hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 次ページ / page 13 (16)

syntax - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2014-09-16 Tue

#1968. 語の意味の成分分析 [componential_analysis][semantics][antonymy][hyponymy][syntax]

 伝統的な意味論では,語の意味を,意味の成分あるいは意味の原子要素 (semantic components or primitives) へと分解する成分分析 (componential_analysis) の手法が採られてきた.これは,音素論における「音素は弁別素性の束である」という考え方を語の意味にも応用したものである.
 意味成分は,音素における弁別素性と同様に,角括弧にくくって表現される(しばしば + か - かを付した二項対立として表わされるが,以下の例では符号はつけていない).例として,独身男子を表わす bachelor の成分分析を示そう.

bachelor [MALE] [ADULT] [HUMAN] [UNMARRIED]


 ここでは,bachelor の概念的意味が4つの成分の組み合わせとして示されている.ただし,この組み合わせがすなわち bachelor の定義そのものであると解釈するのは早計である.むしろ,この組み合わせによって関連する他の語との語彙的・意味的関係が明確になるという点で,成分分析が有用なのである.例えば,独身女性を表わす spinster は,次のように成分分析されるだろう.

spinster [FEMALE] [ADULT] [HUMAN] [UNMARRIED]


 この4つの成分の組み合わせが spinster の定義そのものであるというよりは,bachelor の成分分析と比較したときに相互関係が明確になるという利点が大きい.すなわち,bachelorspinster はともに [ADULT] [HUMAN] [UNMARRIED] という点では共通するが,[MALE] か [FEMALE] かの1点における違いによって,全体として対義関係となることが明示されている.spinster と関連して,womanwife の成分分析も示そう.

woman [FEMALE] [ADULT] [HUMAN]
wife [FEMALE] [ADULT] [HUMAN] [MARRIED]


 spinsterwoman は,後者が [UNMARRIED] という成分が関与しないという1点において異なっており,このことから後者は前者の上位語 (hypernym) であることが判明する.また,spinsterwife の関係については,[UNMARRIED] か [MARRIED] かという1点において対立を示す対義語ということになる.さらに,*The man is a wife. の意味的な矛盾も,主語が [MALE] の成分を含んでいるのに,述語は相容れない [FEMALE] の成分を含んでいることにより説明できる.改めて成分分析の最大の利点を指摘すると,語彙における反対関係 (antonymy),包摂関係 (hyponymy),矛盾関係など各種の関係が明示的に表現できるようになったことである.ほかにも,成分分析は,統語的・形態的な選択制限 (selection restriction) の記述にも力を発揮するなど,有用性が認められている.
 Katz や Fodor などの生成意味論者は,成分分析の考え方を発展させて,例えば「#1801. homonymy と polysemy の境」 ([2014-04-02-1]) で覗いたような分析を進めた.どこまでもアリストテレス的な二分法で意味を扱おうとする彼らの成分分析の手法には,疑念と批判が向けられてきたし,理論的に難しい課題が指摘されてもいるが,意味分析の有力な方法の1つとして,いまだに影響力を失っていない.
 以上,Saeed (259--66) を参照して執筆した.

 ・ Saeed, John I. Semantics. 3rd ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-09-11 Thu

#1963. 構文文法 [bnc][construction_grammar][syntax][cognitive_linguistics][prototype][web_service][speech_act][generative_grammar]

 構文文法 (construction grammar) は,この四半世紀の間で発展してきた認知言語学に基づく文法理論である.Lakoff, Fillmore, Goldberg, Kay などによって洗練されてきた.
 構文という捉え方そのものは,統語論において長い伝統がある.構造言語学では当然視されていたし,その流れを汲んだ「文型」の考え方も,語学教育を通じて広く知られている.しかし,生成文法の登場により,従来の構文や文型は相対化され,二次的な付帯現象として扱われるようになった.
 しかし,1970年代後半の認知言語学の誕生により,構文は単に形式的な観点からだけではなく,機能的・意味的な観点からアプローチされるようになった.特定の構文は,深層構造から生成されるのではなく,それ自身の資格において特定の意味に直接貢献する単位であるという考え方だ.例えば,Me write a novel?! という一見すると破格的な構文は,それ自体が独自の韻律(主部と述部が上昇調のイントネーションを帯びる)を伴い,「あざけり」を含意する.また,There's the bell! のような構文は,人差し指を上げる動作とともに用いられることが多く,「知覚の直示性」を表わす,といった具合だ.構文文法では,構文そのものが意味,語用,韻律などを規定していると捉える.
 ただし,構文が意味などを規定しているといっても,その規定の強さは変異する.例えば,Is A B? の構文は典型的に質問の発話行為を表わすが,Is that a fact? は,通常,質問ではなく話者の驚きを表わす(いわゆる間接的発話行為 (indirect speech_act)) .このように,構文文法は,構文とその意味の関係もプロトタイプ的に考える必要があると主張する.また,定型構文となると,そのなかの語句を他のものに交換できなくなるなど,意味的,統語的に融通のきかなくなるケースもある.例えば,Thanks a lot, Thanks a million からの発展で Thanks a billion は可能だが,*Thanks a hundred は不可能となる.day in day out, month in month out は可だが,minute in minute outcentury in century out は不可である,等々 (Taylor 225--28) .
 構文文法は上記のように生成文法へのリアクションとして生じてきたが,近年では生成文法の側でも構文文法と親和性のある反語彙論や分散形態論などの理論が発展してきている.構文復権の徴候が顕著になってきたといえるだろう.
 構文文法の枠組みで BNC の例文に構文情報を付したデータベースが,http://framenet.icsi.berkeley.edu/ で公開されており,こちらのインターフェースよりアクセスできる.数十の注目すべき英語構文が登録されている.

 ・ Taylor, John R. Linguistic Categorization. 3rd ed. Oxford: OUP, 2003.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-06-25 Wed

#1885. AAVE の文法的特徴と起源を巡る問題 [aave][creole][pidgin][sociolinguistics][ame][caribbean][syntax][be][aspect][inflection][3sp][variety][existential_sentence]

 「#1841. AAVE の起源と founder principle」 ([2014-05-12-1]) と「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1]) で取り上げたが,AAVE (African American Vernacular English) とはアメリカ英語の1変種としてのいわゆる黒人英語 (Black English) を指す."Black" よりも "African-American" の呼称がふさわしいのは肌の色よりも歴史的な起源に焦点を当てるほうが適切であるから,"Vernacular English" の呼称がふさわしいのは,標準英語 (Standard English) に対して非標準英語 (Non-Standard English or Substandard English) と呼ぶのはいたずらに優劣が含意されてしまうからである.言語学的には AAVE という名称が定着している.
 AAVE には,文法項目に限っても,標準英語に見られない特徴が多く認められる.全体としては,(主として白人によって話される)アメリカ南部方言や,カリブ海沿岸の英語を基とするクレオール諸語と近い特徴を示すといわれる.一方,イギリス諸方言に起源をもつと考えるのがより妥当な文法項目もある.具体的には以下に示すが,概ねこのような事情から,AAVE の文法的特徴とその起源を巡って2つの説が対立している.現在,アメリカ英語の変種に関する論争としては,最大の注目を集めている話題の1つといってよい.
 1つ目の仮説は Creolist Hypothesis と呼ばれる.英語と西アフリカの諸言語とが混交した結果として生まれたクレオール語,あるいはそこから派生した英語変種が,AAVE の起源であるという説だ.これが後に標準英語との接触を保つなかで,徐々に標準英語へと近づいてきた,つまり脱クレオール化 (decreolization) してきたと考えられている.この説によると,アメリカ南部方言が AAVE と類似しているのは,後者が前者に影響を与えたからだと論じられる.AAVE に特徴的な語彙項目のなかには,voodoo (ブードゥー教), pinto (棺), goober (ピーナッツ)など西アフリカ諸語に由来するものも多く,この仮説への追い風となっている.
 2つ目の仮説は Anglicist Hypothesis と呼ばれる.AAVE の特徴の起源はイギリス諸島からもたらされた英語諸変種にあるという説である.アメリカで黒人変種と白人変種が異なるのは,300年にわたる歴史のなかでそれぞれが独自の言語変化を遂げたからであり,かつ両変種の相互の接触が比較的少なかったからである.奴隷制の廃止後に南部の黒人が北部へ移民したあと,北部の都市では黒人変種と白人変種との差異が際だって意識され,それぞれ民族変種としてとらえられるようになった.
 このように2つの仮説は鋭く対立しているが,起源を巡る論争で注目を浴びている AAVE の主たる文法的特徴を7点挙げよう.

