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loan_word - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-30 20:15

2010-02-21 Sun

#300. explain になぜ <i> があるのか (2) [etymology][spelling][loan_word][latin][french][etymological_respelling][sobokunagimon]

 昨日の記事[2010-02-20-1]に続く話題として,英語語彙のなかでラテン借用語とフランス借用語がどのような位置取りで共存しているかを考えてみたい.
 昨日あきらかにした通り,explain の <i> は,別途フランス語化して英語に入ってきていた plain の綴字からの類推による.直接ラテン語から取り込んだ「正規の」 explane がフランス語風に「崩れた」 explain に屈したという結末である.この過程のおもしろい点は,英語史でよく取り上げられる etymological respelling と正反対の関係にあることである ( see etymological_respelling )
 典型的には,etymological respelling は,先にフランス語化した形で英語に入っていた綴字が,主に初期近代英語期に学者たちによって「正しい」ラテン語の形へ修正されたという過程を指す.例えば,ラテン語 perfectum にさかのぼる perfect は,初め中英語期にフランス語化した parfit の形で英語に入ってきたが,初期近代英語期にラテン語の綴字に基づいて perfect へと変更された.フランス語風に「崩れた」形がラテン語の「正規の」形に復元されたという結末であるから,先の explain とは好対照をなす.
 explain が <i> をもつ綴字に固定されてきたのもやはり初期近代英語期であるから,この時代には上からの矯正(ラテン語)と下からの類推(フランス語)が両方働いていたということだろうか.ラテン語かぶれの学者が主導した場合にはラテン語に基づく etymological respelling が起こり,もう少し庶民的なレベルで類推作用が生じたのであれば folk respelling とでもいうべき現象が起こった,ということだろうか.もっとも,特に後者は,初期近代英語期に限らずいつでも起こり得た現象ではある.
 plain 「平らな」に関連して一つおもしろい事実を付け加えよう.この語は,ラテン語の plānus からフランス語化した綴字で14世紀に英語に入り,現在にまで続いている.しかし,幾何学の専門用語としての「平面の」という語義については,近代英語期に,ラテン語を参照した綴字 plane が担うようになった.学者的なにおいのする語義には学者的な装いをした綴字がふさわしいということか.一方,「平らな,平易な」というそれこそ平易な語義は,平民にふさわしい崩れた綴字がお似合いだったということだろうか.
 explain の <i> の問題から始まって,おもしろい発見が相次いだ.

Referrer (Inside): [2015-01-26-1]

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2010-02-20 Sat

#299. explain になぜ <i> があるのか [etymology][spelling][loan_word][latin][french][analogy][sobokunagimon]

 この春休みにニュージーランドに語学留学中のゼミ学生から,メールで次のような質問があった(話題提供をありがとう!).

先日授業で名詞から動詞へと品詞を変える練習をしたときに,explanation → explain というものが出てきました.学生が皆どうして "i" という文字が出てくるのか,この違いは何なのかと質問したところ,ネイティブでも分からないという返事しか返ってきませんでした.


 確かに不思議である.名詞が explanation であれば,対応する動詞は *explanate とか *explane であったほうが自然ではないかと考えたくなる.例えば,profanation 「冒涜」に対して profanateprofane 「冒涜する」の如くである.
 早速,語源辞書を調べてみると答えは即座に見つかった.plain 「平易な」の綴字からの類推 ( analogy ) だという.explain はラテン語の explānāre にさかのぼる.これは ex- + plānāre と分解され,語幹部分は plānus 「平らな」に通じるので,もともと plain とは語源的なつながりがある.意味的には「平らかにする」→「平明に示す」→「説明する」という連鎖が認められる.英語には1425年頃にラテン語から入った.
 「plain の綴字からの類推」という答えが含意するのは,もともとは explain ではなく explane などの綴字が行われていたということである.OED で調べると,実際に15世紀から16世紀には explane という綴字も確認される.現在の綴字は17世紀以降におよそ確立したものである.
 しかし,ここで一つ疑問が生じる.explain の <i> を説明する類推のモデルとなった plain もラテン語の plānus に由来するのであるならば,plain 自体の <i> は何に由来するのか.ラテン語 plānus はなぜ *plane として英語に入ってこなかったのか.この疑問を解く鍵は,借用経路の違いである.explain ないし explane は直接ラテン語から英語に入ったのに対し,plain はラテン語からフランス語を経由して英語に入ったのである.フランス語を経由する段階で,形が plānus から plain へと崩れ,このフランス語化した綴字が英語へ入ったことになる.plain の英語への借用は13世紀と早いので,借用時期の違いが借用経路の違いにも反映されているものと考えられる.類例としては,ラテン語 vānus がフランス語を経由して vain とした例が挙げられよう.こちらも,早くも12世紀に英語に入っていた.
 まとめると次のようになる.explain の <i> は,plain の <i> からの類推である.そして,plain の <i> がなぜここにあるかといえば,その語源であるラテン語 plānus がフランス語化した綴字で英語に入ってきたからである.結果として,英語は plainexplain の両語においてフランス語形を採用したことになる.

