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evolution - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-12-02 14:05

2015-11-03 Tue

#2381. Gould and Vrba の外適用 (2) [exaptation][terminology][evolution][causation][language_change]

 昨日に続いて,Gould and Vrba の外適用 (exaptation) の話題.Gould and Vrba (11--13) は,進化論における外適用という用語と概念の重要性を4点ほど指摘している.

 (1) 外適用は,従来の "preadaptation" に付随する目的論 (teleology) 的な含意を払拭してくれる.従来の "preadaptation" は,新しい用語体系においては "preaptation" と呼ぶべきものであり,その事実の前において考えられた "exaptation" の一種,すなわち "potential, but unrealized, exaptations" (11) とみなすことができる.
 (2) 第1に外適用,第2に適用という順序."Feathers, in their basic design, are exaptations for flight, but once this new effect was added to the function of thermoregulation as an important source of fitness, feathers underwent a suite of secondary adaptations (sometimes called post-adaptations) to enhance their utility in flight" (11). 外適用によって生まれた性質が,その後,適用の過程を経てさらに機能的になってゆくということは,ごく普通のことである.
 (3) 外適用の資源は無限であり,柔軟性に富む."[T]he enormous pool of nonaptations must be the wellspring and reservoir of most evolutionary flexibility. We need to recognize the central role of 'cooptability for fitness' as the primary evolutionary significance of ubiquitous nonaptation in organisms" (12). 関連して,"[A]ll exaptations originate randomly with respect to their effects" (12) である.
 (4) 外適用をもたらした資源は,nonaptation だったかもしれないし adaptation だったかもしれない."Exaptations . . . are not fashioned for their current role and reflect no attendant process beyond cooptation . . .; they were built in the past either as nonaptive by-products or as adaptations for different roles."

 Gould and Vrba (13) は,結論として次のように述べている.

We suspect . . . that the subjects of nonaptation and cooptability are of paramount importance in evolution. . . . The flexibility of evolution lies in the range of raw material presented to processes of selection.


 これは,「#2155. 言語変化と「無為の喜び」」 ([2015-03-22-1]) で引用した Lass の言語変化における "The joys of idleness" に直接通じる考え方である.

 ・ Gould, Stephen Jay and Elizabeth S. Vrba. "Exaptation --- A Missing Term in the Science of Form." Paleobiology 8.1 (1982): 4--15.

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2015-11-02 Mon

#2380. Gould and Vrba の外適用 (1) [exaptation][terminology][evolution][diachrony][teleology]

 昨日の記事「#2379. 再帰代名詞の外適応」 ([2015-11-01-1]) でも取り上げた外適用 (exaptation) は,本来,生物進化の用語である.「#2152. Lass による外適応」 ([2015-03-19-1]) で触れたように,Gould and Vrba による生物進化論の外適用を,生物学にもよく通じた言語学者 Lass が,言語変化に当てはめたのだった.
 Gould and Vrba の論文は,それほど長い論文ではないが,啓発的である.生物学の門外漢でも読めるほどの一般性を備えており,だからこそ言語学へも適用する余地があったのだろう.進化論における術語の整理を通じて,対応する概念の相互関係を明らかにしようとした論文であり,それらの術語や概念は,確かに工夫すれば言語変化にも当てはめることができるように思われる.論文冒頭の要旨 (4) が,素晴らしく的を射ているので,そのまま引用したい.

Adaptation has been defined and recognized by two different criteria: historical genesis (features built by natural selection for their present role) and current utility (features now enhancing fitness no matter how they arose). Biologists have often failed to recognize the potential confusion between these different definitions because we have tended to view natural selection as so dominant among evolutionary mechanisms that historical process and current product become one. Yet if many features of organisms are non-adapted, but available for useful cooptation in descendants, then an important concept has no name in our lexicon (and unnamed ideas generally remain unconsidered): features that now enhance fitness but were not built by natural selection for their current role. We propose that such features be called exaptations and that adaptation be restricted, as Darwin suggested, to features built by selection for their current role. We present several examples of exaptation, indicating where a failure to conceptualize such an idea limited the range of hypotheses previously available. We explore several consequences of exaptation and propose a terminological solution to the problem of preadaptation.


 通時的な発生と共時的な有用性の混同という問題,そしてそれを是正するための新用語としての exaptation は,言語論においても役立つはずである.コミュニケーションに役に立つべく通時的に発生してきた言語項 (adaptation) と,偶然に発達して結果的に役立つ機能を得た言語項 (exaptation) を区別しておくことは,確かに必要だろう.また,exaptation は,目的論 (teleology) 的な言語変化観に対抗する用語と概念を与えてくれるようにも思える.
 Gould and Vrba (5) は,"A taxonomy of fitness" と題する表で,以下のように関連する術語を整理している.

ProcessCharacterUsage
Natural selection shapes the character for a current use --- adaptationadaptationaptationfunction
A character, previously shaped by natural selection for a particular function (an adaptation), is coopted for a new use --- cooptationexaptationeffect
A character whose origin cannot be ascribed to the direct action of natural selection (a nonaptation), is coopted for a current use --- cooptation


 これらの術語群を言語変化に(部分的にであれ)適用するには試行錯誤が必要なことはいうまでもないが,この方向には多くの可能性が開かれているように直感される.

 ・ Gould, Stephen Jay and Elizabeth S. Vrba. "Exaptation --- A Missing Term in the Science of Form." Paleobiology 8.1 (1982): 4--15.

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2015-07-05 Sun

#2260. 言語進化論の課題 [evolution][language_change][linguistics]

 近年,evolution, mutation, chance, natural selection, variation, exaptation など,進化生物学の用語を借りた言語進化論 (linguistic evolution) が盛んになってきている.言語における「進化」の考え方については様々な議論があり,本ブログでも「#432. 言語変化に対する三つの考え方」 ([2010-07-03-1]),「#519. 言語の起源と進化を探る研究分野」 ([2010-09-28-1]),「#520. 歴史言語学は言語の起源と進化の研究とどのような関係にあるか」 ([2010-09-29-1]) ほか evolution の各記事でも関連する話題を取り上げてきた.言語における「進化」を巡る議論を要領よくまとめたものとしては,McMahon の12章 (314--40) を薦めたい.McMahon (337) は,今後この方向での言語変化の研究が有望とみているが,一方で取り組まなければならない問題は少なくないとも述べている.

. . . many questions remain if we are to make full use of our evolutionary terminology in historical linguistics. We do not know which units selection might operate on in language history; are they words, rules, speakers, or languages themselves? We do not know whether linguistic evolution is governed only by general, universal tendencies, or whether these can be overridden by language-specific factors. And we have yet to formulate the conditions under which variation and selection might conspire to produce regularity.


 選択 (selection) が作用する単位は何かという問題は本質的である.音素,形態素,語,句,節,文,韻律,規則,話者,話者集団,言語そのもの等々,種々の言語理論が設定するありとあらゆる単位が候補となりうる.このことは,ある単位に着目して言語の進化や変化を記述するということが,ある仮説に基づく行為であるということを思い起こさせる.
 ちなみに,上の McMahon の文章は,先日参加してきた SHEL-9/DSNA-20 Conference (The 9th Studies in the History of the English Language Conference) で,独自の言語変化論を展開する Nikolaus Ritt が基調講演にて部分的に引用・参照していたものでもある.

 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2016-03-28-1] [2016-03-14-1]

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2015-03-13 Fri

#2146. 英語史の統語変化は,語彙投射構造の機能投射構造への外適応である [exaptation][grammaticalisation][syntax][generative_grammar][unidirectionality][drift][reanalysis][evolution][systemic_regulation][teleology][language_change][invisible_hand][functionalism]

 「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) でみたように,英語史で生じてきた主要な統語変化はいずれも「機能範疇の創発」として捉えることができるが,これは「機能投射構造の外適応」と換言することもできる.古英語以来,屈折語尾の衰退に伴って語彙投射構造 (Lexical Projection) が機能投射構造 (Functional Projection) へと再分析されるにしたがい,語彙範疇を中心とする構造が機能範疇を中心とする構造へと外適用されていった,というものだ.
 文法化の議論では,生物進化の分野で専門的に用いられる外適応 (exaptation) という概念が応用されるようになってきた.保坂 (151) のわかりやすい説明を引こう.