 (1) 3単現の -s の欠如.AAVE 話者の多くは,he go, it come, she like など -s のない形態を使用する.英語を基とするピジン語やクレオール語に同じ現象がみられるという点では Creolist Hypothesis に有利だが,一方でイングランドの East Anglia 方言でも同じ特徴がみられるという点では Anglicist Hypothesis にも見込みがある.関連して「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1]) も参照.

 (2) 現在形における連結詞 (copula) の be の欠如.She real nice. They out there. He not American. If you good, you going to heaven. のような構文.連結詞の省略は,多くの言語でみられるが,とりわけカリブ海のクレオール語に典型的であるという点が Creolist Hypothesis の主張点である.イギリス諸方言には一切みられない特徴であり,この点では Anglicist Hypothesis は支持されない.

 (3) 不変の be.標準変種のように,is, am, are などと人称変化せず,常に定形 be をとる.He usually be around. Sometime she be fighting. Sometime when they do it, most of the problems always be wrong. She be nice and happy. They sometimes be incomplete. など.(2) の連結詞の be の欠如と矛盾するようにもみえるが,be が用いられるのは習慣相 (habitual aspect) を表わすときであり,be 欠如の非習慣相とは対立する.不変の be 自体は他の英語変種にもみられるが,それが習慣相を担っているというのは AAVE に特有である.He busy right now.Sometime he be busy. は相に関して文法的に対立しており,この対立を標準英語で表現するならば,He's busy right now.Sometimes he's busy. のように副詞(句)を用いざるをえない.クレオール語では時制 (tense) よりも相 (aspect) を文法カテゴリーとして優先させることが多いため,不変の be は Creolist Hypothesis にとって有利な材料といわれる.相についていえば,AAVE では,ほかにも標準英語的な I have talked. I had talked. といった相に加え,完了を明示する I done talked. や遠過去を明示する I been talked. のような相もみられる.

 (4) 等位節の2つ目の構造において助動詞のみを省略する傾向.標準英語では We were eating --- and drinking too. のように2つ目の節では we are をまるごと省略するのが普通だが,AAVE では多くのクレオール語と同様に are だけを省略し,We was eatin' --- an' we drinkin', too. とするのが普通である.

 (5) 間接疑問文における主語と動詞の倒置.I asked Mary where did she go.I want to know did he come last night. など.

 (6) 存在文 (existential_sentence) に there ではなく it を用いる.It's a boy in my class name Joey.It ain't no heaven for you to go to. など.

 (7) 否定助動詞の前置.平叙文として平叙文のイントネーションで,Doesn't nobody know that it's a God. Cant't nobody do nothing about it. Wasn't nothing wrong with that. など.

 1980年代までの学界においては Creolist Hypothesis が優勢だった.しかし,新たな事実が知られるようになるにつれ,すべてが Creolist Hypothesis で解決できるわけではないことが明らかになってきた.例えば,初期の AAVE を携えてアメリカ国外へ移住した集団の末裔が Nova Scotia (Canada) や Samaná (Dominican Republic) で現在も話している変種は,その初期の AAVE の特徴を多く保存していることが予想されるが,不変の be などの決定的な特徴を欠いている.これは,問題の AAVE 的な特徴が,AAVE の初期から備わっていたものではなく,比較的新しく獲得されたものではないかという新説を生み出した.
 また,dootherwise として用いる語法が AAVE にあるが,イングランドの East Anglia 方言にも同じ語法があり,これが起源であると考えざるをえない.AAVE の Dat's a thing dat's got to be handled just so, do it'll kill you. と East Anglia 方言の You lot must have moved it, do I wouldn't have fell in. を比較されたい.
 現段階で妥当と思われる考え方は,Creolist Hypothesis と Anglicist Hypothesis は全面的に対立する仮説ではなく,組み合わせてとらえるべきだということである.それぞれの仮説によってしか合理的に説明されない特徴もあれば,両者ともに説明原理となりうるような特徴もある.また,いずれの説明も実際には関与していないような特徴もあるかもしれない.単純な二者択一に帰してしまうことは,むしろ問題だろう.
 以上,Trudgill (51--60) を参照して執筆した.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-06-07 Sat

#1867. May the Queen live long! の語順 [word_order][syntax][auxiliary_verb][subjunctive][pragmatics][optative][may]

 現代英語には,助動詞 may を用いた祈願の構文がある.「女王万歳」を表わす標題の文のように,「may + 主語 + 動詞」という語順にするのが原則である.現在ではきわめて形式張った構文であり,例えば May you succeed! に対して,口語では I hope you'll succeed. ほどで済ませることが多い.中間的な言い方として,that 節のなかで may を用いる I hope you may succeed.I wish it may not prove true.Let us pray that peace may soon return to our troubled land. のような文も見られる.may の祈願(及び呪い)の用法の例を挙げよう.

 ・ May you be very happy! (ご多幸を祈ります.)
 ・ May the new year bring you happiness! (よいお年をお迎えください.)
 ・ May it please your honor! (恐れながら申し上げます.)
 ・ May he rest in peace! (彼の霊の安らかに眠らんことを.)
 ・ May you have a long and fruitful marriage. (末永く実りある結婚生活を送られますように.)
 ・ May all your Christmases be white! (ホワイトクリスマスでありますように.)
 ・ May I never see the like again! (こんなもの二度と見たくない.)
 ・ May his evil designs perish! (彼の邪悪な計画がくじかれますように.)
 ・ May you live to repent it! (今に後悔すればよい.)
 ・ May you rot in hell! (地獄に落ちろ.)


 しかし,上記の語順の原則から逸脱する,Much good may it do you! (それがせいぜいためになりますように.),Long may he reign. (彼が長く統治せんことを.),A merry Play. Which this may prove. (愉快な劇,これがそうあらんことを.)のような例もないわけではない.
 歴史的な観点からみると,法助動詞 may の祈願用法は,先立つ時代にその目的で用いられていた接続法動詞の代わりとして発展してきた経緯がある.また,先述の I hope you may succeed. のように,祈願の動詞に後続する that 節における用法からの発達という流れもある.これらの伏流が1500年辺りに合流し,近現代の「祈願の may」が現われた.OED では may, v. 1 の語義12がこの用法に該当するが,初例は16世紀初めのものである.最初期の数例を覗いてみよう.

   [1501 in A. W. Reed Early Tudor Drama (1926) 240 Wherfore that it may please your good lordship, the premisses tenderly considered to graunt a Writ of subpena to be directed [etc.].]
   1521 Petition in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 5 Wherefore it may please you to ennacte [etc.; cf. 1582--3 Hereford Munic. MSS (transcript) II. 265 Maye [it] pleas yo(ur)r worshipes to caule].
   1570 M. Coulweber in J. W. Burgon Life Gresham II. 360 For so much as I was spoyled by the waye in cominge towards England by the Duke of Alva his frebetters, maye it please the Queenes Majestie [etc.].


 it may please . . .may it please . . . の定型文句ばかりだが,「may + 動詞 + 主語」の語順は必ずしも原則とはなっていないようだ.
 その後,倒置構造が一般的になってゆくが,その経緯や理由については詳らかにしない.近現代英語における接続法の残滓が,Suffice it to say . . ., Be that as it may, Come what may などの語順に見られることと何か関係するかもしれない.
 Quirk et al. (§3.51) によれば,祈願の用法で前置される may は "pragmatic particle" として機能しているという.3人称に対する命令といわれる Let them come hereLet the world take notice. における文頭の let も同様の語用論的な機能を果たすと論じている.通時的な語用論化という視点からとらえるとおもしろい問題かもしれない.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-04-21 Mon

#1820. c-command [syntax][generative_grammar][terminology][ppcme2][ppceme][ppcmbe]

