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etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-28 22:36

2021-05-11 Tue

#4397. star で英語史 [lexical_stratification][latin][lexicology][astrology][sound_change][vowel][etymology][loan_word][hellog_entry_set][khelf_hel_intro_2021]

 年度初めから5月末まで開催中の「英語史導入企画2021」も後半戦に入ってきました.昨日大学院生より公表されたコンテンツは「ことばの中にひそむ「星」」です.starastrology (占星術)を中心とする英単語の語源・語誌エッセーで,本企画の趣旨にピッタリです.まさかの展開で,話しが disaster, consider, desire, influenza, disposition にまで及んでいきます.きっと英単語の語源に興味がわくことと思います.
 星好きの私も,星(座)に関係する話題をいくつか書いてきましたので紹介します.まず,上記コンテンツの関心と重なる star の語源について「#1602. star の語根ネットワーク」 ([2013-09-15-1]) をどうぞ.
 英語 star とラテン語 stella (cf. フランス語 etoile)を比べると rl の違いがありますが,これはどういうことかと疑問に思ったら「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]) をご覧ください.
 次に star の形態についてです.古英語では steorra,中英語では sterre などの綴字で現われるのが普通で,母音は /a/ ではなく /e/ だったと考えられます.なぜこれが /a/ へと変化し,語の綴字としてもそれを反映して star とされたのでしょうか.実は,現代英語の heart, clerk, Derby, sergeant などの発音と綴字の問題にも関わるおもしろいトピックです.「#2274. heart の綴字と発音」 ([2015-07-19-1]) をどうぞ.
 占星術といえば黄道十二宮や星座の名前が関連してきます.ここに,英語史を通じて育まれてきた語彙階層 (lexical_stratification) の具体例を観察することができます.「うお座」は the Fish ですが,学術的に「双魚宮」という場合には Pisces となりますね.ぜひ「#3846. 黄道十二宮・星座名の語彙階層」 ([2019-11-07-1]) をお読みください.また,英語での星座名の一覧は「#3707. 88星座」 ([2019-06-21-1]) より.
 star 周りの素材のみを用いて英語史することが十分に可能です.以上すべてをひっくるめて読みたい場合は,こちらの記事セットを.

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2021-05-08 Sat

#4394. 「疑いの2」の英語史 [khelf_hel_intro_2021][etymology][comparative_linguistics][indo-european][oe][lexicology][loan_word][germanic][italic][latin][french][edd][grimms_law][etymological_respelling][lexicology][semantic_field]

 印欧語族では「疑い」と「2」は密接な関係にあります.日本語でも「二心をいだく」(=不忠な心,疑心をもつ)というように,真偽2つの間で揺れ動く心理を表現する際に「2」が関わってくるというのは理解できる気がします.しかし,印欧諸語では両者の関係ははるかに濃密で,語形成・語彙のレベルで体系的に顕在化されているのです.
 昨日「英語史導入企画2021」のために大学院生より公開された「疑いはいつも 2 つ!」は,この事実について比較言語学の観点から詳細に解説したコンテンツです.印欧語比較言語学や語源の話題に関心のある読者にとって,おおいに楽しめる内容となっています.
 上記コンテンツを読めば,印欧諸語の語彙のなかに「疑い」と「2」の濃密な関係を見出すことができます.しかし,ここで疑問が湧きます.なぜ印欧語族の一員である英語の語彙には,このような関係がほとんど見られないのでしょうか.コンテンツの注1に,次のようにありました.

現代の標準的な英語にはゲルマン語の「2」由来の「疑い」を意味する単語は残っていないが,English Dialect Dictionary Online によればイングランド中西部のスタッフォードシャーや西隣のシュロップシャーの方言で tweag/tweagle 「疑い・当惑」という単語が生き残っている.


 最後の「生き残っている」にヒントがあります.コンテンツ内でも触れられているとおり,古くは英語にもドイツ語や他のゲルマン語のように "two" にもとづく「疑い」の関連語が普通に存在したのです.古英語辞書を開くと,ざっと次のような見出し語を見つけることができました.

 ・ twēo "doubt, ambiguity"
 ・ twēogende "doubting"
 ・ twēogendlic "doubtful, uncertain"
 ・ twēolic "doubtful, ambiguous, equivocal"
 ・ twēon "to doubt, hesitate"
 ・ twēonian "to doubt, be uncertain, hesitate"
 ・ twēonigend, twēoniendlic "doubtful, expressing doubt"
 ・ twēonigendlīce "perhaps"
 ・ twēonol "doubtful"
 ・ twīendlīce "doubtingly"

 これらのいくつかは初期中英語期まで用いられていましたが,その後,すべて事実上廃用となっていきました.その理由は,1066年のノルマン征服の余波で,これらと究極的には同根語であるラテン語やフランス語からの借用語に,すっかり置き換えられてしまったからです.ゲルマン的な "two" 系列からイタリック的な "duo" 系列へ,きれいさっぱり引っ越ししたというわけです(/t/ と /d/ の関係についてはグリムの法則 (grimms_law) を参照).現代英語で「疑いの2」を示す語例を挙げてみると,

doubt, doubtable, doubtful, doubting, doubtingly, dubiety, dubious, dubitate, dubitation, dubitative, indubitably


など,見事にすべて /d/ で始まるイタリック系借用語です.このなかに dubious のように綴字 <b> を普通に /b/ と発音するケースと,doubt のように <b> を発音しないケース(いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling))が混在しているのも英語史的にはおもしろい話題です (cf. 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])).
 このようにゲルマン系の古英語単語が中英語期以降にイタリック系の借用語に置き換えられたというのは,英語史上はありふれた現象です.しかし,今回のケースがおもしろいのは,単発での置き換えではなく,関連語がこぞって置き換えられたという点です.語彙論的にはたいへん興味深い現象だと考えています (cf. 「#648. 古英語の語彙と廃語」 ([2011-02-04-1])).
 こうして現代英語では "two" 系列で「疑いの2」を表わす語はほとんど見られなくなったのですが,最後に1つだけ,その心を受け継ぐ表現として be in/of two minds about sb/sth (= to be unable to decide what you think about sb/sth, or whether to do sth or not) を紹介しておきましょう.例文として I was in two minds about the book. (= I didn't know if I liked it or not) など.

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2021-05-06 Thu

#4392. workergonomics [oe][semantic_change][etymology][combining_form][greek][blend][tower_of_babel][khelf_hel_intro_2021]

 パソコンなどの電子端末にかじりつきになりがちなテレワーク時代の到来を受け,人間と機械との付き合い方を改善してくれる人間工学 (ergonomics) の役割が日増しに高まっている.『世界大百科事典第2版』によれば,人間工学とは「人間の身体的・心理的な面からみて,機械,機具などが,人間の特性や限界に適合する,すなわち整合性を持つように改善をはかるための科学をいう」.英語 ergonomics の定義としては,OALD8 より "the study of working conditions, especially the design of equipment and furniture, in order to help people work more efficiently" が分かりやすい.アメリカの兵器産業やヨーロッパの労働科学の文脈から発達した学術分野で,OED によると1950年に分野名として初出している.