外適応とは,たとえば,生物進化の側面では,もともと体温保持のために存在していた羽毛が滑空の役に立ち,それが生存の適応価を上げる効果となり,鳥類への進化につながったという考え方です〔中略〕。Lass (1990) はこの概念を言語変化に応用し,助動詞 DO の発達も一種の外適応(もともと使役の動詞だったものが,意味を無くした存在となり,別の用途に活用された)と説明しています。本書では,その考えを一歩進め,構造もまた外適応したと主張したいと思います。〔中略〕機能範疇はもともと一つの FP (Functional Projection) と考えられ,外適応の結果,さまざまな構造として具現化するというわけです。英語はその通時的変化の過程の中で,名詞や動詞の屈折形態の消失と共に,語彙範疇中心の構造から機能範疇中心の構造へと移行してきたと考えられ,その結果,冠詞,助動詞,受動態,完了形,進行形等の多様な分布を獲得したと言えるわけです。


 このような言語変化観は,畢竟,言語の進化という考え方につながる.ヒトに特有の言語の発生と進化を「言語の大進化」と呼ぶとすれば,上記のような言語の変化は「言語の小進化」とみることができ,ともに歩調を合わせながら「進化」の枠組みで研究がなされている.
 保坂 (158) は,言語の自己組織化の作用に触れながら,著書の最後を次のように締めくくっている.

こうした言語自体が生き残る道を探る姿は,いわゆる自己組織化(自発的秩序形成とも言われます)と見なすことが可能です。自己組織化とは雪の結晶やシマウマのゼブラ模様等が有名ですが,物理的および生物的側面ばかりでなく,たとえば,渡り鳥が作り出す飛行形態(一定の間隔で飛ぶ姿),気象現象,経済システムや社会秩序の成立などにも及びます。言語の小進化もまさにこの一例として考えられ,言語を常に動的に適応変化するメカニズムを内在する存在として説明でき,それこそ,ことばの進化を導く「見えざる手」と言えるのではないでしょうか。英語における文法化の現象はまさにその好例であり,言語変化の研究がそうした複雑な体系を科学する一つの手段になり得ることを示してくれているのです。


 言語変化の大きな1つの仮説である.

 ・ 保坂 道雄 『文法化する英語』 開拓社,2014年.

Referrer (Inside): [2015-11-01-1] [2015-03-19-1]

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2015-02-04 Wed

#2109. 鳥の歌とヒトの言語の類似性 [homo_sapiens][anthropology][linguistics][double_articulation][acquisition][origin_of_language][speech_organ][evolution]

 ヒトの言語の特徴について,「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]) や「#1281. 口笛言語」 ([2012-10-29-1]) などの記事で取り上げてきた.そのような議論では,当然ながらヒトの言語が他の動物のもつコミュニケーション手段とは異なる特徴を有することが強調されるのだが,別の観点からみるとむしろ共通する特徴が浮き彫りになることがある.Aitchison (7--9) によれば,ヒトの言語と鳥の歌 (bird-song) には類似点があるという.

 (1) まず,すぐに思い浮かぶのはオウムによる口まねだろう.オウムはヒトと同じような意味で「しゃべっている」あるいは「言語を用いている」わけではないし,調音の方法もまるで異なる.しかし,動物界には希少な分節音を発する能力をもっている点では,オウムはヒトと同類だ.
 (2) 鳥は先天的な呼び声 (call) と後天的な歌 (song) の2種類の鳴き声をもっている.ヒトにも本能的な叫び声などと後に習得される言語の2種類の発声がある.つまり,鳥の歌とヒトの言語には,後天的に習得されるという共通点がある.
 (3) 鳥の歌では,歌を構成する個々の音は単独では意味をなさず,音の連続性が重要である.同様に,ヒトの言語でも,個々の分節音は意味をもたず,通常それが複数組み合わさってできる形態素以上の単位になったときに始めて意味をもつ.この性質は,ヒトの言語の最たる特徴としてしばしば指摘される二重分節 (double_articulation) にほかならないが,鳥の歌にも類似した特徴がみられるということになる.
 (4) さらに,同じ種の鳥でも,関連はするが若干異なる種類の歌をさえずることがある.これは,ヒトの言語でいうところの方言にほかならない.California の「みやましとど」 (white-crowned sparrow) というホオジロ科の鳥は,州内や,場合によっては San Francisco 市内ですら,種々の区別される「方言」を示し,熟練した観察者であれば個体の住処がわかるとまで言われる(関連して,東京と京都の鶯のさえずりが方言のように異なるという話も聞いたことがある).
 (5) 興味深いことに,作用している機構はまるで異なるだろうが,ヒトの言語も鳥の歌も,通常左脳で制御されているという共通点がある.
 (6) 鳥のひなによる歌の習得とヒトの子供の言語習得に似ている点がある.ひなは一人前の鳥としての歌を習得する前に,半人前のさえずりの段階を経る.しかも,早い段階において歌の発達に重要な臨界期があることも知られている.これは,ヒトの言語でいうところの喃語 (babbling) や言語習得の臨界期に対応するようにみえる.

 Aichison (8) は,以上の類似点を次のようにまとめている.

In short, both birds and humans produce fluent complex sounds, they both have a double-barrel led, double-layered system involving tunes and dialects, which is controlled by the left half of the brain. Youngsters have a type of sub-language en route to the full thing, and are especially good at acquiring the system in the early years of their lives.


 だが,もちろん相違点も大きいという点は見逃してはならない.例えば,鳥でさえずりをするのは,雄のみである.また,鳥の歌は,ヒトの言語と比べて,個体差が大きいという.場合によっては数キロの距離を経てコミュニケーションを取れるというのも,鳥の歌の顕著な特徴だろう.鳥の歌の主たる目的が求愛であるのに対して,ヒトの言語の目的はずっと広範である.
 鳥の歌とヒトの言語の類似性(と異質性)を比較してわかることは,異なる種にも似たような特徴が独立して生じうるということである.両者の接点を手がかりにヒトの言語の起源を求めようとしても,おそらくうまくいかないのではないか.

 ・ Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996.

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2014-10-07 Tue

#1989. 機能的な観点からみる借用の尺度 [borrowing][contact][pragmatics][discourse_marker][subjectification][intersubjectification][evolution]

 言語接触の分野では,借用されやすい言語項はあるかという問題,すなわち借用尺度 (scale of adoptability, or borrowability scale) の問題を巡って議論が繰り広げられてきた.Thomason and Kaufman は借用され得ない言語項はないと明言しているが,そうだとしても借用されやすい項目とそうでない項目があることは認めている.「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) などで議論の一端をみてきたが,いずれも形式的な基準による尺度だった.およそ,語を代表とする自立性の高い形態が最も借用されやすく,次に派生形態素,屈折形態素などの拘束された形態が続くといった順序だ.そのなかに音韻,統語,意味などの借用も混じってくるが,これらは順序としては比較的後のほうである.
 自立語が最も借用されやすく統語的な文法項目が最も借用されにくいという形式的な尺度は,直感的にも受け入れやすく,個々の例外的な事例はあるにせよ,およそ同意されているといってよいだろう.ところで,形式的な基準ではなく機能的な基準による借用尺度というものはあり得るだろうか.この点について Matras (209--10) が興味深い指摘をしている.

. . . it was proposed that borrowing hierarchies are sensitive to functional properties of discourse organization and speaker-hearer interaction. Items expressing contrast and change are more likely to be borrowed than items expressing addition and continuation. Discourse markers such as tags and interjections are on the whole more likely to be borrowed than conjunctions, and categories expressing attitudes to propositions (such as focus particles, phrasal adverbs like still or already, or modals) are more likely to be borrowed than categories that are part of the propositional content itself (such as prepositions, or adverbs of time and place). Contact susceptibility is thus stronger in categories that convey a stronger link to hearer expectations, indicating that contact-related change is initiated through the convergence of communication patterns . . . . In the domain of phonology and phonetics, sentence melody, intonation and tones appear more susceptible to borrowing than segmental features. One might take this a step further and suggest that contact first affects those functions of language that are primary or, in evolutionary perspective, primitive. Reacting to external stimuli, seeking attention, and seeking common ground with a counterpart or interlocutor. Contact-induced language change thus has the potential to help illuminate the internal composition of the grammatical apparatus, and indeed even its evolution.