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2010-02-17 Wed

#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響 [japanese][hybrid][loan_word][latin][christianity][alphabet][religion][buddhism][hebrew]

 [2009-05-30-1]の記事で,6世紀にブリテン島にもたらされたキリスト教が,アングロサクソン人と英語に多大な影響を与えたことを見た.キリスト教は,布教の媒体であったラテン語とともに英語の語彙に深く入り込んだだけでなく,英語に alphabet という文字体系をもたらしもした.6世紀のキリスト教の伝来は,英語文化史的にも最重要の事件だったとみてよい.
 興味深いことに,同じ頃,ユーラシア大陸の反対側でも似たような出来事が起こっていた.6世紀半ば,大陸から日本へ仏教という外来宗教がもたらされた.仏教文化を伝える媒体は漢語(漢字)だった.日本語は,漢字という文字体系を受け入れ,仏教関連語彙として「法師(ほふし)」「香(かう)」「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などを受容した.『万葉集』には漢語は上記のものなど少数しか見られないが,和歌が主に大和言葉を使って歌われるものであることを考えれば,実際にはより多くの漢語が奈良時代までに日本語に入っていたと考えられる.和語接辞と漢語基体を混在させた「を(男)餓鬼」「め(女)餓鬼」などの混種語 ( hybrid ) がみられることからも,相当程度に漢語が日本語語彙に組み込まれていたことが想像される.
 丁寧に比較検討すれば,英語と日本語とでは文字や語彙の受容の仕方の詳細は異なっているだろう.しかし,大陸の宗教とそれに付随する文字文化を受け入れ,純度の高いネイティブな語彙体系に外来要素を持ち込み始めたのが,両言語においてほぼ同時期であることは注目に値する.その後,両言語の歴史で外来語が次々と受け入れられてゆくという共通点を考え合わせると,ますます比較する価値がありそうだ.
 また,上に挙げた「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などの仏教用語が究極的には梵語 ( Sanskrit ) という印欧語族の言語にさかのぼるのもおもしろい.英語に借用されたキリスト教用語もラテン語 ( Latin ) やギリシャ語 ( Greek ) という印欧語族の言語の語彙であるから,根っことしては互いに近いことになる.(もっとも,究極的にはキリスト教用語の多くは非印欧語であるヘブライ語 ( Hebrew ) にさかのぼる).偶然の符合ではあるが,英語と日本語における外来宗教の言語的影響を比べてみるといろいろと発見がありそうだ.

 ・山口 仲美 『日本語の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2006年. 40--42頁.

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2010-02-13 Sat

#292. aureate diction [chaucer][style][latin][loan_word][lydgate][aureate_diction]

 英語史におけるラテン語彙の借用については,[2009-05-30-1], [2009-08-19-1], [2009-08-25-1]などの記事で触れた.ラテン借用の量としていえば,[2009-08-19-1]で見たように初期近代英語期が群を抜いている.背景には,ルネッサンス期の古典復興や,自国意識に目覚めた英国民の語彙増強欲求があった.
 しかし,16世紀に始まるラテン借用の爆発は突如として生じたことではない.それを予兆するかのようなラテンかぶれの文体が,aureate diction華麗語法」と呼ばれる形態で15世紀に存在していたのである.

Aureate diction is a self-consciously stylized and highly artificial poetic language designed to enrich vernacular poetic vocabulary by introducing Latin words, mostly from religious sources, into English. (Horobin 92)


 宗教的な主題を扱う作品,特に the Virgin Mary (処女マリア)を話題にした詩に好んで使われる格調高い文体で,大量のラテン語彙の使用がその大きな特徴であった.ただ,利用されたラテン語彙の多くは最終的に英語語彙として組み込まれなかったので,まさに "artificial language" といってよい.この文体の萌芽は早くは Chaucer にもみられるが,もっとも強く結びつけられているのは Chaucer の信奉者であるイングランド詩人 John Lydgate (c1370--1449) やスコットランド詩人 William Dunbar (c1460/65--a1530) である.Dunbar の Ballad of Our Lady の冒頭部分が aureate diction の例としてよく引用される (see also http://www.lib.rochester.edu/Camelot/teams/duntxt1.htm#P4).

Hale, sterne superne! Hale, in eterne,
  In Godis sicht to schyne!
Lucerne in derne, for to discerne
  Be glory and grace devyne;
Hodiern, modern, sempitern,
  Angelicall regyne!
Our tern infern for to dispern
  Helpe, rialest Rosyne!


 まさしく,漢字かな交じり文ならぬ,羅英交じり文である.
 Baugh and Cable は,英語史において aureate diction は "a minor current in the stream of Latin words flowing into English in the course of the Middle Ages" (186) であると消極的な評価をくだしている.しかし,次の時代にやってくるラテン借用の爆発,そしてそこでも借用語彙の多数が後世まで残らなかったという事実を考えるとき,英語史におけるラテン借用に通底する共通項がくくり出せるように思える.

