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syntax - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-09-27 06:02

2017-11-19 Sun

#3128. 基本語順の類型論 (3) [word_order][syntax][typology][world_languages][map][linguistic_area]

 「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1]),「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1]),「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1]) に続いて,S, V, O の基本語順の話題.
 「#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online」 ([2016-12-12-1]) で紹介した The World Atlas of Language Structures (WALS Online) に,S, V, O の語順についての専門的な解説がある."Order of Subject, Object and Verb" by Matthew S. Dryer と題するその解説によると,諸言語は,厳格な語順 (rigid order) をもつ言語と柔軟な語順 (flexible order) をもつ言語に大きく2分される.後者については,柔軟な語順をもつとはいえ,頻度や語用論的な中立性という観点から基本語順 (dominant order) とみなせるものをもつ場合も多い.また,3要素のうち V の位置については比較的柔軟だが,S と O の相対的位置は決まっているというような「半柔軟」と呼ぶべき語順を示すものもある.しかし,明らかな基本語順を示さない言語も存在することは事実である(例えば,北オーストラリアの Gunwinyguan).さらに,ドイツ語やオランダ語のように主節では SVO が,従属節では SOV が原則だが,いずれがより統語的に基本的かは自明でなく,基本語順を一意に定められないようなケースもある.
 上記のように基本語順の類型論は複雑であり,基本語順の決定に関して様々な問題が生じるが,大雑把に分類して世界地図上にプロットしたのが Feature 81A: Order of Subject, Object and Verb である(以下に再掲).統計表も掲げる.

Map of Word Order Typology

SOV565
SVO488
VSO95
VOS25
OVS11
OSV4
No dominant order189


 "No dominant order" は,先に述べたように基本語順が一意に定まらない言語の寄せ集めなので数としては多くなっている.それを除いた上で,比率として考えれば,トップの SOV が47.56%,2位の SVO が 41.08%,3位の VSO が 8.00% となり,この3つのみで95.64%をカバーする.やはり日本語型の SOV 言語は最多なのである.

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2017-11-18 Sat

#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移 [word_order][syntax][typology][indo-european][germanic]

 昨日の記事「#3126. 人名語順の類型論」 ([2017-11-17-1]) で,印欧祖語の基本語順が SOV だった可能性に言及した.この問題については白熱した議論はあるものの,Lass (218) も同説を採っている.Lass は,印欧祖語のみならずゲルマン祖語においても,SOV の基本語順が存続していたと考えている.

It seems likely that PIE was basically SOV, though the daughter languages show a wide variety of orders, including SVO and VSO (the later (sic) particularly in Celtic). PGmc is usually taken as continuing this order, though there is of course considerable debate. As I remarked earlier, we can't reconstruct syntax by strict comparative method the way we do phonology or morphology; but in the case of Old English we do have at least fragments of an ancestor: the NWGmc runic corpus (third to seventh centuries AD). This corpus is small and often obscure; there are not that many inscriptions, and some are damaged, partly illegible, or uninterpretable. But it is a precious resource: it brings us as close as we can get to the foundations of Germanic, and contains the earliest pieces of Germanic syntax we have. (The oldest inscriptions predate the Gothic text corpus by some three centuries.) It is, despite its small size, rich enough to suggest reasonable ancestors for some major OE construction types, and gives us some material for constructing a syntactic history of the murky period between the two traditions. (218)


 Lass はこの後 "NWGmc runic corpus" から S, V, O の様々な語順の組み合わせを実例で示していく.NWGmc では,SOV を基準としながらも,事実上あらゆる組み合わせが見いだされるようだ.
 Lass は次に,8世紀の最初期の古英語テキストを調査し,NWGmc と同様にほぼあらゆる語順が見られることを確認する.しかし,この段階において注目すべきは,主たる語順が SOV から SVO へと移行していく過程が徐々に現われてくることだ.特に主節においてその傾向が顕著である.一方,従属節においては SOV がよく保たれている.この主節と従属節の差違は,現代のドイツ語やオランダ語の語順規則を彷彿とさせるが,これらとて PGmc の時代から受け継がれた特徴ではなく,後の発達であるとみなすべきである.いずれにせよ,9世紀後半までには古英語の主節の基本語順は SOV から SVO へと大幅に舵を切っていた (Lass 224) .
 PIE から NWGmc に至り,OE を経て ModE に至るまでの,S, V, O の語順について,大まかに要約しておこう.

PIE -- NWGmc主節・従属節ともに基本語順は SOV.他の語順もあり得た.
C8 OE主節の基本語順は SOV から SVO へ徐々に移行する兆し.他の語順もあり得た.
C9 OE主節の基本語順は SOV から SVO へ移行した.従属節の基本語順はいまだ SOV.他の語順もあり得た.
Late OE従属節でも基本語順は SVO へ移行する兆し.他の語順もあり得た.
ME主節・従属節ともに基本語順は SVO へ移行した.他の語順は少なくなってきた.
ModE主節・従属節ともに基本語順は SVO へ完全に移行した.他の語順は事実上なくなった.