 付加詞や間投詞をはじめとする談話標識 (discourse_marker) や態度を表わす小辞など,聞き手を意識したコミュニケーション上の機能をもつ表現のほうが,命題的・指示的な機能をもつ表現よりも借用されやすいという指摘である.だが,談話標識はたいてい文の他の要素から独立している,あるいは完全に独立してはいなくとも,ある程度の分離可能性は保持している.つまり,この機能的な基準による尺度は,統語形態的な独立性や自由度と関連している限りにおいて,従来の形式的な基準による尺度とは矛盾しない.むしろ,従来の形式的な基準のなかに取り込まれる格好になるのではないか.
 と,そこまで考察したところで,しかし,上の引用の後半で述べられている言語音に関する借用尺度のくだりでは,分節音よりも「かぶさり音韻」である種々の韻律的要素のほうが借用されやすいとある.従来の形式的な基準では,分節音や音素の借用への言及はあったが,韻律的要素の借用はほとんど話題にされたことがないのではないか(昨日の記事「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]) の (6) を参照).韻律的要素が相対的に借用されやすいという指摘と合わせて,引用の前半部分の内容を評価すると,機能的な借用尺度の提案に一貫性が感じられる.話し手と聞き手のコミュニケーションに直接関与する言語項,言い換えれば(間)主観性を含む言語項が,そうでないものよりも借用されやすいというのは,言語の機能という観点からみて,確かに合理的だ.言語の進化 (evolution) への洞察にも及んでおり,刺激的な説である.
 このように一見なるほどと思わせる説ではあるが,借用された項目の数という点からみると,discourse marker 等の借用は,それ以外の命題的・指示的な機能をもつ表現(典型的には名詞や動詞)と比べて,圧倒的に少ないことは疑いようがない.形式的な基準と機能的な基準が相互にどのような関係で作用し,借用尺度を構成しているのか.多くの事例研究が必要になってくるだろう.

 ・ Matras, Yaron. "Language Contact." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 203--14.

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2014-06-11 Wed

#1871. 言語と人種 [race][language_myth][indo-european][comparative_linguistics][evolution][origin_of_language][ethnic_group]

 言語に関する根強い俗説の1つに,「言語=人種」というものがある.この俗説を葬り去るには,一言で足りる.すなわち,言語は後天的であり,人種は先天的である,と言えば済む(なお,ここでの「言語」とは,ヒトの言語能力という意味での「言語」ではなく,母語として習得される個別の「言語」である).しかし,人々の意識のなかでは,しばしばこの2つは分かち難く結びつけられており,それほど簡単には葬り去ることはできない.
 過去には,言語と人種の同一視により,関連する多くの誤解が生まれてきた.例えば,19世紀にはインド・ヨーロッパ語 (the Indo-European) という言語学上の用語が,人種的な含意をもって用いられた.インド・ヨーロッパ語とは(比較)言語学上の構築物にすぎないにもかかわらず,数千年前にその祖語を話していた人間集団が,すなわちインド・ヨーロッパ人(種)であるという神話が生み出され,言語と人種とが結びつけられた.祖語の故地を探る試みが,すなわちその話者集団の起源を探る試みであると解釈され,彼らの最も正統な後継者がドイツ民族であるとか,何々人であるとかいう議論が起こった.20世紀ドイツのナチズムにおいても,ゲルマン語こそインド・ヨーロッパ語族の首長であり,ゲルマン民族こそインド・ヨーロッパ人種の代表者であるとして,言語と人種の強烈な同一視がみられた.
 しかし,この俗説の誤っていることは,様々な形で確認できる.インド・ヨーロッパ語族で考えれば,西ヨーロッパのドイツ人と東インドのベンガル人は,それぞれ親戚関係にあるドイツ語とベンガル語を話しているとはいえ,人種として近いはずだと信じる者はいないだろう.また,一般論で考えても,どんな人種であれヒトとして生まれたのであれば,生まれ落ちた環境にしたがって,どんな言語でも習得することができるということを疑う者はいないだろう.
 このように少し考えれば分かることなのだが,だからといって簡単には崩壊しないのが俗説というものである.例えば,ルーマニア人はルーマニア語というロマンス系の言語を話すので,ラテン系の人種に違いないというような考え方が根強く抱かれている.実際にDNAを調査したらどのような結果が出るかはわからないが,ルーマニア人は人種的には少なくともスペイン人やポルトガル人などと関係づけられるのと同程度,あるいはそれ以上に,近隣のスラヴ人などとも関係づけられるのではないだろうか.何世紀もの間,近隣の人々と混交してきたはずなので,このように予想したとしてもまったく驚くべきことではないのだが,根強い俗説が邪魔をする.
 言語学の専門的な領域ですら,この根強い信念は影を落とす.現在,言語の起源を巡る主流派の意見では,言語の起源は,約数十万年前のホモ・サピエンスの出現とホモ・サピエンスその後の発達・展開と関連づけられて論じられることが多い.人種がいまだそれほど拡散していないと時代という前提での議論であるとはしても,はたしてこれは件の俗説に陥っていないと言い切れるだろうか.
 関連して,Trudgill (43--44) の議論も参照されたい.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2014-02-15 Sat

#1755. 初期言語の進化と伝播のスピード (2) [evolution][origin_of_language][timeline][homo_sapiens][anthropology][punctuated_equilibrium]

 「#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード」 ([2014-02-09-1]) で,言語の発現・進化・伝播について Aitchison の "language bonfire" 仮説を紹介した.言語学の「入門への入門書」とうたわれている,加藤重広著『学びのエクササイズ ことばの科学』を読んでいたところ,この仮説がわかりやすく紹介されていた.
 加藤 (23--24) によると,現在の人類学の研究成果が明らかするところによれば,他の原人の祖先から,現生人類およびネアンデルタール人の共通の祖先が分岐したのは約100万年前のことである.そして,後者2つの祖先が互いに分岐したのは約50万年前.2万5千年前くらいにネアンデルタール人が滅びるまでは,現生人類と共存していたことがわかっている.一方,現生人類がアフリカに誕生したのは約20万年前のことである.この現生人類は7--6万年前にアフリカから世界へ拡散し,1万5千年前くらいに北米に達した.
 上記の現生人類の歴史のなかで,その誕生期前後に言語の前駆体なるものも同時に発現したと考えられる(前駆体については,「#544. ヒトの発音器官の進化と前適応理論」 ([2010-10-23-1]) を参照).その後しばらくは,言語の前駆体は緩やかな進化を示すにすぎず,10万年ほど前にようやく原始的な言語の水準に達しつつあったとされる.ところが,10万年ほど前の時期に,急激な言語の進化が生じる.そして,出アフリカの時期を中心に,歴史時代の言語体系にほぼ匹敵する高度な言語体系が発達した.その後は,長い尾を引く緩やかな精緻化の時期に入り,現在に至る.これが,"language bonfire" 仮説である.加藤 (24) から図示すると,以下のようになる.

Evolution of Language like a Bonfire

 関連して,「#41. 言語と文字の歴史は浅い」 ([2009-06-08-1]),「#751. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語」 ([2011-05-18-1]),「#1544. 言語の起源と進化の年表」 ([2013-07-19-1]) も参照.

 ・ 加藤 重広 『学びのエクササイズ ことばの科学』 ひつじ書房,2007年.

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2014-02-09 Sun

#1749. 初期言語の進化と伝播のスピード [evolution][origin_of_language][punctuated_equilibrium][speed_of_change]

 言語の起源,初期言語の進化と伝播については様々な節が唱えられており,本ブログでも origin_of_languageevolution の記事で関連する話題を取り上げてきた.比喩に定評のある Aitchison によれば,言語の発現と初期の進化には,3つの仮説がある.
 1つ目は,Aitchison が "rabbit-out-of-a-hat" と呼んでいるもので,言語は手品師が帽子からウサギを取り出すかのように突如として生じたのだとする説だ.「#544. ヒトの発音器官の進化と前適応理論」 ([2010-10-23-1]) の記事で紹介したスパンドレル理論に相当するもので,Chomsky などが主唱者である."What use is half a wing for flying?" という進化観を背景に,言語が中途半端に発達した段階というものは想像できないとする.この説によると,発現した直後の言語には,現代の言語にみられる複雑な機構がすでに備わっていたということになる.
 2つ目は,"snail-up-a-wall" とでも呼ぶべき仮説で,言語は前段階から連続的に発生し,その後も何千年,何万年という期間にわたってゆっくりと一定速度で進化していったとするものである.壁をノロノロと這うカタツムリの比喩である.しかし,生物進化において,この仮説に合致するような型がないことから,言語の進化にも当てはまらないのではないかとされる.
 3つ目は,上記2つを組み合わせたような仮説で,Aitchison は "fits-and-starts" と呼んでいる.この説によると,言語の発現と進化は,停滞期と著しい成長期とが交互に繰り返される様式に特徴づけられるとする.「#1397. 断続平衡モデル」 ([2013-02-22-1]) で紹介した punctuated_equilibrium にも連なる考え方だ.
 しかし,Aitchison はいずれの説も採らず,第4の仮説として,すべてを組み合わせたような折衷案を出す.本人は,これを "language bonfire" と呼んでいる.

