昨日の記事 ([2020-01-18-1]) に引き続き,話題の Chibanian の接尾辞 -ian について.この英語の接尾辞は,ラテン語で形容詞を作る接尾辞 -(i)ānus にさかのぼることを説明したが,さらに印欧祖語までさかのぼると *-no- という接尾辞に行き着く.語幹母音に *-ā- が含まれるものに後続すると,*-āno- となり,これ全体が新たな接尾辞として切り出されたということだ.ここから派生した -ian, -an, -ean が各々英語に取り込まれ,生産的な語形成を展開してきたことは,昨日挙げた多くの例で示される通りである.
さて,印欧祖語の *-no- は,ゲルマン語派のルートを通じて,英語の意外な部分に受け継がれてきた.強変化動詞の過去分詞形に現われる -en と素材を表わす名詞に付されて形容詞を作る -en である.前者は broken, driven, shown, taken, written などの -en を指し,後者は brazen, earthen, golden, wheaten, wooden, woolen などの -en を指す (cf. 後者について「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]) も参照).いずれも形容詞以外から形容詞を作るという点で共通の機能を果たしている.
つまり,Chibanian の -ian と golden の -en は,現代英語に至るまでの経路は各々まったく異なるものの,さかのぼってみれば同一ということになる.
昨日の記事「#3902. 純アングロサクソン名の Edward, Edgar, Edmond, Edwin」 ([2020-01-02-1]) に引き続き,人名の話題.以下,主として梅田 (13) より.
標題の単語や人名はいずれも語源素として「高貴な」を意味する WGmc *aþilja にさかのぼる.その古英語の反映形 æþel(e) (高貴な)は重要な語であり,これに父称 (patronymy) を作る接尾辞 -ing を付した æþeling は,現在でも atheling (王子,貴族)として残っている.
æþel は,アングロサクソン王朝の諸王の名前にも多く確認される.「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) を一瞥するだけでも,Ethelwulf, Ethelbald, Ethelbert, Ethelred, Athelstan などの名前が挙がる.しかし,昨日の記事でも述べたように,ノルマン征服後,これらの名前は衰退していき,現代では見る影もない.
ところで,ドイツ語で「高貴な」に対応する語は edel であり,「貴族」は Adel である.edelweiss (エーデルワイス)は「高貴なる白」を意味するアルプスの植物だ.形容詞に名詞化語尾をつけた形態が Adelheid であり,古高地ドイツ語の Adalheidis にさかのぼる.これは女性名ともなり,その省略された愛称形が Heidi となる.アニメの名作『アルプスの少女ハイジ』で,厳しい執事のロッテンマイヤーさんは,ハイジのことを省略せずにアーデルハイドと呼んでいる.なお,オーストラリアの South Australia 州の州都 Adelaide は,このドイツ語名がフランス語経由で英語に取り込まれたものである.
一方,Adalheidis は,フランス語に取り込まれるに及び,短縮・変形したバージョンも現われた.Alaliz や A(a)liz である.これが中英語に借用されて Alyse や,近現代の Alice となった.もう1つの女性名 Alison は,フランス語で Alice に指小辞が付されたものである.
「王子」「エーデルワイス」「ハイジ」「アリス」が関係者だったというのは,なかなかおもしろい.
・ 梅田 修 『英語の語源事典』 大修館書店,1990年.
「#2364. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ」 ([2015-10-17-1]) でみたように,古英語期,すなわち1066年のノルマン征服より前の時代には当たり前のようにイングランドで用いられていたアングロサクソン人名の多くが,征服後に一気に衰退した.標題の名前は,生き残った純正アングロサクソン男性名の代表例である(「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) よりアングロサクソン諸王の名前を確認されたい).
いずれも複合語であり,第1要素に Ed- がみえる.これは古英語の名詞 ēad (riches, prosperity, good, fortune, happiness) を反映したものである(すでに廃語).「裕福」という縁起のよい意味だから人名には多用された.Edward は ēad + weard (guardian) ということで「富を守る者」が原義である.Edgar は ēad + gār (spear) ということで「富裕な槍持ち」といったところか.Edmond/Edmund は ēad + mund (protection) ということで「富貴の守り手」ほどの意となる(この第2要素は Raymond, Richmond にもみられる).Edwine は ēad + wine (friend) ということで「富の友」である(この第2要素は Baldwin にもみられる).