 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2017-11-17 Fri

#3126. 人名語順の類型論 [word_order][syntax][typology][onomastics][personal_name][patronymy][indo-european]

 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1]) と「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1]) で語順の類型論を紹介したが,コムリー他 (23) は人名における姓と名の語順についても類型論上の含意 (typological implication) があると指摘している.
 SOV の基本語順を示す日本語や朝鮮語では,「安倍晋三」「キム・ジョンウン」など,言わずとしれた「姓+名」の人名語順となる.肩書きについても平行的であり,「安倍首相」のように「姓+肩書き」となる.このような点に,類型論上の含意を認めることができそうだ.
 父称 (patronymy) においても,語順の傾向がみられるという.スコットランド語,アイルランド語,ヘブライ語などは VSO を基本語順とするが,父称においては「子供・孫」を表わす語(以下,赤字で示す)が名前そのものに先行する.それぞれ MacAlister, O'Hara, Ben-Gurion の如くである.
 一方,コーカサス地方では SOV の言語が話されているが,そこでは父称は逆の語順となる.アルメニア語の Khachaturian やグルジア語の Basilashvili の如くである.
 実は,印欧語の多くが父称に関してコーカサスの言語と同じ語順を示す.チェコ語の Gruberovà,アイスランド語の Sigurðsdottir,スウェーデン語の Andersson,そして英語の Browning などが例となる.このことは,印欧祖語の基本語順がかつて SOV であったことを示唆しているのかもしれない.
 類型論はあくまで傾向をとらえるものであり,必ずしも普遍性を強く主張するものではない.しかし,人名語順の傾向も他種の語順の傾向と相関関係を示すのであれば,人名語源研究などにも新たな光が当てられることになるだろう.
 関連して,「#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか」 ([2015-10-19-1]) も参照.

 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.

Referrer (Inside): [2017-11-18-1]

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2017-11-16 Thu

#3125. 基本語順の類型論 (2) [word_order][syntax][typology][adjective][demonstrative][numeral][world_languages]

 昨日の記事 ([2017-11-15-1]) で,基本語順の類型論について Greenberg の古典的研究に触れた.Greenberg は30の言語を対象に,数種類の語順を比較した.その結果,「(日本語のように)SOV型の言語であれば後置詞をもつ可能性が高い」などの類型論上の含意 (typological implication) が多数認められることを明らかにした.Greenberg (107--08) のまとめた比較表を以下に挙げる.

LanguageVSOPrNANDN Num
BasqueIII-xx-
BerberIxxx-
BurmeseIII-x1--2
BurushaskiIII----
ChibchaIII-x-x
FinnishII----
FulaniIIxxxx
GreekIIx---
GuaraniI-x-0
HebrewIxxx-
HindiIII----
ItalianIIxx3--
KannadaIII----
JapaneseIII----2
LoritjaIII-xxx
MalayIIxxx-2
MaoriIxx--
MasaiIxx-x
MayaIIx---2
NorwegianIIx---
NubianIII-x-x
QuechuaIII----
SerbianIIx---
SonghaiII-xxx
SwahiliIIxxxx
ThaiIIxxx-2
TurkishIII----
WelshIxx3x-
YorubaIIxxxx
ZapotecIxxx-


 1列目は S, V, O の3要素に関する語順であり,I は VSO, II は SVO, III は SOV を表わす.
 2列目は前置詞 (Pr) をもつか,あるいは後置詞 (-) をもつかを表わす.
 3列目は「名詞+形容詞」の語順 (NA) か,「形容詞+名詞」の語順 (-) かを表わす.
 4列目は「名詞+指示詞」の語順 (ND) か,「指示詞+名詞」の語順 (-) かを表わす.
 5列目は「名詞+数詞」の語順 (N Num) か,「数詞+名詞」の語順 (-) かを表わす.

 右肩に番号の付された注については,正確さのために原文より引用しよう (108) .

1. Participle of adjective-verb, however, precedes and is probably as common as adjective following.
2. Numeral classifiers following numerals in each case. The construction numeral + classifier precedes in Burmese and Maya, follows in Japanese and Thai, and either precedes or follows in Malay.
3. In Welsh and Italian a small number of adjectives usually precede.


 全体として,5種類の語順のあいだに弱からぬ相関関係があることを見て取ることができる.対象となった言語は30個にすぎないとはいえ,異なる系統や地域からの言語が選択されており,それなりに信頼することのできる調査結果として受け入れられている.
 関連して,「#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online」 ([2016-12-12-1]) で紹介した The World Atlas of Language Structures (WALS Online) も参照.

 ・ Greenberg, Joseph P. "Some Universals of Grammar with Particular Reference to the Order of Meaningful Elements." Chapter 5 of Universals of Language. Ed. Joseph P. Greenberg. 2nd ed. Cambridge, Mass.: M.I.T. P, 1966. 73--113.

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2017-11-15 Wed

#3124. 基本語順の類型論 (1) [word_order][syntax][typology][indo-european][world_languages]

 標題は「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1]) で触れた話題だが,改めて考えてみたい.語順の果たす役割の大きさは言語によって異なるとはいえ,語順という統語手段をまったく利用しない言語は存在しない.語順とは,情報伝達の経済という観点からみて必然的な言語装置である.
 Greenberg は言語普遍性と関連して語順の類型論 (word order typology) を提起した.それによると,世界の言語の平叙文における主語,目的語,動詞の語順は,論理的に (1) SVO, (2) SOV, (3) VSO, (4) VOS, (5) OSV, (6) OVS の6種類が可能である.複数の語順を取り得る言語も少なくないが,非常に多くの言語において相対的に優勢な語順は決まっている.つまり基本語順というものが存在する.基本語順をもつ言語のほとんどが,主語が目的語に先行するパターン,すなわち (1), (2), (3) のいずれかを取る.ほかに (4) の言語はある程度確認されるが,(5), (6) は非常に少ないことも分かっている.
 コムリー他 (19) より,それぞれの基本語順を示す言語の例を挙げよう.

