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最終更新時間: 2024-04-26 08:56

2021-09-18 Sat

#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介 [word_order][syntax][elt][review]

 名古屋外国語大学の高橋佑宜氏より,ひつじ書房から先日出版された,田地野 彰(編)『明日の授業に活かす「意味順」英語指導 理論的背景と授業実践』(ひつじ書房,2021年)をご献本いただきました(ありがとうございます!).
 「意味順」による英語指導法というものについては,不勉強で知識がありませんでしたが,「意味順」の文法観が固定語順をもつ現代英語のような言語にとってしっくりくるものだということが,よく分かりました.
 英語史を専門とする立場からは,高橋氏の執筆した「第4章 英語史からみた『意味順』」をとりわけおもしろく読みました.固定語順をもたない古英語に「意味順」を適用すると,いったいどうなるのか.また,固定語順が芽生え,確立する中英語から近代英語にかけての動的な時代は「意味順」ではどうとらえられるのか.「意味順」を通時軸に乗せてみた理論的実験として読みました.
 この第4章は,趣旨としては「意味順」論考ではありますが,実は英語の語順の歴史を短く分かりやすく概説してくれる「英語語順史入門」になっています.英語統語論の歴史は研究の蓄積も豊富で(というよりも豊富すぎて),なかなか概観を得られないものですが,よく選ばれた先行研究への言及が随所にちりばめられており,このテーマの入門として読むことができると思います.ちょうど別件で語順の歴史について書いていたこともあり,私にとってタイムリーでした.
 語順問題を扱った hellog 記事として,以下を挙げておきます.他にも word_order の各記事をご参照ください.

 ・ 「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1])
 ・ 「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1])
 ・ 「#2975. 屈折の衰退と語順の固定化の協力関係」 ([2017-06-19-1])
 ・ 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1])
 ・ 「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1])
 ・ 「#3128. 基本語順の類型論 (3)」 ([2017-11-19-1])
 ・ 「#3129. 基本語順の類型論 (4)」 ([2017-11-20-1])
 ・ 「#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移」 ([2017-11-18-1])
 ・ 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1])
 ・ 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1])
 ・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])  ・
 ・ 「#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか?」 ([2021-04-29-1])

 ・ 田地野 彰(編) 『明日の授業に活かす「意味順」英語指導 理論的背景と授業実践』 ひつじ書房,2021年.
 ・ 高橋 佑宜 「第4章 英語史からみた『意味順』」田地野 彰(編)『明日の授業に活かす「意味順」英語指導 理論的背景と授業実践」 ひつじ書房,2021年.87-113頁.

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2021-04-12 Mon

#4368. 年度初めに「英語の先生がこれだけ知っておくと安心というアルファベット関連の話し」の記事セット(2021年度版) [hellog_entry_set][alphabet][hel_education][writing][orthography][grammatology][romaji][spelling][elt]

 年度初めのこの時期,児童・生徒たちにローマ字なり英語アルファベットなりの読み書きを教え始める学校の先生も多いと思います.平仮名や片仮名と同じで,何度も読んで書いて練習し慣れていくというスタイルが普通かと思います.
 学習者にとってはこのように基礎的な作業となるわけですが,教える先生の側にあっては,是非ともアルファベットの成立や発展などの背景的な知識を持っておくことをお薦めします.学習者からの鋭い質問にも答えられるようになりますし,実際にそのような知識を学習者に教える機会はないとしても,アルファベット1文字1文字に歴史的な深みがあることを知っておくことは大事だと思うからです.そこで,本ブログより関係する記事を集め,以下の記事セットとして整理してみました.

 ・ 「英語の先生がこれだけ知っておくと安心というアルファベット関連の話し」の記事セット(2021年度版)

 同趣旨で,およそ1年前,2020年度の開始期に合わせて「#4038. 年度初めに「英語の先生がこれだけ知っておくと安心というアルファベット関連の話し」の記事セット」 ([2020-05-17-1]) を公開していました.今回のものは,その改訂版ということになります.昨年度中は「hellog ラジオ版」と称して音声コンテンツを多く作ってきたので,今回の改訂版には,アルファベットに関する音声ファイルへのリンクなども加えてあります.
 もちろんアルファベットに関する背景知識は,英語の先生に限らず,一般の英語学習者にも持っていてもらいたい知識です.そして,目下「英語史導入企画2021」のキャンペーン中でもありますし,英語史に関心のあるすべての人々に持っていてもらいたい知識でもあります.

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2021-03-04 Thu

#4329. 「英語史の知見を活かした英語教育」について参考文献をいくつか [hel][hel_education][elt][bibliography][academic_conference][review][contrastive_language_history]

 英語史の知見を活かして英語を教えるには(あるいは学ぶには)どのような方法がよいのか.英語史と英語教育の接点を探る試みは,古くて新しい課題である.近年も,英語史を学ぶ意義は何かという問題意識と関連して,日本でも世界でも,再びこの課題が注目されるようになってきている.
 私自身が英語史研究者であると同時に英語教員でもあり,私の大学ゼミには英語教員を目指す学生が一定数いるということもあり,この問題には常に関心を抱いてきた.この分野についてまとまった論考を読むことのできる,近年出版された論文集や書籍を4点ほど紹介したい.

 (1) 家入葉子(編)『これからの英語教育――英語史研究との対話――』 (Can Knowing the History of English Help in the Teaching of English?). Studies in the History of English Language 5. 大阪洋書,2016年.
 (2) Heyes, Mary and Allison Burkette, eds. Approaches to Teaching the History of the English Language: Pedagogy in Practice. Oxford: OUP, 2017.
 (3) 片見 彰夫・川端 朋広・山本 史歩子(編)『英語教師のための英語史』 開拓社,2018年.
 (4) 「特集 英語史教育を考える――なぜ・どのように英語史を教えるのか」 Asterisk 第28巻,2020年.66--180頁.

 まず (1) について.英語史研究会の企画による論集.私も寄稿させていただいており,「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1]) に目次なども掲げたのでご参照ください.
 (2) は,本ブログでも何度か参照して関連する記事を書いてきた論集だが,英語圏での様々な英語史教育の理論と実践が紹介されている.日本とはまったく異なる観点・発想からの英語史教育論として,これはこれで新鮮.
 (3) は,英語史の分野の一線で活躍する論者たちによる論集で,タイトルが表わしている通りの内容.英語史の知識の具体的な活用事例が紹介されている.
 (4) は,古田直肇氏が企画した Asterisk 誌の特集記事群で,私も寄稿させていただいた.執筆者に現役教員や教員経験者が含まれており実践的な内容となっている.論考のラインナップを以下に示しておきたい.

