄関〔げんかん〕,香典〔こうでん〕,虚仮〔こけ〕,居士〔こじ〕,後生〔ごしょう〕,乞食〔こつじき〕,御来迎〔ごらいごう〕,御利益〔ごりやく〕,権化〔ごんげ〕,言語道断〔ごんごどうだん〕,金輪際〔こんりんざい〕,散華〔さんげ〕,懺悔〔ざんげ〕,三途の川〔さんずのかわ〕,三昧〔さんまい〕,四苦八苦〔しくはっく〕,獅子身中の虫〔しししんちゅうのむし〕,竹篦返し〔しっぺがえし〕,七宝〔しっぽう〕,慈悲〔じひ〕,娑婆〔しゃば〕,舎利〔しゃり〕,出世〔しゅっせ〕,修羅〔しゅら〕,精進〔しょうじん〕,正念場〔しょうねんば〕,所詮〔しょせん〕,新発意〔しんぼち〕,随喜〔ずいき〕,頭陀袋〔ずだぶくろ〕,世間〔せけん〕,世知〔せち〕,殺生〔せっしょう〕,雪隠〔せっちん〕,刹那〔せつな〕,専念〔せんねん〕,禅問答〔ぜんもんどう〕,相好〔そうごう〕,息災〔そくさい〕,作麼生〔そもさん〕,醍醐味〔だいごみ〕,大衆〔たいしゅう〕,荼毘〔だび〕,他力本願〔たりきほんがん〕,旦那〔だんな〕,断末魔〔だんまつま〕,知恵〔ちえ〕,長広舌〔ちょうこうぜつ〕,長者〔ちょうじゃ〕,爪弾き〔つまはじき〕,道具〔どうぐ〕,堂堂巡り〔どうどうめぐり〕,道楽〔どうらく〕,内緒〔ないしょ〕,南無三〔なむさん〕,奈落〔ならく〕,涅槃〔ねはん〕,拈華微笑〔ねんげみしょう〕,暖簾〔のれん〕,馬鹿〔ばか〕,彼岸〔ひがん〕,比丘・比丘尼〔びく・びくに〕,非業〔ひごう〕,火の車〔ひのくるま〕,不思議〔ふしぎ〕,普請〔ふしん〕,布施〔ふせ〕,分別〔ふんべつ〕,法師〔ほうし〕,坊主〔ぼうず〕,方便〔ほうべん〕,菩提〔ぼだい〕,法螺〔ほら〕,煩悩〔ぼんのう〕,摩訶不思議〔まかふしぎ〕,魔羅〔まら〕,曼荼羅〔まんだら〕,満遍なく〔まんべんなく〕,微塵〔みじん〕,未曾有〔みぞう〕,冥利〔みょうり〕,未来〔みらい〕,無垢〔むく〕,無残〔むざん〕,無常〔むじょう〕,無尽蔵〔むじんぞう〕,冥土〔めいど〕,滅相もない〔めっそうもない〕,滅法〔めっぽう〕,妄想〔もうそう〕,野狐禅〔やこぜん〕,夜叉〔やしゃ〕,唯我独尊〔ゆいがどくそん〕,遊山〔ゆさん〕,律儀〔りちぎ〕,輪廻〔りんね〕,流転〔るてん〕,瑠璃〔るり〕,老婆心〔ろうばしん〕,渡りに船〔わたりにふね〕
上述のとおり,日本では仏教が国民生活に深く浸透したために,仏教語は日本語語彙に広く見られるだけでなく,転義を生じて俗語となったものも多い.英語側でも同様に,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) の語彙・表現リストに見られるように,当初はキリスト教の専門用語として始まったものの,後に専門的な響きを弱め,使用域 (register) を拡げた語 (ex. candle, master, noon, school, verse) も少なくない.この点でも,日英両言語において宗教伝来と語彙史の関連を比較対照することは意義深い.
・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.
viz. は "namely" (すなわち)の意を表わす語で,/vɪz/ と読まれることもあるが,普通は namely /ˈneɪmli/ と発音される.もっぱら書き言葉に現れるので,ある種の省略符合と考えてよいだろう.もとの形は,英語でもまれにそのように発音されることはあるが, videlicet /vɪˈdɛləsɪt/ という語で,これはラテン語で「すなわち,換言すると」を意味する vidēlicet に由来する.このラテン語自体は,vidēre licet (it is permitted to see) という慣用表現のつづまったものである.OED によると,英語での初出は videlicet が1464年,省略形の viz. がa1540年である.
viz. の現代英語における用例をいくつか見てみよう.とりわけイギリス英語の形式張った書き言葉において,より明確に説明を施したり,具体例を列挙したりするのに用いられる.
・ four major colleges of surgery, viz. London, Glasgow, Edinburgh and Dublin
・ We both shared the same ambition, viz, to make a lot of money and to retire at 40.
・ The school offers two modules in Teaching English as a Foreign Language, viz. Principles and Methods of Language Teaching and Applied Linguistics.
関連して,ラテン語 scīre licet (it is permitted to know) のつづまった scilicet /ˈsɪləˌsɛt/ とその略形 scil. sc. も,英語でおよそ同じ意味に用いられる.