基本語順言語例
(1) SVO英語,フィンランド語,中国語,スワヒリ語
(2) SOVヒンディー語/ウルドゥー語,トルコ語,日本語,朝鮮語
(3) VSO古典アラブ語,ウェールズ語,サモア語
(4) VOSマダガスカル語,ツォツィル語(中央アメリカのマヤ語)
(5) OSVカバルド語(北コの言語)ーカサス地方
(6) OVSヒシュカリヤナ語(ブラジルのカリブ語)


 主語が目的語に先行する上位3つの (1), (2), (3) に関していえば,動詞 V の位置に関して (2) SOV と (3) VSO は対極にあり,(1) SVO はその中間的な位置づけにある.実際,他の種類の語順についても,(2) と (3) の言語は反対向きの特徴を示し,(1) は中間的であるというから,類型論上の含意 (typological implication) が見られるということになる.
 現代英語やヨーロッパの主要な言語をはじめ古典ギリシア語や古典ラテン語では VO を基本とするため,印欧祖語でも VO を示していたと想像されそうだが,ヒッタイト語やヴェーダ語の証拠によれば,もともとは OV だった可能性が高い.そうだとすれば,現代英語の SVO も非常に長い歴史の過程で変化してきたということになるだろう.
 関連して,「#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online」 ([2016-12-12-1]) で紹介した The World Atlas of Language Structures (WALS Online) も参照.

 ・ コムリー,バーナード,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
 ・ Greenberg, Joseph P. "Some Universals of Grammar with Particular Reference to the Order of Meaningful Elements." Chapter 5 of Universals of Language. Ed. Joseph P. Greenberg. 2nd ed. Cambridge, Mass.: M.I.T. P, 1966. 73--113.

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2017-08-12 Sat

#3029. 統語論の3つの次元 [syntax][semantics][word_order][generative_grammar][semantic_role]

 言語学において統語論 (syntax) とは何か,何を扱う分野なのかという問いに対する答えは,どのような言語理論を念頭においているかによって異なってくる.伝統的な統語観に則って大雑把に言ってしまえば,統語論とは文の内部における語と語の関係の問題を扱う分野であり,典型的には語順の規則を記述したり,句構造を明らかにしたりすることを目標とする.
 もう少し抽象的に統語論の課題を提示するのであれば,Los の "Three dimensions of syntax" がそれを上手く要約している.これも1つの統語観にすぎないといえばそうなのだが,読んでなるほどと思ったので記しておきたい (Los 8) .

1. How the information about the relationships between the verb and its semantic roles (AGENT, PATIENT, etc.) is expressed. This is essentially a choice between expressing relational information by endings (inflection), i.e. in the morphology, or by free words, like pronouns and auxiliaries, in the syntax.
2. The expression of the semantic roles themselves (NPs, clauses?), and the syntactic operations languages have at their disposal for giving some roles higher profiles than others (e.g. passivisation).
3. Word order.


 Dimension 1 は,動詞を中心として割り振られる意味役割が,屈折などの形態的手段で表わされるのか,語の配置による統語的手段で表わされるのかという問題に関係する.後者の手段が用いられていれば,すなわちそれは統語論上の問題となる.
 Dimension 2 は,割り振られた意味役割がいかなる表現によって実現されるのか,そこに関与する生成(や変形)といった操作に焦点を当てる.
 Dimension 3 は,結果として実現される語と語の配置に関する問題である.

 これら3つの次元は,最も抽象的で深層的な Dimension 1 から,最も具体的で表層的な Dimension 3 という順序で並べられている.生成文法の統語観に基づいたものであるが,よく要約された統語観である.

 ・ Los, Bettelou. A Historical Syntax of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-08-11 Fri

#3028. She is believed to have done it. の構文と古英語モーダル sceolde の関係 [syntax][auxiliary_verb][passive][ecm][passive][information_structure][grammaticalisation]

 I believe that she has done it. という文は that 節を用いずに I believe her to have done it. とパラフレーズすることができる.前者の文で「それをなした」主体は she であり,当然ながら主格の形を取っているが,後者の文では動作の主体は同じ人物を指しながら her と目的格の形を取っている.これは,不定詞の意味上の主語ではあり続けるものの,統語上1段上にある believe の支配下に入るがゆえに,主格ではなく目的格が付与されるのだと説明される.統語論では,後者のような格付与のことを Exceptional Case-Marking (= ECM) と呼んでいる.また,believe の取るこのような構文は,対格付き不定詞の構文とも称される.
 上の believe の例にみられるようなパラフレーズは,thinkdeclare に代表される「思考」や「宣言」を表わす動詞で多く可能だが,興味深いのは,ECM 構文は受動態で用いられるのが普通だということである.上記の例はあえて能動態の文を取り上げたが,She is believed to have done it. のように受動態で現われることのほうが圧倒的に多い.実際 say などでは,能動態での ECM 構文は許容されず,The disease is said to be spreading. のようにもっぱら受動態で現われる.
 この受動態への偏りは,なぜなのだろうか.
 1つには,「思考」や「宣言」において重要なのは,その内容の主題である.上の例文でいえば,shethe disease が主題であり,それが文頭で主語として現われるというのは,情報構造上も自然で素直である.
 もう1つの興味深い観察は,is believed to なり is said to の部分が,全体として evidentiality を表わすモーダルな機能を帯びているというものだ.つまり,reportedly ほどの副詞に置き換えることができそうな機能であり,古い英語でいえば sceolde "should" という法助動詞で表わされていた機能である.Los (151) によれば,

Another interesting aspect of passive ECMs is that they renew a modal meaning of sceolde 'should' that had been lost. Old English sceolde could be used to indicate 'that the reporter does not believe the statement or does not vouch for its truth' . . . :

Þa wæs ðær eac swiðe egeslic geatweard, ðæs nama sceolde bion Caron <Bo 35.102.16>
'Then there was also a very terrible doorkeeper whose name is said to be Caron'


The most felicitous PDE translation has a passive ECM.


 ある意味では,be believed tobe said to が,be going to などと同じように法助動詞へと文法化 (grammaticalisation) している例とみることもできるだろう.

