Carstairs-McCarthy (108--09) によると,20世紀後半に顕著な語形成が二種類認められるという.一つはラテン語やギリシャ語に由来する一部の接頭辞による派生,もう一つは特定のタイプの headless compound である.
19世紀以来,super-, sub- といったラテン語に由来する接頭辞や,hyper-, macro-, micro-, mega- といったギリシャ語に由来する接頭辞による派生語が多く作られた.superman, superstar, super-rich, supercooling などの例があり,それ以前の同接頭辞による派生語 supersede, superimpose などと異なり,本来語に由来する基体に付加されるのが特徴である.このブームは現在そして今後も続いていくと思われ,特に giga-, nano- などの接頭辞による派生語が増えてくる可能性がある.
headless compound は exocentric compound とも呼ばれ,pickpocket, sell-out などのように複合語全体を代表する主要部 ( head ) がない類の複合語のことである. sell-out, write-off, call-up, take-over, breakdown など「動詞+副詞」のタイプは対応する句動詞が存在するのが普通だが,そうでないタイプもあり,後者のうち -in をもつ複合語が1960年代ににわかに流行したという.sit-in, talk-in, love-in, think-in のタイプである.
いずれの流行も,近代英語期以降の語形成の一般的な潮流に反しているのが特徴である.ラテン語やギリシャ語の接頭辞は同語源の基体に付加され,その派生語は主に専門用語に限られてきたし,複合語も対応する句動詞が存在するのが通例だった.語形成の傾向にも大波と小波があるもののようである.
・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002. 134.
昨日の記事[2010-05-23-1]で取りあげた antidisestablishmentarianism という語を英語史の視点からみると,英語のロマンス語化が,語や形態素という表面的なレベルだけではなく,語形成や形態論の規則という抽象的なレベルにまで染みこんでいるという点が意義深い.
一般に英語がロマンス語化したというときには,中英語期のフランス単語の大量借用が出発点として念頭におかれるのではないか.確かに古英語期やそれ以前の大陸時代にも英語はラテン語と接してきたので,ロマンス語への慣れは多少はあったといえるが,本格的なロマンス語化の引き金を引いたのは中英語期のフランス語との接触に他ならない.フランス語が開始したこのロマンス語化の波に乗るかのように,次の初期近代英語期にラテン語単語が大量に英語に流れ込んだ.さらに,このフランス語とラテン語の流れには,実はギリシャ語要素も隠れて多く含まれており,近代英語期から現在までに多くのギリシャ語形態素が英語へ供給された.中英語以来の英語語彙のロマンス語化,より正確には Greco-Latin 化は,[2010-05-16-1]の記事でも述べた通り,The Great Vocabulary Shift とでも名付けたくなるくらいに英語の概観を一変させた.
しかし,仏・羅・希は単に語や形態素を英語に供給しただけではない.英語は長期の接触と影響により,ラテン語やギリシャ語の語形成規則や形態論規則を半ばネイティブであるかのように獲得してしまったのである.現在,日々新しく作られている科学用語や専門用語に主として用いられている言語的リソースは Neo-Latin と呼ばれるが,これはラテン語やギリシャ語の形態素をラテン語やギリシャ語の形態規則にのっとって派生・合成させる仕組みといってよい.標題の antidisestablishmentarianism は Greco-Latin 要素とその組み合わせ規則にのっとった典型的な Neo-Latin の語であるが,フランス単語やラテン単語としてではなく,あくまで英単語として造語された点がポイントである.英語のロマンス語化は,語彙のみの表面的な現象だと見なされることがあるが,現代英語の生きた語形成にも非常に大きく貢献している点で,もっと積極的に評価してもいいのではないか.
フランス語が窓口となり英語がロマンス語化してきた経緯と意義については,Gachelin の評が言い得て妙である.
French acted as the Trojan horse of Latinity in English, the sluice gate through which Latin was able to pour into English on a scale without any equivalent in any Germanic language. The process of 'classicization' which had originated in Greece was to spread from Latin to Romance languages, and via French to English. (9--10)
・ Gachelin, Jean-Marc. "Is English a Romance Language?" English Today 23 (July 1990): 8--14.
[2009-06-30-1]の記事で,英語で最も長い単語として45文字19音節からなる pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis を紹介したが,これは一般の辞書には載っていない,意識的に合成された超専門語である.一般の辞書に載っていることが多い最長の単語と言われるのは antidisestablishmentarianism である.28文字12音節の堂々たる長語である.
OED によると初出は1900年で,次のように定義が与えられている.
Properly, opposition to the disestablishment of the Church of England (rare): but popularly cited as an example of a long word. So antidisestablishmentarian.
イギリスで19世紀から20世紀初頭に起こった国教会の廃止 ( disestablishment ) の運動に反対した人々の主義を指す.England ではこの主義が成功して国教会は現在に至るまで守られているが,Wales, Scotland, またローマ・カトリック教徒の多い Ireland では廃止論が影響力を持ち,国教分離が進んだ.
形態素としては anti-, dis-, establish, -ment, -arian, -ism と6部分に分割できる.一語のなかに形態素をこれほど長く数珠つなぎにできるのかと驚きあきれるかもしれないが,日本語の「反国教会廃止主義」だって負けていない.日本語母語話者はこの手の数珠つなぎには慣れっこのはずである.ただ,アルファベット28文字だと目がちかちかするのは確かである.
