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syntax - hellog〜英語史ブログ

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2011-04-18 Mon

#721. The Peterborough Chronicle の英語史研究上の価値 [word_order][syntax][synthesis_to_analysis][pchron]

 英語史では,古英語から中英語にかけてとりわけ大きな言語変化が生じていたことが強調される.言語の類型が synthesis から analysis へと大転換し ( see synthesis_to_analysis ) ,印象としては前後の時代の間に連続性よりも断絶が強く感じられるからである.いや,印象だけでなく,客観的にも確かに断絶を認めることができるのである ([2009-11-04-1]) .文書でしか残されていない当時の言語資料から進行中の言語変化を直接に観察することは難しいが,テキストの言語を慎重に分析すれば言語変化の進行に迫ることができる例もある.そのようなテキストの1つが,The Peterborough Chronicle (以降 PChron )という年代記だ.
 PChron は,Bodleian, Laud Misc. 636 に所収されているテキストで,1154年までのイングランドの歴史が年代記として綴られている.King Alfred の治世 (871--99) に編纂の始まった The Anglo-Saxon Chronicle の1ヴァージョン(一般にEヴァージョンとして言及される)である.1121年までの記録を伝える The Copied Annals ,1122--1131年までを記述する The First Continuation ,1132--1154年を扱う The Final Continuation の3部分からなる.後半の2部分は,Peterborough 出身の写字生が同時代の言語で同時代の出来事を記したテキストであり,言語研究上 holograph としての価値がある.そのため,英語史研究でも重要なテキストとしてしばしば取り上げられる.PChron の英語史研究上の価値は,編者 Clark (1958) が次のように的確に表現している.

These Peterborough annals are not merely one of the earliest Middle-English documents: they are also the earliest authentic example of that East-Midland language which was to be the chief ancestor of our modern Standard English. (lxvi)


 The Continuations の言語の新しさは,随所に見ることができる.格の体系は古英語のそれから確実に衰退しており,与格は消えつつある.性の体系も同様に崩れてきている.拙論によれば (Hotta 109--15) ,名詞複数形態全体で現代風の -s 語尾をとる割合は,The Copied Annals で4割,The First Continuation で6割,The Final Continuation で8割となっており,変化が目に見えるようだ.統語的には分析的 (analytic) な傾向が強く見られ,古英語に見られた語順のタイプからの逸脱が観察される.重要な語でいえば,PChron の1140年の記録に,人称代名詞 scæ "she" が英語史上初めて現われていることを指摘しておこう( she の語源は不詳であり,諸説紛々としている.[2010-03-02-1]の記事を参照.).
 この重要なテキストについては刊本,研究書,論文などがたくさんあるが,Web上でアクセスできるものも含めて,何点か重要と思われるものを示す.

1. Editions

 ・ Burrow, J. A. and Thorlac Turville-Petre, eds. A Book of Middle English. 3rd ed. Malden, Mass.: Blackwell, 2005.
 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. 2nd ed. London: OUP, 1970.
 ・ Earle, John and Charles Plummer, eds. Two of the Saxon Chronicles Parallel with Supplementary Extracts from the Others. London: OUP, 1892. 2 vols.
 ・ Garmonsway, G. N., ed. and trans. The Anglo-Saxon Chronicle. London: J. M. Dent, 1972.
 ・ Irvine, Susan, ed. The Anglo-Saxon Chronicle: A Collaborative Edition, Vol. 7, MS. E. Cambridge: Brewer, 2004.
 ・ Jebson, Tony, ed. "The Anglo-Saxon Chronicle: An edition with TEI P4 markup, expressed in XML and translated to XHTML1.1 using XSLT." Available online at http://asc.jebbo.co.uk/. Accessed on 18 April 2011.
 ・ Whitelock, Dorothy, ed. The Peterborough Chronicle. Copenhagen: Rosenkilde and Bagger, 1954.

2. Modern English translations

 ・ Killings, Douglas B., trans. The Anglo-Saxon Chronicle: Online Medieval and Classical Library Release #17. Available online at http://www.omacl.org/Anglo/. Accessed on 18 April 2011.
 ・ Whitelock, Dorothy, trans. The Anglo-Saxon Chronicle: A Revised Translation. London: Eyre, 1961.