 「#310. PPCMBE で広がる英語統語論の通時研究」 ([2010-03-03-1]) で,Penn Parsed Corpora of Historical English を紹介した.Helsinki Corpus をベースとしながらも拡張を加えた歴史英語コーパス群で,詳細に構文解析された Penn-Treebank format による統語ツリーもろとも検索できるのが最大の特徴である.タグや注釈の体系が複雑で,CorpusSearch なる特殊なプログラムを用いて検索する必要もあり,初心者が使いこなすには敷居が高いが,統語的に明確に規定された例文を集めるといった用途では,今のところ Penn 系の構文解析コーパス (PPC) にかなうものはない.
 PPC の構文解析の理論的基盤は生成文法だが,用いられる術語は生成理論の特殊化したヴァージョンのものではなく,一般的・基本的なものなので,理論に精通していなくとも何とか利用はできる.例えば,CorpusSearch の命令群に,"Dominates", "iDominates" (=immediately dominates), "HasSister", "IsRoot" などがあるが,統語ツリーのいろはを知っていれば,これらの用語が指す統語関係を理解することは難しくない.
 しかし,上に挙げたものよりも少し理論がかった命令に,"CCommands" というものがある.c-command あるいは c-統御とは,1980年代初期に発展した束縛理論 (binding theory) において広く言及された統語関係である.束縛理論は,UG (universal grammar) の一般原則のなかでも中核をなすものとして当時こぞって研究された理論であり,とりわけ再帰代名詞などに代表される照応形 (anaphora) ,代名詞,その他の名詞句と,それらの先行詞との関係を規定する原則を追究した.その理論的発展の過程で,とりわけ重要とされるようになった統語関係の1つが,c-統御である.ほかに,関連の深いものに束縛 (binding) と統率 (government) がある.
 以下で,c-統御 (c-command) と束縛 (binding) について概説しよう.下の架空の統語ツリーにおいて,

Syntax Tree for C-Command 1

 ・ B は C と F を c-統御している
 ・ C と F はともに B, D, E を c-統御している
 ・ D は E を,E は D を c-統御している

と言われる.定義風にいえば,「節点 X を支配している最初の枝分かれ節点が別の節点 Y を支配しているとき,X は Y を c-command する」(渡辺,p. 86).
 生成文法で理論上 c-統御が重要視されたのは,再帰代名詞とそれが指す先行詞の関係を規定するために,c-統御という統語関係が決定的な役割を果たすことがわかってきたからだ.以下の2つの文を考えよう.

 (1) *John's mother criticized himself.
 (2) John's mother criticized herself.

Syntax Tree for C-Command 2

 非文の (1) では,"John" に相当する NP を支配している最初の枝分かれ節点は TP のすぐ下の NP であるから,"John" は "mother" を c-command していることにはなっても,"himself" を c-command していることにはならない."himself" の立場からいえば,"John" に c-command されていないことになる.このような場合,すなわち "himself" が "John" に束縛されていない場合には,照応が成り立たないというのが,英語統語論でのルールである.
 一方,正文の (2) では,再帰代名詞 "herself" は "John's mother" を表す NP を先行詞としているが,この NP を支配している最初の枝分かれ節点は TP であるから,"John's mother" は "herself" を c-command していることになる."herself" の立場からいえば,"John's mother" に c-command されており,束縛されているので,照応が成り立つ.生成文法家は,c-統御,さらに束縛という統語関係の規程を通じて,英語の照応に関する一般原則が見いだされたと考えた.
 PPC の話に戻ると,例えば his ouermoch fearinge of you のような名詞句を検索するのに,"CCommands" という命令により「代名詞が別の代名詞を c-統御しているような名詞句」という統語条件を設定すればよい.複雑な統語条件のもとで,かつ authentic な例文を取り出したいときに,PPC と CorpusSearch は威力を発揮する.

 ・ 渡辺 明 『生成文法』 研究社,2009年.

Referrer (Inside): [2022-08-24-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-04-15 Tue

#1814. 18--19世紀の be 完了の衰退を CLMET で確認 [perfect][clmet][corpus][syntax][be][auxiliary_verb][aspect][participle][lmode]

 「#1653. be 完了の歴史」 ([2013-11-05-1]) で,変移動詞 (mutative verb) は,18世紀末まで,通常 be + 過去分詞というかたちで完了形を作っていたことを見た.英語史では,この be 完了が18世紀末辺りを境に衰退の一途をたどることになったとされている.「#1637. CLMET3.0 で betweenbetwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した CLMET3.0 は,1710--1920年をカバーする約3,400万語からなる大型バランスコーパスであり,この種の言語変化を追うには最適なリソースと思われるので,これを用いて be 完了の衰退を確認してみた.
 今回は,先の記事でも取り上げた7つの変移動詞 (arrive, become, come, fall, flee, grow; go) に限定し,CLMET3.0 の3つの時代区分 (1710--1780, 1780--1850, 1850--1920) と6つのジャンル分け (Narrative fiction, Narrative non-fiction, Drama, Letters, Treatise, Other) にしたがって,コーパスから用例を拾った.3つの時期のサブコーパスの規模はおよそ同程度だが,ジャンル別のサブコーパスは,[2013-10-20-1]の表で示したように,Narrative fiction に大きく偏っているので,その解釈には注意を要する.以下,(1)--(7) に各動詞に関する推移の積み上げ棒グラフ,(8), (9) に7動詞をひっくるめたジャンル別,動詞別のシェアを示す積み上げ棒グラフを示す.(1)--(6) については,比較のためにY軸の最大値を揃えてある.データファイルと頻度表はソースHTMLを参照されたい.

Be Perfect with Seven Verbs


 動詞によって衰退のスピードに若干の違いがみられるが,全体として急激に衰退したというよりは,比較的穏やかに,着実に衰退していったという印象を受ける.ただし,(7) の go は(現代英語でも be gone がイディオム化して残っていることから分かるように)後期近代英語期中にはそれほど落ち込んでおらず,しかも用例数が他の動詞よりも大きく上回っているために,(8) や (9) に示されるような be 完了の衰退の全体像を多少なりとも歪めていることには注意する必要がある.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-03-07 Fri

#1775. rob A of B [preposition][syntax][word_order]

 剥奪の of と呼ばれる,前置詞 of の用法がある.標記の構文は「AからBを奪う」という意になるが,日本語を母語とする英語学習者の感覚としては,むしろ「BからAを奪う」なのではないかと感じられ,どうにも座りが悪い.現代英語において極めて頻度の高い前置詞 of は,分離の前置詞 off と同根であり,歴史的には前者が弱形,後者が強形であるという差にすぎない.つまり,of にせよ off にせよ,歴史的な語義は分離・剥奪なのだから,標記の構文は take A from B ほどの意味として解釈できるのであれば自然だろう.ところが,実際の意味は,あたかも take B from A の如くである.
 1年ほど前のことになるが,石崎陽一先生に,この構文に関する質問をいただいた.日本のいくつかの英文法書で,この構文について,A と B が入れ替わる transposition という現象が起きたという転置説が唱えられているという.上述のように,確かに of の前後の名詞句が転置しているように思われるので,この説明は直感的に受け入れられそうには思われる.しかし,少し調べてみると,転置説も簡単に受け入れるわけにはいかないようだ.そのときにまとめた石崎先生への返答を本ブログで繰り返すにすぎないのだが,以下にその文章を掲載する.

 OED や手近な資料で調べた限り,歴史的に transposition の事実を突き止めることはできませんでした.
 まず,transposition という現象が起こったということが実証できるかどうか,rob を例にとって検討してみます.rob him of money という構文は,transposition が起こった結果であると主張するためには,

  (1) 対応する rob money of him が歴史的にあったこと,
  (2) rob money of him のタイプが時間的に先であること

の2点を示す必要があると考えます.
 (1) の点ですが,OED で確認する限り,確かに rob money of him の構文は歴史的には存在しました.前置詞は from が多いようですが,of もあります (OED rob, v. 5) .MED でも同様に確認されます.
 (2) の点ですが,rob him of moneyrob money of him は初出はそれぞれ a1325,c1330(?a1300) です.この程度の違いでは,どちらが時間的に先立っていたかを明言することはできないように思われます.なお,deprive については,前者タイプが c1350,後者タイプが c1400 (?c1380) ですので,額面通りに信じるとすれば,deprive him of money が先立っていることになります.
 いずれの動詞についても英語で確認される最初期から両構文が並存していたと考えてよさそうですので,transposition の事実は,現在得られる最良の証拠に依拠するかぎり,歴史的には確認できないことになります.
 以上より,transposition の仮説自体を却下することはできない(歴史的により早い例が今後発見されれば,(2) を再考する動機づけにはなります)ものの,transposition が起こったと積極的に主張することはできないように思われます.
 もう一言加えますと,robdeprive は借用語なので古英語の用法まで遡ることはできませんが,bereave については本来語ですので遡ることができます.bereave him of money などの構文で,古英語では of money の部分は属格で表わされていました.それが,中英語以降に of 迂言形で置換されたというのが英語史での定説です(Mustanoja 88).bereave money from (out of) him の構文 (of のみを使う構文はないようです)は14世紀に初めて確認されますが,この動詞の場合には,明らかに bereave him of money のタイプが時間的に先立っています.bereave と,robdeprive をどこまで平行的に考えてよいのかという問題はありますが,もしそのように考えることが妥当だとすれば,これは (2) の主張に対する積極的な反証となります.
 これらの証拠を提供してくれている OED 自身が,of, prep. 5a(b) で,いわゆる剥奪の of の用法を "by a kind of transposition" として言及しているのが気になります.腑に落ちないところですね.
 他の剥奪の動詞も体系的に調べなければ最終的な結論を出すことはできませんが,現段階では,歴史的な観点からは,transposition という説明には賛成できません.


