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metanalysis - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-04-20 10:27

2012-01-12 Thu

#990. 副詞としての very の起源と発達 (1) [etymology][semantic_change][conversion][adverb][adjective][flat_adverb][intensifier][metanalysis]

 [2012-01-04-1]の記事「#982. アメリカ英語の口語に頻出する flat adverb」で,本来,形容詞である goodreal が,主として米口語で副詞として用いられるようになってきていることに触れた.形容詞から副詞へ品詞転換 (conversion) した最も有名な例としては,強意語 very を挙げないわけにいかない.
 very は,現代英語で最頻の強意語といってよいだろう.Frequency Sorter によれば,BNC における very の総合頻度は86位である.しかし,この語が強意の副詞として本格的に用いられ出したのは15世紀以降であり,中英語へ遡れば主たる用法は「真の,まことの,本当の」を意味する形容詞だった.それもそのはずで,この語は古フランス語の同義の形容詞 ve(r)rai を借用したものだからである(現代フランス語では vrai).英語での初例は,c1275.この語義は,in very truth, Very God of very God などの慣用句中に残っている.14世紀末には,定冠詞や所有格代名詞を伴って「まさにその,全くの」を意味する強意語としても用いられ始め,この用法は現代英語の the very hat she wanted to get, at the very bottom of the lake, do one's very best などにみられる.
 一方,早くも14世紀前半には,上記の形容詞に対応する副詞として「真に,本当に」の語義で very の使用が確認されている.なぜ形容詞から副詞への転換が生じたかという問題を解く鍵は,that is a verrai gentil man (Gower CA iv 2275), he was a verray parfit gentil knyght (Ch. CT A Prol. 72), this benigne verray feithful mayde (Ch. CT E Cl. 343) などの例に見いだすことができる.ここでの very の用法は,続く形容詞と同格の形容詞である.しかし,意味的にも統語的にも,第2の形容詞を強調する副詞と解釈できないこともない.つまり,異分析 (metanalysis) が生じたと疑われる.このような句が慣習的に行なわれるようになると,修飾されるべき名詞がない統語環境ですら very が形容詞に先行し,完全な副詞として機能するに至ったのではないか.また,verray penitentverray repentaunt などのように,very が,名詞的に機能しているとも解釈しうる形容詞を修飾するような例も,この品詞転換の流れを後押ししたと考えられる.そして,15世紀には強意の副詞として普通になり,16世紀後半までにはそれまで典型的な強意の副詞であった full, right, much を追い落とすかのように頻度が高まった.
 以上,Mustanoja, pp. 326--27 を参考に記述した.1つの説得力のある議論といえるだろう.中英語で用いられた他の多くの強意副詞も,その前後のページで細かく記述されているので参考までに.
 考えてみれば,[2012-01-04-1]でみた現代米口語の副詞的 real もかつての ve(r)rai と同様,フランス借用語であり,かつ「真の,まことの,本当の」を意味する形容詞である.a real good soundtrack などの表現をみるとき,上述の Mustanoja の very に関する議論がそのまま当てはまるようにも思える.歴史が繰り返されているかのようだ.

 ・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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2011-04-04 Mon

#707. dragoman [plural][etymology][metanalysis][analogy][kyng_alisaunder]

 標題の語は「(アラビア語,トルコ語,ペルシア語国の)通訳者」を意味する.OED の語義は,"An interpreter; strictly applied to a man who acts as guide and interpreter in countries where Arabic, Turkish, or Persian is spoken." である.語源はアラビア語の tarjumān 「通訳者」で,様々な言語を経由し,フランス語から中英語に drugeman として14世紀に借用された( MED を参照).初例は,たまたま最近読んでいる Kyng Alisaunder からだというので,以下に引用する.Alexander の進軍に対して,Darius のいとこ Salome がただちに軍を整えるように促す場面.(Smithers 版より.赤字は引用者.)