Probably, some sparks of language had been flickering for a very long time, like a bonfire in which just a few twigs catch alight at first. Suddenly, a flame leaps between the twigs, and ignites the whole mass of heaped-up wood. Then the fire slows down and stabilizes, and glows red-hot and powerful. . . . Probably, a simplified type of language began to emerge at least as early as 250,000 BP. Piece by piece, the foundations were slowly put in place. Somewhere between 100,000 and 75,000 BP perhaps, language reached a critical stage of sophistication. Ignition point arrived, and there was a massive blaze, during which language developed fast and dramatically. By around 50,000 BP it was slowing down and stabilizing as a steady long-term glow. (60--61)


 これは,S字曲線モデルと言い換えてもよいだろう.引用内に示されているタイムスパンでグラフを描くと,次のようになる.

Aitchison's Language Bonfire

 初期言語の進化についての仮説は上記の通りだが,初期言語が人々の間に伝播していった様式についてはどうだろうか.この2つは区別すべき異なる問題である.Aitchison は,伝播については一気に広まる "language bushfire" の見解を採用している.グラフに描くならば,急な傾きをもつ直線あるいは曲線ということになろうか.

. . . there's a distinction between language emergence (the bonfire) and its diffusion---the spread to other humans (a bush fire). . . . Once evolved, language could have swept through the hominid world like a bush fire. It would have given its speakers an enormous advantage, and they would have been able to impose their will on others, who might then learn the language. (61--62)


 ・ Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996.

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2014-01-19 Sun

#1728. Jespersen の言語進歩観 [language_change][teleology][evolution][unidirectionality][drift][history_of_linguistics][artificial_language][language_myth]

 英語史の授業で英語が経てきた言語変化を概説すると,「言語はどんどん便利な方向へ変化してきている」という反応を示す学生がことのほか多い.これは,「#432. 言語変化に対する三つの考え方」 ([2010-07-03-1]) の (2) に挙げた「言語変化はより効率的な状態への緩慢な進歩である」と同じものであり,言語進歩観とでも呼ぶべきものかもしれない.しかし,その記事でも述べたとおり,言語変化は進歩でも堕落でもないというのが現代の言語学者の大方の見解である.ところが,かつては,著名な言語学者のなかにも,言語進歩観を公然と唱える者がいた.デンマークの英語学者 Otto Jespersen (1860--1943) もその1人である.

. . . in all those instances in which we are able to examine the history of any language for a sufficient length of time, we find that languages have a progressive tendency. But if languages progress towards greater perfection, it is not in a bee-line, nor are all the changes we witness to be considered steps in the right direction. The only thing I maintain is that the sum total of these changes, when we compare a remote period with the present time, shows a surplus of progressive over retrogressive or indifferent changes, so that the structure of modern languages is nearer perfection than that of ancient languages, if we take them as wholes instead of picking out at random some one or other more or less significant detail. And of course it must not be imagined that progress has been achieved through deliberate acts of men conscious that they were improving their mother-tongue. On the contrary, many a step in advance has at first been a slip or even a blunder, and, as in other fields of human activity, good results have only been won after a good deal of bungling and 'muddling along.' (326)


. . . we cannot be blind to the fact that modern languages as wholes are more practical than ancient ones, and that the latter present so many more anomalies and irregularities than our present-day languages that we may feel inclined, if not to apply to them Shakespeare's line, "Misshapen chaos of well-seeming forms," yet to think that the development has been from something nearer chaos to something nearer kosmos. (366)


 Jespersen がどのようにして言語進歩観をもつに至ったのか.ムーナン (84--85) は,Jespersen が1928年に Novial という補助言語を作り出した背景を分析し,次のように評している(Novial については「#958. 19世紀後半から続々と出現した人工言語」 ([2011-12-11-1]) を参照).

彼がそこへたどり着いたのはほかの人の場合よりもいっそう、彼の論理好みのせいであり、また、彼のなかにもっとも古くから、もっとも深く根をおろしていた理論の一つのせいであった。その理論というのは、相互理解の効率を形態の経済性と比較してみればよい、という考えかたである。それにつづくのは、平均的には、任意の一言語についてみてもありとあらゆる言語についてみても、この点から見ると、正の向きの変化の総和が不の向きの総和より勝っているものだ、という考えかたである――そして彼は、もっとも普遍的に確認されていると称するそのような「進歩」の例として次のようなものを列挙している。すなわち、音楽的アクセントが次第に単純化すること、記号表現部〔能記〕の短縮、分析的つまり非屈折的構造の発達、統辞の自由化、アナロジーによる形態の規則化、語の具体的な色彩感を犠牲にした正確性と抽象性の増大である。(『言語の進歩、特に英語を照合して』) マルティネがみごとに見てとったことだが、今日のわれわれにはこの著者のなかにあるユートピア志向のしるしとも見えそうなこの特徴が、実は反対に、ドイツの比較文法によって広められていた神話に対する当時としては力いっぱいの戦いだったのだと考えて見ると、実に具体的に納得がいく。戦いの相手というのは、諸言語の完全な黄金時期はきまってそれらの前史時代の頂点に位置しており、それらの歴史はつねに形態と構造の頽廃史である、という神話だ。(「語の研究」)


 つまり,Jespersen は,当時(そして少なからず現在も)はやっていた「言語変化は完全な状態からの緩慢な堕落である」とする言語堕落観に対抗して,言語進歩観を打ち出したということになる.言語学史的にも非常に明快な Jespersen 評ではないだろうか.
 先にも述べたように,Jespersen 流の言語進歩観は,現在の言語学では一般的に受け入れられていない.これについて,「#448. Vendryes 曰く「言語変化は進歩ではない」」 ([2010-07-19-1]) 及び「#1382. 「言語変化はただ変化である」」 ([2013-02-07-1]) を参照.

 ・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
 ・ ジョルジュ・ムーナン著,佐藤 信夫訳 『二十世紀の言語学』 白水社,2001年.

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2013-07-19 Fri

#1544. 言語の起源と進化の年表 [origin_of_language][evolution][timeline][homo_sapiens][anthropology][language_family]

 「#41. 言語と文字の歴史は浅い」 ([2009-06-08-1]),「#751. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語」 ([2011-05-18-1]) の記事で言語の起源と進化の年表を示したが,コムリー他編の『新訂世界言語文化図鑑 世界の言語の起源と伝播』 (17) より,もう1つの言語年表を示す.

50,000 BC   アフリカからの人類の出現(最新の推定年代)
45,000 BC   
   オーストラリアへの移動
40,000 BC   ホモ・サピエンス:言語形態の存在を示唆する複雑な行動様式(物的証拠の存在)
35,000 BC   
30,000 BC   ネアンデルタール人の死滅:最も原始的な言語形態
25,000 BC   
20,000 BC   
15,000 BC   言語の多様性のピーク(推定):10,000?15,000言語
   最終氷河期の終わり;ユーラシア語族の拡大
   新世界への移動第一波:アメリンド語族
10,000 BC   
   新世界への移動第二波:ナ・デネ語族
5,000 BC   オーストロネシア語族の拡大;台湾への移動
   インド・ヨーロッパ祖語
   インド・ヨーロッパ語族の最古の記録:ヒッタイト語,サンスクリット語
0   古典言語:古代ギリシャ語,ラテン語
500   ロマンス語派,ゲルマン語派の発生;古英語
1000   
1500   植民地時代;ピジンとクレオールの発生;標準言語の拡がり;言語消滅の加速化
2000   


 年表で言及されているネアンデルタール人は,ホモ・サピエンスが10万年前に考古学の記録に登場する以前の23万年前から3万年前にかけて生きていた.ネアンデルタール人は喉頭がいまだ高い位置にとどまっており,舌の動きが制限されていたため,発することのできる音域が限られていたと考えられている.しかし,老人や虚弱者の世話,死者の埋葬などの複雑な社会行動を示す考古学的な証拠があることから,そのような社会を成立させる必須要素として初歩的な言語形式が存在したことが示唆される.
 以下は,上と同じ年表だが,時間感覚を得られるようスケールを等間隔にとったバージョンである.

