1月12日(土)の15:00?18:15に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて,「英語の歴史」と題するシリーズ講座の第1弾として「中世の英語 チョーサー『カンタベリ物語』」を開講します.以下,お知らせの文章です.
英詩の父と称されるジェフリー・チョーサーによる中世英文学の傑作『カンタベリ物語』の総序の冒頭を,英語史の知識を補いながら中英語の原文で味わいます.冒頭箇所は英文学史上に名高い文章とされ,その格調高さや小気味よい韻律を最大限に堪能するためには,原文に触れることが欠かせません.チョーサーの英文は,少々のコツさえつかめば,現代英語の知識を頼りに読み進めることが十分に可能です.本講座で,中世イングランドの風景を覗いてみましょう.
1. ジェフリー・チョーサーの時代のイングランド
2. 『カンタベリ物語』の構造
3. 『カンタベリ物語』の韻律
4. 有名な冒頭部分を音読する
5. 冒頭部分を英語史的に読む
6. 中英語から解きほぐす現代英語の疑問
冒頭のみではありますが,『カンタベリ物語』を原文で読みたい方,中英語というものに触れてみたい方,具体的な文学作品を通じて英語史を堪能したい方,現代英語の謎に英語史の観点から迫りたい方など,英語・英文学に関心がありさえすれば,きっと楽しめます.ふるってご参加ください.
Chaucer に関しては本ブログでも chaucer の諸記事で直接・間接に多く取り上げてきましたが,とりわけ以下の話題が本講座と関係が深いので,ご参照ください.
・ 「#290. Chaucer に関する Web resources」 ([2010-02-11-1])
・ 「#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは?」 ([2010-01-09-1])
・ 「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2) 」 ([2010-02-19-1])
・ 「#534. The General Prologue の冒頭の現在形と完了形」 ([2010-10-13-1])
・ 「#791. iambic pentameter のスキャン」 ([2011-06-27-1])
・ 「#2275. 後期中英語の音素体系と The General Prologue」 ([2015-07-20-1])
・ 「#2667. Chaucer の用いた語彙の10--15%がフランス借用語」 ([2016-08-15-1])
・ 「#2788. General Prologue の第7行目の写本間比較」 ([2016-12-14-1])
・ 「#3449. Chaucer 関連年表」 ([2018-10-06-1])
一昨日10月6日(土)の午後に,巣鴨学園にて高大連携プロジェクトの一環として英語史の話題について講演する機会をいただきました.校長先生をはじめ関係の先生方,とりわけ今回の講演のきっかけを作ってくれた,かつて私の学部・院ゼミに属し,英語史を専攻していた英語科の山﨑隆博先生に,心より感謝致します.ありがとうございました.しかし,何よりも予定の1時間を超過しての講演に熱心に耳を傾け,さらに質疑応答タイムを大幅に超過しながら飽くなき好奇心を示してくれた巣鴨学園の生徒のみなさんに感銘を受けました.最も楽しんで学ばせてもらったのは,私自身だったと思います. *
「英語史 --- 英語の見方を180度変える『開眼』体験」とやや大袈裟なタイトルを掲げて話したのですが,質疑応答タイムでは様々な「素朴な疑問」が飛び出しました.いくつか挙げつつ,関連する記事へのリンクを張っておきます.
・ なぜアルファベットは26文字なの? (cf. 「#3049. 近代英語期でもアルファベットはまだ26文字ではなかった?」 ([2017-09-01-1]))
・ アルファベットの各文字の名前はどうやって決まっているの? (cf. 「#1831. アルファベットの子音文字の名称」 ([2014-05-02-1]))
・ なぜ A は「アー」ではなく「エイ」と発音するの? (cf. 「#205. 大母音推移」 ([2009-11-18-1]))
・ なぜ name, take などのスペリングには読まない e があるの? (cf. 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1]))
・ なぜ母音の後の r はアメリカ英語では響くのにイギリス英語では発音しないの? (cf. 「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1],「#453. アメリカ英語の諸方言における r」 ([2010-07-24-1]))
・ なぜ s とは別に th の発音があるの? (cf. 「#842. th-sound はまれな発音か」 ([2011-08-17-1]))
・ 今英語に起こっている発音の変化は? (cf. 「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1]))
・ なぜ昔の発音がわかるの? (cf. 「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]))
・ なぜ go は,go -- went -- gone という活用なの? (cf. 「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1]),「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]))
・ なぜ bad は,bad -- worse -- worst という比較変化なの? (cf. 「#1580. 補充法研究の限界と可能性」 ([2013-08-24-1])
・ 副詞語尾の -ly とはいったい何? (cf. 「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]))
・ なぜ -ing には現在分詞と動名詞の2つの用法があるの? (cf. 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1]))
英語学習者のみなさん,是非このような「素朴な疑問」を大切にしてください!
「秋」は autumn か fall かという問題に関連して,これまでも「#1221. 季節語の歴史」 ([2012-08-30-1]) や「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」 ([2017-04-30-1]) の記事で,そして特に「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」 ([2017-04-21-1]) よりリンクを張った拙論「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」で詳しく取り上げてきた.
先日,Dictionary by Merriam-Webster の語法ページより Is It 'Autumn' or 'Fall'? という記事を見つけた.そこで,「秋」を意味する fall は,辞書の上では Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) まで掲載されていなかったと述べられているので,早速その Johnson に当たってみた.名詞 fall の第13語義にあった.
13. Autumn; the fall of the leaf; the time when the leaves drop from the trees.
What crowds of patients the town-doctor kills,
Or how last fall he rais'd the weekly bills. Dryden's Juven.