1950 Lancet 1 Apr. 645/2 In July, 1949, a group of people decided to form a new society for which the name the 'Ergonomics Research Society' has now been adopted.


 語源は「仕事」を意味する連結形 ergo- に「経済」を意味する economics の3音節以降を掛け合わせたもので,1種の混成語 (blend) である.連結形 ergo- はギリシア語の名詞 érgon (仕事)に由来し,他にもラテン語を介して energy の -ergy などを供給している.人間工学もエネルギーも,確かに「仕事」に関することだ.
 ギリシア語 érgon をさらに遡ると印欧祖語の *werg- (to do) という語根にたどりつく.そして,これは英語 work の語源でもあるのだ.印欧祖語や古英語の段階では,この語根をもつ動詞の中心的意味は「仕事する,働く」というよりも「作る,行なう」に近いものだった.別の見方をすれば,ものを作ること,行なうことがすなわち仕事するだったのだろう.
 古英語 wyrchen (to work) の過去形・過去分詞形はそれぞれ worhte, ġeworht だったが,15世紀に類推により規則形 worked が生じ,現在に至る.しかし,古い形態も途中で音位転換を経つつ wrought として現代英語に残っている.a highly wrought decoration (きわめて精巧に作られた装飾品)のように用い,「作る」の古い語義が残存しているのが分かる.また「#2117. playwright」 ([2015-02-12-1]) でみたように,「作り手」を意味する行為者名詞 wright も,古英語の同語根から派生した名詞に由来する.
 「英語史導入企画2021」のために昨日大学院生により公表されたコンテンツは「古英語期の働き方改革 --- wyrcan の多義性 ---」である.これを読んで,働くということについて今一度考えてみたい.

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2021-05-02 Sun

#4388. The grass is always greener. 「隣の芝は青い」の色彩語問題 [proverb][alliteration][etymology][bct][japanese][khelf_hel_intro_2021]

 何年も大学で英語史ゼミを担当してきたが,毎年度のように卒業論文の話題として人気のテーマがある.日英語間の色彩語に関するギャップである.「色」という身近な関心事から日英語文化の差異に迫ることのできるテーマとして,安定的な需要がある.先行研究も豊富なだけに,オリジナルな研究をなすことは決して易しくないのだが,それでも引きつけられる学生が跡を絶たない.
 昨日学部ゼミ生より公表された「英語史導入企画2021」のためのコンテンツは,この人気のテーマに迫ったもの.タイトルは「信号も『緑』になったことだし,渡ろうか」である.多くの読者はすぐにピンとくるだろう.日本語の「青信号」は英語では the green light に対応するという,あの問題である.信号機の導入の歴史や,人口に膾炙している諺 (proverb) である The grass is always greener (on the other side of the fence). 「隣の芝は青い」を題材に,青,緑,bluegreen の関係について分かりやすく導入してくれている.
 日々の学生からのコンテンツは私のインスピレーションの源泉なのだが,今回は上記コンテンツでも取り挙げられている先の諺に注目することにした.この諺の教えは「他人のものは自分のものよりもよく見えるものである」ということだ.日本語では,ほかに「隣の花は赤い」とか「隣の糂汰味噌」という諺もあるそうだ.日本語「隣の芝は青い」は,英語 The grass is always greener (on the other side of the fence). をほぼ直訳して取り入れたものであり,本来は日本語の諺ではない.
 では,この英語諺のルーツはどこにあるかといえば,OED によると意外と新しいようで,初出はアメリカ英語の1897年の Grass is always greener であるという.西洋文化を見渡すと,近似した諺としてラテン語に fertilior seges est aliēnīs semper in agrīs ("the harvest is always more fruitful in another man's fields") というものがあるそうだが,一般に諺というのは普遍的な教えであるから,英語版がこのラテン語版をアレンジしたものかどうかは分からない.むしろ grassgreen を引っかけている辺り,少なくとも形式には,英語オリジナルといってよさそうだ.
 grassgreen の引っかけというのは,もちろん頭韻 (alliteration) を念頭において述べたものである.また,The grass is always greener. は,きれいな「弱強弱強弱強弱」の iambic となっていることも指摘しておきたい.いや,頭韻を踏んでいるというのもある意味では妙な言い方で,そもそも grassgreen も印欧祖語で「育つ」 (to grow) を意味する *ghrē- に遡るのだから,語頭子音が同じだからといって驚くことではない.The grass grows green. という文は,したがって,語源的に解釈すれば「育つ草が草のような草色の草に育つ」のようなトートロジカルな文なのである.
 色彩語は,一般言語学でも集中的に扱われてきた重要テーマである.基本色彩語 (Basic Color Terms) については,"bct" のタグのついた記事群を参照されたい.
 おまけに,信号機の歴史について補足的に『21世紀こども百科 もののはじまり館』 (p. 80) より引用しておく.へえ,そうだったのかあ.

世界ではじめての信号機は1868年,ロンドンにできた.ガス灯の信号機だった.日本では,1919年に東京・上野広小路交差点に手動式がはじめてできた.電気を使った信号機は,1918年にニューヨークにでき,日本では1930年に東京・日比谷交差点にアメリカから輸入されたものが使われた.


 関連して,重要な参考文献として小松秀雄著『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか』も挙げておきましょう.

 ・ 『21世紀こども百科 もののはじまり館』 小学館,2008年.
 ・ 小松 秀雄 『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか』 笠間書院,2001年.

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2021-04-28 Wed

#4384. goodbye と「さようなら」 [interjection][euphemism][subjunctive][optative][etymology][personal_pronoun][abbreviation][khelf_hel_intro_2021]

 昨日,学部生よりアップされた「英語史導入企画2021」の20番目のコンテンツは,goodbye の語源を扱った「goodbye の本当の意味」です.
 God be with ye (神があなたとともにありますように)という接続法 (subjunctive) を用いた祈願 (optative) の表現に由来するとされます.別れ際によく用いられる挨拶となり,著しく短くなって goodbye となったという次第です.ある意味では「こんにちはです」が「ちーす」になるようなものです.
 しかし,ここまでのところだけでも,いろいろと疑問が湧いてきますね.例えば,

 ・ なぜ Godgood になってしまったのか?
 ・ なぜ bebye になってしまったのか?
 ・ なぜ with ye の部分が脱落してしまったのか?
 ・ そもそも you ではなく ye というのは何なのか?
 ・ なぜ祝福をもって「さようなら」に相当する別れの挨拶になるのか?

 いずれも英語史的にはおもしろいテーマとなり得ます.上記コンテンツでは,このような疑問のすべてが扱われているわけではありませんが,God be with ye から goodbye への変化の道筋について興味をそそる解説が施されていますので,ご一読ください.
 とりわけおもしろいのは,別れの挨拶として日本語「さようなら(ば,これにて失礼)」に感じられる「みなまで言うな」文化と,英語 goodbye (< God be with ye) にみられる「祝福」文化の差異を指摘しているところです.
 確かに英語では (I wish you) good morning/afternoon/evening/night から bless you まで,祝福の表現が挨拶その他の口上となっている例が多いように思います.高頻度の表現として形態上の縮約を受けやすいという共通点はあるものの,背後にある「発想」は両言語間で異なっていそうです.

