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inflection - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-22 19:32

2011-06-26 Sun

#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布 [me_dialect][inflection][suffix][participle][lalme][map][3pp][3sp]

 中英語の方言差を特徴づける形態素は数多くあるが,顕著なものの1つに現在分詞語尾がある.現代英語の -ing に相当する語尾だが,大きく分けて -ing, -ande, -ende, -inde の4種類があり,それぞれ特徴的な分布を示す.以下は,LALME の Dot Map 345--51 を参照して,およその分布を再現したものである.

Map of Present Participle Suffix in ME Dialects

 -ing はすでに England の全域に分布しており,方言特徴と呼ぶのはふさわしくないかもしれないが,その異形態として現われる -nd(e) 形の母音部分の差が方言をよく弁別する.-ande の分布は Northern から East Midlands にかけての地域(かつての Danelaw )に一致する.-ende は East Midlands ,-inde は South-West Midlands に集中する.ロンドン付近で複数の異形態が観察されるのは,その地がまさに諸方言の境であることを示している.
 現在分詞語尾の他には,直説法3人称単数現在語尾と直説法複数現在語尾が,方言特徴をよく表わすものとして知られている.この2項目の分布は残念ながら直接 LALME の Dot Map には与えられていない.いきおい図式的ではあるが,Burrow and Turville-Petre (31--32) の記述を参考に,地図化してみた.

Map of Present Indicative 3rd Person Singular Suffix in ME Dialects

Map of Present Indicative Plural Suffix in ME Dialects


 この3つの動詞屈折語尾に注目するだけでも,ある程度,中英語の方言の絞り込みができるだろう.

 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.
 ・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, MA: Blackwell, 2005.

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2011-06-21 Tue

#785. ゲルマン度を測るための10項目 [typology][germanic][inflection][morphology]

 [2009-11-04-1]の記事「古英語,中英語,近代英語は互いにどれくらい異なるか」で,ゲルマン諸語の「ゲルマン度」の比較を見た.比較の基準は,主として形態的な観点から Lass が選び出した10個の項目による.この10項目がゲルマン度の指標としてどのくらい客観的で妥当なのか,どのように選び出されたのかなどの問題点はあるが,類似した比較研究を行なう際のたたき台としては非常に参考になる.Lass (26) より,10項目を挙げておく.

 (1) root-initial accent
 (2) at least three distinct vowel qualities in weak inflectional syllables
 (3) a dual
 (4) grammatical gender
 (5) four vowel-grades in (certain) strong verbs
 (6) distinct dative in at least some nouns
 (7) inflected definite article (or proto-article)
 (8) adjective inflection
 (9) infinitive suffix
 (10) person and number marking on the verb

 この基準は,ゲルマン諸語どうしの比較に限らず,例えば中英語の方言どうしの比較,さらには中英語の個々のテキストの言語の比較にも応用できる.実際のところ,多くの中英語テキストの刊本のイントロ部にあるような言語学的記述は,上記10項目のすべてでなくとも数項目を取り上げるのが普通である.
 中英語テキストの比較に限るのであれば,個人的には "nominal plural formation" を加えたいところである.

 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 2000. 7--41.

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2011-06-09 Thu

#773. PPCMBE と COHA の比較 [corpus][coha][ppcmbe][lmode][adjective][comparison][inflection][representativeness]

 本ブログでも何度か取り上げている2つの歴史英語コーパス PPCMBE ( Penn Parsed Corpus of Modern British English; see [2010-03-03-1]. ) と COHA ( Corpus of Historical American English; see [2010-09-19-1]. ) について,塚本氏が『英語コーパス研究』の最新号に研究ノートを発表している.両者とも2010年に公開された近代英語後期のコーパスだが,それぞれ英米変種であること,また編纂目的が異なることから細かな比較の対象には適さない.しかし,代表性をはじめとするコーパスの一般的な特徴を比べることは意味があるだろう.
 PPCMBE は1700--1914年のイギリス英語テキスト約949,000語で構成されており,Parsed Corpora of Historical English の1部をなす.同様に構文解析されたより古い時代の対応するコーパスとの接続を意識した作りである.有料でデータを入手する必要がある.一方,COHA は1810--2009年のアメリカ英語テキスト4億語を収録した巨大コーパスである.こちらは,構文解析はされていない.COHA は無料でオンラインアクセスできるため使いやすいが,インターフェースが固定されているので柔軟なデータ検索ができないという難点がある.
 コーパスの規模とも関係するが,PPCMBE は代表性 (representativeness) の点で難がある.PPCMBE のコーパステキストを18ジャンルへ細かく分類し,テキスト年代を10年刻みでとると,サイズがゼロとなるマス目が多く現われる.これは,区分を細かくしすぎると有意義な分析結果が出ないということであり,使用に際して注意を要する.
 一方,COHA のコーパステキストは Fiction, Popular Magazines, Newspapers, Non-Fiction Books の4ジャンルへ大雑把に区分されている.細かいジャンル分けの研究には利用できないが,10年刻みでも各マス目に適切なサイズのテキストが配されており,代表性はよく確保されている.ただし,Fiction の構成比率がどの時代も約50%を占めており,Fiction の言語の特徴(特に語彙)がコーパス全体の言語の特徴に影響を与えていると考えられ,分析の際にはこの点に注意を要する.
 塚本氏は,両コーパスの以上の特徴を,後期近代英語における形容詞の比較級・最上級の問題によって示している.CONCE (Corpus of Nineteenth-Century English) を用いた Kytö and Romaine の先行研究によれば,19世紀の間,比較級の迂言形に対する屈折形の割合は,30年刻みで世紀初頭の57.1%から世紀末の67.8%へと増加しているという.同様の調査を COHA と PPCMBE で10年刻みに施したところ,前者では1810年の64.7%から1910年の74.3%へ着実に増加していることが確かめられたが,後者では1810年の79.4%から1910年の78.0%まで増減の揺れが激しかったという(塚本,p. 56).しかし,CONCEと同様の30年刻みで分析し直すと,PPCMBE でも有意な変化をほぼ観察できるほどの結果がでるという.
 コーパスはそれぞれ独自の特徴をもっている.よく把握して利用する必要があることを確認した.関連して,[2010-06-04-1]の記事「流れに逆らっている比較級形成の歴史」を参照.