それにしても,videlicet が viz. と略されるのはなぜだろうか.中世ラテン語の写本では,<z> の文字は,-et, -(b)us, -m などの省略記号として一般に用いられていた.そこで,<z> = <et> と見立て,表記上 <vi(delic)z> とつづめたのである.古くは,<vidz.>, <vidzt>, <vz.> などとも表記された.ラテン語では et は "and" を意味するのでこの <z> の略記は多用され,古英語や中英語の写本でもそれをまねて and の語(あるいはその音価)に代わって頻繁に現れた.実際の <z> の字形は現在のものとは異なり,数字の <7> に似た <⁊ > という字形 (Unicode ⁊) で,この記号は Tironian et と呼ばれた.古代ローマのキケロの筆記者であった Marcus Tullius Tiro が考案した速記システム (Tironian notes, or notae Tironianae) で用いられた速記記号の1つである.これが,後に字形の類似から <z> に置き換えられるようになった.Irish や Scottish Gaelic では現在も Tironian et が使用されるが,英語では viz. にそのかすかな痕跡を残すのみである.
「#46. 借用はなぜ起こるか」 ([2009-06-13-1]) の記事で,語彙が他言語から借用される理由を考えた.しかし,この「なぜ」は究極の問いであり,本格的に追究するのであれば,先に他の4W1Hの問いから潰していかなければならない.why の前に,what, who, when, where, how を問う必要があるということだ.そこで borrowing の記事を中心に,本ブログでも様々なアプローチを採ってきた.
借用語の「なぜ」に迫る論考としては,Hans Käsmann (Studien zum kirchlichen Wortschatz des Mittelenglischen 1100--1350. Eng Beitrag zum Problem der Sprachmischung. Tübingen, 1961.) に拠った Görlach (149--50) のものがあるので紹介しよう."causes and situations favouring the transfer" として,次のような分類表を掲げている(語例の前の "A11" などは.Görlach のテキスト参照記号).
(A) Gaps in the indigenous lexis
1. The word is taken over together with the new content and the new object: A11 myrre, D31 senep, F21 sabat, synagoge.
2. A well-known content has no word to designate it: D32 plant
3. Existing expressions are insufficient to render specific nuances ('misericordia', see blow).
(B) Previous weakening of the indigenous lexis
4. The content had been experimentally rendered by a number of unsatisfactory expressions: E15 leorningcniht||disciple.
5. The content had been rendered by a word weakened by homonymy, polysemy, or being part of an obsolescent type of word-formation: C24 hilid||covered; C25 hǣlan = heal, save; H11 hǣlend||sauyoure.
6. An expression which is connotationally loaded needs to be replaced by a neutral expression.
(C) Associative relations
7. A word is borrowed after a word of the same family has been adopted: D49 iust (after justice; cf. judge n., v., judgement).
8. The borrowing is supported by a native word of similar form: læccan × catchen; the process was particularly important with adoptions from Scandinavian.
9. 'Corrections': an earlier loanword is adapted in form/replaced by a new loanword: F2 engel||aungel.
(D) Special extralinguistic conditions
10. Borrowing of words needed for rhymes and metre.
11. Adoptions not motivated by necessity but by fashion and prestige.
12. Words left untranslated because the translator was incompetent, lazy or anxious to stay close to his source: H10 euangelise EV.
There remain a large number of uncertain classifications, most of these somehow connected with 11), a category which is very difficult to define.
(A), (B), (C) はまとめて,既存の語彙体系から生じる借用への圧力ということができるだろうか.「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) でみたタイポロジーとも交差する.(D) はおよそ言語外的な要因というべきものである.通常,語の借用を話題にする場合には,言語外的な要因が注目されることも多いが,この分類は相対的にその扱いが弱いのが特徴だ.結局のところ,最後に但し書きで逃げ口上を打っているように,このような分類を立てることに限界があるのだろう.Fischer (105) は,この分類に不満を表明している.
Like all attempts to "explain" language change, this one suffers from the fact that explanations can only be guessed at and that actual, verifiable proof is hard to come by. Any such typology, therefore, will remain tentative.
冒頭で述べたように,まずは借用の4W1Hを着実に理解してゆくところから始める必要がある.
・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
・ Fischer, Andreas. "Lexical Borrowing and the History of English: A Typology of Typologies." Language Contact in the History of English. 2nd rev. ed. Ed. Dieter Kastovsky and Arthur Mettingers. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2003. 97--115.
「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たとおり,英語史では,ノルマン・コンクェスト以降,フランス借用語の流入が絶えた時期はない.14世紀,16世紀を2つのピークとして近代以降は相対的に流入は少なめだが,現在に至るまでフランス借用語は英語の語彙に着実に貢献してきている.
時代ごとのフランス借用語の特徴や一覧については,「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]),「#1291. フランス借用語の借用時期の差」 ([2012-11-08-1]),「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]),「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]),「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]) などで取り上げてきたが,今回は Crystal (460) に掲載されている18--20世紀のフランス借用語の抜粋を示そう.
[18th century loanwords]
bouquet, canteen, clique, connoisseur, coterie, cuisine, debut, espionage, etiquette, glacier, liqueur, migraine, nuance, protégé, roulette, salon, silhouette, souvenir, toupee, vignette
[19th century loanwords]
acrobat, baroque, beige, blouse, bonhomie, café, camaraderie, can-can, chauffeur, chef, chic, cinematography, cliché, communism, croquet, debutant, dossier, en masse, flair, foyer, genre, gourmet, impasse, lingerie, matinée, menu, morgue, mousse, nocturne, parquet, physique, pince-nez, première, raison d'être, renaissance, repertoire, restaurant, risqué, sorbet, soufflé, surveillance, vol-au-vent, volte-face
[20th century loanwords]
art deco, art nouveau, u pair, auteur, blasé, brassiere, chassis, cinéma-vérité, cinematic, coulis, courgette, crime passionnel, détente, disco, fromage frais, fuselage, garage, hangar, limousine, microfiche, montage, nouvelle cuisine, nouvelle vague, questionnaire, tranche, visagiste, voyeurism
借用語の分野としては,18世紀は社会制度・習慣,19世紀は芸術,食物,衣類,20世紀は新芸術,技術が特徴的だろうか.数だけでいえば,後期近代におけるフランス借用語のピークは19世紀にあるとみてよいだろう.
