3日間にわたり標題の話題を発展させてきた ([2018-05-08-1], [2018-05-09-1], [2018-05-10-1]) .今回は第4弾(最終回)として,この問題にもう一ひねりを加えたい.
wolves (および間接的に wives)の背景には,古英語の男性強変化名詞の屈折パターンにおいて,複数主格(・対格)形として -as が付加されるという事情があった.これにより古英語 wulf が wulfas となり,f は有声音に挟まれるために有声化するのだと説明してきた.wīf についても,本来は中性強変化という別のグループに属しており,自然には wives へと発達しえないが,後に wulf/wulfas タイプに影響され,類推作用 (analogy) により wives へと帰着したと説明すれば,それなりに納得がいく.
このように,-ves の複数形については説得力のある歴史的な説明が可能だが,今回は視点を変えて単数属格形に注目してみたい.機能的には現代英語の所有格の -'s に連なる屈折である.以下,単数属格形を強調しながら,古英語 wulf と wīf の屈折表をあらためて掲げよう.
(男性強変化名詞) | 単数 | 複数 |
主格 | wulf | wulfas |
対格 | wulf | wulfas |
属格 | wulfes | wulfa |
与格 | wulfe | wulfum |
|
(中性強変化名詞) | 単数 | 複数 |
主格 | wīf | wīf |
対格 | wīf | wīf |
属格 | wīfes | wīfa |
与格 | wīfe | wīfum |
|
両屈折パターンは,複数主格・対格でこそ異なる語尾をとっていたが,単数属格では共通して -
es 語尾をとっている.そして,この単数属格 -
es を付加すると,語幹末の
f は両サイドを有声音に挟まれるため,発音上は /v/ となったはずだ.そうだとするならば,現代英語でも単数所有格は,それぞれ *
wolve's, *
wive's となっていてもよかったはずではないか.ところが,実際には
wolf's,
wife's なのである.複数形と単数属格形は,古英語以来,ほぼ同じ音韻形態的条件のもとで発展してきたはずと考えられるにもかかわらず,なぜ結果として
wolves に対して
wolf's,
wives に対して
wife's という区別が生じてしまったのだろうか.(なお,現代英語では所有格形に
' (apostrophe) を付すが,これは近代になってからの慣習であり,見た目上の改変にすぎないので,今回の議論にはまったく関与しないと考えてよい(「#582. apostrophe」 (
[2010-11-30-1]) を参照).)
1つには,属格標識は複数標識と比べて基体との関係が疎となっていったことがある.中英語から近代英語にかけて,属格標識の -
es は屈折語尾というよりは接語 (
clitic) として解釈されるようになってきた(cf. 「#1417.
群属格の発達」 (
[2013-03-14-1])).換言すれば,-
es は形態的な単位というよりは統語的な単位となり,基体と切り離してとらえられるようになってきたのである.それにより,基体末尾子音の有声・無声を交替させる動機づけが弱くなっていったのだろう.こうして属格表現において基体末尾子音は固定されることとなった.
それでも中英語から近代英語にかけて,いまだ -
ves の形態も完全に失われてはおらず,しばしば類推による無声の変異形とともに並存していた.Jespersen (§16.51, pp. 264--65) によれば,Chaucer はもちろん Shakespeare に至っても
wiues などが規則的だったし,それは18世紀終わりまで存続したのだ.
calues も Shakespeare で普通にみられた.特に複合語の第1要素に属格が用いられている場合には -
ves が比較的残りやすく,
wive's-jointure,
staves-end,
knives-point,
calves-head などは近代でも用いられた.
しかし,これらとて現代英語までは残らなかった.属格の -
ves は,標準語ではついえてしまったのである.いまや複数形の
wolves など少数の語形のみが,古英語の音韻規則の伝統を引く最後の生き残りとして持ちこたえている.
・ Jespersen, Otto.
A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
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