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word_formation - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-03-28 10:57

2016-06-22 Wed

#2613. 言語学における音象徴の位置づけ (4) [phonaesthesia][sound_symbolism][word_formation][semantic_change][etymology][blend]

 標題の第4弾 (cf. [2012-10-17-1], [2015-05-28-1]),[2016-06-14-1]) .Samuels は,phonaesthesia という現象が,それ自身,言語変化の1種として重要であるだけではなく,別種の言語変化の過程にも関与しうると考えている.以下のように,形態や意味への関与,そして新語形成にも貢献するだろうと述べている (Samuels 48) .

   (a) a word changes in form because its existing meaning suggests the inclusion of a phonaestheme, or the substitution of a different one;
   (b) a word changes in meaning because its existing form fits the new meaning better, i.e. its form thereby gains in motivation;
   (c) a new word arises from a combination of both (a) and (b).


 (a) の具体例として Samuels の挙げているのが,drag, fag, flag, lag, nag, sag のように phonaestheme -ag /-ag/ をもつ語群である.このなかで flag, lag, sag については,知られている語源形はいずれも /g/ ではなく /k/ をもっている.これは歴史上のいずれかの段階で /k/ が /g/ に置換されたことを示唆するが,これは音変化の結果ではなく,当該の phonaestheme -ag の影響によるものだろう.広い意味では類推作用 (analogy) といってよいが,その類推基盤が音素より大きく形態素より小さい phonaestheme という単位の記号にある点が特異である.ほかに,強意を表わすのに子音を重ねる "expressive gemination" も,(a) のタイプに近い.
 (b) の例としては,cl- と br- をもついくつかの語の意味が,その phonaestheme のもつ含意(ぞれぞれ "clinging, coagulation" と "vehemence" ほど)に近づきつつ変化していったケースが紹介されている (Samuels 55--56).

 earlier meaninglater meaning
CLOGfasten wood to (1398)encumber by adhesion (1526)
CLASPfasten (1386), enfold (1447)grip by hand, clasp (1583)
BRAZENof brass (OE)impudent (1573)
BRISTLEstand up stiff (1480)become indignant (1549)
BROILburn (1375)get angry (1561)


 (c) の例としては,flurry の語源の考察がある (Samuels 62) .この単語は,おそらく hurry という語が基体となっており,語頭子音 h が phonaestheme fl- により置き換えられたのだろうと推察している.そうだとすると,これは広い意味で混成語 (blend) の一種と考えられ,smog, brunch, trudge などの例と並列にみることができる.
 上記の例のなかには,しばしば語源不詳とされるものも含まれているが,phonaesthesia を語形成や意味変化の原理として認めることにより,こうした語源問題が解決されるケースが少なくないのではないか.
 音素より大きく,形態素より小さい単位としての phonaestheme という考え方には関心をもっている.昨年9月に口頭発表した "From Paragogic Segments to a Stylistic Morpheme: A Functional Shift of Final /st/ in Function Words Such As Betwixt and Amongst (cf. 「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1])) や,"Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants" と題する拙論で調査した betwixtamongst の /-st/ が,まさに phonaestheme ではないかと考えている.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Betwixt and Between: The Ebb and Flow of Their Historical Variants." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 114 (2014): 17--36.

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2016-04-24 Sun

#2554. 固有屈折と文脈屈折 [terminology][inflection][morphology][syntax][derivation][compound][word_formation][category][ilame]

 屈折 (inflection) には,より語彙的な含蓄をもつ固有屈折 (inherent inflection) と,より統語的な含蓄をもつ文脈屈折 (contextual inflection) の2種類があるという議論がある.Booij (1) によると,

Inherent inflection is the kind of inflection that is not required by the syntactic context, although it may have syntactic relevance. Examples are the category number for nouns, comparative and superlative degree of the adjective, and tense and aspect for verbs. Other examples of inherent verbal inflection are infinitives and participles. Contextual inflection, on the other hand, is that kind of inflection that is dictated by syntax, such as person and number markers on verbs that agree with subjects and/or objects, agreement markers for adjectives, and structural case markers on nouns.


 このような屈折の2タイプの区別は,これまでの研究でも指摘されることはあった.ラテン語の単数形 urbs と複数形 urbes の違いは,統語上の数の一致にも関与することはするが,主として意味上の数において異なる違いであり,固有屈折が関係している.一方,主格形 urbs と対格形 urbem の違いは,意味的な違いも関与しているが,主として統語的に要求される差異であるという点で,統語の関与が一層強いと判断される.したがって,ここでは文脈屈折が関係しているといえるだろう.
 英語について考えても,名詞の数などに関わる固有屈折は,意味的・語彙的な側面をもっている.対応する複数形のない名詞,対応する単数形のない名詞(pluralia tantum),単数形と複数形で中核的な意味が異なる(すなわち異なる2語である)例をみれば,このことは首肯できるだろう.動詞の不定形と分詞の間にも類似の関係がみられる.これらは,基体と派生語・複合語の関係に近いだろう.
 一方,文脈屈折がより深く統語に関わっていることは,その標識が固有屈折の標識よりも外側に付加されることと関与しているようだ.Booij (12) 曰く,"[C]ontextual inflection tends to be peripheral with respect to inherent inflection. For instance, case is usually external to number, and person and number affixes on verbs are external to tense and aspect morphemes".
 言語習得の観点からも,固有屈折と文脈屈折の区別,特に前者が後者を優越するという説は支持されるようだ.固有屈折は独自の意味をもつために直接に文の生成に貢献するが,文脈屈折は独立した情報をもたず,あくまで統語的に間接的な意義をもつにすぎないからだろう.
 では,言語変化の事例において,上で提起されたような固有屈折と文脈屈折の区別,さらにいえば前者の後者に対する優越は,どのように表現され得るのだろうか.英語史でもみられるように,種々の文法的機能をもった名詞,形容詞,動詞などの屈折語尾が消失していったときに,いずれの機能から,いずれの屈折語尾の部分から順に消失していったか,その順序が明らかになれば,それと上記2つの屈折タイプとの連動性や相関関係を調べることができるだろう.もしかすると,中英語期に生じた形容詞屈折の事例が,この理論的な問題に,何らかの洞察をもたらしてくれるのではないかと感じている.中英語期の形容詞屈折の問題については,ilame の各記事を参照されたい.

 ・ Booij, Geert. "Inherent versus Contextual Inflection and the Split Morphology Hypothesis." Yearbook of Morphology 1995. Ed. Geert Booij and Jaap van Marle. Dordrecht: Kluwer, 1996. 1--16.

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2015-10-16 Fri

#2363. hapax legomenon [hapax_legomenon][terminology][lexicology][lexicography][word_formation][productivity][bible][zipfs_law][frequency][corpus][shakespeare][chaucer]

 昨日の記事「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1]) でギリシア語の haplo- (one, single) に触れたが,この語根に関連してもう1つ文献学や辞書学の用語としてしばしば出会う hapax (legomenon) を取り上げよう.ある資料のなかで(タイプ数えではなくトークン数えで)1度しか用いられていない語(句)を指す.ギリシア語の hapax (once) + legomenon (something said) からなる複合語だ.複数形は hapax legomena という.
 "nonce word" を hapax legomenon と同義としている辞書もあるが,前者は「臨時語」と訳され「その時限りに用いる語」を指す.nonce-word は新語の臨時的な生産性を念頭に用いられることが多いのに対し,hapax legomenon は文献に現われる回数が1度であることに焦点が当てられているという違いが感じられる.nonce (その場限りの)という語の語源については,「#1306. for the nonce」 ([2012-11-23-1]) を参照.
 hapax legomenon は,聖書の注釈との関連で,しばしば言及されてきた歴史がある.OED によると英語における初例は1692年のことで,"J. Dunton Young-students-libr. 242/1 There are many words but once used in Scripture, especially in such a sence, and are called the Apax legomena." とある.
 文献学や語源学において,hapax legomenon はしばしば問題となる.その語の語源はおろか,意味すら不明であることが少なくない.語彙論や辞書学では,それを一人前の「語」として認めてよいのか,何かの間違いではないか,辞書に掲載すべきか否か,という頭の痛い問題がある (see 「#912. の定義がなぜ難しいか (3)」 ([2011-10-26-1])) .一方で,語形成やその生産性という観点からは,hapax legomenon は重要な考察対象となる.というのは,1度だけ臨時的に出現するためには,話者の生産的な語形成機構が前提とされなければならないからである (see 「#938. 語形成の生産性 (4)」 ([2011-11-21-1])) .
 だが,実際のところ halax legomenon は決して少なくない.このことは,ジップの法則に照らせば驚くべきことではないだろう (see 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]), 「#1103. GSL による Zipf's law の検証」 ([2012-05-04-1])) .英語の例としては,Chaucer の用いたnortelrye (education) や Shakespeare の honorificabilitudinitatibus, また Dickens の sassigassity (audacity?) などが挙げられる.