なお,21世紀のフランス借用語について OED を検索したところ,parkour, traceur の2語だけがヒットした.前者は2002年が初出で,"The discipline or activity of moving rapidly and freely over or around the obstacles presented by an (esp. urban) environment by running, jumping, climbing, etc." と定義される.後者は2003年が初出で,"A person who participates in parkour" とのこと.英語にとっては腐れ縁ともいえるフランス語からの借用は,21世紀も続いてゆく・・・.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
2言語間の言語接触においては,一方向あるいは双方向に言語項の借用が生じる.その言語接触と借用の強度は,少数の語彙が借用される程度の小さいなものから,文法範疇などの構造的な要素が借用される程度の大きいものまで様々ありうるが,古今東西の言語接触の事例から,その尺度を類型化することは可能だろうか.
この問題については,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]) ほかで部分的に言及してきたが,昨日の記事「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]) で引用した Thomason and Kaufman (74--76) による借用尺度 ("BORROWING SCALE") が,現在のところ最も本格的なものだろう.著者たちは言語接触を大きく borrowing と shift-induced interference に分けているが,ここでの尺度はあくまで前者に関するものである.5段階に区別されたレベルの説明を引用する.
(1) Casual contact: lexical borrowing only
Lexicon:
Content words. For cultural and functional (rather than typological) reasons, non-basic vocabulary will be borrowed before basic vocabulary.
(2) Slightly more intense contact: slight structural borrowing
Lexicon:
Function words: conjunctions and various adverbial particles.
Structure:
Minor phonological, syntactic, and lexical semantic features. Phonological borrowing here is likely to be confined to the appearance of new phonemes with new phones, but only in loanwords. Syntactic features borrowed at this stage will probably be restricted to new functions (or functional restrictions) and new orderings that cause little or no typological disruption.
(3) More intense contact: slightly more structural borrowing
Lexicon:
Function words: adpositions (prepositions and postpositions). At this stage derivational affixes may be abstracted from borrowed words and added to native vocabulary; inflectional affixes may enter the borrowing language attached to, and will remain confined to, borrowed vocabulary items. Personal and demonstrative pronouns and low numerals, which belong to the basic vocabulary, are more likely to be borrowed at this stage than in more casual contact situations.
Structure:
Slightly less minor structural features than in category (2). In phonology, borrowing will probably include the phonemicization, even in native vocabulary, of previously allophonic alternations. This is especially true of those that exploit distinctive features already present in the borrowing language, and also easily borrowed prosodic and syllable-structure features, such as stress rules and the addition of syllable-final consonants (in loanwords only). In syntax, a complete change from, say, SOV to SVO syntax will not occur here, but a few aspects of such a switch may be found, as, for example, borrowed postpositions in an otherwise prepositional language (or vice versa).
(4) Strong cultural pressure: moderate structural borrowing
Structure:
Major structural features that cause relatively little typological change. Phonological borrowing at this stage includes introduction of new distinctive features in contrastive sets that are represented in native vocabulary, and perhaps loss of some contrasts; new syllable structure constraints, also in native vocabulary; and a few natural allophonic and automatic morphophonemic rules, such as palatalization or final obstruent devoicing. Fairly extensive word order changes will occur at this stage, as will other syntactic changes that cause little categorial alteration. In morphology, borrowed inflectional affixes and categories (e.g., new cases) will be added to native words, especially if there is a good typological fit in both category and ordering.
(5) Very strong cultural pressure: heavy structural borrowing
Structure:
Major structural features that cause significant typological disruption: added morphophonemic rules; phonetic changes (i.e., subphonemic changes in habits of articulation, including allophonic alternations); loss of phonemic contrasts and of morphophonemic rules; changes in word structure rules (e.g., adding prefixes in a language that was exclusively suf-fixing or a change from flexional toward agglutinative morphology); categorial as well as more extensive ordering changes in morphosyntax (e.g., development of ergative morphosyntax); and added concord rules, including bound pronominal elements.
英語史上の主要な言語接触の事例に当てはめると,古英語以前におけるケルト語,古英語以降のラテン語との接触はレベル1程度,中英語以降のフランス語との接触はレベル2程度,古英語末期からの古ノルド語との接触はせいぜいレベル3程度である.英語は歴史的に言語接触が多く,借用された言語項にあふれているという一般的な英語(史)観は,それ自体として誤っているわけではないが,Thomason and Kaufman のスケールでいえば,たいしたことはない,世界にはもっと激しい接触を経てきた言語が多く存在するのだ,ということになる.通言語的な類型論が,個別言語をみる見方をがらんと変えてみせてくれる好例ではないだろうか.
日本語についても,歴史時代に限定すれば中国語(漢字)からの重要な影響があったものの,BORROWING SCALE でいえば,やはり軽度だろう.しかし,先史時代を含めれば諸言語からの重度の接触があったかもしれないし,場合によっては borrowing とは別次元の言語接触であり,上記のスケールの管轄外にあるとみなされる shift-induced interference が関与していた可能性もある.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
ゼミの学生の卒業論文研究をみている過程で,Fischer による借用語研究のタイポロジーについての論文を読んだ.英語史を含めた諸言語における借用語彙の研究は,3つの観点からなされてきたという.(1) morpho-etymological (or morphological), (2) lexico-semantic (or semantic), (3) socio-historical (or sociolinguistic) である.