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2021-04-22 Thu

#4378. 古英語へようこそ --- 「バベルの塔」の古英語版から [oe][etymology][bible][tower_of_babel][popular_passage][hel_education][khelf_hel_intro_2021]

 私の大学では,英語史を導入する授業のほかに古英語 (Old English) を導入する授業も開講されている.年度初めの4月には,学生から悲鳴やため息が必ず聞こえてくる.これまでもっぱら現代英語に接してきた学生にとって,古英語という言語はあまりに異質に映り,事実上新たな外国語を学び始めるのと同じことだと分かってしまうからだ.
 しかし,数週間たって少しずつ慣れてくると,確かにかなり異なるけれども同じ英語といえばそうだなという意識が芽生えてくるようだ.特に語彙のレベルで,古英語の初見の語と現代英語の既知の語が結びつくという経験,つまり語源を知る魅力を何度か味わうと,古英語が身近に感じられてくるのだと思う.
 その古英語を本ブログでもちらっと導入してみたい.旧約聖書より「バベルの塔」のくだりの古英語訳を以下に示そう.

Wæs þā ān gereord on eorþan, and heora ealre ān sprǣc. Hī fērdon fram ēastdēle oð þæt hī cōmon tō ānum felde on þām lande Sennar, and þēr wunedon. Ðā cwǣdon hī him betwȳnan, “Vton wyrcean ūs tigelan and ǣlan hī on fȳre.” Witodlīce hī hæfdon tigelan for stān and tyrwan for weall-līm. And cwǣdon, “Cumað and utan wircan ūs āne burh and ǣnne stȳpel swā hēahne ðæt his rōf ātille þā heofonan, and uton mǣrsian ūrne namon, ǣr þan wē bēon tōdǣlede tō eallum landum.” God þā nyþer āstāh, þæt hē gesēga þā burh and þone stȳpel þe Adames sunus getimbroden. God cwæð þā, “Efne þis his ān folc and gereord him ealum, and hī ongunnon þis tō wircenne; ne hī ne geswīcað heora geþōhta, ǣr þan þe hī mid weorce hī gefyllan. Cumað nū eornostlīce and uton niþer āstīgan and heora gereord þēr tōwendon, þæt heora nān ne tōcnāwe his nēxtan stemne.” And God þā hī tōdǣlde swā of þǣre stōwe tō eallum landum, and hī geswicon tō wyrcenne þā buruh. And for þī wæs sēo burh gehāten Babel, for þan þe ðǣr wæs tōdǣled þæt gereord ealre eorþan. God þā hī sende þanon ofer brādnesse ealra eorðan.


 これだけではチンプンカンプンだと思うので,「#2929. 「創世記」11:1--9 (「バベルの塔」)を7ヴァージョンで読み比べ」 ([2017-05-04-1]) を覗いてほしい(上記古英語版もこの記事の (1) を再掲したもの).聖書は英語の歴史の異なる段階で何度も英語訳されてきたので,通時的な比較が可能なのである.現代英語版と丁寧に比較すれば,古英語版との対応関係がうっすらと浮かび上がってくるはずだ.
 古英語版と現代英語版の語彙レベルでの対応について,昨日「英語史導入企画2021」のために院生が「身近な古英語5選」というコンテンツを作成してくれた.上で赤で示した fērdon, wyrcean/wircan/wyrcenne, burh, getimbroden, tōdǣlede/tōdǣlde の5種類の語を取り上げ,現代英語(やドイツ語)に引きつけながら解説してくれている.古英語の導入として是非どうぞ.

Referrer (Inside): [2021-04-29-1]

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2021-04-08 Thu

#4364. 綴字も発音も意味もややこしい desert, dessert, dissert [latin][french][prefix][etymology][diatone][khelf_hel_intro_2021]

 標題は,その派生語も含め,頭が混乱してくる単語群です.綴字はややこしく似ているし,その割には発音は同じだったり異なっていたりする.意味も似ているような,そうでないような.こういう単語は学習する上で実に困ります.このややこしさは語源を遡ってもたいして解消しないのですが,新年度の英語史導入キャンペーン期間中ということもあり,歴史的にみてみたいと思います(cf. 「#4357. 新年度の英語史導入キャンペーンを開始します」 ([2021-04-01-1])).
 まずは,もっとも問題がなさそうで,知らなくてもよいレベルの単語である dissert v. /dɪˈsəːt/ から行きましょう.「論じる」を意味する動詞で,辞書では《古風》とのレーベルが貼られています.この単語のように綴字で <s> が重複する場合には,原則として無声音の /s/ となります(しかし,以下に述べるように,すぐに例外が現われます).この動詞から派生した名詞 dissertation 「学術論文(特に博士論文)」は知っておいてもよい単語ですね.
 語源としては,ラテン語で「論じる」を意味する動詞 dissertāre に遡ります.強意の接頭辞 dis- に,語幹 serere (言葉をつなぐ,作文する)から派生した反復形をつなげたもので,「しっかり言葉をつなぎあわせる」ほどが原義です(cf. 同語幹より series も).
 次に「デザート」を意味する dessert /dɪˈzəːt/も馴染み深い名詞だと思います.<ss> の綴字ですが,上記の早速の例外で,有声音 /z/ で発音されます.この単語は,フランス語の動詞 desservir (供した食事を片付ける)の過去分詞形に由来します.つまり「膳を下げられた」後に出されるもの,まさに「食後のデザート」なわけです.フランス語の除去の接頭辞 des- に servir (英語にも serve として入り「食事を出す」の意)という語形成なので,納得です.
 さらに次に進みます.「デザート」の dessert とまったく同じ発音ながらも,<s> が1つの desert なる厄介な単語があります.複雑な事情を整理するために,以下では,起源の異なる desert 1desert 2 の2種類を区別していきます.最初に desert 1 から話しましょう.desert 1 は「捨てる,放棄する」を意味する動詞です.例文として,She was deserted by her husband. (彼女は夫に捨てられた.)を挙げておきます.この動詞の語源はフランス語 déserter で,さらに遡るとラテン語 dēserere の反復形に行き着きます.語根は serere なので,上述の dissert とも共通ですが,今回の単語についている接頭辞は dis- ではなく de- です.つなげる (serere) ことを止める (de) という発想で「捨てる,見捨てる」というわけです.
 そして,この動詞 desert 1 が,そのままの形態で形容詞化し,さらに名詞化したのが「捨てられた(地)」としての「砂漠」です.英語では名前動後 (diatone) の傾向により,「砂漠」としての desert の発音は,強勢が第1音節に移って /ˈdɛzət/ となるので要注意です.
 desert 2 /dɪˈzəːt/ に移りましょう.こちらは名詞で「当然受けるべき賞罰」を意味します.上記のこれまでの語とはまったく異なる雰囲気ですが,これは別語源の deserve /dɪˈzəːv/ (?に値する)という動詞の過去分詞形に由来する名詞形だからです.当然のごとく値するべき物事,それが賞罰ということです.この元の deserve なる動詞はフランス語 deservir からの借用で,これ自身はラテン語 dēservīre に遡ります.今回の接頭辞 - は強意,語幹 servīre は「仕える」の意味で,後者は後に serve として英語に取り込まれました.「?に仕えることができるほどに相応しい」→「?に値する」といった意味の発展と考えられます.
 さて,混乱しやすい単語群の語源を遡ることで,かえって混乱したかもしれません(悪しからず).なお,最後に取り上げた動詞 deserve は,なかなか使い方の難しい動詞でもあります.The report deserves careful consideration., He deserves to be locked up for ever for what he did., Several other points deserve mentioning. など取り得る補文のヴァリエーションも豊富です.意味的な観点から探ってもおもしろい動詞だと思います.意味的な観点から,昨日「英語史導入企画2021」にて大学院生によるコンテンツ「"You deserve it." と「自業自得」」が公表されました.こちらもご一読ください.