Referrer (Inside): [2016-09-23-1]

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2015-08-14 Fri

#2300. 句動詞の品詞転換と名前動後 [conversion][phrasal_verb][compound][word_formation][diatone][stress][lexical_diffusion]

 「#1695. 句動詞の品詞転換」 ([2013-12-17-1]) の最後に示唆したが,breakaway, sellout, writeoff などの句動詞から転換 (verb-particle conversion) した名詞と,increase, project, record などの動詞兼用の名詞との間には,注目すべき共通点がある.それは,いわゆる名前動後の強勢パターンをもっていることである.
 名前動後については,「#803. 名前動後の通時的拡大」 ([2011-07-09-1]),「#804. 名前動後の単語一覧」 ([2011-07-10-1]),「#805. 将来,名前動後になるかもしれない語」 ([2011-07-11-1]) をはじめ,diatone の各記事で話題にしてきた(論文としても公表しているので,「#2. 自己紹介」 ([2009-05-01-73]) の書誌を参照).しかし,verb-particle conversion における名前動後の強勢パターンは扱ったことはなかった.品詞転換の研究では,上記の共通点については早くから気づかれていたようで,例えば本格的な品詞転換の研究書を著わした Biese (246) は,次のように指摘している.

It is of interest to note that the structural type so often characteristic of both simple conversion-substantives and verb-adverb combinations converted into nouns is the same, e.g. very often of a form ‿-́ . . .; the simple conv.-subst. showing a light, unstressed first syllable and a heavy, stressed second syllable, while in the adverb groups a (mostly) short verb is followed by an adverb having the main stress of the word-group.


 おもしろいのは,2音節語に関して,íncrease (n.) vs incréase (v.) のような通常の名詞・動詞ペアではロマンス系借用語が多いということもあり,第1音節が意味の軽い接頭辞で,第2音節が意味の重い語根という構成を示すが,brékawày (n.) vs brèak awáy (v.) では構成が逆となっていることだ.もっとも,句動詞に用いられる動詞は軽い意味のものが多いことは事実だが,名前動後という共通の強勢パターンを示すのは注目すべきである.これは,名前動後という韻律上の現象が,語形成という過程の関与する形態論の問題というよりは,むしろ品詞の決定に関わる統語論や語彙論の問題であることを示唆するのではないか.
 名前動後という韻律は,初期近代英語以降に発達した比較的新しい現象だが,句動詞に由来する名前動後の強勢パターンはさらに新しい現象と思われる.
 品詞転換一般と名前動後の関係については,最近の記事「#2291. 名動転換の歴史と形態音韻論」 ([2015-08-05-1]) で触れたので参照されたい.

 ・ Biese, Y. M. Origin and Development of Conversions in English. Helsinki: Annales Academiae Scientiarum Fennicae, B XLV, 1941.

Referrer (Inside): [2021-05-19-1]

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2015-05-29 Fri

#2223. 派生語対における子音の無声と有声 [phonetics][oe][consonant][analogy][diatone][derivation][word_formation][conversion][homonymic_clash]

 大名 (53--54) が述べているように,「派生関係にある語で,語末子音が一方が有声音で他方が無声音ならば,有声音は動詞のほうである」という規則がある.以下がその例だが,いずれも摩擦音が関与しており,ほとんどが動詞と名詞の対である.

 ・ [f] <f> vs [v] <v>: life--live, proof--prove, safe--save, belief--believe, relief-relieve, thief--thieve, grief--grieve, half--halve, calf--calve, shelf--shelve
 ・ [s] <s> vs [z] <s>: close--close, use--use, excuse--excuse, house--house, mouse--mouse, loss--lose
 ・ [s] <s> vs [z] <z>: grass--graze, glass--glaze, brass--braze
 ・ [c] <s> vs [z] <s>: advice--advise, device--devise, choice--choose
 ・ [θ] <th> vs [ð] <th>: bath--bathe, breath--breathe, cloth--clothe, kith--kithe, loath--loathe, mouth--mouth, sheath-sheathe, sooth--soothe, tooth--teethe, wreath--wreathe

 close--close のように問題の子音の綴字が同じものもあれば,advice--advise のように異なるものもある (cf. 「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1])) .また,動詞は語尾に e をもつものも少なくない (cf. 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])) .<th> に関わるものについては,先行する母音の音価も異なるものが多い.
 これらの対の語末子音の声 (voicing) の対立には,多くの場合,歴史的な音韻過程が関与している.しかし,ある程度「名詞は無声,動詞は有声」のパターンが確立すると,これが基盤となって類推作用 (analogy) により類例が増えたということもあるだろう.それぞれの対の成立年代などを調査する必要がある.
 互いに派生関係にある名詞と動詞のあいだの音韻形態が極めて類似している場合に,同音衝突 (homonymic_clash) を避けるために声の対立を利用したのではないかと考えている.同じ動機づけは,強勢位置を違える récord vs recórd のような「名前動後」のペア (diatone) にも観察されるように思われる.

 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.

Referrer (Inside): [2022-09-30-1] [2015-08-05-1]

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2015-04-24 Fri

#2188. spinster, youngster などにみられる接尾辞 -ster [suffix][affixation][word_formation][oe][etymology][gender]

 古英語の -estre, -istre (< Gmc *-strjōn) は女性の行為者名詞を作る接尾辞 (agentive suffix) で,男性の行為者名詞を作る -ere に対立していた.西ゲルマン語群に散発的に見られる接尾辞で,MLG -(e)ster, (M)D and ModFrisian -ster が同根だが,HG, OS, OFrisian には文証されない.古英語からの語例としては hlēapestre (female dancer), hoppestre (female dancer), lǣrestre (female teacher), lybbestre (female poisoner, witch), miltestre (harlot), sangestre (songstress), sēamstre (seamstress, sempstress), webbestre (female weaver) などがある.この造語法にのっとり,中英語期にも spinnestre (spinster) などが作られている.しかし,中英語以降,まず北部方言で,さらに16世紀までには南部方言でも,女性に限らず一般的に行為者名詞を作る接尾辞として発達した.例えば,1300年以前に北部方言で書かれた Cursor Mundi では,demere ではなく demestre が性別に関係なく判事 (judge) の意味で用いられた.近代期には seamstersongster 単独では男女の区別がつかなくなり,区別をつけるべく新しく女性接尾辞 -ess を加えた seamstresssongstress が作られた.
 -ster は,単なる動作主名詞を作る -er に対して,軽蔑的な含意をもって職業や習性を表わす傾向がある (ex. fraudster, gamester, gangster, jokester, mobster, punster, rhymester, speedster, slickster, tapster, teamster, tipster, trickster) .この軽蔑的な響きは,ラテン語由来ではあるが形態的に類似した行為者名詞を作る接尾辞 -aster のネガティヴな含意からの影響が考えられる (cf. criticaster, poetaster) .-ster を形容詞に付加した例としては,oldster, youngster がある.職業名であるから固有名詞となったものもあり,上記 Webster のほか,Baxter (baker) などもみられる.
 ほかにも多くの -ster 語があるが,女性名詞を作るという古英語の伝統を今に伝えるのは,spinster のみとなってしまった.この語については,別の観点から「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]),「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1]) で触れたので,そちらも参照されたい.

Referrer (Inside): [2019-09-13-1] [2015-05-27-1]

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2014-10-08 Wed

#1990. 様々な種類の意味 [semantics][pragmatics][derivation][inflection][word_formation][idiom][suffix]

 「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) で触れたが,Stern は様々な種類の意味を区別している.いずれも2項対立でわかりやすく,後の意味論に基礎的な視点を提供したものとして評価できる.そのなかでも論理的な基準によるとされる種々の意味の区別を下に要約しよう (Stern 68--87) .

 (1) actual vs lexical meaning. 前者は実際の発話のなかに生じる語の意味を,後者は語(や句)が文脈から独立した状態で単体としてもつ意味をさす.後者は辞書的な意味ともいえるだろう.文法書に例文としてあげられる文の意味も,文脈から独立しているという点で,lexical meaning に類する.通常,意味は実際の発話のなかにおいて現われるものであり,単体で現われるのは上記のように辞書や文法書など語学に関する場面をおいてほかにない.actual meaning は定性 (definiteness) をもつが,lexical meaning は不定 (indefinite) である.

 (2) general vs particular meaning. 例えば The dog is a domestic animal. の主語は集合的・総称的な意味をもつが,That dog is mad. の主語は個別の意味をもつ.すべての名前は,このように種を表わす総称的な用法と個体を表わす個別的な用法をもつ.名詞とは若干性質は異なるが,形容詞や動詞にも同種の区別がある.

 (3) specialised vs referential meaning. ある語の指示対象がいくつかの性質を有するとき,話者はそれらの性質の1つあるいはいくつかに焦点を当てながらその語を用いることがある.例えば He was a man, take him for all in all. という文において man は,ある種の道徳的な性質をもっているものとして理解されている.このような指示の仕方がなされるとき,用いられている語は specialised meaning を有しているとみなされる.一方,He had an army of ten thousand men. というときの men は,各々の個性がかき消されており,あくまで指示的な意味 (referential meaning) を有するにすぎない.厳密には,referential meaning は specialised meaning と対立するというよりは,その特殊な現われ方の1つととらえるべきだろう.前項の particular meaning と 本項の specialised meaning は混同しやすいが,particular meaning は語の指示対象の範囲の限定として,specialised meaning は語の意味範囲の限定としてとらえることができる.

