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syntax - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-09-27 06:02

2013-09-09 Mon

#1596. 分極の仮説 [lexical_diffusion][language_change][speed_of_change][generative_grammar][negative][syntax][do-periphrasis][schedule_of_language_change]

 標題は英語で "polarization hypothesis" と呼ばれる.児馬先生の著書で初めて知ったものである.昨日の記事「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]) および「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) などで言語変化の進行パターンについて議論してきたが,S字曲線と分極の仮説は親和性が高い.
 分極の仮説は,生成文法やそれに基づく言語習得の枠組みからみた言語変化の進行に関する仮説である.それによると,文法規則には大規則 (major rule) と小規則 (minor rule) が区別されるという.大規則は,ある範疇の大部分の項目について適用される規則であり,少数の例外的な項目(典型的には語彙項目)には例外であるという印がつけられており,個別に処理される.一方,小規則は,少数の印をつけられた項目にのみ適用される規則であり,それ以外の大多数の項目には適用されない.両者の差異を際立たせて言い換えれば,大規則には原則として適用されるが少数の適用されない例外があり,小規則には原則として適用されないが少数の適用される例外がある,ということになる.共通点は,例外項目の数が少ないことである.分極の仮説が予想するのは,言語の規則は例外項目の少ない大規則か小規則のいずれかであり,例外項目の多い「中規則」はありえないということだ.習得の観点からも,例外のあまりに多い中規則(もはや規則と呼べないかもしれない)が非効率的であることは明らかであり,分極の仮説に合理性はある.
 分極の仮説と言語変化との関係を示すのに,迂言的 do ( do-periphrasis ) による否定構造の発達を挙げよう.「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) ほかの記事で触れた話題だが,古英語や中英語では否定構文を作るには定動詞の後に not などの否定辞を置くだけで済んだ(否定辞配置,neg-placement)が,初期近代英語で do による否定構造が発達してきた.do 否定への移行の過程についてよく知られているのは,know, doubt, care など少数の動詞はこの移行に対して最後まで抵抗し,I know not などの構造を続けていたことである.
 さて,古英語や中英語では否定辞配置が大規則だったが,近代英語では do 否定に置き換えられ,一部の動詞を例外としてもつ小規則へと変わった.do 否定の観点からみれば,発達し始めた16世紀には,少数の動詞が関与するにすぎない小規則だったが,17世紀後半には少数の例外をもつ大規則へと変わった.否定辞配置の衰退と do 否定の発達をグラフに描くと,中間段階に著しく急速な変化を示す(逆)S字曲線となる.

Polarization Hypothesis

 語彙拡散と分極の仮説は,理論の出所がまるで異なるにもかかわらず,S字曲線という点で一致を見るというのがおもしろい.
 合わせて,分極の仮説の関連論文として園田の「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」を読んだ.園田は,分極の仮説を,生成理論の応用として通時的な問題を扱う際の補助理論と位置づけている.

 ・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.
 ・ 園田 勝英 「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」『The Northern Review (北海道大学)』,第12巻,1984年,47--57頁.

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2013-08-10 Sat

#1566. existential there の起源 (2) [adverb][syntax][oe][grammaticalisation][existential_sentence]

 昨日の記事[2013-08-09-1]に引き続き,存在の there の起源の問題について.位置を表わす指示的な用法の there を locative there と呼ぶことにすると,locative there の指示的な意味が薄まり,文法的な機能を帯びるようになったのが existential there であるというのが一般的な理解だろう.文法化 (grammaticalisation) の1例ということである.
 Bolinger は,文法化という用語こそ用いていないが,existential there の起源と発達を上記の流れでとらえている.以下は,Breivik の論文からの引用である(Breivik は存在の用法を there2 として,指示詞の用法を there1 として言及している).

Bolinger argues that there2 'is an extension of locative there' . . . and as such does refer to a location, but he characterizes this as a generalized location to which there2 refers 'in the same abstract way the the anaphoric it refers to a generalized "identity" in It was John who said that' . . . . According to Bolinger . . ., '[there2] "brings something into awareness", where "bring into" is the contribution of the position of there and other locational adverbs, and "awareness" is the contribution of there itself, specifically, awareness is the abstract location. . .' (337)


 Bolinger は,具体的な位置を表わす there1 が,抽象的な気付きを表わす there2 へ移行したと考えていることになる.
 Breivik は Bolinger のこの見解を "impressionistic account" (337) として否定的に評価しており,件の機能の移行は文証されないと主張する.むしろ,there1there2 の用法は,現代英語における区別とは異なるものの,すでに初期古英語でも明確に区別がつけられていたはずだと論じている.

There is no evidence in the material utilized for the present investigation that there2 originated as there1, meaning 'at that particular place'. We have presented conclusive evidence that there2 sentences occurred already in early OE. The factors governing the use or non-use of there2 in older English were, however, different from those operative today. If there2 did indeed derive from there1, the separation must have occurred before the OE period. Whether or not there2 carried any semantic weight in OE and ME is a question we know nothing about. However, to judge from my material, it does not seem likely that OE and ME there2 was used to refer to what Bolinger, in his discussion of present-day English there2, calls an 'abstract location'. (346)


 there1there2 は互いに起源的に無関係であるとまでは言わないものの,Breivik は,歴史時代までに両用法がはっきりと分かれていたという点を強調している.
 最初期の用例の読み込み方に依存する難しい問題だが,証拠の精査と理論の構築との対話について考えさせられる問題でもある.

 ・ Breivik, L. E. "A Note on the Genesis of Existential there." English Studies 58 (1977): 334--48.

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2013-08-09 Fri

#1565. existential there の起源 (1) [adverb][syntax][oe][existential_sentence]

 存在を表わす there is/are . . . . 構文に用いられる形式的な there は,存在の there (existential there) ,あるいは虚辞の there (expletive there) と呼ばれている.OED では there, adv. の語義4にこの用法が記されている.初例は古英語となっており,古い起源をもつことがわかる.また,MED では thēr (adv.) の 3a, 3b の語義のもとに,この there の用法が多くの用例とともに記述されている.
 存在の there の発生については,Mustanoja (337) が以下のように述べている.

ANTICIPATORY AND EXISTENTIAL 'THERE.' --- The use of anticipatory and 'existential' there goes back to OE . . . . In this function there occurs mainly in conjunction with intransitive verbs: --- an cniht þer com ride (Lawman A 26187); --- now knowe I that ther reson in the failleth (Ch. TC i 764); --- whilom ther was dwellynge in Lumbardie A worthy knyght (Ch. CT E 1245); --- him thenkth ther is no deth comende (Gower CA i 2714); --- and some þer were . . . That pleined sore (Lydgate TGlas 179). There is occasionally found also with transitive verbs, usually before an auxiliary of tense or mood: --- whan it was ones itend . . . þere couþe no man it aquenche wiþ no craft (Trev. Higd. I 223). . . . / It is unnecessary to explain this use of there as a reflection of Celtic influence on English, as has been done by W. Preusler . . . . The construction occurs in other Germanic languages too (e.g. Sw. där ligger en bok på bordet).