For Alisaunder is ypassed Achaye,
And is ycome to Arabye,
And is on þis half þe flum Jordan,
And so me seide a drugeman.
Haue we þe feld ar he,
We scullen hym wynne, hym maugre.' (B 3395--400)


 この語がおもしろいのは,語源的には本来語の man とは無関係にもかかわらず,man を含む複合語と誤って分析され,dragomen なる複数形が早くから現われていることだ.現代の辞書でも,複数形として dragomans に加えて dragomen が記載されている.Quirk et al. (306) でも,". . . the irregular plural can be found also in nouns that are not 'true' compounds with -man; eg: dragomandragomans or dragomen." として言及されている.いわば German を *Germen, human を *humen と複数化してしまうタイプの異分析 ( metanalysis ) に基づく誤用といえるが,使用の歴史が長く,辞書に記載されるほどに一般化したということだろう.BNC の検索では,dragomans が3例,dragomen が1例あった.
 通常,名詞の複数形の形成に働く類推 ( analogy ) は,大多数の -s 複数への引きつけという方向に働く.しかし,高度に不規則な i-mutation による複数形であっても,とりわけ頻度の高い men の吸引力は相当に強いと考えられる ([2011-03-22-1]) .現代英語語彙においてタイプの数として圧倒的な吸引力を誇る -s の磁場のなかで,単体の頻度として相当に高い吸引力を有する men が劣勢ながらも反抗している---そんな構図が描けるかもしれない.(ちなみに,初期中英語の名詞複数形を集めた私の研究では,全複数形20496トークンのうち2431トークンが man の複数形だった.あの収集作業のエネルギーの 11.86% が主に men に注がれていたと思うと徒労感が・・・.)

 ・ Smithers, G. V. ed. Kyng Alisaunder. 2 vols. EETS os 227 and 237. 1952--57.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2010-10-17 Sun

#538. monokinitrikini [etymology][folk_etymology][metanalysis][analogy][suffix]

 昨日の記事[2010-10-16-1]bikini の語源について調べたが,語形成上おもしろい関連語がある.monokinitrikini だ.
 詳しい解説は野暮だが,一応,簡単に説明を.まず,bikinibi をラテン語で「2」を意味する接頭辞と分析し「2ピースの水着」と解釈する.これに引っかけて「1ピースの水着」を表現するのにギリシア語の「1」を意味する接頭辞 mono- を用いたということである.同様に「3ピースの水着」にはラテン語・ギリシア語の「3」を意味する接頭辞 tri- を当てた.
 それぞれの水着のサンプル画像(モデル付き)をぜひ見たいという方は以下を参照.

 ・ monokini
 ・ bikini
 ・ trikini

 昨日の記事でみたように,bikini は本来はマーシャル諸島の現地語の固有名詞に由来するので,語源的にラテン語やギリシア語接頭辞とは関係ない.したがって,monokinitrikini も一種の遊びによる造語である.おもしろいのは,この語形成に対する各辞書の説明・解釈の相違だ.例えば monokini について,研究社『新英和辞典第6版』は「戯言的造語」と説明しているが,老舗の OALD8 は "the first syllable misinterpreted as bi- 'two'" としている.後者のお堅さが伝わってくる.これはお遊びでしょう,と言いたい.
 詳しい解説は野暮とはいったものの,OALD8 の路線でお堅く語形成を解説するとどうなるだろうか.改めて順を追って解説する.

 (1) bikinibi + kini異分析 ( metanalysis ) する
 (2) bi- を「2」を意味するラテン語接頭辞として,kini を "piece(s)" くらいの意味に解釈し,ここに民間語源 ( folk etymology ) が誕生する
 (3) bi-, mono-, tri- という古典語に基づく数接頭辞の体系を類推 ( analogy ) 的に応用し,新派生語 monokinitrikini が生まれる

 この語形成がお遊びであれ勘違いであれ,結果として3語に含まれることになった kini は英語において一人前の形態素として独立したといってもいいかもしれない.