語義13という位置づけからして,「秋」の意味での fall はイギリス英語ではあくまでマイナーな「秋」語だったと推測できる.一方,次の世紀の前半には,アメリカ英語では fall が最も普通の「秋」を表わす語になっていたことが,John Pickering の A Vocabulary, or Collection of Words Which Have Been Supposed to Be Peculiar to the United States of America (1816) に見える次の記述より知られる(上記の語法ページより孫引き).
A friend has pointed out to me the following remark on this word: "In North America the season in which this [the fall of the leaf] takes place, derives its name from that circumstance, and instead of autumn is universally called the fall."
初期近代英語期の膨大なテキストを収録した EEBO (Early English Books Online) について,「#3117. EEBO corpus がリリース」 ([2017-11-08-1]) で BYU 提供の EEBO 検索インターフェース Early English Books Online corpus を紹介した.
それとは別に,Early Modern Print: Text Mining Early Printed English というサイトのプロジェクトで,n-gram や KWIC などの検索インターフェースが提供されていることを知ったので紹介しておきたい.全体的なイントロは,こちらのページをどうぞ.個々の具体的なツールは,次のリンクからアクセスできる.
・ EEBO N-Gram Browser (説明はこちら)
・ EEBO-TCP Key Words in Context (説明はこちら)
・ EEBO-TCP and ESTC Text Counts
・ EEBO-TCP Words Per Year
また,University of Michigan の提供する Early English Books Online の各種サーチや Lancaster University による EEBO on CQPweb (V3) も同様に有用.
各種インターフェースのいずれを用いるか迷うところだ.
「#3404. 講座「英語のエッセンスはことわざに学べ」のお知らせ」 ([2018-08-22-1]) でお知らせしたとおり,先日,同講座を開講しました.参加された方におかれましては,ありがとうございました.講座で用いたスライド資料をこちらに置いておきます.
以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.そこからさらに,本ブログの様々な記事へ飛べますので,合わせてご覧ください.
1. 講座『英語のエッセンスはことわざに学べ』
2. 本講座のねらい
3. Art is long, life is short.
4. 英語ことわざに関する辞書・書籍の紹介
5. 「ことわざ」「金言」「格言」など(『広辞苑第六版』より)
6. proverb, saying, maxim, etc. (OALD8)
7. 英単語 proverb の語源
8. 英語ことわざ史 (#2691)
9. 英語ことわざの起源 (#3321)
10. 英語ことわざの内容による分類 (#3320)
11. 英語ことわざのキーワード,トップ50 (#3419)
12. キーワード入りことわざの例 (#3420)
13. 英語ことわざの短さ (#3421)
14. 短いことわざの例(短文,句,省略)
15. 参考 長いことわざもある
16. 対義ことわざ
17. 頭韻 (alliteration)
18. 頭韻とことわざ (#943)
19. 強勢リズム
20. Many a little makes a mickle. (#564)
21. Money makes the mare to go. (##970,978)
22. Handsome is as handsome does. (#3319)
23. One man's meat is another man's poison.
24. One swallow does not make a summer.
25. 日英(東西)ことわざ比較(安藤,第8章より)
26. 聖書に由来することわざ
27. 古いことわざ(古英語・中英語より)
28. まとめ
29. 参考文献
9月8日(土)の15:00?18:15に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて講座「英語のエッセンスはことわざに学べ」を開講します.知る人ぞ知る,ことわざは英語表現の醍醐味を味わうのにうってつけの素材なのです.以下の趣旨でお話しする予定です.
どの文化においても,ことわざは人生の機微を巧みに表現するものとして,古くから人々に言いならわされてきました.英語文化においても例外ではなく,古英語期よりことわざが尊ばれ,ことわざ集が編まれてきました.現代に伝わる英語のことわざを学ぶことにより,英語文化で培われてきた人生の知恵を味わえるばかりではなく,英語そのものの深い理解に達することができることは,あまり気づかれていません.ことわざの英語には,太古より存続してきた英語特有の韻律があり,古英語や中英語に起源をもつ英語らしい文法・語法が息づいています.
例えば,「塵も積もれば山となる」に対応する Many a little makes a mickle. は,古英語に典型的な頭韻という詩法と強弱音節の繰り返しという韻律が見事に調和した,言語的にも優れたことわざです.「地獄の沙汰も金次第」に相当する Money makes a mare to go. では,使役の make にもかかわらず to 不定詞が用いられており,現代の文法からは逸脱しているように思われますが,ここにも韻律上の効果を認めることができます.
本講座の前半では,千年以上にわたる英語のことわざの歴史を具体例とともにひもとき,後半では現代まで受け継がれてきた英語のことわざに用いられている様々な言語的な技法を読み解くことにより,現代に残る数々のことわざをこれまで以上に楽しむことを目指します.
英語史の概要はある程度知っているけれども,その知識の骨組みに具体的に肉付けしていこうとすれば,古英語や中英語の原文を読んでいく作業が避けられません.とはいうものの,多くの英語学習者にとって,外国語の古文を読み解くなどということは,あまりに敷居が高いと思われるのではないでしょうか.そこでよい材料となるのが,ことわざです.ことわざには,しばしば古い言葉遣いが残っています.そのようなことわざを題材に,古い音韻,形態,統語,語彙,意味,語法,方言などをつまみ食いつつ,英語史を学ぼうという趣旨です.英語の語彙増強や文法理解にも役立ちますし,英語史の枠をはみ出して,英語学,そして言語学一般の話題への導入にもなります.
もちろん,ことわざの内容自体もおおいに味わう予定です.どうぞお楽しみに.
本ブログでも,時々ことわざについて取り上げてきたので,以下の記事をご覧下さい.
