発音の可能性が複数ある英単語は数多く存在する.[2010-08-28-1]の記事「発音の揺れを示す語の一覧」や,特に議論のあるものとしては[2011-06-05-1]の記事「発音の揺れを示す語の一覧 (2) 」で例を示した通りである.しかし,標記の gaseous ほど発音の variants の多い語は,他にないのではないか.2つのイギリス系発音辞書 CEPD17 と LPD3 とで確認したところ,アメリカ発音も含めた標準的な発音は8種類あった.
CEPD17: /ˈgæs.i.əs/, /ˈgeɪ.si.əs/, /ˈgeɪ.ʃəs/; /ˈgæʃ.əs/ (US /ˈgæs.i.əs/, /ˈgæʃ.i.əs/; /ˈgæʃ.əs/)
LPD3: /ˈgæs iəs/, /ˈgeɪs iəs/, /ˈgeɪz iəs/ (US /ˈgæʃ əs/)
語頭子音の /g/ と語末子音の /s/ は不変だが,語中の母音と子音には以下の variants が生じている.
・ <a> で表わされる第1音節の母音は,/æ/ or /eɪ/ の2通りの可能性.
・ 語中の <s> で表わされる子音は,/s/ or /ʃ/ or /z/ の3通りの可能性.
・ <eou> で表わされる第2音節の母音は,/i.ə/ or /iə/ or /ə/ の3通りの可能性.ただし,/ə/ の可能性は先行子音が /ʃ/ の場合に限られる.
理屈の上では組み合わせは18通りあるが,実際にはその半数の8種類ほどが多かれ少なかれ標準発音として聞かれるということになる.いや,8種類あれば十分に凄まじい.
Fowler's Modern English Usage には次のような記述があった.
The dominant pronunciation now in standard English is /ˈgæsɪəs/. Daniel Jones (1917) recommended /ˈgeɪzɪəs/ (which is now defunct), and gave /ˈgeɪsɪəs/ as a variant, but the pronunciation with initial /ˈgeɪs-/ is now not often heard.
この語の発音がここまで多様化した主因は,spelling pronunciation の適用である.綴字に頼って発音を取り出す際に,綴字と発音の関係が一対一でないために,様々な発音の可能性が生じてしまった.通常,spelling pronunciation の効果はねじれた綴字と発音の関係を是正する点にあるのだが,gaseous の場合には,皮肉なことに混乱が増してしまった.「気体の」という語義で考えても,この語は耳から入る語というよりは目から入る類の語である( OED による初例は1799年の医学雑誌).綴字先行で,後から発音がついてくる種類の語においては,このようなことも生じうるということだろう.Barber (67) が挙げている nausea なども,類例である.
・ Roach, Peter, James Hartman, and Jane Setter, eds. Cambridge English Pronouncing Dictionary. 17th ed. Cambridge: CUP, 2006.
・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
・ Barber, Charles. Linguistic Change in Present-Day English. Edinburgh and London: Oliver and Boyd, 1964.
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