(1) は,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) で論じたように,model と loan とが形態的にいかなる関係にあるかという観点である.形態的な関係が目に見えるものが importation,見えないもの(すなわち意味のみの借用)が importation である.(2) は,借用の衝撃により,借用側言語の意味体系と語彙体系が再編されたか否かを論じる観点である.(3) は,語の借用がどのような社会言語学的な状況のもとに行われたか,両者の相関関係を明らかにしようとする観点である.この3分類は互いに交わるところもあるし,事実その交わり方の組み合わせこそが追究されなければならないのだが,おおむね明解な分け方だと思う.
Fischer は,このなかで (3) の社会言語学的な観点は最も興味をそそるが,目に見える研究成果は期待できないだろうと悲観的である.この観点を重視した Thomason and Kaufman を参照し,高く評価しながらも,借用語研究には貢献しないだろうと述べている.
Of the three types of typologies discussed here, the third, although the most attractive because of its sociolinguistic orientation, is possibly the least useful for a study of lexical borrowing: lexis is an unreliable indicator of the precise nature of a contact situation, and the socio-historical evidence necessary to reconstruct the latter is often not available. Morphological and semantic typologies on the other hand, though seemingly more traditional, can yield a great deal of new information if an attempt is made to study a whole semantic domain and if such studies are truly comparative, comparing different text types, different source languages or different periods. (110)
Fischer は (1) と (2) の観点こそが,借用語研究において希望のもてる方向であると指南する.一見すると,英語史に限定した場合,この2つの観点,とりわけ (1) の観点からは,相当に研究がなされているのではないかと思われるが,案外とそうでもない.例えば,意味借用 (semantic loan) に代表される substitution 型の借用語については,研究の蓄積がそれほどない.これには,importation に対して substitution は意味を扱うので見えにくいこと,頻度として比較的少ないことが理由として挙げられる.
それにしても,語を借用するときに,ある場合には importation 型で,別の場合には substitution 型で取り込むのはなぜだろうか.背後にどのような選択原理が働いているのだろうか.借用側言語の話者(集団)の心理や,公的・私的な言語政策といった社会言語学的な要因については言及されることがあるが,上記 (1) や (2) の言語学的な観点からのアプローチはほとんどないといってよい.Fischer (100) の問題意識,"why certain types of borrowing seem to be more frequent than others, depending on period, source language, text type, speech community or language policy, to name only the most obvious factors." は的を射ている.私自身も,同様の問題意識を,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#903. 借用の多い言語と少ない言語」 ([2011-10-17-1]),「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]),「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1]) などで示唆してきた.
英語史におけるラテン借用語を考えてみれば,古英語では importation と並んで substitution も多かった(むしろ後者のほうが多かったとも議論しうる)が,中英語以降は importation が主流である.Fischer (101) で触れられているように,Standard High German と Swiss High German におけるロマンス系借用語では,前者が substitution 寄り,後者は importation 寄りの傾向を示すし,アメリカ英語での substitution 型の fall に対してイギリス英語での importation 型の autumn という興味深い例もある.日本語への西洋語の借用も,明治期には漢語による substitution が主流だったが,後には importation が圧倒的となった.言語によって,時代によって,importation と substitution の比率が変動するが,ここには社会言語学的な要因とは別に何らかの言語学的な要因も働いている可能性があるのだろうか.
Fischer (105) は,このような新しい設問を多数思いつくことができるとし,英語史における設問例として3つを挙げている.
・ How many of all Scandinavian borrowings have replaced native terms, how many have led to semantic differentiation?
・ How does French compare with Scandinavian in this respect?
・ How many borrowings from language x are importations, how many are substitutions, and what semantic domains do they belong to?
HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) が出版された現在,意味の借用である substitution に関する研究も断然しやすくなってきた.英語借用語研究の未来はこれからも明るそうだ.
・ Fischer, Andreas. "Lexical Borrowing and the History of English: A Typology of Typologies." Language Contact in the History of English. 2nd rev. ed. Ed. Dieter Kastovsky and Arthur Mettingers. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2003. 97--115.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
イギリス人の習性として,何事にも列を作るということがしばしば言われる.例えば,NTC's Dictionary of Changes in Meanings によると,George Mikes は How to Be an Alien (1946) のなかで,"Queueing is the national pastime of an otherwise dispassionate race. The English are rather shy about it, and deny that they adore it" と評している.
イギリス人のこの習性を反映し,いかにもイギリス英語的と言うべき語が上にも出た「行列(を作る)」を意味する queue である.アメリカ英語ではこの意味では line を用いるのが普通である.先日,オーストラリアに出かけていたが,そこでは予想通りイギリス的な queue が用いられている.queue がイギリス英語的であることを具体的に確認すべく,「#1730. AmE-BrE 2006 Frequency Comparer」 ([2014-01-21-1]) や「#1739. AmE-BrE Diachronic Frequency Comparer」 ([2014-01-30-1]) に,^queu(e[sd]?|ing)$ と入れて検索してみると,統計的に検定するまでもなく,明らかに分布はイギリス英語への偏りを示す.AmE-BrE 2006 Frequency Comparer による検索結果を以下に掲げておこう.