 存在の there が古英語から見られたことは確かなようだが,その分布については議論がある.小野・中尾 (367) によると,論者によっては,後期散文で ChronBede では少ないが Ælfric には多いとする者もあれば,初期散文や Beowulf などの韻文でも多く現われると主張する者もある.OED や小野・中尾よりいくつかの例を挙げよう.

 ・ þa com þær gan in to me heofencund Wisdom. (Ælfred tr. Boethius De Consol. Philos. iii. §1)
 ・ þa com þær ren and mycele flod and þær bleowun windas. (West Saxon Gospels: Matt. (Corpus Cambr.) vii. 25)
 ・ 7 þær is mid Estum ðeaw, þonne þær bið man dead, þæt. . . (''Or 20, 19--20)
 ・ On ðæm dagum þær wæron twa cwena (Or 46, 36; in Latin "Duae tunc sorores regno praeerant")
 ・ þær wæs sang and sweg samod ætgædere fore Healfdenes hildeswican (Beowulf 1063)


 Traugott (218--19) によれば,初期古英語ではこの構文が稀であることは確かなようだ.また,文脈を考慮すると,とりわけ話し言葉の特徴だったのではないかという可能性も指摘されている.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
 ・ 小野 茂,中尾 俊夫 『英語史 I』 英語学大系第8巻,大修館書店,1980年.
 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Cambridge: CUP, 1992. 168--289.

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2013-07-17 Wed

#1542. 接続詞としての for [conjunction][syntax][prototype]

 接続詞として用いられる for の用法がある.古風・文語的ではあるが,主節の内容に対する主観的な根拠を補足的に述べるときに用いられる.書き言葉では for の前にコンマ,セミコロン,ダッシュなどの句読点が置かれ,軽い休止を伴う.例文をいくつか挙げよう.

 ・ It was just twelve o'clock, for the church bell was ringing.
 ・ We listened eagerly, for he brought news of our families.
 ・ I believed her --- for surely she would not lie to me.
 ・ He found it increasingly difficult to read, for his eyesight was beginning to fail.
 ・ She remained silent, for her heart was heavy and her spirits low.
 ・ The man was different from the others, with just a hint of sternness. For he was a coroner.


 この for は,根拠や理由を述べる典型的な従属接続詞である because, since, as などと用法が部分的に重なる.実際に方言などでは "I did it for they asked me to do it." などと直接に理由を述べる because に近い用例もある.しかし,いくつかの点で,because などの従属接続詞とは統語的な性質が異なり,それゆえ,むしろ等位接続詞として分類されることもある.
 例えば,for の導く節を前に持ってくることはできない (ex. * For he was unhappy, he asked to be transferred.) .また,it is . . . that の強調構文の強調の位置に for 節をもってくることはできない.because A and because C などと and により並置できるが,for A and for B などとはできない.直前に just, only, simply, chiefly などの副詞を置くことができない,等々.
 だが,for は等位接続詞らしからぬ振る舞いを示すことも確かである.例えば,典型的な等位接続詞 or では,I may see you tomorrow or may phone later in the day. などと主語が同じ場合,第2の節における主語は省略できるが,for では省略できない (ex. * He did not want it, for was obstinate) .
 Quirk et al. (927--28) は,従属接続詞と等位接続詞を分ける絶対的な基準はないとしながらも,総合的には for は前者に分類するのが適切だと考えている.ifbecause のような prototypical な従属接続詞ではないものの,prototypical な等位接続詞である andor からの隔たりのほうが大きいと判断している.Quirk et al. (927) による統語的基準6点と,等位から従属への連続性を示す表を以下に挙げよう.(表中の「±」は条件によっては該当項目を満たしたり満たさなかったりすることを,「×」は (and) yet ように and などの前置が任意であることを示す.)

(a) It is immobile in front of its clause.
(b) A clause beginning with it is sequentially fixed in relation to the previous clause, and hence cannot be moved to a position in front of that clause.
(c) It does not allow a conjunction to precede it.
(d) It links not only clauses, but predicates and other clause constituents.
(e) It can link subordinate clauses.
(f) It can link more than two clauses, and when it does so all but the final instance of the linking item can be omitted.

Table 13.18 Coordination--conjunct--subordination gradients
Coordination--Conjunct--Subordination Gradients


 なお,OEDMED によると,歴史的には接続詞としての for は,古英語から中英語への過渡期に初出している.


 ・ 1123 Peterb.Chron. (LdMisc 636) an.1123: Ac hit naht ne beheld, for se biscop of Særes byrig wæs strang.
 ・ c1150 Serm. in Kluge Ags. Lesebuch 71 Hwu sceal þiss gewurðen, for ic necann naht of weres gemane.
 ・ 1154 Anglo-Saxon Chron. anno 1135, On þis kinges time wes al unfrið..for agenes him risen sone þa rice men.


 単体で接続詞として用いられる for の前身として,古英語では ðe を伴って接続詞化した forþam, forþan, forði が見られたし,13世紀には for that などの compound connective も現われた.接続詞としては周辺的ではあるものの,案外と古い歴史をもっていることがわかる.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2023-03-02-1]

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2013-07-16 Tue

#1541. Mind you の語順 [imperative][word_order][syntax][emode]

 現代英語では,2人称に対する命令文では,通常,主語の you は省略される.ただし,相手に対するいらだちを表わしたり,特定の人を指して命令する場合には,会話において you が現われることも少なくない.その場合には "Come on! You open up and tell me everything." のように,you が動詞の前位置に置かれ,強勢を伴う.
 しかし,初期近代英語までは,主語の youthou が省略されずに表出する場合には,動詞の後位置に現われた.荒木・宇賀治 (406) および細江 (149) に引用されている,Shakespeare や聖書からの例を挙げよう.

 ・ Bring thou the master to the citadel (Oth II. i. 211)
 ・ So in the Lethe of thy angry soul Thou drown the sad remembrance of those wrongs Which thou supposest I have done to thee. (R 3 IV. iv. 250--2)
 ・ So speak ye, and do so. --- James, ii. 12.
 ・ Go, and do thou likewise. --- Luke, x. 37.