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2021-04-04 Sun

#4360. 英単語の語源を調べたい/学びたいときには [etymology][hel_education][hellog_entry_set][link][dictionary][asacul][note][hellog_entry_set]

 4月1日より連日「#4357. 新年度の英語史導入キャンペーンを開始します」 ([2021-04-01-1]) として,英語史の学びを応援するキャンペーンを張っています.
 多くの人にとって,英語の歴史への入口は英単語の語源ではないでしょうか.各単語には生まれ育ってきた歴史があります.言語学には "Every word has its own history." という金言があるとおり,単語一つひとつに「人生」があるのです.単語のなかには,生み出された背景に歴史的な事件が関与しているものもあれば,現在までに意味を大きく変化させてきたものもありますし,また死語となったものも多数あります.こういった各単語の歴史は「語誌」とも呼ばれますが,一人ひとりの生涯と同じように独特の魅力を放っています.
 というわけで,本ブログでも語源に関する話題は非常に多く取り上げてきました.etymology で検索すると,どれを読めばよいのか目移りするはずです.そこで,とりわけ英単語の語源に関心のある読者の皆さんに向けて,hellog 内の情報を少し整理したいと思います.

 (1) まず,道具立てとして語源辞書が必要ですね.オンラインで最も手軽にアクセスできる英語語源辞書は Online Etymology Dictionary です.私の作った「#952. Etymology Search」 ([2011-12-05-1]) もご利用ください.

 (2) あわせて American Heritage Dictionary of the English Language (4th ed.) の語源ノートも検索できる,自作の「#1819. AHD Word History Note Search」 ([2014-04-20-1]) もご活用ください.

 (3) その他,「#485. 語源を知るためのオンライン辞書」 ([2010-08-25-1]) のリンク先も適宜参照するとよいと思います.

 (4) しかし,本格的な語源情報を求めるならば,まだまだ紙媒体の語源辞書や一般辞書が基本です.「#600. 英語語源辞書の書誌」 ([2010-12-18-1]) で一覧した各種辞書を引く習慣をつけていただければと思います(ただし,これらの辞書にも電子化・オンライン化されているものはあります).『英語語源辞典』(研究社)と OED は基本中の基本という文典です.

 (5) 2018年7月21日に朝日カルチャーセンター新宿教室で「歴史から学ぶ英単語の語源」という講座を開きました.このときの資料を「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]) にて公開していますので,ご自由にどうぞ.

 (6) これは宣伝ともなりますが,目下,朝日カルチャーセンター新宿教室で,全12回の講座「英語の歴史と語源」を開いています.第9回まで終わっており,次の第10回は5月29日(土)の15:30?18:45に予定されています.「英語の歴史と語源・10 大航海時代と活版印刷術」です.ご関心のある方は,こちらからどうぞ.第9回までのバックナンバーについては,hellog でも取り上げてきました.こちらの記事セットをご覧ください.

 (7) 語源による英単語学習法に関心がある方は,「#3546. 英語史や語源から英単語を学びたいなら,これが基本知識」 ([2019-01-11-1]),「#3698. 語源学習法のすゝめ」 ([2019-06-12-1]) や「#3696. ボキャビルのための「最も役に立つ25の語のパーツ」」 ([2019-06-10-1]) などの記事をどうぞ.

 (8) 「語源学」そのものに関心をもった方は,上級編となりますが##466,1791,727,598,599,636,1765の記事セットをご覧ください.

 なお,英語史という分野は,単語や語彙の歴史という側面には大いに関心を寄せていますが,もちろんそれだけに限定されるわけではありません.英語の発音や文法の歴史も扱いますし,談話,方言,他言語との関わりなどを含む,語用論や社会言語学的な分野も重要な関心事です.

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2021-03-20 Sat

#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達 [oe][germanic][indo-european][etymology][suffix][participle][i-mutaton][grimms_law][verners_law][verb][sound_change]

 昨日の記事「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1]) で現在分詞語尾の話題を取り上げた.そこで簡単に歴史を振り返ったが,あくまで古英語期より後の発達に触れた程度だった.今回は Lass (163) に依拠して,印欧祖語からゲルマン祖語を経て古英語に至るまでの形態音韻上の発達を紹介しよう.

The present participle is morphologically the same in both strong and weak verbs in OE: present stem (if different from the preterite) + -ende (ber-ende, luf-i-ende. etc.). All Gmc dialects have related forms: Go -and-s, OIc -andi, OHG -anti. The source is an IE o-stem verbal adjective, of the type seen in Gr phér-o-nt- 'bearing', with a following accented */-í/, probably an original feminine ending. This provides the environment for Verner's Law, hence the sequence */-o-nt-í/ > */-ɑ-nθ-í/ > */-ɑ-nð-í/, with accent shift and later hardening */-ɑ-nd-í/, then IU to /-æ-nd-i/, and finally /-e-nd-e/ with lowering. The /-i/ remains in the earliest OE forms, with are -ændi, -endi.


 様々な音変化 (sound_change) を経て古英語の -ende にたどりついたことが分かる.現在分詞語尾は,このように音形としては目まぐるしく変化してきたようだが,基体への付加の仕方や機能に関していえば,むしろ安定していたようにみえる.この安定性と,同根語が印欧諸語に広くみられることも連動しているように思われる.
 また,音形の変化にしても,確かに目まぐるしくはあるものの,おしなべて -nd- という子音連鎖を保持してきたことは注目に値する.これはもともと強勢をもつ */-í/ が後続したために,音声的摩耗を免れやすかったからではないかと睨んでいる.また,この語尾自体が語幹の音形に影響を与えることがなかった点にも注意したい.同じ分詞語尾でも,過去分詞語尾とはかなり事情が異なるのだ.
 古英語以降も中英語期に至るまで,この -nd- の子音連鎖は原則として保持された.やがて現在分詞語尾が -ing に置換されるようになったが,この新しい -ing とて,もともとは /ɪŋɡ/ のように子音連鎖をもっていたことは興味深い.しかし,/ŋɡ/ の子音連鎖も,後期中英語以降は /ŋ/ へと徐々に単純化していき,今では印欧祖語の音形にみられた子音連鎖は(連鎖の組み合わせ方がいかようであれ)標準的には保持されていない(cf. 「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]),「#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史」 ([2018-11-08-1])).