Referrer (Inside): [2018-11-14-1] [2010-11-02-1]

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2010-08-15 Sun

#475. That's a whole nother story. [metanalysis][corpus][ame]

 現代英語の口語で,標題のような表現がある.「そりゃまったく別の話だよ」という意味で,LDOCE5 によると nother, 'nother の見出しのもとに次のような記述がある.

a whole nother ... used humorously when emphasizing that something is completely different from what you have been talking about. It is a changed form of 'another whole':
- Texas is a whole nother country.
- That’s a whole 'nother ball game.


 another ( a(n) + other ) を分解して強調の whole を挟み込む際に,a whole other ではなく a whole nother異分析 ( metanalysis ) して挟み込んだために生じた表現である(異分析の類例は[2009-05-03-1]を参照).Corpus of Contemporary American English (COCA) では結構な数の例が挙がったが,British National Corpus (BNC) では例がなかった.Merriam-Webster's Advanced Learner's English Dictionary では "US informal" のレーベルが付されていたし,アメリカ英語に多い表現といってよさそうだ.
 さて,古い英語をみてみると,a whole nother のように間に形容詞が挟まっているタイプの nother の例こそいまだ見つけていないが,a + nother と異分析している例は早くも1300年頃から現れている.ane nothir sentencean nother maner などの例を見ると,nother がすでに独立した語として認識されていたことが分かる.ただ,現代英語(米語?)の a whole nother という句が歴史的な異分析の例とどのような関係にあるのか,現段階の調査では不明である.

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2010-07-25 Sun

#454. GVS で二段階を経たように見える brier, choir, friar, umpire [gvs][metanalysis][phonetics]

 大母音推移 ( The Great Vowel Shift ; see [2009-11-18-1] ) では,通常 /ɛ:/ は /i:/ へと二段階上昇したが,一段階しか上昇しなかった例外として break, great, steak などの語があったことを [2009-11-19-1], [2009-11-20-1] で見た.GVS 前の入力と後の出力を見比べると,二段階を経たように見える語群が他にもある.
 標題に掲げた語は,中英語ではそれぞれ brer, quer, frere, noumper(e) として現れていた.これらの語で後ろに r を伴った長母音はいずれも /e:/ だったので,GVS によれば出力は /i:/ となるはずだが,実際にはさらに一段階進んで二重母音化した /aɪ/ として現代に至っている.通常の発展は beer, career, cheer, deer, here, mere, peer, severe, sincere, steer など多くの語に反映されており,上記の少数の語群が /e:/ > /i:/ > /aɪ/ と二段階を経たのは説明を要する例外と考えたくなる.
 だが,frer などの語群について調べてみると,すでに中英語期から「上げ」を経た異形 frir が行われた形跡があり,そのような異形が後の GVS の入力になったのではないかと考えられる.なぜこの語群でのみ「上げ」られた異形が一般化したのかは不明だが,結果として二段階を経たように見える例として,同様の break, great, steak の問題にも示唆を与えてくれるかもしれない.
 現代英語の friar は,ラテン語 frāter からフランス語 frère を経て中英語に frer として入ってきたものが上記のように二段階を経た語形であり,/a:/ から遠く /aɪ/ まで口腔内を広く旅した語といえる.同様に,*non-pār > *no(u)mper > noumpere > umpire も長旅だ.ちなみに,この語の「審判員」の意味は,語源が non-peer 「同等でない者」であることを考えれば納得できるだろう.語頭の n の消失は16世紀に異分析 ( metanalysis ) により消えたものとされている ( a noumpere > an oumpere ) .

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.185頁.
 ・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.107頁.

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2010-04-06 Tue

#344. cherry の異分析 [metanalysis][back_formation][plural][french][etymology][doublet]

