[2009-05-14-1][2009-05-12-1]の接尾辞-th の話題に引き続き,今回は-dom の話題.先日の授業で,古英語の語形成の一方法として派生( derivation )を解説した. wisdom は wise + dom だと一つ例を挙げたが,他の例がすぐに挙がらなかった.情けないことである.後で例を挙げてくれた学生もいたので,今日は反省しつつ,接尾辞-dom について知識をまとめておきたい.
-dom は名詞・形容詞について新しい名詞を作る接尾辞で,二つの意味がある.
(1) ?たる地位(位階),?権,?の勢力範囲,?領,?界: cuckoldom 「不貞な妻をもった夫の身分」, Christendom 「キリスト教世界」, dukedom 「公爵の爵位」, earldom 「伯爵の爵位」, kingdom 「王国」, martyrdom 「殉教」, popedom 「教皇職」, sheriffdom 「シェリフ職」
(2) 状態: boredom 「退屈」, freedom 「自由」, wisdom 「知恵」, thraldom 「隷属状態」
(3) 集団,または(その集団社会の)流儀,気質など(しばしば軽蔑のニュアンスを伴う): filmdom 「映画界」, officialdom 「官界」, squiredom 「地主階級風」
この接尾辞は語源的としては doom と同一である(究極的には動詞 do と関係する).もともとは「位置,状態,権力」という意味だった.対応する古英語の dōm は 「法令」「判決」を意味する語として使われたが,後に現在のような「運命」の意味が展開された.-dom は現在でも生きた接尾辞として,臨時語の形成に使われるという.
日本語で思い出したのは「マンダム」と「ガンダム」である.かつて一世を風靡した流行語「う?ん,マンダム」は,男性用化粧品を製造・販売する株式会社マンダムの製品CMが出所である.ウェブで調べた限り,「マンダム」は,もともと "man" + "domain" の略だったが,のちに女性化粧品事業へも参入するに伴って "human & freedom" の略へ変わったのだという.機動戦士「ガンダム」のほうは,一説によると "gunboy" + "freedom (fighter)" の省略らしい.
マンダムもガンダムももちろん和製英語だが,接尾辞-dom の例として再解釈してみると新しい含蓄を楽しめるかもしれない.「男状態を保つ化粧品」とか「銃使いに特有の気質」とか.
ところで,マンダムもガンダムも男の世界である.おもしろいことに,古英語の dōm は男性名詞だった(-dōm のついた派生語もすべて男性名詞).偶然だろうが,結果として良いネーミングセンスをしていたということになる.う?ん,マンダム.
[2009-05-12-1]で-th の接尾辞をもつ派生語を取り上げたが,派生の基体となった動詞や形容詞は何だろうかと問うたままだったので,ここで解答を示す.左列が派生語,右列が基体だが,基体については古英語(あるいはそれ以前)の形ではなく,現代英語の対応する形を挙げてある.現代英語に残っていないものについてはcf.として関連語を挙げる.
(1) 動詞からの派生(-th )
bath | cf. bake |
birth | bear |
death | die |
math | mow; cf. aftermath |
oath | cf. 対応する現存の語はなし |
growth | grow |
tilth | till |
stealth | steal |
filth | foul |
health | whole |
length | long |
mirth | merry |
strength | strong |
truth | true |
dearth | dear |
depth | deep |
breadth | broad |
sloth | slow |
wealth | well |
draught | draw |
drift | drive |
flight | fly |
frost | freeze |
gift | give |
haft | heave |
heft | heave |
might | may |
plight | pledge |
shaft | cf. scape |
shrift | cf. script |
thirst | cf. dry |
thought | think |
thrift | thrive |
weft | weave |
sight | see |
height | high |
sleight | sly |
drought | dry |
現代英語で-th という接尾辞をもつ抽象名詞をいくつ挙げられるだろうか.この語尾は起源は印欧祖語に遡り,動詞や形容詞から対応する名詞を派生させてきたが,現代英語では非生産的である.語源的には,動詞につく場合と形容詞につく場合は区別すべきである.現代英語に残る例を列挙してみる.(セミコロンの区切りは,派生された時代の区別を示す.)
(1) 動詞からの派生(-th )
bath , birth , death , math , oath ; growth , tilth ; stealth
(2) 形容詞からの派生(-th )
filth , health , length , mirth , strength , truth ; dearth , depth ; breadth , sloth , wealth
-th の異形に-t という接尾辞もあり,同様に派生機能をもつ.どちらの接尾辞になるかは,音声環境による.以下に例を挙げる.