 ・Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007.
 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2010-01-09 Sat

#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? [chaucer][standardisation][french][loan_word]

 「英詩の父」と呼ばれる Geoffrey Chaucer (1342/43--1400) が英文学史上に果たした役割といえば,それこそ無限に論じられるかもしれない.しかし,Chaucer が英語史上に果たした役割は,と問われるとどうだろうか.文豪であれ政治家であれ一個人が言語の歴史に果たした役割というのは,評価するのはより難しい.
 それでも,さすがに Chaucer 級の大詩人が英語史に何も貢献していないということは考えにくいようである.例えば,英語史概説書の類では,フランス借用語を含め大量の新語を英語に導入した個人として評価されることが多い.文学言語としての英語を作り出した功績を Chaucer に付与するという見方である.だが,Horobin はこれを一蹴する.

. . . he introduced large numbers of new words into English and thereby somehow 'created' the English literary language. This view is a myth that has built up over generations of scholarship, although it is partly based upon analyses of the evidence of the Oxford English Dictionary (OED). (24)


 Horobin (79) の理屈は以下の通りである.確かに OED では,Chaucer の用いた多くの借用語が英語での初出例として記録されている.しかし,(1) 中英語の語彙に特化して編まれた Middle English Dictionary によれば,そのうちの多くが Chaucer 以前に現れていることが判明する.また,(2) 現存していないが Chaucer 以前に存在したであろう文献に問題の語彙が現れていたという可能性を考える必要があるし,記録に残らない話し言葉ではすでに用いられていたかもしれないという可能性にも留意する必要がある.さらに,(3) フランス語やラテン語から語彙を借用する習慣は Chaucer に始まったわけでなく,すでに Chaucer 以前の作家が大量に借用していたという事実がある(see [2009-08-22-1]).
 では,Chaucer に英語史上の意義は見いだせないのだろうか? Horobin の結論は以下のごとくである.

By writing for a range of characters, in a range of voices, as well as writing scientific, moral, philosophical and penitential prose tacts, Chaucer showed that the English language was capable of a range of functions not witnessed since before the Norman Conquest. . . . Chaucer demonstrated how the English language could be used for all types of writing, particularly for secular literature. (26)


 英語史上の意義というよりは,より広く英文学史,英語文体史,英語史のすべてを覆う意義と読めるが,キーワードは function だろう.ここでは直接的には文体的機能のことを指していると読めるが,Horobin は社会言語学的な機能も意図していると思う.[2009-11-06-1]でみたように,Chaucer 以降,中英語末期にかけて英語の書き言葉標準が整備されてゆく.Chaucer はこの時代の流れを明確に予感させる英語の使い手として,英文学史上だけではなく英語史上にも名を残している,と言えるのではないか.

 ・Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007.

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2009-12-28 Mon

#245. 西暦2000年紀の英語流行語大賞 [lexicology][loan_word][ads][she]

 10年遅れの話題だが,年末ということで思い出したのでメモ.American Dialect Society では毎年,協会誌 American Speech にて英語の流行語大賞が発表されている.2000年には豪華なことに "1999 words of the year", "words of the decade", "words of the century", "words of the millennium" が一気に公表された.
 その年の流行語大賞がその一年の社会の変化を振り返るのにうってつけであるのと同様に,10年,100年,1000年というスパンでの「流行語」を顧みることは,社会の歴史を振り返るのにうってつけである.以下は,大賞にノミネートされた語句である.受賞語句には * を付してある.

・Words of the Decade

 e-
 ethnic cleansing
 * Web
 Franken --- Genetically modified, as in Frankenfood
 senior moment
 way --- very

・Words of the Century

 teenager
 * jazz
 T-shirt
 modern
 DNA
 media
 acronym
 teddy bear
 World War
 cool
 melting pot

・Words of the Millennium

 science
 freedom
 news
 justice
 truth
 nature
 history
 human
 book
 language
 go
 the
 government
 OK
 * she

 millennium の単位になると,ノミネートの基準も分かるような分からないような,である.語彙史的には,特に go, the, そして受賞した she が気になるところである.いずれもゲルマン系の超基本語であり,この形態・機能に落ち着くまでにある程度の時間のかかった語である.確かに歴史を背負った語といってよい.
 ちなみに "Words of the Millennium" にノミネートされた15語のうち,間違いなく英語の本来語といえるものは freedom, truth, book, go, the の5語のみであり,他は借用語である.このことは,1500年余の英語の語彙史を象徴しているように思える.

 ・American Speech 75.3 (2000): 323--24 (in "Among the New Words").

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2009-11-15 Sun

#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合 [loan_word][lexicology][statistics][pde][romancisation]

 昨日の記事[2009-11-14-1]に引き続き,現代英語の語彙に関する統計値の話題.昨日は,借用語に限定し,そのソース言語の相対的割合を示すグラフを掲げた.今日は,本来語も借用語も含めた現代英語の語彙全体から基本語600語を取り出し,その語源をソース言語ごとに数え上げるという切り口による統計を紹介する.以下の数値と議論の出典は,昨日と同じく Hughes による.
 数値をみる前に,基本語彙 ( core vocabulary ) を客観的に定義するのは難しいという問題に触れておきたい.話し言葉で考えるのか,書き言葉で考えるのか.個々の話し手,書き手によって基本語彙とは異なるものではないのか.世界英語のどの変種 ( variety ) を対象に考えるのか,イギリス英語か,アメリカ英語か,それ以外か.この問題に対して,Hughes は,LDOCE3 の頻度ラベルが S1 かつ W1 であるもの,すなわち話し言葉でも書き言葉でも最頻1000語に入っている語だけを選び出すことにした.この総数が600語であり,これを "the kernel of the core" (392) として調査対象にした.以下は,ソース言語別の割合をグラフ化したものである.