なお Edith は女性名となるが,第1要素はやはり ēad である.これに gūþ (war) が複合(および少し変形)した,勇ましい名前ということになる.
現代に生き残るこのような純アングロサクソン名(残念ながら多くはない)を利用して,古英語の単語や語源について学ぶのもおもしろい.
昨日の記事「#3898. danger, dangerous の意味変化」 ([2019-12-29-1]) で触れたように,danger, dangerous の語源素はラテン語の domus (家,ドーム)である.ラテン語ではきわめて基本的な語であるから,そこから派生した語は多く,英語にも様々な経路で借用されてきた.以下に関連語を一覧してみよう.昨日みたように,「家」「家の主人」「支配者」「支配(力)」「危険」など各種の意味が発展してきた様子が伝わるのではないか.
condominium, dame, Dan, danger, demesne, Dom, domain, dome, domestic, domicile, dominant, dominate, domination, domineering, dominical, dominion, domino, dona, duenna, dungeon, madam, madame, mademoiselle, Madonna, majordomo, predominate
「危険」と関連して「損害」の意味を含む damage, damn, condemn なども,domus と間接的に関わる.これらの語は,直接的にはラテン語の別の語根 damnum "loss, injury" に起源をもち,その後期ラテン語形である damniārium を経由して発展してきたと考えられるが,そこには後者の語形と *dominiāriu(m) "dominion" との混同も関与していたようだ.
ラテン語からさらにさかのぼれば,印欧祖語 *dem(ə)- "house, household" にたどりつく.ここから古英語経由で timber (建築用木材),古ノルド語経由で toft (家屋敷),ギリシア語経由で despot (専制君主)なども英語語彙に加わっている.
英単語 danger (危険)は,古仏語で「支配(力)」を意味した dangier, dongier を借用したものだが,これ自体は同義の俗ラテン語 *dominiāriu(m) にさかのぼるとされる.さらには同義のラテン語の dominium に,そして dominus (主人,神)にまでさかのぼる.もう一歩さかのぼると,語源素は domus (家,ドーム)という基本語である.全体としていえば,「家の主人」→「支配(力)」→「危険」のように意味変化を遂げてきたことになる.
英語での danger の初出は,初期中英語期,1200年頃の修道女マニュアル Ancrene Riwle であり,そこでは「支配(力),傲慢」の意味で用いられている.古いイディオム to be in danger of は「?の支配下で」を意味した(cf. 古仏語の estre en dangier "to be in the power, at the mercy, of someone").一方,現代風の「危険」という発展的語義が確認されるのは,後期中英語期,1378年頃の Piers Plowman からである.
形容詞 dangerous のたどった経緯も,名詞 danger とほぼパラレルである.英語での初出はやはり Ancrene Riwle であり,支配者にありがちな性格として「扱いにくい,傲慢な」を意味した.それが,中英語末期にかけて現代的な「危険な」の意味を発達させている.名詞にせよ形容詞にせよ,古仏語から英語に借用された当初は「支配(力)」を意味していたものが,中英語期の間にいかにして「危険」の意味を発展させたのだろうか.
シップリー (198--99) によれば dangerous の語源と意味変化の経緯は次の通りである.
タンジュローズ (Dangerose) という名の魅力的な貴婦人が,かつてパリ北西郊外の都市アニエールの領主ダマーズ (Damase) にしつこく言い寄られて不倫を犯した.二人はル・マン (Mans) のティグ (Thigh) という名の第37代大司教の破門にもかかわらず同棲した.ある日,この領主が川を渡っていると,激しい嵐が起こった.稲妻に打たれ,水に飲まれ半焼死・半溺死の状態で地獄に落ちた.ダンジュローズは嘆き悲しんで大司教の足元に身を投げて許しを請い,その後,厳しい隠遁生活をおくった.しかし,彼女の話は広く伝わってしまった.それでフランス人は危機に瀕すると,"Ceci sent la Dangerose." (ダンジュローズのようだ)と言った.フランス語 dangereux, dangereuse (危険な)が派生したとされる.