50,000 BC   アフリカからの人類の出現(最新の推定年代)
   
   
   
   
   
   
   
   
   
45,000 BC   
   
   
   
   
   
   
   
   オーストラリアへの移動
   
40,000 BC   ホモ・サピエンス:言語形態の存在を示唆する複雑な行動様式(物的証拠の存在)
   
   
   
   
   
   
   
   
   
35,000 BC   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
30,000 BC   ネアンデルタール人の死滅:最も原始的な言語形態
   
   
   
   
   
   
   
   
   
25,000 BC   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
20,000 BC   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
15,000 BC   言語の多様性のピーク(推定):10,000?15,000言語
   
   
   
   
   
   最終氷河期の終わり;ユーラシア語族の拡大
   
   新世界への移動第一波:アメリンド語族
   
10,000 BC   
   
   
   
   
   
   新世界への移動第二波:ナ・デネ語族
   
   
   
5,000 BC   オーストロネシア語族の拡大;台湾への移動
   
   
   
   インド・ヨーロッパ祖語
   
   
   インド・ヨーロッパ語族の最古の記録:ヒッタイト語,サンスクリット語
   
   
0   古典言語:古代ギリシャ語,ラテン語
500   ロマンス語派,ゲルマン語派の発生;古英語
1000   
1500   植民地時代;ピジンとクレオールの発生;標準言語の拡がり;言語消滅の加速化
2000   


 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑 世界の言語の起源と伝播』 東洋書林,2005年.

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2013-06-20 Thu

#1515. 言語は信号の信号である [linguistics][function_of_language][origin_of_language][evolution][neurolinguistics]

 ポール・ショシャールによる『言語と思考』を読んだ.題名から「#1484. Sapir-Whorf hypothesis」 ([2013-05-20-1]) を考察するヒントになる著書だろうと思って手に取ってみたのだが,むしろ動物のコミュニケーションと人間の言語とを比較し,その本質的な差異について論じた本だった.人間の脳の進化の過程や言語の起源という観点から,言語のもつ性質と特殊性をあぶり出すという内容だ.
 いくつかのポイントがあるが,(1) 人間の言語のみが高度な思考と反省を可能ならしめる内言語として機能しうること,(2) 人間の言語は文化によって継承されてゆくという新種の「遺伝」の形態であること,(3) 人間の言語に特有の生理学はなく,それは動物にも存在する大脳皮質の構造と機能の延長にすぎないこと,(4) 人間の言語は信号の信号,つまり第二信号体系をなし,本質的に抽象的・普遍的な思考方式を可能とすること,が指摘される.以下に,それぞれについて重要な箇所から引用しよう.

言語は外言語であると同時に内言語でもあるので、外言語としてはコミュニケイションの役をはたし、内言語としては思考と反省意識を確保する。 (11)


テイヤール・ド・シャルダンがいみじくも言う。「人間が現われてから、新しい型の遺伝が現われ、それが優勢となる。それはすでに、人間以前に、昆虫や脊椎動物の中の進歩した型にできていたものだ。それは、いわば手本と教育の遺伝である……それまではもっぱら染色体の遺伝であったものが、《精神圏》(ノースフェール)の遺伝となったのである。この《遊星化》された世界では進化が速く、全社会が融合し、階級が消滅し、同じ文化が全人類のものとなる運命をもっこの文化は、教育による知識に基礎をおいているので、生物が生まれながらもっている本能の反射とは異なって、もろくも消え去る。蜜蜂のような人間が何人かで蜂の巣を再建し、《気違いじみた人間》が生き残ったところで、人間文明を支えつづけてゆくことはできそうもない。」 (15--16)


人間の知識は、世の中のさまざまな物品を、口で話す信号で表わすことを発明した。この信号のコードは、元来随意運動の産物であり、脳の機能のひとつの相となったので、思考のためには大へん便利なことになった。この新しい革命は、人間が世界最大の脳を有する結果で、そのために、大脳皮質の構造と機能は少しも変化をおこさないのである。言語には、それに固有の生理学はない。言語の諸中枢は、すでに動物に存在した行為と認識の中枢の分化したものである。 (66)


パヴロフとその弟子たちは、言語を「第二信号体系」とし、その固有の性格と、それと第一信号体系との関係とを考察した。第一信号体系とは、言葉によらぬ信号の体系で、動物にのみ存在し、人間の心理学にきわめて興味ある示唆を与える。パヴロフは一九二四年からつぎのように書いた。「人間にとっては、言葉は明らかに条件づけられた刺激であって、動物に共通なすべてのそうした刺激と同じく真実である。しかしそのほかに、語には外延があり、多数の対象を包含する。この点では、語は、動物の条件づけられた刺激とは、量的にも質的にも、まったく比較ができない。」そして一九三二年にはこう言った。「外界に関するわれわれの知覚と表象とは、実在の第一信号、すなわち具象信号であるが、言葉と、とくに発音器官から皮質にゆく運動興奮(筋覚)は第二信号、すなわち信号の信号である。この第二信号は実在の抽象化であり、普遍化の傾向をもち、これこそまさに人間特有の高次の補助的思考方式をなすものである。」 (69)


第二体系は人間では第一体系より優勢な役を果たすが、後から作られたものであるから、こわれやすく、疲労や中毒や眠けのさす状態では、先に消える。すなわち睡眠による制止作用は大に体系のほうに強くはたらくので、第一体系が一時的に優勢となる。これが夢の特徴であり、ヒステリーでも同じ過程がおこる。 (72)


 なお,人間の言語の性質と特殊性については,本ブログでも次のような記事で触れてきたのでご参照を.「#160. Ardi はまだ言語を話さないけれど」 ([2009-10-04-1]),「#519. 言語の起源と進化を探る研究分野」 ([2010-09-28-1]) ,「#544. ヒトの発音器官の進化と前適応理論」 ([2010-10-23-1]),「#766. 言語の線状性」 ([2011-06-02-1]),「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1]),「#1063. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (1)」 ([2012-03-25-1]),「#1070. Jakobson による言語行動に不可欠な6つの構成要素」 ([2012-04-01-1]),「#1090. 言語の余剰性」 ([2012-04-21-1]),「#1281. 口笛言語」 ([2012-10-29-1]),「#1327. ヒトの言語に共通する7つの性質」 ([2012-12-14-1]).

 ・ ポール・ショシャール 著,吉倉 範光 訳 『言語と思考 改訂新版』 白水社〈文庫クセジュ〉,1972年.

Referrer (Inside): [2013-07-13-1]

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2013-03-23 Sat

#1426. 通時的変化と共時的変異 (2) [diachrony][variation][language_change][evolution]

 「#1040. 通時的変化と共時的変異」 ([2012-03-02-1]) ,「#1025. 共時態と通時態の関係」 ([2012-02-16-1]) の記事で,diachronic change (通時的変化)と synchronic variation (共時的変異)の表裏一体の関係について論じた.今回は,この両者の関係について,Croft の意見に耳を傾けよう.
 Croft は,言語進化論の立場から,言語変化とは,広い観点からみた言語変異そのものであると論じている.Croft によれば,変異 (variation) には3つのレベルが区別される.まず,"First-order variation is the variation that occurs in individual occasions of language use" (71) である.これは,同じ話者においてすら,音声,意味,文法は時と場合により変動するという意味での変異である.次に,"Second-order variation is built on first-order variation: certain first-order variant productions take on sociolinguistic value in the speech community" (72) とある通り,ある変項(例えば hunting vs huntin')が社会言語学的な意味合いをもつという意味での変異である.最後は,"Third-order variation is second-order variation that has become fixed conventions in different speech communities as these have diverged and/or entered into contact over the history of humankind" (72) である.これは,異なる言語間,異なる変種間に見られる変異であり,慣習的に別物とみなされている変異のことである.
 Croft は,このように3段階の共時的な変異を概念的に区別した上で,実際にはこの3レベルは連続しており,この連続体をもって通時変化と解するべきだと主張する.共時態と通時態が,この連続体において融合するのだ,と.

Taking variation as a central fact of language leads to a dynamic model of synchronic language and allows for a simple integration of synchrony and diachrony in language. Language change is simply linguistic variation at a broader scope, and more specifically, linguistic variation that proceeds from first-order innovations to second-order variants to third-order divergence. (72)


 ・ Croft, William. "Evolutionary Models and Functional-Typological Theories of Language Change." Chapter 4 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 68--91.