ID | WORD | FREQ | TEXTS | RANK | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
AME_2006 | BRE_2006 | AME_2006 | BRE_2006 | AME_2006 | BRE_2006 | ||
1 | queue | 2 | 19 | 2 | 12 | 26348 | 5149 |
2 | queued | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 39987 |
3 | queues | 0 | 9 | 0 | 9 | 0 | 8971 |
4 | queuing | 0 | 9 | 0 | 9 | 0 | 8972 |
英語語彙の語種別の割合について,これまで多くの記事で各種統計を示してきた.
・ [2012-09-03-1]: 「#1225. フランス借用語の分布の特異性」
・ [2012-08-11-1]: 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」
・ [2012-01-07-1]: 「#985. 中英語の語彙の起源と割合」
・ [2011-09-18-1]: 「#874. 現代英語の新語におけるソース言語の分布」
・ [2011-08-20-1]: 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」
・ [2010-12-31-1]: 「#613. Academic Word List に含まれる本来語の割合」
・ [2010-06-30-1]: 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」
・ [2010-05-16-1]: 「#384. 語彙数とゲルマン語彙比率で古英語と現代英語の語彙を比較する」
・ [2010-03-02-1]: 「#309. 現代英語の基本語彙100語の起源と割合」
・ [2009-11-15-1]: 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」
・ [2009-11-14-1]: 「#201. 現代英語の借用語の起源と割合 (2)」
・ [2009-08-19-1]: 「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」
・ [2009-08-15-1]: 「#110. 現代英語の借用語の起源と割合」
「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]),「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]),「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]) で見たように,英語と日本語の語彙は比較される歴史をたどってきており,結果として現代の共時的な語彙構成にも共通点が見られる.今回は,現代英語との比較のために,現代日本語の語種別の割合をみよう.一般的にこの種の語彙統計を得るのは難しいが,『日本語百科大事典』 (420--21) に拠りながら3種の調査結果の概観を示す.
(1) 明治から昭和にかけての3種の国語辞典『言海』(明治22年;1889年),『例解国語辞典』(昭和31年;1956年),『例解国語辞典』(昭和44年;1969年)の収録語を語種別に数えた研究がある.総語数は,『言海』39,103,『例解国語辞典』40,393,『角川国語辞典』60,218 である.以下に割合を示す表と図を示そう.
和語 | 漢語 | 外来語 | 混種語 | |
---|---|---|---|---|
『言海』 | 55.8% | 34.7 | 1.4 | 8.1 |
『例解国語辞典』 | 36.6 | 53.6 | 3.5 | 6.2 |
『角川国語辞典』 | 37.1 | 52.9 | 7.8 | 2.2 |
和語 | 漢語 | 外来語 | 混種語 | |
---|---|---|---|---|
異なり語数 | 36.7% | 47.5 | 9.8 | 6.0 |
延べ語数 | 53.9 | 41.3 | 2.9 | 1.9 |
和語 | 漢語 | 外来語 | 混種語 | |
---|---|---|---|---|
異なり語数 | 46.9% | 40.0 | 10.1 | 3.0 |
延べ語数 | 71.8 | 23.6 | 3.2 | 1.4 |
10月5日付けで「素朴な疑問」に寄せられた疑問より.
Online Etymology Dictionaryでnameを調べますと,"PIE *nomn-"とあり,ほとんどの言語において"n"で始まっていますが,Greekなど一部で"n"の前に母音があるのを不思議に思いました.何か訳があるのだろうと思います.ご教示いただけるとうれしいです.
英語 name は基礎語として,多くの印欧諸語に同族語 (cognate) がみられる.以下は,OED より同族語の例一覧である.
Cognate with Old Frisian nama, noma (West Frisian namme), Middle Dutch name, naem (Dutch naam), Old Saxon namo (Middle Low German nāme, nām), Old High German namo, nammo (Middle High German name, nam, German Name), Old Icelandic nafn, namn, Norn (Shetland) namn, Old Swedish nampn, namn (Swedish namn), Danish navn, Gothic namo, and further with Sanskrit nāman, Avestan nāman-, ancient Greek ὄνομα, classical Latin nōmen, Early Irish ainm (Irish ainm), Old Welsh anu (Welsh enw, henw), Old Church Slavonic imw (genitive imene), Russian imja (genitive imeni), Old Prussian emmens, etc.
ゲルマン諸語,ラテン語を始めとして多くの言語で語頭の n を示す.これ以外にも Tocharian A ñom, Tocharian B ñem, Hittite lāman (先行する nāman からの語頭子音の異化により)なども,語頭 n をもつ仲間とみてよい.しかし,ギリシア語 ὄνομα を筆頭に,上記引用の後半に挙がっている数例では n の前に母音が示されている.この母音は何なのだろうか.
この問題を考察するに先だって,name の語根ネットワークで英語語彙を広げておこう (以下,Watkins 59 より).まずは,ゲルマン祖語の namōn- から古英語の nama を経て,現代英語の基礎語 name がある.次に,ラテン語 nōmen (name, reputation) から,nominal, nominate, noun; agnomen, binomial, cognomen, denominate, ignominy, misnomer, nomenclator, nuncupative, praenomen, pronoun, renown など多くの語が英語に借用されている.そして,ギリシア語 onoma, onuma からは,onomastic, -onym, -onymy; allonym, anonymous, antonomasia, eponym, eponymous, euonymus, heteronymous, homonymous, matronymic, metonymy, onomatopoeia, paronomasia, paronymous, patronymic, pseudonym, synonymous が入っている.最後に,古アイルランド語 ainm から moniker (name (humorously)) が英語に取り込まれた.