この訓戒話は,danger (危険)の一般的に認められている語源説と比べると信憑性に欠ける.danger は,dominion (支配権)と同語源で,ラテン語 dominium (支配,所有)から,後期ラテン語 dominarium (支配,権力),古フランス語 dongier (権力,支配)を経て中英語に借入された.in danger of と言えば,当時の意味は「権力や支配権の思いのままにされる」であった.そうすれば今日の「危険」の意味は,領主に対して領民がいかに恐れを抱いていたかを示している.権力者はまさに被支配者に「危険」をもたらすものだった.
引用の第1段落は,シップリーの好みそうな民間語源 (folk_etymology) 的な逸話として横においておくとして,第2段落で述べられている意味の展開が実に興味深い.権力者の「支配(力)」は,すなわち庶民にとっての「危険」であるということだ.権力のある支配者は得てして「気位が高い」し「扱いにくい」ものである.度が過ぎれば,下で仕える者にとって「危険な」存在となるだろう.この語の意味変化は,いつの世でも支配・権力とは危険なものだということを思い起こさせてくれる.
・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
語源学 (etymology) が単語の語源を扱う分野であることは自明だが,その守備範囲を厳密に定めることは意外と難しい.『新英語学辞典』の etymology の項を覗いてみよう.
etymology 〔言〕(語源(学)) 語源とは,本来,語の形式〔語形・発音〕と意味の変化の歴史を可能な限りさかのぼることによって得られる文献上または文献以前の最古の語形・意味,すなわち語の「真の意味」 (etymon) を指すが,最近では etymon と同時に,語の意味・用法の発達の歴史,いわゆる語誌を含めて語源と考えることが多い.このように語の起源および派生関係を明らかにすることを目的とする語源学は,語の形態と意味を対象とする点において語彙論 (lexicology) の一部をなすが,また etymon を明らかにする過程において,特定言語の歴史的な研究 (historical linguistics) や比較言語学 (comparative linguistics) の方法と成果を用い,ときに民族学や歴史・考古学の成果をも援用する.従って語源学は,単語を中心とした言語発達史,言語文化史ということもできよう.
上記によると,語源学とは語の起源と発達を明らかにする分野ということになるが,そもそも語とは形式と意味の関連づけ(シニフィアンとシニフィエの結合)によって成り立っているものであるから,結局その関連づけの起源と発達を追究することが語源学の目的ということになる.ここで語の「形式」というのは,主として発音のことが念頭に置かれているようだが,当然ながら歴史時代にあっては,文字で表記された綴字もここに含まれるだろう.しかし,上の引用では語の綴字(の起源と発達)について明示的には触れられておらず,あたかも語源学の埒外であるかのように誤解されかねない.語の綴字も語源学の重要な研究対象であることを明示的に主張するために,「綴字語源学」,"etymology of spelling", "orthographic etymology" のような用語があってもよい.
もちろん多くの英語語源辞典や OED において,綴字語源学的な記述が与えられていることは確かである.しかし,英単語の綴字の起源と発達を記述することに特化した語源辞典はない.英語綴字語源学は非常に豊かで,独立し得る分野と思われるのだが.
(英語)語源学全般について,以下の記事も参照.
・ 「#466. 語源学は技芸か科学か」 ([2010-08-06-1])
・ 「#727. 語源学の自律性」 ([2011-04-24-1])
・ 「#1791. 語源学は技芸が科学か (2)」 ([2014-03-23-1])
・ 「#598. 英語語源学の略史 (1)」 ([2010-12-16-1])
・ 「#599. 英語語源学の略史 (2)」 ([2010-12-17-1])
・ 「#636. 語源学の開拓者としての OED」 ([2011-01-23-1])
・ 「#1765. 日本で充実している英語語源学と Klein の英語語源辞典」 ([2014-02-25-1])
・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
単語の語源に関する話題で用いられる標題の術語は,少し分かりにくいところがある.定義を求めて OED をはじめ各種の辞書に当たってみたが,最も有用なのは『ジーニアス英和大辞典』なのではないか.以下のようにある.
