現代英語の go home における home は,辞書や文法書では副詞とされているが,歴史的には「#783. 副詞 home は名詞の副詞的対格から」 ([2011-06-19-1]) でみたように「家」を表わす名詞の対格である.古英語では移動や方向を表わす対格の用法があり,対格が単独で副詞的機能を果たすことができた.古英語の hām は男性強変化名詞で対格と主格が同形だったために,後に名詞がそのまま副詞的に用いられているかのように捉えられ,ついに副詞として再解釈されるに至った.
しかし,be home や stay home という表現における home についてはどうだろうか.歴史的に副詞として再解釈されたのは,移動や方向を表わす対格としての hām である.「在宅して,家に」のという静的な意味で用いられるようになったのは,home が副詞として捉えられるようになった後の,意味の静的な方向への拡張ということだろうか.一方で,「ただいま」に相当する I'm home. は,「今帰ってきた」 (= I've come home.) ほどを意味し,静的というよりも動的な移動の含みが強く,古英語の対格用法との連続性が感じられなくもない.深く調査したわけではないのだが,この問題について OED の home, adv. が興味深い示唆を与えてくれているので,紹介しよう.
OED の例文などから総合すると,静的な副詞としての home の発達には,2つの経路が考えられる.1つは,本来,動的な副詞であるから go や come などの移動動詞と共起するのが普通だが,「行く」に近い動的な意味で用いられた be と共起することは近代英語でもあった.I'll be home. や Now I'm home to bed. は be と共起しているが,be にせよ home にせよ動的な意味で用いられている.このような構文が契機となり,home が状態動詞と共起するようになり,静的な意味が発展した可能性がある.あるいは,しばしば移動動詞は特に助動詞の後で省略されたために,I'm (gone) home. のような完了形における移動動詞の省略に端を発するものとする見方もある.
もう1つの経路は,古英語(以前)の位格形に由来するというものだ.古英語までに位格は与格に吸収されていたが,この語の与格形には男性強変化名詞として予想される hāme と並んで,古い位格形の反映と思われる hām (ex. æt hām) も文証される.静的な副詞の起源を,この hām(e) に求めることができるのではないか.実際,Old High German, Middle Low German, Old Icelandic などの同系言語では,対格と与格(位格)の用法と形態の区別が文証されており,古英語に平行性を認めることは不可能ではないかもしれない.
しかし,この第2のルートは,静的な意味の発生時期を考慮すると,受け入れがたいように思われる.静的な用法の初例は OED では16世紀となっており,MED hōm (adv.) の用例からも静的用法は確認されない.近代以降の発生であるならば,古英語(以前)の位格に由来するという第2のルートは想定しにくくなる.有力なのは,第1のルートだろう.
なお,「ただいま」としての I'm home. を除けば,状態動詞とともに用いられる静的な home は,アメリカ英語での使用が多く,イギリス英語では at home を用いることが多いようだ.
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