 18世紀以降は,主語が動詞に前置される語順が次第に優勢となったが,否定命令文では,いまだに "Don't you be so sure of yourself." のように,youdon't の後位置に置かれる(強勢は don't のほうに落ちる).これは,古い英語の名残である.同様の名残に,現代英語の mind you, mark you, look you なども挙げられる.これらの you は動詞の目的語ではなく,あくまで命令文において明示された主語である.いずれも,「いいかい,よく聞け,忘れるな,言っておくが」ほどの意味で,略式の発話において内緒話を導入するときや聞き手の注意を引くときに用いる.you に強勢が置かれる.

 ・ Mind you, this is just between you and me.
 ・ Cellphones are becoming more and more popular. Mind you, I don't like cellphones.
 ・ I've heard they're getting divorced. Mind you, I'm not surprised --- they were always arguing.
 ・ She hasn't had much success yet. Mark you, she tries hard.
 ・ Her uncle's just given her a car --- given, mark you, not lent.


 OED によると,mind you の初例は1768年(語義12b),mark you は Shakespeare (語義27b),look you も Shakespeare (語義4a)であり,近代英語期からの語法ということになる.なお,Look ye. 「見よ」については,「#781. How d'ye do?」 ([2011-06-17-1]) の記事も参照.

 ・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

Referrer (Inside): [2019-05-08-1]

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2013-06-08 Sat

#1503. 統語,語彙,発音の社会言語学的役割 [variation][syntax][lexicon][variety][sociolinguistics][terminology][linguistic_area]

 これまでの記事でも言語項(目) (linguistic item) という術語を用いてきた.これは変異を示しうるあらゆる言語単位を指すための術語として,Hudson (21--22) によって導入されたものである.より一般的な言語学用語では "lexical items" (単語), "sounds" (発音), "constructions" (構文)などと単位が区別されているが,いずれも社会的な変異を示すという点で違いはなく,単位が何であれ,それを指示できる術語が欲しいというわけである.
 しかし,あえて言語項目を上記3つの単位に区別して,それぞれの単位における変異がもつ社会言語学的な機能を考えるとき,そこに差はあるのだろうか.つまり,単語の変異,発音の変異,構文の変異とを比べると,社会言語学的にみて,変異の質に違いはあるのだろうか.
 この問題を考察するにあたって,日本語でも英語でも,発音の変異は単語や構文の変異とは異なる扱いを受けやすいという事実を指摘しておこう.地域方言について話題にするとき,一般に,語彙や文法の違いよりも,発音の違いを指摘することが多い.訛り (accent) として言及されるものである.英語の英米差でも,語彙にも文法にも相違点はあるが,それぞれの変種の母語話者は,まず発音によって相手の変種を認識する.音声は物理的な現象として直接的な変異のインデックスとみなされやすいという事情がありそうだ.そこで,発音は話者の出自を示す社会言語学的な機能を,他の単位よりも強くもっていると仮定することができる.では,それに対して語彙や構文の変異はどのような機能をもっていると仮定できるか.
 Hudson (44--45) は,バルカン半島や南インドの言語圏 (linguistic area) において,文法項目が言語の垣根を越えて広がっている例を挙げながら,構文などの文法項目は語彙や発音に比べて変異の量が少ないという仮説を立てている.一方,これらの言語圏では,語彙の変異は社会的な差異を表わすのに有効に活用されている.ここから,Hudson (45) は言語項目を構成する3つの単位について,一般的な仮説を提起した.

A very tentative hypothesis thus emerges regarding the different types of linguistic items and their relations to society, according to which syntax is the marker of cohesion in society, with individuals trying to eliminate alternatives in syntax from their individual language. In contrast, vocabulary is a marker of divisions in society, and individuals may actively cultivate alternatives in order to make more subtle social distinctions. Pronunciation reflects the permanent social group with which the speaker identifies.


 団結を表わす構文,相違を表わす語彙,アイデンティティを表わす発音.検証すべき仮説として,実に興味をそそられる.

 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.

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2013-05-15 Wed

#1479. his 属格の衰退 [genitive][clitic][synthesis_to_analysis][syntax][metanalysis]

 his 属格については「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]) で取り上げ,その英語史上の重要性を「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1]) で論じた.
 後者では,Janda と Allen の見解の違いに言及した.Janda は名詞句の前接語 (enclitic) としての -'s の発達を媒介した構造として,his 属格をおおいに評価したのに対して,Allen は歴史的な -es 属格の統語的な異分析 (metanalysis) により十分に説明されるとして,his 属格の関与を評価しない.両者の議論には一長一短あるが,his 属格が用いられるようになったある段階で異分析が生じたということは間違いない.
 his 属格の出現と発達についてはさらに議論が必要だろうが,his 属格の衰退についてはあまり注目されない.his 属格は,古英語や中英語に萌芽が見られ,15世紀以降に盛んになり,17世紀まで存続したが,18世紀中頃までには廃れた.廃用となった背景には何があったのだろうか.
 Janda (247--48) は,次のように論じている.

Though 'very rare in the North and infrequent in the rest of the country, [it] gains ground considerably in the 15th century and remains a popular means of expression right down to the 17th' (M:161). 'The use of his . . . as a sign of the genitive . . . had its widest currency in the sixteenth and seventeenth centuries' (P:196). Use of the construction declined gradually thereafter, so that it was virtually lost by the mid-eighteenth century. It has been conjectured that '[t]he pronoun form dropped out partly perhaps because of the antipathy of most stylists from the sixteenth century on to "pleonastic" or repetitive pronouns' (T:125)--and, in general, to any analyticity (periphrasis) in English where it diverged from Latin syntheticity. (247--48)


 つまり,16世紀以降の文体論者が (1) his 属格のもつ冗長さを嫌い,(2) ラテン語のもつ総合性と対置される英語の分析性を嫌ったためではないかという.また,Janda は別の箇所 (250) で,-'s という表記上の慣例が確立すると,機能的にも,(h と母音の弱化による音節性の消失を通じて)音韻的にも等価な his 属格を分析的に解釈する契機が少なくなったのではないかという趣旨のことを述べている.文体的および音韻的な条件の組み合わせにより,his 属格よりも -'s のほうが圧倒的に好まれるようになったということだが,この仮説を受け入れるためには,いずれの条件についても詳細な検証が必要だろう.

 ・ Janda, Richard. "On the Decline of Declensional Systems: The Overall Loss of OE Nominal Case Inflections and the ME Reanalysis of -es as his." Papers from the Fourth International Conference on Historical Linguistics. Ed. Elizabeth C. Traugott, Rebecca Labrum, and Susan Shepherd. Amsterdam: John Benjamins, 1980. 243--52.
 ・ Allen, Cynthia L. "The Origins of the 'Group Genitive' in English." Transactions of the Philological Society 95 (1997): 111--31.

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2013-04-30 Tue

#1464. 仮定法過去完了構文の異形 [syntax][ame][lmode][perfect][tense]

 受験英文法などで必ず覚えさせられる構文の代表選手に仮定法過去完了の構文がある.助動詞が3つも出てくる癖の強い構文である.