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2021-03-12 Fri

#4337. Horne Tooke の語源奇書 [etymology][dictionary][lexicography][webster][comparative_linguistics][jones]

 昨日の記事「#4336. Richardson の辞書の長所と短所」 ([2021-03-11-1]) で触れたように,Richardson はその独特な言語観と語源記述を Horne Tooke なる人物に負っている.Tooke は,その独善的な語源観により Richardson のみならず Webster をも迷妄に導いた,19世紀後半のイギリスの生んだ個性である.
 John Horne Tooke (1736--1812) は,1758年にケンブリッジ大学を卒業後,法律家志望ではあったが,父の希望により聖職に就いた.しかし,1773年に聖職を辞すと,アメリカ独立戦争に際して植民地側に立ち,急進的な政治運動を開始した.後のフランス革命にも同情的な立場を取り,国事犯として検挙されるなどの憂き目にあっている.
 そのような政治運動を展開する間,言語哲学への関心から語学的な著述も行なってきた.1778年には接続詞 that に関する著述 A Letter to John Dunning, Esq. を出している.そして,次著が問題の2巻ものの Epea Pteroenta or, the Diversions of Purley (1786, 1805) である.合計1000頁に及ぶ言語哲学と語源論に関する大著だ.これが,今となっては奇書といってしかるべき語源本なのである.
 Dixon によるこの奇人・奇書の解説文を引用しよう (150) .

   He [Tooke] maintained that originally language consisted just of nouns and verbs with everything else (adjectives, prepositions, pronouns, articles, and so on) being abbreviations of underlying noun and verb sequences. He also believed that each word had a definite meaning which had remained constant from its origin. What makes the modern reader squirm most is the way in which Horne Took applied these principles, absolutely off the top of his head. For example, conjunction through was believed to be related to noun door, and conjunction if was said to have come from the imperative form of verb give. If did have the form gif in Old English and verb give was giefan, but these are not cognate, the similarity of form being coincidental.)
   Sometimes there was vague similarity of form, other times not. 'I believe that up means the same as top or head, and is originally derived from a noun of the latter signification'. 'From means merely beginning, and nothing else', so that in 'Lamp hangs from cieling (sic)'), it is the case that 'Cieling (is) the place of beginning to hang.'
   There are dozens more of such mental meanderings, lacking any basis in fact. From actually goes back to preposition *per in PIE and up to PIE preposition *upo. It is true that some prepositions have developed from lexical words, but none in the way Horne Tooke imagined. Through relates to the PIE verb *tere- 'to cross over, pass through, overcome'. . . . Door is a development from *dhwer, which meant 'door, doorway' in PIE.
   Horne Tooke's book was simply a raft of wild ideas. There may have been other books of this nature, but the scarcely believable fact is that The Diversions of Purley was accepted by the British public as an example of brilliant insight. Philosopher James Mill found Horne Tooke's work 'profound and satisfactory', 'to be ranked with the very highest discoveries which illustrate the names of speculative men'. The account of conjunctions 'instantly appeared to the learned so perfectly satisfactory as to entitle the author to some of the highest honours of literature'.


 当時,近代言語学の走りとして William Jones により比較言語学 (comparative_linguistics) の端緒が開かれつつあったものの,イギリスへの本格的な導入はなされておらず,Tooke の俗耳に入りやすい前科学的な語源論は好評を博した(かの哲学者 James Mill も絶賛したほど).いや,むしろ Tooke の書により,イギリスへの比較言語学の導入が遅れたとすらいえるかもしれない(佐々木・木原,p. 353).
 しかし,1840年頃までには,イギリスは Tooke の迷妄から抜け出していた.Tooke の書は,"gratuitous", "incorrect", "fallacious", "frivolous" などの形容詞で評される時代となっていたのである (Dixon 151)

 ・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2021-03-11 Thu

#4336. Richardson の辞書の長所と短所 [etymology][dictionary][lexicography][johnson][oed][webster]

 「#3155. Charles Richardson の A New Dictionary of the English Language (1836--37)」 ([2017-12-16-1]) で紹介したように,Richardson (1775--1865) の英語辞書は,Johnson, Webster, OED という辞書史の流れのなかに埋没しており,今ではあまり顧みられることもないが,19世紀半ばにおいては重要な役割を果たしていた.
 長所としては,英語辞書史上初めて本格的に「歴史」を意識した辞書だったということがある.引用文による定義のサポートは Johnson に始まるが,Johnson とて典拠にした文献は王政復古以後のものであり,中英語にまで遡ることはしなかった.しかし,Richardson は中英語をも視野に入れ,真の「歴史的原則」の地平を開いたのである.しかも,引用数は Johnson を遥かに上回っている.結果として,小さい文字で印刷されながら2000頁を超すという(はっきりいって使いづらい)大著となった (Dixon 146) .
 もう1つ長所を指摘すると,近代期の辞書編纂は善かれ悪しかれ既存の辞書の定義からの剽窃が当然とされていたが,Richardson はオリジナルを目指したことである.手のかかるオリジナルの辞書編纂を選んだのは,前には Johnson,後には OED を挙げれば尽きてしまうほどの少数派であり,この点において Richardson の覇気は評価せざるを得ない.
 短所としては,先の記事でも触れたとおり,"a word has one meaning, and one only" という極端な原理を信奉し,主に語源記述において独善に陥ってしまったことだ.この原理は Horne Tooke (1736--1812) という,やはり独善的な政治家・語源論者によるもので,この人物は今では奇書というべき2巻ものの英語語源に関する著 The Diversions of Purley (1786, 1805) をものしている.Richardson の辞書を批判した Webster も,この Tooke の罠にはまった1人であり,この時代,語源学方面で Tooke の負の影響がはびこっていたことが分かる.
 いずれにせよ Richardson は,英語辞書史において主要な辞書編纂家のはざまで活躍した19世紀半ばの重要キャラだった.

 ・ 佐々木 達,木原 研三 編 『英語学人名辞典』 研究社,1995年.
 ・ Dixon, R. M. W. The Unmasking of English Dictionaries. Cambridge: CUP, 2018.

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2021-03-07 Sun

#4332. notch (刻み目)の語頭の n [metanalysis][etymology][article][anglo-norman][french]

 「V字型の刻み目,切込み」を意味する notch が,不定冠詞に関わる異分析 (metanalysis) の結果の形態であるという記事を読んだ.9 Words Formed by Mistakes: When false division gives us real words の記事によると,notch が異分析という勘違いによって生じた語の1つとして紹介されている(その他の例として apron, ingot, nickname, umpire, orange, aught, newt, adder が挙げられている).
 この記事では,本来の (an) ickname(a) nickname として誤って分析され,新しく nickname という語幹が取り出されたのと同様に,古フランス語から借用された oche についても,(an) oche から (a) noche が取り出されたものとして説明されている.
 なるほどと思い OED の notch, n. で確認してみたが,上の記事の説明とは少々様子が異なる.確かに古フランス語やアングロノルマン語に oche なる形態はあったようだが,すでに14世紀初頭にアングロノルマン語において noche なる異形態が確認されているというのだ.英語での notch の初出は1555年であり,英語において不定冠詞の関わる異分析が生じたとするよりは,アングロノルマン語においてすでに n が語頭添加された形態が,そのまま英語に借用されたとするほうが素直ではないか,というのが OED のスタンスと読み取れる.語源欄には次のようにある.