 東京は桜が満開である.散り始めているものもあり,花見の興は増すばかりである.言うまでもなく桜は散るからよいわけだが,スコットランド留学中,フラットのそばにあった桜は,あの寒々しい冬のうちから季節感もなく咲き,風の吹きすさぶなか,散らずに屹立していた.はかなさも何もなく,かわいげがないなと思ったものである.桜の種類が異なるのだろう.
 「さくら」はイギリスでも古くから知られている.合成語の一部としては cirisbēam 「桜の木」として古英語から存在していたし,現在の cherry につながる形態も早く1300年くらいにはフランス語から借用されていた.われわれも何かと親しみ深いこの単語,実は英語史では数の異分析 ( numerical metanalysis ) の例として話題にのぼることが多い.借用元の Old Norman French の形態は cherise であり,<s> はもともと語幹の中に含まれている.ところが,借り入れた英語の側がこの <s> を複数語尾の <s> と誤って分析してしまい,<s> を取り除いた形を基底形として定着させてしまった.これが,cherry のメイキングである.ちなみに,フランス語 cerise が「さくらんぼ色(の)」の意味で19世紀に英語に入ったので,cherrycerise二重語 ( doublet ) の関係にあることになる.
 語幹末尾の <s> を複数形の <s> と取り違えて新しい単数形を作り出す例は他にもある.pea 「エンドウマメ」の歴史的な単数形は本来 pease ( < OE pise < LL pīsa ) だが,<s> が複数語尾と間違えられた結果,pea が新しい単数形として生み出された.同様に,sherry 「シェリー酒」はスペイン語の Xeres に由来し,英語へは16世紀に sherris として入ったが,17世紀には異分析されて生じた sherry が使われ出した.(シェリー酒はお酒を覚えたての頃に大飲みしてひどい目にあったので,いまだにあの匂いにはトラウマ的抵抗がある.)
 上の述べた類の numerical metanalysis は,元の語幹の一部を切り取る語形成であるから,逆成 ( back-formation ) の一種ともいえる.逆成については back_formation の各記事を参照.

 ・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.111--12頁.

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2009-12-01 Tue

#218. 二重複数 [oe][double_plural][metanalysis]

 [2009-09-20-1]で,children を引き合いにして 二重複数 ( double plural ) に言及した.古英語では,この語の複数形(より正確には主格・対格の複数形)は cildru だったが,やがて r を含んだ形態が単数形の基体 ( base ) であると異分析 ( metanalysis ) され,そこから -en という複数語尾により新しく複数形が作られたというのが,複数形 children の生成された過程である.
 children のような二重複数の例は,歴史的には結構ある.非標準語法も含めて現代英語に残っているものとしては,bodices, breeches, datas, invoices, truces; brethren, kine などがある.いずれも /s/ や /n/ が複数語尾として付加されているが,歴史的にはそれらの語尾がない形ですでに複数形として機能していた.
 brethren については,brother が宗教的な「同胞」という意味で用いられる場合の複数形であり,通常の brothers と自由変異をなすわけではない.また,brethren との類推 ( analogy ) と思われるが,アメリカ英語では宗教的文脈で sister(e)n も使われるという.
 datas は,いわゆる外国語複数 ( foreign plural ) の例である.ラテン語やギリシャ語などに由来する借用語には,借用元言語での屈折を保ったまま英語に入ってくるものも少なくない.ラテン語から来た data はそれ自体が datum という単数形態に対する複数形態だが,もとのラテン語の屈折を知らない英語話者にとっては不透明な形態規則である.そこで,昨今では data 自体が単数形であると解釈されるようになってきており,新しい規則的な複数形 datas が生まれてきている.
 二重複数をはじめ「二重○○」というのは,英語史ではよく取りあげられる話題である.二重過去形の might ([2009-07-03-1][2009-06-25-1]),二重比較級の lesser ([2009-11-08-1], [2009-11-22-1]) などである.ここで注意すべきは,いずれの場合も,通時的には「二重」であるとみなせるが,共時的な感覚としては「一重」としてとらえられていることである.通時と共時を結ぶ接点に異分析という作用があるとすると,言語変化の力学において異分析の果たす役割は大きいといえる.

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2009-08-12 Wed

#107. 逆成接辞変形 [back_formation][affixation][metanalysis][word_formation]

 昨日の記事[2009-08-11-1]で,「エロ」は「エロチック」からの逆成 ( back-formation ) の例かもしれないと述べた.逆成とは,ある語の語尾を接尾辞や屈折語尾と混同し,それを除去することで語を形成する作用である.多くの場合,異分析 ( metanalysis ) と類推 ( analogy ) も同時に起こっており,過程を説明しようとすると複雑なのだが,例を見ればすぐに理解できるし,実際に頻繁に起こっている語形成 ( word formation ) である.
 [2009-08-11-1]では editor > edit の例をみたが,今日は説明に burglar > burgle を取りあげてみる.burglar 「強盗」は,ラテン語に語源をもつが,直接的にはアングロ・フレンチ ( Anglo-French ) から burgler という形で16世紀に英語に借用された.その後19世紀に,語尾の -ar は行為者を示す語尾であると異分析され,それを差し引けば動詞ができるはずだとの発想から burgle 「強盗する」という動詞が逆成された.もっとも,-ar が行為者の接尾辞であるとした部分は,語源的には必ずしも誤解ではないかもしれない.直前の l も含め,語源的にはよく分からない語尾なのである.だが,それを全体から差し引くという発想が革新的だった.この発想の背後には,動詞 + -ar として行為者名詞が派生される例が英語に存在するという事実に基づく類推 ( analogy ) の作用があったと考えてよい.ex. beggar, liar, pedlar.
 比例式で表現すると次のようになる.