 ・ 塚本 聡 「2つの指摘コーパス---その代表性と類似性」『英語コーパス研究』第18号,英語コーパス学会,2011年,49--59頁.
 ・ Kytö, M. and S. Romaine. "Adjective Comparison in Nineteenth-Century English." Nineteenth-Century English: Stability and Change. Ed. M. Kytö, M. Rydén, and E. Smitterberg. Cambridge: CUP, 2006. 194--214.

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2011-03-31 Thu

#703. 古英語の親族名詞の屈折表 [inflection][oe][relationship_noun][plural][double_plural][i-mutation][analogy]

 [2011-03-26-1], [2011-03-27-1]の記事で,歯音をもつ5つの親族名詞 father, mother, brother, sister, daughter の形態について論じた.親族名詞はきわめて基本的な語彙であり,形態的にも複雑な歴史を背負っているために,話題に取り上げることが多い.一度,古英語の形態を整理しておきたい.以下は,West-Saxon 方言での主な屈折形を示した表である( Campbell, pp. 255--56; Davis, p. 15 ) .

OE Relationship Noun Inflection

 5語のあいだで互いに類推作用が生じ,屈折形が部分的に似通っていることが観察される.相互に密接な語群なので,何が語源的な形態であるかがすでによく分からなくなっている.
 古英語でも初期と後期,方言の差を考慮に入れれば,この他にも異形がある.例えば brother の複数形として Anglian 方言には i-mutation([2009-10-01-1]) を経た brōēþre が行なわれた.この母音は現代英語の brethren に痕跡を残している.brethren の語尾の -en は,children に見られるものと同じで,古英語,中英語で広く行なわれた複数語尾に由来する.この形態は i-mutation と -en 語尾が同時に見られる二重複数 ( double plural; see [2009-12-01-1] ) の例である.brethren は「信者仲間;(プロテスタントの福音教会派の)牧師;同一組合員;《米》 (男子大学生)友愛会会員」の語義で用いられる brother の特殊な複数形で,古風ではあるが現役である.近代以降に brothers が優勢になるまでは,brethren は「兄弟」の語義でも普通の複数形であり,広く使われていた.中英語では MED に述べられているように,-s 複数形は稀だったのである.

 ・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
 ・ Davis, Norman. Sweet's Anglo-Saxon Primer. 9th ed. Oxford: Clarendon, 1953.

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2011-03-16 Wed

#688. 中英語の形容詞屈折体系の水平化 [adjective][inflection][lexical_diffusion][ilame][bibliography]

 目下の関心の1つに,中英語の形容詞屈折体系の水平化(自称 "Inflectional Levelling of Adjectives in Middle English" )がある.本ブログでも関連する記事は何点か書いてきた ([2010-09-13-1], [2010-10-11-1], [2011-03-15-1]) .多くの場合,中英語のテキストにおいて形容詞に -e 語尾がつくのかどうかという実に小さな点に注目するのだが,実のところ,この問題は英語史的,ゲルマン語史的な幅での含蓄をもっており,言語変化理論の観点からのアプローチにも耐えるトピックだと考えている.その理由は2つ.

 (1) 英語史上の重要な話題である中英語期の屈折の水平化 ( levelling of inflection ) については,名詞,動詞,冠詞に注目が集まりがちだが,形容詞も目立たないながら着実に水平化を経ていた.形容詞屈折体系は,修飾する名詞の性・数・格に依存していただけでなく,統語的な環境に応じて強変化と弱変化をも区別しており ([2010-10-11-1], [2011-03-15-1]),極めて複雑な体系だった.ある意味で最も複雑だった形容詞屈折体系の水平化を跡づけることは,印欧語族のなかで最も分析化の進んだ言語といわれる英語 ([2011-02-12-1], [2011-02-13-1]) の歴史の解明には欠かすことができない.
 (2) 形容詞屈折体系の水平化は,他の語類における水平化(そして多くの言語変化)と同じように,時間をかけてゆっくりと進行した.屈折の水平化の過程は裏返したS字曲線として記述される可能性があり,lexical diffusion の理論にとって示唆的である (lexical_diffusion) .一方で,過程の途中には,水平化の勢いが弱まり,退化した形で屈折の下位体系 ( subsystem ) が確立し持続する段階も観察され,単純な裏S字曲線として進行したわけではないことが示唆される.徐々に進行する言語変化では,徐々に何が生じているのだろうか.

 以下に,この問題を追究するにあたっての文献をメモ(今後もここに追加してゆき,書誌を充実させる予定).

 ・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, MA: Blackwell, 2005. (esp. pp. 27--29.)
 ・ Burnley, David. "Inflection in Chaucer's Adjectives." Neuphilologische Mitteilungen 83 (1982): 169--77.
 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. (esp. pp. 13--15.)
 ・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007. (esp. pp. 105--07.)
 ・ Laing, Margaret and Roger Lass. "Tagging." Chapter 4 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction." Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap4.pdf . (esp. pp. 19--22.)
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154. (esp. pp. 23--154.)
 ・ Minkova, Donka. The History of Final Vowels in English: The Sound of Muting. Berlin: Mouton de Gruyter, 1991. (esp. pp. 171--91.)
 ・ Minkova, Donka. "Adjectival Inflexion Relics and Speech Rhythm in Late Middle and Early Modern English." Papers from the 5th International Conference on English Historical Linguistics, Cambridge, 6--9 April 1987. Ed. Sylvia Adamson, Vivien Law, Nigel Vincent, and Susan Wright. Amsterdam: John Benjamins, 1990. 313--36.
 ・ Mossé, Fernand. A Handbook of Middle English. Trans. James A. Walker. Baltimore: Johns Hopkins, 1952. (esp. pp. 64--65.)
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. (esp. pp. 233, 275--77.)
 ・ Pearsall, Derek. "The Weak Declension of the Adjective and Its Importance in Chaucerian Metre." Chaucer in Perspective: Middle English Essays in Honour of Norman Blake. Ed. Geoffrey Lester. Sheffield: Sheffield Academic P, 1999. 178--93.
 ・ Samuels, M. L. "Chaucerian Final -E." Notes and Queries 217 (1972): 445--48.
 ・ Topliff, Delores E. "Analysis of Singular Weak Adjective Inflexion in Chaucer's Works." Journal of English Linguistics 4 (1970): 78--89.
 ・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.(esp. pp. 144--47.)