 ・ Los, Bettelou. A Historical Syntax of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-07-13 Thu

#2999. 標準英語から二重否定が消えた理由 [prescriptive_grammar][negative][double_comparative][syntax][emode][double_negative]

 標準英語の規範文法 (prescriptive_grammar) では,二重否定 (double negative) が忌避される.「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1]) のランキングにも入り込んでいる項目であり,誤用の悪玉のようにみなされている.古い英語では二重否定ばかりか多重否定がごく普通に用いられてきた事実があり,それはこの語法に言語学的な効用が確かにあることを物語っているように思われるが,規範主義の立場からはダメの一点張りである(「#549. 多重否定の効用」 ([2010-10-28-1]) を参照).
 標準英語における二重否定は,このように18世紀の規範文法の強力な影響下で忌避されるに至り,現在まで敵視されているというのが通常の見方だが,この見方は必ずしも正確ではないようだ.先行研究を参照しつつ Tieken-Boon van Ostade (81) が,次のように指摘している.

Many scholars believe that the disappearance of double negation from standard English was due to the influence of the normative grammarians, but Nevalainen and Raumolin-Brunberg . . . have shown that double negation was already on the way out during the EModE period. The same is true for another 'double' construction, the use of double comparatives and superlatives, no longer in general use either when first condemned by the grammarians (González-Díaz 2008)


 言及されている先行研究に戻って確かめていないが,もしこの見方がより正確なものだとすれば,先に自然の言語使用において二重否定(や二重比較級・最上級)が廃れ出し,その事実を受けて18世紀の文法家がすでに劣勢だった件の構造に駄目を出した,という順序だったことになる.
 二重否定については,double negative の外部記事を,また二重比較級については「#195. Shakespeare に関する Web resources」 ([2009-11-08-1]) の hellog 記事を参照.

 ・ Tieken-Boon van Ostade, Ingrid. An Introduction to Late Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2009.

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2017-07-06 Thu

#2992. 中英語における不定詞補文の発達 [me][infinitive][syntax][tense][passive][split_infinitive]

 中英語期では,不定詞補文が著しく発達した.Los (Los, Bettelou. The Rise of the to-Infinitive. Oxford: OUP, 2005.) を参照した Sawada (28) に簡潔にまとめられているように,その発達には,(1) 原形不定詞の生起する環境が狭まる一方で to 不定詞の頻度が顕著に増したという側面と,(2) 古英語では見られなかった種々の新しい不定詞構造が現われたという側面がある.(2) については,5種類の新構造が指摘される.以下に,現代英語からの例文とともに示そう.

 (a) 受動態の to 不定詞: The clothes need to be washed.
 (b) 完了の have を伴う to 不定詞: He expected to have finished last Wednesday.
 (c) 独立して否定される to 不定詞: They motioned to her not to come any further.
 (d) いわゆる不定詞付き対格構文における to 不定詞: They believed John to be a liar.
 (e) 分離不定詞 (split infinitive): to boldly go where no one has gone before.

 このような近現代的な to 不定詞構造が生まれた背景には,対応する that 節による補語の衰退も関与している.というよりは,結果的には that 節の果たした節として種々の機能が,複雑な構造をもつ to 不定詞に取って代わられた過程と理解すべきだろう.しかし,この置換は一気に生じたわけではなく,受動態などの複雑な意味・構造が関わる場合には that 節の補文がしばらく保たれたことに注意すべきである.

 ・ Sawada, Mayumi. "The Development of a New Infinitival Construction in Late Middle English: The Passive Infinitive after Suffer." Studies in Middle and Modern English: Historical Variation. Ed. Akinobu Tani and Jennifer Smith. Tokyo: Kaitakusha, 2017. 27--47.

Referrer (Inside): [2024-07-30-1] [2022-12-11-1]

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2017-06-22 Thu

#2978. wh- to 罕???? [infinitive][interrogative_pronoun][syntax][contamination]

 ブログ「アーリーバードの収穫」を運営されている石崎陽一先生から,「疑問詞+ to 不定詞」構文の歴史的発達について質問を受けた(素朴ながらも興味深い話題をありがとうございます).具体的には what to do, how to do の類いの形式ことで,これは間接疑問節と to 不定詞の出会いによって生じた構文と考えられるので,ある種の統語上の融合,場合によっては contamination ともいうべきものかもしれない(「#737. 構文の contamination」 ([2011-05-04-1]) を参照).
 歴史的にもおもしろそうな問題だが,調べたことがなかったので,まずは MED (verbal particle) を調べてみると,語義 5b (e) に次のようにあった.初出は初期中英語期であり,その後も例がいくつも挙がる.

(e) with inf. preceded by the interrogatives hou, what, whider, or whiderward, the entire construction functioning as the direct obj. of verbs of knowing, studying, teaching, etc.

   c1300(?c1225) Horn (Cmb Gg.4.27) 17/276: For he nuste what to do.


 次に OEDto を調べてみた.語義 16a がこの用法の解説になっており,次のようにある.

a. With inf. after a dependent interrogative or relative; equivalent to a clause with may, should, etc. (Sometimes with ellipsis of whether before or in an indirect alternative question.)

   c1386 Chaucer Man of Law's Tale 558 She hath no wight to whom to make hir mone.


 OED での初例は Chaucer となっているが,MED の初例のほうが早いことが分かる.合わせて,この構文は古英語には現われないらしい.
 おもしろいのは,現代英語において当該構文は従属節を構成するものと理解されているが,単独で主節を構成する例も18世紀初頭から現われていることだ.OED の語義 16b に,次のように挙げられている.

b. In absolute or independent construction after an interrogative, forming an elliptical question.
   This may be explained as an ellipsis of the principal clause . . . , or of 'is one', 'am I', etc. before the inf.

   1713 J. Addison Cato iii. vii, But how to gain admission? for Access Is giv'n to none but Juba, and her Brothers.


 周囲の文献をちらっと覗いたところ,込み入った事情がありそうだという印象を受けた.おもしろそうだが,どこまで深掘りできるだろうか・・・.