3. Monographs and articles

 ・ Behm, O. P. The Language of the Later Part of the Peterborough Chronicle. Diss. Upsala, 1884.
 ・ Kubouchi, T. and K. Ikegami, eds. Language of Peterborough Chronicle 1066-1154. Tokyo: Gakushobo, 1984. [in Japanese]
 ・ Mitchell, Bruce. "Syntax and Word-Order in The Peterborough Chronicle 1122--1154." Neuphilologische Mitteilungen 65 (1964): 113--44.


 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.
 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.

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2011-03-08 Tue

#680. assertion and nonassertion (2) [syntax][negative][assertion]

 昨日の記事[2011-03-07-1]に引き続き,肯定平叙文 ( assertion ) と,否定文および疑問文 ( nonassertion ) の対立について.nonassertion には,否定平叙文 ( "He isn't honest." ) ,肯定疑問文 ( "Is he honest?" ) ,否定疑問文 ( "Isn't he honest?" ) の3種類の統語的な現われ方があるが,これらの関係はどのようになっているのだろうか.言い換えれば,nonassertion の内部はどのような体系をなしているのだろうか.3者の関係には3通りが考えられそうである.

 (1) nonassertion = negative-statement and positive-question and negative-question
 (2) nonassertion = ( ( negative and positive ) -question ) and negative-statement
 (3) nonassertion = ( negative- ( statement and question ) ) and positive-question

 どの選択肢がもっともスマートな答えかを考えるに当たって,昨日列挙した some / anysometimes / ever などの assertive form と nonassertive form のペア語句を思い出したい.例えば somebodyanybody を考えると分かるが,関連語として nobody が思い浮かぶはずである.同様に sometimes / ever からは never が想起される.これらの語句は,2語からなる対立ではなく,3語からなる関係を示唆するのである.表で示すと以下のようになる.

assertive formssomesomebodysomethingsometimes
nonassertive formsanyanybodyanythingever
negative formsnonobodynothingnever


 ここで新しく登場した3行目の nobodynever のような negative form は,否定平叙文に現われるだけでなく否定疑問文にも現われ得る ( ex. "Have you never been to London?" ) が,当然ながら肯定疑問文には現われない.この分布を考慮すると,先の3種類の選択肢のうち (3) を採用するのがもっともスマートだということになる.(3) を採用している Quirk et al. (1975, p. 84) の与えている図式を改変したものを示す.(参考までに Quirk et al. (1972, p. 54) では (2) が示唆されていた.)

Nonassertion

 昨日の記事の最初に示した 2 x 2 の単純な表に比べて随分と複雑になったが,assertion という切り口によって,some, any, no の分布など,多くの現象が説明できるようになった.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972.

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2011-03-07 Mon

#679. assertion and nonassertion (1) [syntax][negative][assertion]

 英語の文 ( sentence ) には,肯定文 ( positive ) と否定文 ( negative ) ,平叙文 ( statement ) と疑問文 ( question ) という2組の基本的な対立がある."He is honest." という肯定平叙文を例にとると,そこから次のような 2 x 2 の派生文が得られる.

 statementquestion
positiveHe is honest.Is he honest?
negativeHe isn't honest.Isn't he honest?


 この分類は,2組の対立によりきれいにまとめられ,疑問を差し挟む余地はないように見える.しかし,この4つの文を分類する方法は他にもあり,そちらの分類を用いると新たな知見が得られる.大げさにいえば英語の世界観の一端を垣間見ることができる.
 それは,assertion 対 nonassertion という別の対立軸の導入によって可能になる (Quirk et al. 53--54) .この対立によると,基本文 "He is honest." が assertive となり,そこから派生する3つの文はいずれも nonassertive となる.肯定平叙文では 'He is honest' という命題が断定されているが,否定文や疑問文ではその命題が否定されるか疑問に付されるかで,いずれにしても断定はされていない.assertion という観点によって,肯定平叙文とそれ以外とで大きく二分されることになる.そこで,上記の 2 x 2 の表に替わって次のような図式が得られる.