If I had missed the train, I would have had no chance to see the woman of destiny.


 条件節では had + 過去分詞が要求され,帰結節では would have + 過去分詞が要求されるのが規則である.両方の節で異なる助動詞(の組み合わせ)が要求されるので学習者にとって混乱しやすい.
 学習者ならずとも英語母語話者にとっても厄介な構文だからか,Leech et al. (63) によると,AmE で次のような構文が口語で聞かれると言われる.

If I would have missed the train, I would have had no chance to see the woman of destiny.


 この構文では主節と従属節の両方で would have という同じ助動詞の組み合わせが繰り返されており,より単純である.同じ構文は,Denison (300) によると非標準の後期近代英語でも観察されるという.

Certainly, non-standard examples like the following are not uncommon, especially where there is some trace of a volitional meaning in would, (595a), or a non-English substratum, though Fillmore regards . . . it as common in current American usage:

(595) a. I think if he would have let me just look at things quietly . . . it would have been all right (1877 Sewell, Black Beauty xxxix. 123)
        b. If I would have known that, I would have acted differently.


 あくまで非標準的な響きをもった口語上の異形なのだろうが,それ自体が少なくとも100年以上の歴史をもった構文であることには注意しておきたい.条件説と帰結説で would have done を共有する上記の例のほか,had done を共有する例も後期近代英語には見られた.parallel structure への志向は,弱いながらも常に作用している力と考えられるのではないか.

 ・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.
 ・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998. 92--329.

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2013-03-14 Thu

#1417. 群属格の発達 [genitive][clitic][synthesis_to_analysis][metanalysis][corpus][ppcme2][syntax]

 近代英語以降の apostrophe s は,名詞につく屈折接尾辞とみなすよりは,名詞句につく前接語 (enclitic) とみなすほうが正確である.というのは,the king of England's daughter のような群属格 (group genitive) としての用法が広く認められるからである.apostrophe s は,語に接続する純粋に形態的な単位というよりは,語群に接続する統語的な単位,すなわち接語 (clitic) とみなす必要がある.
 しかし,apostrophe s の起源と考えられる -es 語尾は,中英語以前には,確かに名詞につく屈折語尾だった.それが名詞句へ前接し,群属格を作る用法を得たのはなぜか.その契機は何だったのか.英語史でも盛んに議論されてきた問題である.
 一つの見方 (Janda) によれば,群属格への発展の途中段階で「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]) が媒介として作用したのではないかという.この説を単純化して示せば,(1) 属格語尾 -es と人称代名詞の男性単数属格 his とが無強勢で同音となる事実と,(2) 直前の名詞句を受ける代名詞としての his 属格の特性との2点が相俟って,次のような比例式が可能となったのではないかという.

king his doughter : king of England his doughter = kinges doughter : X
X = king of Englandes doughter


 しかし,Allen はこの説に同意しない.PPCME2 やその他の中英語テキストを走査し,関与するあらゆる例を検討した結果,his 属格が媒介となって群属格が生じたとする見解には,証拠上,数々の無理があるとする.Allen は,とりわけ,"attached genitive" (歴史的な -es 属格)と "separated genitive" (his 属格)との間に,統語環境に応じての分布上の差がないことを根拠に,中英語の his 属格は "just an orthographical variant of the inflection" (118) であると結論する.
 では,群属格の発達が his 属格を媒介としたものではなかったとすると,他にどのような契機がありえたのだろうか.Allen はその答えとして,"the gradual extension of the ending -es to all classes of nouns, making what used to be an inflection indistinguishable from a clitic" (120) を提案している.14世紀末までに属格語尾が一律に -(e)s を取り得るようになり,これがもはや屈折語尾としてではなく無変化の前接語と捉えられるに至ったのではないかという.また,最初期の群属格の例は,The grete god of Loves name (Chaucer, HF 1489) や þe kyng of Frances men (Trevisa's Polychronicon, VIII, 349.380) に見られるような,出自を示す of 句を伴った定型句であり,複合名詞とすら解釈できるような表現である.これが一塊と解され,その直後に所有を示す -(e)s がつくというのはまったく不思議ではない.
 さらに Allen は,16世紀後半から現われる his 属格と平行的な her 属格や their 属格については,すでに-(e)s による群属格が確立した後の異分析 (metanalysis) の結果であり,周辺的な表現にすぎないと見ている.この異分析を,"spelling pronunciation" ならぬ "spelling syntax" (124) と言及しているのが興味深い.
 Allen の結論部を引用しよう (124) .

A closer examination of the relationship between case-marking syncretism and the rise of the 'group genitive' than has previously been carried out provides evidence that the increase in syncretism led to the reanalysis of -es as a clitic. There is evidence that this change of status from inflection to clitic was not accomplished all at once; inflectional genitives coexisted with the clitic genitive in late ME and the clitic seems to have attached to conjoined nouns and appositives before it attached to NPs which did not end in a possessor noun. The evidence strongly suggests that the separated genitive of ME did not serve as the model for the introduction of the group genitive, and I have suggested that the separated genitive was an orthographic variant of the inflectional genitive, but that after the group genitive was firmly established there were attempts to treat it as a genitive pronoun.


 Allen は Appendix I にて,Mustanoja (160) 等がhis 属格として挙げている古英語や中英語からの例([2011-07-25-1]で挙げた例)の多くが疑わしい例であると論じている.
 なお,群属格については,Baugh and Cable (241) にも簡単な言及がある.

 ・ Janda , Richard. "On the Decline of Declensional Systems: The Overall Loss of OE Nominal Case Inflections and the ME Reanalysis of -es as his." Papers from the Fourth International Conference on Historical Linguistics. Ed. Elizabeth C. Traugott, Rebecca Labrum, and Susan Shepherd. Amsterdam: John Benjamins, 243--52.
 ・ Allen, Cynthia L. "The Origins of the 'Group Genitive' in English." Transactions of the Philological Society 95 (1997): 111--31.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2013-03-03 Sun

#1406. 束となって急速に生じる文法変化 [causation][language_change][speed_of_change][generative_grammar][lexical_diffusion][grammatical_change][auxiliary_verb][syntax][genitive][case]

 言語変化あるいは文法変化の速度については speed_of_change の各記事で取り上げてきたが,ほとんどが言語変化の遅速に関わる社会的な要因を指摘するにとどまり,理論的には迫ってこなかった.「#621. 文法変化の進行の円滑さと速度」 ([2011-01-08-1]) で,言語を構成する部門別の変化速度について,少し論じたぐらいである.
 生成文法では,子供の言語習得に関わるメカニズムと Primary Linguistic Data (PLD) とよばれる入力の観点から,共時的に文法変化が論じられてきた.この議論の第一人者は Lightfoot である.Lightfoot は2006年の論文で長年にわたる持論を要約している.

