hellog〜英語史ブログ

#4704. スコットランド英語の私的体験を少々[youtube][scots_english][glaswegian][sociolinguistics]

2022-03-14

 昨日18:00に井上逸兵さんとの YouTube の第5弾が公開されました.グラスゴー vs. エディンバラ・方言のイメージはどのようにできる?【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #5 】と題する,8分程度の緩いおしゃべりです.今回は脱線も豊富です.



 今回は,動画内でも話題となっているスコットランド英語について私的な体験を少々お話ししたいと思います.私はスコットランドのグラスゴー大学に留学していたことがありますが,当初(だけではないですが)は聞き慣れないスコットランド英語 (Scottish English or Scots) に戸惑いました.イギリス国内でも,とりわけグラスゴー訛りの英語 (Glaswegian) はアクセントがきついというのは広く知られている評価で,実際なかなかの難物でした.
 「○○方言」や「○○訛り」と一言でいっても,そのなかで「上」から「下」までの幅広いヴァリエーションがあるのが通例です.例えば,同じスコットランド英語といっても,(主にスコットランドの首都エディンバラの)知識人が用いる「標準スコットランド英語」は,私たちが一般的に標準イギリス英語として理解している発音とは一線を画しているものの,澄んでいて聞き取りやすい印象を受けます.エディンバラの発音は,イングランド(そしてイギリス全体)の首都であるロンドンとの政治的連携も意識され,「威信ある発音」とみなされています.逆にいえば,コテコテのスコットランド訛りで話す地方出身者からすると,気取った発音に聞こえるようです.
 一方,エディンバラからバスでも鉄道でも1時間ほどしか離れていないグラスゴーの訛りは,かなりコテコテといわれています.グラスゴー訛りの話者は,エディンバラの発音とあえて距離を取ることで,自分たちこそが(イングランドに媚びを売らない)真のスコットランド人なのだというアイデンティティを表出しているところがあります.関連して,スコットランド人でもエリート志向はエディンバラ大学へ進学し,地元志向はグラスゴー大学へ進学するという傾向があると聞いたことがあります.
 対象を「グラスゴー訛り」と狭く絞っても,やはりそのなかで上下の幅があります.私は主に大学の環境にいたので,ある程度コテコテ度の抑えられたグラスゴー訛りを聴く機会が多かったと思います.分からない素振りをすれば,"foreigner talk" のように多少は容赦してしゃべってくれるということもありました.しかし,滞在していたフラットで,(イギリス生活の風物詩ですが)シャワーが壊れたり,タイルが剥がれたりすると,職人さんが修理しに来てくれるわけですが,彼らの文字通りコテコテのグラスゴー訛りには,まったくお手上げでした.職人さん同士で話しているのを立ち聞きしていると,ここがイギリスだと知らなかったならば,そもそも英語として認識できなかったと思います.フラットメイトに地元学生が複数いたために,そこそこグラスゴー訛りの聞き取りスキルは鍛えられていただろうと思い込んでいたのですが,いやはやまったく太刀打ちできませんでした.
 自らのグラスゴー訛りにコンプレックスを抱く学生もいました.地元志向であればそれほどでもないのでしょうが,「中央進出」を考えている学生にとっては,評価の低いグラスゴー訛りが足かせになるのではないかという不安があるようです.関連して「#2029. 日本の方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-16-1]),「#2030. イギリスの方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-17-1]) もご参照ください.
 方言差別や方言コンプレックスというものはあってはならないとは思いますが,現実には多くの言語共同体において方言格差が厳然として存在します.これは社会言語学の一級の話題ですし,私自身も英語史の観点から関連する問題にアプローチしています.

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