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2017-06-20 Tue

#2976. 古英語・中英語の感嘆節 which a ? [ancrene_wisse][syntax][exclamation][article]

 Bennett and Smithers 版で Ancrene Wisse の一部を読んでいたときに,この表現に出会った.A. 147--48 に,次のようにある.

Lokið nu ȝeorne, for his deorewurðe luue, hwuch a mearke he leide upon his icorene þa he steah to heouene


 hwuch a mearke 以下の部分はいわゆる間接疑問節を導く which だが,直後に不定冠詞が現われるということは,感嘆の含意もいくらか含んでいるということだろうか.もしそうだとすると,現代英語では感嘆は what a ? となるのが普通なので,かつては which a ? なる形式もあったということになる.
 そこで調べてみると,古英語と中英語には "exclamatory which" なる用法があったとのことだ.Mustanoja (186) の解説を引こう.

EXCLAMATORY 'WHICH

.' --- The original meaning of the pronoun, 'of what kind,' is also reflected in its dependent exclamatory use found in OE and ME (it is often separated from the governing noun by a)] --- ah loke wulche wæstres . . . Whulche wurþliche wude, Whulche wilde deores (Lawman A 11770--73); --- whiche lordes beth þis shrewes! (PPl. B x 27); --- lo which a wyf was Alceste (Ch. CT F Fkl. 1442); --- and whiche eyen my lady hadde! (Ch. BD 859); --- he seide, 'O whiche sorwes glade, O which wofull prosperite Belongeth to the proprete Of love!' (Gower CA iv 1212--13). In late ME which is superseded in this function by what.

 MEDwhich (adj.) の語義7にも,この用法について次のように記述がある.

7. In exclamations, with emphatic force, indicating the striking or extraordinary character of the noun modified: what a remarkable, an excellent, or an impressive; what remarkable or fine:


 さらに OED で which, pron. and adj. を調べてみると,この用法が語義5に,現代では廃用として挙げられている.例文は,古英語は Ælfred 訳の Boethius De Consol. Philos. からの例に始まり,中英語末期からの例に終わっている.

 ・ c888 Ælfred tr. Boethius De Consol. Philos. xvi. §2 Gif ge nu gesawan hwelce mus þæt wære hlaford ofer oðre mys,..mid hwelce hleahtre ge woldon bion astered.
 . . . .
 ・ c1450 Jacob's Well (1900) 102 Lo, whiche a worschip sche hadde, & whiche a ioye.


 感嘆節 which a ? は,古い英語で普通に見られたことが分かる.

 ・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2017-06-19 Mon

#2975. 屈折の衰退と語順の固定化の協力関係 [synthesis_to_analysis][eme][french][contact][syntax][inflection][case][dative][genitive][syncretism][word_order]

 昨日の記事「#2974. 2重目的語構文から to 構文へ」 ([2017-06-18-1]) の最後に触れたように,屈折の衰退と語順の固定化を巡る問題は,英文法史を代表するメジャーな問題である.先に屈折の衰退が生じ,それによって失われた文法機能を補填するために後から語順が固定化することになったのか,あるいは先に語順が固定化し,その結果,不要となった屈折が後から衰退し始めたのか.もしくは,第3の見解によると,両現象の因果関係は一方向的なものではなく,それぞれが影響し合いながらスパイラルに進行していったのだともいわれる.まさにニワトリと卵を巡る問題である.
 私は穏健な第3の見解が真実だろうと思っているが,連日参照している Allen もこの考えである.Allen は,2重目的語構文における2つの目的語の語順だけでなく,属格名詞とそれに修飾される主要部との位置関係に関する初期中英語期中の変化についても調査しており,屈折の衰退が語順の固定化を招いた唯一の要因ではないことを改めて確認している.Allen (220) 曰く,

The two case studies [= the fixing of the order of two nominal NP/DP objects and the genitives] examined here do not support the view that the fixing of word order in English was driven solely by the loss of case inflections or the assumption that at every stage of English, there was a simple correlation between less inflection and more fixed word order. This is not to say that deflexion did not play an important role in the disappearance of some previously possible word orders. It is reasonable to suggest that although it may have been pragmatic considerations which gave the initial impetus to making certain word orders more dominant than others, deflexion played a role in making these orders increasingly dominant. It seems likely that the two developments worked hand in hand; more fixed word order allowed for less overt case marking, which in turn increased the reliance on word order.


 当初の因果関係が「屈折の衰退→語順の固定化」だったという可能性を否定こそしていないが,逆の「語順の固定化→屈折の衰退」の因果関係も途中から介入してきただろうし,結局のところ,両現象が手に手を取って進行したと考えるのが妥当であると結論している.また,両者の関係が思われているほど単純な関係ではないことは,初期中英語においてそれなりに屈折の残っている南部方言などでも,古英語期の語順がそのまま保存されているわけではないし,逆に屈折が衰退していても古英語的な語順が保存されている例があることからも見て取ることができそうだ.

 ・ Allen, Cynthia L. "Case Syncretism and Word Order Change." Chapter 9 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 201--23.

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2017-06-18 Sun

#2974. 2重目的語構文から to 構文へ [synthesis_to_analysis][eme][french][contact][syntax][inflection][case][dative][syncretism][word_order][terminology][ditransitive_verb]

 昨日の記事「#2973. 格の貧富の差」 ([2017-06-17-1]) に引き続き,Allen の論考より話題を提供したい.
 2重目的語構文が,前置詞 to を用いる構文へ置き換わっていくのは,初期中英語期である.古英語期から後者も見られたが,可能な動詞の種類が限られるなどの特徴があった.初期中英語期になると,頻度が増えてくるばかりか,動詞の制限も取り払われるようになる.タイミングとしては格屈折の衰退の時期と重なり,因果関係を疑いたくなるが,Allen は,関係があるだろうとはしながらも慎重な議論を展開している.特定のテキストにおいては,すでに分析的な構文が定着していたフランス語の影響すらあり得ることも示唆しており,単純な「分析から総合へ」 (synthesis_to_analysis) という説明に対して待ったをかけている.Allen (214) を引用する.