Changes often take place in clusters: apparently unrelated superficial changes occur simultaneously or in rapid sequence. Such clusters manifest a single theoretical choice which has been taken differently. If so, the singularity of the change can be explained by the appropriately defined theoretical choice. So the principles of UG and the definition of the cues constitute the laws which guide change in grammars, defining the available terrain. Any change is explained if we show, first, that the linguistic environment has changed and, second, that the new phenomenon . . . must be the way that it is because of some principle of the theory and the new PLD. (42)


 引用の第1文に,言語変化においては,関連する変化が束となって同時にあるいは急速に生じる,とある.別の引用も示そう.

[I]f grammars are abstract, then they change only occasionally and sometimes with dramatic consequences for a wide range of constructions and expressions; grammar change tends to be "bumpy," manifested by clusters of phenomena changing at the same time . . . . (27)


 この論文のなかで,Lightfoot は,can, may, must などの法助動詞化 (auxiliary_verb) が,関与する多くの語において短期間に生じ,16世紀初期までに完了したこと,do-periphrasis ([2010-08-26-1]) が18世紀に生じたこと,この2つの一見すると関連しない英語史における文法変化が,V-to-I operation という過程の消失によって関連づけられることを論じる.また,英語史における主要な問題である格の衰退と語順の発達の関係について,split genitive, group genitive, of による迂言的属格,-'s の盛衰を例にとり,格理論を用いることで一連の文法変化が関連づけて説明できると主張する.
 「束となって」「急速に」というのが,Lightfoot の言語変化論において最も重要な主張の1つである.この点でおそらく間接的に結びついてくるのが,語彙拡散 (lexical_diffusion) だろうと考えている.語彙拡散においては,関連する項目が「束となって」少なくとも拡散の中間段階においては「急速に」進行するといわれている.Lightfoot の言語変化理論と語彙拡散は,世界観がまるで異なるし,扱う対象も違うのは確かだが,"clusters" と "bumpy" という共通のキーワードは言語変化の生じ方の特徴を言い表わしているように思えてならない.

 ・ Lightfoot, David W. "Cuing a New Grammar." Chapter 2 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 24--44.

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2013-02-13 Wed

#1388. inorganic for [preposition][syntax][metanalysis][germanic]

 現代英語の文法に,to 不定詞の意味上の主語を表わすために「for + (代)名詞」を前置させる構文がある.この for は主語を明示するという文法的な機能を担っているにすぎず,実質的な意味をもたないので,"inorganic for" と呼ばれることがある.for . . . to . . . 構文の起源と発達は英語史でも盛んに扱われている問題だが,現代英語のように同構文を広く自由に利用できる言語はゲルマン諸語を見渡してもない.自由奔放な使用例として "Hearne was no critic. A hasty and ill-natured judgment might conclude that it sufficed for a document to appear old for him to wish to print it." などを挙げながら,Zandvoort (265) は inorganic for を含む構文について次のように評している.

Both in familiar and in literary style this construction has branched out in so many directions that not only has it become one of the most distinctive features of modern English syntax, but on occasion, too, one of those that may be employed to give to an utterance a somewhat esoteric turn.


 上で自由奔放と呼んできたのは,"It is absurd for us to quarrel." のような典型的な用法のみならず,様々な統語環境に現われうるからだ.例えば,"The rule was for women and men to sit apart." のような主格補語での用法,"For us to have refused the loan would have been a declaration of economic war." のような条件あるいは結果の用法,"She longed for him to say something." や "I always wanted so for things to be beautiful." のような動詞の後に置かれる用法,"I am not afraid for them to see it." のように形容詞の後に置かれる用法,"There were cries for the motion to be put." のように名詞と関わって目的を表わす用法など.Zandvoort (268) は,inorganic for のこれらの用法を体系的に記述した文法書が見当たらないなかで,Kruisinga の未刊の講義ノートに収められていた,簡潔にして的を射た記述を見つけ,絶賛した.

Prepositional Object and Stem with to.
Type: I shall be glad for you to help us. --- With regard to the facts of Living English it must be understood that the constr. is a supplementary one to the plain object & stem. the two are really parallel: a) the plain obj. & verbal stem are used with verbs; b) the preposit. object & stem is used with nouns & adjectives chiefly, and as a subject & nom. predicate, i.e. in practically all the other functions when a stem with to can be used at all. Finally the prep. obj. with stem is found with verbs, in a more or less clearly final meaning (see quot. in Shorter Acc.: pushing the glasses along the counter nodded for them to be filled).


 "It is absurd for us to quarrel." などの構文の起源については,英語史では "It is absurd for us | to quarrel." → "It is absurd | for us to quarrel." という統語上の異分析 (metanalysis) によるものとされている.Zandvoort (269) は,この異分析が可能となるためには for usabsurd の後ろに現われることが必要であり,英語の語順ではこの条件を満たしているという点を重視する.ドイツ語やオランダ語では,問題の for us に相当する部分は形容詞の前に現われるのであり,異分析はあり得ない.同族言語との比較に基づき,この構文の起源の問題には "the fixity of English word-order" (269) という観点を含める必要があるとの主張は説得力がある.

 ・ Zandvoort, R. W. "A Note on Inorganic For." English Studies 30 (1949): 265--69.

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2013-01-12 Sat

#1356. 20世紀イギリス英語での government の数の一致 [bre][number][agreement][noun][syntax][corpus]

 昨日の記事「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1]) で取り上げた,Bauer の集合名詞の数の一致に関する調査について,紹介を続ける.The Times の社説のコーパスによる通時的な調査を通じて,Bauer は群を抜いて最頻の集合名詞である government が,20世紀の間に,数の一致に関して興味深い分布を示すことを発見した (Bauer 64--65) .
 20世紀の前期には,government は複数一致が多いものの,従来から指摘されているとおり,とらえ方に応じて単複のあいだで変異を示していた.ところが,中期になると,単複一致の違いが指示対象の違いに対応するようになった.複数として用いられるときには英国政府を指し,単数として用いられるときには他国政府を指すという傾向が現われてくるというのだ.文法の問題というよりも,意味(指示対象)の問題へと移行したかのようだ.以下に,Bauer (64) の "Concord with government by meaning from The Times corpus, 1930--65" のデータを再掲しよう.