 (4) tied vs contingent meaning. 前者は語と言語的文脈により指示対象が決定する場合の意味であり,後者はそれだけでは指示対象が決定せず話者やその他の状況をも考慮に入れなければならない場合の意味である.前者は意味論的な意味,後者は語用論的な意味といってもよい.

 (5) basic vs relational meaning. 語が「語幹+接尾辞」から成っている場合,語幹の意味は basic,接尾辞の意味は relational といわれる.例えば,ラテン語 lupi は,狼という基本的意味を有する語幹 lup- と単数属格という統語関係的意味 (syntactical relational meaning) を有する接尾辞 -i からなる.統語関係的意味は接尾辞によって表わされるとは限らず,語幹の母音交替 ( Ablaut or gradation ) によって表わされたり (ex. ring -- rang -- rung) ,語順によって表わされたり (ex. Jack beats Jill. vs Jill beats Jack.) もすれば,何によっても表わされないこともある.一方,派生関係的意味 (derivational relational meaning) は,例えば like -- liken -- likeness のシリーズにみられるような -en や -ness 接尾辞によって表わされている.大雑把にいって,統語関係的意味と派生関係的意味は,それぞれ屈折接辞と派生接辞に対応すると考えることができる.

 (6) word- vs phrase-meaning. あらゆる種類の慣用句 (idiom) や慣用的な文 (ex. How do you do?) を思い浮かべればわかるように,句の意味は,しばしばそれを構成する複数の単語の意味の和にはならない.

 (7) autosemantic vs synsemantic meaning. 聞き手にイメージを喚起させる意図で発せられる表現(典型的には文や名前)は,autosemantic meaning をもつといわれる.一方,前置詞,接続詞,形容詞,ある種の動詞の形態 (ex. goes, stands, be, doing) ,従属節,斜格の名詞,複合語の各要素は synsemantic meaning をもつといわれる.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-08-25 Mon

#1946. 機能的な観点からみる短化 [shortening][clipping][word_formation][morphology][function_of_language][style][semantics][semantic_change][euphemism][language_change][slang]

 shortening (短化)という過程は,言語において重要かつ頻繁にみられる語形成法の1つである.英語史でみても,とりわけ現代英語で shortening が盛んになってきていることは,「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]) で確認した.関連して,「#893. shortening の分類 (1)」 ([2011-10-07-1]),「#894. shortening の分類 (2)」 ([2011-10-08-1]) では短化にも様々な種類があることを確認し,「#1091. 言語の余剰性,頻度,費用」 ([2012-04-22-1]),「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]),「#1102. Zipf's law と語の新陳代謝」 ([2012-05-03-1]) では情報伝達の効率という観点から短化を考察した.
 上記のように,短化は主として形態論の話題として,あるいは情報理論との関連で語られるのが普通だが,Stern は機能的・意味的な観点から短化の過程に注目している.Stern は,「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]) で示したように,短化を意味変化の分類のなかに含めている.すべての短化が意味の変化を伴うわけではないかもしれないが,例えば private soldier (兵卒)が private と短化したとき,既存の語(形容詞)である private は新たな(名詞の)語義を獲得したことになり,その観点からみれば意味変化が生じたことになる.
 しかし,private soldier のように,短化した結果の語形が既存の語と同一となるために意味変化が生じるというケースとは別に,rhinocerosrhino, advertisementad などの clipping (切株)の例のように,結果の語形が新語彙項目となるケースがある.ここでは先の意味での「意味変化」はなく意味論的に語るべきものはないようにも思われるが,rhinocerosrhino の意味の差,advertisementad の意味の差がもしあるとすれば,これらの短化は意味論的な含意をもつ話題ということになる.
 Stern (256) は,短化を形態的な過程であるとともに,機能的な観点から重要な過程であるとみている.実際,短化の原因のなかで最重要のものは,機能的な要因であるとまで述べている.Stern (256) の主張を引用する.

Starting with the communicative and symbolic functions, I have already pointed out above . . . that brevity may conduce to a better understanding, and too many words confuse the point at issue; the picking out of a few salient items may give a better idea of the topic than prolonged wallowing in details; the hearer may understand the shortened expression quicker and better.
   The expressive function is partly covered by signals, but a shortened expression by itself may, owing to its unusual and perhaps ungrammatical, form, reflect better the speaker's emotional state and make the hearer aware of it. Clippings are very often intended to make the words express sympathy or endearment towards the persons addressed; nursery speech abounds in nighties, tootsies, etc., and clippings of proper names, transforming them into pet names, are often due to a similar desire for emotive effects . . . . The numerous shortenings (clippings) in slang and cant often aim at a humourous effect.
   Conciseness and brevity increase vivacity, and thus also the effectiveness of speech; brevity is the soul of wit; the purposive function may consequently be better served by shortened phrases.


 形態論や情報理論のいわば機械的な観点から短化をみるにとどまらず,言語使用の目的,表現力,文体といった機能的な側面から短化をとらえる洞察は,Stern の面目躍如たるところである.形態を短化することでむしろ新機能が付加される逆説が興味深い.
 引用の文章で言及されている婉曲表現 nighties と関連して,「#908. bra, panties, nightie」 ([2011-10-22-1]) 及び「#469. euphemism の作り方」 ([2010-08-09-1]) も参照されたい.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-02-11 Tue

#1751. 派生語や複合語の第1要素の音韻短縮 [phonetics][word_formation][compound][derivation][vowel][trish]

 昨日の記事「#1750. bonfire」 ([2014-02-10-1]) で触れたように,複合語の第1要素が音韻的につづまるという音韻過程は,英語史でもしばしば生じている.
 Skeat (490) の挙げている音韻規則によれば,"When a word (commonly a monosyllable) containing a medial long accented vowel is in any way lengthened, whether by the addition of a termination, or, what is perhaps more common, by the adjunction of a second word (which may be of one or two syllables), then the long vowel (provided it still retains the accent, as is usually the case) is very apt to become shortened." だという.つまり,基体に接尾辞を付した派生語や別の自由形態素を後続させた複合語において,第1要素となるもとの基体の長母音・重母音は短くなるということだ.派生語,複合語,その他の場合に分けて,Skeat (492--94) より,本来語の例をいくつか挙げてみよう.
 まずは,派生語の例.子音群が後続すると,基体の長母音・重母音は短化しやすい.

 ・ heather < heath
 ・ rummage < room
 ・ throttle < throat
 ・ harrier < hare
 ・ children < child (cf. 「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]))
 ・ breadth < broad (cf. 「#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は?」 ([2009-05-14-1]))
 ・ width < wide (cf. 「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]))
 ・ bliss < blithe
 ・ gosling < goose
 ・ led (pa., pp.) < lead (cf. 「#1345. read -- read -- read の活用」 ([2013-01-01-1]))
 ・ fed (pa., pp.) < feed
 ・ read (pa., pp.) < read (cf. 「#1345. read -- read -- read の活用」 ([2013-01-01-1]))
 ・ hid (pa., pp.) < hide
 ・ heard (pa., pp.) < hear

 次に,複合語の例.2子音が後続すると,とりわけ基体の母音の短化が著しい.

 ・ bonfire < bone (cf. 「#1750. bonfire」 ([2014-02-10-1]))
 ・ breakfast < break (cf. 「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1]))
 ・ cranberry < crane
 ・ futtocks < foot (+ hooks)
 ・ husband, hustings, hussif, hussy < house (cf. 「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1]))
 ・ Lammas < loaf (+ mass)
 ・ leman < lief (+ man)
 ・ mermaid < mere (cf. 「#115. 男の人魚はいないのか?」 ([2009-08-20-1]))
 ・ nostril < nose
 ・ sheriff < shire (+ reeve)
 ・ starboard < steer
 ・ Whitby, Whitchurch, whitster, whitleather, Whitsunday < white
 ・ Essex < East
 ・ Sussex, Suffolk < South

 その他のケースとして,後続する子音群によるものではなく,強勢に起因するとみられる例がある.
 
 ・ cushat < cow (+ shot)
 ・ forehead < fore (cf. 「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1]))
 ・ halyard < hale
 ・ heifer < high
 ・ knowledge < know
 ・ shepherd < sheep
 ・ stirrup < sty (+ rope)
 ・ tuppence < two (+ pence)
 ・ thrippence < three (+ pence)
 ・ fippence < five (+ pence)
 ・ holiday, halibut, hollihock < holy (cf. 「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1]))

 ・ Skeat, Walter W. Principles of English Etymology. 1st ser. 2nd Rev. ed. Oxford: Clarendon, 1892.

Referrer (Inside): [2020-03-01-1] [2015-05-31-1]

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2014-02-08 Sat

#1748. -er or -or [suffix][morphology][morpheme][phonotactics][spelling][word_formation][-ate][agentive_suffix]

 「#1740. interpretorinterpreter」 ([2014-01-31-1]) で話題にした -er と -or について.両者はともに行為者接尾辞 (agentive suffix, subject suffix) と呼ばれる拘束形態素だが,形態,意味,分布などに関して,互いにどのように異なるのだろうか.今回は,歴史的な視点というよりは現代英語の共時的な視点から,両者の異同を整理したい.
 Carney (426--27), Huddleston and Pullum (1698),西川 (170--73),太田など,いくつかの参考文献に当たってみたところを要約すると,以下の通りになる.