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2012-09-29 Sat

#1251. 中英語=クレオール語説の背景 [creole][me][family_tree][history_of_linguistics][evolution][sociolinguistics][historiography][language_equality]

 ##1223,1249,1250 の記事で,中英語=クレオール語とする仮説を批判的に見てきた.およそ議論の決着はついているのだが,議論それ以上に関心を寄せているのは,なぜこの仮説が現われ,複数の研究者に支持されたのかという背景である.
 Baily and Maroldt が論争を開いた1970年代以降,クレオール語研究が盛んになり,とりわけ言語進化論や社会言語学へ大きな刺激を与えてきたという状況は,間違いなく関与している.
 言語進化論との関係でいえば,Baily and Maroldt は,言語と生物の比喩を強烈に押し出している.

One of the authors has for more than a half-dozen years been contending that internal language-change will result only in new subsystems, while creolization is required for the creation of a new system, i.e. a new node on a family tree. Each node on a family tree therefore has to have, like humans, at least two parents. (22)


 これは,比較言語学の打ち立てた the family tree model の肯定でもあり,同時に否定のもう一つの形でもある.この発想自体が議論の的なのだが,いずれにせよクレオール研究の副産物であることは疑い得ない.
 次に,解放の言語学ともいえる社会言語学の発展との関係では,世界語の座に最も近い,威信のある言語である英語を,社会的には長らく,そして現在も根強く劣等イメージの付されたクレオール語と同一視させることによって,論者は言語的平等性を主張することができるのではないか.特定の言語に付された優勢あるいは劣勢のイメージは,あくまで社会的な価値観の反映であり,言語それ自体に優劣はなく平等なのだ,というメッセージを,論者はこの仮説を通じて暗に伝えているのではないか.
 私は,このような解放のイデオロギーとでもいうような動機が背景にあるのではないかと想定しながら Bailey and Maroldt を読んでいた.そのように想定しないと,[2012-09-27-1]の記事「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」でも言及したように,論者が英語をどうしても creolisation の産物に仕立て上げたいらしい理由がわからないからだ.支離滅裂な議論を持ち出しながらも,「英語=クレオール語」を推したいという想いの背景には,ある意味で良心的,解放的なイデオロギーがあるのではないか,と.
 ところが,論文の最後の段落で,この想定は見事に裏切られた.むしろ,逆だったのだ.creolisation の議論を手段とした世界語としての英語の賛歌だったのである.これには愕然とした.読みが甘かったか・・・.

A closing word on the value of creolization will not be amiss. Just as the evolution of plants and animals became vastly more adaptive, once sexual reproduction became a reality --- because then the propagation of mutations through crossing of strains became feasible --- so creolization enables languages to adapt themselves to new communicative needs in a much less restricted way than is otherwise open to most languages. Thus creolization has the same adaptive and survival value for languages as sexual cross-breeding has for the world of plants or animals. The flexibility and adaptability which have made English so valuable as a world-wide medium of communication are no doubt due to its long history of creolization. (53)


 [2012-04-14-1]の記事「#1083. なぜ英語は世界語となったか (2)」で取り上げた Bragg の英語史観も参照.

 ・ Bailey, Charles James N. and Karl Maroldt. "The French Lineage of English." Langues en contact --- Pidgins --- Creoles --- Languages in contact. Ed. Jürgen M. Meisel. Tübingen: Narr, 1977. 21--51.

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2012-03-25 Sun

#1063. 人間の言語はなぜ音声に依存しているのか (1) [linguistics][sign_language][writing][medium][origin_of_language][speech_organ][anthropology][semiotics][evolution]

 言語は音声に基づいている.文明においては文字が重視されるが,言語の基本が音声であることは間違いない.このことは[2011-05-15-1]の記事「#748. 話し言葉書き言葉」で論じているので,繰り返さない.今回は,言語という記号体系がなぜ音声に基づいているのか,なぜ音声に基づいていなければならないのかという問題について考える.
 まず,意思疎通のためには,テレパシーのような超自然の手段に訴えるのでないかぎり,何らかの物理的手段に訴えざるをえない.ところが,人間の生物としての能力には限界があるため,人間が発信かつ受信することのできる物理的な信号の種類は,おのずから限られている.具体的には,受信者の立場からすれば,視・聴・嗅・味・触の五感のいずれか,あるいはその組み合わせに訴えかけてくる物理信号でなければならない.発信者の立場からすれば,五感に刺激を与える物理信号を産出しなければならない.当然,後者のほうが負担は重い.
 さて,嗅覚に訴える言語というものを想像してみよう.発信者は意思疎通のたびに匂いを作り出す必要があるが,人間は意志によって匂いを作り出すことは得意ではないし,作り出せたとしても時間がかかるだろう.あまり時間がかかるようだと即時的な意思疎通は不可能であり,「会話」のキャッチボールは望めない.また,匂いを作り出せたとしても,その種類は限られているだろう.手にニンニク,魚,納豆を常にたずさえているという方法はあるが,それならばニンニク,魚,納豆の現物をそのまま記号として用いるほうが早い.仮に頑張って3種類の匂いを作り出すことができたと仮定しても,それはちょうどワー,オー,キャーの3語しか備わっていない言語と同じことであり,複雑な意志疎通は不可能である.3種類を組み合わせれば複雑な意思疎通が可能になるかもしれないが,匂いは互いに混じり合ってしまうという大きな欠点がある.受信者の側にそれを嗅ぎ分ける能力があればよいが,受信者は残念ながら犬ではなく人間であり,嗅ぎ分けは難しいと言わざるを得ない.風が吹かずに空気が停滞している場所で,古い匂いメッセージと区別して新しい匂いメッセージを送りたいとき,発信者・受信者ともに匂いの混じらない安全な場所に移動しなければならないという不便もある(だが,逆にメッセージを残存させたいときには,匂いの残存しやすい性質はメリットとなる).風が吹いていれば,それはそれで問題で,受信者が感じ取るより先ににおいが流されてしまう恐れがある.発信者が体調不良で匂いを発することができない場合や,受信者が風邪で鼻がつまっている場合には,匂いによる「会話」は不可能である(もっとも,類似した事情は音声言語にもあり,声帯が炎症を起こしている場合や,耳が何らかの事情で聞こえない場合には機能しない).人間にとって,嗅覚に訴えかける言語というものは発達しそうにない.
 次に味覚である.こちらも産出が難しいという点では,嗅覚に匹敵する.発信者が意志によって体から辛み成分や苦み成分を分泌し,受信者に「ほれ,なめろ」とかいうことは考えにくい.激しい運動により体に汗をかかせて塩気を帯びさせるなどという方法は可能かもしれないが,即時性の点で不満が残るし,不当に体力を消耗するだろう.受信者の側でも,味覚により何種類の記号を識別できるかという問題が残る.味覚は個人差が大きいし,体調に影響されやすいことも,経験から知られている.さらに,匂いの場合と同様に,味は混じりやすいという欠点がある.味覚依存の言語も,効率という点では採用できないだろう.
 触覚.これは嗅覚や味覚に比べれば期待がもてる.触るという行為は,発信も受信も容易だ.発信者は,触り方(さする,突く,掻く,たたく,つねる等々),触る強度,触る持続時間,触る体の部位などを選ぶことができ,それぞれのパラメータの組み合わせによって複雑な記号表現を作り出すことができそうだ.たたくリズムやテンポを体系化すれば,音楽に匹敵する表現力を得ることもできるかもしれない.複数部位の同時タッチも可能である.ただし,受信者側にとっては触覚の感度が問題になる.人間の識別できるタッチの種類には限界があるし,掻く,たたく,つねるなどの結果,痛くなったり痒くなったりしては困る.痛みや痒みは持続するので,匂いの残存と同じような不都合も生じかねない.触覚に依存する言語というものは十分に考えられるが,より効率の良い手段が手に入るのであれば,積極的に採用されることはないのではないか.さする,なでる,握手する,抱き合うなどのスキンシップは実際に人間のコミュニケーションの一種ではあるが,複雑な記号体系を構成しているわけではなく,主役の音声言語に対して補助的に機能することが多い.
 人間において触覚よりもよく発達しており,意思伝達におおいに利用できそうな感覚は,視覚である.実際に有効に機能している視覚記号として,身振りや絵画がある.特に身振りは発信が容易であり,即時性もある.文字や手話も視覚に訴える有効な手段だが,これらは身振りと異なり,原則として音声言語を視覚へ写し取ったものである.あくまで派生的な手段であり,補助や代役とみなすべきものだ.しかし,補助や代役とはいえ,いくつかの点で,音声言語の限界を超える働きすら示すことも確かである(##748,849,1001).このように音声言語の補助や代役として視覚が選ばれているのは,人間の視覚がことに鋭敏であるからであり,偶然ではない.視覚依存の欠点として,目の利かない暗闇や濃霧のなかでは利用できないことなどが挙げられるが,他の感覚に比べて欠点は少なく,長所は多い.[2009-07-16-1]の記事「#79. 手話言語学からの inspiration 」も参照.
 最後に残ったのが,人間の実際の言語が依存している聴覚である.聴覚に訴えるということは,受信者は音声を聴解する必要があり,発信者は音声を産出する必要があるということである.まず受信者の立場を考えてみよう.人間の聴覚は視覚と同様に非常に鋭敏であり,他の感覚よりも優れている.したがって,この感覚を複雑な意思疎通の手段のために利用するというのは,能力的には理にかなっている.音の質や量の微妙な違いを聞き分けられるのであるから,それを記号間の差に対応させることで膨大な情報を区別できるこはずだからだ.
 次に発信者の立場を考えてみよう.発信者は多様な音声を産出する必要があるが,人間にはそのために必要な器官が進化の過程で適切に備わってきた([2009-10-04-1]の記事「#160. Ardi はまだ言語を話さないけれど」,[2010-10-23-1]の記事「#544. ヒトの発音器官の進化と前適応理論」を参照).人間の唇,歯,舌,声帯,肺などの発音に関わる器官がこのような状態で備わっているのは,言語の発達にとって理想であったし,奇跡とすらいえる.これにより,微妙な音の差を識別できる聴覚のきめ細かさに対応する,きめ細かな発音が可能になったのである.音声に依存する言語が発達する条件は,進化の過程で整えられてきた.
 では,他の感覚ではなく聴覚に訴える手段が,音声に依存する言語が,特に発達してきたのはなぜだろうか.それは,上で各感覚について述べてきたように,聴覚依存,音声依存の伝達の長所と欠点を天秤にかけたとき,長所が欠点を補って余りあるからである.その各点については,明日の記事で.