 上の議論を振り返ってみると,結論としては transposition があったともなかったとも明言しておらず,奥歯にものが挟まったような感じである.もっと調べてみる必要がある.
 なお,rob (奪う)と同じ構文を取る動詞としては,clear (片づける),cure (治療する),deprive (奪う),empty (空にする),relieve (取り除いてやる),rid (取り除く),strip (はぎとる)などがある.これらを合わせて考慮すべきだろう.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-12-28 Sat

#1706. 中英語の one the most [syntax][me][superlative][sggk]

 中世の英語ロマンスの傑作 Sir Gawain and the Green Knight で,緑の騎士が登場する場面 (ll. 135--56) で,標記の「one the + 最上級」の表現が現れる(引用は Andrew and Waldron 版より).

Þer hales in at þe halle dor an aghlich mayster,
On þe most on þe molde on mesure hyghe;


 ここで On þe most は,"the very biggest (one)" ほどの強調された意味をもち,"one of the very biggest (ones)" とは区別されることに注意されたい.最上級を強める働きをする one の用法である.中英語では非常に頻繁に現れる用法で,MED でも ōn (pron.) の語義 7b のもとに,多くの例が挙げられている.OED では,one, adj., n., and pron. の見出し語とのもとで C. pron. †3a に当該の用法の記述がある.
 Mustanoja (297) によると,「the + 最上級」の代わりに「the + 原級」が使われる例が Trin. Hom. 185 に1つあるという.

þat is þat bihotene lond, þar is on þe wunsume bureh and on þe hevenliche wunienge þar alle englen inne wunien


 しかし,「the + 最上級」のほうが普通であり,この用法は11世紀より文証される.ane þa mæstan synne, on þe fairest toun, oon the grettest remedye, oon the unworthieste, oon the beste knyght, on þe sellokest swyn など枚挙にいとまがない.この用法は16世紀にはまれとなり,Spenser や Shakespeare がほぼ最後の使用者となる.まさに,中英語に華々しく咲いて散った強意の表現だったといえる.
 Middle High German, Early Modern High German, Middle Low German, Middle Dutch, Old Norse,Swedish など他のゲルマン諸語にも対応表現が文証され,ギリシア語 μóνος やラテン語 unus の強調用法にも通じるところがあり,またフランス語の une dame la plus belle にも比較されるので,英語の one the most の型にはこれらの関与があるのではないかと疑う向きもあるが,Mustanoja (298--99) は英語独自の発達と見ている.

There is every reason to look upon the types one the good man and one the best man as natural outgrowths of the organic structural pattern of native linguistic usage. They offer striking parallels to the common OE type min se leofa (leofesta) freond. The characteristic feature in constructions of this kind is the isolation of an attribute or other defining word from the noun or noun-group by means of an intervening element (called a Gelenkspartikel and particule d'articulation by German and French Romance scholars). This isolation has the effect of bringing out into relief the idea expressed by the attribute, i.e., of making this word and the whole group more emphatic.


 onethe + 最上級とを隔離することによって統語的及び意味的に際立たせるという点に関して,Mustanoja (299) は次のような表現との関連も指摘している.

This peculiar rhythmic arrangement, which probably has counterparts in most languages of the world, is responsible for such common types as all the world, both the(se) boys, half a bottle, too long a story, what a night, etc.


 half a bottle のような表現の語順については,「#788. half an hour」 ([2011-06-24-1]) で韻律的な要因を議論したが,Mustanoja のいうように意味的,機能的な要因も考慮する必要があろう.
 one the most の型が中英語に咲いて散った表現ということであれば,その前後の時代を含めた通時的な調査も必要となる.

 ・ Andrew, Malcolm and Ronald Waldron, eds. The Poems of the Pearl Manuscript. 3rd ed. Exeter: U of Exeter P, 2002.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-12-26 Thu

#1704. a great many years [syntax][phrase]

 標記の句は現代英語でも用いられるが,文法的にどのように分析されるのだろうか.many years というつながりだと解釈すると,多さを強調するのになぜ形容詞 great が用いられるのか説明できないし,さらに不定冠詞 a が先行するのも解せない.全体が「かなり多くの年」の意となることは予想できるとしても,文法的にはどうなっているのか.手元の複数の辞書では,分析せずに,a great [good] many 全体として,やや略式に「かなり多くの」を表わす熟語ととらえている.例文は少なからず挙げることができる.

 ・ There were a great many people present there.
 ・ I've known her for a great many years.
 ・ A great many people who voted for her in the last election will not be doing so this time.
 ・ Most of the young men went off to the war, and a great many never came back.
 ・ We've both had a good many beers.


 この many は「多数」を意味する名詞ととらえられる.名詞なのだから,a great で修飾されているのも不思議はない.類例として a great multitude もあれば,a large number もある.しかし,a great many years の場合には,複数名詞 years が直接後続しているのが妙だということである.*a great many of years のように of が介在していれば理解しやすいが,a great manyyears が直接に接続するのはどういうわけか.強いて共時的に分析しようとすれば,a great manyyears は同格と解釈するほかない.
 歴史的には,標記の句は「a great many of + 複数名詞」のような構造から of が脱落したものではないか.OED の many, adj., pron., and n., and adv. の語義 6.a によると,「a great many of + 複数名詞」の型は16世紀前半から現れる.現在では of の後には冠詞,指示詞,所有形容詞を伴った名詞,あるいは代名詞が来るのが原則だが,古くは名詞の複数形単体で現れることもあった.一方,語義 6.b では,of を伴わずに a many が直接複数名詞を後続させる用法が挙がっている.「a many + 複数名詞」の型は16世紀後半から文証され,強調した「a great many + 複数名詞」のような表現も,OED の例文としては18世紀から現れている(もちろん実際にはもっと早かった可能性もある).また,語義 6.c では a great many が単体で名詞句として用いられる用法が記述されているが,こちらの初例は16世紀半ばである.
 共時的な立場から統語的に分析しようとすると妙であるという感覚は否めないが,通時的な立場で考えれば違和感は多少なりとも解消するだろう.なお,few を使った同様の表現として She must have cooked a good few dinners over the years. のような例もある.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-12-04 Wed

#1682. Young as he is, he is rich. の構文 [syntax][conjunction][analogy]

 標題の文は,受験英語などでもよく現れる as を用いた譲歩構文である.Though he is young, he is rich. などと言い換えられるとされる.また,Young though he is, he is rich. とも言うことができるので,譲歩の用法としては as = though と考えられるようにも思える.とすると,補語となる形容詞が接続詞の前に移動したと考えられそうである.
 しかし,歴史的にみると,asthough の構文の起源は異なる.英文法書などに解説されている通り,as の譲歩構文は,As young as he is, he is rich. の最初の As が消えたものであり,主節に対して付帯状況を表わす従属節を含む文ということになる.実際,特にアメリカ英語では最初の As が現れる例も見られる.あくまで主節に対する付帯状況を示すのであるから,その意味は譲歩に限定されない.文脈によっては,Young as he is, he is reckless. のように,理由を表わす節ともとなりうる.OED as, adv. and conj. の B. 4 を参照すると,歴史的な起源と発達がよくわかる.
 問題の構文の初出は1200年頃で,so young as . . . の型で現れる.ただし,これは近代英語へは生き残らなかった.

c1225 (?c1200) St. Katherine l. 173 (MED), Þohte þah..se ȝung þing as ha wes, hwet hit mahte ȝeinen þa heo hire ane were aȝein se kene keisere.