Apparently < Anglo-Norman noche (early 14th cent.), variant of Anglo-Norman and Middle French osche notch, hole in an object (1170 in Old French), oche incised mark used to keep a record (13th cent.; French hoche nick, small notch; further etymology uncertain and disputed: see below), with attraction of n from the indefinite article in French (compare NOMBRIL n.).


 これによると,n の語頭添加は確かに不定冠詞の関わる異分析の結果ではあるが,英語での異分析ではなくフランス語での異分析だということになる.しかし,英語の an/a という異形態ペアに相当するものが,アングロノルマン語にあるとは聞いたことがなかったので少々頭をひねった.そこで Anglo-Norman DictionaryNOTCH1 に当たってみると,次の解説があった.

The nasal at the beginning of the word is believed to be the result of a lexicalized contraction of the n from the indefinite article: une oche became une noche. This nasalized form is not found in Continental French and, according to the OED, only appears in English from the second half of the sixteenth century (as notche).


 どうやら英語の an/a と厳密な意味で平行的な異分析というわけではないようだ.不定冠詞の n が長化して後続の語幹の頭に持ち越された,と表現するほうが適切かもしれない.しかも,この解説自体が OED を参照していることもあり,これは1つの仮説としてとらえておくのがよいかもしれない.
 参考までに,OED からの引用の末尾にある通り,nombril という語の n も,英語ではなくフランス語における不定冠詞の関わる異分析の結果として説明されている.

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2021-02-20 Sat

#4317. なぜ「格」が "case" なのか [terminology][case][grammar][history_of_linguistics][etymology][dionysius_thrax][sobokunagimon][latin][greek][vocative]

 本ブログでは種々の文法用語の由来について「#1257. なぜ「対格」が "accusative case" なのか」 ([2012-10-05-1]),「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]),「#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか」 ([2013-06-25-1]),「#3307. 文法用語としての participle 「分詞」」 ([2018-05-17-1]),「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1]),「#3984. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (2)」 ([2020-03-24-1]),「#3985. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (3)」 ([2020-03-25-1]) などで取り上げてきた.今回は「格」がなぜ "case" と呼ばれるのかについて,連日参照・引用している Blake (19--20) より概要を引用する.

The term case is from Latin cāsus, which is in turn a translation of the Greek ptōsis 'fall'. The term originally referred to verbs as well as nouns and the idea seems to have been of falling away from an assumed standard form, a notion also reflected in the term 'declension' used with reference to inflectional classes. It is from dēclīnātiō, literally a 'bending down or aside'. With nouns the nominative was taken to be basic, with verbs the first person singular of the present indicative. For Aristotle the notion of ptōsis extended to adverbial derivations as well as inflections, e.g. dikaiōs 'justly' from the adjective dikaios 'just'. With the Stoics (third century BC) the term became confined to nominal inflection . . . .
   The nominative was referred to as the orthē 'straight', 'upright' or eutheia onomastikē 'nominative case'. Here ptōsis takes on the meaning of case as we know it, not just of a falling away from a standard. In other words it came to cover all cases not just the non-nominative cases, which in Ancient Greek were called collectively ptōseis plagiai 'slanting' or 'oblique cases' and for the early Greek grammarians comprised genikē 'genitive', dotikē 'dative' and aitiatikē 'accusative'. The vocative which also occurred in Ancient Greek, was not recognised until Dionysius Thrax (c. 100 BC) admitted it, which is understandable in light of the fact that it does not mark the relation of a nominal dependent to a head . . . . The received case labels are the Latin translations of the Greek ones with the addition of ablative, a case found in Latin but not Greek. The naming of this case has been attributed to Julius Caesar . . . . The label accusative is a mistranslation of the Greek aitiatikē ptōsis which refers to the patient of an action caused to happen (aitia 'cause'). Varro (116 BC--27? BC) is responsible for the term and he appears to have been influenced by the other meaning of aitia, namely 'accusation' . . . .


 この文章を読んで,いろいろと合点がいった.英語学を含む印欧言語学で基本的なタームとなっている case (格)にせよ declension (語形変化)にせよ inflection (屈折)にせよ,私はその名付けの本質がいまいち呑み込めていなかったのだ.だが,今回よく分かった.印欧語の形態変化の根底には,まずイデア的な理想形があり,それが現世的に実現するためには,理想形からそれて「落ちた」あるいは「曲がった」形態へと堕する必要がある,というネガティヴな発想があるのだ.まず最初に「正しい」形態が設定されており,現実の発話のなかで実現するのは「崩れた」形である,というのが基本的な捉え方なのだろうと思う.
 日本語の動詞についていわれる「活用」という用語は,それに比べればポジティヴ(少なくともニュートラル)である.動詞についてイデア的な原形は想定されているが,実際に文の中に現われるのは「堕落」した形ではなく,あくまでプラグマティックに「活用」した形である,という発想がある.
 この違いは,言語思想的にも非常におもしろい.洋の東西の規範文法や正書法の考え方の異同とも,もしかすると関係するかもしれない.今後考えていきたい問題である.

 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

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2021-02-05 Fri

#4302. 行為者接尾辞 -ar [suffix][agentive_suffix][etymology][back_formation]

 行為者接尾辞については,「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) をはじめとして agentive_suffix のいくつかの記事で取り上げてきた.しかし,-ar についてはあまり注目してこなかったので,一昨日の記事「#4300. サッポロ LAGAR が発売されました」 ([2021-02-03-1]) とも関連して,ここで触れておきたい.
 英語の行為者接尾辞 -ar は,-or (< L -ōrem, -or) と比較されるように,ラテン語の行為者接尾辞 -ārius, -āris にさかのぼる.しかし,-āris はラテン語では形容詞を作る接尾辞でもあり,少々ややこしい事情がある.
 形容詞を作る接尾辞としての -āris は,「#3940. 形容詞を作る接尾辞 -al と -ar」 ([2020-02-09-1]) でみたように,基体に l が含まれる場合に,異化 (dissimilation) のため -ālis に代わって用いられたものである.scholar もその例となるが,もともとこの語は,名詞 sc(h)ola (学校)に当該の接尾辞 -āris を加えたものであり,「学校に属する」ほどの意だった.この形容詞が「学校に属する者」ほどの意味で名詞化したものが,scholar として現代まで伝わっているというわけだ.この由来を知らない後世の人々が,scholar の末尾にみえる -ar を,何らかの人・ものを表わす接尾辞として再解釈したのだろう.
 英語では -er や -or が行為者接尾辞として併存してきたので,なおのこと -ar もその1変種にすぎないという理解が広まったようだ.そこから,数は多くないものの beggar, burglar, liar, pedlar のように自由に行為者名詞が作られることとなった.名詞 burglar から動詞 burgle が逆成 (back_formation) されたというのは英語史上よく知られた話題だが,これも -ar が行為者接尾辞として意識されているからこそ可能となった語形成である(cf. 「#107. 逆成と接辞変形」 ([2009-08-12-1])).
 これらの -ar 行為者名詞の語幹に l が含まれているものが多いことは,上述のラテン語の異化と平行的であり興味深い.意味的にも「よからぬ行ないをする者」というネガティヴな含蓄をもっているものが多く,語形成あるいは綴字選択にあたっての相互作用を疑いたくなる.もっとも scholar, vicar, pillar にそのような含蓄はなく,あったとしても緩い傾向にすぎないと思われるが.