 -er-or
語例非常に多い比較的少ない
生産性生産的非生産的
接辞クラスClass IIClass I
接続する基体の語源Romance 系に限らないRomance 系に限る
接続する基体の自由度自由形に限る自由形に限らない
強勢移動しないしうる
接尾辞自体への強勢落ちない落ちうる
さらなる接尾辞付加ないClass I 接尾辞が付きうる


 それぞれの項目についてみてみよう.-er の語例の豊富さと生産性の高さについては述べる必要はないだろう.対する -or は,後に示すように数が限られており,一般的に付加することはできない.
 接辞クラスの別は,その後の項目にも関与してくる.-er は Class II 接辞とされ,自由な基体に接続し,強勢などに影響を与えない,つまり単純に語尾に付加されるのみである.自由な基体に接続するということでいえば,New Yorkerdouble-decker などのように複合語の基体にも接続しうる.自由な基体への接続の例外のように見えるものに,biographer, philosopher などがあるが,これらは biography, philosophy からの2次的な形成だろう.基体の語源も選ばず,本来語の fisher, runner もあれば,例えばロマンス系の dancer, recorder もある.一方,-or は Class I 接辞に近く,原則として基体に Romance 系を要求する(ただし,sailor などの例外はある).また,-or には,alternator, confessor, elevator, grantor, reactor, rotator のように自由基体につく例もあれば,author, aviator, curator, doctor, predecessor, spectator, sponsor, tutor のように拘束基体につく例もある.強勢移動については,-or も -er と同様に移動を伴わないのが通例だが,ˈexecute/exˈecutor のような例も存在する.
 接尾辞自体に強勢が落ちる可能性については,通常 -or は -er と同様に無強勢で /ə/ となるが,少数の語では /ɔː(r)/ を示す (ex. corridor, cuspidor, humidor, lessor, matador) .特に humidor, lessor の場合には,同音異義語との衝突を避ける方略とも考えられる.
 さらなる接尾辞付加の可能性については,ambassador ? ambassadorial, doctor ? doctoral など,-or の場合には,さらに Class I 接尾辞が接続しうる点が指摘される.
 上記の他にも,-or については,いくつかの特徴が指摘されている.例えば,法律に関する用語,あるいは専門的職業を表す語には,-or が付加されやすいといわれる (ex. adjustor, auditor, chancellor, editor, mortgagor, sailor, settlor, tailor) .一方で,ときに意味の区別なく -er, -or のいずれの接尾辞もとる adapter--adaptor, adviser--advisor, convener--convenor, vender--vendor のような例もみられる.
 また,西川 (170) は,基体の最後尾が [t] で終わるものに極めて多く付き,[s], [l] で終わるものにもよく付くと指摘している.さらに,-or に接続する基体語尾の音素配列の詳細については,太田 (129) が Walker の脚韻辞書を用いた数え上げを行なっている.辞書に掲載されている581の -or 語のうち,主要な基体語尾をもつものの内訳は以下の通りである.基体が -ate で終わる動詞について,対応する行為者名詞は -ator をとりやすいということは指摘されてきたが,実に過半数が -ator だということも判明した.

EndingWord typesExamples
-ator291indicator, navigator
-ctor63contractor, predictor
-itor29inheritor, depositor
-utor16contributor, prosecutor
-essor15successor, professor
-ntor14grantor, inventor
-stor12investor, assistor


 最後に,-er, -or とは別に,行為者接尾辞 -ar, -ier, -yer, -erer の例を挙げておこう.beggar, bursar, liar; clothier, grazier; lawyer, sawyer; fruiterer.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
 ・ 西川 盛雄 『英語接辞研究』 開拓者,2006年.
 ・ 太田 聡  「「?する人[もの]」を表す接尾辞 -or について」『近代英語研究』 第25号,2009年,127--33頁.

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2013-12-17 Tue

#1695. 句動詞の品詞転換 [conversion][phrasal_verb][compound][word_formation][diatone]

 近代英語以降,品詞転換 (conversion) が生産力を増してきた経緯については,「#190. 品詞転換」 ([2009-11-03-1]) や「#1414. 品詞転換はルネサンス期の精力と冒険心の現われか?」 ([2013-03-11-1]) などの記事で取り上げてきた.品詞転換のなかでも,特に現代英語になってはやり出したのが,句動詞の名詞への転換である.「#420. 20世紀後半にはやった二つの語形成」 ([2010-06-21-1]) では,sell-out, write-off, call-up, take-over, breakdown などの例を挙げ,複合による語形成という観点からこれらを headless compounds あるいは exocentric compounds と呼んだが,句動詞からの転換ととらえたほうがわかりやすいかもしれない.ただし,対応する句動詞がない love-in, think-in などの名詞もあるので,その場合には転換とは考えられず,直接の複合による語形成ということになる.
 ほとんどの場合,句動詞は本来語の要素を用いるので,ロマンス系形の派生語と比べると,直接的に心に響く.力強く感情的で,気取らない口語風といえばよいだろうか.Potter (171) も次のように述べている.

Among the commonest of recent shifts are those of Germanic-derived phrasal verbs into nouns. These new forms are felt to be more forceful and vigorous than those Latin-derived synonyms which they so often supplant.


 Potter (172--73) が挙げている例を列挙すると,breakaway, breakdown, breakout, breakthrough, breakup, buildup, dropout, followup, frameup, getaway, getby, getout, gettogether, getup, hideout, holdup, hookup, layout, leadin, leftover, letup, makeup, payoff, rakeoff, sellout, setback, setup, shakeup, shareout, showdown, stepup, takeoff, takeover, throwaway, walkout, walkover となるが,電子辞書で検索すると他にいくらでも出てくる.例えば,OALD8 で -away を後方一致検索すると,+breakaway, castaway, +cutaway, getaway, +giveaway, hideaway, layaway, +runaway, stowaway, takeaway, tearaway などがヒットする.+ を付したものは限定形容詞としても用いられ,他にも形容詞としてのみ用いられる flyaway, foldaway, soaraway, throwaway なども見つかる.句動詞→形容詞の転換例も少なくないようで,むしろ名詞への転換よりも時間的に先行しているものもある.
 away にとどまらずに主要な前置詞で同じように後方一致検索をかけて関連語の一覧を作ろうと思ったが,これは少々時間がかかりそうなので,今回は見送っておく.初出年代を逐一チェックする必要があるが,後期近代英語から現代英語にかけての時期に出現したものが多そうである.
 句動詞からの転換の生産力そのものが研究対象になるほか,名前動後 (diatone) の強勢パターンの観点からも,句動詞由来の名詞・形容詞は要注目である.

 ・ Potter, Simon. Changing English. London: Deutsch, 1969.

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2013-10-07 Mon

#1624. 和製英語の一覧 [waseieigo][japanese][katakana][borrowing][semantic_change][word_formation][lexicology][false_friend]

 9月21--22日に,大連大学日本言語文化学院で開かれた第五回『中・日・韓日本言語文化研究国際フォーラム』に参加し,中央大学の同僚とチームを組んで「言語使用の前景と背景---言語研究と文学研究について」と題するパネルディスカッションを行った.私は「和製英語の自然さ・不自然さ」という題目で少し話しをした.専門外ではあるが,日本語学において和製英語や外来語の研究は,英語の研究者によるものが少なくないということなので,私もその立場からわずかばかり参与させていただいた,という次第である.
 この発表のために,記事末に挙げたような参考図書等から和製英語といわれている表現を収集した.結果として231個が集まった.各々が本当に和製英語か否かという問題については,「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で触れたように,本来,詳細な文献学的調査が必要だが,今回はそこまでは掘り下げていない.また,和製英語の厳密な定義が難しいという事情もある.したがって,以下の個々の例については疑問が呈されるかもしれないが,上記のような但し書きをつけたうえで,集めたものを一覧として公開しておくことは役に立つだろう.
 和製英語の分類については,まだ仮のものにすぎないが,以下のように (1) 記号的和製英語,(2) 意味的和製英語,(3) 形態的和製英語に3分類してみた.分類の精緻化は今後の課題としたい.