 ・ 英語の授業に必要な英語史の基礎知識 (江藤 裕之)
 ・ リベラル・アーツとしての英語史 (織田 哲司)
 ・ 疑問解決手段としての英語史 (黒須 祐貴)
 ・ 英語史という“実学” (下永 裕基)
 ・ 大学で英語を学ぶということ (高山 真梨子)
 ・ 国際社会における英語史教育の必要性 (田本 真喜子)
 ・ 現代英語に重きをおいた英語史教育 (寺澤 盾)
 ・ 中学校・高等学校における英語史教育 (鴇崎 孝太郎)
 ・ 広い視野を教えてくれた英語史 (長瀬 浩平)
 ・ 故きを温ねて、文法のうつろいやすさを知る (中山 匡美)
 ・ 英語史教育における日英対照言語史の視点 (堀田 隆一)
 ・ 卓越は線の細部から (安原 章)

 この Asterisk の特集は,2019年9月22日に開かれた,駒場英語史研究会シンポジウム「これからの英語史教育を考える――英語史をトリビアに終わらせないために」(コーディネーター:古田直肇氏氏)の成果を部分的に取り込んだものとなっている.私自身が同シンポジウムで「英語史教育における日英対照言語史の視点」と題する発表を行なっているので,参考までにこちらにその時のハンドアウトを公開しておこう.
 以上の文献を参考に「英語史の知見を活かした英語教育」について考えてもらえれば幸いである.また,関連して「英語史を教える・学ぶ意義」について,次の記事も参照.

 ・ 「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1])
 ・ 「#3641. 英語史のすゝめ (1) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-16-1])
 ・ 「#3642. 英語史のすゝめ (2) --- 英語史は教養的な学問領域」 ([2019-04-17-1])
 ・ 「#24. なぜ英語史を学ぶか」 ([2009-05-22-1])
 ・ 「#1199. なぜ英語史を学ぶか (2)」 ([2012-08-08-1])
 ・ 「#1200. なぜ英語史を学ぶか (3)」 ([2012-08-09-1])
 ・ 「#1367. なぜ英語史を学ぶか (4)」 ([2013-01-23-1])
 ・ 「#2984. なぜ英語史を学ぶか (5)」 ([2017-06-28-1])
 ・ 「#4019. ぜひ英語史学習・教育のために hellog の活用を!」 ([2020-04-28-1])
 ・ 「#2470. 2015年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2016-01-31-1])
 ・ 「#3566. 2018年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2019-01-31-1])
 ・ 「#3922. 2019年度,英語史の授業を通じて何を学びましたか?」 ([2020-01-22-1])
 ・ 「#4045. 英語に関する素朴な疑問を1385件集めました」 ([2020-05-24-1])
 ・ 「#4073. 地獄の英語史からホテルの英語史へ」 ([2020-06-21-1])

 ・ 家入葉子(編)『これからの英語教育――英語史研究との対話――』 (Can Knowing the History of English Help in the Teaching of English?). Studies in the History of English Language 5. 大阪洋書,2016年.
 ・ Heyes, Mary and Allison Burkette, eds. Approaches to Teaching the History of the English Language: Pedagogy in Practice. Oxford: OUP, 2017.
 ・ 片見 彰夫・川端 朋広・山本 史歩子(編)『英語教師のための英語史』 開拓社,2018年.
 ・「特集 英語史教育を考える――なぜ・どのように英語史を教えるのか」 Asterisk 第28巻,2020年.66--180頁.
 ・ 堀田 隆一 「英語史教育における日英対照言語史の視点」(ハンドアウト) 駒場英語史研究会シンポジウム「これからの英語史教育を考える――英語史をトリビアに終わらせないために」 於東京大学駒場キャンパス,2019年9月22日.

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2021-01-08 Fri

#4274. 英語の学習・教育にも英語史・英語学の研究にもコーパスやオンラインツールを [corpus][coca][dictionary][methodology][elt]

 先月出版された今井著『英語独習法』が広く読まれているようだ.認知科学に基づく効果的な英語学習の指南書である.私も読了したところだが,目を引いたのは「第5章 コーパスによる英語スキーマ探索法 基本篇」と「第6章 コーパスによる英語スキーマ探索法 上級篇」である.そこでは,学習者に求められるのは受け身の学習ではなくコーパスを利用した能動的な学習であると説かれ,具体的なオンラインコーパスの利用法が伝授される.ターゲットとなる単語についてコーパスが与えてくれる頻度,共起,例文,関連語などの情報をもとに,その単語に関するスキーマを自ら習得していくことが大事である,という趣旨だ.そこで挙げられているコーパスを含めたオンラインツールのうち,無料で利用できるものを挙げておきたい(今井,259--60).

 ・ Weblio 英和・和英辞典
 ・ Cambridge English Dictionary
 ・ SkELL (= Sketch Engine for Language Learning)
 ・ COCA (= Corpus of Contemporary American English)
 ・ WordNet: A Lexical Database for English

 本書の5,6章のほか「探究実践篇」と題する50ページを超える部分では,英語学習のみならず英語学の研究テーマとなり得る種類の話題がいくつか取り上げられており,英語学・英語史を専攻する大学生にとっても有用である.コーパスを利用した研究のヒントとなるだろう.
 本書を貫くキーワード「スキーマ」は「氷山の水面下の知識」とも言い換えられている.英語の単語や表現を真に習得するためには,それを取り巻く百科辞典的な知識たる「スキーマ」を習得することが必要である.英語の単語や表現の習得のためには,確かに必要である.
 (ここからは我田引水にて失礼.)一方,英語という言語を理解するためには,英語のスキーマを理解しておく必要がある.英語を取り巻く社会言語学的な環境であるとか,英語を英語たらしめてきた歴史(=英語史)に関する知識である.これは氷山の水面下にある百科辞典的な知識であり,自然には身につけることができない.やはり能動的に学んでいく必要がある.
 本書を読み,英語史は「英語のスキーマ」「英語という氷山の表面化の知識」の一部を構成するものだったのだな,と気づいた次第.

 ・ 今井 むつみ 『英語独習法』 岩波書店〈岩波新書〉,2020年.

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2020-05-17 Sun

#4038. 年度初めに「英語の先生がこれだけ知っておくと安心というアルファベット関連の話し」の記事セット [hellog_entry_set][alphabet][hel_education][writing][orthography][grammatology][romaji][spelling][elt]

 本ブログでは,英語のアルファベット (alphabet) に関する記事を多く書きためてきました.今年度はようやく年度が始まっているという学校が多いはずですので,先生方も児童・生徒たちに英語のアルファベットを教え始めている頃かと思います.算数のかけ算九九と同じで,アルファベットの学習も基礎の基礎としてドリルのように練習させるのが普通かと思います.しかし,先生方には,ぜひとも英語アルファベットの成立や発展について背景知識をもっておいてもらえればと思います.その知識を直接子供たちに教えはせずとも,1文字1文字に歴史的な深みがあることを知っているだけで,教えるに当たって気持ちの余裕が得られるのではないでしょうか.以下に,そのための記事セットをまとめました.

 ・ 「英語の先生がこれだけ知っておくと安心というアルファベット関連の話し」の記事セット

 この記事セットは,実際には何年も英語を学び続けてきた上級者に対しても十分に楽しめる読み物となっていると思います.アルファベットに関するネタ集としてもどうぞ.

Referrer (Inside): [2021-04-12-1]

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2019-12-20 Fri

#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング [spelling][elt][writing][orthography]

 Cook (86) に,ネイティブの学生がよく間違えるスペリングが掲載されている.以下に挙げてみよう.

definately, knew (for new), bare (for bear), baring (for barring), demeening, tradditional, detatchment, finnished, grater (for greater), senario, compulsary, relevent (for relevant), illicit (for elicit), pronounciation, booring (for boring), layed out, pysche, embarassing, accomodate, quite (for quiet), syllubus, their (for there), sited (for cited), where (for were), to (for too), usefull, vocabularly, affect (for effect), percieved, principle (for principal), sence (for sense)


 確かに間違えやすそうと納得する語もあるものの,すでにその語(の発音)を知っているネイティブの間違え方を眺めていると,英語を第2言語として学んでいる典型的な日本語母語話者の間違え方とは異なっているものも多いことに気づく.私個人としていえば knew/new, grater/greater, to/too, where/were のような混同は未経験である.また,ここには挙がっていないが,ネイティブがよく間違える綴字ともいわれる it's/its についても,なぜ混同するのかピンと来ない.発音は同じだとしても明らかに機能が異なるでしょう,と突っ込みたくなる (cf. 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1])) .
 このようなネイティブと非ネイティブのスペリングの間違え方の差異は,いったい何を意味しているのだろうか.発音ありきのネイティブ的言語習得と,文法ありきの日本の英語教育的言語習得との違いによるものとは想像されるが,非常に含蓄に富む問題である.言語習得や英語教育はもとより,音韻論,文字論,読み書きの科学などの学際的な知見を総動員して迫るべき話題だろう.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

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2019-06-28 Fri

#3714. 活字体(ブロック体)と筆記体 [writing][alphabet][grammatology][elt]

 日本の英語教育では長らく,アルファベットの活字体に加えて筆記体が指導されてきた.英語でいうと活字体(あるいはブロック体とも)は print script, manuscript, ball and stick などと呼ばれ,筆記体は copperplate と呼ばれる.
 近年は筆記体の指導が行なわれなくなってきているようだが,背景には筆記体が実用的な書体とはみなされなくなってきたという事実がある.イギリスの小学校でも,非教育的な書体として放棄されて久しい.ところが,日本の『中学校学習指導要領』の「3 指導計画の作成と内容の取扱い」の (2) のウには「文字指導に当たっては,生徒の学習負担にも配慮しながら筆記体を指導することもできることに留意すること」とあり,公式には筆記体の存続がいまだに許容されている.アナクロな規定が生きながらえているようだ.
 英語母語話者の手書きの手紙やカードなどで筆記体を読む機会はあるではないかと思う向きがあるかもしれないが,多くの場合,あの流れるような手書き書体はいわゆる筆記体ではない.多くの書き手が書いているのは,筆記体とは異なる(しばしば独自の)草書体である.筆記体とはあくまで様々な手書き書体の1つにすぎず,現在それを使っている人は実はごく稀なのである.
 「#3674. Harris のカリグラフィ本の目次」 ([2019-05-19-1]) で見たように,歴史的にも現代においてもアルファベットの書体は多数ある.そのなかで特に実用に供しているわけでもない書体である筆記体を選んで指導するというのも,確かに妙なものかもしれない.私自身は筆記体を習った世代なので,スペリングを板書する際などに出てしまうのだが,何割かの学生は判読できない(少なくとも判読しにくい)のだろうなと反省する.見ている側にとっては,ある種のカリグラフィの趣味を押しつけられているように感じてしまうかもしれない.ただし,英語アルファベットにもいろいろな書体があるという事実に気付いてもらう機会として,ポジティヴに評価することもできなくはないが.
 以上は手島 (25--28) の「『筆記体』に関する「学習指導要領」の認識について」というコラムに拠ったが,その手島 (26) には脱筆記体論についての説得力のある議論がある.引用しておこう.

英米人から受け取った手紙やカードの文字が読みづらいことは,現実にはあるでしょう.けれども,そうした文字が読めない,あるいは,非常に読みにくいのは,筆記体を知らないせいなのでしょうか.相当の高齢者でない限りは,その絵はがきを書いた人も,学校時代に筆記体は習っていないのです.とすれば,その人の書いた文字は,自己流の続け字か,場合によっては,(失礼ながら)悪筆かのどちらかです.ひょっとしたらその文字は,英語を母語とする人にさえも読みにくいかもしれません.筆記体を習っていないせいで読めないと早合点しないように指導することが大切です.大学時代の英米の先生の手書き文字を思い出したり,現在一緒に仕事をしているALTの手書き文字を眺めたりしてみてください.筆記体で書く人はまずいないはずです.


 ・ 手島 良 『これからの英語の文字指導』 研究社,2019年.

Referrer (Inside): [2020-05-23-1]

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2019-06-17 Mon

#3703.『英語教育』の連載第4回「なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」 [notice][hel_education][elt][sobokunagimon][adjective][adverb][comparison][rensai][latin][french][synthesis_to_analysis][link]

 6月14日に,『英語教育』(大修館書店)の7月号が発売されました.英語史連載記事「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第4回目として拙論「なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」が掲載されています.是非ご覧ください.

『英語教育』2019年7月号



 形容詞・副詞の比較表現については,本ブログでも (comparison) の各記事で扱ってきました.以下に,今回の連載記事にとりわけ関連の深いブログ記事のリンクを張っておきますので,あわせて読んでいただければ,-ermore に関する棲み分けの謎について理解が深まると思います.

 ・ 「#3617. -er/-estmore/most か? --- 比較級・最上級の作り方」 ([2019-03-23-1])
 ・ 「#3032. 屈折比較と句比較の競合の略史」 ([2017-08-15-1])
 ・ 「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1])
 ・ 「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1])
 ・ 「#403. 流れに逆らっている比較級形成の歴史」 ([2010-06-04-1])
 ・ 「#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について」 ([2015-09-30-1])
 ・ 「#3349. 後期近代英語期における形容詞比較の屈折形 vs 迂言形の決定要因」 ([2018-06-28-1])
 ・ 「#3619. Lowth がダメ出しした2重比較級と過剰最上級」 ([2019-03-25-1])
 ・ 「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1])
 ・ 「#3615. 初期近代英語の2重比較級・最上級は大言壮語にすぎない?」 ([2019-03-21-1])

 ・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第4回 なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」『英語教育』2019年7月号,大修館書店,2019年6月14日.62--63頁.

Referrer (Inside): [2021-06-25-1]

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2019-06-10 Mon

#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」 [elt][latin][greek][etymology][prefix][combining_form][lexicology]

 中田(著)『英単語学習の科学』に,先行研究に基づいた「最も役に立つ25の語のパーツ」が提示されている (76--77) .これは,3000?1万語レベルの英単語を分析した結果,とりわけ多くの語に含まれるパーツを取り出したものである.パーツのほとんどが,ラテン語やギリシア語の接頭字 (prefix) や連結形 (combining_form) である.

語のパーツとその意味具体例
spec(t) = 見るspectacle(見せ物),spectator(観客),inspect(検査する),perspective(視点),retrospect(回顧)
posit, pos = 置くimpose(負わせる,課す),opposite(反対の),dispose(配置する,処分する),compose(校正する,作る),expose(さらす)
vers, vert = 回すversus(対),adverse(反対の,不利な),diverse(多様な),divert(転換する),extrovert(外交的な)
ven(t) = 来るconvention(大会,しきたり,慣習),prevent(妨げる,予防する),avenue(通り),revenue(歳入),venue(場所)
ceive/ceipt, cept = とる(こと)accept(受け入れる,容認する),exception(例外),concept(概念),perceive(知覚する),receipt(レシート,受け取ること)
super- = 越えてsuperb(すばらしい),supervise(感得する),superior(上級の),superintendent(監督者),supernatural(超自然の,神秘的な)
nam, nom, nym = 名前surname(苗字),nominate(指名する),denomination(命名,単位),anonymous(匿名の),synonym(同義語)
sens, sent = 感じるsensible(分別のある),sensitive(敏感な),sensor(センサー),sensation(感覚),consent(同意,同意する)
sta(n), stat = 立つstable(安定した),status(地位),distant(離れた),circumstance(状況),obstacle(障害)
mis, mit = 送るpermit(許可する),transmit(送る),submit(提出する),emit(放射する),missile(ミサイル)
med(i), mid(i) = 真ん中intermediate(中級の),Mediterranean(地中海),mediocre(並みの),mediate(仲裁する),middle(中央,中間の)
pre, pris = つかむprison(刑務所),enterprise(事業),comprise(構成する),apprehend(捕らえる,理解する),predatory(捕食性の,食い物にする)
dictate, dict = 言うdictate(書き取らせる,命じる),dedicate(捧げる),predict(予言する),contradict(否定する,矛盾する),verdict(評決)
ces(s) = 行くaccess(アクセス,接近),excess(超過),recess(休憩),ancestor(先祖),predecessor(前任者)
form = 形formal(形式的な),transform(変形する),uniform(同形の,制服),format(形式),conform(一致する)
tract = 引くextract(抜粋,抜粋する),distract(気をそらす),abstract(要約,抽象的な),subtract(引く),tractor(トラクター,牽引車)
graph = 書くtelegraph(電報),biography(伝記),autograph(サイン),graph(グラフ),geography(地理)
gen = 生むgenuine(本物の),gene(遺伝子),genius(天才),indigenous(土着の,固有の),ingenuity(工夫)
duce, duct = 導くconduct(導く),produce(生み出す),reduce(減らす),induce(引き起こす,誘発する),seduce(誘惑する)
voca, vok = 声advocate(主張する,唱道者),vocabulary(語彙),vocal(声の,ボーカル),invoke(祈る),equivocal(あいまいな)
cis, cid = 切るprecise(正確な),excise(削除する),scissors(はさみ),suicide(自殺),pesticide(殺虫剤)
pla = 平らなplain(明白な,平原),plane(平面,平らな),plate(皿),plateau(高原,高原状態)
sec, sequ = 後に続くconsequence(結果),sequence(連続),subsequent(その次の),consecutive(連続した),sequel(続編)
for(t) = 強いfortress(要塞),effort(努力),enforce(実施する,強いる),reinforce(強化する),forte(長所)
vis = 見るvisible(目に見える),envisage(心に描く),revise(改訂する),visual(視覚の,映像),vision(視力,ビジョン)


 本ブログでも,必ずしもボキャビルを目的とした記事ではないが,接頭辞,接尾辞,連結形について多々取り上げてきた.prefix, suffix, combining_form などの記事をご覧ください.

 ・ 中田 達也 『英単語学習の科学』 研究社,2019年.

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2019-05-15 Wed

#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」 [notice][hel_education][elt][sobokunagimon][verb][conjugation][tense][preterite][participle][rensai][link]

 『英語教育』の6月号が発売されました.英語史連載記事「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第3回目となる「なぜ不規則な動詞活用があるのか」が掲載されています.是非ご一読ください.

『英語教育』2019年6月号



 日常的な単語ほど不規則な振る舞いを示すというのは,言語にみられる普遍的な性質です.これは英語の動詞の過去・過去分詞形についてもいえます.大多数の動詞は規則的な語尾 -ed を付して過去・過去分詞形を作りますが,日常的な少数の動詞は,buy -- bought -- bought, cut -- cut -- cut, go -- went -- gone, sing -- sang -- sung, write -- wrote -- written などのように個別に暗記しなければならない不規則な変化を示します.今回の連載記事では,これら不規則な動詞活用の歴史をたどります.そして,「不規則」動詞の多くは歴史的には「規則」動詞であり,その逆もまた真なり,という驚くべき真実が明らかになります.
 動詞の不規則変化については,本ブログでも関連記事を書きためてきましたので,以下をご参照ください.

 ・ 「#3339. 現代英語の基本的な不規則動詞一覧」 ([2018-06-18-1])
 ・ 「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1])
 ・ 「#527. 不規則変化動詞の規則化の速度は頻度指標の2乗に反比例する?」 ([2010-10-06-1])
 ・ 「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1])
 ・ 「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1])
 ・ 「#3135. -ed の起源」 ([2017-11-26-1])
 ・ 「#3345. 弱変化動詞の導入は類型論上の革命である」 ([2018-06-24-1])
 ・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])
 ・ 「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1])
 ・ 「#1854. 無変化活用の動詞 set -- set -- set, etc.」 ([2014-05-25-1])
 ・ 「#1858. 無変化活用の動詞 set -- set -- set, etc. (2)」 ([2014-05-29-1])
 ・ 「#2200. なぜ *haves, *haved ではなく has, had なのか」 ([2015-05-06-1])
 ・ 「#1345. read -- read -- read の活用」 ([2013-01-01-1])
 ・ 「#2084. drink--drank--drunkwin--won--won」 ([2015-01-10-1])
 ・ 「#2210. think -- thought -- thought の活用」 ([2015-05-16-1])
 ・ 「#2225. hear -- heard -- heard」 ([2015-05-31-1])
 ・ 「#3490. dreamt から dreamed へ」 ([2018-11-16-1])
 ・ 「#439. come -- came -- come なのに welcome -- welcomed -- welcomed なのはなぜか」 ([2010-07-10-1])
 ・ 「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1])
 ・ 「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1])
 ・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])

 連載のバックナンバーとして,第1回記事「なぜ3単現に -s をつけるのか」第2回記事「なぜ不規則な複数形があるのか」の案内もご覧ください.

 ・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第3回 なぜ不規則な動詞活用があるのか」『英語教育』2019年6月号,大修館書店,2019年5月13日.62--63頁.

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2019-05-09 Thu

#3664. 主な英語の資格・検定試験の概要 [elt]

 猪浦(著)『TOEIC亡国論』を読んだ.著者は,TOEICそのものが問題というよりも,TOEICは「英語力」の限定された側面を測定するためのものであり,総合的な力の指標ではないにもかかわらず,そのようなものとして広く認知されてしまっている点が問題であると主張する.英語力の一面しか測定できないという点では,TOEICに限らず他の資格・検定試験も同じ問題を抱えているわけであり,結局のところすべての英語学習者のすべての側面の英語力を一律に測るということは不可能なのだ.個人の学習目的に応じて必要とされる英語力の側面や水準は異なるはずなのに,ある1つの試験によって評価しようとするのがそもそも間違いなのだ,という論旨だ.
 著者が「主な英語の資格・検定試験の概要」 (48--49) をまとめてくれている(文部科学省「平成28年度全国学力・学習状況調査による中学校の英語の実施に関する最終報告(案)基礎資料」に基づいて作成されている).私自身が受験経験のあるものもないものも,確かにいろいろ出てきているなあ,という印象だ.

試験名実施団体受験人数年間実施回数成績表示方法出題形式:実施方式 (*1)受験料
ケンブリッジ英語検定 (Cambridge English)ケンブリッジ大学英語検定機構国内人数非公開(※全世界では約500万人)2--3回上初級から特上級(5つ)
合否はスコア (80--230),
及びグレード
L, R, W:紙
S:ペア面接
PET 11,800円?
KET 9,720円?
(*5)
実用英語技能検定日本英語検定協会約339万人(H28実績)3回1級?5級
合否による表示
H27よりスコアと英検バンドを併記
L, R:紙/CBT
(W):紙
(S):面接/CBT (*2)
1級:8,400円
5級:2,500円など
GTEC CBTベネッセコーポレーション
Berlitz Corporation
ELS Educational Services
※一般財団法人進学基準研究機構 (CEES) と共催
非公表3回(H27)0--1400点L, S, R, W:CBT9,720円
GTEC for STUDENTSベネッセコーポレーション
Berlitz Corporation
ELS Educational Services
約73万人(H26実績)2回0--810点L, R, W:紙
(S):タブレット (*3)
3,080円
(5,040円 L R, W, S)
IELTSブリティッシュ・カウンシル
ケンブリッジ大学英語検定機構
日本英語検定協会等
約3万人(H26実績)
※全世界では240万人
約35回1.0--90 (0.5刻み)L, R, W:紙
S:面接
25,380円
TEAP日本英語検定協会約1万人(H26実績)3回80--400点L, R, W:紙
S:面接 (*4)
6,000円?15,000円
TOEFL iBTEducational Testing Service
(日本事務局:CIEE)
非公表40--45回0--120点
(4技能を各0--30点で評価)
L, S, R, W:CBT235USドル
TOEFL Junior ComprehensiveEducational Testing Service
(日本事務局:GC&T)
非公表2--3回0--352点L, S, R, W:CBT9,500円
TOEIC L&REducational Testing Service
(日本事務局:IIBC)
約262.9万人(H26実績)
※TOEICプログラム全体
全世界700万人
10回10--990点
(L, R各5--495点)
L, R:紙5,725円
TOEIC S&WEducational Testing Service
(日本事務局:IIBC)
約1.5万人(H25実績)24回0--400点
(S, W各0--200点)
S, W:CBT10,260円

*1?シ哭=Listening, S=Speaking, R=Reading, W=Writing

*2:W は1級・準1級,Sは3級以上

*3:S はオプション

*4:L/R, L/R/W でも受験可能

*5:試験会場により異なることあり



 英語のの資格・検定試験が1つの産業となっていることがよく分かる.

 ・ 猪浦 道夫 『TOEIC亡国論』 集英社〈集英社新書〉,2018年.

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2019-04-13 Sat

#3638.『英語教育』の連載第2回「なぜ不規則な複数形があるのか」 [notice][hel_education][elt][sobokunagimon][plural][number][rensai][link]

 『英語教育』の英語史連載記事「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」が,前回の4月号より始まっています.昨日発売された5月号では,第2回の記事として「なぜ不規則な複数形があるのか」という素朴な疑問を取りあげています.是非ご一読ください.

『英語教育』2019年5月号



 名詞複数形の歴史は,私のズバリの専門分野です(博士論文のタイトルは The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English でした).そんなこともあり,本ブログでも複数形の話題は plural の記事で様々に取りあげてきました.今回の連載記事の内容ととりわけ関係するブログ記事へのリンクを以下に張っておきます.

 ・ 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])
 ・ 「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1])
 ・ 「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1])
 ・ 「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1])
 ・ 「#337. egges or eyren」 ([2010-03-30-1])
 ・ 「#3298. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (1)」 ([2018-05-08-1])
 ・ 「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianospotatoes か?」 ([2019-02-22-1])
 ・ 「#3586. 外来複数形」 ([2019-02-20-1])

 英語の複数形の歴史というテーマについても,まだまだ研究すべきことが残っています.英語史は奥が深いです.
 2017年に連載した「現代英語を英語史の視点から考える」の第1回「「ことばを通時的にみる 」とは?」でも複数形の歴史を扱いましたので,そちらも是非ご一読ください.

 ・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第2回 なぜ不規則な複数形があるのか」『英語教育』2019年5月号,大修館書店,2019年4月12日.62--63頁.

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2019-04-09 Tue

#3634. 仮名による英語音声表記の是非 [ipa][phonetics][elt][hiragana]

 『英語教育』4月号に,上野氏による「教育的な英語音声表記としての仮名の可能性:歴史から学び現在に活かす」と題する記事が掲載されており,興味深く読んだ.日本で出版されている英語の辞書,単語集,教科書などで,IPA (International Phonetic Alphabet) 表記やそれに準じたアルファベット使用の表記を採用せずに,平仮名や片仮名を用いるものが散見されるが,その教育的効果はどんなものなのだろうかと思っていた.
 仮名表記の是非を巡る議論は,昔からあったようだ.IPA 導入以前には英語学習に際して仮名表記が行なわれていたが,いったん IPA が導入されると仮名表記の分が相対的に悪くなった.「非科学的」「不正確」「種々の約束が必要」というイメージが付されたからだ.
 しかし,一方で IPA などによる音声表記への理解が深まってくると,一種の反動が起こってきた.そして,岡倉由三郎や市河三喜という大物が,仮名表記の擁護に乗り出す.IPA も仮名表記もあくまで表記にすぎず,両者の精粗の違いは程度の問題だという議論が起こってきたのである.岡倉は,IPA は初学者にとって未知数だが,学ぼうとしている英語の文字遣い自身が未知数であるときに,別の未知数をもって学ばなければならないというのはおかしな話しだと至極まともな議論を展開した.市河も,学術的視点ではなく教育的視点に立てば,仮名表記も効果的ではないかと評価した.
 結局のところ,IPA にせよ仮名表記にせよ,いかなる目的で英語音を表記しようとしているかという点が最も重要なのであり,それに応じて「(非)科学的」「(不)正確」「種々の約束(の要不要)」の評価も変わってくるだろう.「#669. 発音表記と英語史」 ([2011-02-25-1]) でも論じたように,narrow transcription か broad transcription かというのは,どちらかが絶対的に良いという問題ではなく,目的に依存する相対的な問題である.したがって,仮名表記も絶対的に劣っているとか優れているとかいう議論にはなり得ない.
 (レベルにもよるだろうが)英語教育上,実際に仮名表記がどれだけ効果的なのかに関する実証的な研究は,ほとんどなされていないようだ.しかし,上野らの発音指導に関する調査によると「母語援用群の発音が最も向上し,学習者の認知的負荷も最も低くなった」 (69) とある.たとえば「ゥラィト」のような表記から,学習者は音声情報について重要な直感を得られるという.上野は「教育的表記にとって重要なのは,音声をどれだけ正確に表記するのかではなく,いかにして学習者に学習困難な外国語の発音を習得させるかである.ともすれば,学習者が既に持っている母語の長音感覚を足場がけにするために仮名表記を活用しても良いのではないだろうか」 (69) と締めくくっている.
 関連して,IPA とその歴史について「#822. IPA の略史」 ([2011-07-28-1]),「#3362. International Phonetic Association (IPA)」 ([2018-07-11-1]),「#3363. International Phonetic Alphabet (IPA)」 ([2018-07-12-1]),「#251. IPAのチャート」 ([2010-01-03-1]) で書いてきたので参照されたい.

 ・ 上野 舞斗 「教育的な英語音声表記としての仮名の可能性:歴史から学び現在に活かす」『英語教育』2019年4月号,大修館書店,2019年3月14日.68--69頁.

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2019-03-27 Wed

#3621. 「命令法」を認めず「原形の命令用法」とすればよい? (2) [imperative][mood][subjunctive][tense][future][category][elt][3sp]

 昨日の記事に引き続き「原形の命令用法」に関する問題.松瀬は昨日引用した論文とは別の関連論文のなかで,より突っ込んだ英語教育の観点からこの問題に切り込んでいる.「原形の命令用法」を押し出すことで,関連する諸現象とともに一貫した英文法を提供できるのではないかという.その「まとめ」を引用したい (78) .

 結局,現代英語で命令形を構成する主要動詞要素は(たとえ言語的事実は,命令法を体現する定形動詞の摩耗形であったとしても,独自の動詞形態を持たない以上)「原形(不定詞)」と捉えざるを得ず,「動詞の法」の観点からは決してそれを定形と呼ぶわけにはいかないが,「文の法」としては定形とも見なされるので,その意味で「命令文」と呼ぶことも可能であると結論づけられる.しかも,従属節接続法現在形でも,法助動詞が現れないときには,命令形と同様に原形のみが現れるとする見方は,その義務や勧告を表す意味機能との親和性とも相俟って,非常に統一感のある捉え方だと言っていい.命令法と接続法現在形を原形が表す非事実的法性で一括りに捉えることができるということである.確かに,「法」の概念自体は英語教育の現場では等閑視されている項目であろうが,「原形」という言い方は非常によく使われている現状を考えたとき,むしろこれを前面に押し出した指導法には大いにメリットがあると思われる.
 学校では,いわゆる三単現の -s については,(本来なら非常に重要で,理解に不可欠な)直説法という概念は無視して,やかましく指導されるが,それに真っ向から反する,従属節接続法現在形の he do という連鎖を理解するためには,法に関しての知識がどうしても必須である.そこでたとえ「法」という言葉は使わないにしても,両者間にある事実性と非事実性という対立を教員は是非とも指摘しなければならない.その際,動詞の「原形」は非事実的法性(の一部)を担うという考え方を披瀝することは,法や定形性の意味的理解を深める上でも十分に有効であろう.


 通時的な事実を十分に押さえた上で,あえてその発想から決別し,共時的な体系化を図るという論者の姿勢は,おおいに真似したいところだ.また,引用後半にあるように,この問題は裏から迫った「3単現の -s」の問題とも換言できそうで,示唆に富む.

 ・ 松瀬 憲司 「定形か非定形か---英語の命令「文」について---」『熊本大学教育学部紀要』第63巻,2014年,73--79頁.

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2019-03-26 Tue

#3620. 「命令法」を認めず「原形の命令用法」とすればよい? (1) [imperative][mood][subjunctive][tense][future][category][elt]

 現代英語について命令法 (imperative mood) を認めるか否かという問題は,英語学でもたびたび議論がなされてきた.法 (mood) を純粋に形態論的なカテゴリーと解するならば,伝統文法でいう動詞の「命令形」は原形(不定詞)と同一であるから,ここに独自の法を設定する必要はないということになる.むしろ,原形(不定詞)を基本に据えて,その用法の1つとして命令用法があると考えるほうがすっきりする.命令用法と原形の他の諸用法には,意味的な「非事実性」および統語意味的な「非定性」という共通項も見出され,その点でも理論的に都合がよい.さらにいえば,従来「接続法現在」と呼ばれてきたものも形態的には原形と異ならないのだから,やはり同じグループに入ることになるだろう.実際,「接続法現在」はまさに「非事実性」を持ち合わせている.
 上で述べてきたことは,原形,命令形,接続法現在形とそれらの用法は「非事実性」の法として1つにくくることができるという提案だが,ある意味で「非事実性」の典型ともいえる「未来」への言及が,これらと同形(=原形)によって担われないのはなぜかという問題は残る.「仮定」や「思考」の表現においても同様である.このように法,時制,定性,非事実性などの諸カテゴリーが複雑に交錯する問題を扱うのは決して容易ではない.「命令法」の扱いを改めようと一押しすると,「未来時制」の扱いに不都合が生じる,といった玉突きが生じるからだ.
 上の議論は,およそ松瀬の議論の要約である.松瀬論文では,通時的・共時的な観点からこの問題に迫っているが,その「まとめ」は次の通り (98) .

 高度に屈折した古典語では,法を区別する手立ては十分すぎるほどあり,その存在意義もまた十分にあったが,完全とまでは言えず,同じ動詞形態が複数の法を表すことも一部だがあった.おそらくそのような形態上の重複という形式面と,直説法現在が未来の事象までも射程に入れることが可能だったという意味的側面とが相まって,有標の接続法ではなく,無標の直説法のなかに未来時を設定することが常態化していたのではないかと考えられる.
 それに対して,動詞の語形変化が古英語に比べて極めて簡素化された現代英語では,もはや動詞形態としての法を明示することができない状況にあるが,それでも事実的法性は,〔中略〕'stance' marker として機能する.will などの法助動詞や if などの特殊なマーカーおよび,従属節を従える場合でも,suggest や require といった主節動詞の持つ意味によって過不足無く伝えることができる.このように考えれば,未来時の指示は,典型的には法助動詞 will という stance marker により,その非事実的法性を表す有標な構造と捉えることができ,そこには直説法や接続法といった法概念を特に持ち込む必要はないことになる.さらに付け加えれば,非事実的法性を表す有標構造には,時として従属節に(節たり得ない)非定形動詞である原形(不定詞)が現れる.それは別の見方をすれば,〔中略〕伝統的な命令法を,その動詞を定形動詞ではなく原形(不定詞)と見なした場合,まさにその命令法形が従属節に埋め込まれているとも考えられるわけで,だとすると逆に,非事実的法性を表す原形(不定詞)の一用法として従来の命令法を捉えることもでき,命令法自体を法の一種として別立てにする必要も同時になくなることになる.


 英語学的に「命令」をどう扱うべきかという問題は,当然ながら英語教育にも関わってくるだろう.

 ・ 松瀬 憲司 「未来時に「事実性」はあるのか---英語の直説法と接続法---」『熊本大学教育学部紀要』第62巻,2013年,91--100頁.

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2019-03-15 Fri

#3609. 『英語教育』の連載「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」が始まりました [notice][hel_education][elt][sobokunagimon][3sp][rensai]

 昨日発売の大修館書店『英語教育』2019年4月号より,「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」と題する連載を開始しました.同誌の昨年9月号に,同じ趣旨で単発の記事を寄稿させていただきましたが,その延長編というようなシリーズになります(cf. 「#3396. 『英語教育』9月号に「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」が掲載されました」 ([2018-08-14-1])) .

『英語教育』2019年4月号



 初回となる4月号の話題は「第1回 なぜ3単現に -s をつけるのか」です.2ページという誌面に,この問題のエッセンスを煎じ詰めて書きました.また,導入の節では,連載開始の挨拶かたがた「英語史を学ぶメリット」を力説しました.ぜひご一読ください.初回ならではの力みには目をつぶっていただき,今後ともよろしくお願い致します.
 連載のタイトルに「英語指導の引き出しを増やす」と前置きしてある通り,また『英語教育』という雑誌の記事であることから,当然ながらまず第一に英語の先生を読者として念頭においていますが,一般の英語学習者や英語学の学生の読者も意識して執筆していますので,英語の教育・学習に関係する方々に広く読んでもらえればと思います.
 英語史の「ツボ」という連載タイトルですが,『広辞苑』によれば「ツボ」とは「急所.要点.かんどころ」の意.毎回この意味をとりわけ強く意識して執筆していきます.よろしくどうぞ.

 ・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第1回 なぜ3単現に -s をつけるのか」『英語教育』2019年4月号,大修館書店,2019年3月14日.62--63頁.

Referrer (Inside): [2019-05-22-1] [2019-03-16-1]

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2018-08-14 Tue

#3396. 『英語教育』9月号に「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」が掲載されました [notice][hel_education][elt][sobokunagimon]

 大修館の雑誌『英語教育』9月号に,拙稿「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」を寄稿しました.9月号の第1特集「授業に活かせる『英語の世界』」の1記事として掲載されていますが,特集全体の趣旨とラインナップは以下の通りです.

授業に活かせる「英語の世界」

知っているようで意外と知らない「英語の世界」。英語史・語源から,新たに登場した新出表現など,授業の中で活かせる豆知識をご紹介し,指導の引出を増やしていきます。

 「英語」は誰が使っている? (小林めぐみ)
 素朴な疑問に答えるための英語史のツボ (堀田隆一)
 覚えておきたい英語の諺・名言 (岩田純一)
 語彙力増強に役立つ「語源的学習法 (Etymological Learning)」 (長瀬浩平)
 国際英語の視点から:非英語圏からの新英語表現 (藤原康弘)
 「娯楽」と「教養」を授ける 映画の英語学習への活用 (鎌倉義士)
 魅力ある教材 マザーグース:リズムとライムで英語に親しむ (鳥山淳子)
 やさしい言葉と深い意味:授業に活かせるシェイクスピア (由井哲哉)
 多言語の視点から「英語」を眺める (森住 衛)

 [コラム]
 英語圏の祝祭日について (塩澤 正)
 小学校でのジェスチャーの活用と注意したいこと (相田眞喜子)
 文字と書き方の話 (朝尾幸次郎)


 拙稿では,(1) 「不規則」動詞と呼ばれているものが,かつては「規則」そのものだったという,あっと言わせる(?)ネタを提示し,(2) 「秋」を表わす fall (米) vs autumn (英)のような方言差の事例は,英語史的には実はよだれが垂れそうなほど面白い第一級の話題であることを紹介しました.両者とも「授業の中で活かせる豆知識」ではありますが,それ以上の意義があると信じています.文章の最後で次のように述べました.

今回紹介した英語史のツポは,授業にスパイスを加えてくれるネタとして役立つだけでなく,英語の新しい見方そのものだということが分かっていただけたかと思います。これをきっかけに,ぜひ英語史の世界に足を踏み入れてみてください!


 ご関心のある方は,是非ご一覧を.

 ・ 堀田 隆一 「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」 『英語教育』(大修館) 第67巻第6号,2018年.12--13頁.

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2018-07-12 Thu

#3363. International Phonetic Alphabet (IPA) [ipa][phonetics][history_of_linguistics][diacritical_mark][elt]

 昨日の記事「#3362. International Phonetic Association (IPA)」 ([2018-07-11-1]) に引き続き,この協会が作成した学術遺産たる International Phonetic Alphabet (国際音標文字; IPA)について.「#822. IPA の略史」 ([2011-07-28-1]),「#251. IPAのチャート」 ([2010-01-03-1]) でも概要に触れたが,今回は McArthur (523--24) の英語学辞典より説明を引こう.

INTERNATIONAL PHONETIC ALPHABET, short form IPA. An alphabet developed by the International Phonetic Association to provide suitable symbols for the sounds of any language. The symbols are based on the Roman alphabet, with further symbols created by inverting or reversing roman letters or taken from the Greek alphabet. Such symbols are designed to harmonize as far as possible with standard Roman symbols, so as to fit as unobtrusively as possible into a line of print. The main characters are supplemented when necessary by diacritics. The first version of the alphabet was developed in the late 19c by A. E. Ellis, Paul Passy, Henry Sweet, and Daniel Jones from a concept proposed by Otto Jespersen. It has been revised from time to time, most recently in 1989 (see accompanying charts). The IPA is sufficiently rich to label the phonemes of any language and to handle the contrasts between them, but its wide range of exotic symbols and diacritics makes it difficult and expensive for printers and publishers to work with. As a result, modifications are sometimes made for convenience and economy, for example in ELT learners' dictionaries. Phoneme symbols are used in phonemic transcription, either to provide a principled method of transliterating non-Roman alphabets (such as Russian, Arabic, Chinese), or to provide an alphabet for a previously unwritten language. The large number of diacritics makes it possible to mark minute shades of sound as required for a narrow phonetic transcription. The alphabet has not had the success that its designers hoped for, in such areas as the teaching of languages (especially English) and spelling reform. It is less used in North America than elsewhere, but is widely used as a pronunciation aid for EFL and ESL, especially by British publishers and increasingly in British dictionaries of English. The pronunciation in the 2nd edition of the OED (1989) replaces an earlier respelling system with IPA symbols.


 19世紀末の名立たる音声学者・言語学者によって作られた IPA は,その後,日本にももたらされ,英語教育の重要な一端を担うことになった.音声学・音韻論などの学術的な文脈でも確立したが,教育の現場では北米においてメジャーではなかったし,現在の日本の英語教育においても IPA に基づく「発音記号」はかつてほど一般的に教えられているわけではないようだ.
 そもそも,ある言語の発音を表記するといっても,そこには様々な立場がある.音声表記と音素表記とでは言語音に対する姿勢がまるで異なるし,それと密接に関連する narrow transcription と broad transcription の区別も著しい (cf. 「#669. 発音表記と英語史」 ([2011-02-25-1])) .
 IPA が公表されてから130年ほどが経つが,言語音の表記を巡る問題は,音声学・音韻論の理論と言語教育の実践との複雑な絡み合いのなかで,容易に解決するものではないだろう.言語とは,かくも精妙な記述対象である.
 なお,上の引用内では IPA の最新版は1989年となっているが,これは McArthur 編の辞典の出版が1992年のため.現在ではこちらからダウンロードできる2015年版が最新である.  *

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

Referrer (Inside): [2019-04-09-1]

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2017-01-02 Mon

#2807. 「新言語学は英語教育に役立つか?」という問い [elt][grammar][generative_grammar]

 安井(著)『20世紀新言語学は何をもたらしたか』の第7章に「新言語学と英語教育とのかかわり」と題する章があり,そこで標題の問いが論じられている.ここでいう新言語学とは,生成文法 (generative_grammar) を指している.この論考がすぐれているので,紹介したい.
 まず,この問いはたいてい疑問としてではなく反語として発せられるものだということが述べられている.つまり,前提として「新言語学は英語教育に役立たない」という発想があるということだ.対するは,伝統的な学校文法になるわけだが,こちらは「洋の東西を問わず,英語教育を,いわば独りで背負ってきたものである.よかれあしかれ,かけがえのないものであったのである.掛け替えのないものに対して,「役に立つか」とか,「役に立たないか」と問うことは,まったく意味をなさないということはないが,現実みに欠けることになるのではないかと思われる.」このような位置づけにある学校文法を置き換えるほどの英語教育向きの文法(理論)は,そうは簡単に現われないだろう.その意味では,生成文法とて,その他の○○文法とて,どうしても力不足である.
 では,英語教育向きの文法(理論)とはどのような条件を備えている必要があるのか.安井 (152) 曰く,首尾一貫性と包括性の2点である.このうち,教育上とりわけ重要なのは,包括性だろう.英語教育上,個々の問題を盤石な理屈で説明することができないのは仕方ないとしても,英語のあらゆる問題を扱えないようでは,実用文法として失格だからである.学校文法は,首尾一貫性をおおいに犠牲にしながらも,包括性は確保しようと努めてきた.それに対して,もともとは教育目的で発展したわけではない生成文法は,理論的な首尾一貫性の点では勝るが,関心は統語論の問題,もっと言えば統語論における特定の問題に偏っているため,包括性はない.したがって,英語教育が首尾一貫性よりも包括性を重視するものである以上,たいていの文法理論は学校文法にかなわないといってよい.
 しかし,生成文法をはじめとする文法理論は,包括的ではなく限られた領域に関してのみではあるにせよ,学校文法の首尾一貫性の低さを補って,その程度をいくらか高めることには貢献し得るだろう.学校文法は,包括性を堅持する代わりに,首尾一貫性は初めからある程度あきらめるというところに成り立っているが,文法理論のすぐれた部分については吸収し,首尾一貫性を少しでも高めることができる有利な立場にあるのである.
 安井 (155--56) の結論部を引こう.

新言語学の新知見は,こういう伝統的な文法の中に組み込まれた瞬間から,伝統文法の一部になりうるのである。方法論上の首尾一貫性をもたない伝統文法は,首尾一貫性の欠如に対する代償として,新言語学の知見を,部分的にでも,自らの中に含みうるという強みをもっているのである。要するに,新言語学は英語教育に役立つかという問いは,伝統的学校文法は英語教育に役立つかという問いと表裏をなすものであって,結論的に言えば,両者ともまったく無用であるとする論は,両者とも,それだけで充足しているとする論と同様に誤りであり,英語教育関係者の立場からするなら,(具体的に言及する余裕を失ったが)有用なものである限り,伝統的学校文法であると変形文法であるとを問わず,等しく採り用いるべきであるという自明な一事に尽きることになると思われる。


 ・ 安井 稔 『20世紀新言語学は何をもたらしたか』 開拓社,2011年.

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2016-12-26 Mon

#2800. 学ぶべき英語変種は何か [elt][variety][ame][bre][americanisation][wsse][world_englishes][model_of_englishses]

 日本の英語教育では,アメリカ英語が主流となっている.20世紀後半からはアメリカの国力を背景に,世界的にもアメリカ英語の影響力が増し,アメリカ英語化 (americanisation) が進行してきたことは疑いえない(「#851. イギリス英語に対するアメリカ英語の影響は第2次世界大戦から」 ([2011-08-26-1]) を参照).しかし,一方で歴史的に培われてきた世界におけるイギリス英語の伝統も根強く,「#376. 世界における英語の広がりを地図でみる」 ([2010-05-08-1]) の地図でみたように,その効果はいまだ広範にして顕在である.
 このように,米英2大変種はしばしば対立して示されるが,今後発展していくと想定される英語の世界標準,いわゆる "World Standard (Spoken) English" (wsse) が,米英2大変種のいずれかに一致するということはないだろう.勢いのあるアメリカ英語がその中心となっていくだろうとは予想されるが,あくまでその基盤となるだろうということであり,その上に様々な独立変種あるいは混合変種の要素が加えられ,全体として混交・中和した新たな変種へと発展していくと予想される(関連して,「#426. 英語変種のピラミッドモデル」 ([2010-06-27-1]),「#1010. 英語の英米差について Martinet からの一言」 ([2012-02-01-1]) などの記事を参照).
 このような状況を考えると,何が何でもアメリカ英語をマスターするとか,あるいはイギリス英語にこだわるとか,英語学習において力む必要はなくなってきていると言えるだろう.聴く・読むという受動的な英語能力の観点からいえば,有力な変種に特有な表現などについて,よく学習しておくに越したことはないが,話す・書くという能動的な能力に関しては,それほど「○○英語での言い方」にこだわる必要はない,少なくともその必要性は薄れてきているのではないか.
 上の提案の妥当性を判断するのに,世界における英語使用の展望を要約した Baugh and Cable (394) の文章が参考になる.

The global context of English . . . makes the traditional categories [= American English and British English] more problematic and the choices more complex than they were previously perceived to be. American English may be the most prominent source of emerging global English, and yet it will be American English derancinated and adapted in a utilitarian way to the needs of speakers whose geography and culture are quite different. To the extent that Americans think about the global use of English at all, it is often as a possession that is lent on sufferance to foreigners, who often fail to get it right. Such a parochial attitude will change as more Americans become involved in the global economy and as they become more familiar with the high quality of literature being produced in post colonial settings. Many earlier attacks on American English were prompted by the slang, colloquialisms, and linguistic novelties of popular fiction and journalism, just as recent criticism has been directed at jargon in the speech and writings of American government officials, journalists, and social scientists. Along with the good use of English there is always much that is indifferent or frankly bad, but the language of a whole country should not be judged by its least graceful examples. Generalizations about the use of English throughout a region or a culture are more likely to mislead than to inform, and questions that lead to such generalizations are among the least helpful to ask. In the United States, as in Britain, India, Ghana, and the Philippines, in Australia and Jamaica, one can find plentiful samples of English that deserve a low estimate, but one will find a language that has adapted to the local conditions, usually without looking over its shoulder to the standards of a far-away country, and in so adapting has become the rich medium for writers and speakers of great talent and some of genius.


 もちろん,あえて諸変種のちゃんぽんを学ぶことを心がけるというのも妙なものなので,緩やかに学習のターゲットとなる変種を定めておいた上で,他変種からの混合も自由に受け入れるという柔軟な態度が最良なのかもしれない.そして,そのような英語学習の結果として,世界的で格調高い新しい英語変種の使い手になることが望ましいと考える.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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