 次に,1300年頃に as young as . . . の型が現れ出し,現在まで続く.

c1300 St. Michael (Laud) l. 656 in C. Horstmann Early S.-Eng. Legendary (1887) 318 (MED), And ȝeot, ase gret ase þe eorþe þinchez and ase luyte ase heo is, þare nis bote þat seouenþe del.


 最後に,17世紀に,先頭の as が消えた young as . . . の型が現れる.

a1627 H. Shirley Martyr'd Souldier (1638) ii. sig. D2v, Darke as it is, by the twilight of my Lanthorne, Methinks I see a company of Woodcocks.


 Young as he is . . . の構文は歴史的には上記のように発展してきたわけが,意味的,統語的に though と関連づけられるようになったのは無理からぬことである.Young though he is . . . はあくまで倒置であり,形容詞ではなく動詞(句)が先頭に来ることもできる (ex. Go to Kyoto every week though he does, Jim likes Tokyo better.) .そこから,同じことが as でもできるようになった (ex. Try as she may, she never seems to be able to do the work satisfactorily.) .asthough の間に,統語的な類推作用 (analogy) が作用した結果だろう.
 as のこの構文について,細江 (p. 215fn) が次のように述べているので,引用しておこう.

元来この形は as...as であったので,as が文句中に陥没したのではない.初めの as が強勢がないために脱落したのである.Eliot の The Mill of the Floss, I. iii に Big a puzzle as it was, it hadn't got the better of Riley. という文が見えるが,Big の次に a のあるのは文頭にある As が落ちたばかりの姿を示すものである.


 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

Referrer (Inside): [2019-05-08-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-11-30 Sat

#1678. 動詞 spare は contronym? [antonymy][polysemy][syntax][contryonym]

 一見すると信じがたいが,1つの語が相反する2つの語義をもつ場合がある.このような語は contronym と呼ばれ,その例は「#566. contronym」 ([2010-11-14-1]) ,「#755. contronym としての literally」 ([2011-05-22-1]) ,「#1308. learn の「教える」の語義」 ([2012-11-25-1]) で挙げた.もう1つの例として,動詞 spare も候補となるかもしれない.先日,英文講読の授業で,次のような文に出くわした.

But she does not spare us the information that it was drafted by a 'Marxist', even though there is nothing Marxist in the reasoning of the letter.


 前後の文脈を参照すると「彼女はそれがマルクス主義者によって書かれたという情報を我々に隠さない」と解釈すべきことがわかり,したがってここでの spare は「与えないでおく」の語義だとわかるのだが,ある学生が,辞書によると spare には「与える」の語義もあるからわかりにくいと指摘した.なるほど,動詞 spare を英和辞典で引くと,ある語義に「与える,取っておく,割く」とあったかと思うと,別の語義では「与えないでおく,…をのがれさせる」とある.さらに,両語義ともに今回の例のように SVOO 構文が可能であり,一見したところ統語的に両語義を見分ける手段はない.
 このような場合には,日本語で考えずに,英英辞典を利用して英語による語義説明を丹念に読み解くのがよい.例えば OALD8 によると,日本語「与える」に相当するのは以下の語義である.

TIME/MONEY/ROOM/THOUGHT, ETC.
1 to make sth such as time or money available to sb or for sth, especially when it requires an effort for you to do this
. . . .
・ ? sb sth Surely you can spare me a few minutes?


 この語義では,直接目的語となる名詞句が意味的に限定されていることに注意したい.時間,お金,スペースなどの資源である.間接目的語で表わされる人物にとって,これを「確保」することがメリットとなる.次に,「与えないでおく」に相当する語義をみよう.

SAVE SB PAIN/TROUBLE
2 to save sb/yourself from having to go through an unpleasant experience
・ ? sb/yourself sth He wanted to spare his mother any anxiety.
Please spare me (= do not tell me) the gruesome details.
You could have spared yourself an unnecessary trip by phoning in advance.


 この語義では,直接目的語となる名詞句は「不快な経験」を表わす何かである.間接目的語で表わされる人物にとって,これを「回避」することがメリットとなる.
 2つの語義を考え合わせると,spare の中心的な意味は「(間接目的語で表わされる)人物にとってメリットとなるように,(直接目的語で表される)物事を処理する」ということになる.具体的な処理は,その人物にその物事を「与える」(確保)ということかもしれないし,「与えないでおく」(回避)ということかもしれない.そのいずれかは,直接目的語で表わされる物事の性質次第ということになる.
 前置詞を用いた代替構文の例を見てみると,She was spared from the ordeal of appearing in court. などで,from によって「与えないでおく」(回避)の語義が示され,両語義の区別が顕在化している,一方,2重目的語構文ではその区別が統語的に中和されてしまうということだろう.
 日本語の訳語を介すると spare が contronym であるかのように見えるが,英語としては一貫した語義が認められるのである.なお,派生形容詞 sparing の「質素な,控えめな」と「寛大な,心の広い」の語義も参照.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-11-22 Fri

#1670. 法助動詞の発達と V-to-I movement [generative_grammar][syntax][auxiliary_verb][lexical_diffusion][agreement][synthesis_to_analysis]

 can, could, may, might, will, would, shall, should, must のような現代英語の法助動詞は,一般の動詞とは異なった統語・形態的振る舞いを示す.様々な差異があるが,以下にいくつかを示そう.

 (1) 完了形をとらない: *He has could understand chapter 4. (cf. He has understood chapter 4.)
 (2) 現在分詞形をとらない: *Canning understand chapter 4, . . . . (cf. Understanding chapter 4, . . . .)
 (3) 不定詞形をとらない: *He wanted to can understand. (cf. He wanted to understand.)
 (4) 別の法助動詞に後続しない: *He will can understand. (cf. He will understand.)
 (5) 目的語を直接にはとらない: *He can music. (cf. He understands music.)

 しかし,古英語や中英語では,上記の非文に対応する構文はすべて可能だった.つまり,これらの法助動詞は,かつては一般動詞だったのである.英語史の観点から重要なことは,(1)--(5) の法助動詞的な特徴が,個々の(助)動詞によって時間とともに一つひとつ徐々に獲得されたのではなく,どうやらすべての特徴が一気に獲得されたようだということである.つまり,これらの語は,徐々に動詞から法助動詞へと発展していったというよりは,ひとっ飛びに動詞から法助動詞へと切り替わった.より具体的にいえば,16世紀前半に Sir Thomas More (1478--1535) は,(1)--(5) で非文とされる種類の構文をすべて用いていたが,彼の継承者たちは1つも用いなかった (Lightfoot 29) .Lightfoot は,16世紀中に生じたこの飛躍を V-to-I movement の結果であると論じている.
 現代英語と中英語の統語構造をそれぞれ木で示そう.

a) 現代英語

b) 中英語


 現代英語の構造を仮定すると,I の位置を can が占めていることにより,(1)--(5) の非文がなぜ容認されないのかが理論的に説明される.完了形や進行形は VP 内部で作られるために,その外にある can には関与し得ない.不定詞を標示する to や別の法助動詞は I を占めるため,can とは共存できない.I が直接に目的語を取ることはできない.一方,中英語の構造を仮定すると,下位の統語範疇が I の位置へ移動する余地があるため,(1)--(5) の現代英語における非文は,非文とならない.
 この抽象的なレベルでの変化,すなわち文法変化は,個々の(法)助動詞については異なるタイミングで生じたかもしれないが,生じたものについては (1)--(5) の各項目をひとまとめにした形で一気に生じたのではないか.ここで議論しているのは,「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) で取り上げた,言語変化の "clusters" と "bumpy" という性質である."clusters" という単位で "bumpy" に生じる変化それ自体が,個々の(法)助動詞によって異なるタイミングで生じることはあり得るし,始まった変化が徐々に言語共同体へ広がってゆくこともあり得る.つまり,この "bumpy" を主張する Lightfoot の言語変化論は,"gradual" を主張する語彙拡散 (lexical_diffusion) と表面的には矛盾するようでありながら,実際には矛盾しないのである.矛盾するようで矛盾しないという解釈について,直接 Lightfoot (30) のことばを引用しよう.

The change in category membership of the English modals explains the catastrophic nature of the change, not in the sense that the change spread through the population rapidly, but that phenomena changed together. The notion of change in grammars is a way of unifying disparate phenomena, taking them to be various surface manifestations of a single change at the abstract level. Tony Kroch and his associates . . . have done interesting statistical work on the spread of such changes through populations of speakers, showing that it is grammars which spread: competing grammars may coexist in individual speakers for periods of time. They have shown that the variation observed represents oscillation between two fixed points, two grammars, and not oscillation in which the phenomena vary independently of each other.