上記のように英単語にもギリシア語系の onoma が多く反映されているので,この最初の o が何であるのかは確かに気になるところである.『英語語源辞典』では,Gk ónoma の o- は語頭添加音 (prosthesis) ではないかとしているが,印欧語比較言語学ではまた別の議論が展開されている.それについては,明日の記事で.
・ Watkins, Calvert, ed. The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. 2nd Rev. ed. Boston: Houghton Mifflin, 2000.
・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
フランス語借用の爆発期は「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たように14世紀である.このタイミングについては,「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1]) や「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) の記事で話題にしたように,イングランドにおいて英語が復権してきた時期と重なる.それまでフランス語が担ってきた社会的な機能を英語が肩代わりすることになり,突如として大量の語彙が必要となったからとされる.フランス語を話していたイングランドの王侯貴族にとっては,英語への言語交替 (language shift) が起こっていた時期ともいえる(「#1540. 中英語期における言語交替」 ([2013-07-15-1]) を参照).
一方,ラテン語借用の爆発期は,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) や「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) で見たように,16世紀後半を中心とする時期である.このタイミングは,それまでラテン語が担ってきた社会的な機能,とりわけ高尚な書き物の言語にふさわしいとされてきた地位を,英語が徐々に肩代わりし始めた時期と重なる.ルネサンスによる新知識の爆発のために突如として大量の語彙が必要になり,英語は追いつけ,追い越せの目標であるラテン語からそのまま語彙を借用したのだった.このようにラテン語熱がいやましに高まったが,裏を返せば,そのときまでに人々の一般的なラテン語使用が相当落ち込んでいたことを示唆する.イングランド知識人の間に,ある意味でラテン語から英語への言語交替が起こっていたとも考えられる.
つまり,フランス語とラテン語からの大量語彙借用の最盛期は異なってはいるものの,共通項として「英語への言語交替」がくくりだせるように思える.ここでの「言語交替」は文字通りの母語の乗り換えではなく,それまで相手言語がもっていた社会言語学的な機能を,英語が肩代わりするようになったというほどの意味で用いている.この点を指摘した Fennell (148) の洞察の鋭さを評価したい.
As is often the case when use of a language ceases (as French did at the end of the Middle English period), the demise of Latin coincides with the borrowing of huge numbers of Latin words into English in order to fill perceived gaps in the language.
・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
6世紀にキリスト教がブリテン島にもたらされた.その後,古英語期には数百語のラテン単語が英語に流入したが,多くはキリスト教関係の用語である.これは,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) で話題にした通りである.
しかし,キリスト教関係ラテン単語の流入という外見だけをみていては,この時期のキリスト教化の言語的側面を十分に理解することはできない.Baugh and Cable (90) を引用しよう.
The words that Old English borrowed in this period are only a partial indication of the extent to which the introduction of Christianity affected the lives and thoughts of the English people. The English did not always adopt a foreign word to express a new concept. Often an old word was applied to a new thing and by a slight adaptation made to express a new meaning. The Anglo-Saxons, for example, did not borrow the Latin word deus, because their own word God was a satisfactory equivalent. Likewise heaven and hell express conceptions not unknown to Anglo-Saxon paganism and are consequently English words.
「#865. 借用語を受容しにくい語彙領域は何か」 ([2011-09-09-1]) で話題にした通り,なぜ deus を筆頭に,ある意味で最もキリスト教的といえるいくつかの語が借用されなかったのか.主要な参考図書2点から,この問題についての言及を見よう.まずは,Kastovsky (310) は次のように述べている.
Substitutive semantic borrowing is particularly frequent in the religious vocabulary, since in using a native ('heathen') word for a Christian concept, the pagan interpretation had to be replaced by the Christian concept and all its theological associations. A good example is the word God as used for Deus (cf. Strang 1970: 368). Originally it seemed to have meant 'that which is invoked', 'that to which libation is poured', was a neuter noun and could form a plural, since the Germanic peoples had a polytheistic religion. The missionaries, however, had to convey the notion of a single Deity, a Person or One of the persons of the Trinity. Instead of adopting the lexical item Deus, its meaning was substituted for the old meaning of god, which, in this case, even produced a grammatical change: God as a singular noun became masculine; if it occurred in the plural, it only referred to pagan gods and remained neuter.
次に,上の引用文で言及されている Strang (368) を当たってみる.Strang は,古英語の翻訳借用 (loan_translation) や意味借用 (semantic loan) について触れている箇所で,god の意味変化を以下のように論じている.
The best term to start with is the word god. This is an old neuter noun, the meaning of whose stem has been disputed. It may mean 'that which is invoked' or 'that to which libation is poured' (in which case, it represents the same stem as we find in the name of the Goths and the Geats . . .); OE shares the form with other Germanic languages, which have formations from the same stem with the same meaning. In its inherited form the noun has a plural, since the monotheistic idea was unfamiliar to the Germanic peoples. The missionaries need to convey to the English the conception of a single Deity, a Person, One of the Persons of the Trinity, the Father, the Creator of the Universe, etc. They have a choice of explaining all this, and adding that the word for it is Deus; or of saying that the English have hitherto misunderstood the nature of god --- not it, but He, not many but One, etc. They choose the latter course, and their usage, as well as their belief, prevails. The noun acquires a new meaning, or rather, the whole complex of Christian meanings, though it is still the term for the old gods. From this development follows a curious grammatical change, akin to the modern use of the capital letter. When singular the word becomes masculine; when plural (therefore pagan in reference) it remains neuter. Thus, even syntax enters into the pattern of adaptation.