和製英語の分類

(1) 記号的和製英語
 アイスキャンディー (popsicle),アイドリングストップ (shutting off the engines),アウトコース (outside),アパート (apartment, apartmenthouse),アフターケア/アフターサービス (after-sales service, after-the-sale service),アフレコ (post recording),アメリカン(コーヒー) ((regular) coffee),イメージアップ (improve one's image),イメージチェンジ (change one's image),ウェストバッグ (fanny bag, bum bag),エステ (beauty salon, beauty spa, beauty-treatment clinic),エッチ (dirty-minded, sex-mad, have a one-track mind, indecent, salacious, pervert, abnormal),オーエル(オフィスレディ) (office worker),オーダーメード (custom-made, made-to-order),オートバイ (motorbike, motorcycle),オービー (alumnus, alumna, graduate),オーブントースター (toaster oven),オープンカー (convertible),オールバック (combed (straight) back, combed towards the back),カフスボタン (cuff links),ガード (overpass),ガードマン ((security) guard, watchman),ガソリンスタンド (gas station),ガッツポーズ (victory pose),キッチンペーパー (paper towel),キャッチコピー (slogan),キャッチホン (call-waiting),キャッチボール (play catch),クーラー (air conditioner),グラビア (glamour photos, cheesecake, Page Threes),グレードアップ (upgrade),ゲームセンター (amusement arcade),コインランドリー (launderette),コストダウン (lower costs, reduce costs),コンセント (outlet, outlet box, receptacle, wall outlet, wall socket),コンビニ (drugstore, grocery),ゴールデンアワー (prime time),ゴールデンウィーク (holidays in May),サイドビジネス (side job),サラリーマン (company employee),シーズンオフ (off-season),シーチキン (canned tuna),シェイプアップ (become thin, lose weight),システムキッチン (organized kitchen),シティホテル (big hotel),シャーペン (mechanical pencil, automatic pencil),シャッターチャンス (the right moment on film),シルバーウィーク (holidays in November),シルバーシート (priority seat),ジージャン (denim jacket, jeans jacket),ジーパン (jeans),ジェットコースター (roller coaster),ジューサー (blender),スーパー (supermarket),スキンシップ (touching, bonding, physical contact),スクールカラー (the traditional feature of a school),スケールメリット (economies of scale),スタメン (starting lineup),スタンドプレー (grandstand play),スピードダウン (slow down),スリーサイズ ((bust-waist-hip) measurement),ゼネコン (big construction company, large construction company),ソーラーシステム (solar power),ソフト (software),ソフトクリーム (soft-serve ice cream, ice cream cone, swirl ice-cream cone),ターミナルホテル (station hotel),タイムサービス (blue-light special, limited time offer (special)),タイムリーヒット (RBI hit),タッチアウト (tagged and out),ダイニングキッチン (kitchenette),ダンプカー (dump truck),チアガール (cheerleader a),チャンスメーカー (table setters),テーブルスピーチ (speech at a party),テレビゲーム (video game),テンキー (numeric keypad),デコレーションケーキ (birthday cake, decorated cake),デッドボール (hit by (a) pitch),デリバリーヘルス (massage parlor),トレーニングパンツ(トレパン) (sweat pants),ドクターストップ (doctor's orders),ドライブイン (rest area, rest stop),ナイター (night game),ニューハーフ (drag queen, transvestite),ネイティヴチェッカー (proof reader, native-speaking proof reader),ネットショッピング (on-line shopping),ノーカット (uncut (movie)),ノースリーブ (sleeveless dress),ノータイ(ノーネクタイ) (without a tie),ノートパソコン (laptop),ノンステップバス (bus without steps),ノンセクション (trivia),ハートフル (heartwarming),ハーフ (someone of mixed race),ハイソックス (knee socks),ハイティーン (late teens),ハイテンション (excitable, overexcited, carried away),ハローワーク (Job Centre),バックミラー (rearview mirror),バトンガール (baton twirler),バトンタッチ (baton pass, hand over),パタンナー (pattern maker),パトカー (police car),パネラー (panelist),パンチパーマ (tight-perm, short-perm),ビーチパラソル (beach umbrella),ビジネスホテル (economy hotel, budget hotel),フィールドアスレチック (obstacle course),フォアボール (base on balls, walk),フライドポテト (French fries, chips),フライング (false start),フリーサイズ (one-size-fits-all),フリーダイヤル (toll-free number),フロントガラス (windshield),ブックカバー (book jacket, dust jacket),プレーガイド (booking office),ヘアヌード (full-frontal nudity (photo)),ヘディングシュート (header),ヘルスメーター (bathroom scale),ベースアップ (raise of the wage base),ベッドタウン (bedroom suburb),ベビーサークル (playpen),ペーパーカンパニー (shell company),ペーパードライバー (person with a driving licence but no practice, driver in name only),ペアルック (dressed in matching outfits),ペットボトル (plastic bottle),ホーム (platform),ホットカーペット (electric carpet),ホットケーキ (pancake),ボディチェック (frisk, security check, body search),マイカー (one's own car),マイナスイメージ (negative image),マイペース (go one's own way),マカロニウェスタン (spaghetti Western),マグカップ (mug),マザコン (mummy's boy),マンツーマン (one-on-one (one-to-one) lesson, private lesson),ミシン (sewing machine),ミニコミ (free paper),ミルクティー (tea with milk),メタボ (big, overweight, fat),モーニングコール (wake-up call),モーニングサービス (breakfast special),ライブハウス (club with live music, live music club),ラブホテル (hot-pillow hotel, no-tell motel),ランニングシャツ (undershirt),ランニングホームラン (inside-the-park home run),リクルートスーツ (suit for an interview),リサイルクルショップ (secondhand shop, recycled-goods shop),リップクリーム (lip balm, chapstick),リフティング (keepy-uppy),ルーズソックス (loose-fitting socks),ローティーン (early teens),ロスタイム (additional time, injury time, stoppage time),ワイシャツ (business shirt),ワイドショー (talk and variety (TV) show, tabloid show, TV magazine show),ワンパターン (predictable, routine)

(2) 意味的和製英語
 アイドル (pop idol),アットホーム (cozy, homey),アバウト (irresponsible),(イベント)コンパニオン (booth girl, promotional model, trade show model),カンニング (cheating),クラクション (car horn),クレーム (complaint),サイン (autograph, signature),シール (sticker),スタンド (grandstand),スナック (bar, pub),スマート (slender, slim),センス(服装) (good dress sense, well-dressed, stylish),ソープ(風俗) (bordello, house of ill repute, whorehouse, knocking shop),タレント (celebrity, entertainer, TV personality),ダッチワイフ (blow-up doll),チャック (zipper, zip-fastener),トランプ ((playing) cards),ドライ (businesslike),ドライバー(工具) (screwdriver),ナイーブ (uncorrupted, unspoiled),ネック (weak link, dead wood, disadvantage, burden),ハンドル ((steering) wheel),バーコード(髪型) (Bobby Charlton),バイキング (buffet),パワーアップ (build),ファイト (Go for it, Do your best),フロント (front desk, reception),ブーム (fad),プリント (handout, printout),プロデューサー (coordinator),マジック (felt tip pen, marker pen),マンション (condominium, apartment),メリット/デメリット (pros and cons, advantages and disadvantages),モニター (test user, product tester),ヤンキー (good-for-nothings, layabouts, hooligans, thugs),リフォーム (alteration, refurbish, renovate),リベンジ (rematch),ルーズ (lax, careless, negligent, irresponsible)

(3) 形態的和製英語
 アイロン (flat iron),アクセル (accelerator),アプリ (application),アポ/アポイント (appointment),ウイルス (virus),エンスト (engine stall),オンザロック (on the rocks),カレーライス (curry and rice, curry with rice),コーンビーフ (corned beef),コネ (connection),サンオイル (suntan oil),スモークハム (smoked ham),セクハラ (sexual harassment),セットローション (setting lotion),デパート (department store),トイレ (bathroom, restroom),ドンマイ (Don't worry about it, Never mind),ニス (varnish),ネーブル (navel orange),ノート (notebook),ノンプロ (nonprofessional),パーマ (permanent),パソコン (personal computer),パンク (flat tyre, puncture),ビタミン (vitamin),ビル (building),ファンタジック (fantastic),プリン (pudding, custard pudding),プロレスラー (professional wrestler),マイク (microphone),マスコミ (mass communication, mass media, the media),マニア (maniac, fan),リストアップ (list),リストラ (restructuring, corporate downsizing),レジ (cash register)

 ・ スティーブン・ウォルシュ 『恥ずかしい和製英語』 草思社,2005年.
 ・ 桐生 りか 『カタカナ語・外来語事典』 汐文社,2006年.
 ・ 『新版日本語教育事典』 日本語教育学会 編,大修館書店,2005年.
 ・ デイビッド・セイン 『日本人がつい間違えるNGカタカナ英語』 主婦と生活社,2012年.
 ・ 『日本語学研究事典』 飛田 良文ほか 編,明治書院,2007年.
 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
 ・ 村石 利夫 『カタカナ語おもしろ辞典』 さ・え・ら書房,1990年.
 ・ 山口 理 『国語おもしろ発見クラブ 外来語・和製英語』 2012年.

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2013-07-01 Mon

#1526. 英語と日本語の語彙史対照表 [word_formation][japanese][timeline][lexicology][loan_word][borrowing][compounding][affix][buddhism]

 以下に,英語と日本語の語彙史,語形成の歴史を比較対照できるような表を作成した.それぞれの時代における語彙や語形成の特徴を箇条書きにしたものである.「#1524. 英語史の時代区分」 ([2013-06-29-1]) と「#1525. 日本語史の時代区分」 ([2013-06-30-1]) でそれぞれの言語の時代区分を示したが,両者がきれいに重なるわけではないので,表ではおよその区分で横並びにした.英語の側では特定の典拠を参照したわけではないが,その多くは本ブログ内でも様々な形で触れてきたので,キーワード検索やカテゴリー検索を利用して関連する記事にたどりつくことができるはずである.とりわけ現代英語の語形成については,「#883. Algeo の新語ソースの分類 (1)」 ([2011-09-27-1]) を中心として記事で細かく扱っているので,要参照.日本語の側は,『シリーズ日本語史2 語彙史』 (p. 7) の語彙史年表に拠った.