おもしろいのは,両言語ともに,数珠つなぎの全要素が非本来語由来の形態素であることだ.英語の6形態素はすべて(究極的にはギリシャ語もあるが)ラテン語かフランス語に由来する形態素であり,日本語の8漢字はすべて漢語である.長く専門的な語は,いずれの言語でも大陸からの「レベルの高い」形態素から成り立っているのが普通である.[2010-03-27-1], [2010-03-28-1]の記事で両言語の語彙の三層構造をみたが,改めて日英の言語文化の比較は興味深い.
今日は[2009-11-01-1]で軽く触れた品詞転換 ( conversion ) についてもう少し詳しく説明する.
品詞転換は「接辞を付加せずに,ある項目を新しい語類に加えること,ないし転じること」と定義づけられる.別の呼び方としては,機能転換 ( functional conversion ),機能交替 ( functional shift ),ゼロ派生 ( zero derivation ) がある.品詞転換は主に近代英語期に大増殖し,以来,英語の語形成と意味拡張に大きな影響を及ぼしてきた.現代英語の主たる特徴の一つといってよい.
現代英語に慣れた母語話者や学習者は,I'm in love with you と I love you がほぼ言い換え可能であることを知っているが,love という同じ形態でありながら場合によって名詞にも動詞にもなるということは,驚くべきことである.日本語では名詞ならば「愛」と,動詞ならば「愛する」と,確かに同一の語幹を用いてはいるが,動詞には動詞語尾「する」が付加されており,すぐに品詞を判別できる.多くの言語では,このように動詞であれば特定の語尾がつくなど,何らかの機能標示があるものだが,英語にはそれがない.言語としては非常に希有の現象といってよい.
英語もかつては機能標示があった.love でみると,古英語では名詞は lufu, 動詞は lufian という別々の形態だった.語源はやはり同一で,語幹こそ共通しているが,-u 語尾は典型的な女性強変化名詞の単数主格を標示しているし,-ian 語尾は典型的な弱変化動詞の不定詞を標示している.もちろん,名詞も動詞もそれぞれ複雑な屈折形を取り得て,偶然に形態が一致することはあり得るが,原則として形態を見れば名詞が動詞かはたちどころに判別できた.(例えば,lufa は名詞としては複数主格形などとなりうるし,動詞としては二人称単数命令形ともなり得た.)
ところが,後期古英語から初期中英語にかけて起こった語尾の水平化とそれに続く消失により,名詞も動詞も love という形態に落ち着いてしまったのである.これにより,中英語以降,必然的に品詞転換が活性化した.この手段をとりわけ意図的に活用したのは,近代英語期の劇作家たちだった.以下に Shakespeare からの例を挙げてみる.イタリック体の語に注目.
・Season your admiration for a while. . .
・It out-herods Herod . . .
・Grace me no grace, nor uncle me no uncle. . .
・Julius Caesar, / Who at Phillipi the good Brutus ghosted. . .
・Destruction straight shall dog them at the heels. . .
・I am proverbed with a grandsire phrase. . .
英語のもつこの自由さには圧倒される.
・松浪 有,池上 嘉彦,今井 邦彦 編 『大修館英語学辞典』 大修館,1983年.
昨日の記事[2009-08-11-1]で,「エロ」は「エロチック」からの逆成 ( back-formation ) の例かもしれないと述べた.逆成とは,ある語の語尾を接尾辞や屈折語尾と混同し,それを除去することで語を形成する作用である.多くの場合,異分析 ( metanalysis ) と類推 ( analogy ) も同時に起こっており,過程を説明しようとすると複雑なのだが,例を見ればすぐに理解できるし,実際に頻繁に起こっている語形成 ( word formation ) である.
[2009-08-11-1]では editor > edit の例をみたが,今日は説明に burglar > burgle を取りあげてみる.burglar 「強盗」は,ラテン語に語源をもつが,直接的にはアングロ・フレンチ ( Anglo-French ) から burgler という形で16世紀に英語に借用された.その後19世紀に,語尾の -ar は行為者を示す語尾であると異分析され,それを差し引けば動詞ができるはずだとの発想から burgle 「強盗する」という動詞が逆成された.もっとも,-ar が行為者の接尾辞であるとした部分は,語源的には必ずしも誤解ではないかもしれない.直前の l も含め,語源的にはよく分からない語尾なのである.だが,それを全体から差し引くという発想が革新的だった.この発想の背後には,動詞 + -ar として行為者名詞が派生される例が英語に存在するという事実に基づく類推 ( analogy ) の作用があったと考えてよい.ex. beggar, liar, pedlar.
比例式で表現すると次のようになる.
lie : liar = X : burglar ゆえに
X = burgle
lie > liar というごく自然な順序の派生は接辞変形 ( affixation ) と呼ぶが,back-formation はその反転の作用といっていいだろう.
ちなみに,back-formation という用語自体は OED の編集主幹 J. A. H. Murray の造語で,上記の burgle の語源説明に用いたのが最初である(1889年).ただし,back-formation から逆成されてしかるべき back-form という動詞は,いまだ OED にも登録されていない・・・.
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