              +----- assertion ( "He is honest." ) 
              |
sentence -----+                        +----- negative ( "He isn't honest." )
              |                        |
              +----- nonassertion -----+
                                       |
                                       +----- question ( "Isn't he honest?" )


 nonassertion の文は assertion の文と命題論理の観点から対置されるだけでなく,統語的にも operator (この文の場合には be 動詞の is )の振る舞いが変化するという点でも対置される.さらに,assertion / nonassertion の対立は,以下の一連の対応語句の分布を説明する.some / any, somebody / anybody, something / anything, sometimes / ever, already / yet .各ペアの語句で,前者 ( assertive form ) はもっぱら肯定平叙文に現われ,否定文や疑問文にはもっぱら後者 ( nonassertive form ) が用いられる.
 このように,assertion という観点を導入することで,英語の構文に関する新たな知見が得られることが分かるが,ここに1つ問題が残されている.否定疑問文 "Isn't he honest?" が上の図のどこに収まるのかという問題である.否定疑問文が nonassertion に含まれることは,統語的にも,論理的にも,また nonassertive form が出現可能である点でも,間違いない.では,図で示した negative や question と同列に置かれるのがよいのだろうか.あるいは,negative か question のいずれかに強く結びついており,それに応じて階層化を工夫する必要があるのだろうか.これについては明日の記事で.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972.

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2010-12-06 Mon

#588. whatsoever を「複合関係代名詞」と呼ぶことについて [relative_pronoun][syntax][chaucer][subjunctive][terminology]

 授業で Chaucer の "The Physician's Tale" を読んでいて,ll. 187--88 で現代英語にも見られる譲歩表現に出会った(引用は The Riverside Chaucer より).

She nys his doghter nat, what so he seye.
Wherfore to yow, my lord the juge, I preye,


 悪徳裁判官 Apius に乗せられた町の悪漢 Claudius が,騎士 Virginius からその娘 Virginia を奪い取るために法廷ででっち上げの訴えを起こしている箇所である.「Virginius が何と言おうと,Virginia は奴の娘ではない」という行である.what so he seye は現代英語でいう whatsoever he may say に相当し,譲歩を表わす副詞節である.譲歩の文なので,Chaucer では seye と接続法の活用形 ( subjunctive form ) が用いられている.
 ここで現代英語の what(so)ever についても言及したところ,現代英文法ではなぜこれを「複合関係代名詞」 ( compound relative pronoun ) と呼ぶのかという質問があった.これの何がどう関係代名詞なのかという問題である.何か別のよい用語はないものかという疑問だが,これを考えるに当たっては,まず現代英文法の「関係詞」 ( relative ) の分類から議論を始めなければならない.これ自体に様々な議論があり得るが,今回は『現代英文法辞典』 "relative" に示される分類に従い,「複合関係代名詞」という呼称の問題を考えてみたい.
 最も典型的な関係詞として想起されるのは who, which, that; whose; when, where 辺りだろう.関係代名詞 ( relative pronoun ) に絞れば,who, which 辺りがプロトタイプということになるだろう.いずれの関係代名詞も先行詞 ( antecedent ) を取り,先行詞を含めた全体が名詞句として機能する ( ex. a gentleman who speaks the truth, a grammatical problem which we cannot solve easily ) .つまり,典型的な関係代名詞は「先行詞の明示的な存在」と「全体が名詞句として機能する」の2点を前提としていると考えられる.
 しかし,『現代英文法辞典』の分類を参照する限り,この2点は関係代名詞の必要条件ではない.一般に関係詞には,先行詞を明示的に取るものと取らないものとがある.前者を単一関係詞 ( simple relative ) ,後者を複合関係詞 ( compound relative ) と呼び分けている.複合関係詞は先行詞を明示的に取らないだけで,関係詞中に先行詞を埋め込んでいると理解すべきもので,whatwhat(so)ever がその代表例となる.(注意すべきは,ここで形態的に複合語となっている what(so)ever のことを what などに対して「複合」関係詞と呼ぶわけではない.しかし,このように形態的な複合性を指して「複合」関係詞と呼ぶケースもあり,混乱のもととなっている.)
 関係代名詞に話しを絞ると,複合関係代名詞のなかでも一定の先行詞をもたない what のタイプは自由関係代名詞 ( free relative pronoun ) ,指示対象が不定のときに使用される what(so)ever のタイプは不定関係代名詞 ( indefinite relative pronoun ) として分類される.さらに後者は,名詞節として機能する典型的な用法と,譲歩の副詞節として機能する周辺的な用法に分けられる.ここにいたってようやく what(so)ever he may say の説明にたどりついた.この what(so)ever は,正確にいえば「(複合)不定関係代名詞の譲歩節を導く用法」ということになろう.
 先にも述べたとおり,この用法の what(so)ever は,先行詞を明示的に取らないし,全体が名詞句として機能していないし,典型的な関係代名詞の振る舞いからは遠く隔たっている.その意味で複合関係代名詞という呼称が適切でないという意見には半分は同意する.しかし,この what(so)ever を典型的な関係代名詞と関連付け,その周辺的な用法として分類すること自体は,それなりに妥当なのではないだろうか.より適切な用語を提案するには広く関係詞の分類の問題に首を突っ込まなければならず,本記事では扱いきれないが,大きな問題につながり得る興味深い話題だろう.