 lie : liar = X : burglar  ゆえに
 X = burgle


 lie > liar というごく自然な順序の派生は接辞変形 ( affixation ) と呼ぶが,back-formation はその反転の作用といっていいだろう.
 ちなみに,back-formation という用語自体は OED の編集主幹 J. A. H. Murray の造語で,上記の burgle の語源説明に用いたのが最初である(1889年).ただし,back-formation から逆成されてしかるべき back-form という動詞は,いまだ OED にも登録されていない・・・.

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2009-08-11 Tue

#106. 「エロ」と「エステ」は逆成か切り株か [japanese_english][back_formation][metanalysis][clipping][waseieigo]

 昨日の記事[2009-08-10-1]で,日本語に入った「チック」語を『広辞苑』から列挙してみたが,そのなかで,語形成 ( word formation ) について気になる語が二つあった.「エロチック」 erotic と「エステティック」 Ästhetik (German) である.後者はもちろん英語にも aesthetic という対応語がある.
 erotic はギリシャ神話の恋愛の神 Eros 「エロス」に接尾辞 -ic を付加して派生させた形容詞である.ところが,日本語では -ic ではなく「チック」「ティック」を接尾辞として異分析して切り出した([2009-08-02-1], [2009-08-03-1], [2009-08-10-1]).この異分析を「エロティック」「エステティック」に当てはめると,基体はそれぞれ「エロ」と「エステ」となる.そして,この基体はいずれも英語には存在しないため,結果として和製英語となっている.数式風に表現すると次のようになる.

 ・「エロティック」 - 「ティック」 = 「エロ」
 ・「エステティック」 - 「ティック」 = 「エステ」


 この引き算の部分は,語形成の立場からは二通りの考え方があるように思われる.一つは,逆成 ( back-formation ) である.普通は,基体が先にあって,その基体に -ic などの派生接辞を付加して新しく語を形成するという順序になるが,こうした派生パターンがいったん確立すると,先に派生語とおぼしき語が現れ,そこから逆の順序で基体が復元的に形成されるという事態が生じる.英語の有名な逆成の例に editor > edit がある.この名詞と動詞のペアについては,行為者を表す接尾辞 -or が付加された editor が先に生じ,そこから -or を差し引いて動詞 edit が作られた.普通からすると順序が逆の語形成なので,逆成というわけである.この考え方でいけば,「エロ」「エステ」は日本語において異分析と逆成の両過程を経た結果の語ということになる.
 もう一つの考え方は,切り株 ( clipping ) と呼ばれる省略が起こっているとするものである.切り株とは,語の一部を切り取るタイプの省略のことである.「エロティック」「エステティック」では長いので,後半部分は省略してしまおうということで,「エロ」「エステ」という省略語ができたとする考え方である.日本語は切り株が得意なので,十分にこの解釈もとりうる.
 上記の二つの考え方のいずれか,あるいは両方が掛け合わされたという説明もありうるが,いずれにせよ,借用語の「エロティック」「エステティック」から日本語の語形成過程を経て「エロ」「エステ」が生まれた.だが,話しはそこで止まらない.「エロ」「エステ」は一人前の語として一人歩きをはじめ,各種の複合語を生み出し続けている.「エロ小説」「エロ本」「エロ漫画」「エログロ」「韓国エステ」「花嫁エステ」「耳かきエステ」等々.
 そして,「エロ」に至っては,なんと日本語では珍しい外来語を基体にもつ形容詞「エロい」が生まれた!快挙である.(ちなみに「グロい」も.)
 日本語話者の性と美 (←エロスの世界)を追及する心のなせるわざか,日本語の語形成力のなせるわざか,こうして日本語の語彙は豊かになってゆく・・・.