標題は,互いに関連する2つの点で興味を引く.1つは,語を直接借用するよりも意味を取り入れるやり方のほうがじわじわ型であり,キリスト教の布教にあたって,ときに有効だった可能性があること.もう1つは,一般に,他言語からの語彙への影響を考える際には,外見(形態)だけでなく中味(意味)も重視しなければならないということだ.再度 Baugh and Cable (91) に戻って,次を引用しておこう.
It is important to recognize that the significance of a foreign influence is not to be measured simply by the foreign words introduced but is revealed also by the extent to which it stimulates the language to independent creative effort and causes it to make full use of its native resources.
関連して,借用の importation と substitution の区別について,「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) を参照.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.
日本語における「外来語の氾濫」の問題は,長らくメディアを賑わわせている.最近目についたところでは,9月4日(水)の朝日新聞朝刊13面に「耕論 カタカナ語の増殖」として3名の識者による議論が掲載されていた.「フランス語の未来」協会長のアルベール・サロン氏による「過剰な英語化,無味乾燥」,英語言語帝国主義批判の論客,津田幸男氏による「「言語法」で日本語を守れ」,クリエーティブディレクター岡康道氏による「取り込んで,面白がろう」の3論である.サロン氏は英語支配の観点から,津田氏は英語支配および日本の伝統維持という立場からそれぞれカタカナ語の氾濫を厳しく批判しているが,岡氏は日本語の同化力と創造力を評価して外来語の流入を歓迎している. *
確かに,戦前から戦後を経て21世紀初頭の現在に至るまで,主として英語起源のカタカナ語の流入はおびただしい.この「氾濫」に対して,上記の議論のように様々な立場から反論が加えられてきたし,逆に擁護論が展開されたりもしてきた.しかし,とりわけ目につくのは反対論のほうである.このような問題における支持論は,およそ反対論に対する反論として唱えられるのが常であるようだ.
『新版日本語教育事典』 (261) によると,外来語問題とは次の通りである.
「カタカナ語の氾濫」として問題にされ,急増している外来語への対応がさまざまな角度から議論される.背景には,英語とアメリカ文明の圧倒的な優位があるといってよい.議論の方向は,大きく2つの立場に分かれる.一つは,日本語そのものが良き文化的伝統とともに崩壊するのではないかと懸念する伝統重視の立場からのもの,もう一つは,一般になじみのうすい外来語が出まわることによって,基本的な情報のやりとりや意志疎通に支障が生ずることを問題視する機能重視の立場からのものである.後者に関しては,とくに公共性の高い場面における外来語使用について,個々の語の定着度に配慮した適切な対応を求める動きが国のレベルでも見られる.
このような問題意識を受けて,昨日の記事「#1616. カタカナ語を統合する試み,2種」 ([2013-09-29-1]) でも触れたとおり,2002年より国立国語研究所の「外来語」委員会が「外来語」言い換え提案について議論することになった次第である.委員会設立趣意書では,機能主義の立場から外来語の問題点を指摘している.
外来語・外国語の問題点
近年,片仮名やローマ字で書かれた目新しい外来語・外国語が,公的な役割を担う官庁の白書や広報紙,また,日々の生活と切り離すことのできない新聞・雑誌・テレビなどで数多く使われていると指摘されています.例えば,高齢者の介護や福祉に関する広報紙の記事は,読み手であるお年寄りに配慮した表現を用いることが,本来何よりも大切にされなければならないはずです.多くの人を対象とする新聞・放送等においても,一般になじみの薄い専門用語を不用意に使わないよう十分に注意する必要があります.ところが,外来語・外国語の使用状況を見ると,読み手の分かりやすさに対する配慮よりも,書き手の使いやすさを優先しているように見受けられることがしばしばあります.
日本語教育の立場からも,外来語の問題点が指摘されている.以下,遠藤(編) (205--06) より引用するが,これも広い意味では機能主義的な議論の一種だろう.
日本語の中に外来語が多いことは,日本人にとってだけでなく,日本語学習者にとっても,いろいろな問題を生んでいる.
日本人にとっては,次々に生まれるカタカナの外来語の意味するところがわからなくて,困惑する人が多くなっている.政府関係の白書に使われる外来語の多さが,論議を呼び,外来語使用を自粛するように通達も出されたこともある.しかし,減る気配はいっこうに見えなくて,意思疎通に支障を来すことをおそれて国立国語研究所が言い換え案を出すことになった.その効果についてはまだ,報告されていない.
ショートステイ・ケアマネージャー・ケアプログラム・バリアフリーなど,福祉関係の用語が外来語で占められているが,これではその主な対象者である高齢者にはわかりにくい.ノーマライゼーション・アカウンタビリティなどのように新しい概念を移入するとき,原語をそのままカタカナにするために,外来語が増えるのであるが,そのカタカナの表す音と原語の発音の差が大きすぎて,原語のわかる人にもそのカタカナ語はわからない.まして,日本で適当に原語を組み合わせて作られる語(=和製語)は,原語を知っている人でもまったく類推が利かない.
そのために,英語の話者は倍の苦労をする.日本人はカタカナの語を見ると,英語だと思い,外国人には英語で言えば通じると思う.しかし,それは英語でも何でもない日本での造語である.英語話者に通じるはずがないのに,通じると思われて多く使ってこられるとしたら,ますます負担は大きくなるのである.
発音のわかりにくい,英語もどきのことばより,いっそ本来の日本語で言ってくれたほうがはるかにわかりやすいと,日本語を知る英語話者は嘆いているのである.