・ 「#564. Many a little makes a mickle」 ([2010-11-12-1])
・ 「#780. ベジタリアンの meat」 ([2011-06-16-1])
・ 「#910. 語の定義がなぜ難しいか」 (1)」 ([2011-10-24-1])
・ 「#948. Be it never so humble, there's no place like home.」 (1)」 ([2011-12-01-1])
・ 「#955. 完璧な語呂合わせの2項イディオム」 ([2011-12-08-1])
・ 「#970. Money makes the mare to go」 ([2011-12-23-1])
・ 「#978. Money makes the mare to go」 (2)」 ([2011-12-31-1])
・ 「#2248. 不定人称代名詞としての you」 ([2015-06-23-1])
・ 「#2395. フランス語からの句の借用」 ([2015-11-17-1])
・ 「#2691. 英語の諺の受容の歴史」 ([2016-09-08-1])
・ 「#3319. Handsome is as handsome does」 ([2018-05-29-1])
・ 「#3320. 英語の諺の分類」 ([2018-05-30-1])
・ 「#3321. 英語の諺の起源,生成,新陳代謝」 ([2018-05-31-1])
・ 「#3322. Many a mickle makes a muckle」 ([2018-06-01-1])
・ 「#3336. 日本語の諺に用いられている語種」 ([2018-06-15-1])
先日7月21日(土)に,朝日カルチャーセンター新宿教室の講座「歴史から学ぶ英単語の語源」を開きました.熱心にご参加いただき,ありがとうございました.講座で用いたスライド資料をこちらに置いておきます.
今回の狙いは以下の3点でした.
・ 英語の歴史をたどりながら英語語彙の発展を概説し
・ 単語における発音・綴字・意味の変化の一般的なパターンについて述べ
・ 語源辞典や英語辞典の語源欄を読み解く方法を示します.
語源と一口に言っても,何をどこから話し始めるべきか迷いました.結果として,英語語彙史を軸とする総花的な内容とはなりましたが,あまりに抽象的にならないよう単語の具体例は絶やさないように構成しました.
以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.各スライドは,ブログ記事へのリンク集にもなっています.
1. 講座『歴史から学ぶ英単語の語源』
2. Q. 次の英単語と起源の言語とを組み合わせてください.
3. 英語語彙の規模と種類の豊富さ
4. 本講座のねらい
5. 目次
6. 1.1 イントロダクション:語源(学)とは?
7. Every word has its own history.
8. 語源学の妖しさ・怪しさ
9. 民間(通俗)語源の役割
10. まとめ (1.1)
11. 1.2 英語語彙史の概略
12. 印欧語族 (The Indo-European Family)
13. 英語語彙史の概略 (##37,126,45)
14. 現代の英語語彙にみられる歴史の遺産
15. 現代の新語形成
16. 日英語彙史比較 (#1526)
17. 語源で世界一周 (#756)
18. まとめ (1.2)
19. 1.3 語の変化の一般的なパターン:発音
20. 語の変化の一般的なパターン:綴字
21. 語の変化の一般的なパターン:意味 (##473,1953,2252)
22. Q. 以下は意味変化を経たゆえに意味不明となっている英文です.下線を引いた単語のもとの意味を想像できますか? (#1954)
23. まとめ (1.3)
24. 2.1 語源辞典で語誌を読み解く
25. 2.2 語源辞典で発音と綴字の変化を読み解く
26. 2.3 語源辞典で意味の発展を読み解く
27. まとめ
28. 参考文献
昨日の記事「#3373. 「示準語彙」」 ([2018-07-22-1]) に引き続き,地質学の概念を歴史言語学に応用できるかどうか,もう1つの事例で考えてみる.地層の年代推定に資する示準化石とは別に,示相化石 (facies fossile) という種類の化石がある.これは時代推定ではなく環境推定に資する種類の化石のことで,例えばサンゴ化石は,かつてその地が温暖で透明な浅海域であったことを伝える.では,これを言語に応用して「示相語彙」なるものについて語ることはできるだろうか.
思いついたのは,借用語彙の日常性やその他の位相の差に注目するという観点である.「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1]) で見たように,古ノルド語からの借用語には,本来語と見まがうほど日常的で卑近な語彙が多い.この驚くべき事実について,英語史では一般に次のような説明がなされる.古英語話者と古ノルド語話者は,同じゲルマン民族として生活習慣もおよそ類似しており,互いの言語もある程度は理解できた.文化レベルもおよそ同等であり,社会的な関係もおおむね対等であった.だからこそ,基礎レベルの語彙が互いの言語に流れ込み得たのだと.つまり,このような日常的な借用語の存在は,両者のあいだの親密で濃厚な言語接触があったことを示唆する.
もう1つの「示相語彙」となりうる例は,「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) でみたような英語本来語とフランス借用語との差に関するものである.動物を表わす calf, deer, fowl, sheep, swine, ox などの本来語に対して,その肉を表わす単語は veal, venison, poultry, mutton, pork, beef などの借用語である.伝統的な解釈によれば,この語彙的な対立は,庶民階級アングロサクソン人と上流階級ノルマン人という社会的な対立を反映する.このような語彙(語彙そのものというよりは語彙分布)は,借用語の借用当時の環境推定を示唆するものとして示相的であるといえるのではないか.
より一般的にいえば,英語語彙の3層構造を典型とする語彙階層 (lexical_stratification) の存在も,かつての言語接触や社会状況のなにがしかを伝える点で示相的である.実際のところ,語彙史研究において「示相語彙」という発想は,その用語こそ使わずとも,当然のように受け入れられてきたようにも思われる.
上で触れた動物と肉の話題と3層構造の話題については,以下の記事も参照されたい.