Old English* Germanic vocabulary上代○和語(やまとことば)が大部分を占めた.
* monosyllabic bases○2音節語が基本.
* derivation and compounding○中国との交流の中で漢語が借用された.例:茶 胡麻 銭 (なお,仏教とともに伝えられたことばの中には「卒塔婆」「曼荼羅」のような梵語(古代インド語=サンスクリット語)も含まれている.)
* Christianity-related vocabulary from Latin (some via Celtic)中古○漢語が普及した.例:案内(あない) 消息(せうそこ) 念ず 切(せち)に 頓(とみ)に
* few Celtic words○和文語と漢文訓読語との文体上の対立が見られる.例:カタミニ〈互に〉←→タガヒニ(訓読語) ク〈来〉←→キタル(訓読語)
Middle English* Old Norse loanwords including basic words○派生・複合によって,形容詞が大幅に造成された.
* a great influx of French words中世○漢語が一般化した.
* an influx of Latin technical words○古語・歌語・方言・女房詞など,位相差についての認識が広く存在した.
Modern English* a great influx of Latin loanwords○禅宗の留学僧たちが,唐宋音で読むことばを伝えた.例:行燈(あんどん) 椅子(いす) 蒲団(ふとん) 饅頭(まんぢゅう)
* Greek loanwords directly○キリスト教の宣教師の伝来,また通商関係などにより,ポルトガル語が借用された.例:パン カルタ ボタン カッパ〈合羽〉
* loanwords from various languages近世○漢語がより一般化し,日常生活に深く浸透した.
* Shakespeare's vocabulary○階層の分化に応じて語彙の位相差が深まった.
* scientific vocabulary○蘭学との関係でオランダ語が借用された.例:アルコール メス コップ ゴム
Present-Day English* shortening近代○西欧語の訳語として,新造漢語が急激に増加する.例:哲学 会社 鉄道 市民
* many Japanese loanwords○英米語を筆頭として,フランス語,ドイツ語,イタリア語などからの外来語が増加する.
* compounding revived○長い複合語を省略した略語が多用される.
* loanwords decreased 


 両言語ともに借用という手段で語彙を豊かにしてきたことがわかるだろう.文化史と語の借用の歴史は常に密接な関係にあるが,英語と日本語の語彙史以上にこのことを如実に示すものはあまりない.言語類型的にも地理的にも著しくかけ離れた両言語が,語彙史において多くの共通点をもっていることは銘記しておきたい.

 ・ 安部 清哉,斎藤 倫明,岡島 昭浩,半沢 幹一,伊藤 雅光,前田 富祺 『シリーズ日本語史2 語彙史』 岩波書店,2009年.

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2013-05-29 Wed

#1493. 和製英語ならぬ英製羅語 [latin][borrowing][semantic_change][word_formation][sign][loan_translation][lexicology][terminology][neo-latin][morphology][romancisation][false_friend][waseieigo]

 昨日の記事「#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か?」 ([2013-05-28-1]) で,和製英語と呼ばれる語句について通時的,共時的の両観点から考察した.実のところ,この考察は英語語彙の話題にもほとんどそのまま当てはまる.昨日は日本語と英語の関係を論じたが,今日は英語とラテン語の関係を論じたい.
 英語の歴史において,最も長く関わってきた外国語はラテン語である.大陸にあったゲルマン語の時代よりラテン語から語彙を借用してきた.古英語,中英語,近代英語にかけてラテン借用語は増加の一途を遂げ,以降はギリシア語とともに主として neo-classical compounding という語形成を通じて,英語語彙に影響を及ぼし続けている (##1437,32,120,1211,478の各記事を参照) .そして,英語はこの長い接触の歴史のなかで,ラテン語の語形成規則を自らの体系内に取り込んできた([2013-02-08-1]の記事「#1383. ラテン単語を英語化する形態規則」).
 さて,昨日の記事の (1) では,相手言語にモデルとなる signe が存在し,かつそれが参照されたかどうかで,和製英語か借用語かが区別されると述べた.同じことは,英語とラテン語についても言える.英語が,自らの体系に内化したラテン語規則に基づいて独自にラテン風単語を作り上げた場合,それは英製羅語である([2010-05-24-1]の記事「#392. antidisestablishmentarianism にみる英語のロマンス語化」を参照).一方,ラテン語に既存のモデルを参照して取り込んだ場合は,ラテン借用語である.その両端の間に歴史的事情が不明なグレーゾーンが広がっているのは日本語の場合と同様である.日本語の場合は,昨日の記事で「英語横文字(カタカナ)語」というラベルを即席で提示したが,英語の場合は "Latinate word" (ラテン風単語)という便利な用語が用意されている.これは英製羅語も含むし,純正ラテン借用語も含むし,事情のわからないラテン語の外見を装ったあらゆる語を含む.
 昨日の議論の (2) では,記号論・共時態の側面から,英語の干渉を受けて形成された日本語単語を4つに分類した.同様に,ラテン語の干渉を受けて形成された英単語を4つに分類しよう.

 (a) ラテン語に対応する signe が存在するタイプ(借用語に典型的)
 (b) ラテン語に対応する signifié は存在するが signifiant は異なるタイプ(翻訳借用語に典型的)
 (c) ラテン語に対応する signifiant は存在するが signifié は異なるタイプ("false friends" あるいは "faux amis" に典型的)
 (d) ラテン語に対応する signe が存在しないタイプ(英製羅語に典型的)

 英語を解さないラテン語母語話者を想定すると,この話者は英語話者によって発せられた (c) と (d) のような語を聞くと,頭の上にハテナが浮かぶことだろう.これは,英語母語話者が和製英語を聞いたときと同じ反応である.だが,英語にしても,借用後に意味を違えてきた (c) の例である tradition ([2011-11-27-1]の記事「#944. rationreason」を参照)や,(d) の例である antidisestablishmentarianism[2010-05-24-1]の記事「#392. antidisestablishmentarianism にみる英語のロマンス語化」を参照)のような語彙を増やしてゆくことによって,豊かな表現力を得るに至ったのである.
 日本語も然り.他言語からの語彙借用が歴史的に盛んである言語にあっては,(a)--(d) のすべてのタイプが,多かれ少なかれ見られるものなのではないか.和製英語は,興味をそそるトピックとしてしばしば取り上げられるが,通言語的には決して特異な現象ではないのだろう.

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2013-05-28 Tue

#1492. 「ゴールデンウィーク」は和製英語か? [japanese][borrowing][semantic_change][word_formation][terminology][sign][loan_translation][lexicology][morphology][false_friend][waseieigo]

 「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]) の記事で,「ゴールデンウィーク」 (Golden Week) という日本語表現に触れたとき,それを和製英語として紹介した.後日,同記事へのコメントがあり,英語教育に関する質疑応答・情報共有サイトの「Is ゴールデンウィーク wasei-eigo?」という記事へのリンクをいただいた(ありがとうございました!).その記事によると,Google Books Ngram Viewer (see [2010-12-25-1]) で検索をかけると,golden week という共起表現が1951年以前に英語に存在したということがわかる(こちらのページを参照).[2010-12-25-1]の記事で述べたように,正直のところ Google Books のコーパスとしての評価はしにくいと考えているが,少なくとも同句の存在は事実であると受け入れてよいだろう.だが,英語の golden week に「大型連休」なる語義があったわけではなく,あくまで「(黄金のように)素晴らしい週間」ほどの意味で用いられているようだ.さて,このような状況に鑑みて,はたして日本語の「ゴールデンウィーク」は和製英語とみなしてよいのかどうか.
 この問いには様々な側面があると思われるが,整理すると (1) 語形成論・通時態の側面と (2) 記号論・共時態の側面がある.「ゴールデンウィーク」は和製英語かどうかという問いは,もっぱら (1) の視点から発せられる問いであり,日本語語彙史や日本語語源学においては重要な問題だろう.一方,(2) の視点からはこの問いはあまり本質的ではないものの,間接的に日本語語彙論に理論的な問題を投げかけるという点では同じくらい興味深い.以下で (1) と (2) のそれぞれについて記す.