Etymological Sources of PDE Core Vocabulary


 従来の類似調査や伝統的な英語史観からは,Anglo-Saxon 由来の本来語の割合はもっと高いはずではないか(6割?7割)と予想されるところだが,意外にも5割を切っている.話し言葉の記述に力を入れている LDOCE3 に基づく結果であるだけに,なおさらこの結果は意外である.
 もう一つ興味深いのは,Anglo-Saxon と Norse を合わせた Germanic 連合軍と,Norman French と Latin と Greek を合わせた Latinate-Classic 連合軍とが,およそ半々に釣り合っていることだ.語彙に関しては,中英語以降,英語はゲルマン系からロマンス系へと舵を切っているということが英語史ではよくいわれる.現代において,語彙のロマンス化の傾向は維持されているのみならず,むしろ強まってきているということを,このデータは示唆するのではないか.

 ・ Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000. 391--94.
 ・ Longman Dictionary of Contemporary English. 3rd ed. Harlow: Longman, 1995.

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2009-11-14 Sat

#201. 現代英語の借用語の起源と割合 (2) [loan_word][lexicology][statistics][pde]

 標題について[2009-08-15-1]で円グラフを示したが,そのときにグラフ作成に用いた数値は孫引きのデータだった.今回は OED (2nd ed.) で語彙調査をした Hughes の原典から直接データを取り込み,より精確なグラフを作成してみた.カウントの対象とされたソース言語は75言語,借用語総数は169327語である.
 一つ目は円グラフで,現代英語の借用語全体を100としたときのソース言語の相対比率を示したものである.[2009-08-15-1]で示したグラフをより精確にしたものと理解されたい.
 二つ目は棒グラフで,比率ではなく借用語数で,ソース言語別にプロットしたものである.
 少数のソース言語が借用語の大多数を供給している実態がよくわかる.もとの数値データはこのページのHTMLソースを参照.

Etymological Sources of Borrowings into English by OED2 in Pie Chart

Etymological Sources of Borrowings into English by OED2 in Bar Chart


 ・Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000. 370.

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2009-10-20 Tue

#176. アメリカで借用されたヨーロッパ語の語彙 [loan_word][ame]

 アメリカ英語に特有の借用語というと,借用元言語はアメリカ・インディアンの言語に違いないと勘ぐってしまうかもしれない.しかし,イギリスよりも先にアメリカに植民していたヨーロッパ諸国の言語からも,意外と多くの語彙が借用されている.オランダ語,フランス語,スペイン語などの例がある.
 現在の New York は,オランダの植民地であった New Amsterdam を1664年にイギリスが奪取して改称した都市であり,こうしたコネクションからいくつかのオランダ語借用語がアメリカ英語に入った.boss, coleslaw, cookie, Santa Claus, sleigh, waffle などがある.( waffle については[2009-07-12-1]の記事を参照.)
 1803年のフランス領ルイジアナの購入 ( Louisiana Purchase ) は,アメリカ合衆国の国土を倍増させた.このフレンチ・コネクションにより,またカナダにおけるフランスの影響力を反映して,18世紀以降にいくつかの借用語が入った.bateau, chowder, prairie など.
 スペイン語からの借用語は,植民地時代に由来するものとしては avocado, coyote など少数に過ぎないが,19世紀になってからは,アメリカ英語の語彙に大きく貢献した.これは,1819年の Florida 購入,1845年の Texas 併合,1848年の California と New Mexico の獲得に見られるように,19世紀に次々とスペイン領がアメリカの手に渡ったことと関連が深い.すでにスペイン風文化が浸透していた地に英語が入り込んだわけである.この頃の借用語の例としては,ranch, rodeo などの牧場用語や,cafeteria, canyon, mustang, patio などがある.
 関連する話題として,[2009-09-24-1]を参照.

 ・松浪 有 編,秋元 実治,河井 迪男,外池 滋生,松浪 有,水鳥 喜喬,村上 隆太,山内 一芳 著 『英語史』 英語学コース[1],1986年,大修館書店.157--58頁.
 ・松浪 有 編,小川 浩,小倉 美知子,児馬 修,浦田 和幸,本名 信行 著 『英語の歴史』 テイクオフ英語学シリーズ1,1995年,大修館書店.139--40頁.