YearBritish governmentNon-British government
SingularPluralSingularPlural
1930315123
1935213112
194021442
19452722
1950126260
19552280
196002380
196511341
Total131136518


 1965年までにこの傾向が確立したが,その後,世紀の後期にかけて,今度は指示対象にかかわらず単数一致が増えてくる.government に関する限り,世紀の前期は notional variation,中期は semantic distinction,後期は grammatical preference for the singular と振る舞いを変化させてきたということになる.
 問うべきは,上記の20世紀中期の使い分けの傾向は社説以外のテキストタイプでも同様に見られるのだろうか,という問題だ.社説に government が高頻度で現われることは予想されたことだが,それだけに社説の言語において特殊な用法が発達したと疑うこともできるかもしれない.コーパスを広げて確認する必要があるだろう.

 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.

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2013-01-11 Fri

#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか? [bre][number][agreement][noun][syntax][corpus][americanisation]

 主語と動詞の数の一致については,「#930. a large number of people の数の一致」 ([2011-11-13-1]) ,「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1]) ,「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1]) の記事で扱ってきた.一般に,現代英語において governmentteam などの集合名詞の数の一致は,アメリカ英語ではもっぱら単数で一致するが,イギリス英語ではとらえ方に応じて単数でも複数でも一致するとされる.この一般化は概して有効だが,数の一致に関して変異を示すイギリス英語についてみると,20世紀を通じて単数一致の傾向が強まってきているのではないかという指摘がある.Bauer (61--66) の The Times の社説を対象としたコーパス研究を紹介しよう.
 Bauer は,1900--1985年の The Times corpus の社説からなるコーパスを対象に,集合名詞が単数で一致する比率を求めた.Bauer は,本調査は The Times 紙の社説という非常に形式張った文体における調査であり,これが必ずしもイギリス英語全体を代表しているとはいえないと断わった上で,興味深いグラフを与えている.以下は,Bauer (63) のグラフから目検討で数値を読み出し,再作成したものである.

Singular Concord of Collective Nouns

 回帰直線としてならせば,毎年0.3178%の割合での微増となっている.数値が安定しないことやコーパスの偏りなどの理由によりこの結果がどこまで信頼できるのかが問題となるが,Bauer は細かい情報を与えておらず,判断できないのが現状である.
 Bauer はさらに,コーパス内で最も頻度の高い集合名詞 government が特殊な振る舞いをすることに注目し,この語を除いた集合名詞について,単数一致の割合を再計算した.上のグラフと同じ要領で,Bauer (66) のグラフに基づいて下のグラフを再作成した.ならすと毎年0.1877%の割合での微増である.

Singular Concord of Collective Nouns Excluding 'government'

 この結果は多くの点で仮の結果にとどまらざるを得ないように思われるが,少なくともさらに調査を進めてゆくためのスタート地点にはなるだろう.
 なお,Bauer は1930年代にこの傾向に拍車がかかったという事実を根拠に,アメリカ英語が影響を与えたと考えることはできないだろうとしている([2011-08-26-1]の記事「#851. イギリス英語に対するアメリカ英語の影響は第2次世界大戦から」を参照).
 government の数の一致に関するおもしろい振る舞いについては,明日の記事で紹介する.

 ・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.

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2013-01-10 Thu

#1354. 形容詞と副詞の接触点 [adverb][adjective][flat_adverb][syntax]

 形容詞と同形の副詞,いわゆる flat_adverb については,本ブログでも様々に取り上げてきた.形容詞と副詞の機能はともに状態を表わすという点で極めて近い関係にあり,しばしばどちらに分類すればよいのか迷うこともある.伝統文法における品詞 (part of speech) あるいは語類 (word class) の分類が不完全であることの証左である.
 具体的には,大澤が「形容詞と副詞の接触点」という論文のなかで,6種類の接触点を,豊富な例(主として文学作品より)とともに指摘している.大澤 (3--5) を簡単にまとめよう.

 (1) flat adverb (単純形副詞).一般にアメリカ英語にはるかに多く,用法も拡大していると言われ,話し言葉,特に教養のない人の話し言葉に特徴的とされる.「#982. アメリカ英語の口語に頻出する flat adverb」 ([2012-01-04-1]) を参照.ex. Now the Picton boat began to swing round steady, pointing out to sea.---K. Mansfield, The Voyage.
 (2) 副詞代用の形容詞.やはりアメリカ英語の俗語や口語に特に多く,その遠因は (1) に帰せられるだろう.関連して,「#984. flat adverb はラテン系の形容詞が道を開いたか?」 ([2012-01-06-1]) や「#1172. 初期近代英語期のラテン系単純副詞」 ([2012-07-12-1]) を参照.ex. His shoes and clothing were wet through and icy cold.---O. Henry, The Last Leaf.
 (3) 状態動詞.stand (立っている)という状態には get to stand (立つ)という動作が先行する.状態動詞の表わす意味は,先行する動作の意味を組み込んでいないという点が特徴的である.両者の区別が微妙であることは,「状態=形容詞」と「動作=副詞」との区別が微妙であることにつながる.ex. The old man sat motionless.---B. Malamud, The Mourners.
 (4) 感覚動詞.主語と「…である」の関係に立つのが特徴.ex. His tongue felt dry and large, as though covered with a fine hairy growth, and it tasted bitter in his mouth.---J. London, Love of Life.
 (5) 動作・変化の動詞.「変化して…の状態になる」の意で,やはり主語とイコールの関係に立つ.ex. He noticed companion, and became crestfallen all at once.---J. Conrad, Heart of Darkness.
 (6) 叙述同格語.「完全文に述詞として形容詞が添加されて,主動詞の示す動作と同時的状態,あるいはその結果的状態を示す」(大澤, p.5).ex. Her dark hair waved untidy across her broad forehead.---J. Galsworthy, The Apple Tree.

 多くの例を挙げたうえで,大澤 (5) は以下のように結ぶ.

 形容詞と副詞との間の混乱の源はこの両品詞が過去のある段階において同形であったことによる.後に -ly をつけることによって大部分の副詞は形態的に形容詞から独立して一部の副詞は -ly をつけないまま今日まで存続している.これがいわゆる Flat adverb (単純形副詞)である.この種の副詞の大部分は「状態」を示すが,これは be と link するので形容詞に近く,またそのため -ly の副詞語尾を排除してきたとも考えられる.
 現代英語では「状態」を示す語はほぼ形容詞と感じられるが,副詞も「状態」を示すことがある.つまり両品詞にまたがる故に,この際学校文法の領域を脱して,「状態詞」といったような術語を設定したらどうであろうか.いずれにせよ,形容詞か副詞か区別せねばならないところに問題があるのである.


 似たような議論を「#981. 副詞と形容詞の近似」 ([2012-01-03-1]) でも取り上げたので,要参照.また,今回の問題と linking verb の拡大との関係については,「#995. The rose smells sweet.The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]) で少しく触れてある.
 同じ筆者による,関連する論文 (Osawa) も参照.