(1) 語形成論・通時態の側面
 日本語学用語として和製英語の厳密な定義が何であるのかはいくつかの用語辞典を参照しても判然としなかったが,和製英語の典型として挙げられる「ナイター」「バックミラー」のような例からその特徴を抽出すれば,「英語(由来)の形態素を英語の規則に概ね則って組み合わせることによって形成した日本語としての語句」ということになりそうだ.この定義は,音形 (signifiant) 形成が日本語体系内で行なわれている点,英語のモデルを参照していない点に焦点を当てた定義である.また,この定義は,その後意味が変化したかどうか,英語へ逆借用されたかどうかなどの後の発展には言及しない定義であり,もっぱら形成過程に注目した定義といえる.
 上の定義の和製英語と対立する過程は,借用 (borrowing) である.英語側のモデルとなる記号 (signe) を参照し,それをほぼそのまま日本語語彙体系のなかに取り込む過程である.
 さて,ある英語風日本語句が和製英語であるか英語借用語であるかは,既存の英語モデルを参照したかどうかにかかっている.「ゴールデンウィーク」の例でいえば,英語にすでに存在していたらしいモデル golden week を参照し借用したのか,あるいは英語側のモデルの有無はどうであれ,参照せずに日本語内部で独自に作り上げたものなのか.英語側にモデルがある以上,それを参照したと考えるのが自然と思われかもしれないが,必ずしもそうとはいえない.nighter などの形態規則のたまものとは異なり,golden week は統語規則のたまものであり,このような統語的共起表現が英語側と日本語側で独立して発生する可能性は十分にある.問題の語彙革新者がモデルの存在を知らなかったという可能性も捨てきれないのではないか.結局のところ,この問題への答えは,その語彙革新者が英語モデルの存在を知っており,それを参照したか否かという一点にかかっているのであり,それを知ることが現実的には難しい以上,この問いには「わからない」としか答えようがない.さらにいえば,その語彙革新者がモデルの存在を知っているか否かも,実際のところ,yes か no かで切り分けられる問題ではないかもしれない.英語の golden week をどこかで見聞きしたことがあるような・・・というおぼろげな記憶にすぎないかもしれないし,そもそも英語にはきっとモデルがありそうだという感覚さえあれば和製英語の形成に踏み切るには十分なのである.
 語源学上,「ゴールデンウィーク」を日本語内部での形成と考えるか,英語からの借用および意味の特殊化と考えるかは大きな違いである.語源欄に書くべきことが変わってくるからだ.英語にモデルが存在しない「ナイター」のように,明らかな和製英語の例が一方の端にある.借用過程がわかっている「コーパス」のように,明らかな借用の例が他方の端にある.その両端の間に,歴史的事情がよくわからないグレーゾーンが広がっており,良心的な語源学者であれば無理にどちらかに所属させることには躊躇するだろう.代わりに,和製英語から借用語へと続くこの連続体そのものに何かラベルを当てるというのが1つの解決法になるかもしれない.モデル参照の有無にかかわらず signifiant が英語風であるという共通点があるので,「英語横文字(カタカナ)語」などとしておくのが無難かもしれない.

(2) 記号論・共時態の側面
 記号論の観点から「ゴールデンウィーク」を考えると,上述とは違った見方が可能になる.英語の干渉を受けて形成された語は,記号 (signe) の観点から4つのタイプに分類される.

 (a) 英語に対応する signe が存在するタイプ(借用語に典型的)
 (b) 英語に対応する signifié は存在するが signifiant は異なるタイプ(翻訳借用語に典型的)
 (c) 英語に対応する signifiant は存在するが signifié は異なるタイプ("false friends" あるいは "faux amis" に典型的)
 (d) 英語に対応する signe が存在しないタイプ(和製英語に典型的)

 (c) の "false friends" とは,言語教育などで指摘されている「諸言語間で,形態は対応するが意味は異なるために注意を要する語句」である.不完全な借用過程や,借用後に生じた意味変化によってもたらされることが多いが,モデルの存在に気づかずに作られた和製英語などでこのタイプに属するものがあるかもしれない.
 和製英語にまとわりつくイメージとして「英語では通じないもの」があるが,実際には「英語では通じないもの」は,(c) と (d) に区別して捉えておく必要がある.(c) には「(自動車の)ハンドル」,授業をサボるの意での「エスケープする」,女性に親切な男を指す「フェミニスト」などが,(d) には「サラリーマン」「オールバック」「ベッドタウン」「シルバーシート」などがあり,通じなさの質が異なる.この類型に従えば「ゴールデンウィーク」は (c) となるだろう.この類型はあくまで共時的な類型であり,(1) で扱った形成過程に重きを置いた通時的な観点とは対照される点に注意されたい.

 上では,いくつかの角度から和製英語を他の語彙(過程)と対比的に位置づけようと試みてきた.さらに議論の整理が必要だが,「和製英語」とは本質的に (1) の観点から名付けられた用語であるらしいことがわかってきた.一方,「英語では通じないもの」という問題は,(2) に属する話題である.「和製英語」と「英語では通じないもの」とは,通時態と共時態の区別と同様に,いったん切り分けて議論したほうがよいのではないか.
 明日は,関連する英語の話題を取り上げる.

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2013-05-14 Tue

#1478. 接頭辞と接尾辞 [affix][prefix][suffix][word_formation][morphology][lexicology][statistics][derivation]

 今回は現代英語の接辞添加 (affixation) に関する一般的な話題.現代英語の語形成において利用される主たる接頭辞 (prefix) と接尾辞 (suffix) を,Quirk et al. (1539--58) にしたがい,接頭辞,接尾辞の順に列挙する.以下のリストでは,同一接辞の異形態も別々に挙げられているが,接頭辞,接尾辞ともにおよそ50個を数える.

A-, AN-, ANTI-, ARCH-, AUTO-, BE-, BI-, CO-, CONTRA-, COUNTER-, DE-, DEMI-, DI-, DIS-, EM-, EN-, EX-, EXTRA-, FORE-, HYPER-, IN-, INTER-, MAL-, MINI-, MIS-, MONO-, MULTI-, NEO-, NON-, OUT-, OVER-, PALEO-, PAN-, POLY-, POST-, PRE-, PRO-, PROTO-, PSEUDO-, RE-, SEMI-, SUB-, SUPER-, SUR-, TELE-, TRANS-, TRI-, ULTRA-, UN-, UNDER-, UNI-, VICE-


-(I)AN, -ABLE, -AGE, -AL, -ANT, -ATE, -ATION, -DOM, -ED, -EE, -EER, -EN, -ER, -ERY, -ESE, -ESQUE, -ESS, -ETTE, -FUL, -FY, -HOOD, -IAL, -IC, -ICAL, -IFY, -ING, -IOUS, -ISH, -ISM, -IST, -ITE, -ITY, -IVE, -IZE (-ISE), -LESS, -LET, -LIKE, -LING, -LY, -MENT, -NESS, -OCRACY, -OR, -OUS, -RY, -SHIP, -STER, -WARD(S), -WISE, -Y


 同じく Quirk et al. にしたがい,意味や機能によるこれらの接辞の大雑把な分類を別ページに示したので,そちらも参照.
 Crystal (150) によれば,OED による見出し語サンプル調査の結果,これらの100を少し超えるほどの接頭辞,接尾辞のいずれかが,英語語彙全体の40--50%に現われるという.接辞添加が現代英語の新語形成の主たる手段であることは,「#873. 現代英語の新語における複合と派生のバランス」 ([2011-09-17-1]),「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]),「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」([2011-09-22-1]),「#879. Algeo の新語ソース調査から示唆される通時的傾向」([2011-09-23-1]) などで再三触れてきたが,歴史的に蓄積されてきた英語語彙全体をみても,やはり接辞添加の役割は非常に大きいということがわかる.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.

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2013-03-11 Mon

#1414. 品詞転換はルネサンス期の精力と冒険心の現われか? [conversion][shakespeare][word_formation][causation][synthesis_to_analysis]

 品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) については,「#190. 品詞転換」 ([2009-11-03-1]) をはじめ conversion の各記事で関連する話題を取り上げてきた.品詞転換が生産的な語形成として登場するのは初期近代英語,特に Shakespeare においてであり,ルネサンス期の活力,若々しさ,挑戦心などと結びつけられることがある.後に続く規範主義の時代と対比して,確かにのびのびとした雰囲気に満ちた時代である.Baugh and Cable (250) も,ルネサンス期の英語の特徴の1つとして,品詞転換を以下のように評している.

English in the Renaissance, at least as we see it in books, was much more plastic than now. People felt freer to mold it to their wills. Words had not always distributed themselves into rigid grammatical categories. Adjectives appear as adverbs or nouns or verbs, nouns appear as verbs---in fact, any part of speech as almost any other part. When Shakespeare wrote stranger'd with an oath he was fitting the language to his thought, rather than forcing his thought into the mold of conventional grammar. This was in keeping with the spirit of his age. It was in language, as in many other respects, an age with the characteristics of youth---vigor, a willingness to venture, and a disposition to attempt the untried. The spirit that animated Hawkins and Drake and Raleigh was not foreign to the language of their time.