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2009-10-14 Wed

#170. guesthost [grimms_law][indo-european][palatalisation][old_norse][loan_word]

 現代英語では,guest 「客人」と host 「主人」は反義 ( antonym ),特に関係的反義 ( converse ) の関係にある.しかし,驚くことに,印欧祖語までさかのぼると両単語は同根である.同根ならば,(1) なぜ形態の違いが生じたのか,(2) なぜ意味の違いが生じたのか,が問題になる.今日は,形態の違いに注目したい.
 印欧祖語での形は *ghosti- として再建される.これがゲルマン祖語では,グリムの法則 ( Grimm's Law ) に従って *gastiz へと発達した([2009-08-09-1]).ここから古英語へは,[2009-10-12-1]で取り上げた palatalisation を経て,giest として伝わった.古英語での発音は /jiest/ であるから,これが現代英語 guest /gɛst/ の直接の起源とは考えられない.むしろ,昨日の記事 [2009-10-13-1]で見た getgive の例と同様に,palatalisation を経ていない /g/ 音を保っていた古ノルド語の対応形 gestr が英語へ借用され,本来語の giest を置き換えたと考えるべきである.
 一方,印欧祖語の *ghosti- は,非ゲルマン系であるラテン語へは hostis として伝わった.この hostis が古仏語 hoste を経由し,host として英語へ借用された.こうして,印欧祖語までさかのぼれば同一の語にすぎないものが,いったん二手に分かれ,のちに英語のなかで guesthost として再び合流したのである.両語ともに,嫡流の本来語を脇目に英語に入り込んだ,傍流の借用語ということになる.

guest and host

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2009-10-13 Tue

#169. getgive はなぜ /g/ 音をもっているのか [phonetics][consonant][palatalisation][old_norse][loan_word][sobokunagimon]

 昨日の記事[2009-10-12-1]で,palatalisation により,<g> は <e, i> の直前で原則として /dʒ/ 音を表すと述べたが,例外を探せばたくさんあることに気づく.たとえば,標題の getgive はこの規則に照らせばそれぞれ /dʒɛt/ と /dʒɪv/ になるはずだが,実際には語頭子音は /g/ である.これはどういうことだろうか.
 まず,両単語の古英語の形態をみてみよう.それぞれ -gietangiefan という綴りで,語頭の <g> の発音はすでに古英語期までに palatalisation を経ており,半母音 /j/ になっていた.したがって,古英語の時点での発音は /jietan/ と /jievan/ だった.これがこのまま現代英語に伝わっても,/dʒɛt/ と /dʒɪv/ にならないことは明らかである.では,この現代英語の発音はどこから来たのか.
 実は,この /g/ の発音は古ノルド語 ( Old Norse ) から来たのである.古英語と古ノルド語はゲルマン語派内の親戚どうしであり([2009-06-17-1]),ほとんどの語根を共有していた.getgive といった基本語であれば,なおさら両言語に同根語 ( cognate ) が見つかるはずである.だが,親戚どうしとはいえ,別々の言語には違いなく,古英語の時期までにはそれぞれ別々の言語変化を経ていた.古英語では,すでに /k/ や /g/ に palatalisation が起こっていたが,古ノルド語では起こっていなかった.つまり,古ノルド語では <e, i> などの前舌母音の前でも /g/ 音がしっかり残っていたのである.英語は,この /g/ 音の残っていた古ノルド語の形態 geta, gefa を借用し,/j/ をもつ本来語の -gietan, giefan を置き換えたことになる.

get and give

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2009-09-23 Wed

#149. フラマン語と英語史 [flemish][dutch][loan_word]

 昨日の記事[2009-09-22-1]でフラマン語(あるいは Netherlandic language )の沿革を概観したが,今回は特に英語史との関連について考えてみたい.言語文化的には,二つのポイントがあると考えられる.
 一つ目は,昨日も述べたが,そもそも比較言語学的にフラマン語と英語の関係は相当に近いということである.当然そこから予想されるように,両言語の言語類型は相当に近い.
 二つ目は,[2009-08-31-1], [2009-09-02-1], [2009-09-14-1]で話題にしたように,中英語期以降,フラマン語から英語に入った借用語が意外と多く存在する点である.中世を通じて,フランドル,オランダ,ドイツ北部のいわゆる the Low Countries とイギリスとの交流は非常に盛んだった.活気ある交流をもたらしたのは,羊毛産業の発展である.イギリスに産する羊毛が毛織物産業の盛んなフランドルへ輸出されると同時に,毛織物の織元も大量にイギリスへ移住してきた.13世紀末には,Edward I の政策として,イギリスが直々に毛織物産業の管理に乗りだし,国内では London など,オランダやフランドルでは Dordrecht, Louvain, Antwerp, Bruges などにステープルと呼ばれる羊毛取引指定市場が設けられ,国際的な交易が繁栄した.こうした物的・人的交流を背景に,中世以降,多くの語がオランダ語・フラマン語から英語へと流れ込んだのである.
 一説によると,現在までにオランダ語・フラマン語から借用された語の数は2500語にのぼるという.ここではその一握りを挙げるにとどめよう.同地方の歴史を反映し,航海,商業,芸術関係の用語が多い.

bluff, bowsprit, cruise, deck, dock, easel, freight, groat, guilder, knapsack, landscape, lighter, mart, nap, poppycock, roster, rover


 ・Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 4th ed. London: Routledge, 1993. 183--84.
 ・Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 126.