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2009-08-10 Mon

#105. 日本語に入った「チック」語 [japanese_english][hybrid][suffix][metanalysis]

 [2009-08-01-1], [2009-08-02-1]の記事で,日本語化した接尾辞「チック」について書いた.ギリシャ語から英語に借用された接尾辞はあくまで -ic であり,それを日本語で「チック」と切り出したのは異分析 ( metanalysis ) が働いたためだと述べた.また,なぜ分析を誤ったのかについては,drama 「ドラマ」: dramatic 「ドラマチック」などの,日本語としても英語としてもよく知られた語のペアがモデルになった可能性があると指摘した.
 今回は,あらためて「チック」を含む日本語の単語がどれくらいあるか調べてみた.以下は,CD-ROM版『広辞苑』第六版で後方検索をかけ,得られたリストを整理したものである.「チック」「ティック」の他,英語で -s を付加して名詞化した「チックス」「ティックス」でも例を拾ってみた.大方は借用語なので,その場合には借用元言語(ほとんどが英語)での綴りも付しておいた.ギリシャ語の接尾辞に由来しない「チック(ティック)」語は省いてある ( ex. 「メモリースティック」「ブティック」 ).

「アクロバチック」 acrobatic, 「アスレチックス」 athletics, 「アタクチック」 atactic, 「アリストクラティック」 aristocratic, 「イソタクチック」 isotactic, 「エキゾチック」 exotic, 「エゴイスティック」 egoistic, 「エステティック」 Ästhetik (German), 「エラスティック」 elastic, 「エロチック」 erotic, 「オートマチック」 automatic, 「カイロプラクティック」 chiropractic, 「コスメチック」 cosmetic, 「ゴチック」 gothique (French), 「サイバネティックス」 cybernetics, 「システマチック」 systematic, 「シンジオタクチック」 syndiotactic, 「ジャーナリスティック」 journalistic, 「スケプチック」 sceptic, 「スタティック」 static, 「セマンティックス」 semantics, 「タクティックス」 tactics, 「デモクラティック」 democratic, 「ドグマチック」 dogmatic, 「ドメスティック」 domestic, 「ドラスティック」 drastic, 「ドラマチック」 dramatic, 「ニヒリスティック」 nihilistic, 「バイオミメチック」 biomimetic, 「パセティック」 pathetic, 「パワーポリティックス」 power politics, 「ヒューマニスティック」 humanistic, 「ヒューリスティックス」 heuristics, 「ファナティック」 fanatic, 「ファンタスティック」 fantastic, 「フィールドアスレチック」 field athletics, 「フォネティックス」 phonetics, 「プラスチック」 plastic, 「ペシミスティック」 pessimistic, 「ペダンチック」 pedantic, 「ホリスティック」 holistic, 「ポリティックス」 politics, 「マグネチック」 magnetic, 「漫画チック」, 「ミスティック」 mystic, 「メルヘンチック」, 「リアリスティック」 realistic, 「ロジスティックス」 logistics, 「ロマンチック」 romantic


『広辞苑』に掲載されているものだけでも49語ある.日本語の「チック」切り出しのモデルとなった可能性のある drama -- dramatic と同じタイプとしては,dogma -- dogmaticmime -- mimetic がある.メルヘンチックについてはドイツ語と英語の混種語 ( hybrid ) であることは[2009-08-02-1]で触れた.日本語との hybrid としては,「乙女チック」をさしおいて,「漫画チック」が『広辞苑』に掲載されている唯一の例である.
 和製の hybrid である「メルヘンチック」や「漫画チック」を除いて「チック」語が20個,「ティック」語が27個である.近年は日本語でも「ティック」の発音が自然になってきているので,今後,接尾辞「チック」あらため接尾辞「ティック」が日本語に定着する日も遠くないのかもしれない.