日本語を教える際に,カタカナ外来語は,原語とは関連がなく,まったく新たな日本語であるということを認識しておく必要がある.
このように外来語の氾濫は様々な批判の対象とはなっているが,実際のところ,多くの日本語母語話者は外来語の受容と使用について議論こそすれ,本格的に敵視し排除しようというわけではなさそうだ.外来語を法によって規制しようという動きにまで発展したことはないし,今後もそこまで行くかどうかは疑問だ.全体として現状肯定,あるいは消極的な支持という向きが支配的のように思う.
・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.
・ 遠藤 織枝(編) 『日本語教育を学ぶ 第二版』 三修社,2011年.
昨日の記事「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1]) で,16世紀に大量にラテン語から流入したインク壺語の理解を促すための主たる方法として,辞書の出版と言い換え表現があったことを述べた.おもしろいことに,現代日本語におけるカタカナ語の大増殖にも,ほとんど同じことがいえる.大正以降,とりわけ戦後の洋語(ほとんどが英語)の語彙借用はおびただしいが,それを日本語語彙に統合しようとする試みの1つとして,カタカナ語辞書の出版が目につく.図書検索サイトなどで,「カタカナ語」や「外来語」を題名に含む本を検索すると,非常に多くの参考図書がヒットする.地元の公立図書館のこども用書棚をちょっとのぞくだけでも,例えば『カタカナ語おもしろ辞典』(村石 利夫,さ・え・ら書房,1990年)や『カタカナ語・外来語事典』(桐生 りか,汐文社,2006年)が簡単に見つかる.この日本の著者たちの意図は,かつてのイングランドの Mulcaster, Cawdrey, Bullokar, Cockeram の意図と重ね合わせることができるだろう.
インク壺語統合のために用いられたもう1つの方法,すなわち言い換え表現もまた,カタカナ語統合のために利用されている.ただし,カタカナ語の場合には,近年,より公的な言語政策が関与していることに注意したい.2002--06年,国立国語研究所の「外来語」委員会が「外来語」言い換え提案の活動を行い,その成果を公開した.言い換え手引きは書籍としても出版されたし,オンラインでも公開されている.委員会設立趣意書や提案した語の一覧ほか,様々な参考資料や研究論文がオンラインで閲覧できる.趣意書に「緩やかな目安・よりどころを具体的に提案することを目指しています」とあるとおり,強制力のない提案ではあるが,公的な機関が策定しているという点で,国による言語政策の一環(とりわけ corpus planni ng と呼ばれるもの)と考えてよいだろう.「アーカイブ〔保存記録〕」「インフォームドコンセント〔納得診療〕」「ワーキンググループ〔作業部会〕」などの表記は,かつてのイングランドにおける "education or bringing up of children", "agility and nimbleness" を想起させる.かっこ付きで補助的に表記するとき,それは一種の日本語版 2項イディオム (binomial idiom) であるといえる.
時代も言語も異なるが,インク壺語もカタカナ語も,その統合のための努力と手段については大きく変わるところがない.個々の語が定着するか廃用となるかが時間の問題であることも,変わらないだろう.
バケ『英語の語彙』 (87--88) によれば,16世紀を中心に大量にラテン語から借用された inkhorn_term などの学者語は,普及に際して主として2つの手段があった.1つは,Mulcaster の提案に端を発する Cawdrey, Bullokar, Cockeram などの初期の難語辞書の出版である.「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]) および「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1]) の記事でみたように,17世紀は難語辞書の世紀といってよい.インク壺語を是とする識者たちは,これらの辞書によって,人々を啓蒙しようとしたのである.
もう1つは,文章のなかで簡易説明を加えながら実際に使ってゆくという方法である.これはすでに Chaucer や Caxton などにより伝統的に用いられてきた方法だが ([2011-07-26-1]の記事「#820. 英仏同義語の並列」を参照),近代でも改めて利用されることとなった.例えば,Sir Thomas Elyot (1490?--1546) は,(1) "circumspectin…which signifieth as moche as beholding on every parte" のように簡単な定義を施す, (2) "difficile or harde", "education or bringing up of children", "animate or give courage" のようにor による並置を用いる, (3) "gross and ponderous", "agility and nimbleness" のように and による並置を用いる,などの方法に訴えた.その後,16世紀の終わりに Francis Bacon (1561--1626) が,Essays のなかで,教育上の目的によりしばしばこれを用いた.詩人などの文学者もまた,韻律上の動機づけ,または強調や威厳などの文体的な目的により,この方法を多用した.Shakespeare の "by leave and by permission", "dispersed and scattered", "the head and source",あるいは The Book of Common Prayer における "I pray and beseech you, that we have erred and strayed" のごとくである.これらはときに虚飾主義に陥り,書きことばと話しことばの乖離を促すことになった(法律語からの例については,[2013-04-09-1]の記事「#1443. 法律英語における同義語の並列」を参照).しかし,上記の方策は,初期近代英語期のおびただしい借用語の流入に対する語彙統合の努力でもあったのだ.
なお,(2), (3) の等位接続詞による並置という方法は,(1) の難語辞書内でも当然多用された.「#1609. Cawdrey の辞書をデータベース化」 ([2013-09-22-1]) の検索式の例文として「定義に " or " を含むもの」と「定義に " and " を含むもの」を挙げておいたのは,そのためである.
関連して,and で並置する2項イディオム (binomial idiom) の他の話題も参照.
・ ポール・バケ 著,森本 英夫・大泉 昭夫 訳 『英語の語彙』 白水社〈文庫クセジュ〉,1976年.
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