・ 「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1])
・ 「#332. 「動物とその肉を表す英単語」の神話」 ([2010-03-25-1])
・ 「#1583. swine vs pork の社会言語学的意義」 ([2013-08-27-1])
・ 「#1603. 「動物とその肉を表す英単語」を最初に指摘した人」 ([2013-09-16-1])
・ 「#1604. 「動物とその肉を表す英単語」を次に指摘した人たち」 ([2013-09-17-1])
・ 「#1966. 段々おいしくなってきた英語の飲食物メニュー」 ([2014-09-14-1])
・ 「#1967. 料理に関するフランス借用語」 ([2014-09-15-1])
・ 「#2352. 「動物とその肉を表す英単語」の神話 (2)」 ([2015-10-05-1])
・ 「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1])
・ 「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1])
・ 「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1])
・ 「#2072. 英語語彙の三層構造の是非」 ([2014-12-29-1])
・ 「#2279. 英語語彙の逆転二層構造」 ([2015-07-24-1])
・ 「#2643. 英語語彙の三層構造の神話?」 ([2016-07-22-1])
・ 「#387. trisociation と triset」 ([2010-05-19-1])
・ 「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1])
言語変化は言語内的・外的を含めた諸要因の組み合わせによって生じるという "multiple causation" の原則について,以下の記事を含めた各所で主張してきた.
・ 「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1])
・ 「#1232. 言語変化は雨漏りである」 ([2012-09-10-1])
・ 「#1233. 言語変化は風に倒される木である」 ([2012-09-11-1])
・ 「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1])
・ 「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1])
・ 「#1977. 言語変化における言語接触の重要性 (1)」 ([2014-09-25-1])
・ 「#1978. 言語変化における言語接触の重要性 (2)」 ([2014-09-26-1])
・ 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1])
・ 「#3152. 言語変化の "multiple causation"」 ([2017-12-13-1])
・ 「#3271. 言語変化の multiple causation 再考」 ([2018-04-11-1])
言語変化論を著わした Aitchison も同じ立場であり,上の記事でも関連箇所を引用・参照してきたが,もう1つ Aitchison (202) よりエッセンスともいうべき文章を引きたい.
Change is likely to be triggered by social factors, such as fashion, foreign influence and social need. However, these factors cannot take effect unless the language is 'ready' for a particular change. They simply make use of inherent tendencies which reside in the physical and mental make-up of human beings. Causality needs therefore to be explored on a number of different levels. The immediate trigger must be looked at alongside the underlying propensities of the language concerned, and of human languages in general.
A language never allows disruptive changes to destroy the system. In response to disruptions, therapeutic changes are likely to intervene and restore the broken patterns --- though in certain circumstances therapeutic changes can themselves cause further disruptions by setting off a change of changes which may last for centuries.
Above all, anyone who attempts to study the causes of language change must be aware of the multiplicity of factors involved. It is essential to realize that language is both a social and a mental phenomenon in which sociolinguistic and psycholinguistic factors are likely to be inextricably entwined. 'Nothing is simple' might be a useful motto for historical linguists to hang in their studies . . . .
引用最後にあるように,言語とは社会言語学的および心理言語学的(=主流派の理論言語学と解してよい)な要因が密接に絡み合った社会的かつ心理的な現象である.言語学は,両方に目を配らなければならない.
・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 4th ed. Cambridge: CUP, 2013.
7月21日(土)の13:30?16:45に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて単発の講座「歴史から学ぶ英単語の語源」を開講します.内容紹介を以下に再掲します.
英語でも日本語でも,単語の語源という話題は多くの人を惹きつけます.一つひとつの単語に独自の起源があり,一言では語り尽くせぬ歴史があり,現在まで生き続けてきたからです.また,英語についていえば,語源により英単語の語彙を増やすという学習法もあり,その種の書籍は多く出版されています.
本講座では,これまで以上に英単語の語源を楽しむために是非とも必要となる英語史に関する知識と方法を示し,これからのみなさんの英語学習・生活に新たな視点を導入します.具体的には,(1) 英語の歴史をたどりながら英語語彙の発展を概説し (単語例:cheese, school, take, people, drama, shampoo),(2) 単語における発音・綴字・意味の変化の一般的なパターンについて述べ(単語例:make, knight, nice, lady),(3) 語源辞典や英語辞典の語源欄を読み解く方法を示します(単語例:one, oat, father, they).これにより,語源を利用した英単語力の増強が可能となるばかりではなく,既知の英単語の新たな側面に気づき,英単語を楽しみながら味わうことができるようになると確信します.
英単語の語源と一口にいっても相当に広い範囲を含むのですが,本講座では,英語の語彙史や音韻・意味変化のパターンを扱う理論編と,英語語源辞書を読み解いてボキャビルに役立てる実践編とをバランスよく配して,英単語の魅力を引き出す予定です."chaque mot a son histoire" (= "every word has its own history") の神髄を味わってください (cf. 「#1273. Ausnahmslose Lautgesetze と chaque mot a son histoire」 ([2012-10-21-1])) .
本ブログでも本講座と関連する記事を多数書いてきましたが,とりわけ以下のものを参考までに挙げておきます.
・ 「#361. 英語語源情報ぬきだしCGI(一括版)」 ([2010-04-23-1])
・ 「#485. 語源を知るためのオンライン辞書」 ([2010-08-25-1])
・ 「#600. 英語語源辞書の書誌」 ([2010-12-18-1])
・ 「#1765. 日本で充実している英語語源学と Klein の英語語源辞典」 ([2014-02-25-1])
・ 「#2615. 英語語彙の世界性」 ([2016-06-24-1])
・ 「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1])
・ 「#466. 語源学は技芸か科学か」 ([2010-08-06-1])
・ 「#727. 語源学の自律性」 ([2011-04-24-1])
・ 「#1791. 語源学は技芸が科学か (2)」 ([2014-03-23-1])
・ 「#598. 英語語源学の略史 (1)」 ([2010-12-16-1])
・ 「#599. 英語語源学の略史 (2)」 ([2010-12-17-1])
連日の記事で,Joseph の論文 "Diachronic Explanation: Putting Speakers Back into the Picture" を参照・引用している (cf. 「#3324. 言語変化は霧のなかを這うようにして進んでいく」 ([2018-06-03-1]),「#3326. 通時的説明と共時的説明」 ([2018-06-05-1]),「#3327. 言語変化において話者は近視眼的である」 ([2018-06-06-1])) .言語変化(論)についての根本的な問題を改めて考え直させてくれる,優れた論考である.