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2009-08-03 Mon

#98. 「リック」や「ニック」ではなく「チック」で切り出した理由 [japanese_english][suffix][metanalysis][soed][waseieigo]

 昨日の記事[2009-08-02-1]で,和製英語化した借用接尾辞「チック」が異分析であることを示した.日本語の音節構造からすれば,dramatic から語源的に正しい接尾辞 -ic をそのまま「イック」として切り出すことは確かに難しいだろう.日本語では,子音と母音の間で音を分割する発想がないので,「ドラマ+チック」と切り出すのが自然であることは理解できる.あまつさえ,「ドラマ」という語が,英語にも,そこから借りてきた日本語にも存在するわけで,この切り出し方はごく自然ともいえる.
 だが,[2009-08-02-1]でも述べたように,ギリシャ語から英語に入った借用語をみると,-ic の直前に来る音は t に限らず,あらゆる子音や母音が来ることができる: archaic, aerobic, silicic, Indic, onomatopoeic, terrific, nostalgic, Turkic, Gaelic, cosmic, electronic, heroic, geographic, Olympic, generic, basic, Gothic, Slavic, toxic
 これだけ豊富な可能性があるのだから,「チック」ではなく「リック」「ニック」「ミック」「フィック」などで切り出す可能性もあり得たのではないかという疑問が生じる.この疑問に対する一つの答えとしては,drama --- dramatic に見られるように,t が語幹末の子音として隠れたり現れたりすることがあるというギリシャ語特有の形態論がある.
 もう一つの答えは,頻度にあるかもしれない.CD-ROM版の New Shorter Oxford English Dictionary (ver. 1.0.03) で,-ic の直前に様々な子音や母音を入れ,"*tic" のようにワイルドカード検索してみた.円グラフでまとめると下図のようになった.

-ic Words in NSOED

 -tic は全体の36.6%を占めることがわかった.日本語として接尾辞を切り出すとき,この頻度がどれだけ影響したかは確かめようがないが,耳に触れる機会が圧倒的に多い「チック」で終わる英単語が第一に参照された可能性はありそうである.
 円グラフのソースとなるデータファイルを参照したい方はこちら

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2009-08-02 Sun

#97. 借用接尾辞「チック」 [japanese_english][hybrid][suffix][metanalysis]

 昨日の記事[2009-08-01-1]hybrid を取りあげ,最近日本語ではやっている接尾辞「チック」に言及した.「乙女チック」あたりが口語では有名だが,まだ国語辞典には掲載されていない.しかし,語幹部に和語がきているので,歴とした hybrid の例である.
 おもしろい例としては,語幹部にカタカナ語がきており「チック」をつけてできあがった語が英語には存在しない語となる例,つまり和製英語の例がある.「アダルトチック」は対応する *adult(t)ic なる英単語は存在しないし,「メルヘンチック」の「メルヘン」はそもそもドイツ単語 ( Märchen ) である.今後も少なくとも口語においては,「チック」を接尾辞としてもつ混種語や和製英語がどんどん生まれてくるのではないか.
 さて,「チック」は英語から借用した接尾辞と考えられているが,究極の起源はギリシャ語である.だが,そもそもおかしいのは,ギリシャ語にも,そこから借用した英語にも,-tic なる接尾辞は存在しないことである.形容詞を派生させる接尾辞はあくまで -ic であり,厳密に語源を参照すれば t は先行する語の語幹の一部にすぎないことがわかる.例えば,dramatic を形態素に分析すると dramat + ic であり,drama + tic ではない.確かに,drama という単語が存在するので t は語幹の一部でないように見えるが,ギリシャ語の屈折を参照すれば drama(t) が語幹である.この場合,語幹の一部としての t は屈折によって現れたり隠れたりするだけである.
 同様に,aromatic ( cf. aroma ), Asiatic ( cf. Asia ), cinematic ( cf. cinema ) などでも,対応する名詞の語幹に t が含まれていないので aroma + tic などと分析したくなるが,名詞形において t が語幹の末尾に現れていないだけである.それに対して,対応する名詞の語幹に t が最初から現れている次のような例は分析しやすい.acrobatic ( cf. acrobat ), poetic ( cf. poet ) , romantic ( cf. romaunt ) 等々.
 -tic ではなく -ic が正しい接尾辞であることは,t 以外の音が -ic に先行する無数のギリシャ語起源の借用語で確認できる.eccentric, economic, encyclopedic, ethnic, music, pelvic, photographic, tragic 等々.
 日本語の「チック」は,dramatic などの(ギリシャ語起源の)英単語を参照して異分析 ( metanalysis ) を施した結果として切り出された和製英語接尾辞だが,なぜ「ニック」や「リック」などではなく「チック」と切り出したのだろうか.やはり t が語幹の裏に隠れてしまっている dramaaroma などの例で惑わされたのかもしれない.
 いずれにせよ,異分析の結果,新しい和製英語の道具が生じ,静かに普及してきた.今後,どんな新語・珍語が飛び出してくるか楽しみである.