 ・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.

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2010-11-26 Fri

#578. go him [me][syntax][reflexive_pronoun][personal_pronoun][hc][dative]

 中英語ではごく普通に見られるが,現代の視点から見ると妙な構造がある.go に主語に対応する目的格代名詞が付随する構造で,現代風にいえば he goes him のような表現である.統語的には主語を指示する再帰代名詞と考えられるが,himself のような複合形が用いられることは中英語にはない(中尾, p. 187).機能的には一種の ethical dative と考えられるかもしれないが,そうだとしてもその機能はかなり希薄なように思える.
 例えば,Chaucer の "The Physician's Tale" (l. 207) からの例(引用は The Riverside Chaucer より).

He gooth hym hoom, and sette him in his halle,


 この構造についてざっと調べた限りでは,まだ詳しいことは分からないのだが,OED では "go" の語義45として以下の記述があった.

45. With pleonastic refl. pron. in various foregoing senses. Now only arch. [Cf. F. s'en aller.]


例文としては,中英語期から4例と,随分と間があいて1892年のものが1例あるのみだった.
 一方 Middle English Dictionary のエントリーを見てみると,2a.(b) に関連する記述があったが,特に解説はない.以前から思っていたことだが,中英語では実に頻繁に起こる構造でありながら,ちょっと調べたくらいではあまり詳しい説明が載っていないのである.ただし,中尾 (187) によれば,中英語では gon のほか,arisen, feren, flen, rennen, riden, sitten, stonden などの往来発着の自動詞がこの構造をとることが知られている.
 中英語で盛んだったこの構造は,近代英語期ではどうなったのだろうか.Helsinki Corpus で go him を中心とした例を検索してみたが,中英語からは10例以上が挙がったものの,近代英語期からは1例も挙がらなかった.この統語構造は近代英語期に廃れてきたようにみえるが,どういった経緯だったのだろうか.

 ・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.

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2010-08-31 Tue

#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do [emode][syntax][synthesis_to_analysis][inflection][sociolinguistics][scots_english][do-periphrasis]

 [2010-08-26-1]の記事で見たように,迂言的 do ( do-periphrasis ) は,初期近代英語期に疑問文や否定文を中心に発達してきた.英語史の大きな視点から見ると,この発展は総合的言語 ( synthetic language ) から分析的言語 ( analytic language ) へと進んできた英語の発展の流れに沿っている.
 do, does, did を助動詞として用いることによって,後続する本動詞はいかなる場合でも原形をとれば済むことになる.主語の人称・数と時制を示す役割は do, does, did が受けもってくれるので,本動詞が3単現形や過去形に屈折する必要がなくなるからである.この流れでいけば,疑問文や否定文に限らず肯定平叙文でも do-periphrasis が発達することも十分にあり得たろう.実際に,16世紀には,現代風に強調を含意する用法とは考えられない,純粋に迂言的な do の使用が肯定平叙文で例証されており,do はこの路線を歩んでいたかのようにみえる.
 ところが,[2010-08-26-1]のグラフに示されている通り,肯定平叙文での do の使用は17世紀以降,衰退の一途をたどる.英語史の流れに逆らうかのようなこの現象はどのように説明されるのだろうか.Nurmi ( p. 179 ) は社会言語学的な視点からこの問題に接近した.Nevalainen ( pp. 109--10, 145 ) に触れられている Nurmi の説を紹介しよう.
 ロンドン地域における肯定平叙文での do の使用は,17世紀の最初の10年で減少しているとされる( Nevalainen によれば Corpus of Early English Correspondence のデータから示唆される).17世紀初頭といえば,1603年にスコットランド王 James VI がイングランド王 James I として即位するという歴史的な出来事( Stuart 朝の開始)があった.当時のスコットランド英語 ( Scots-English ) では肯定文での迂言的 do の使用は稀だったとされ,その変種を引きさげてロンドンに都入りした James I と彼の周辺の者たちが,その権威ある立場からロンドンで話される変種に影響を与えたのではないかという.
 この仮説は慎重に検証する必要があるが,言語変化を社会言語学的な観点から説明しようとする最近の潮流に沿った興味深い仮説である.