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2009-09-16 Wed

#142. 英語に借用された日本語の分布 [japanese][loan_word][loan_translation][waseieigo]

 英語に借用された日本語の数は意外と多いことは,[2009-08-31-1], [2009-06-12-1]で少しだけ触れた.英語に入った日本語だけを収集した辞書があり,眺めているとおもしろい.特に意味が歪んで英語化しているものなどは,どうしてそうなったのかと首をかしげざるを得ない.
 この辞書には,全体の語数が明記されていなかったので,手作業で数えてみた.見出し行にある異綴りや異表現は抜き,全部で820語が確認された.アルファベット順に数えたものをグラフ化してみた.(数値データはこのページのHTMLソースを参照.)

Japanese Loanwords by Initial Letter

 このなかで,"L" で始まる単語が気になった.もともとは日本語の単語だったのだから,"L" で始まるとはどういうことか.調べてみると,"L" で始まる3例のうちの一つは,love hotel だった.なるほど,和製英語が英語へ逆輸入されたケースである.
 他の2例は linked verse 「連歌」と low profile 「低姿勢の,控えめな」だが,これらはそれぞれ日本語表現の翻訳借用 ( loan translation or calque ) であって,普通にいうところの借用とは異なる.だが,日本語の表現の発想が英語に借用されたというのは,まさに言語接触のたまものである.

 ・ Toshie M. Evans, ed. A Dictionary of Japanese Loanwords. Westport, Conn.: Greenwood, 1997.

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2009-08-25 Tue

#120. 意外と多かった中英語期のラテン借用語 [loan_word][latin][me][wycliffe][bible]

 英語はその歴史を通じて絶え間なくラテン語から語彙を借用してきたが,英語史でよく取り上げられる時代は,古英語期[2009-05-30-1]と初期近代英語期[2009-08-19-1]である.前者はローマ世界の文明やキリスト教との接触と関連が深く,後者はルネッサンス期の古典復興の潮流に負うところが大きい.間にはさまれた中英語期はフランス語の影響が甚大だったために[2009-08-22-1],ラテン語からの借用は影が薄いものの,しっかりと継続していたことは覚えておいてよい.
 中英語期にも借用が継続された背景には,イングランドの知識人が,ラテン語を通じて絶え間なく古典文学,医術,天文学などを学んでいたという事情がある.また,宗教改革者 John Wycliffe (1330?-84) と弟子たちが聖書を英訳した際に,ラテン語の原典から1000以上の単語を借用したという事情もあった.
 この時代のラテン語借用の特徴としては,現代英語にまで残っている語彙が多いことが挙げられる.日常用語になっているものも少なくない.このことは,ラテン単語が湯水のごとく借用されては捨て去られていった初期近代英語期の傾向と対照をなす.
 中英語期のラテン借用語をいくつか挙げておく.(Wycliffe が初出のものは赤字.かっこ内は初出年.)

actor (c1384), adjacent (a1420), adoption (1340), ambitious (c1384), ceremony (c1384), client (?c1387), comet (?a1200), conflict (?a1425), contempt (a1393), conviction (a1437), custody (1453), depression (1391), desk (1363-64), dial (1338), diaphragm (a1398), digit (a1398), equal (a1390), equator (1391), equivalent (c1425), exclude (c1384), executor (c1290), explanation (c1384), formal (c1390), gloria (?a1200), hepatic (a1393), impediment (c1385), implement (1445), implication (?c1425), incarnate (1395), include (1402), index (a1398), inferior (?a1425), intercept (1391), interrupt (?a1400), item (a1398), juniper (c1384), lector (a1387), legitimate (a1460), library (c1380), limbo (c1378), lucrative (a1412), mediator (c1350), picture (a1420), polite (a1398), prosecute (?a1425), quiet (c1384), recipe (a1400), remit (c1375), reprehend (c1340), requiem (c1303), saliva (?a1425), scribe (?c1200), scripture (a1325), testify (a1378), testimony (c1384), tradition (c1384), ulcer (a1400)


 ・寺澤 盾 『英語の歴史』 中央公論新社〈中公新書〉,2008年. 69--70頁.
 ・橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年. 80頁.

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2009-08-22 Sat

#117. フランス借用語の年代別分布 [loan_word][french][statistics][lexicology]

 ノルマン人の征服以降,フランス語の語彙が大量に英語に流入したことはよく知られている.その流入は実に今日まで絶え間なく続いてきており,英語史全体で2万語近くが入ってきたのではないかという推計がある.だが,もちろん常に同じペースで流入してきたわけではない.借用されたフランス単語を年代別に数えるという研究は古くからなされてきており,有名なものとしては OED を利用した Jespersen と Koszal の共同調査がある.宇賀治先生がご著書で数値等をまとめられているので,それに基づいてグラフ化してみた(数値データはこのページのHTMLソースを参照).ただ,この調査は悉皆調査ではなく,OED でアルファベットの各文字で始まるフランス借用語のうち,最初の100語を抽出し,その初出年で振り分けたものである.目安ととらえたい.