 ・ 大澤 銀作 「形容詞と副詞の接触点」 『立正大学人文科学研究所年報』第17号,1979年.3--5頁.
 ・ Osawa, Ginsaku. "A Study of the Distinguishing Adverbs & the Distinguishing Adjectives." 『立正大学文学部論叢』 49 (1974): 21--49.

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2012-12-21 Fri

#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致 [number][agreement][noun][inflection][syntax]

 現代英語には,名詞と動詞のあいだの数の不一致という問題がある.「#312. 文法の英米差」 ([2010-03-05-1]) の (3) で示した通り,イギリス英語では team, audience, board, committee, government, the public のような集合名詞は,話者が一体として単数とみなせば対応する動詞も単数形で一致し,複数とみなせばで複数形で一致する.一方,アメリカ英語では名詞の形態のみに依存するといわれ,動詞は単数形で一致する.
 現代英語の数の不一致の用例には,ほかにも,someoneeveryone などの不定代名詞が複数で動詞に一致する例,配分単数の例,数が直近の語に影響される「牽引」の現象,There's 構文など,様々な種類ものが見られる.これらの一部については,武藤に拠って「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1]) で概説した.
 では,この数の不一致の問題の起源はどこにあるのか.少々,歴史を遡ってみたい.今回は,中英語における folk, people, host などの集合名詞の振る舞いを中心に見てみよう.Mustanoja (62--63) を要約すると以下のようになる.
 古英語では,folk のような集合名詞は,従属節では複数動詞と一致するのが優勢だったが,独立節では単数動詞と一致するのが規則だった.後者に複数での一致が見られるようになるのは,11世紀以降である.中英語期に入ると,徐々に両用法が入り乱れてくるものの,一般的にいえば,初期は独立節ではいまだ単数での一致が多いが,後期中英語にかけていずれの種類の節でも複数での一致が規則となってゆく.folk, people などの本来的に指示対象が複数である集合名詞に比べれば,country, court などの比喩的に複数を表わす集合名詞は,この流れに乗るのが遅かった.
 Mustanoja の概説は一般論であり,個々には例外もある.例えば,最近見つけた例では,Chaucer, CT. Pri. l. 626 で peple が単数形 was と一致している.

Unnethe myghte the peple that was theere
This newe Rachel brynge fro his beere.


 冒頭で述べたように,名詞と動詞の数の不一致の問題には様々な種類があり,集合名詞に限っても people タイプと country タイプとを区別する必要がありそうだ.節の種類による場合分けも必須だろう.数の不一致の歴史的発展を追うといっても,一筋縄ではいかないようだ.

 ・ 武藤 光太 「英語の単数形対複数形について」『プール学院短期大学研究紀要』33,1993年,69--88頁.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2012-08-24 Fri

#1215. 属格名詞の衰退と of 迂言形の発達 [word_order][syntax][genitive][lexical_diffusion][statistics][synthesis_to_analysis]

 昨日の記事「#1214. 属格名詞の位置の固定化の歴史」 ([2012-08-23-1]) で,中英語における被修飾名詞に対する属格名詞の位置の固定可について見たが,前置であれ後置であれ,属格名詞そのものが同時期に衰退していったという事実を忘れてはならない.属格名詞を用いた A's B の代わりに B of A というof による迂言形が発達し,前者を脅かした.この交替劇は,大局から見れば,総合から分析へ (synthesis_to_analysis) という英語史の潮流に乗った言語変化である.
 Fries (206) に与えられている表は,古英語から中英語にかけて3種類の属格(前置属格,of 迂言形,後置属格)がそれぞれどの程度の割合で用いられれたかを示す統計値である.これをグラフ化してみた.

 Post-positive genitive'Periphrastic' genitivePre-positive genitive
c. 90047.5%0.5%52.0%
c. 100030.5%1.0%68.5%
c. 110022.2%1.2%76.6%
c. 120011.8%6.3%81.9%
c. 12500.6%31.4%68.9%
c. 13000.0%84.5%15.6%


Development of Three Types of Genitive

 グラフからは,3種類の属格の交代劇が一目瞭然である.古英語の終わりにかけて後置属格が衰退するにともなって前置属格が伸長し,その後13世紀中に of 迂言形が一気に拡大して前置属格を置き換えてゆく.of 迂言形の拡大については,Mustanoja (74--76) が詳しい.

 ・ Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

Referrer (Inside): [2015-10-19-1]

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2012-08-23 Thu

#1214. 属格名詞の位置の固定化の歴史 [word_order][syntax][genitive][lexical_diffusion][statistics]

 「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1]) と昨日の記事「#1213. 間接目的語の位置の固定化の歴史」 ([2012-08-22-1]) に引き続き,Fries の研究の紹介.今回は,属格名詞が被修飾名詞に対して前置されるか後置されるかという問題について.
 c900--c1250年の発展について,次のような結果が得られた (Fries 205) .

 c. 900c. 1000c. 1100c. 1200c. 1250
Genitive before its noun52.4%69.1%77.4%87.4%99.1%
Genitive after its noun47.6%30.9%22.6%12.6%0.9%


Development of Genitive Before Its Noun

 早くも13世紀には,属格名詞の前置が固定可されていたことがわかる.
 関連して,17世紀後半に属格名詞ではなく通格名詞(単数でも複数でも)が他の名詞に前置されてそのまま修飾語として用いられる例 (ex. school teacher, examination paper) が現われるが,修飾語と被修飾語の位置関係が固定されていなければ不可能な統語手段である (206) .
 これまでに動詞と直接目的語と間接目的語の位置関係,属格名詞と被修飾名詞の位置関係の歴史について見てきたことになるが,いずれも遅くとも中英語の終わりまでには現代英語的な語順に固定していたことがわかる.中英語は,語順の固定可が著しく進んだ時代と結論づけてよいだろう.

 ・ Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.

Referrer (Inside): [2015-10-19-1] [2012-08-24-1]

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2012-08-22 Wed

#1213. 間接目的語の位置の固定化の歴史 [word_order][syntax][lexical_diffusion][statistics]

 [2009-09-06-1]の記事「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」で取り上げた Fries の調査は,英語の語順の発達に関する重要な研究である.先の記事では,動詞に対する直接目的語の相対的な位置に関する通時的推移のみを取り上げたが,Fries はほかにも直接目的語や動詞に対する間接目的語の相対的な位置や,被修飾名詞に対する形容詞や属格名詞の相対的な位置をも対象としている.今回は前者について紹介する.
 古英語からは,900--1000年の範囲のコーパスより2558例を集めた F. C. Cassidy の調査結果を参照している.間接目的語と直接目的語の位置関係について,前者が名詞か代名詞か両者を含むかにより,次の統計値を得た (202) .