Referrer (Inside): [2022-05-10-1] [2021-02-06-1]

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2021-02-04 Thu

#4301. 寝かせて熟成させた貯蔵ビール lager [german][suffix][agentive_suffix][etymology]

 昨日の記事「#4300. サッポロ LAGAR が発売されました」 ([2021-02-03-1]) で話題にした(lagar ならぬ)lager について.ラガー(ビール)は,醸造後にたいてい加熱殺菌し貯蔵タンクで熟成させたビールを指す.生ではなく「寝かせた」ビールというのがポイントである.
 語中の /ɡ/ の発音から示唆されるとおり,この語は本来の英単語ではなくドイツ語 Lager(bier) からの借用語である.OED によると,英語での初出は,複合語 lager beer としては1853年,単体の lager としては1855年となっている.
 ドイツ語 Lager は「貯蔵所」を意味する.これと語源的に関連するのは,英語本来語である lair (ねぐら,巣)である.古英語では leġer (寝場所,ベッド)の形態で文証される.
 すでに気づいたかもしれないが,これらの語根の意味は「寝る,横になる」である.現代英語でいえば lie (横たわる)に相当する.lie -- lay -- lain と唱えて覚えた方も多いと想像される,あの自動詞 lie である.ちなみに,対応する他動詞の活用は lay -- laid -- laid だった(cf. 「#3682. 自動詞 lie と他動詞 lay を混同したらダメ (1)」 ([2019-05-27-1]),「#3683. 自動詞 lie と他動詞 lay を混同したらダメ (2)」 ([2019-05-28-1])).
 というわけで,語源的にいえば lager beer はまさに「ねぐらで寝かせておいたビール」ということになる.
 ついでに,動詞 lie には「横たわる」と並んで,同形ながら別語源の「嘘をつく」もある.行為者接尾辞をつけると,前者は lier (横たわる人)で,後者は liar (嘘つき)となるのが,lager と *lagar の関係に似ていておもしろい.サッポロ LAGAR は「嘘から出た誠」のラガービール?

Referrer (Inside): [2021-02-06-1]

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2021-01-24 Sun

#4290. なぜ island の綴字には s が入っているのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][etymological_respelling][etymology][spelling_pronunciation_gap][reanalysis][silent_letter][renaissance]

 英語には,文字としては書かれるのに発音されない黙字 (silent_letter) の例が多数みられます.doubt の <b> や receipt の <p> など,枚挙にいとまがありません.そのなかには初級英語で現われる非常に重要な単語も入っています.例えば island です.<s> の文字が見えますが,発音としては実現されませんね.これは多くの英語学習者にとって不思議中の不思議なのではないでしょうか.
 しかし,これも英語史の観点からみると,きれいに解決します.驚くべき事情があったのです.音声解説をどうぞ.



 「島」を意味する古英語の単語は,もともと複合語 īegland でした.「水の(上の)陸地」ほどの意味です.中英語では,この複合語の第1要素の母音が少々変化して iland などとなりました.
 一方,同じ中英語期に古フランス語で「島」を意味する ile が借用されてきました(cf. 現代フランス語 île).これは,ラテン語の insula を語源とする語です.古フランス語の ile と中英語 iland は形は似ていますが,まったくの別語源であることに注意してください.
 しかし,確かに似ているので混同が生じました.中英語 iland が,古フランス語 ileland を継ぎ足したものとして解釈されてしまったのです.
 さて,16世紀の英国ルネサンス期になると,知識人の間にラテン語綴字への憧れが生じます.フランス語 ile を生み出したラテン語形は insulas を含んでいましたので,英語の iland にもラテン語風味を加味するために s を挿入しようという動きが起こったのです.
 現代の英語学習者にとっては迷惑なことに,当時の s を挿入しようという動きが勢力を得て,結局 island という綴字として定着してしまったのです.ルネサンス期の知識人も余計なことをしてくれました.しかし,それまで数百年の間,英語では s なしで実現されてきた発音の習慣自体は,変わるまでに至りませんでした.ということで,発音は古英語以来のオリジナルである s なしの発音で,今の今まで継続しているのですね.
 このようなルネサンス期の知識人による余計な文字の挿入は,非常に多くの英単語に確認されます.語源的綴字 (etymological_respelling) と呼ばれる現象ですが,これについては##580,579,116,192,1187の記事セットもお読みください.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1]

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2020-12-11 Fri

#4246. Christmastide [etymology][proverb][alliteration]

 年末年始,そしてクリスマスの季節が近づいてきた.後者は英語では Christmastime というが,少々古風ながら Christmastide も用いられる.後者の複合語の第2要素としてみえる tide は,通常は「潮の干満」を意味するが (cf. tidal wave 「津波,高潮」),キリスト教の暦と関連して「季節」の意味でも用いられる (ex. Yuletide, Eastertide) .
 tide の本来の意味は,事実,「時」だった.古英語 tīd は「時,潮時」を意味する普通の語だったし,ゲルマン諸語にも同根語が確認される (cf. オランダ語 tijd, ドイツ語 Zeit, 古ノルド語 tíð) .もっとさかのぼればゲルマン祖語 *tīðiz に,さらには印欧祖語の語根 *- (to divide, cut up) にたどり着く.印欧祖語の話者にとって,時間とは,切り分け,区分する対象だったのだろう (cf. 「#70. second には「秒」の意味もある」 ([2009-07-07-1])) .
 古英語 tīd は,やがて一般的な「時」の語義を time に明け渡し,「潮」の語義に限定されていくこととなった.ちなみに time 自身も tide と同じ印欧祖語の語根に遡り,古英語では tīma としてやはり「時間;時刻」の語義で用いられていた.つまり,tidetime はもとより類義語だったのである.
 現在では「時」に近い意味の tide は,上記の Christmastide, Eastertide などの少数の表現に化石的に残るにすぎないが,もう1つ重要な化石として,よく知られた諺を挙げておこう.Time and tide wait for no man. (歳月人を待たず)である.日本語でも英語でもそうだが,諺 (proverb) というものには異なるバージョンがあるものだ.Robert Green (1560--92) の A Disputation Betweene a Hee Conny-catcher and a Shee Conny-catcher (1592) からのバージョンを示すと,Tyde nor tyme tairieth no man. とある.wait for の代わりに同義の tarry を用いることで,t による頭韻が強化されていて,標準版よりも印象的である.