1 (派生語のもとである)語の原形,(派生語[複合語]の)形成要素.
2 (ある単語の)原形《現代英語の two に対する古英語の twā》.
3 外来語の原語.
特に定まった訳語もなく「エティモン」(複数形は etyma 「エティマ」)と呼ぶほかないが,試みに訳を当てるなら「語源素」ほどだろうか.
『ジーニアス英和大辞典』で3つの語義が挙げられているとおり,etymon は「語源」の複数の側面に光を当てており,それゆえに少々分かりにくくなっているが,実はとても便利な用語である.「○○という単語の語源は何?」という日常的な質問に対する様々な答え(方)に対応しているからだ.
たとえば「poorly という単語の語源は何?」という質問について考えよう.これに対する1つの答え(方)は「中英語の poureliche に遡る」というものだ.現代よりも前の時代から祖先形が確認されれば,それを持ち出して,poorly の語源だといえばよい.poureliche は,"the Middle English etymon of poorly" ということになる.これは先の語義2に対応する.
もう1つの答え(方)は,poorly は形容詞 poor と副詞形成接尾辞 -ly からなっていると説明するやり方である.これは一見すると語源の説明というよりは語形成の説明のように思われる.それでも語源に関する一般的な質問において求められている情報にはちがいない.実際,中英語の poureliche は当時の形容詞 poure と副詞形成接尾辞 -liche を組み合わせて造語したものであるから,これは厳密な意味においても語源の説明になっているのである.この場合,poor/poure と -ly/-liche は,各々が etymon ということになる(つまり "the two etyma of poorly").これは先の語義1に対応する.
最後に,poorly の1つ目の etymon である poor/poure に注目して質問に答えると,「この単語はフランス語 povre を借用したもの」ということになる.借用語の場合には,借用元言語とその言語での形態(「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]) の用語に従えば "model")を示すのが典型的な答え方である.ここで説明しているのは "the French etymon of poor" ということになる.これは先の語義3に対応する.
もちろん,フランス語 povre は,これ自体がさらに古い語源をもっており,ラテン語 pauper や,さらに印欧祖語 *pau- にまで遡る.これらの各々も,語義2の意味での etymon という言い方ができる.さらに,2つ目の etymon である接尾辞 -ly/-liche のほうに注目するならば,それはそれとしてゲルマン祖語に遡る豊かな歴史と etymon をもっている.究極の etymon に至るまで etymon の連鎖が続くというわけだ.
etymon はこのように様々な単位を指して用いられるので少々分かりにくく,それゆえ訳語も定まらないのかもしれない.しかし,「○○という単語の語源は何?」という問いに対してどのように答えたとしても,その答えはたいてい etymon/etyma の指摘となっているはずである.このように etymon をとらえると,むしろ分かりやすくなるのではないか.
「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1]),「#3275. 乾杯! wassail」 ([2018-04-15-1]) の記事で触れたように,hail, hale, heal, holy, whole, wassail などは同一語根に遡る,互いに語源的に関連する語群である.古英語 hāl (完全な,健全な,健康な)からの派生関係をざっと見てみよう.
まず,古英語 hāl の直接の子孫が,hale や whole である.後者は,それ自体が基体となって wholesome, wholesale, wholly などが派生している.
次に名詞接尾辞を付した古英語 hǣlþ からは,お馴染みの単語 health, healthy, healthful が現われている.
動詞形 hǣlan からは heal, healer が派生した.また,行為者接尾辞を付した Hælend は「救済者(癒やす人)」を意味する重要な古英語単語だった.
形容詞接尾辞を付加した hālig からは holy, holiness, holiday が派生している.hālig を元にして作られた動詞 hālgian からは,hallow, Halloween が現われている.