 ・ Nurmi, Arja. A Social History of Periphrastic DO. Mémoires de la Société Néophilologique de Helsinki 56. Helsinki: Société Néophilologique, 1999.
 ・ Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.

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2010-08-26 Thu

#486. 迂言的 do の発達 [emode][syntax][statistics][do-periphrasis]

 英語史で大きな統語上の問題はいくつかあるが,そのうちの1つに迂言的 do ( do-periphrasis ) の発達がある.現代英語では助動詞 do は疑問文,否定文,強調文で出現する最頻語だが,中英語以前はこれらの do の用法はいまだ確立していない.それ以前は,疑問文は Do you go? の代わりに Go you? であったし,否定文も I don't go. の代わりに I go not. などとすれば済んだ.do-periphrasis が初期近代英語期に確立した理由については諸説が提案されているが定説はなく,現在でも様々な方面から研究が続けられている.
 しかし,do-periphrasis が確立した過程については,少なくとも頻度の変化という形で研究がなされてきた.疑問文や否定文を作るのに do を用いない従来型を単純形 ( simplex ) ,do を用いる革新型を迂言形 ( periphrastic ) とすると,迂言形の占める割合が初期近代英語期 ( 1500--1700年 ) に一気に増加したことが知られている.
 以下は,英語史概説書を通じて広く知られている Ellegård による do-periphrasis の発達を示すグラフである.(中尾, p. 74 に再掲されている数値に基づいて作り直したもの.数値はHTMLソースを参照.)肯定平叙文 ( aff[irmative] declarative ) ,否定平叙文 ( neg[ative] declarative ) ,肯定疑問文 ( aff[irmative] interrogative ) ,否定疑問文 ( neg[ative] interrogative ) ,否定命令文 ( neg[ative] imperative ) と場合分けしてある.

Development of Do-Periphrasis

 疑問文での do-periphrasis の使用が,全体的な発展を先導していったことがわかる.ただし,実際には個々の動詞によって do-periphrasis を受け入れる傾向は異なり,否定文では care, know, mistake などが,疑問文では come, do, hear, say などが迂言形の受け入れに保守的であった.Ogura によると,談話的な要因,社会・文体的要因,音素配列,動詞の頻度などが複雑に相互作用して do-periphrasis がこの時期に拡大していったようだ.



 ・ Ellegård, A. The Auxiliary Do. Stockholm: Almqvist and Wiksell, 1953.
 ・ 中尾 俊夫,児馬 修 編 『歴史的にさぐる現代の英文法』第3版,大修館,1997年.
 ・ Ogura, Mieko. "The Development of Periphrastic Do in English: A Case of Lexical Diffusion in Syntax. Diachronica'' 10 (1993): 51--85.

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2010-06-25 Fri

#424. 現代アメリカ英語における wh- 関係代名詞の激減 [relative_pronoun][syntax][ame][corpus]

 現代英語に起きている文法上の変化として wh- 関係代名詞が減少し,that や zero 関係代名詞が増加しているという例が挙げられる.wh- 関係詞は比較的 formal な響きを有しており,話し言葉よりも書き言葉に現れることが多いとされるが,その書き言葉においても頻度が目に見えて落ちているという.
 Leech and Smith (195--96) は the Brown family of corpora を用いて英米各変種における1961年と1991/1992年の間に起こったいくつかの言語変化を調査した.調査によると,AmE では30年ほどの間に関係詞 which が34.9%減少した.それに対して,that は48.3%増加し,zero も23.1%増加した.同様に,BrE でも which は9.5%減少し,that が9%増加,zero が17.1%増加した.いずれの関係詞も,AmE のほうが BrE よりも振れ幅が大きい,つまり増減が激しいということになる.特に AmE での which の減少率が著しい.
 これには,私自身も思い当たる経験がある.ちょうど1991/1992年辺りに中学・高校の学校英文法をたたきこまれた私は,関係詞 which の使用についてはドリル練習を通じて精通していた.ところが,後に英語論文を書く立場になって自信をもって which を連発したところ,アメリカ英語母語話者のネイティブチェックでことごとく which でなく that にせよと朱を入れられてしまった経験がある.それが一種のトラウマになったようで,最近は関係詞 which の使用にはかなり慎重である.自分の中で Americanisation が起こりつつあるということだろうか.
 アメリカ英語では which は非限定用法にしか使われなくなりつつあるというが,ワープロソフトの校正機能もこうした傾向を助長している節がある.かつてのあのドリル練習は何だったのだろうかと改めて思わせる言語変化である.ドリルに励んでいたあの1991年の時点でもすでに限定用法としての which の衰退は方向づけられていたのに・・・.