 "bumpy but gradual" は,言語変化の時間的な相を論じる上で刺激的な理論である.
 なお,Lightfoot と同様の分析を,同じ生成文法の枠組みでも,principles and parameters theory を用いて分析したものに Roberts がある.Roberts (33) によれば,英語の一致 (agreement) の歴史は,形態的なものから統語的なものへのパラメータの切り替えとして解釈できるとし,その時期を16世紀としている.そして,(法)助動詞の V-to-I movement もその大きな切り替えの一環にすぎないという.

[T]he choice of a morphological or a syntactic agreement system is a parameter of UG. Our central proposal in this paper is that English has historically developed from having a morphological agreement system to having a syntactic agreement system: We propose that this parametric change took place during the sixteenth century. The development of a class of modal auxiliaries was part of this change.


 ・ Lightfoot, David W. "Cuing a New Grammar." Chapter 2 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 24--44.
 ・ Roberts, I. "Agreement Parameters and the Development of English Modal Auxiliaries." Natural Language and Linguistic Theory 3 (1985): 21--58.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-11-20 Wed

#1668. フランス語の影響による形容詞の後置修飾 (2) [adjective][syntax][french][latin][word_order][implicational_scale]

 昨日の記事「#1667. フランス語の影響による形容詞の後置修飾 (1)」 ([2013-11-19-1]) の続編.英語史において,形容詞の後置修飾は古英語から見られた.後置修飾は中英語では決して稀ではなかったが,初期近代英語期の間に前置修飾が優勢となった (Rissanen 209) .Fischer (214) によると,Lightfoot (205--09) は,この歴史的経緯を踏まえて Greenberg 流の語順類型論に基づく含意尺度 (implicational scale) の観点から,形容詞後置 (Noun-Adjective) の語順の衰退は,SOV (Subject-Object-Verb) の語順の衰退と連動していると論じた.つまり,SVO が定着しつつあった中英語では同時に形容詞後置も発達していたのだというのである.(SVOの語順の発達については,「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1]) を参照.)
 しかし,中英語の形容詞の語順の記述研究をみる限り,Lightfoot の論を支える事実はない.例えば,Sir Gawain and the Green Knight では,8割が形容詞前置であり,後置を示す残りの2割のうち2/3の例が韻律により説明されるという.また,予想されるとおり,散文より韻文のほうが一般的に多く後置修飾を示す.さらに,後置修飾の形容詞は,フランス語の "learned adjectives" (Fischer 214) であることが多かった (ex. oure othere goodes temporels, the service dyvyne) .つまり,修飾される名詞とあわせて,これらの表現の多くはフランス語風の慣用表現だったと考えるのが妥当のようである.
 中英語におけるこの傾向は,初期近代英語にも続く.Rissanen (208) は次のように述べている.

The order of the elements of the noun phrase is freer in the sixteenth century than in late Modern English. The adjective is placed after the nominal head more readily than today . . . . This is probably largely due to French or Latin influence: most noun + adjective combinations contain a borrowed adjective and the whole expression is often a term going back to French or Latin.


 この時期からの例としては,a tonge vulgare and barbarous, the next heire male, life eternall などを挙げている.初期近代英語期の間にこの語順が衰退してきたという大きな流れはいくつかの研究 (Rissanen 209 を参照)で指摘されているが,テキストタイプや個々の著者別に詳細に調査してゆく必要があるかもしれない.昨日の記事でも触れたように,フランス語が問題の語順に与えた影響は,限られた範囲においてではあるが,現代英語でも生産的である.形容詞後置の問題は,英語史上,興味深いテーマとなるのではないか.

 ・ Fischer, Olga. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 207--408.
 ・ Rissanen, Matti. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.
 ・ Lightfoot, D. W. Principles of Diachronic Syntax. Cambridge: CUP, 1979.

Referrer (Inside): [2016-01-05-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-11-19 Tue

#1667. フランス語の影響による形容詞の後置修飾 (1) [adjective][word_order][syntax][french][law_french]

 現代英語では,通常,限定用法の形容詞は名詞の前に置かれるが,名詞の後に置かれる例も意外と多くある.形容詞の後置修飾には以下のような様々な種類が認められる.

 (1) 不定代名詞の -thing, -body, -one: ex. something strange, nobody else, everything possible; cf. all things English
 (2) all, any, every, 最上級を伴う -able, -ible: ex. every means imaginable, the latest information available
 (3) フランス語などの影響を受けた慣用的語法: ex. the sum total, from time immemorial, the devil incarnate, bloody royal
 (4) 固有名詞を区別する語法: ex. Elizabeth the Second, Asia Minor, Hotel Majestic
 (5) 修飾語を伴って長くなる場合: ex. a friend worthy of confidence, a meal typical of Japan
 (6) 叙述用法に近い場合: ex. all the people present, the authorities concerned, the person opposite
 (7) 動詞的性質をもつ分詞形容詞: ex. the people arrested, the best car going
 (8) 強調・対照・リズムの関係: ex. America, past and present
 (9) その他の慣用的語法: ex. on Monday next, for ten years past, me included, Poet Laureate, B flat/sharp/major/minor, Longman Group Limited/Ltd (UK), Hartcourt Brace Jovanovich, Incorporated/Inc (US)

 今回注目したいのは (3) のフランス語の影響を受けた慣用的な表現である.Quirk et al. (Section 7.21) によれば,"institutionalized expressions (mostly in official designations)" として次のような例が挙げられている.

 ・ attorney general
 ・ body politic
 ・ court martial
 ・ from time immemorial
 ・ heir apparent
 ・ notary public
 ・ postmaster general
 ・ the president elect ['soon to take office']
 ・ vice-chancellor designate


 これらの表現は慣用表現であるから,通常は分析されずに複合語のようにみなされている.とりわけ法律用語については,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) を参照.
 英語史の観点から特に重要なのは,Quirk et al. (Section 7.21) の次の注記である.エリザベス朝で流行した語法とは興味深い指摘だが,確認と調査が必要だろう.

The postpositive adjective, as in the president elect and vice-chancellor designate, reflects a neoclassical style based on Latin participles and much in vogue in Elizabethan times.


 フランス語の影響による形容詞後置としてはエリザベス朝よりもずっと新しいものと思われるが,料理の分野に特有の "postposed 'mode' qualifier" と呼ばれる種類もある (Section 17.60) .

Postposed 'mode' qualifier: Lobster Newburg
There is another French model of postposition in English that we may call postposed 'mode' qualifier, as in Lobster Newburg. Though virtually confined to cuisine (rather than mere cooking), it is moderately productive within these limits, perhaps especially in AmE. In BrE one finds veal paprika and many others, but there is some resistance to this type of postposition with other than French lexical items, as in páté maison, sole bonne femme. Nevertheless (perhaps partly because, in examples like the latter, the French and English head nouns are identical), the language has become receptive to hybrids like poached salmon mayonnaise, English scallops provencal.


 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-11-05 Tue

#1653. be 完了の歴史 [syntax][be][auxiliary_verb][grammaticalisation][tense][aspect][passive][perfect][participle]

 現代英語で「be + 動詞の過去分詞」は典型的に受動態を作る構造だが,一部の変移動詞 (mutative verb) では完了を表わす.

 ・ The cookies are all gone.
 ・ All my lectures are finished.
 ・ The sun is set.
 ・ How he is grown up!
 ・ Babylon is fallen.
 ・ Everything is changed.