今回は,Joseph より印象的かつ意味深長な箇所を,備忘のために何点か引き抜いておきたい.
[T]he contact is not really between the languages but is rather actually between speakers of the languages in question . . . . (129)
これは言われてみればきわめて当然の発想に思われるが,言語学全般,あるいは言語接触論においてすら,しばしば忘れられている点である.以下の記事も参照.「#1549. Why does language change? or Why do speakers change their language?」 ([2013-07-24-1]),「#1168. 言語接触とは話者接触である」 ([2012-07-08-1]),「#2005. 話者不在の言語(変化)論への警鐘」 ([2014-10-23-1]),「#2298. Language changes, speaker innovates.」 ([2015-08-12-1]) .
次に,バルカン言語圏 (Balkan linguistic_area) における言語接触を取り上げながら,ある忠告を与えている箇所.
. . . an overemphasis on comparisons of standard languages rather than regional dialects, even though the contact between individuals, in certain parts of the Balkans at least, more typically involved nonstandard dialects . . . (130)
2つの言語変種の接触を考える際に,両者の標準的な変種を念頭に置いて論じることが多いが,実際の言語接触においてはむしろ非標準変種どうしの接触(より正確には非標準変種の話者どうしの接触)のほうが普通ではないか.これももっともな見解である.
話題は変わって,民間語源 (folk_etymology) が言語学上,重要であることについて.
Folk etymology often represents a reasonable attempt on a speaker's part to make sense of, i.e. to render transparent, a sequence that is opaque for one reason or another, e.g. because it is a borrowing and thus has no synchronic parsing in the receiving language. As such, it shows speakers actively working to give an analysis to data that confronts them, even if such a confrontation leads to a change in the input data. Moreover, folk etymology demonstrates that speakers take what the surface forms are --- an observation which becomes important later on as well --- and work with that, so that while they are creative, they are not really looking beyond the immediate phonic shape --- and, in some instances also, the meaning --- that is presented to them. (132)
ここでは Joseph は言語変化における話者の民間語源的発想の意義を再評価するにとどまらず,持論である「話者の近視眼性」と民間語源とを結びつけている.「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1]),「#2932. salacious」 ([2017-05-07-1]) も参照.
次に,話者の近視眼性と関連して,再分析 (reanalysis) が言語の単純化と複雑化にどう関わるかを明快に示した1文を挙げよう.
[W]hen reanalyses occur, they are not always in the direction of simpler grammars overall but rather are often complicating, in a global sense, even if they are simplificatory in a local sense.
言語変化の「単純化」に関する理論的な話題として,「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]),「#1839. 言語の単純化とは何か」 ([2014-05-10-1]),「#1693. 規則的な音韻変化と不規則的な形態変化」 ([2013-12-15-1]) を参照されたい.
最後に,言語変化の共時的説明についての引用を挙げておきたい.言語学者は共時的説明に経済性・合理性を前提として求めるが,それは必ずしも妥当ではないという内容だ.
[T]he grammars linguists construct . . . ought to be allowed to reflect uneconomical "solutions", at least in diachrony, but also, given the relation between synchrony and diachrony argued for here, in synchronic accounts as well.
・ Joseph, B. D. "Diachronic Explanation: Putting Speakers Back into the Picture." Explanation in Historical Linguistics. Ed. G. W. Davis and G. K. Iverson. Amsterdam: Benjamins, 1992. 123--44.
標記に関連する話題は,本ブログでも多くの記事で取り上げてきた(本記事末尾のリンク先を参照).この問題に関連して Joseph の論文を読み,再考してみた.示唆に富む3箇所を引用しよう.
[W]hile it might be said that there is always an historical explanation for some particular state of affairs in a language, it is equally true that relying solely on historical explanation means ultimately that an historical explanation is no explanation . . .; if everything is to be explained in that way, then there is no differentiation possible among various synchronic states even though some conceivable synchronic states never actually occur. Moreover, universal grammar, to the extent that it can be given meaningful content, is in a sense achronic, for it is valid at particular points in time for any given synchronic stage but also valid through time in the passage from one synchronic state to another. Thus in addition to the diachronic perspective, a synchronic perspective is needed as well, for that enables one to say that a given configuration of facts exists because it gives a reason for the existence of a pattern --- a generalization over a range of data --- in a given system at a given point in time. (124--25)
[A] synchronic account should aim for economy and typically, for example, avoids positing the same rule or constraint at two different points in a grammar or derivation (though the validity of the usual interpretations of "economical" in this context is far from a foregone conclusion . . ., while a diachronic account, being interested in determining what actually happened over some time interval, should aim for the truth, even if it is messy and even if it might entail positing the operation of, for instance, the same sound change at two different adjacent time periods, perhaps 50 or 100 years apart. (126)
[T]he constraints imposed by universal grammar at any synchronic stage will necessarily then be the same constraints that govern the passage from one state to another, i.e. diachrony. Diachronic principles or generalizations do not exist, then, outside of the synchronic processes of grammar formation at synchronic stage after synchronic stage. (127)
いずれの引用においても示唆されていることは,通時的説明と共時的説明とは反対向きになる場合すらあるものの,相補うことによって,最も納得のいく説明が可能となるという点だ.性格は異なるが同じゴールを目指している2人とでもいおうか.共通のゴールに到達するのに手を携えるのもよし,性格の異なりを楽しむのもよし.どちらかの説明に偏ることが最大の問題なのだと思う.
