hellog〜英語史ブログ

#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居[semiotics][metaphor][metonymy][semantics][rhetoric]

2015-05-02

 先日,国立新美術館で開催されているマグリット展に足を運んだ.13年ぶりの大回顧展という.
 René Magritte (1898--1967)はベルギーの国民的画家で,後のアートやデザインにも大きな影響を与えたシュルレアリスムの巨匠である.言葉とイメージの問題,あるいは記号論の問題にこだわり続けたという点で,マグリットの絵画は「言語学的に」鑑賞することが可能である.
 マグリットは metaphor と metonymy を意識的に多用した.多用したというよりは,それを生涯のテーマとして掲げていた.metaphor や metonymy という言葉のあやを絵画の世界に持ち込み,目に見える形で描いた.つまり,目に見える詩の芸術家である.
 意味論において metaphor は類似性 (similarity) に基づき,metonymy は隣接性 (contiguity) に基づくとされ,2つは対置されることが多い.しかし,対置される関係ではないという議論もしばしば聞かれる.マグリットも,絵画のなかで metaphor と metonymy を対立させるというよりは,しばしば同居させ,融合させることによって,この議論に参加しているかのようである.
 例えば,マグリットの絵には,一本の木が,立てられた一枚の葉の輪郭として描かれているものが何点もある.木と葉の関係は全体と部分の関係であり,典型的な metonymy の例だが,同時に両者の輪郭が類似しているという点において,その絵は metaphor ともなっている.絵を眺めていると,metonymy でもあり metaphor でもあるという不思議な感覚が生じてくるのだ.もう1つ例を挙げると,Le Viol (陵辱)という作品では,女性の胸像がそのまま女性の顔とも見えるように描かれている.体と顔とは上下に互いに隣接しており metonymy の関係をなすが,その絵においてはいずれとも見ることができるという点で metaphor でもある.Dubnick (417) によれば,マグリットは,この絵のなかで視覚的に metaphor と metonymy を表現したのみならず,同時に背後で言葉遊びもしているという.

Le Viol (The Rape, 1934) which substitutes a woman's torso for her face, is predominantly metonymic though relationships of similarity are also important. The breasts are substituted for eyes, the navel for the nose, and perhaps a risqué pun on the word labia is intended. This monstrous image is both funny and grotesque. But even though this image may convey a metaphorical and moral message about the sexual basis of a woman's identity, especially in the eyes of the rapist, the core of the painting is really the vulgar synecdoche which replaces the word "woman" with a slang term for a female's genitals. Thus, this is both a verbal and a visual pun.


 Dubnick (418) は,言語学者 Roman Jakobson を引き合いに出しながら,マグリットを次のように評価して評論を締めくくっている.

Jakobson's linguistic theories about metaphor and metonymy suggest that the phrase "visible poetry" was not an empty metaphor for Magritte, who created figures of speech with paint.


 ・ Dubnick, Randa. "Visible Poetry: Metaphor and Metonymy in the Paintings of René Magritte." Contemporary Literature 21.3 (1980): 407--19.

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