 ・ Leech, Geoffrey and Nicholas Smith. "Recent Grammatical Change in Written English 1961--1992: Some Preliminary Findings of a Comparison of American with British English." The Changing Face of Corpus Linguistics. Ed. Antoinette Renouf and Andrew Kehoe. Amsterdam and New York: Rodopi, 2006. 185--204.

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2010-03-03 Wed

#310. PPCMBE で広がる英語統語論の通時研究 [corpus][ppcmbe][syntax]

 Penn Parsed Corpora of Historical English のプロジェクトの成果として,University of Pennsylvania から PPCMBE ( Penn Parsed Corpus of Modern British English ) が出版された.これにより,以下の通り,古英語から現代英語にわたる各時期のイギリス英語の統語タグ付きコーパスが出そろったことになる.

 ・ YCOE: Taylor, Ann, Anthony Warner, Susan Pintzuk, and Frank Beths. York-Toronto-Helsinki Parsed Corpus of Old English Prose, first edition. Oxford Text Archive, 2003. (1.5 million words)
 ・ PPCME2: Kroch, Anthony and Ann Taylor. Penn-Helsinki Parsed Corpus of Middle English, second edition. University of Pennsylvania, 2000. (1.3 million words)
 ・ PPCEME: Kroch, Anthony, Beatrice Santorini, and Ariel Diertani. Penn-Helsinki Parsed Corpus of Early Modern English, first edition. University of Pennsylvania, 2004. (1.8 million words)
 ・ PPCMBE: Kroch, Anthony, Beatrice Santorini, and Ariel Diertani. Penn-Hensinki Parsed Corpus of Modern British English, first edition. University of Pennsylvania, 2010. (1.0 million words)

 いずれも Helsinki Corpus をベースとしたソースに対して同一の annotation scheme による統語的タグが付加されており,互いに連携できるように作られている.視点は異なるが,およそ1410年から1695年までのあいだの書簡集となるコーパス PCEEC も同様の annotation scheme でタグ付けされており,やはり連携が可能である(ただし利用は限定的).

 ・ PCEEC: Taylor, Ann, Arja Nurmi, Anthony Warner, Susan Pintzuk, and Terttu Nevalainen. Parsed Corpus of Early English Correspondence, first edition. Oxford Text Archive, 2006. (2.2 million words)

 現時点で,あわせて 7.8 million words が通時的かつ統語的な視点からタグ付けされ,一般に利用可能になったことになる.
 一昨日と昨日と,東京外国語大学のグローバルCOEプログラム「コーパスに基づく言語学教育研究拠点」 ( Corpus-based Linguistics and Language Education ) 主催で,"Corpus Analysis and Diachronic Linguistics" と題する国際シンポジウムが同大学で開かれ,Anthony Kroch や Merja Kytö など英語史コーパス言語学の著名な学者も講演した(ポスターはこちら).PPCMBE の出版直後ということもあったので,特に Anthony Kroch が何を話すかに興味をもっていた.一連の歴史英語コーパスを使った統語研究の一端でも見せてくれるのかなと期待していたが,驚いたことに,歴史英語コーパスと歴史フランス語コーパスを組み合わせた「英仏対照通時統語コーパス言語学」とでもいうべき研究の可能性を示す発表だった.今や University of Pennsylvania は英語に限らず諸言語のコーパス作成の拠点となっており,あれやこれやと組み合わせるとこんなこともあんなこともできるんだぞというところを見せつけられたとでもいおうか.
 ちなみに,取り上げられた話題は英仏の direct object topicalization の歴史で,英語の場合には 1151--1250 年期から 1251--1350 年期にかけて,直接目的語の前置される頻度が一気に減少したという.