OE Corpus (900--1000)Dative-object before acc-obj.Dative-object after acc-obj.
Nouns249 (64.0%)140 (36.0%)
Pronouns674 (82.8%)141 (17.2%)
Both together923 (76.6%)281 (23.3%)


 全体として間接目的語の前置される傾向が目立ち,とりわけ代名詞の場合には,それが著しい.この傾向は,c1200年の初期中英語コーパスにおいても際立っており(約8割が前置),かなり早い時期から明確なパターンだったことがわかる.
 間接目的語と動詞の位置関係については,古英語および初期中英語のコーパスから次の結果を得た (202) .

OE Corpus (900--1000)Dative-object before the verbDative-object after the verb
Nouns95 (27.6%)249 (72.4%)
Pronouns495 (48.7%)518 (51.3%)
Both together587 (43.4%)767 (56.6%)
EME Corpus (c1200)Dative-object before the verbDative-object after the verb
Nouns26 (23.0%)88 (77.0%)
Pronouns218 (43.0%)288 (57.0%)
Both together244 (39.4%)376 (60.6%)


 古英語では必ずしも明確な傾向を示すわけではないが,動詞の後位置のほうが優勢である.この傾向は,初期中英語で拡大されてゆく.
 上に述べた間接目的語の相対的位置の傾向は後期中英語にかけて強化され,現代英語に見られるような「動詞の後,直接目的語の前」という規則が15世紀後半までに確立していった (203) .

 ・ Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.

Referrer (Inside): [2012-08-23-1]

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2012-08-17 Fri

#1208. フランス語の英文法への影響を評価する [french][syntax][inflection][synthesis_to_analysis][norman_conquest][me][word_order][idiom][contact]

 中英語期,フランス語は英語の語彙に著しい影響を及ぼした.また,綴字においても相当の影響を及ぼした.しかし,形態や統語など文法に及ぼした影響は大きくない.
 中英語に起こった文法変化そのものは,きわめて甚大だった.名詞,形容詞,代名詞,動詞の屈折体系は,語尾音の消失や水平化や類推作用により簡略化しながら再編成された.文法性はなくなった.語順がSVOへ固定化していった.しかし,このような文法変化にフランス語が直接に関与したということはない.
 たしかに,慣用表現 (idiom) や語法といった広い意味での統語論で,フランス語の影響(の可能性)をいくつか指摘することはできる (Baugh and Cable, p. 167 の注15を参照).しかし,フランス語が英語語彙の分野に及ぼした影響とは比べるべくもない.全体として,フランス語の英語統語論への直接的な影響は僅少である.
 しかし,間接的な影響ということであれば,[2012-07-11-1]の記事「#1171. フランス語との言語接触と屈折の衰退」で取り上げたフランス語の役割を強調しなければならない.フランス語の英文法への影響は,屈折の摩耗と語順の固定可の潮流を円滑に進行させるための社会言語学的な舞台を整えた点にこそ見いだされる.Baugh and Cable (167) の評価を引用する.

It is important to emphasize that . . . changes which affected the grammatical structure of English after the Norman Conquest were not the result of contact with the French language. Certain idioms and syntactic usages that appear in Middle English are clearly the result of such contact. But the decay of inflections and the confusion of forms that constitute the truly significant development in Middle English grammar are the result of the Norman Conquest only insofar as that event brought about conditions favorable to such changes. By removing the authority that a standard variety of English would have, the Norman Conquest made it easier for grammatical changes to go forward unchecked. Beyond this it is not considered a factor in syntactic changes.


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2012-06-14 Thu

#1144. 現代英語における数の不一致の例 [number][agreement][prescriptive_grammar][syntax][singular_they]

 主語となる名詞の示す数と,対応する動詞の示す数が一致しない例は,古い段階の英語にも現代英語にも数多く認められる.現代英語におけるこの問題の代表としては,[2012-03-16-1]の記事で取り上げた singular they などが挙げられよう.Reid に基づいた武藤 (85--86) によれば,数の不一致の例は,3種類に分けられる.以下,各例文で,不一致の部分を赤で示した.

(A型) 実体の焦点は単数;数の焦点は複数

 ・ At ADT (security systems) 98 years' experience have taught us that no one alarm device will foil a determined burglar.
 ・ Five years ago 5 per cent of tax returns were subject to review. Today, only one per cent are subject to review.
 ・ The whole process of learning a first and second language are so completely different. (Laura Holland)
 ・ Rudolph is especially effective in crowd scenes like the opening, where movement of people and camera are delicately braided, where odd characters flutter through the background unemphasized. (Stanley Kauffman, The New Republic)

(B型) 実体の焦点は複数;数の焦点は単数

 ・ The sex lives of Roman Catholic nuns does not, at first blush, seem like promising material for a book. (Newsweek)
 ・ Two million dollars comes from corporations and foundations, but almost $400,000 from private gifts. (The New York Times)
 ・ Two drops deodorizes anything in your home. (Air freshner advertisement)
 ・ For one thing, the player is much closer to the instrument than the listener, and the sounds he hears is thus a different sound. (John Holt, Instead of Education)

(C型) and で連結された2個の実体;数の焦点は単数

 ・ Gas and excess acid in your stomach is what we call Gasid Indigestion. (Alka-Seltzer commercial)
 ・ We know that the company's destiny and ours is the same.
 ・ Galloping horses and thousands of cattle is not necessary to cinema; I call that photography. (Alfred Hitchcock, radio interview)
 ・ I just want you to know that this whole Watergate situation and the other opportunities was a concerted effort by a number of people. (Jeb Magruder, Newsweek)

 以上の例は,いずれも実体の数と,観念の上で焦点化される数との不一致として説明される.A型の各例文でいえば,主語となる名詞句の主要部が指している実体は単数だが,共起している 98 years', tax returns, a first and second language, people and camera が複数を喚起するため,それに引かれて動詞も複数で呼応しているということである.
 言語の社会的,規範遵守的,論理的な側面と,個人的,規範逸脱的,文体的な側面とのせめぎ合いと言ったらよいだろうか.武藤 (87) のことばを借りれば,次のようになる.

名詞形の数の話者が置く焦点によって動詞との呼応が何れかに分れるのはそれなりの根拠が存在している点を考えると,この呼応は話者の idiosyncratic な言語感覚,stylistic な好みによっているとも思われるが,もっと大きな言語行為として把えると,話者が形態上の呼応にとらわれずに自由に,単数あるいは複数の呼応を決めて行こうとする言語表現の1つの傾向だと思われる.


 ・ 武藤 光太 「英語の単数形対複数形について」『プール学院短期大学研究紀要』33,1993年,69--88頁.
 ・ Reid, Wallis. Verb and Noun Number in English: A Functional Explanation. London: Longman, 1991.

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