It can be noted . . . that we do not require deflexion as an explanation for the rapid increase in to-datives in ME. The influence of French, in which the marking of the IO by a preposition was already well advanced, appears to be the best way to explain such text-specific facts as the surprisingly high incidence of to-datives in the Aȝenbite of Inwit. . . . [T]he dative/accusative distinction was well preserved in the Aȝenbite, which might lead us to expect that the to-dative would be infrequent because it was not needed to mark Case, but in fact we find that this work has a significantly higher frequency of this construction than do many texts in which the dative/accusative distinction has disappeared in overt morphology. The puzzle is explained, however, when we realize that the Aȝenbite was a rather slavish translation from French and shows some unmistakable signs of the influence of its French exemplar in its syntax. It is, of course, uncertain how important French influence was in the spoken language, but contact with French would surely have encouraged the use of the to-dative. It should also be remembered that an innovation such as the to-dative typically follows an S-curve, starting slowly and then rapidly increasing, so that no sudden change in another part of the grammar is required to explain the sudden increase of the to-dative.


 Allen は屈折の衰退という現象を deflexion と表現しているが,私はこの辺りを専門としていながらも,この術語を使ったことがなかった.便利な用語だ.1つ疑問として湧いたのは,引用の最後のところで,to-dative への移行について語彙拡散のS字曲線ということが言及されているが,この観点から具体的に記述された研究はあるのだろうか,ということだ.屈折の衰退と語順の固定化という英語文法史上の大きな問題も,まだまだ掘り下げようがありそうだ.

 ・ Allen, Cynthia L. "Case Syncretism and Word Order Change." Chapter 9 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 201--23.

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2017-05-23 Tue

#2948. 連載第5回「alive の歴史言語学」 [notice][link][syntax][adjective][rensai][fricative_voicing]

 昨日付けで,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第5回の記事「alive の歴史言語学」が公開されました.
 今回の主張は「一波動けば万波生ず」という言語変化のダイナミズムです.古英語から中英語にかけて生じた小さな音の弱化・消失が,形態,統語,綴字,語彙など,英語を構成する諸部門に少なからぬ影響を及ぼし,やや大げさにいうと「英語の体系を揺るがす」ほどの歴史的なインパクトをもった現象である,ということを説きました.英語史のダイナミックな魅力が伝われば,と思います.
 以下に,第5回の記事で触れた諸点に密接に関わる hellog 記事へのリンクを張っておきます.合わせて読むと,連載記事のほうもより面白く読めると思います.

 ・ 「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1])
 ・ 「#1365. 古英語における自鳴音にはさまれた無声摩擦音の有声化」 ([2013-01-21-1])
 ・ 「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1])
 ・ 「#702. -ths の発音」 ([2011-03-30-1])
 ・ 「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1])
 ・ 「#712. 独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」 ([2011-04-09-1])
 ・ 「#1916. 限定用法と叙述用法で異なる形態をもつ形容詞」 ([2014-07-26-1])
 ・ 「#2435. eurhythmy あるいは "buffer hypothesis" の適用可能事例」 ([2015-12-27-1])
 ・ 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])
 ・ 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])
 ・ 「#2245. Meillet の "tout se tient" --- 体系としての言語」 ([2015-06-20-1])

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2017-05-22 Mon

#2947. A's X is better than B という構造 [genitive][syntax][shakespeare][variation]

 A's X という表現の後で,B's X を意味するものとして,X が省略された B's という表現を用いるケースは近現代にも見られる.例えば,A's X and B'sA's X is better than B's のような構造だ.しかし,このような場合に,2つ目の要素 B に所有格の 's すらつけず,単に B とだけ述べる表現も,近代までは普通に見られた.例えば,A's X and BA's X is better than B のような構造だ.これでは論理的に XB を比べていることになり,おかしな構造といえばそうなのだが,現実には中英語から近代英語まで広く行なわれていた.
 Jespersen (302) は中英語からの例として以下を挙げている.

 ・ His top was dokked lyk a preest biforn (like that of a p.) [Ch., A., 589]
 ・ Hys necke he made lyke no man. [Guy of Warw., 8054]

 この構造は近代にも続くが,特に Shakespeare で多用されているという報告がある.Jespersen (302--03) が多くの例とともにこの見解を紹介しているので,引用しよう.

   Al. Schmidt has collected a good many examples of this phenomenon from Shakespeare. He considers it, however, as a rhetorical figure rather than a point of grammar; thus he writes (Sh. Lex., p. 1423): "Shakespeare very frequently uses the name of a person or thing itself for a single particular quality or point of view to be considered, in a manner which has seduced great part of his editors into needless conjectures and emendations". I pick out some of his quotations, and add a few more from my own collections:---

 ・ Her lays were tuned like the lark (like the lays of the lark) [Pilgr., 198]
 ・ He makes a July's day short as December (as a December's day) [W. T., i., 2, 169]
 ・ Iniquity's throat cut like a calf [2 H. VI., iv., 2, 29]
 ・ Mine hair be fixed on end as one distract [2 H. VI., iii., 2, 318]
 ・ I know the sound of Marcius' tongue from every meaner man [Cor., i., 6, 27]
 ・ My throat of war be turned into a pipe small as an eunuch [ibid., iii., 2, 114]


 歴史的には,上記の A's X is better than B の構造と並んで,現代風の A's X is better than B's もありえたので,両構造は統語的変異形だったことになる.問題は,上の引用でも触れられている通り,この変異が Shakespeare などにおいて自由変異だったのか,あるいは修辞的な差異を伴っていたのかである.もし 's という小さな形態素の有無が文法と文体の接触点となりうるのであれば,文献学上のエキサイティングな話題となるだろう.