(3) 動詞からの派生(-t )
draught , drift , flight , frost , gift , haft , heft , might , plight , shaft , shrift , thirst , thought , thrift , weft ; sight
(4) 形容詞からの派生(-t )
height , sleight ; drought
その他,例外的に名詞から theft も派生されている.
(2)と(4)の形容詞からの派生については,派生語の母音と対応する形容詞の母音が異なっていることが多い.これは,当該の接尾辞がゲルマン祖語の-iþô に由来することと関係する.接尾辞に/i/音があることで,i-mutation という音韻過程が引き起こされたためである.
上記の各例について,もととなった動詞や形容詞を推測してみて欲しい.
一昨日のことだが,雨上がりの夕方6時頃,西の空に虹が架かった.しかも二重橋だった.家のベランダより眺めていたが,やがて消えてしまい,後からデジカメ撮影をすればよかったと悔やんだ.翌朝の読売新聞にこの虹の写真が載っていたので,気になる方はYOMIURI ONLINEで検索を.
虹は英語で rainbow である.読んで字のごとく"rain"+"bow"の複合語であり,「雨の弓」の意である.発想としては単純である.同じ発想は,英語のみならずゲルマン諸語にもある.古英語 rēnboga ,現代ドイツ語 Regenbogen ,現代デンマーク語 regnbue 等々.
フランス語を見てみると arc-en-ciel つまり"arch in the sky"「空の弓」である.発想としてはいっそう単純である.ラテン語の arcus caelestis も同様.
次に,東洋に視点を移してみよう.日本語の「にじ」の語源は諸説あるようだが,一説によると,古形「ぬじ」「のじ」は長虫を意味する「なじ」「なが」と通じているという.
虹を長虫や蛇の類と関連づける発想は珍しくないようで,中国語(漢字)の「虹」も一例である.「虫」は昆虫というよりも蛇や蝮の類を表し,「工」は左右への反りを表すという.古代中国では,「虹」は空に住む龍の一種と考えられていた.川の水を飲むために地上に降りてくる姿が空の虹となって現れるというのである.今回ベランダから見た二重の虹は「虹霓」(こうげい)と呼ばれ,それぞれの字は龍のオスとメスを表すという.語源(字源)に豊かな発想が埋め込まれている例だろう.
他に,オーストラリアの土着言語にも虹を蛇の類と見る伝統があるようだ.以下は, OED からの引用である.
1965 R. & D. Morris Men & Snakes i. 19 By far the most spectacular snakes in Australian aboriginal art are the mythical rainbow serpents. These usually live deep in waterholes during the dry season, but take to the thunder clouds when the rains come, sometimes appearing in the sky as rainbows.
最後に,これは未確認だがハワイ語では ao akua 「神聖な雲」と呼ぶらしい.もし他の言語での意味や語源を知っている人がいたら,教えていただきたい.
以上,虹の語源を複数言語で比較してみたが,個人的には中国語(漢字)の背後にあるドラマ性がやはり好きである.普段はオス一人で現れるがまれに夫婦一対で現れる「虹霓」など,豊かな想像力の産物だ.語源が面白いのは,こうしたドラマ性と発想の豊かさを発見できる喜びがあるからだろう.ドラマ性ある「虹」や「虹霓」に比べ, rainbow の想像力がなんと乏しいことか.二重の虹を double rainbow としてしか表現できない悲しさ・・・(日本語も一緒か!).しかし,英語の名誉のために, crock of gold at the end of the rainbow 「決して得られることのない報い」という熟語を挙げておこう.ここには,虹の根本に宝物が隠されているという迷信が関わっており,少しだけドラマ性があるような気がする.
英語学者の渡部昇一氏は2009年3月に出版された著書『語源力』で,語源を「イメージの考古学」と呼んでいる.この表現の背後には,ある語の語構成や語源をひもとくことによってその語を生み出した古代人の発想を垣間見ることができるとする考えがある.私はこの考え方に大賛成である.
古代人の発想はたいてい現代人には失われている種類の発想であり,語源を調査するだけで,手軽に新たな発想を手に入れることができるのである.現在忘れ去られている過去の発想を語源調査という手段でそっと蘇らせ,さも新しい発想であるかのように提示すれば,発想力の豊かさを印象づけられるかもしれない.あらゆる仕事において新たな発想が求められる現代だからこそ,過去を振り返って発想を「再発掘」することが必要なのではないか.過去の知恵こそが未来を切り開く.語源学の醍醐味である.温故知新.
虹の語源については,是非こちらの記事も参照されたい.
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