 共時的にはこれらの例文の gonefinished などは形容詞と考えられており,完了を表わす統語構造の一部とはとらえられていない.be の代わりに have を用いることができることからもわかるとおり,be 完了は絶滅したとはいわずとも,相当に周辺的な構造といわざるを得ない.だが,behave が対立する場合には,be 完了は状態を表わし,have 完了は行為を表わすといわれる.be 完了はこのように瀕死の状態ではあるが,「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]),「#1347. a lawyer turned teacher」 ([2013-01-03-1]) で見たように,過去分詞形容詞の用法のなかにも一定の命脈を保っている.以下,be 完了の歴史を,『英語史IIIA』 (432--33) に拠って概説しよう.
 英語における be 完了の例は古英語期から広く見られる.古英語では,自動詞,とりわけ変移動詞について wē sindon ȝecumene のような構造は一般的だった.後期古英語になると,よくいわれるように「have + 目的語 + 過去分詞」→「have + 過去分詞 + 目的語」の語順変化を経て have 完了が文法化 (grammaticalisation) し,他動詞一般に広がった.すでに早いこの時期に have 完了はまれに自動詞にも拡張していたので,be 完了が圧迫されてゆく歴史はすでに始まっていたともいえる.しかし,変移動詞の be 完了は,その後も18世紀後半に至るまで優勢を保っていた.18世紀末になってようやく,behave に優位を明け渡すこととなった.現代における be 完了が状態を表わしているように,歴史的にも状態を表わす用法が主だったが,一方で行為を表わす用法も少なくなかった.現代的な状態の用法は,初期近代英語にかけて確立したものである.
 中英語から近代英語にかけての時期のスナップショットを見てみよう.以下は,Fridén による,Spenser の全作品,Marlowe の5作品,Shakespeare の全戯曲を対象にし,7個の主要自動詞 (come, go, arrive, fall, flee; become, grow) について,be 完了と have 完了の分布を調査したものである.なお,表下段の 's は,has あるいは is のいずれかの操作詞の前接形 (enclitic) を指す.(表は,G. Fridén. Studies on the tenses of the English Verb from Chaucer to Shakespeare: With Special Reference to the Late Sixteenth Century. Uppsala: Almqvist & Wiksells Boktryckeri Ab., 1948. Rpr. Nendeln/Liechtenstein: Kraus, 1973. に基づいた『英語史IIIA』,p. 432 より.)

動詞comegoarrivefallfleebecomegrow
作家SpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShakSpMarShak
be9288789195799289836767656567828650901008990
have86139098111133332735077030113
's0690512006008033117507007


 この段階では,まだ be 完了は完全に健在であり,have 完了は fall を例外とすれば,10%ほどのシェアを占めるにすぎない.とりわけ「生成」を意味する become, grow では have 完了の割合が少ない.
 18世紀末に have 完了が be 完了を凌駕していった歴史については,Visser (2043) や Rissanen (215) を参照.

 ・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
 ・ Rissanen, Matti. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-09-09 Mon

#1596. 分極の仮説 [lexical_diffusion][language_change][speed_of_change][generative_grammar][negative][syntax][do-periphrasis][schedule_of_language_change]

 標題は英語で "polarization hypothesis" と呼ばれる.児馬先生の著書で初めて知ったものである.昨日の記事「#1572. なぜ言語変化はS字曲線を描くと考えられるのか」 ([2013-08-16-1]) および「#1569. 語彙拡散のS字曲線への批判 (2)」 ([2013-08-13-1]) などで言語変化の進行パターンについて議論してきたが,S字曲線と分極の仮説は親和性が高い.
 分極の仮説は,生成文法やそれに基づく言語習得の枠組みからみた言語変化の進行に関する仮説である.それによると,文法規則には大規則 (major rule) と小規則 (minor rule) が区別されるという.大規則は,ある範疇の大部分の項目について適用される規則であり,少数の例外的な項目(典型的には語彙項目)には例外であるという印がつけられており,個別に処理される.一方,小規則は,少数の印をつけられた項目にのみ適用される規則であり,それ以外の大多数の項目には適用されない.両者の差異を際立たせて言い換えれば,大規則には原則として適用されるが少数の適用されない例外があり,小規則には原則として適用されないが少数の適用される例外がある,ということになる.共通点は,例外項目の数が少ないことである.分極の仮説が予想するのは,言語の規則は例外項目の少ない大規則か小規則のいずれかであり,例外項目の多い「中規則」はありえないということだ.習得の観点からも,例外のあまりに多い中規則(もはや規則と呼べないかもしれない)が非効率的であることは明らかであり,分極の仮説に合理性はある.
 分極の仮説と言語変化との関係を示すのに,迂言的 do ( do-periphrasis ) による否定構造の発達を挙げよう.「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) ほかの記事で触れた話題だが,古英語や中英語では否定構文を作るには定動詞の後に not などの否定辞を置くだけで済んだ(否定辞配置,neg-placement)が,初期近代英語で do による否定構造が発達してきた.do 否定への移行の過程についてよく知られているのは,know, doubt, care など少数の動詞はこの移行に対して最後まで抵抗し,I know not などの構造を続けていたことである.
 さて,古英語や中英語では否定辞配置が大規則だったが,近代英語では do 否定に置き換えられ,一部の動詞を例外としてもつ小規則へと変わった.do 否定の観点からみれば,発達し始めた16世紀には,少数の動詞が関与するにすぎない小規則だったが,17世紀後半には少数の例外をもつ大規則へと変わった.否定辞配置の衰退と do 否定の発達をグラフに描くと,中間段階に著しく急速な変化を示す(逆)S字曲線となる.

Polarization Hypothesis

 語彙拡散と分極の仮説は,理論の出所がまるで異なるにもかかわらず,S字曲線という点で一致を見るというのがおもしろい.
 合わせて,分極の仮説の関連論文として園田の「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」を読んだ.園田は,分極の仮説を,生成理論の応用として通時的な問題を扱う際の補助理論と位置づけている.

 ・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.
 ・ 園田 勝英 「分極の仮説と助動詞doの発達の一側面」『The Northern Review (北海道大学)』,第12巻,1984年,47--57頁.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-08-10 Sat

#1566. existential there の起源 (2) [adverb][syntax][oe][grammaticalisation][existential_sentence]

 昨日の記事[2013-08-09-1]に引き続き,存在の there の起源の問題について.位置を表わす指示的な用法の there を locative there と呼ぶことにすると,locative there の指示的な意味が薄まり,文法的な機能を帯びるようになったのが existential there であるというのが一般的な理解だろう.文法化 (grammaticalisation) の1例ということである.
 Bolinger は,文法化という用語こそ用いていないが,existential there の起源と発達を上記の流れでとらえている.以下は,Breivik の論文からの引用である(Breivik は存在の用法を there2 として,指示詞の用法を there1 として言及している).

Bolinger argues that there2 'is an extension of locative there' . . . and as such does refer to a location, but he characterizes this as a generalized location to which there2 refers 'in the same abstract way the the anaphoric it refers to a generalized "identity" in It was John who said that' . . . . According to Bolinger . . ., '[there2] "brings something into awareness", where "bring into" is the contribution of the position of there and other locational adverbs, and "awareness" is the contribution of there itself, specifically, awareness is the abstract location. . .' (337)


 Bolinger は,具体的な位置を表わす there1 が,抽象的な気付きを表わす there2 へ移行したと考えていることになる.
 Breivik は Bolinger のこの見解を "impressionistic account" (337) として否定的に評価しており,件の機能の移行は文証されないと主張する.むしろ,there1there2 の用法は,現代英語における区別とは異なるものの,すでに初期古英語でも明確に区別がつけられていたはずだと論じている.

There is no evidence in the material utilized for the present investigation that there2 originated as there1, meaning 'at that particular place'. We have presented conclusive evidence that there2 sentences occurred already in early OE. The factors governing the use or non-use of there2 in older English were, however, different from those operative today. If there2 did indeed derive from there1, the separation must have occurred before the OE period. Whether or not there2 carried any semantic weight in OE and ME is a question we know nothing about. However, to judge from my material, it does not seem likely that OE and ME there2 was used to refer to what Bolinger, in his discussion of present-day English there2, calls an 'abstract location'. (346)


 there1there2 は互いに起源的に無関係であるとまでは言わないものの,Breivik は,歴史時代までに両用法がはっきりと分かれていたという点を強調している.
 最初期の用例の読み込み方に依存する難しい問題だが,証拠の精査と理論の構築との対話について考えさせられる問題でもある.

 ・ Breivik, L. E. "A Note on the Genesis of Existential there." English Studies 58 (1977): 334--48.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-08-09 Fri

#1565. existential there の起源 (1) [adverb][syntax][oe][existential_sentence]

 存在を表わす there is/are . . . . 構文に用いられる形式的な there は,存在の there (existential there) ,あるいは虚辞の there (expletive there) と呼ばれている.OED では there, adv. の語義4にこの用法が記されている.初例は古英語となっており,古い起源をもつことがわかる.また,MED では thēr (adv.) の 3a, 3b の語義のもとに,この there の用法が多くの用例とともに記述されている.
 存在の there の発生については,Mustanoja (337) が以下のように述べている.