 当時の社会の風潮と品詞転換という語形成とを結びつけて考えるのは,確かに魅力的ではある.しかし「#1015. 社会の変化と言語の変化の因果関係は追究できるか?」 ([2012-02-06-1]) で取り上げた Martinet の主張に従い,まずは品詞転換の発展という問題を,あくまで言語内的に論じる必要があるのではないだろうか.
 「屈折の衰退=語根の焦点化」 ([2011-02-11-1]) で述べたように,英語はこの時代までにほぼすべての品詞において屈折を著しく衰退させ,語根主義とでも呼ぶべき分析的な言語へと発展してきた.同時に,語順も厳しく固定化し,主として統語的な位置により各語の品詞や用法が同定される言語となってきた.このような統語的,形態的な特徴をもつに至った初期近代英語においては,本来語や中英語までに入った借用語の多くは,すでに品詞転換の自由を与えられていたといえる.そこへラテン語を中心としたおびただしい借用語が新たに加わり(この大量借用がルネサンス期の時代の産物であるとみなすことには異論はないだろう),それらも品詞転換という便法に付されることとなった,ということではないだろうか.
 社会の風潮と品詞転換のあいだの関係は否定すべきだと言っているのではない.ただ,その関係が直接的というよりはワンクッション挟んだ間接的なものであると考え,あくまで言語内的,機能主義的な因果関係を探るのが先ではないかということである.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

Referrer (Inside): [2021-01-19-1] [2013-12-17-1]

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2013-01-05 Sat

#1349. procrastination の生成過程 [morphology][french][latin][derivation][word_formation][diachrony][combining_form][loan_word][romancisation][neo-latin]

 procrastination /prə(ʊ)ˌkræstɪˈneɪʃən/ というラテン語に由来する形態素からなる派生語がある.「遅延」を意味する語で,英語での初例は1548年となっている.語源としては,古典ラテン語の名詞 prōcrāstinātiō から借用したものである,と述べて済まそうと思えば済ませられるが,英単語 procrastination の形態と発音を本格的に説明しようとすれば,英語がいかにラテン語やフランス語の形態規則や音韻規則を取り込んできたかという歴史を述べざるを得ない.この歴史は,中英語期以降,数世紀をかけて通時的に育まれてきた言語的慣習が,共時的な形態規則や音韻規則として固定化してきた歴史である.
 Bloomfield によれば,英語話者はラテン単語を借用する際に,"a fairly well-fixed set of habits" (493) を心得ているという.

[T]hese habits are composed of (1) the adaptations and phonetic renderings that were conventional in the French use of book-Latin words round the year 1200, (2) adaptations that have become conventional in the English usage of Latin-French forms, and (3) phonetic renderings due to English sound-changes that have occurred since the Norman time.


 これを procrastination に当てはめてみよう.フランス語では,ラテン語の名詞は主格ではなく対格や奪格の形態,正確にはそこから語尾を落とした形態で取り入れられるのが通例である.したがって,ラテン語 prōcrāstinātiō は,主格形のままフランス語へ入るのではなく,prōcrāstinātiōnem などの斜格形から -em が取り除かれた状態で,procrastination としてフランス語へ入る.もし13世紀辺りにフランス語に入っていたならば,フランス語では *[prokrastinaˈsjoːn] などとなっていたことだろう.この推定される音形は (1) の習慣に基づく.
 次に,英語話者は,(2) の習慣に従って,フランス語を経由して英語に入ってくる単語の発音を英語化する.上記の推定形における第2音節の母音 *[a], 第4音節の母音 *[a], その直後の *[sjon] を,それぞれ英語風に [æ], [eɪ], [ʃən] へと置き換えるのである.この習慣は,英語が大量のフランス借用語を取り入れながら築き上げてきた,一種の英仏対応規則である.
 最後に,(3) の習慣,すなわち英語における強勢移動にかかわる規則の変化に従って,第1強勢が最終音節からその一つ前へ移動した.
 Bloomfield 本人も p. 450 で認めているように,(2) と (3) の境目は必ずしも明確ではない.しかし,上記の要点は,英語,フランス語,ラテン語の3者の間で通時的に育まれてきた対応規則と通時的に生じてきた言語変化とが,一種の英語における共時的な形態規則(あるいは形態習慣)として確立してきたという歴史的過程である.英語が16世紀半ばに,ラテン語 prōcrāstinātiō を借用したとき,あるいは参照して自言語に取り込んだとき,半ば無意識に (1), (2), (3) の習慣が適用され,英語の音形をもつ procrastination が生成されたのである.ここには,単なる借用以上の過程が作用している.
 長い時間のあいだに繰り返し通電してきた神経回路が,いつのまにか太い高速回路となって,直感的に通電するようになったとでも言おうか.借用語彙の取り込み方という問題は,言語における diachrony と synchrony との接点を論じる上でも示唆を与えてくれそうだ.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

Referrer (Inside): [2014-01-31-1] [2013-02-08-1]

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2012-06-18 Mon

#1148. 古英語の豊かな語形成力 [oe][lexicology][derivation][compound][compounding][word_formation][productivity][kenning]

 古英語の語形成 (word formation) が,派生 (derivation) や複合 (compounding) により,著しく豊かであることは,古英語の文法書や英語史の概説書を通じてよく知られている.Baugh and Cable (64--65) では,印象的な例として,古英語 mōd "mood, heart, mind, spirit; boldness, courage, pride, haughtiness" という1つの語根から,100以上の語が形成されるという事実が紹介されている.100個とまではいかないが,そこで挙げられている語を,意味とともに列挙してみよう.

 ・ mōdig "spirited, bold, high-minded, arrogant, stiff-necked"
 ・ mōdiglic "magnanimous"
 ・ mōdiglīce "boldly; proudly"
 ・ mōdignes "magnanimity; pride"
 ・ mōdigian "to bear oneself proudly or exultantly; to be indignant, to rage"
 ・ gemōdod "disposed; minded"
 ・ mōdfull "haughty"
 ・ mōdlēas "spiritless"

 ・ mōdsefa "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgeþanc "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgeþoht "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgehygd "mind, thought, understanding"
 ・ mōdgemynd "mind, thought, understanding"
 ・ mōdhord "mind, thought, understanding"

 ・ mōdcræft "intelligence"
 ・ mōdcræftig "intelligent"

 ・ glædmōdnes "kindness"
 ・ mōdlufu "affection"
 ・ unmōd "despondency"
 ・ mōdcaru "sorrow"
 ・ mōdlēast "want of courage"
 ・ mādmōd "folly"
 ・ ofermōd "pride"
 ・ ofermōdigung "pride"
 ・ ofermōdig "proud"
 ・ hēahmōd "proud; noble"
 ・ mōdhete "hate"

 ・ micelmōd "magnanimous"
 ・ swīþmōd "great of soul"
 ・ stīþmōd "resolute; obstinate"
 ・ gūþmōd "warlike"
 ・ torhtmōd "glorious"
 ・ mōdlēof "beloved"

 Hall の古英語辞書(第2版)で mōdig 周辺をのぞくと,ほかにも関連語のあることがわかる.

MOD in Hall's Dictionary

 確かに古英語の語形成の "resourcefulness" には驚く.複合に関しては,その延長線上に kenning という文飾的技巧のあることを指摘しておこう.
 ただし,この "resourcefulness" が古英語の共時的な生産性を表わすものかどうかという点については熟慮を要する.[2011-05-28-1]の記事「#761. 古英語の derivation は死んでいたか」で考察したように,この "resourcefulness" は,古英語以前からの通時的な派生・複合の結果が累々と蓄積され,豊かな語彙ネットワークとして古英語に共時的に現われているということではないか.synchronic productivity と diachronic productivity とを分けて考える必要があるのではないか.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Hall, John Richard Clark, ed. A Concise Anglo-Saxon Dictionary. 2nd ed. New York: Macmillan, 1916.

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2012-04-23 Mon

#1092. 2重の品詞転換と名前動後 [diatone][conversion][productivity][word_formation]

 英語の品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) としては,名詞と動詞のあいだの例が多いが,この過程が2度繰り返される例がある.[2011-07-30-1]の記事「#824. smoke --- 2重の品詞転換」で, smoke が「煙」→「煙を吸う」→「喫煙」という過程を経たのではないかという説を紹介したが,2音節語において強勢の移動を伴う種類の過程をも品詞転換とみなすことにするのであれば,abstráct (抽象する),ábstract (抽象;要約),ábstract (要約する),の相互関係も類例に加えられる([2011-11-08-1]の記事「#925. conversion の方向は共時的に同定できるか?」の (3) を参照).
 強勢の移動により品詞が交替するという現象は,現代英語では「名前動後」として知られており,本ブログでも diatone の各記事で話題にしてきた.abstract の例は,初期近代英語期に発達した conversion と diatone という2つの過程を最大限に活用した語形成ということができ,すぐれて効率的である.私が diatone の研究中に調べた類例としては以下の語がある.それぞれの転換の方向や順序は未確認だが,3者の関係は smokeabstract と似ている.

 ・ discóunt (考慮に入れない),díscount (割引き),díscount (割引する)
 ・ éxtract (抽出物),éxtract (抽出する),extráct (抜粋する)
 ・ combíne (結合する),cómbine (コンバイン),cómbine (コンバインで収穫する)
 ・ concréte (凝結させる),cóncrete (コンクリート),cóncrete (コンクリートで固める)
 ・ contráct (病気にかかる;縮ませる),cóntract (契約),cóntract (契約する)
 ・ contról (制御する),contról (制御),cóntrol (制御装置)
 ・ retárd (遅らせる),retárd (遅れ),rétard (知恵遅れの人)


 このような例は数こそ多くないが,今後も活用される可能性があるのではないか.英語史の流れのなかで,静かに生産的となってきた語形成法といえそうだ.関連して,大石 (169--70) 及び Hotta (59) を参照.

 ・ 大石 強 『形態論』 開拓社,1988年.
 ・ Hotta, Ryuichi. "Noun-Verb Stress Alternation: An Example of Continuing Lexical Diffusion in Present-Day English." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture 110 (2012): 36--63.

Referrer (Inside): [2013-07-28-1]

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