 ・ Jespersen, Otto. Progress in Language with Special Reference to English. 1894. London and New York: Routledge, 2007.

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2017-05-11 Thu

#2936. 保守性こそが言語の本質? [sociolinguistics][syntax][generative_grammar]

 吉川氏の論考を読み,「社会統語論」 (sociosyntax) という言語の新しい見方を知った.統語論の一種というよりは,統語論の見方というべきもので,吉川 (146) も「メタ統語論」と位置づけている.統語を含む文法というものを「社会知」として把握するところに特徴がある.吉川 (159) によれば,

現実の文法とは,言語コミュニティの成員同士の相互作用の中に宿る,各成員に分散された知識としての「社会知」であり,理想の文法とは,個々の成員が他の成員との「共有範囲」を推して計った結果として得られる,実態はよくわからないが従うべき「規範」としての「社会知」である,という特徴づけができる.


 言語コミュニティの成員は,互いに相手と同じように話すべきだという社会的なプレッシャーを受けながら,常に同化を目指して言語を運用しているのだという.とすると,必然的に,人々は定型表現を用いるなどの保守的な言語行動を取ることが多くなるということだ.単純化していえば,保守性こそが言語の本質であると唱えている.これは,言語の創造性の卓越を主張する生成文法など従来の統語論とは真っ向から対立する考え方である.
 この見方を採用すれば,例えば文法規則から逸脱した「例外」には,かつての時代の文法規則の生き残りとして説明できるものが少なくないが,このようなものも「例外」とみなすべきではなく,保守性の強い事項とみなせばよい,ということになる.吉川 (152) 曰く,

このような「例外」と一般に「文法」として記述される規則との差は何ら質的なものではなく,適用される範囲の規模の大きさの差異でしかない可能性がある.言語の本質を創造性ではなく定型性・保守性に求めれば,これは「保守性の度合い」として尺度化・定量化が可能であり,「規則/例外」のような択一式で考える必要はなくなる.


 社会統語論は,文法規則の社会的共有性と保守性に焦点を当てた variationist 的な立場の統語論といえるだろう.

 ・ 吉川 正人 「第8章 社会統語論の目論見」『社会言語学』井上 逸兵(編),朝倉書店,2017年.146--67頁.

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2017-04-28 Fri

#2923. 左と右の周辺部 [pragmatics][grammaticalisation][syntax][subjectification][intersubjectification][implicature]

 近年,語用論では,「周辺部」 (periphery) 周辺の研究が注目されてきている.先月も青山学院大学の研究プロジェクトをベースとした周辺部に関する小野寺(編)の論考集『発話のはじめと終わり』が出版された(ご献本ありがとうございます).
 理論的導入となる第1章に「周辺部」の定義や研究史についての解説がある.作業上の定義を確認しておこう (9) .

周辺部とは談話ユニットの最初あるいは最後の位置であり,そこではメタテクスト的ならびに/ないしはメタ語用論的構文が好まれ,ユニット全体を作用域とする


 周辺部には最初の位置(すなわち左)と最後の位置(右)の2つがあることになるが,両者の間には働きの違いがあるのではないかと考えられている.先行研究によれば,「左と右の周辺部の言語形式の使用」として,次のような役割分担が仮説され得るという (25) .

左の周辺部 (LP)右の周辺部 (RP)
対話的 (dialogual)二者の視点的 (dialogic)
話順を取る/注意を引く (turn-taking/attention-getting)話順を(譲り,次の話順を)生み出す/終結を標示する (turn-yielding/end-marking)
前の談話につなげる (link to previous discourse)後続の談話を予測する (anticipation of forthcoming discourse)
返答を標示する (response-marking)返答を促す (response-inviting)
焦点化・話題化・フレーム化 (focalizing/topicalizing/framing)モーダル化 (modalizing)
主観的 (subjective)間主観的 (intersubjective)


 周辺部の問題は,語用論と統語論の接点をなすばかりでなく,文法化 (grammaticalisation),主観化 (subjectification),間主観化 (intersubjectification),慣習的含意 (conventional implicature) の形成など広く言語変化の事象にも関与する.今後の展開が楽しみな領域である.

 ・ 小野寺 典子(編) 『発話のはじめと終わり ―― 語用論的調整のなされる場所』 ひつじ書房,2017年.

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2017-03-22 Wed

#2886. なぜ「前置詞+関係代名詞 that」がダメなのか (2) [relative_pronoun][preposition][pied-piping][word_order][syntax][determiner]

 昨日の記事[2017-03-21-1]に続いて,寄せられた標題の質問について.昨日は中英語の状況を簡単に見たが,今回は古英語ではどうだったのかを垣間見よう.
 古英語には大きく3種類(細分化すると4種類)の関係代名詞があった.宇賀治 (248--49) よりまとめると,次の通りである.

(1) 無変化詞 þe
(2) 決定詞 se の転用.se は関係詞節内の格に屈折する(「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1]) を参照).
(3) 上記2つを組み合わせた複合関係詞 se þese は (3a) 関係詞節内の格に屈折する場合と,(3b) 先行詞と同じ格に屈折する場合がある.