 ・ Editors of the American Heritage Dictionaries, eds. Word Histories and Mysteries from Abracadabra to Zeus. Boston and New York: Houghton Mifflin, 2004.

Referrer (Inside): [2020-12-24-1]

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2020-11-25 Wed

#4230. なぜ father, mother, brother では -th- があるのに sister にはないのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][phonetics][consonant][sound_change][grimms_law][verners_law][analogy][etymology][relationship_noun][fricativisation]

 標題の親族名称 (relationship_noun) は,英語を学び始めて最初に学ぶ単語の代表格です.いったん暗記して習得してしまうと「そういうものだ」という捉え方になり,疑うことすらしません.しかし,英語を学び始めたばかりの生徒の視点は異なります.標記のようなドキッとする質問が寄せられるのです.father, mother, brother, sister という親族名詞の基本4単語を眺めると,問題の子音について確かに sister だけが浮いていますね.これはどういうわけでしょうか.音声の解説をお聴きください.



 千年前の古英語期,上記の4単語は fæder, mōdor, brōþor, sweostor という形態でした(<þ> は <th> に相当する古英語の文字です).つまり,<th> に相当するものをもっていたのは,実は brother だけだったのです.第5の親族名称である daughter (OE dohtor) も合わせて考慮すると,2単語で d が用いられ,さらに別の2単語で t が用いられ,そして1単語でのみ th が用いられたということになります.つまり,当時は brōþorþ (= th) こそが浮いていた,ということすら可能なのです.これは,現代人からみると驚くべき事実ですね.
 ここで疑問となるのは,なぜ古英語で d をもっていた fædermōdor が,現代までに当該の子音を th に変化させたかということです.これは中英語後期以降の音変化なのですが,母音に挟まれた d はいくつかの単語で摩擦音化 (fricativisation) を経ました.類例として furder > further, gader > gather, hider > hither, togeder > together, weder > weather, wheder > whether, whider > whither を挙げておきましょう.
 議論をまとめます.現代英語の観点からみると確かに sister が浮いているようにみえます.しかし,親族名称の形態の歴史をひもといていくと,実は brother こそが浮いていたと結論づけることができるのです.英語史ではしばしば出くわす「逆転の発想」の好例です.
 上の音声解説と比べるとぐんと専門的になりますが,音変化の詳細に関心のある方は,ぜひ##698,699,480,481,703の記事セットの議論もお読みください.

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2020-11-22 Sun

#4227. なぜ否定を表わす語には n- で始まるものが多いのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][indo-european][etymology][negative][prefix][clitic]

 英語の否定語には no を筆頭に not, none, nothing, no one, nobody, never, neither, nor など,n- で始まるものが非常に多く存在します.さらに周辺の諸言語を見渡せば,no に対応するフランス語は non ですし,ドイツ語では nein です.これは偶然ではありません.これらの諸言語の起源である印欧祖語においては否定が *ne で表わされ,それが子孫の言語にも受け継がれたということなのです(ただし,日本語の「ない」が n 音で始まるのは,まったくの偶然です).では,音声をお聴きください.



 古英語で最も普通の否定副詞は,印欧祖語形と瓜二つの ne という形でした.これは接頭辞のようにも用いられたため,多くの n(e)- をもつ否定語が存在しました.語形成とともに例を挙げてみましょう.

 ・ ne + ought = nought, naught, not
 ・ ne + one = none, no
 ・ ne + ever = never
 ・ ne + either = neither
 ・ ne + or = nor

 そのほか否定の接頭辞である un- (ゲルマン語系), in- (ラテン語系), non- (ラテン語系), a- (ギリシア語系)も,やはり印欧祖語 *ne に遡ります (ex. unhappy, unable, unimportant; inaccurate, incomplete, infinite; non-smoker, non-stop, non-rhotic; agnostic, asymmetry, amoral) .
 今回の話題については,「#1904. 形容詞の no と副詞の no は異なる語源」 ([2014-07-14-1]) もご参照ください.

Referrer (Inside): [2023-05-31-1] [2023-02-25-1]

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2020-11-21 Sat

#4226. 言語変化と通時的対応関係 [language_change][diachrony][historical_linguistics][terminology][etymology][oe_dialect]

 Fertig (7) に "Change vs. diachronic correspondence" と題する節をみつけた.この2つは歴史言語学において区別すべき重要な概念である.この区別を意識していないと,思わぬ誤解に陥ることがある.

Linguists often use 'change' to refer to correspondences among forms that may be separated by centuries or millennia, e.g. Old English stān and Modern English stone or Middle English holp and Modern English helped. For purposes of comparative reconstruction, diachronic correspondences that relate forms separated by hundreds of years may be just what one needs, but such correspondences often mask a complex sequence of smaller developments that may have taken a very circuitous route. Linguists who are serious about understanding how change actually happens often point to the fallacies that arise from treating diachronic correspondences as if they directly reflected individual changes. Where plentiful data allows us to examine the course of a change in fine-grained detail, the picture that emerges is often very different from what we would posit if we only had evidence of the 'before' and 'after' states . . . .


 異なる2つの時点において(主として形式について)対応関係が認められる1組の言語項があるとき,その2つの言語項は何らかの通時的な線で結びつけられて然るべきである.この通時的な線こそが,その言語項が遂げた変化の実態である.しかし,時間に沿ってよほど細かな証拠が得られない限り,その線が直線なのか曲線なのか,曲線であればどんな形状の曲線なのか,分からないことが多い.その過程を慎重に推測し,せいぜい点線でつなげることができれば及第点であり,厳密に実線で描けるという幸運な状況は稀のように思われる.否,根本的な問いとして,最初に対応関係を認めた2つの言語項が,本当に対応関係があるものとみなしてよいのか,というところから議論しなければならないかもしれないのである.
 具体例を1つ挙げよう.現代標準英語には「古い」を意味する old という語がある.一方,古英語にも同義の eald という語が確認される.千年の時間の隔たりはあるものの,意味や用法はほぼ一致しており,形式的にも十分に近似しているため,この2つの言語項の間に通時的対応関係が認められるとは言えそうだ.しかし,通時的対応関係を認めたとしても,音変化を通じて直線的に ealdold へと発展したと結論づけるのは早計である.丁寧に音変化を考察すれば分かるが,eald は古英語ウェストサクソン方言における形態であり,現代標準英語の old という形態の直接の祖先ではないからだ.むしろ古英語アングリア方言の ald に遡るとみるべきである.だとすれば,ealdold の関係は,直接的でも直線的でもないことになる.aldold がなす直接的・直線的な関係に対して,eald が初期の部分で斜めに絡んできている,というのが正しい解釈となる.
 点と点を結ぶ線(直線か曲線か)に関して,「点と点」の部分が通時的対応関係を指し,「線」の部分が言語変化を指すと考えておけばよい.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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