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2010-10-23 Sat

#544. ヒトの発音器官の進化と前適応理論 [speech_organ][evolution][origin_of_language]

 よく知られているように,ヒトの言語の発音器官 ( speech organ ) は言語のために進化してきたわけではない.いずれも主たる機能は生存のための生理的機能である.調音機能はあくまで副次的なものであり,だからこそヒトの言語の獲得は余計に不思議に思われるのである.
 以下は O'Grady (2) より,発音器官の2重機能(生理機能と発音機能)を示す表である.

OrganSurvival functionSpeech function
Lungsto exchange CO2 and oxygento supply air for speech
Vocal cordsto create seal over passage to lungsto produce vibrations for speech sounds
Tongueto move food to teeth and back into throatto articulate vowels and consonants
Teethto break up foodto provide place of articulation for consonants
Lipsto seal oral cavityto articulate vowels and consonants
Noseto assist in breathingto provide nasal resonance during speech


 2重機能や機能転換は生物の進化においては珍しくない.鳥の羽が体温調整という本来の機能から飛翔の機能を派生させた例,魚の浮き袋が浮揚の機能から呼吸の機能を派生させた例などがある.上記のヒトの諸器官において本来の生理的機能から発話という言語的機能が派生したのと同様に,ヒトの言語能力それ自身も脳の本来的な機能から副次的に派生したものと考えられている.
 言語能力の発現については大きく2つの考え方がある(池内,pp. 93--100).1つは,脳が進化して計算能力をもてあますようになり,複雑な計算処理を要求する言語が発現し得る状況が生じたとする説である.言語は脳の増大の副産物として突如として生じたとするこの説はスパンドレル理論と呼ばれ,Chomsky などが抱いているとされる.ここでは機能上の飛躍や非連続性が強調される.
 もう1つは,言語能力に先立つ準言語能力が「前駆体」として存在しており,そこからさらに進化することによって真性の言語能力が発現したとする説である.この説は前適応理論と呼ばれている.ここでも飛躍や非連続性は想定されているが,スパンドレル理論のような突如さはない.
 喧々囂々の議論があるが,池内氏によるとスパンドレル理論には難があるという (99).脳が進化して能力をもてあましたからといって,それが言語の能力につながる必然性がない.とてつもなく複雑な計算処理を要する言語以外の機能が生じる可能性もあり得たところに,なぜ結果的にはそれが言語だったのかを論理的に説明できない.一方で,前適応理論は言語の前駆体を仮定しており,(もちろんそれが何であるかは大問題だが)そこからの言語の発現には論理的な飛躍はないという.
 上に挙げた発音器官に話しを戻そう.ここでも,進化してみたらたまたま発音に都合よくできていたから言語の発音の機能を担うようになった(スパンドレル理論)というよりは,言語の発音の前駆体(一般の動物にもある鳴き,吠え,叫びの類か?)が先に存在しており,そこからの進化によって言語の発音の機能が発現するに至った(前適応理論),と考える方が無理はないのかもしれない.
 関連する記事として[2009-10-04-1]も参照.

 ・ O'Grady, William, John Archibald, Mark Aronoff, Janie Rees-Miller. Contemporary Linguistics: An Introduction. 6th ed. Boston: Bedford/St. Martin's, 2010. (Companion Site based on the 5th edition available here.)
 ・ 池内 正幸 『ひとのことばの起源と進化』 〈開拓社 言語・文化選書19〉,2010年.

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2010-09-29 Wed

#520. 歴史言語学は言語の起源と進化の研究とどのような関係にあるか [evolution][language_change][variation]

 昨日の記事[2010-09-28-1]で,近年さかんになってきている言語の起源と進化の研究の特徴を話題にした.時間軸に沿ったヒトの言語の流れに注目する点で,歴史言語学や言語史と,言語の起源と進化の研究は共通している.しかし,現生人類が前段階からの進化によって言語を獲得した過程に何が起こったかということと,例えば古英語で様々な形態のありえた名詞の複数形が中英語後期にかけて -s へ一元化してゆく過程にどのような関連があるかと考えると,答えは自明ではない.2つの問題は確かに言語の変化を扱っているにはちがいないが,問題の質あるいは問題の存する層が異なっているようにも思える.前者は普遍言語の問題,後者は個別言語の問題といえばよいだろうか.
 言語と起源と進化の分野でも,(biological) evolution of language と cultural evolution of language を区別しているようである(池内, p. 176).生物学的進化の観点からは,ヒトの言語は発生以来何かが変わってきたわけではないとされる.言語について変わってきたのは,あくまで不変化の生物学的進化の枠内で,文化的な側面が変化してきたというにすぎない.そうすると,歴史言語学や英語史などの個別言語史で扱っているような具体的な言語変化の事例は,すべて「(今のところ)不変化の生物学的進化の枠内での文化的進化」ということになろう.それでも,その生物的進化の枠内で,文化的進化として言語の何がどう変わってきているのかを探ることは,言語の機能の本質,言語の生物学的進化に対する文化的進化の特徴,言語の生物学的進化の兆しの可能性などに光を当てるものと考えられる.
 このようなことを考えていたときに,Weinreich et al. の論文で関連することが触れられていたことを思い出した.この論文は,言語起源論もまだ復活していない1968年という早い時期に書かれているが,変異 ( variation ) の考え方を先取りした現代的な発想で書かれている.新文法学派,構造主義言語学,生成文法などにおける言語変化観を批判し,社会的な観点,特に現在 variationist と呼ばれているアプローチで新しい言語変化理論を構築するための予備論文といった内容である.ここでは,言語変化理論 ( theory of language change ) はさらに大きな言語進化理論 ( theory of linguistic evolution ) の一部となるべきだとの主張がなされている.おおまかにいって,前者が cultural evolution,後者が biological evolution に対応するものと考えられる.

We think of a theory of language change as part of a larger theoretical inquiry into linguistic evolution as a whole. A theory of linguistic evolution would have to show how forms of communication characteristic of other biological genera evolved (with whatever mutations) into a proto-language distinctively human, and then into languages with the structures and complexity of the speech forms we observe today. It would have to indicate how present-day languages evolved from the earliest attested (or inferred) forms for which we have evidence; and finally it would determine if the present course of linguistic evolution is following the same direction, and is governed by the same factors, as those which have operated in the past. (103)


 言語進化理論は「サルからヒトの最初のコミュニケーション形態への発展から現在の言語構造にいたるまでの言語進化を扱い,その進化の方向が過去から現在にかけて一貫したものであるかどうかを問う」ものになろう.Weinreich et al. の視点の広さ,関心の射程,発想の現代性に驚く.
 また,次のように具体例を挙げて,言語変化理論と言語進化理論の接点を示している.

