昨日の記事「#5265. 今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質』(中公新書,2023年)」 ([2023-09-26-1]) で紹介した,爆発的に話題を集めている新刊書『言語の本質』より.
本書のメインの議論が味読に値することは間違いないが,何よりも驚いたのは本書の最後で野心的な今井・秋田版「言語の大原則」が挙げられていることだ.「ホケットの向こうを張って,筆者たちの考える「言語の大原則」を述べて,本書を締めくくりたい」 (257) と述べられている.
各項目の各箇条書きについて検討していくとおもしろそうだし,これをたたき台として複数人で議論していくのもエキサイティングだろう.そのために,今回は7箇条をそのまま引用しておこう (257--61) .
言語の本質的特徴
(1) 意味を伝えること
・ 言語は意味を表現する
・ 言語の形式は意味に,意味は形式に結びついていて,両者は双方向の関係にある
・ 言語はイマ・ココを超越した情報伝達を可能にする
・ 言語は意図を持って発話され,発話は受け取り手によって解釈される
・ 意味は推論によって作り出され,推論によって解釈される
・ よって話し手の発話意図と聞き手の解釈が一致するとは限らない
(2) 変化すること
・ 慣習を守る力と,新たな形式と意味を創造して慣習から逸脱しようとする力の間の戦いである
・ 典型的な形式・意味からの一般化としては完全に合っていても,慣習に従わなければ「誤り」あるいは「不自然」と見なされる
・ ただし,言語コミュニティの大半が新たな形式や意味,使い方を好めば,それが既存の形式,意味,使い方を凌駕する
・ 変化は不可避である
(3) 選択的であること
・ 言語は情報を選択して,デジタル的に記号化する
・ 記号化のための選択はコミュニティの文化に依存する.つまり,言語の意味は文化に依存する
・ 文化は多様であるので,言語は必然的に多用途なり,恣意性が強くなっていく
(4) システムであること
・ 言語の要素(単語や接辞など)は,単独では意味を持たない
・ 言語は要素が対比され,差異化されることで意味を持つシステムである
・ 単語の意味の範囲は,システムの中の当該の概念分野における他の単語群との関係性によって決まる.つまり,単語の意味は当該概念分野がどのように切り分けられ,構造化されていて,その単語がその中でどの位置を占めるかによって決まる.とくに,意味が隣接する単語との差異によってその単語の意味が決まる
・ したがって,「アカ」や「アルク」のようにもっとも知覚的で具体的な概念を指し示す単語でさえ,その意味は抽象的である
(5) 拡張的であること
・ 言語は生産的である.塊から要素を取り出し,要素を自在に組み合わせることで拡張する
・ 語句の意味は換喩・隠喩によって広がる
・ システムの中での意味の隙間があれば,新しい単語が作られる
・ 言語は知識を拡張し,観察を超えた因果メカニズムの説明を可能にする
・ 言語は自己生成的に成長・拡張し,進化していく
(6) 身体的であること
・ 言語は複数の感覚モダリティにおいて身体に接地している
・ その意味では言語はマルチモーダルな存在である
・ 言語はつねにその使い手である人間の情報処理の制約に沿い,情報処理がしやすいように自らの形を整える
・ 言語はマルチモーダルに身体に接地したあと,推論によって拡張され,体系化される
・ その過程によってヒトはことばに身体とのつながりを感じ,自然だと感じる.本来的に似ていないもの同士にも類似性を感じるようになり,もともとの知覚的類似性と区別がつかなくなる(二次的類似性の創発とアイコン性の輪)
・ 文化に根ざした二次的類似性は,言語の多様性と恣意性を生む.しかし,それらは身体的なつながりに発し,そこから拡張されて実現されている.このことにより,言語は,人間が情報処理できないような拡張の仕方はしない.また,言語習得可能性も担保されている
(7) 均衡の上に立っていること
・ 言語は身体的であるが,同時に恣意的であり,抽象的である
・ 慣習に制約されながらつねに変化する(慣習を守ろうとする力と新たに創造しようとする力の均衡)
・ 多様でありながら,同時に普遍的側面を包含する
・ 言語は,特定のコミュニティにおいて,共時的←→通時的,慣習の保守←→習慣からの逸脱,アイコン性←→恣意性,多様性←→普遍性,身体性←→抽象性など,複数の次元における二つの相反する方向に向かうベクトルの均衡点に立つ
・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.
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