一方,古英語 hāl に対応する古ノルド語の同根語 heill の影響化で,hail, hail from, hail fellow, wassail なども英語で用いられるようになった.
古英語の語形成の豊かさと意味変化・変異の幅広さを味わうには,うってつけの単語群といえるだろう.以上,Crystal (22) より.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.
昨日の記事「#3815. quoth の母音」 ([2019-10-07-1]) で,古風で妙な振舞を示す動詞 quoth を紹介したが,quoth he という句が約まって間投詞として機能するようになった quotha /ˈkwoʊθə/ なる,もっと変な語も存在する.やはり古めかしい表現だが,引用の後で軽蔑や皮肉をこめて用いられ,「あきれた,まったく,ほんとに,フフン!」ほどを意味する.
OED の quotha, int. によると,初出は次のように?1520となっている.
?1520 J. Rastell Nature .iiii. Element sig. Bvjv Thre course dysshes qd a.
この例のように,初期近代英語では qd a や qda などと省略表記されていたようだ.語用的な効果が感じられる近現代からの例を,もう少し挙げておこう.
・ 1698 Unnatural Mother iv. 33 Hei, hei! handsom, kether! sure somebody has been rouling him in the rice.
・ 1720 W. Congreve Love for Love v. i. 115 Sleep quotha! No, why you would not sleep o'your wedding night!
・ 1884 R. Browning Mihrab Shah in Ferishtah's Fancies 99 Attributes, quotha? Here's poor flesh and blood.
・ 1997 T. Pynchon Mason & Dixon 507 It's Emerson and that lot. Ragged children. Swarms, quotha.
quoth he という句が,談話標識 (discourse_marker) へと主観化 (subjectification) した事例として,歴史語用論的におもしろいトピックである.
本ブログで英語史の話題を提供するのに,語源解説などでしばしば諸言語を参照する必要があるが,その際に用いる言語名の略形を一覧する.これまでの記事では必ずしも略形を統一させてこなかったが,今後はなるべくこちらに従いたい.ソースとしては『英語語源辞典』の「言語名の略形」 (xvi--xvii) に依拠する.主要な(歴史的)言語については,同辞典の xiv より年代区分も挙げておく.略形関係としては「#1044. 中英語作品,Chaucer,Shakespeare,聖書の略記一覧」 ([2012-03-06-1]) も参照.
Aeol. | Aeolic | |
AF | Anglo-French | 1100--1500 |
Afr. | African | |
Afrik. | Afrikaans | |
Akkad. | Akkadian | |
Alb. | Albanian | |
Aleut. | Aleutian | |
Am. | American | |
Am.-Sp. | American Spanish | |
Anglo-L | Anglo-Latin | |
Arab. | Arabic | |
Aram. | Aramaic | |
Arm. | Armenian | |
Assyr. | Assyrian | |
Austral. | Australian | |
Aves. | Avestan | |
Braz. | Brazilian | |
Bret. | Breton | |
Brit. | Brittonic/Brythonic | |
Bulg. | Bulgarian | |
Canad. | Canadian | |
Cant. | Cantonese | |
Cat. | Catalan | |
Celt. | Celtic | |
Central-F | Central French | |
Chin. | Chinese | |
Corn. | Cornish | |
Dan. | Danish | |
Drav. | Dravidian | |
Du. | Dutch | |
E | English | |
E-Afr. | East African | |
Egypt. | Egyptian | |
F | French | |
Finn. | Finnish | |
Flem. | Flemish | |
Frank. | Frankish | |
Fris. | Frisian | |
G | German | |
Gael. | (Scottish-)Gaelic | |
Gaul. | Gaulish | |
Gk | Greek | --200 |
Gmc | Germanic | |
Goth. | Gothic | |
Heb. | Hebrew | |
Hitt. | Hittite | |
Hung. | Hungarian | |
Icel. | Icelandic | |
IE | Indo-European | |
Ind. | Indian | |
Ir. | Irish(-Gaelic) | |
Iran. | Iranian | |
It. | Italian | |
Jamaic.-E | Jamaican English | |
Jav. | Javanese | |