Investigations of the long-range effects of language planning, of mass literacy and mass media, have therefore a special relevance to the over-all study of linguistic evolution, though these factors, whose effect is recent at best, may be set aside for certain limited studies of language change. (103 fn.)


 言語の生物学的進化と文化的進化は峻別すべきであるということが1点,しかしながら両者の観点を合わせて言語の変化を探るべきであるということが1点.私の考えは,まだよくまとまっていない.

 ・ 池内 正幸 『ひとのことばの起源と進化』 〈開拓社 言語・文化選書19〉,2010年.
 ・ Weinreich, Uriel, William Labov, and Marvin I. Herzog. "Empirical Foundations for a Theory of Language Change." Directions for Historical Linguistics. Ed. W. P. Lehmann and Yakov Malkiel. U of Texas P, 1968. 95--188.

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2010-09-28 Tue

#519. 言語の起源と進化を探る研究分野 [evolution][origin_of_language]

 ここ20年くらいの間に言語の起源と進化を探る研究が活発化してきた背景については,[2010-09-24-1], [2010-01-04-1], [2010-07-02-1]などで述べてきた.私自身はこの分野に詳しいわけではないが,ことばの起源,進化,変化という,時間軸を前提としたキーワードを考えれば,英語史や歴史言語学と関連しないはずはなく,関心はもっていた.そこへ,今年の6月に近年の言語の起源・進化に関する研究がまとめられた本が出た.池内正幸氏による『ひとのことばの起源と進化』である.興味を抱いたので読んでみたら,いや,おもしろい.非常に平易に書かれていながら,この分野の最先端の知見と動向が盛り込まれており,読み終わったときにはこんなにエキサイティングな分野なのかと目が開かれた感じである.なるほど言語をこれくらい広い視野で眺めようとすれば,言語学の細分化された分野で研究する際にも大きな見方が可能になるのかもしれないなと思わせた.
 この研究分野を何と称するかはまだ決まっていないようで,著者も「ことばの起源と進化の研究」と言っている.今後注目してゆくにあたって,この分野の「困った特徴」が2点挙げられていたのでまとめておきたい (pp. 85--87) .

(1) 言語の起源と進化のプロセスは,地球や人間の長い歴史のある時点で1回だけ起こったことであり,現在において観察することができない.この点で古生物学の研究と類似する問題を抱えているが,古生物学の場合には化石という形で物的証拠が残る.ところが言語の場合には物的証拠というものがない(言語の起源と進化の痕跡がヒトの DNA のなかに物質として埋め込まれていることが判明すれば別だが).客観的な物質に基づいていないのだから,何らかの仮説や理論が提出されても,それはどこまでいってもも推測の域を出ない.せめてなし得ることは,様々な領域の研究結果を総合して「どの程度総合的に妥当な説明が与えられるか」という妥当性 ( plausibility ) を少しずつ上げてゆくことである.科学として強気に出られないところが弱点ということだろう.

(2) この分野は単に学際的なのではなく「超」学際的である.「超」がつくために領域間の共通理解が進みにくいという問題がある.学際的であるということはエキサイティングであるということだが,あまりに広い領域を包み込んでいるので「共通語」が育ちにくいという事情があるようだ.言語の起源と進化の研究に関連しうる既存する学問分野を挙げればきりがない.例えば「言語学,進化学,生物学,心理学,言語獲得,生態学,動物行動学,考古学,遺伝学,脳神経科学,コンピューター・モデリング等々」.ここには英語史や歴史言語学の分野も鋭く切り込んでゆける(はずである).

 上の2点において,言語の起源と進化の研究はしばしば比較される古生物学とは様相が異なっているということだ.

 ・ 池内 正幸 『ひとのことばの起源と進化』 〈開拓社 言語・文化選書19〉,2010年.

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2010-07-03 Sat

#432. 言語変化に対する三つの考え方 [language_change][evolution][teleology][language_myth][language_equality]

 Aitchison (6--7) によると,言語変化に対する人々の態度は三種類に分けられる.

 (1) 言語変化は完全な状態からの緩慢な堕落である
 (2) 言語変化はより効率的な状態への緩慢な進歩である
 (3) 言語変化は進歩でも堕落でもない

 言語変化を扱う通時言語学では (3) が常識である.言語変化は単に言語の現状を表しているだけであり,堕落でも進歩でもなく,単純化でも複雑化でもない.ある側面で単純化が起こっているように見えても他の側面では複雑化が起こっているものであり,言語としての効率はそれほど変わらない ( see [2010-02-14-1] ) .
 しかし,(1) や (2) の意見はいまだに人口に膾炙している.(1) の論者は,言語がかつての理想的な状態から落ちぶれてきており,現代に起こっている言語変化はおよそ悪であると考える.日本でも,若者の言葉の乱れ,横文字の氾濫がしばしば新聞などで話題にのぼるが,これは (1) の考え方と関係している.イギリスでは,Shakespeare に代表される偉大な文人が現れた16世紀後半の Elizabeth 朝辺りが英語の黄金時代であり,それ以降は理想の姿からゆっくりと堕落してきているのだという考えがあった.往時を偉大とみなすのは人々の常なのかもしれない.
 主に英語について,Brinton and Arnovick は,(1) の考え方がいまだに広く行き渡っているのは次のような理由があるからであると述べている (20--21).

 ・ 往時を偲ぶ郷愁の想い(裏返せば,現世への嘆き)
 ・ 純粋な言語への憧れ(外国語の影響の排除,英語の Americanisation への危惧など)
 ・ 社会的な偏見(ある方言の訛りの蔑視,教養階級の発音への憧れなど)
 ・ ラテン語やギリシャ語などの高度に屈折的な言語のほうが優れているという意識(特に英語は屈折的でない方向へ顕著に変化を遂げてきているので)
 ・ 書き言葉の重視(書き言葉は話し言葉に比べてあまり変化しないので,より優れているという発想につながる)

 (2) については,19世紀の比較言語学者が抱いていた進化論的な言語観を反映している.生物が単純から複雑へと進化してきたように,人類が未開から文明へ進化してきたように,言語も原始の非効率的な形態から現代の効率的な形態へと進化してきたという発想である.私の英語史を受講している学生からのリアクションペーパーでも,英語史における屈折の単純化の過程などを指して「英語は効率的に,使いやすい方向に進化してきたことがわかった」という所感が少なくない.進化論的な言語観が蔓延している証拠だろう.

 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2001.
 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.

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2009-10-04 Sun

#160. Ardi はまだ言語を話さないけれど [anthropology][speech_organ][evolution][origin_of_language]

 東京大学やカリフォルニア大学などの国際チームが,エチオピアで440万年前とされる最古の人類の全身骨格を化石から復元した.この最古の人類は Ardipithecus ramidus 「ラミダス猿人」という種類の人類で,この化石の女性は Ardi と愛称で呼ばれる.人類がチンパンジーから分かれたのは約700万年前とされ,分かれた後の人類の最初の証拠がアルディということになる.人類の起源の研究が新しい段階に入ったとして,米科学誌『サイエンス』が異例の特集を組んでいる.
 [2009-06-08-1]の記事で見たとおり,人類の起源から人類の言語の起源までには,相当な時間的な隔たりがある.言語は長く見積もっても数十万年の歴史をもつに過ぎない.人類は長い間「無言」だったわけだが,進化の過程では言語を獲得するための準備を着々と進めていったことも事実である.
 その準備の一つに,脳の発達がある.言語を操るためには相応の脳の発達が必要だったことは間違いない.ちなみに,アルディの脳は300ccくらいで,まだチンパンジーと同じくらいだったという.
 脳の発達以外にも言語の起源につながるもう一つの重要な準備があった.喉頭 ( larynx ) の発達である.アルディはすでに直立歩行していたようだが,直立することにより喉の空間が縦に長くなり,声帯 ( glottis ) で発せられた音が喉頭で共鳴することができるようになった.これにより,ヒトは音の高さや大きさを調整することができるようになり,そこに感情を載せるなど精妙な表現の手段を獲得したのである.さらに,共鳴器で響いた音が,舌や歯などのより上部の器官で調音され,複雑多岐な子音や母音が発せられるようになった.
 いくら脳が発達して言語能力が高まったとしても,それを表現する手段である声や音の調整が不可能であれば,言語行動 ( speech ) は成り立たなかっただろう.
 現代でも,脳(=表現する内容)と喉頭(=表現する手段)がセットになっていないと言語コミュニケーションは成り立たない.英語という手段だけ身につけようと頑張っても,伝える内容がお粗末ではしかたがない.自戒を込めて,アルディからの教訓.

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