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2010-01-16 Sat

#264. Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo. [conversion][compound][syntax][word_play]

 標題の文は文法的である.Steven Pinker のベストセラー The Language Instinct で有名になった文で,著書によると Pinker の学生 Annie Senghas が作り出したものだという (208).
 詳しい文法解説は,Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo - Wikipedia にあるので省略するが,数語を補って (The) Buffalo buffalo (that) Baffalo buffalo (often) buffalo (in turn) buffalo (other) Buffalo buffalo. と考えれば理解できるだろう.以下の点がポイントである.

 ・buffalo 「バッファロー,アメリカ野牛」の複数形は,規則的な buffaloes に加えて,単複同形の buffalo もありうる
 ・Buffalo は「(ニューヨーク州の市)バッファロー」の意で,形容詞的に用いられている
 ・to buffalo は「脅す,威圧する,混乱させる」の意の動詞としても用いられている
 ・一カ所で関係代名詞が省略されている

 現代英語でこのような芸当が可能なのは,(1) conversion品詞転換」が著しく自由であること,(2) 語順や関係詞省略などの統語的な規則が明確に存在すること,による.Pinker の著書では特に (2) の側面に光を当てた解説となっているが,(1) の conversion の果たしている役割も甚大である.このケースでは本来は名詞である buffalo / Buffalo が,形容詞(的用法)としても動詞としても使われうるという点が重要である.名詞と動詞のあいだの conversion については[2009-11-03-1]で軽く言及したが,名詞から形容詞(的用法)への conversion はよりいっそう自由度が高い.
 名詞から形容詞(的用法)への conversion は,およそ名詞の限定的用法 ( attributive use ) と呼ばれるものに相当する.名詞の限定的用法とは Christmas tree, silk hat, Tokyo branch などの第一要素の名詞の果たす役割を指し,Bradley が指摘するとおり "a new part of speech, halfway between the substantive and the adjective" (45) とでもいうべきものである.Bradley はこの用法を "One highly important feature of English grammar which has been developed since Old English days" (45) と評価しており,Buffalo buffalo という表現がこの歴史の現代への反映だと知るとき,Buffalo 文の言葉遊びの味わいはひとしおである.

 ・Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.
 ・Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.

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2009-09-11 Fri

#137. 世界の言語の基本語順 [word_order][syntax][typology]

 [2009-09-06-1]の記事で,英語の語順が古くから SVO で固まっていたわけではないことを示した.SOV の語順に慣れきった日本語母語話者が外国語として英語を学び始めるときに,文法上とりわけ大きな違和感を感じる項目は語順だと思われるが,古い英語では日本語と同じ SOV もごく普通にあり得たことを知ると,英語の見方が変わるかもしれない.
 主語 (S),目的語 (O),動詞 (V) という3要素の組み合わせに限定して考えると,論理的には6種類の語順がありうることになる.SOV, SVO, OSV, OVS, VSO, VOS である.「私は妻を愛する」と「妻を私は愛する」,"I love my wife" と "My wife I love" など,同じ言語内でも二つ以上の語順があり得るが,いずれのペアも後者は強調的な意味合いを含む有標 ( marked ) の語順であり,前者の無標 ( unmarked ) の語順とは区別されるべきである.無標の語順は基本語順とも呼ばれ,これによって世界の多くの言語を分類すると,およそ次のグラフのような分布となる.(ここに含まれていない残りの二つの基本語順は,皆無ではないがほぼないと考えてよい.)

Word Order of Languages

Word OrderRateLanguages
SOV48%Japanese, Korean, Turkish
SVO32%English, French, Spanish
VSO16%Hebrew, Icelandic, Tahitian
VOS4%Tagalog


 日本語母語話者になじみの深い英語その他のヨーロッパ語や中国語が SVO の語順なので,よく思い違いされるのだが,実は日本語型の SOV の基本語順がもっとも多い.この点については,類型論,生成文法,認知科学などの方面からいろいろと研究されているようだが,筆者は詳しく知らない.
 しかし,基本語順の問題は,歴史言語学や英語史の立場からも注目すべき話題であることは間違いない.果たして,英語のように歴史のなかで基本語順が変化の傾向を示してきた言語を集めて調べてみたら,SVO → SOV の例が多いとか,意外と逆の例も少なくないとか,何らかの傾向が出るものなのだろうか.また,調査はまず不可能だと思われるが,1000年前,あるいは2000年前という設定で,世界の諸言語について上記のようなグラフを作成したとすると,果たしてどのような分布を示すのだろうか.現在の分布と同じであっても異なっていても,いずれにせよ興味深いことだろう.