French Loanwords Intake Rate



 中英語期の中盤をピークとし,初期近代英語期にも一度小さなピークはあるものの,現在まで漸減を続けている.それでも,悉皆調査をすれば,どの時代も絶対数としてはそれなりの数にはなろう.借用が爆発的に増えた13世紀と14世紀は,イングランドにおいて英語が徐々にフランス語のくびきから解放され,復権を遂げてゆく時期である.そんな時期にフランス借用が増えるというのは矛盾するようにも思えるが,フランス語を母語としていた貴族が英語に乗り換える際に,元母語から大量の語彙をたずさえつつ乗り換えたと考えれば合点がいく.
 一方,16世紀の漸増は,[2009-08-19-1]で見たとおりルネッサンス期の借用熱に負っているところが大きい.借用語の増減の背後には,常に何らかの社会の動きがあるようである.
 英語におけるフランス借用語の研究はされ尽くされた観があるが,悉皆調査が行われていないというのは大きな盲点かもしれない.Jespersen などの時代と違って OED も電子化されているし,やりやすくはなっていると思うのだが.

 ・Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 9th ed. 1938. Oxford: Basil Blackwell, 86-87.
 ・宇賀治 正朋著 『英語史』 開拓社,2000年. 95頁.

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2009-08-19 Wed

#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合 [loan_word][lexicology][statistics][emode][renaissance]

 [2009-08-15-1]で現代英語の借用語彙の起源と割合をみたが,今回はその初期近代英語版を.といっても,もととなった数値データ(このページのHTMLソースを参照)はひ孫引き.ここまで他力本願だとせめて提示の仕方を工夫しなければと,Flash にしてみた.このグラフは,Wermser を参照した Görlach (167) を参照した Gelderen の表に基づいて作成したものである.

You need to upgrade your Flash Player


 ここでカバーされている時代は,Görlach いわく,"exhibits the fastest growth of the vocabulary in the history of the English language" (136) であり,借用と造語を合わせて,語彙の成長速度がきわめて著しかった時代である.借用元言語としては,予想通りラテン語とフランス語が合計で8割以上となるが,注目したいのはこの時代を通じて着実に成長していたギリシャ語である.
 ルネッサンス ( Renaissance ) のもたらした新しい思想や科学,そして古典の復活により,ギリシャ語やラテン語に由来する無数の専門用語が英語に流入したためである.まさに時代の勢いに比例するかのように,英語の語彙が増大していたのである.

 ・Wermser, Richard. Statistische Studien zur Entwicklung des englischen Wortschatzes. Bern: Francke Verlag, 1976.
 ・Görlach, Manfred. Introduction to Early Modern English. Cambridge: CUP, 1991.
 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 178.

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2009-08-17 Mon

#112. フランス・ラテン借用語と仮定法現在 [subjunctive][loan_word][lexicology][syntax][lexical_diffusion]

 フランス語やラテン語からの借用語については,これまでの記事でも何度も触れてきた.現代英語の借用語彙全体に占めるフランス・ラテン借用語の割合は実に52%に及び[2009-08-15-1],とりわけ重要な語種であることは論をまたない.起源によって分かれる「語種」は,語彙論,意味論,形態論,音素配列論の観点から取りあげられることの多い話題だが,統語論との接点についてはあまり注目されていないように思う.今回は,フランス・ラテン借用語と仮定法(接続法) ( subjunctive mood ) の関連について考えてみる.
 現代英語には,特定の形容詞・動詞が,後続する that 節の動詞に仮定法現在形を要求する構文がある.

 ・It is important that he attend every day.
 ・I suggested that she not do that.

 このような構文では,that 節内の動詞は,仮定法現在(歴史的にいうところの接続法現在)の形態をとる.現代英語においては,事実上,仮定法現在形は原形と同じであり,be 動詞なら be となる.一般にこのような接続法構文はアメリカ英語でよく見られるといわれる.イギリス英語では,that 節内の動詞の直前に法助動詞 should が挿入されることが多いが,最近はアメリカ英語式に接続法の使用も多くなってきているようだ.また,イギリス英語では,口語では直説法の使用も多くなってきているという.
 いずれにしても,この特徴ある構文を支配しているのは,先行する特定の形容詞や動詞であり,その種類はおよそ網羅的に列挙できる.

 ・形容詞(話し手の要求・勧告や願望などの意図を間接的に示すもの)
  advisable, crucial, desirable, essential, expedient, imperative, important, necessary, urgent, vital

 ・形容詞(適切さを示すもの)
  appropriate, fitting, proper

 ・動詞(提案・要望・命令・決定などを示すもの)
  advise, agree, arrange, ask, command, demand, decide, desire, determine, insist, move, order, propose, recommend, request, require, suggest, urge

 そして,この閉じた語類のリストを眺めてみると,興味深いことに,赤で記した fitting (語源不詳)と ask (英語本来語)以外はいずれもフランス・ラテン借用語なのである.なぜこのように語種が偏っているのか,歴史的な説明がつけられるのか,調査してみないとわからないが,語種と統語論の関係についてはもっと注意が払われてしかるべきだろう.
 語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) という理論でも,統語変化を含め,言語の変化は,語彙のレイヤーごとに順次ひろがってゆくことがわかってきている.現代英語の仮定法現在の構文を歴史的に研究することは,言語変化と語種の関係を考える上でも意義がありそうである.