・ 「#866. 話者の意識に通時的な次元はあるか?」 ([2011-09-10-1])
・ 「#1025. 共時態と通時態の関係」 ([2012-02-16-1])
・ 「#1040. 通時的変化と共時的変異」 ([2012-03-02-1])
・ 「#1076. ソシュールが共時態を通時態に優先させた3つの理由」 ([2012-04-07-1])
・ 「#1260. 共時態と通時態の接点を巡る論争」 ([2012-10-08-1])
・ 「#1426. 通時的変化と共時的変異 (2)」 ([2013-03-23-1])
・ 「#2159. 共時態と通時態を結びつける diffusion」 ([2015-03-26-1])
・ 「#2197. ソシュールの共時態と通時態の認識論」 ([2015-05-03-1])
・ 「#2295. 言語変化研究は言語の状態の力学である」 ([2015-08-09-1])
・ 「#2555. ソシュールによる言語の共時態と通時態」 ([2016-04-25-1])
・ 「#2563. 通時言語学,共時言語学という用語を巡って」 ([2016-05-03-1])
・ 「#2662. ソシュールによる言語の共時態と通時態 (2)」 ([2016-08-10-1]).
・ Joseph, B. D. "Diachronic Explanation: Putting Speakers Back into the Picture." Explanation in Historical Linguistics. Ed. G. W. Davis and G. K. Iverson. Amsterdam: Benjamins, 1992. 123--44.
昨日の記事「#3312. 言語における基層と表層」 ([2018-05-22-1]) で,言語の「基層」を構成する要素として,文法,音声・音韻,基礎語彙を挙げた.言語変化の速度を考察する際に,考察対象を基層における言語変化に限定するならば,一般に時代がくだるほど速度が鈍くなるということはあるかもしれない.日本語史の事情から敷衍して,野村 (14--15) が次のように述べている.
一般に近代化の進んだ社会では,特別な外部的要因がない限り,言語の変化は,近代やそれに近い時代において鈍いと筆者は考えている.なぜか.近代では書き言葉の(文字の)普及が進んでいるからである.
すでに述べたように,話し言葉は話した瞬間に消えてしまう.言葉をとどめる手段がない.話し言葉だけの社会では,歌謡などの暗誦でもない限り,過去の言葉は全く残らない.言葉を振り返ることは不可能なのである.これに対して,書き言葉は長期にわたって残存する.それを真似し続けることによって次第に文語体が生じるのだが,口語体であっても繰り返し筆記が行なわれれば,それは話し言葉の変化をおしとどめる方向の力として働くだろう.日本社会でも,古代よりは中世,中世よりは近世,近世よりは近代の方が読み書き能力が広く普及しているに違いない.そこで,より近代に近い社会の方が言語の基層における変化は乏しいのである.もちろん細かな言語変化はより近代に近い時代においてもたくさん生じているし,また,方言はふつう書きとどめられない.だから,地域地域で大きな変異が生ずるということも,大いにありうる.
時代が下るにつれて,基層における言語変化が乏しくなるという説は,間に2段階くらいの論理のクッションを入れるとわかりやすいだろう.つまり,一般に時代が下るにつれて識字率が上がる,識字率が上がるにつれて言語の規範意識が育つ,言語の規範意識が育つにつれて話し言葉の変化も抑制される,ということだ.これは妥当といえば妥当な見解だが,引用でも示唆されているとおり,主に標準変種についての説である.非標準変種において同じ議論が成り立つのかはわからないし,考察対象を基層でなく表層まで広げるとどうなるのかも検討してみる必要がある.
言語変化の速度 (speed_of_change) の問題や規範主義 (prescriptivism) が言語変化を遅らせるという議論については,以下を含む多くの記事で取り上げてきたので,ご参照ください.monitoring の各記事も参照.
・ 「#386. 現代英語に起こっている変化は大きいか小さいか」 ([2010-05-18-1])
・ 「#430. 言語変化を阻害する要因」 ([2010-07-01-1])
・ 「#622. 現代英語の文法変化は統計的・文体的な問題」 ([2011-01-09-1])
・ 「#753. なぜ宗教の言語は古めかしいか」 ([2011-05-20-1])
・ 「#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」 ([2011-07-01-1])
・ 「#1430. 英語史が近代英語期で止まってしまったかのように見える理由 (2)」 ([2013-03-27-1])
・ 「#1874. 高頻度語の語義の保守性」 ([2014-06-14-1])
・ 「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1])
・ 「#2631. Curzan 曰く「言語は川であり,規範主義は堤防である」」 ([2016-07-10-1])
・ 「#2641. 言語変化の速度について再考」 ([2016-07-20-1])
・ 「#2670. 書き言葉の保守性について」 ([2016-08-18-1])
・ 「#2756. 読み書き能力は言語変化の速度を緩めるか?」 ([2016-11-12-1])
・ 「#3002. 英語史が近代英語期で止まってしまったかのように見える理由 (3)」 ([2017-07-16-1])
・ 野村 剛史 『話し言葉の日本史』 吉川弘文館,2011年.
中英語の韻文を集めた統語タグ付きコーパスをみつけた.The Parsed Corpus of Middle English Poetry より編纂者 Richard Zimmermann 氏の許可を得て利用できる.
現段階で,同コーパスは41のテキスト,160,432語からなっている(テキスト・リストはこちら).カバーする時代範囲は c. 1150--1420年,すなわち Helsinki Corpus の区分でいえば M1, M2, M3 に相当する時代である.統語タグは Penn Parsed Corpora of Historical English と同じ方法で付されており,Corpus Search 2 などのツールを用いて解析できる.
Related Corpora のページの情報も有用.そこにある中英語に関する各種コーパスやデータベースへのリンクを,以下にも張りつけておきたい.
・ The Penn-Parsed Corpus of Middle English
・ The Corpus of Middle English Prose and Verse
・ The Innsbruck Corpus of Middle English Prose
・ A Parsed Linguistic Atlas of Early Middle English (P-LAEME)
・ Database of Middle English Romance
アンテナ張りを怠っているうちに,いろいろなプロジェクトや成果物が現われていたのだなという感慨.
本ブログでも何度かその名前に触れているが,英語帝国主義批判の立場から現在の英語問題を斬る論客の1人に中村敬がいる.2004年に出版された『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』の「まえがきに代えて――『英語問題』とは何か」において,中村は「英語問題」を読み解くためのキーワードとして,以下の17点を挙げている (13) .
1. 関係の非相互性
2. 支配と被支配
3. 英語賛美(英語奴隷)と国粋
4. (日本における)英語一言語主義と天皇制
5. 一元化と多元化
6. アングロサクソン(西洋)中心主義と(政策としての)二国間関係
7. 植民地主義(教育)
8. 下からの植民地主義
9. 精神の植民地化
10. 強迫観念
11. 他者観
12. ことばの身体性と身体化
13. 英語普遍主義
14. 再生産
15. 言語的不平等と社会経済的不平等
16. 英語帝国主義と英語一極集中状況
17. 市場原理
そして,これらを1つのキーワードで要約すれば「社会的不正義(不公正)」だという.中村の立場がよく分かるキーワードが並んでいるが,多くのキーワードが,近代における英語の世界的拡大の歴史を前提とした概念を表わしている点は重要である.もっといえば,これらは英語史上のキーワードでもあるのだ.英語史研究・教育はこれらの問題に対して何を提供できるか.真面目に向かい合うべき問題群である.
中村の英語(史)観については,以下の記事も参照.
・ 「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1])
・ 「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1])
・ 「#1073. 英語が他言語を侵略してきたパターン」 ([2012-04-04-1])
・ 「#1194. 中村敬の英語観と英語史」 ([2012-08-03-1])
・ 「#1606. 英語言語帝国主義,言語差別,英語覇権」 ([2013-09-19-1])
・ 中村 敬 『なぜ,「英語」が問題なのか? 英語の政治・社会論』 三元社,2004年.
話し言葉と書き言葉は言語の2大メディアだが,それぞれに特有の,情報を整序し意味を伝える形式的なデバイスが存在する.英語に関するものとして,Stubbs (117) がいくつか列挙しているので,Milroy and Milroy (117--18) 経由で示そう.
Speech (conversation): intonation, pitch, stress, rhythm, speed of utterance, pausing, silences, variation in loudness; other paralinguistic features, including aspiration, laughter, voice quality; timing, including simultaneous speech; co-occurrence with proxemic and kinesic signals; availability of physical context.
Writing (printed material): spacing between words; punctuation, including parentheses; typography, including style of typeface italicization, underlining, upper and lower case; capitalization to indicate sentence beginnings and propoer nouns; inverted commas, for instance to indicate that a term is being used critically (Chimpanzees' 'language' is. . . .); graphics, including lines, shapes, borders, diagrams, tables; abbreviations; logograms, for example, &; layout, including paragraphing, spacing, margination, pagination, footnotes, headings and sub-headings; permanence and therefore availability of the co-text.
このようなデバイスのリストは,両メディアを比較対照して論じる際にたいへん有用である.本ブログでも,この種の比較対照は多くの記事で取り上げてきた話題なので,主たるものを参考のため,以下に示しておこう.
・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
・ 「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1])
・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])
・ Milroy, Lesley and James Milroy. Authority in Language: Investigating Language Prescription and Standardisation. 4th ed. London and New York: Routledge, 2012.
・ Stubbs, M. Language and Literacy: The Sociolinguistics of Reading and Writing. London: Routledge & Kegan Paul, 1980.
標題については,以下の記事をはじめとして何度も議論してきた.私の言語変化への関心のコアにある問題である.
・ 「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」 ([2010-07-14-1])
・ 「#1232. 言語変化は雨漏りである」 ([2012-09-10-1])
・ 「#1233. 言語変化は風に倒される木である」 ([2012-09-11-1])
・ 「#1582. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (2)」 ([2013-08-26-1])
・ 「#1584. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か? (3)」 ([2013-08-28-1])
・ 「#1977. 言語変化における言語接触の重要性 (1)」 ([2014-09-25-1])
・ 「#1978. 言語変化における言語接触の重要性 (2)」 ([2014-09-26-1])
・ 「#1986. 言語変化の multiple causation あるいは "synergy"」 ([2014-10-04-1])
・ 「#3152. 言語変化の "multiple causation"」 ([2017-12-13-1])
文法化 (grammaticalisation) を本格的に広く論じた Hopper and Traugott (213) に,この問題への言及がある.
. . . distinctions are often made in historical work between "internal" and "external" factors in change. Roughly speaking, "internal" change is associated with child language acquisition in a relatively homogeneous speech community, and "external" change with contact, whether with communities speaking dialects of the "same language" or other languages. This distinction is essentially similar to the contrast regarding the locus of change between mind/brain and grammar (= "internal") and social interaction and use (= "external"). . . . [S]uch a polarization obscures the realities of language change, in which structure and use, cognitive and social factors continually interact: "speakers' mutual accommodations can draw materials from either the same linguistic system or separate ones" (Mufwene 2001: 15). This is nowhere clearer than in pidgin and creole situations, where the notion of "homogeneous speech community" is typically not appropriate, and where, as we will see, second language acquisition plays a significant role in structural innovation.