Jpn. | Japanese | |
L | Latin | 75 B.C.--200 |
Latv. | Latvian | |
Lett. | Lettish | |
LG | Low German | |
LGk | Late Greek | 200--600 |
Lith. | Lithuanian | |
LL | Late Latin | 200--600 |
MDu. | Middle Dutch | 1100--1500 |
ME | Middle English | 1100--1500 |
Mex. | Mexican | |
Mex.-Sp. | Mexican Spanish | |
MGk | Medieval Greek | 600--1500 |
MHeb. | Medieval Hebrew | |
MHG | Middle High German | 1100--1500 |
MIr. | Middle Irish | 950--1300 |
Mish. Heb. | Mishnaic Hebrew | |
ML | Medieval Latin | 600--1500 |
MLG | Middle Low German | 1100--1500 |
ModE | Modern English | |
ModGk | Modern Greek | |
ModHeb. | Modern Hebrew | |
MPers. | Middle Persian | |
MWelsh | Middle Welsh | 1150--1500 |
N-Am.-Ind. | North American Indian | |
NGk | Neo-Greek | |
NHeb. | Neo-Hebrew | |
NL | Neo-Latin | |
Norw. | Norwegian | |
ODu. | Old Dutch | |
OE | Old English | 700--1100 |
OF | Old French | 800--1550 |
OFris. | Old Frisian | 1200--1550 |
OHG | Old High German | 750--1100 |
OIr. | Old Irish | 600--950 |
OIt. | Old Italian | |
OL | Old Latin | 500--75 B.C. |
OLG | Old Low German | 800--1100 |
OLith. | Old Lithuanian | |
ON | Old Norse | 800--1300 |
ONF | Old Norman French | |
OPers. | Old Persian | |
OProv. | Old Provençal | |
OPruss. | Old Prussian | 1400--1600 |
OS | Old Saxon | 800--1000 |
Osc. | Oscan | |
Osc.-Umbr. | Osco-Umbrian | |
OSlav. | Old (Church) Slavonic | 900--1100 |
OSp. | Old Spanish | |
OWelsh | Old Welsh | 700--1150 |
PE | Present-Day English | |
Pers. | Persian | |
Phoen. | Phoenician | |
Pidgin-E | Pidgin English | |
Pol. | Polish | |
Port. | Portuguese | |
Prov. | Provençal | |
Rum. | Rumanian | |
Russ. | Russian | |
S-Afr. | South African | |
S-Am.-Ind. | South American Indian | |
Scand. | Scandinavian | |
Sem. | Semitic | |
Serb. | Serbian | |
Serbo-Croat. | Serbo-Croatian | |
Siam. | Siamese | |
Skt | Sanskrit | |
Slav. | Slavonic, Slavic | |
Sp. | Spanish | |
Sumer. | Sumerian | |
Swed. | Swedish | |
Swiss-F | Swiss French | |
Syr. | Syriac | |
Tibet. | Tibetan | |
Toch. | Tocharian | |
Turk. | Turkish | |
Umbr. | Umbrian | |
Ved. | Vedic | |
VL | Vulgar Latin | |
W-Afr. | West African | |
W-Ind. | West Indies | |
WS | West Saxon | |
Yid. | Yiddish |
「#3781. 講座「英語の歴史と語源」の第3回「ローマ帝国の植民地」のご案内」 ([2019-09-03-1]) で紹介したとおり,9月7日(土)15:15?18:30に朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・3 ローマ帝国の植民地」と題する講演を行ないました.過去2回と同様,大勢の方々に参加いただきまして,ありがとうございました.核心を突いた質問も多数飛び出し,私自身もおおいに勉強になりました. *
今回は,(1) ローマン・ブリテンの時代背景を紹介した後,(2) 同時代にはまだ大陸にあった英語とラテン語の「馴れ初め」及びその後の「腐れ縁」について概説し,(3) 最初期のラテン借用語が意外にも日常的な性格を示す点に注目しました.