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2009-05-25 Mon

#27. 異分析の例を集めるにはどうすればよいか? [metanalysis][methodology]

 研究や調査を行うとき,どうしたら効率よく例を集めることができるかを徹底的に考えることは重要である.以前 異分析 ( metanalysis ) について書いた記事[2009-05-03-1]で,いろいろな異分析の例を収集したいと書いたが,具体的にはどのような調べ方をすればいいだろうか.
 例えば,思いついた限りでは,次のような方法がありそうだ.

 (1) 複数の英語史概説書や英語学辞典などから異分析についての解説箇所を探しだし,挙げられている例を丹念に拾い出す
 (2) 電子検索が可能な大型辞書で,語源欄を対象に "metanalysis" のキーワード検索をかける.異分析によって生じた単語の語源欄には,"metanalysis" というキーワードが含まれているという前提である.気合いさえあれば,紙の辞書でひたすら人力スキャンという手もあるが,あまりやりたくない.
 (3) ずばり異分析について書かれた学術論文を探す.いい論文が見つかれば,準網羅的に,かなり多数の例がリスト化されているだろう.効率が良すぎて,他にやることはないかも(ということはないと思うが).
 (4) hellog の読者に個々に知っている例を挙げてもらい,集約する."wisdom of crowds" 的な発想.

 さて,これらの手段で例が集まったと仮定しよう.次は何をすべきだろうか.集めるだけでは研究にならないので,次の一歩が必要である.多数の例を分析して,どんな種類の異分析が多いのか,どの時代に多いのか,日本語や他言語からの例も集めて比較できないかなど,問題は広がるはずである.興味を持った人は是非トライしてみて,hellogにフィードバックを!

Referrer (Inside): [2014-11-11-1]

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2009-05-03 Sun

#4. 最近は日本でも英語風の単語や発音が普及している? [japanese_english][metanalysis][article]

 先日,ドラッグストアの店頭の売り出しで「トイレットティシュー」や「エイプロン」という表記があった.私の日本語では「トイレットペーパー」と「エプロン」が通常である.前者は英語では確かに toilet tissue が普通であるし,後者の英語発音は確かに/ˈeɪprən/だ.

toilet tissue and apron

 これは,この店の担当者が英語を意識してカタカナ書きしたという個人的なことなのか,あるいは日本語に一般的に普及しつつあることなのか.読者の方,この表現をカタカナ語として普通に見かけたことはありますか?(まあ,写真の商品には確かに toilet tissue とある.)
 さて, apron といえば,英語史入門ではおなじみの単語である. 異分析 ( metanalysis )の代表例として必ず出される例である.異分析とは,語と語の区切りなどを誤って分析してしまい,結果として間違いに基づいた新単語が生み出されるような現象である.
  apron は語源的には本来 napron だが,不定冠詞をつけた a napron が誤って an apron と異分析されてしまった結果, apron が正しい語形として定着してしまったというのである.
 他の代表例としては, nickname (本来は ickname で"ick"「またの」+"name"「名」)や orange (cf. スペイン語の naranja )がある.他に, pea は本来 peas(e) だったが,s(e)が語幹の一部ではなく複数形のsと誤って解釈された結果,sのない形が正規形として定着したものである.
 ほとんどの英語史入門書で異分析には同じ例しか挙げられていないことを不満に思っている.これでは新しさがないので,いずれマイナーな例を含め,収集してみたいと思っている.
 読者の方も一緒に例を集めてみてください.そして,是非,hellog に貢献してください.

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