 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 106.
 ・Bahtchevanova, Mariana. "Subjunctives in Middle English." SHEL 5 paper. 2005.

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2009-08-15 Sat

#110. 現代英語の借用語の起源と割合 [loan_word][lexicology][statistics][pde]

 現代英語の語彙が,世界の諸言語からの借用の上に成り立っていることは,英語史を学んだ者にはよく知られている.英語は歴史上,実に350以上の言語から語を借用してきており,その数は本来語の数よりも多い.
 語彙に関する統計は[2009-06-12-1]でも触れたように,決定版といえるようなものが見つけにくいが,借用語の起源と割合については,OED の第2版で調査した Hughes が参考になる.Hughes を参照して橋本功先生が作成した円グラフと同じものを,本ブログのためにリメイクしてみた.現代英語における借用語彙の全体を100%としたときの,各借用元言語の貢献の割合を示したものである.

Origins of PDE Loanwords


 フランス語とラテン語からの借用語については,言語的に類似している(親子関係にある)ため,どちらから入ったか区別のつかない例も多く,フランス・ラテン借用語としてまとめて扱われることが多い.足し算すると,英語の借用語のうち,実に52%がフランス・ラテン借用ということになる.英語の語彙に与えた両言語の影響の大きさは,この数値から容易に理解されよう.

 ・橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年. 90頁.
 ・Hughes, G. A History of English Words. Oxford: Blackwell, 2000.

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2009-06-13 Sat

#46. 借用はなぜ起こるか [borrowing][loan_word][brainstorm]

 先日,ゼミで「なぜ他言語から語を借用するのか?」について皆でブレインストームしてみた.主に英語の日本語への借用を念頭においたブレストだったが,様々な理由が考えられ,実にいろいろな意見が出た.結果を整理して提示してみる.

why borrow words?

 一番さきに思いつく理由は,「新しいモノが舶来してきたときに,そのモノの名前も一緒に取り入れる」ということであろう.実際にブレインストーミングでも,最初にそれが出た(図の右上).モノだけでなく名前も一緒に取り込むことが必要だからという「必要説」は確かに重要な説だが,借用の理由のすべてではない.新しいモノが入ってきたときに,元の言語からその名前を借用するのではなく,自前で単語を作り出したり,既存の単語を流用するというやりかただってあるはずである.
 また,コメ,ご飯,白米,稲など,日本の主食をさす単語はすでに十分にあるところへ,追加的に英語の「ライス」が借用されている事態を見れば,「名前が必要だから」という説がすべてでないことはすぐに分かる.洋食屋では「ご飯」ではなく「ライス」と呼ぶのがふさわしいという理由で借用語が用いられるのである(図の右中).
 他にどんな理由があるだろうか.この図に付け加えてみて欲しい.

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2009-06-11 Thu

#44. 「借用」にみる言語の性質 [borrowing][loan_word][contact][terminology]

 英語史や言語学の入門書で 借用 ( borrowing ) が取り上げられるときに,セレモニーのように繰り返される但し書きがある:「言語における借用は一般のモノの借用とは異なり,借りた後に返す必要はない.だが,借用という概念は理解しやすいし,広く受け入れられているので,本書ではこの用語を使い続けることにする.」
 もっともなことである.みな,確かにそうだとうなずくだろう.だが,一般のモノの借用と言語の借用の差異について,それ以上つっこんで議論されることはほとんどない.今回の記事では,この問題をもう少し掘り下げてみたい.
 モノの借用と語の借用の違いを挙げてみよう.

 (1) モノを借りるときにはたいてい許可を求めるが,語を借りるときには許可を求めない.好きなものを好きなだけ好きなときに勝手に「借りる」ことができる.
 (2) モノの場合,貸し手は貸したという認識があるが,語の場合,貸し手は貸したという認識がない.
 (3) モノを貸したらそれは貸し手の手元からなくなるが,語を貸したとしても,依然としてそれは貸し手の手元に残っている.つまり,語の場合には移動ではなくコピーが起こっている.
 (4) 貸し手は(2)(3)のとおり,貸した後に喪失感がない.なので,借り手は特に返す必要もない.たとえ返したところで,貸し手の手元には同じものがすでにあるのだ.一方,モノの場合には,貸し手には喪失感が生じるかもしれない.

 上記のポイントは,言語の性質を論じる上で重要な点である.他言語から語を借用するという過程は,誰にも迷惑をかけずに,しかもノーコストで自言語に新たな項目を付加するという過程である.語の借用過程の本質が移動ではなくコピーであることが,これを可能にしている.移動の場合には,その前後でモノの量は不変だが,コピーの場合には,その前後でモノの量が一つ増える.
 物質世界では,他を変化させずに1を2にすることは不可能である.もし2になったとしたら,必ずよそから1を奪っているはずである.それに対して,言語世界ではいとも簡単に1を2にすることができる.その際,誰にも喪失感はなく,常に純増である.
 このことは,言語が,あるいは言語をつかさどる人の精神が,無限の可能性を秘めていることを示唆しているのではないだろうか.

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