 さて,問題の関係代名詞支配の前置詞の位置は,上記の関係代名詞の種類に応じて異なることが知られている.宇賀治 (249) の趣旨を要約すると,(1) と (3b) については,前置詞は関係詞節内に残留するが,(2) と (3a) については前置詞は関係詞の直前に置かれる.しかし,(2) の屈折形の1つである þæt (元来,中性単数主格・対格の屈折形)が用いられる場合には,前置詞は関係詞節内に残留することが多いという.つまり,古英語より,標題の構文が避けられていたということである.
 この理由は定かではないが,本来は1屈折形にすぎない þæt が,古英語の終わりまでに,先行詞の性・数と無関係に用いられる無変化の関係詞となっていたことが関与しているのではないか(その特徴は現代まで引き継がれている).関係詞 þæt が無変化であることと,前置詞がその目的語に何らかの有標な格形を要求するという性質との相性がよくないために,少なくとも隣接させることは望ましくないと感じられたのかもしれない.
 ただし,「前置詞+ þæt」の例も皆無というわけではない.以下に挙げる2つの文例のうち,1つ目はそのような例である(宇賀治,p. 249).

 ・ . . . fram ðam godcundum worde, ðurh þæt ðe ealle þing sind geworhte. (= from the divine word, through which all things are made) (c1000 Ælfric CHom II. 364. 14--15)
 ・ he forgiet ðæt grin ðæt he mid awierged wirð; (= he forgets the snare that he is accursed with) (c897 CP 331. 18--19)


 ・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.

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2017-03-21 Tue

#2885. なぜ「前置詞+関係代名詞 that」がダメなのか (1) [relative_pronoun][preposition][pied-piping][word_order][syntax][sobokunagimon]

 3月13日付の掲示板で,標題の質問を受けた.掲示板では,この統語上の問題は,見栄えとしては同じ「前置詞+接続詞 that」が,in that . . .except that . . . などを除いて広くはみられないことと関連しているのだろうか,という趣旨のコメントも付されていた.「前置詞+関係代名詞 that」と「前置詞+接続詞 that」は,見栄えこそ同じではあるが,統語構造がまったく異なるので,当面はまったく別の現象ととらえるべきだろうと考えている.「前置詞+接続詞 that」については,「#2314. 従属接続詞を作る虚辞としての that」 ([2015-08-28-1]) を参照されたい.
 さて,本題の「前置詞+関係代名詞 that」(いわゆる pied-piping 「先導」と呼ばれる統語現象)が許容されない件については,英語史的にはどのように考えればよいのだろうか.
 事例としては,実は,古英語からある.しかし,稀だったことは確かであり,一般的には忌避されてきた構文であるといってよい.それが,後の歴史のなかで完全に立ち消えになり,現代英語での不使用につながっている.
 Mustanoja (196--97) は,中英語期の関係代名詞 thatwhich の使い分けについて論じている箇所で,後者の使用について次のような特徴を指摘している.

Which, on the other hand, is preferred in connection with prepositions (this folk of which I telle you soo, RRose 743), and also when the antecedent is a clause or a whole sentence.


 その理由として注で次のようにも述べている.

Evidently because of the somewhat clumsy arrangement of the preposition in that-clauses. Prepositions occurring in connection with that are placed immediately before the verb (þet ilke uniseli gile þet ich of seide, Ancr. 30; the place that I of spake, Ch. PF 296), particularly in early ME. Less frequently in early ME, but commonly in late ME, the preposition is placed at the end of the clause (preciouse stanes þat he myght by a kingdom with, RRolle EWr. 112).


 ここから,「前置詞+関係代名詞 that」の構造が,関係代名詞 that が定着してきた初期中英語期にはすでに避けられていたらしいことが示唆されるが,なぜそうなのかという問題は残る.関係詞の絡む従節構造に限らず,通常の主節構造においても,かつては前置詞が必ずしも目的語の前に置かれるとは限らなかったことを考えると,前置詞と関係詞の問題というよりは,より一般的に前置詞の位置に関する問題としてとらえる必要があるのかもしれない.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

Referrer (Inside): [2022-01-01-1] [2017-03-22-1]

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2017-01-26 Thu

#2831. performative hypothesis [pragmatics][speech_act][syntax][verb][performative_hypothesis][performative]

 「#2674. 明示的遂行文の3つの特徴」 ([2016-08-22-1]) で述べたように,文には,ある主張を言明する陳述文 (constative) と,その上に行為も伴う遂行文 (performative) の2種類がある.しかし,考えようによっては,陳述文も「陳述」という発話行為 (speech_act) を行なうものであるのだから,1種の遂行文であるとも言えそうだ.遂行文には,その「遂行」を動詞で直に表わす明示的遂行文 (ex. I command you to surrender immediately.) と,そうでない暗示的遂行文 (ex. Surrender immediately.) があることを考えれば,例えば You're a stupid cow. のような通常の陳述文は,文頭に I hereby insult you that . . . などを補って理解すべき,「陳述」という遂行を表わす暗示的遂行文なのだと議論できるかもしれない.このように,あらゆる陳述文は実は遂行文であり,文頭に「I hereby + 遂行動詞 (performative verb) 」などが隠れているのだと解釈する仮説を,performative hypothesis と呼んでいる.
 しかし,この仮説は広くは受け入れられていない.上に例として挙げた I hereby insult you that you're a stupid cow. という文を考えてみよう.この文は統語論的,意味論的には問題ないが,通常の発話としてはかなり不自然である.語用論的には非文の疑いすらある.さらに,統語的に隠されているとされる主節部分の遂行動詞が「嘘をつく」 (lie) や「脅す」 (threaten) などの文を想像してみるとどうだろうか.ますます文全体の不自然さが際立ってくる.さらに,隠されている遂行動詞が何かを聞き手が正確に特定する方法はあるのだろうか,という問題もある.
 この仮説は1970年代に提起されたが,1980年代以降,統語論,意味論,語用論それぞれの立場から数々の問題が指摘され,批判されてきた.すでに過去の仮説と言ってもよいと思われるが,冒頭に挙げた「命令」の例など,一部の遂行動詞に関しては,簡潔な統語的説明として使えるのかもしれない.以上,Huang (97--98) を参照して執筆した.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

Referrer (Inside): [2022-03-24-1]

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