言語変化論では内的な要因と外的な要因を分ける伝統があるが,その境は明確ではないし,いずれにせよ両者が組み合わさって言語変化が生じ,進むことが多いという議論だ.まっとうな見解だと思う.多くの言語変化には,multiple causation が関与している.
・ Hopper, Paul J. and Elizabeth Closs Traugott. Grammaticalization. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
・ Mufwene, Salikoko S. The Ecology of Language Evolution. Cambridge: CUP, 2001.
「#2103. Basic Color Terms」 ([2015-01-29-1]),「#3153. 英語史における基本色彩語の発展」 ([2017-12-14-1]),「#3154. 英語史上,色彩語が増加してきた理由」 ([2017-12-15-1]) で紹介したように,基本色彩語 (Basic Color Term) に関する研究は,Berlin and Kay の刺激的な論考が発表されて以降,活発に展開してきた.色彩語研究の窓口である The World Color Survey のサイトからは,関連する論文やデータアーカイヴへのアクセスを含む種々のリンクが張られている.
色彩語研究は,たいてい Berlin and Kay の掲げた言語普遍性に関わる2つの仮説を検証する目的で行なわれてきた.その2つの仮説とは以下のものである(上記HPより).
(1) the existence of universal constraints on cross-language color naming, and
(2) the existence of a partially fixed evolutionary progression according to which languages gain color terms over time.
(1) は色彩語に関する共時的な制約を明らかにし,(2) は通時的な発展の順序の普遍性を求めることである.いずれも言語類型論や対照言語学にも深く関係する.より詳しい趣旨や方法論については,Statistical tests of cross-language color naming に明記されている.
・ Berlin, Brent and Paul Kay. Basic Color Terms. Berkeley and Los Angeles: U of California P, 1969.
朝日カルチャーセンター新宿教室の講座「スペリングでたどる英語の歴史」(全5回)の第5回を,昨日3月17日(土)に開きました.最終回となる今回は「color か colour か? --- アメリカのスペリング」と題して,スペリングの英米差を中心に論じました.講座で用いたスライド資料をこちらからどうぞ.
今回の要点は以下の3つです.
・ スペリングの英米差は多くあるとはいえマイナー
・ ノア・ウェブスターのスペリング改革の成功は多分に愛国心ゆえ
・ スペリングの「正しさ」は言語学的合理性の問題というよりは歴史・社会・政治的な権力のあり方の問題ではないか
以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.各スライドは,ブログ記事へのリンク集としても使えます.
1. 講座『スペリングでたどる英語の歴史』第5回 color か colour か?--- アメリカのスペリング
2. 要点
3. (1) スペリングの英米差
4. アメリカのスペリングの特徴
5. -<ize> と -<ise>
6. その他の例
7. (2) ノア・ウェブスターのスペリング改革
8. ノア・ウェブスター
9. ウェブスター語録
10. colour の衰退と color の拡大の過程
11. なぜウェブスターのスペリング改革は成功したのか?
12. (3) スペリングの「正しさ」とは?
13. まとめ
14. 本講座を振り返って
15. 参考文献
また,今回で講座終了なので,全5回のスライドへのリンクも以下にまとめて張っておきます.
第1回 英語のスペリングの不規則性
第2回 英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング
第3回 515通りの through--- 中英語のスペリング
第4回 doubt の <b>--- 近代英語のスペリング
第5回 color か colour か? --- アメリカのスペリング
[2018-02-12-1]の記事で通知したように,昨日3月4日に桜美林大学四谷キャンパスにて「言語と人間」研究会 (HLC)の春期セミナーの一環として,「『良い英語』としての標準英語の発達―語彙,綴字,文法を通時的・複線的に追う―」と題するお話しをさせていただきました.足を運んでくださった方々,主催者の方々に,御礼申し上げます.私にとっても英語の標準化について考え直すよい機会となりました.
スライド資料を用いて話し,その資料は上記の研究会ホームページ上に置かせてもらいましたが,資料へのリンクをこちらからも張っておきます.スライド内からは本ブログ内外へ多数のリンクを張り巡らせていますので,リンク集としてもどうぞ.
1. 「言語と人間」研究会 (HLC) 第43回春季セミナー 「ことばにとって『良さ』とは何か」「良い英語」としての標準英語の発達--- 語彙,綴字,文法を通時的・複線的に追う---
2. 序論:標準英語を相対化する視点
3. 標準英語 (Standard English) とは?
4. 標準英語=「良い英語」
5. 標準英語を相対化する視点の出現
6. 言語学の様々な分野と方法論の発達
7. 20世紀後半?21世紀初頭の言語学の関心の推移
8. 標準英語の形成の歴史
9. 標準語に軸足をおいた Blake の英語史時代区分
10. 英語の標準化サイクル
11. 部門別の標準形成の概要
12. Milroy and Milroy による標準化の7段階
13. Haugen による標準化の4段階
14. ケース・スタディ (1) 語彙 -- autumn vs fall
15. 両語の歴史
16. ケース・スタディ (2) 綴字 -- 語源的綴字 (etymological spelling)
17. debt の場合
18. 語源的綴字の例
19. フランス語でも語源的スペリングが・・・
20. その後の発音の「追随」:fault の場合
21. 語源的綴字が出現した歴史的背景
22. EEBO Corpus で目下調査中
23. ケース・スタディ (3) 文法 -- 3単現の -s
24. 古英語の動詞の屈折:lufian (to love) の場合
25. 中英語の屈折
26. 中英語から初期近代英語にかけての諸問題
27. 諸問題の意義
28. 標準化と3単現の -s
29. 3つのケーススタディを振り返って
30. 結論
31. 主要参考文献
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