ANTICIPATORY AND EXISTENTIAL 'THERE.' --- The use of anticipatory and 'existential' there goes back to OE . . . . In this function there occurs mainly in conjunction with intransitive verbs: --- an cniht þer com ride (Lawman A 26187); --- now knowe I that ther reson in the failleth (Ch. TC i 764); --- whilom ther was dwellynge in Lumbardie A worthy knyght (Ch. CT E 1245); --- him thenkth ther is no deth comende (Gower CA i 2714); --- and some þer were . . . That pleined sore (Lydgate TGlas 179). There is occasionally found also with transitive verbs, usually before an auxiliary of tense or mood: --- whan it was ones itend . . . þere couþe no man it aquenche wiþ no craft (Trev. Higd. I 223). . . . / It is unnecessary to explain this use of there as a reflection of Celtic influence on English, as has been done by W. Preusler . . . . The construction occurs in other Germanic languages too (e.g. Sw. där ligger en bok på bordet).


 存在の there が古英語から見られたことは確かなようだが,その分布については議論がある.小野・中尾 (367) によると,論者によっては,後期散文で ChronBede では少ないが Ælfric には多いとする者もあれば,初期散文や Beowulf などの韻文でも多く現われると主張する者もある.OED や小野・中尾よりいくつかの例を挙げよう.

 ・ þa com þær gan in to me heofencund Wisdom. (Ælfred tr. Boethius De Consol. Philos. iii. §1)
 ・ þa com þær ren and mycele flod and þær bleowun windas. (West Saxon Gospels: Matt. (Corpus Cambr.) vii. 25)
 ・ 7 þær is mid Estum ðeaw, þonne þær bið man dead, þæt. . . (''Or 20, 19--20)
 ・ On ðæm dagum þær wæron twa cwena (Or 46, 36; in Latin "Duae tunc sorores regno praeerant")
 ・ þær wæs sang and sweg samod ætgædere fore Healfdenes hildeswican (Beowulf 1063)


 Traugott (218--19) によれば,初期古英語ではこの構文が稀であることは確かなようだ.また,文脈を考慮すると,とりわけ話し言葉の特徴だったのではないかという可能性も指摘されている.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
 ・ 小野 茂,中尾 俊夫 『英語史 I』 英語学大系第8巻,大修館書店,1980年.
 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Cambridge: CUP, 1992. 168--289.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-07-17 Wed

#1542. 接続詞としての for [conjunction][syntax][prototype]

 接続詞として用いられる for の用法がある.古風・文語的ではあるが,主節の内容に対する主観的な根拠を補足的に述べるときに用いられる.書き言葉では for の前にコンマ,セミコロン,ダッシュなどの句読点が置かれ,軽い休止を伴う.例文をいくつか挙げよう.

 ・ It was just twelve o'clock, for the church bell was ringing.
 ・ We listened eagerly, for he brought news of our families.
 ・ I believed her --- for surely she would not lie to me.
 ・ He found it increasingly difficult to read, for his eyesight was beginning to fail.
 ・ She remained silent, for her heart was heavy and her spirits low.
 ・ The man was different from the others, with just a hint of sternness. For he was a coroner.


 この for は,根拠や理由を述べる典型的な従属接続詞である because, since, as などと用法が部分的に重なる.実際に方言などでは "I did it for they asked me to do it." などと直接に理由を述べる because に近い用例もある.しかし,いくつかの点で,because などの従属接続詞とは統語的な性質が異なり,それゆえ,むしろ等位接続詞として分類されることもある.
 例えば,for の導く節を前に持ってくることはできない (ex. * For he was unhappy, he asked to be transferred.) .また,it is . . . that の強調構文の強調の位置に for 節をもってくることはできない.because A and because C などと and により並置できるが,for A and for B などとはできない.直前に just, only, simply, chiefly などの副詞を置くことができない,等々.
 だが,for は等位接続詞らしからぬ振る舞いを示すことも確かである.例えば,典型的な等位接続詞 or では,I may see you tomorrow or may phone later in the day. などと主語が同じ場合,第2の節における主語は省略できるが,for では省略できない (ex. * He did not want it, for was obstinate) .
 Quirk et al. (927--28) は,従属接続詞と等位接続詞を分ける絶対的な基準はないとしながらも,総合的には for は前者に分類するのが適切だと考えている.ifbecause のような prototypical な従属接続詞ではないものの,prototypical な等位接続詞である andor からの隔たりのほうが大きいと判断している.Quirk et al. (927) による統語的基準6点と,等位から従属への連続性を示す表を以下に挙げよう.(表中の「±」は条件によっては該当項目を満たしたり満たさなかったりすることを,「×」は (and) yet ように and などの前置が任意であることを示す.)

(a) It is immobile in front of its clause.
(b) A clause beginning with it is sequentially fixed in relation to the previous clause, and hence cannot be moved to a position in front of that clause.
(c) It does not allow a conjunction to precede it.
(d) It links not only clauses, but predicates and other clause constituents.
(e) It can link subordinate clauses.
(f) It can link more than two clauses, and when it does so all but the final instance of the linking item can be omitted.

Table 13.18 Coordination--conjunct--subordination gradients
Coordination--Conjunct--Subordination Gradients


 なお,OEDMED によると,歴史的には接続詞としての for は,古英語から中英語への過渡期に初出している.


 ・ 1123 Peterb.Chron. (LdMisc 636) an.1123: Ac hit naht ne beheld, for se biscop of Særes byrig wæs strang.
 ・ c1150 Serm. in Kluge Ags. Lesebuch 71 Hwu sceal þiss gewurðen, for ic necann naht of weres gemane.
 ・ 1154 Anglo-Saxon Chron. anno 1135, On þis kinges time wes al unfrið..for agenes him risen sone þa rice men.


 単体で接続詞として用いられる for の前身として,古英語では ðe を伴って接続詞化した forþam, forþan, forði が見られたし,13世紀には for that などの compound connective も現われた.接続詞としては周辺的ではあるものの,案外と古い歴史をもっていることがわかる.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2023-03-02-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2013-07-16 Tue

#1541. Mind you の語順 [imperative][word_order][syntax][emode]

 現代英語では,2人称に対する命令文では,通常,主語の you は省略される.ただし,相手に対するいらだちを表わしたり,特定の人を指して命令する場合には,会話において you が現われることも少なくない.その場合には "Come on! You open up and tell me everything." のように,you が動詞の前位置に置かれ,強勢を伴う.
 しかし,初期近代英語までは,主語の youthou が省略されずに表出する場合には,動詞の後位置に現われた.荒木・宇賀治 (406) および細江 (149) に引用されている,Shakespeare や聖書からの例を挙げよう.

 ・ Bring thou the master to the citadel (Oth II. i. 211)
 ・ So in the Lethe of thy angry soul Thou drown the sad remembrance of those wrongs Which thou supposest I have done to thee. (R 3 IV. iv. 250--2)
 ・ So speak ye, and do so. --- James, ii. 12.
 ・ Go, and do thou likewise. --- Luke, x. 37.


 18世紀以降は,主語が動詞に前置される語順が次第に優勢となったが,否定命令文では,いまだに "Don't you be so sure of yourself." のように,youdon't の後位置に置かれる(強勢は don't のほうに落ちる).これは,古い英語の名残である.同様の名残に,現代英語の mind you, mark you, look you なども挙げられる.これらの you は動詞の目的語ではなく,あくまで命令文において明示された主語である.いずれも,「いいかい,よく聞け,忘れるな,言っておくが」ほどの意味で,略式の発話において内緒話を導入するときや聞き手の注意を引くときに用いる.you に強勢が置かれる.

 ・ Mind you, this is just between you and me.
 ・ Cellphones are becoming more and more popular. Mind you, I don't like cellphones.
 ・ I've heard they're getting divorced. Mind you, I'm not surprised --- they were always arguing.
 ・ She hasn't had much success yet. Mark you, she tries hard.
 ・ Her uncle's just given her a car --- given, mark you, not lent.


 OED によると,mind you の初例は1768年(語義12b),mark you は Shakespeare (語義27b),look you も Shakespeare (語義4a)であり,近代英語期からの語法ということになる.なお,Look ye. 「見よ」については,「#781. How d'ye do?」 ([2011-06-17-1]) の記事も参照.

 ・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.

Referrer (Inside): [2019-05-08-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow