私を含め日本語を母語とする人々の多くは,英語を外国語としての英語 (EFL) という目線でみている.その立場から,英語の正書法(の学びやすさ/にくさ)を評価したり,あれこれ論じるのが普通である.しかし,正書法に関する限り,英語を母語とする (ENL) 話者の子供も自然に習得するわけではなく,教育制度の下で意識的に学ばなければならない.ENL の子供はすでに英語の音韻論をあらかた習得した上で学習に臨むという点で,EFL学習者とは前提が異なっているので,「#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング」 ([2019-12-20-1]) でもみた通り,EFL学習者からみると独特なスペリングの間違え方をすることがある.私たちにとってみれば「EFLの綴り手は辛いよ」と言いたいところだが,ネイティブも別の観点から「ENLの綴り手は辛いよ」とぼやきたいはずである.
とりわけ各種の地域方言など非標準英語を母語(母方言)とするネイティブにとって,標準英語に基づいた英語の表音的な正書法(とはいえ,中途半端な表音主義のそれではあるが)は厄介である.コックニー (cockney) などを母方言とする,音素 /h/ をもたない英語話者にとって,hit と it の発音は同一となるが,書く際には前者を <h> ありで,後者 <h> なしで綴るということを明示的に学習しなければならない.つまるところ暗記ということになり,勘違いすれば hit を <it>,it を <hit> と入れ違いで綴り,赤っ恥を掻くということもあり得る.むしろ,この件に関しては,<h> の音素をもつ日本語を母語とする英語学習者のほうが間違えにくいだろう.
同じようなことが,th-fronting として知られる現象に関してもいえる.これはある英語変種や個人の発音において,th が /θ/ ではなく,前寄りの /f/ で発音されるものである.発音習得中のネイティブの子供にもよくみられる現象だ.Cook (129) は,別の研究者による East Tilbury (Essex) の4--7歳の発音に関する調査結果を次のように紹介している.
Children preferred 'fing' over 'thing' by 56% to 32%, 'nuffing' over 'nothing' by 37% to 34%. Overall they opted for the dialect spelling 30% of the time. Learning to spell English is a problem for any child who speaks English with an accent that is non-standard in a particular country, whether England or Australia. To make the spelling system work, children with non-standard accents have either to invent correspondence rules for their own dialect that are different from those they are taught, that is, <th> corresponding to /f/ or /v/ in East Tilbury, or have to imagine what a standard speaker would say rather than themselves and their parents. In other words to some extent they are in the position of second language learners, basing spelling correspondence on a phonology that is not their own.
日本語母語話者は,英語正書法が(非標準英語)ネイティブに対してもつこの側面には,なかなか気づかないだろう.世界中の英語の綴り手は,いずれにせよ何かしらの困難に直面することになるのだ.
・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
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