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2011-03-15 Tue

#687. ゲルマン語派の形容詞の強変化と弱変化 [adjective][inflection][germanic][indo-european][oe][demonstrative][ilame]

 [2009-10-26-1]の記事の (1) で触れたように,ゲルマン語派の特徴の1つに,形容詞が強変化 ( strong or indefinite declension ) と弱変化 ( weak or definite declension ) の2種類の屈折を示すというものがある.この区別は現代英語では失われているが,古英語や現代ドイツ語では明確に認められる.両屈折の使い分けは原則として統語的に決められ,形容詞が指示詞 ( demonstrative ) の後で用いられる場合には弱変化屈折を,それ以外の場合には強変化屈折を示す.(古英語の例で強変化屈折弱変化屈折のパラダイムを参照.また,中英語の形容詞屈折との関連で[2010-10-11-1]を参照.)
 ゲルマン語派の特徴ということから分かるように,印欧祖語ではこの区別はなかった.印欧祖語では,形容詞は特有の屈折をもたず,名詞に準じる形で性・数・格によって屈折していた.形容詞は名詞の仲間と考えられていたのである.ところが,ゲルマン祖語の段階で形容詞は形態的に名詞から離れ,独立した屈折体系を保持していた指示詞と親和を示すようになる.これが,古英語などに見られる強変化屈折の起源である.実際に古英語で屈折表を見比べると,形容詞の強変化屈折þes に代表される指示詞の屈折は語尾がよく似ている.
 しかし,指示詞と形容詞が同じような屈折を示すということは,「指示詞+形容詞+名詞」のように両者が続けて現われる場合には同じ屈折語尾が連続することになり,少々うるさい.例えば,"to this good man" に対応する古英語表現は *þissum gōdum men として現われることになったかもしれない(実際の古英語の文法に則した形は þissum gōdan men ).Meillet (183) によれば,ゲルマン語はこの「重苦しさ」 ( "lourd" or "choquant" ) を嫌い,指示詞に後続する形容詞のために,あまり重苦しくない屈折として,よく発達していた名詞の弱変化屈折を借りてきた.こうして,統語的条件によって区別される2種類の形容詞屈折が,ゲルマン語派に固有の特徴として発達したのである.( Meillet の「重苦しさ」回避説の他にも複数の要因があっただろうと考えられるが,未調査.)
 古英語の主要な品詞の簡易屈折表については,[2010-01-02-1]でリンクを張った OE Inflection Magic Sheet も参照.

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2011-02-12 Sat

#656. "English is the most drifty Indo-European language." [germanic][indo-european][drift][inflection][synthesis_to_analysis]

 英語の文法史において,屈折の衰退の過程は最も大きな話題と言ってよいかもしれない.古英語後期から初期中英語にかけて生じた屈折の衰退により,英語は総合的な言語 ( synthetic language ) から分析的な言語 ( analytic language ) へと大きく舵を切ることになった.
 英語以外のゲルマン諸語でも程度の差はあれ同じ傾向は見られ,これはしばしば drift 「漂流,偏流」と呼ばれる.いや,実は drift は印欧諸語全体に広く観察される大きな潮流であり,ゲルマン諸語に限定されるべき話題ではない.とはいえ,ゲルマン諸語でとりわけ顕著に drift が観察されることは事実である.そして,そのゲルマン諸語のなかでも,英語が最も顕著に drift の効果が見られるのである.
 英語が "the most drifty Indo-European language" であることを示すには,本来は現存する印欧諸語のそれぞれについてどの程度 drift が進行しているのかを調査するという作業が必要だろうが,そうもいかないので今回は権威を引き合いに出して済ませておきたい.

La tendance à remplacer la flexion par l'ordre des mots et par des mots accessoires est chose universelle en indo-européen. Nulle part elle ne se manifeste plus fortement que dans les langues germaniques, bien que le germanique conserve encore un aspect alchaique. Nulle part elle n'a abouti plus complètement qu'elle n'a fait en anglais. L'anglais représente le terme extrême d'un développement: il offre un type linguistique différent du type indo-européen commun et n'a presque rien gardé de la morphologie indo-européenne. (Meillet 191--92)

屈折を語順や付随語で置きかえる傾向は,印欧語では普遍的なことである.ゲルマン祖語はいまだに古風な特徴を保持しているとはいえ,ゲルマン諸語以上に激しくその傾向の見られる言語はなく,英語以上に完全にその傾向が成功した言語はないのだ.英語はある発達の究極の終着点を示している.英語は印欧祖語の型とは異なった言語の型を提示しているのであり,印欧語的な形態論をほとんど保っていないのだ.


 「付随語」と拙訳した des mots accessoires は,Meillet によれば,古英語 ge- などの動詞接頭辞,北欧語の -sk のような再帰代名詞的な動詞につく接尾辞,指示詞から発達した冠詞といった小辞を指す.
 噂と違わず,現代英語は印欧語として相当の異端児であることは確かなようである.もっとも,ピジン英語 ( see [2010-08-03-1] ) などを含めれば,英語よりもさらに漂流的な言語はあるだろう.

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2011-02-11 Fri

#655. 屈折の衰退=語根の焦点化 [conversion][drift][germanic][inflection]

 近代英語以来の語形成の特徴として品詞転換 ( conversion ) が盛んであるということがある.品詞転換については[2009-11-03-1], [2009-11-01-1]の記事などで述べたが,これが形態的に可能となったのは,後期古英語から初期中英語にかけて起こった語尾の水平化とそれに続く消失ゆえである.古英語では,名詞や動詞は主に統語意味的な機能に応じて区別される特定の屈折語尾をとったが,屈折語尾の音声上の摩耗が進むにつれ,語類の区別がつけられなくなった.屈折語尾の衰退は,程度の差はあれ,第1音節にアクセントをおく特徴をもつゲルマン諸語に共通の現象である ( see [2009-10-26-1] (4) ) .
 英語における品詞転換の発生は,上記のようにゲルマン諸語に共通する屈折語尾の衰退,いわゆる漂流 ( drift ) の延長線上にあるとして説明されることが多い.これは音韻形態的な説明といえるだろう.もう1つの説明としては,[2010-01-16-1]の記事で触れたように,語順規則の確立と関連づけるものがある.中英語以降,語順がおよそ定まったことにより,例えば動詞と名詞の区別は形態によらずとも語順によってつけることができるようになった.このことが品詞転換の発生に好意的に作用したとする説明がある.これは,統語的な説明といえる.
 あまり指摘されたことはないように思われるが,もう1つ,意味的な説明があり得る.説明の出発点は,再びゲルマン諸語に共通する先述の drift である.ゲルマン諸語における drift の重要性は屈折の衰退にあると解釈されることが多いが,その裏返しとして同じくらい重要なのは,語彙的意味を担う語根に焦点が当てられることになったという点である.これによって,例えば love は,文中での統語的役割は何か,語類は何かであるかなどの可変の情報を標示する負担から解放され,「愛」という語彙的意味を標示することに集中することができるようになった.love という形態は「愛」という根源的主題を表わすのに特化した形態であり,それが文中で名詞として「愛」として用いられるのか,動詞として「愛する」として用いられているのかは,副次的な問題でしかない.いずれの品詞かは統語が決定してくれる.屈折の衰退という音韻形態的な過程には,語根の焦点化という意味論的な含蓄が付随していたということは注目に値するだろう.

Le développement grammatical du germanique est donc commandé par deux grands faits: l'intensité initiale a donné aux radicaux une importance nouvelle, la dégradation des finales a tendu à ruiner la flexion, et l'a en effet ruinée dans des langues comme l'anglais et le danois. (Meillet 100)

 したがって,ゲルマン語の文法の発達は2つの重要な事実に支配されている.1つは語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えたということであり,もう1つは語尾の衰退が屈折を崩壊させがちであり,実際に英語やデンマーク語などの言語では崩壊させてしまったということである.


 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

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2010-10-11 Mon

#532. Chaucer の形容詞の屈折 [inflection][chaucer][adjective][ilame][french]

 英語史では屈折形態論の観点から,古英語,中英語,近代英語はそれぞれ次のように記述される.

 ・ Old English: full inflection
 ・ Middle English: levelled inflection
 ・ Modern English: lost inflection

 屈折というとまず最初に名詞,代名詞,動詞が思い浮かぶが,古英語では形容詞も複雑に屈折した.形容詞はそれ自体が何らかの形態クラスに分類されるわけではなく,一致する名詞とともに形態統語的に屈折するので,むしろ1つの形容詞が取りうる屈折語尾の variation は名詞などよりも幅広い.統語的な基準で弱変化屈折強変化屈折に分かれ,性・数・格のパラメータによってのべ40種類の屈折形を示す.古英語期が full inflection の時代と呼ばれる所以である.
 近代英語以降は,この多様な屈折語尾がすべて消失した ( lost inflection ) .その中間段階に levelled inflection の時代があるのだが,例えば中英語後期の Chaucer の形容詞屈折をみると,中間とはいっても限りなく lost inflection に近い.Chaucer から形容詞 good を例に挙げると,強変化単数でゼロ屈折だが,それ以外では -e をとるのみの高度に水平化されたパラダイムである.

 WeakStrong
Singulargoodegood
Pluralgoodegoode


 しかも,このようにゼロ屈折か -e 屈折かの区別をつける形容詞は「単音節で語尾が子音で終わる英語本来語」という条件つきであり,その他はすべて無屈折である.付け加えるべきは,本来語に対してフランス借用語の形容詞は原則として無屈折だが,フランス語の句を借りてきた場合などで原語の複数屈折語尾 -s が見られる例がまれにある ( ex. weyes espirituels, places delitables ) .
 形態論の歴史では中英語は過渡期の時代とみなされる傾向があり,関心や扱いも levelled になりがちである.しかし,Chaucer の形容詞の屈折体系を概観して分かるとおり,古英語に比べて遙かに levelled ではあるが,屈折が体系をなしていることは間違いない.-e や -s といった屈折語尾の存在感の薄さは否めないが,中英語における形態論の再編成という観点からみると,このような下位体系 ( subsystem ) がいかにして生み出されたかは興味深い問題を提供してくれる.

Chaucer's Adjectival Inflection

 ・ Old English Grammar by Murray McGillivray, University of Calgary
 ・ Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007. 105--06.
 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.

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2010-09-13 Mon

#504. 現代英語に存在する唯一の屈折する形容詞 [inflection][gender][adjective][french][ilame]

 [2010-07-27-1]の記事で,形容詞の比較級・最上級を示す -er / -est を形容詞の屈折と見なすべきかどうかについての議論があることを話題にした.これを除けば現代英語における形容詞の屈折は皆無といってよさそうだ.古英語では,形容詞は統語的に関連する名詞の性・数・格に応じて激しく屈折したし,さらにゲルマン諸語に特徴的な強変化屈折と弱変化屈折の使い分けも存在していたことを思うと,現代英語の状況は「屈折の消失」が英語史の流れを構成する大きな要素であることを改めて思い起こさせる.
 ところが,Bryson (26) によると,現代英語に屈折する形容詞が1つあるという.

In English adjectives have just one invariable form with but, I believe, one exception: blond/blonde.


 blond(e) 「金髪の,ブロンドの」はフランス借用語であり,借用元言語の文法にならって男性(名詞)を修飾するときには blond を,女性(名詞)を修飾するときには blonde を用いるというのが伝統的な使い分けである(発音は区別がない).しかし,この伝統は必ずしも守られなくなってきている.アメリカでは男女にかかわりなく一般に blond が用いられることが多くなってきており,イギリスでは逆に blonde が一般形として選ばれている.いずれにせよ,変化の流れとしては区別がなくなる方向に動いていると考えてよさそうだ.
 消えつつあるのかもしれないが一応いまだ存在する blond/blonde の区別を,現代英語に「残る」唯一の屈折する形容詞と表現しなかったのは,古英語以来の屈折とはタイプが異なるからである.数や格による屈折ではないし,性 ( gender ) による屈折とはいっても古英語的な文法性 ( grammatical gender ) ではなく現代英語的な自然性 ( natural gender ) による屈折にすぎない.しかも,この屈折は借用元のフランス語の文法を参照した「格好つけのまねごと」のように見える.古英語の形容詞屈折とは一線を画しており,屈折としての歴史的な連続性が感じられない.したがって,「残る」というのは必ずしも適切でないと判断した.
 OED でのこの語の初例は15世紀の Caxton だが,その後は17世紀後半まで現れず,そこでもイタリック体で綴られていることから,いまだに借用語との意識が濃厚だったにちがいない.現代英語でも,発音こそ区別しないが綴字で区別するということは意識的に保たれている区別であることを示しており,やはりフランス単語であることによって生じる「格好つけのまねごと」という色合いが強い.
 しかし,共時的にみれば性に基づく屈折であるには違いない.現代英語に存在する唯一の屈折する形容詞であるという事実は嘘ではない.この区別が今後失われていく可能性が強いことを考えると,伝統からの脱却,性差の廃止,例外的事項の規則化を示しうる言語変化の事例として注目すべきだろう.
 なお名詞としては男性に blond,女性に blonde を用いるのが一般的であり,形容詞用法とは異なり,区別はよく保たれている.

 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.

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2010-08-31 Tue

#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do [emode][syntax][synthesis_to_analysis][inflection][sociolinguistics][scots_english][do-periphrasis]

 [2010-08-26-1]の記事で見たように,迂言的 do ( do-periphrasis ) は,初期近代英語期に疑問文や否定文を中心に発達してきた.英語史の大きな視点から見ると,この発展は総合的言語 ( synthetic language ) から分析的言語 ( analytic language ) へと進んできた英語の発展の流れに沿っている.
 do, does, did を助動詞として用いることによって,後続する本動詞はいかなる場合でも原形をとれば済むことになる.主語の人称・数と時制を示す役割は do, does, did が受けもってくれるので,本動詞が3単現形や過去形に屈折する必要がなくなるからである.この流れでいけば,疑問文や否定文に限らず肯定平叙文でも do-periphrasis が発達することも十分にあり得たろう.実際に,16世紀には,現代風に強調を含意する用法とは考えられない,純粋に迂言的な do の使用が肯定平叙文で例証されており,do はこの路線を歩んでいたかのようにみえる.
 ところが,[2010-08-26-1]のグラフに示されている通り,肯定平叙文での do の使用は17世紀以降,衰退の一途をたどる.英語史の流れに逆らうかのようなこの現象はどのように説明されるのだろうか.Nurmi ( p. 179 ) は社会言語学的な視点からこの問題に接近した.Nevalainen ( pp. 109--10, 145 ) に触れられている Nurmi の説を紹介しよう.
 ロンドン地域における肯定平叙文での do の使用は,17世紀の最初の10年で減少しているとされる( Nevalainen によれば Corpus of Early English Correspondence のデータから示唆される).17世紀初頭といえば,1603年にスコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位するという歴史的な出来事( Stuart 朝の開始)があった.当時のスコットランド英語 ( Scots-English ) では肯定文での迂言的 do の使用は稀だったとされ,その変種を引きさげてロンドンに都入りした James I と彼の周辺の者たちが,その権威ある立場からロンドンで話される変種に影響を与えたのではないかという.
 この仮説は慎重に検証する必要があるが,言語変化を社会言語学的な観点から説明しようとする最近の潮流に沿った興味深い仮説である.

 ・ Nurmi, Arja. A Social History of Periphrastic DO. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki 56. Helsinki: Société Néophilologique, 1999.
 ・ Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2010-07-27 Tue

#456. 比較の -er, -est は屈折か否か [adjective][adverb][comparison][inflection]

 現代英語で形容詞や副詞の比較級,最上級を作るのに,(1) -er, -est を接尾辞として付加する方法と,(2) more, most という語を前置する方法の,大きく分けて二通りがありうる.
 一般に (1) を屈折 ( inflection ),(2) を迂言 ( periphrasis ) と呼ぶが,Kytö は (1) は実際には屈折は関わっていないという (123).そこでは議論は省略されているが,-er, -est を屈折でないとする根拠は,おそらく (a) すべての形容詞・副詞が比較を作るわけではなく,(b) ある種の形容詞・副詞は迂言的にしか比較級,最上級を作れず,(c) さらにある種の形容詞・副詞は迂言でも接尾辞付加でも作れる,などと分布がばらけているので,-er, -est の付加を,「文法的に必須である」ことを要諦とする「屈折」とみなすのはふさわしくないということなのではないか.
 一方で,Carstairs-McCarthy によると -er, -est は屈折と呼ぶべきだという.

The justification for saying that comparative and superlative forms of adjectives belong to inflectional rather than to derivational morphology is that there are some grammatical contexts in which comparative or superlative adjectives are unavoidable, anything else (even if semantically appropriate) being ill-formed: (41)


 問題は,屈折と呼び得るためには,すべての関連する語において文法的に必須でなければいけないのか,あるいはその部分集合において文法的に必須であればよいのかという点である.例えば,次の文で pretty を用いようとするならば文法的に prettier にしなければならない.

This girl is prettier/*pretty than that girl.


 この文脈では,-er は文法的に必須であるから屈折と呼んで差し支えないように思われる.しかし,beautiful を用いるのであれば,more による迂言法でなければならない.

This girl is more beautiful/*beautifuler/*beautiful than that girl.


 ここでは -er は文法的に必須でないどころか文法的に容認されないわけで,このように pretty か beautiful かなど語を選ぶようでは屈折といえないのではないかというのが Kytö の理屈だろう.
 ある語が -er をとるのか more をとるのかの区別が明確につけられるのであれば,その限りにおいて,ある語群においては -er 付加が文法的に必須ということになり,屈折と呼びうることになるのかもしれない.しかし,明確な区別がないのは[2010-06-04-1]でも述べたとおりである.屈折と呼べるかどうかは,理論的に難しい問題のようだ.

 ・ Kytö, Merja. " 'The best and most excellentest way': The Rivalling Forms of Adjective Comparison in Late Middle and Early Modern English." Words: Proceedings of an International Symposium, Lund, 25--26 August 1995, Organized under the Auspices of the Royal Academy of Letters, History and Antiquities and Sponsored by the Foundation Natur och Kultur, Publishers. Ed. Jan Svartvik. Stockholm: Kungl. Vitterhets Historie och Antikvitets Akademien, 1996. 123--44.
 ・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 134.

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2010-04-08 Thu

#346. フランス語 -ir 動詞 [french][loan_word][inflection][suffix][palatalisation]

 英語には finish, punish など,接尾辞 -ish で終わるフランス語由来の動詞がいくつかある.いずれも現代フランス語文法で第2群規則動詞,いわゆる -ir 動詞と呼ばれる動詞が英語に入ったものである.代表として punir ( PDE punish ) の現在形活用を挙げよう.

 sg.pl.
1st personje punisnous punissons
2nd persontu punisvous punissez
3rd personil punitils punissent


 フランス語は原則として語尾の文字を発音しないので,語尾に /s/ が現れるのは複数人称のみである.見出しの形(不定詞)も punir で /s/ は現れない.つまり,英語はどういうわけか複数人称にのみ表れる /s/ を,語幹の一部としてくっつけたまま借用してきたのである.そして,この /s/ 音が口蓋化によって1400年頃までに /ʃ/ 音へと変化し,<-isshe> などと綴られるようになった.以下は,現代英語 -ish と現代フランス語 -ir の対応する動詞のペアである.

EnglishFrench
abolishabolir
accomplishaccomplir
banishbannir
brandishbrandir
burnishbrunir
cherishchérir
demolishdémolir
embellishembellir
establishétablir
finishfinir
flourishfleurir
furbishfourbir
furnishfournir
garnishgarnir
impoverishappauvrir
languishlanguir
nourishnourrir
perishpérir
polishpolir
punishpunir
ravishravir
tarnishternir
vanishevanouir
varnishvernir


 通常,不定詞や単数人称の活用形あたりが無標 ( unmarked ) とみなされ,そこから語幹が取り出されるものなのだろうが,上記の語では事情が異なっていた.なぜこうした有標的な ( marked ) ことが起こったのかは,よくわからない.興味深いのは,同じ -ir 動詞に由来する語でも,英語で -ish をもたない obey ( F obéir ) のような例があることである.ただ,歴史的には obeish も英語で記録されており,-ish をもたない obey が一般化したのはなぜかという疑問が生じる.

Referrer (Inside): [2018-05-05-1] [2010-08-19-1]

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2010-03-30 Tue

#337. egges or eyren [caxton][popular_passage][plural][me_dialect][inflection][spelling]

 あまたある英語史の本のなかで繰り返し引用される,古い英語で書かれた一節というものがいくつか存在する.そういったパッセージを順次このブログに追加していき,いずれ popular_passage などというタグのもとで一覧できると,再利用のためにも便利かと思った.そこで,今日は「卵」を表す後期中英語の名詞の複数形の揺れについて Caxton が1490年に Eneydos の序文で挙げている逸話を紹介する.北部出身とおぼしき商人が,Zealand へ向かう海路の途中にケント海岸のとある農家に立ち寄り,夫人に卵を求めるという状況である.

And one of theym named Sheffelde, a mercer, cam in-to an hows and axed for mete; and specyally axed after eggys. And the goode wyf answerde, that she coude speke no frenshe. And the marchaunt was angry, for he also coude speke no frensche, but wolde have hadde egges, and she understode hym not. And thenne at laste a nother sayd that he wolde have eyren. Then the gode wyf sayd that she understode hym wel. Loo, what sholde a man in thyse dayes wryte, egges or eyren?


 [2009-11-06-1]などで触れたとおり,中英語期は方言の時代である.イングランド各地に方言が存在し,いずれの方言も(ロンドンの方言ですら!)標準語としての地位を確立していなかった.したがって,例えば北部出身の話者と南部出身の話者とが会話する場合には,それぞれが自分の方言を丸出しにして話したのであり,時にコミュニケーションが成り立たないこともありえた.上の逸話では「卵」に当たる語の複数形が南部方言では eyren,北部方言では egges だったために,当初,互いにわかり合えなかったくだりが描写されている.
 英語本来の複数形を代表しているのは南部の eyren である.古英語では「卵」を表す名詞の単数主格は ǣg という形態だった.これは r-stem と呼ばれるマイナーな屈折タイプに属する中性名詞で,その複数主格形は ǣgru のように -r- が挿入されていた.この点,child / children と同じタイプである ( see [2009-09-19-1], [2009-09-20-1], [2009-12-01-1] ).
 初期中英語までは,語尾に -(e)n が付加された異形態も含めて,古英語由来の r をもつ形態がおこなわれていた.しかし,14世紀頃から,古ノルド語由来の硬い <g> をもつ形態が北部・東中部方言に現れ始めた.現代の我々が知っているとおり,最終的に標準英語に生き残ったのは舶来の新参者 eggs のほうであるから歴史はおもしろい.
 綴字についても一言.Caxton の生きた時代は,印刷技術が登場した影響で綴字の固定化の兆しの見られる最初期であるが([2010-02-18-1]),上の短い一節のなかでも eggys, egges と語尾に異綴りが見られる.綴字の標準化は,この先150年以上かけて,17世紀から18世紀まで,ゆっくりと進行し,完成してゆくことになる.

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2010-02-16 Tue

#295. blackBlake [etymology][inflection][doublet][meosl]

 人名で Black さんと Blake さんに語源的な関係があることを最近になって知った.考えてみれば,かつての母音が短母音だったか ( /blak/ ),あるいは長母音だったか ( /bla:k/ ) の違いにすぎない.長母音をもつ異形は,後に大母音推移を経て /bleɪk/ の発音になった.
 中英語では,名詞や形容詞で,閉音節・一音節の形態と開音節・二音節の形態が交替することがあった.例えば,現代英語の hole に相当する中英語の形態としては hol /hol/ と hole /hɔ:lə/ があり得た.このような異形態が存在するのは,古英語の段階で,単数主格・対格では hol という閉音節・一音節の形態が,それ以外では複数主格・対格の holu など開音節・二音節の形態が,区別して用いられていたことに起因する.古英語の形容詞 blæc も屈折によっては blæce, blacu など開音節・二音節の形態が生じたが,この区別が中英語以降にも異形態として引き継がれ,現在の blackBlake の二重語のペアを生み出したということになる.総じて,名詞は holegate のように歴史的に開音節・二音節だった形態が生き残り,形容詞は blackglad のように歴史的に閉音節・一音節だった形態が生き残ったという ( Görlach 63 ).
 だが,black については語源を詳しく調べてみると,もっと込み入った状況があったようである.古英語には,blæc "black" の他に語源を一にする blāc "bright, pale, white" なる形容詞が存在し,中英語に至って両者の形態がマージし,意味の上でも混同が起こってくる.「黒」と「白」が合流してしまうというのだからただごとではない.
 両語とも,印欧祖語の *bhel-, *bhleg- に遡り,原義は "to shine, gleam" である.「白く燃え光る」から「焦げる」を経由して「黒くなる」というのだから,なるほど「白」と「黒」にはこのような因果関係があったのだなと感心.ここから,bleak 「荒涼とした,暗い」や bleach 「漂白する」も派生しているから,なおさら感心だ.
 とここで最初の問題に戻るが,Black さんと Blake さんのあいだに語源的な関係があることはわかったが,(もし肌や髪の色などにちなんで名付けたのであれば)どちらが黒くてどちらが白かったのだろうか.あるいは,両者とも黒あるいは白だったのだろうか.意味も形態も混乱していたのであれば,解決の糸口はないか・・・.

 ・Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.

Referrer (Inside): [2015-08-04-1]

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2010-01-02 Sat

#250. 古英語の屈折表のアンチョコ [oe][inflection][chart][link]

 正月でお酒が回ってきたので軽い話題を一つ.
 OE Inflection Magic Sheetから,非常にコンパクトにまとまった古英語の屈折表をPDFで落とすことができる(直接にはこちら).A4用紙1枚にカラーで印刷できるので,試験前のアンチョコとして申し分ない.名詞,形容詞,代名詞,動詞の主要な屈折が掲げられている.  *
 私は中英語の形態論を主な研究領域としているので古英語の屈折は熟知していなければならないはずなのだが,かなりの部分が記憶から抜け落ちてしまっている.新年でもあるし,改めて覚えなおすか・・・.せめて手帳に挟み込んでおくことにする.

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2009-11-07 Sat

#194. shadowshade [doublet][etymology][register][inflection][oe]

 英語には二重語が数多く存在するので,この話題には事欠かない.今回は,綴りも発音も意味もよく似ていることが直感的にわかる shadow 「影」と shade 「陰」の関係について.
 両単語はゲルマン系の語であり,元来は一つの語だったと思われる.だが,古英語の時点ではすでに二つの形態に分化して存在していた.一つは女性強変化名詞の sċeadu,もう一つは中性強変化名詞の sċead である.両方の屈折表を掲げよう.

Paradigm of OE sceadu

 形態的には,現代英語の shade は,古英語の sċeadu の単数主格形(あるいは sċead の母音語尾をもつ屈折形)に由来する.一方,現代英語の shadow は,古英語の sċeadu の屈折形のうち <w> の現れる形態に由来する.
 形態としてはこのように二語が区別されていたが,意味のほうは必ずしも「影」と「陰」で厳密に区別されていたわけではないようである.互いに混同しながら徐々に意味の分化が起こってきたと考えるべきだろう.
 同一語の主格形と斜格形がそれぞれ生き残って現代に伝わった興味深い例だが,類例としては meadmeadow 「牧草地」が挙げられる.ただ,このペアの場合には意味の違いはない.後者が一般的な語であり,前者が詩的な響きを有するというレジスター ( register ) の差があるのみである.

Referrer (Inside): [2020-07-13-1] [2014-11-18-1]

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2009-11-04 Wed

#191. 古英語,中英語,近代英語は互いにどれくらい異なるか [typology][germanic][inflection][morphology]

 授業で古英語,中英語の順にテキストを読み進めていくと,ほとんどの学生が,古英語から中英語に移ったときに現代英語にぐんと近づいたと感じる,と口にする.古英語を初めて読むとまるで英語とは思えないが,中英語は初めて読んでも現代英語とのつながりが感覚として感じられる,ということもよく聞かれる.では,主観的な感覚ではなく客観的な基準で,古英語,中英語,近代英語の異なり具合を評価できないだろうか.いいかえれば,言語類型論的に,英語の各段階はどのくらい似ていてどのくらい異なっているのだろうか.
 誰しもが認める「客観的な基準」を設けるのは不可能であり,どこまでも主観がついて回るという限界を前提としつつ,Lass の評価を紹介する.Lass (30) は,10の言語特徴を選び出し,それを基準にして,主要なゲルマン語の「古さ」 ( archaism ) を数値化した.その結果,以下のようなランキング表が得られた( Nevalainen に要約されている図表より).

RankLanguage(s)
1.00Gothic, Old Icelandic
0.95Old English
0.90Old High German, Modern Icelandic
0.85
0.80
0.75
0.70
0.65
0.60Middle High German, Modern German, Middle Dutch
0.55
0.50
0.45
0.40
0.35Middle English, Modern Swedish, Modern Dutch
0.30
0.25
0.20
0.15Afrikaans
0.10
0.05
0.00Modern English


 これによると,近代英語と中英語の差は 0.35 で,中英語と古英語の差は 0.6 であるから,多くの学生の感覚が客観的に裏付けられたことになる.

 ・Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006. 2, 9--10.
 ・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41.

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2009-10-28 Wed

#184. two の /w/ が発音されないのはなぜか [numeral][etymology][pronunciation][vowel][phonetics][inflection][oe][sobokunagimon]

 [2009-07-22-1], [2009-07-25-1]one の綴りには <w> がないのになぜ /w/ が発音されるかを見たが,今回は逆に two の綴りに <w> があるのになぜ /w/ が発音されないかを考えてみたい.
 数詞は形容詞の一種であり,古英語では two も以下のように性と格で屈折した(数については定義上,常に複数である).

Paradigm of OE numeral twa

 古英語では独立して「2」を表す場合には女性・中性形の twā が使われ,現在の two につらなっているが,男性形も twain として現代英語に残っている.
 さて,/w/ 音は,母音 /u/ が子音化したものであるから,調音的性質は同じである.母音四辺形[2009-05-17-1]をみると,
高・後舌・円唇という調音的性質をもつことがわかる./w/ や /u/ は口の奥深くという極端な位置での調音となるため,周辺の音にも影響を及ぼすことが多い.twā でいうと,後続する母音 /a:/ が /w/ 音に引っ張られ,後舌・円唇化した結果,/ɔ:/ となった.後にこの /ɔ:/ は /o:/ へ上昇し,そして最終的には /u:/ へと押し上げられた.そして,/w/ 音はここにきて役割を終えたかのごとく,/u:/ に吸収されつつ消えてゆく.まとめれば,次のような音変化の過程を経たことになる.

/twa:/ → /twɔ:/ → /two:/ → /twu:/ → /tu:/


 最後の /w/ 音の消失は15?16世紀のことで,この単語のみならず,子音と後舌・円唇母音にはさまれた環境で,同じように /w/ が消失した.whosword においても,綴りでは <w> が入っているものの /w/ が発音されないのはこのためである./w/ の消失は「子音と後舌・円唇母音にはさまれた環境」が条件であり,「子音と前舌母音にはさまれた環境」では起こらなかったため,twain, twelve, twenty, twin などでは /w/ 音はしっかり保たれている.
 swollen 「膨れた」や swore 「誓った」などでも,上の条件に合致したために /w/ 音が一度は消失したのだが,それぞれの動詞の原形である swellswear で /w/ 音が保持されていることから,類推作用 ( analogy ) により後に /w/ が復活した.多くの語で /w/ 音がこのように復活したので,むしろ two, who, sword が例外的に見えてしまうわけである.

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2009-10-24 Sat

#180. 古英語の人称代名詞の非対称性 [personal_pronoun][oe][inflection][paradigm]

 [2009-09-29-1]で古英語の人称代名詞の屈折表(三人称のみ)を掲げた.複雑に見えるが,この語類だけは loss of inflection の時代と呼ばれる近代英語期に至っても多くの屈折を残している.今日は,古英語の人称代名詞について,もう少し詳しく述べる.
 古英語の人称代名詞体系は,数 ( number ),格 ( case ),人称 ( person ),性 ( gender ) の四つのカテゴリーによって屈折した.以下,各カテゴリーの中身.

 数:単数,双数,複数
 格:主格,対格,属格,与格
 人称:一人称,二人称,三人称
 性:男性,女性,中性

 [2009-09-29-1]の表では「双数」 ( dual ) には触れなかったが,古英語では単数と複数の中間として,特別に「二人」を示す代名詞が存在した.だが,実際には古英語でもすでに廃れつつあった.双数を含めた人称代名詞体系の拡大版を掲げる.

Paradigm of OE Personal Pronouns Extended

 この表から,古英語から現代英語にかけて人称代名詞体系にどんな変化が起こったかが読み取れようが,ここでは,一つ一つの具体的な変化を考えるよりも,そもそも古英語の段階から人称代名詞体系が非対称だったという事実に注目してみたい.
 本来,数,格,人称,性でフルに屈折するのであれば,3 x 4 x 3 x 3 = 108 のセルからなる表ができあがるはずだが,実際には40セルしか埋まっていない.これだけ見ても体系が不完全であることがよくわかる.各カテゴリーについて非対称的・非機能的な点を指摘しよう.

 ・双数が1人称と2人称にしか存在しない
 ・1人称と2人称では,対格と与格の形態的区別がない(かっこ内は古い形態を示す)
 ・3人称で,his, him, hiere, hit が異なる複数の機能を果たしている
 ・2人称と3人称でいう(双数と)複数は,対応する単数が複数集まったものと考えられるが,1人称の双数と複数は,対応する単数である「私」が複数集まったものではない.あくまで,私とそれ以外のものの集合である.
 ・性が区別されるのは,三人称単数のみである.

 「体系」と呼びうるためには,それなりの対称性が必要である.欠陥がありつつも一応は表の形で表すことができるので,そこそこの対称性はあるということは間違いないが,期待されるほど綺麗な体系ではない.非対称性に満ちているといってよい.
 しかし,なぜそのような非対称が生じるのか.なぜカテゴリーによって区別の目が粗かったり細かかったりするのか.言語には体系を指向する力と体系を乱す力がともに働いており,その力関係は刻一刻と変化している.一定にとどまっていることがない以上,たとえある段階でより対称的になったとしても,次の段階ですぐに非対称へと逆行する.言語における体系は,ある程度の非対称をもっていることが常態なのかもしれない.

 ・Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997. 64--66.

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