英語の英米差については,これまでもいくつかの記事で取り上げてきた ( see ame_bre ).広く信じられている「神話」によれば,アメリカ英語 ( AmE ) が革新的で,イギリス英語 ( BrE ) が保守的ということになっている.国民性についてのステレオタイプに基づく神話といっていいだろう.英語史ではよく取り上げられることであるが,実際には,AmE に古い語法が残っていたり,BrE に革新的な語法が見られることも少なくない.そもそも英語史の舞台の大半はイギリスであり,AmE の誕生につながる近代英語期まで,英語という言語はまさにそのイギリスで数々の言語変化を経てきたのである.歴史的にみて BrE が絶対的に保守的であるということはできない.
生きた言語である以上,AmE も BrE もある意味では革新的であり,ある意味では保守的である.今回は,AmE と BrE の標準的な変種がそれぞれどのような古い語法を保ち続けているかについて代表的なものを列挙する.以下,典拠は Algeo .
[ AmE のほうが保守的である点 ]
(1) more, mother などの /r/ .BrE では発音しない方向へ変化し,現在にいたっている.
(2) path, calf, class などの /æ/ .BrE では /ɑ:/ へと変化し,現在にいたっている.
(3) secretary /ˈsekrəˌteri/ などで最後から二番目の音節に第2アクセントをもつ.BrE では,通常 /ˈsekrətri/ と母音が消失し,3音節語になる.
(4) Chaucer も愛用した I guess を I think の意味で頻用する.BrE では guess はもっぱら「言い当てる」の意.
(5) get の過去分詞としての gotten の使用.BrE では got のみ.ちなみに AmE でも got を使わないわけではないが,gotten とは意味が異なる.例えば,I've got a cold = I have a cold だが,I've gotten a cold = I've caught a cold .( see also [2010-03-05-1] )
(6) They insisted that he leave. などにおける仮定法の使用.BrE では should を用いるのが通例.( see also [2010-03-05-1], [2009-08-17-1] )
[ BrE のほうが保守的である点 ]
(1) atom と Adam など母音間の /t/ と /d/ を明確に区別する.AmE では弾音化 ( flap ) して両語が同じ発音になる.
(2) callous と Alice などが韻を踏まない(最終音節が異なる発音を保っている).AmE では,最終音節の母音が曖昧母音 /ə/ へ融合するため,韻を踏む.
(3) father /ˈfɑ:ðə/ と fodder /ˈfɒdə/ などで強勢音節の母音が異なる.AmE では /ɑ:/ へ融合.
(4) I reckon を I think の意味で使用する.AmE では,reckon は通常「計算する,見積もる」の意.
(5) fortnight 「二週間」, corn 「穀物」などの使用と意味.AmE では通常,前者は使わず,後者は「トウモロコシ」の意に限定.
(6) Have you the time? など一般動詞としての have を助動詞のように前置する文法.AmE では Do you have the time?
いずれの変種にも革新性と保守性は備わっており,どちらがより革新的なのか保守的なのかは判然としないというのが事実だろう.一方で,Algeo の次の見解にも留意しておきたい.
Perhaps Americans do innovate more; after all, there are four to five times as many English speakers in the United States as in the United Kingdom. So one might expect, on the basis of population size alone, four to five times as much innovation in American English. Moreover, Americans have been disproportionately active in certain technological fields, such as computer systems, that are hotbeds of lexical innovation. (182)
・ Algeo, John. "America is Ruining the English Language." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 176--82.
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