 ・中尾 俊夫,寺島 廸子 『図説英語史入門』 大修館書店,1988年,71頁.

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2009-09-06 Sun

#132. 古英語から中英語への語順の発達過程 [word_order][syntax][lexical_diffusion][statistics]

 古英語はで屈折により格が標示されたため,現代英語に比べて語順が自由だったことはよく知られている.例えば,SVO の構文は,特殊な倒置を除いて現代英語では揺るぎない規則といってよいが,古英語ではあくまでよくある傾向に過ぎなかった.従属節では SOV の語順が多かったし,主節でも目的語が代名詞であったり and で始まる文では SOV が多かった.つまり,古英語の語順は,緩やかな傾向をもった上で,比較的自由だったといえる.
 だが,この状況が中英語期になって変化してくる.SVO の語順がにわかに発達してくるのである.以下は橋本先生の著書で引かれている Fries の調査結果に基づいた語順の推移である.およそ1000年から1500年までの英語を対象として,OV と VO の語順の比率を示したものである.(c1100のデータはなし.数値データはこのページのHTMLソースを参照.)
 ここでは主節と従属節の区別をしていないこともあり,単純に結論づけることはできないものの,14世紀中に一気に SVO が成長したことは確かなようだ.発達曲線は slow-quick-quick-slow を示しており,典型的な 語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) の発達過程を経ているように見える.

Development of Word Order from 1000 to 1500



 ・Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.
 ・橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年. 176頁.

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2009-08-17 Mon

#112. フランス・ラテン借用語と仮定法現在 [subjunctive][loan_word][lexicology][syntax][lexical_diffusion]

 フランス語やラテン語からの借用語については,これまでの記事でも何度も触れてきた.現代英語の借用語彙全体に占めるフランス・ラテン借用語の割合は実に52%に及び[2009-08-15-1],とりわけ重要な語種であることは論をまたない.起源によって分かれる「語種」は,語彙論,意味論,形態論,音素配列論の観点から取りあげられることの多い話題だが,統語論との接点についてはあまり注目されていないように思う.今回は,フランス・ラテン借用語と仮定法(接続法) ( subjunctive mood ) の関連について考えてみる.
 現代英語には,特定の形容詞・動詞が,後続する that 節の動詞に仮定法現在形を要求する構文がある.

 ・It is important that he attend every day.
 ・I suggested that she not do that.

 このような構文では,that 節内の動詞は,仮定法現在(歴史的にいうところの接続法現在)の形態をとる.現代英語においては,事実上,仮定法現在形は原形と同じであり,be 動詞なら be となる.一般にこのような接続法構文はアメリカ英語でよく見られるといわれる.イギリス英語では,that 節内の動詞の直前に法助動詞 should が挿入されることが多いが,最近はアメリカ英語式に接続法の使用も多くなってきているようだ.また,イギリス英語では,口語では直説法の使用も多くなってきているという.
 いずれにしても,この特徴ある構文を支配しているのは,先行する特定の形容詞や動詞であり,その種類はおよそ網羅的に列挙できる.

 ・形容詞(話し手の要求・勧告や願望などの意図を間接的に示すもの)
  advisable, crucial, desirable, essential, expedient, imperative, important, necessary, urgent, vital

 ・形容詞(適切さを示すもの)
  appropriate, fitting, proper

 ・動詞(提案・要望・命令・決定などを示すもの)
  advise, agree, arrange, ask, command, demand, decide, desire, determine, insist, move, order, propose, recommend, request, require, suggest, urge

 そして,この閉じた語類のリストを眺めてみると,興味深いことに,赤で記した fitting (語源不詳)と ask (英語本来語)以外はいずれもフランス・ラテン借用語なのである.なぜこのように語種が偏っているのか,歴史的な説明がつけられるのか,調査してみないとわからないが,語種と統語論の関係についてはもっと注意が払われてしかるべきだろう.
 語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) という理論でも,統語変化を含め,言語の変化は,語彙のレイヤーごとに順次ひろがってゆくことがわかってきている.現代英語の仮定法現在の構文を歴史的に研究することは,言語変化と語種の関係を考える上でも意義がありそうである.

 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 106.
 ・Bahtchevanova, Mariana. "Subjunctives in Middle English." SHEL 5 paper. 2005.

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