特に3点目については,従来あまり英語史で注目されてこなかったように思われますので,具体例を挙げながら力説しました.ラテン借用語といえば,語彙の3層構造のトップに君臨する語彙として,お高く,お堅く,近寄りがたいイメージをもってとらえられることが多いのですが,こと最初期に借用されたものには現代でも常用される普通の語が少なくありません.ラテン語に関するステレオタイプが打ち砕かれることと思います.
講座で用いたスライド資料をこちらに置いておきます.本ブログの関連記事へのリンク集にもなっていますので,復習などにお役立てください.
次回の第4回は10月12日(土)15:15?18:30に「英語の歴史と語源・4 ゲルマン民族の大移動」と題して,いよいよ「英語の始まり」についてお話しする予定です.
1. 英語の歴史と語源・3 「ローマ帝国の植民地」
2. 第3回 ローマ帝国の植民地
3. 目次
4. 1. ローマン・ブリテンの時代
5. ローマン・ブリテンの地図
6. ローマン・ブリテンの言語状況 (1) --- 複雑なマルチリンガル社会
7. ローマン・ブリテンの言語状況 (2) --- ガリアとの比較
8. ローマ軍の残した -chester, -caster, -cester の地名
9. 多くのラテン地名が後にアングロ・サクソン人によって捨てられた理由
10. 2. ラテン語との「腐れ縁」とその「馴れ初め」
11. ラテン語との「腐れ縁」の概観
12. 現代英語におけるラテン語の位置づけ
13. 3. 最初期のラテン借用語の意外な日常性
14. 行為者接尾辞 -er と -ster も最初期のラテン借用要素?
15. 古英語語彙におけるラテン借用語比率
16. 借用の経路 --- ラテン語,ケルト語,古英語の関係
17. cheap の由来
18. pound (?) の由来
19. Saturday とその他の曜日名の由来
20. まとめ
21. 参考文献
標題の2つの行為者接尾辞 (agentive suffix) について,それぞれ「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]),「#2188. spinster, youngster などにみられる接尾辞 -ster」 ([2015-04-24-1]) などで取り上げてきた.
-er は古英語では -ere として現われ,ゲルマン諸語にも同根語が確認される.そこからゲルマン祖語 *-ārjaz, *-ǣrijaz が再建されているが,さらに遡ろうとすると起源は判然としない.Durkin (114) によれば,ラテン語 -ārius, -ārium, -āria の借用かとのことだ(このラテン語接尾辞は別途英語に形容詞語尾 -ary として入ってきており,budgetary, discretionary, parliamentary, unitary などにみられる).
一方,もともと女性の行為者を表わす古英語の接尾辞 -estre, -istre も限定的ながらもいくつかのゲルマン諸語にみられ,ゲルマン祖語形 *-strjōn が再建されてはいるが,やはりそれ以前の起源は不明である.Durkin (114) は,こちらもラテン語の -istria に由来するのではないかと疑っている.
もしこれらの行為者接尾辞がラテン語から借用された早期の(おそらく大陸時代の)要素だとすれば,後の英語の歴史において,これほど高い生産性を示すことになったラテン語由来の形態素はないだろう.特に -er についてはそうである.これが真実ならば,「#3788. 古英語期以前のラテン借用語の意外な日常性」 ([2019-09-10-1]) で述べたとおり,最初期のラテン借用要素のもつ日常的な性格を裏書きするもう一つの事例となる.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
英語(およびゲルマン諸語)が大陸時代にラテン語から借用したとされる単語がいくつかあることは,「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]),「#1945. 古英語期以前のラテン語借用の時代別分類」 ([2014-08-24-1]) などで紹介してきた.ローマ時代後期の借用語とされる pound, kettle, cheap; street, wine, pit, copper, pin, tile, post (wooden shaft), cup (Durkin 55) などの例が挙げられるが,そのうち pound, kettle, cheap について Durkin (72--75) に詳しい解説があるので,それを要約したい.
古英語 pund は,Old Frisian pund, Old High German phunt, Old Icelandic pund, Old Swedish pund, Gothic pund などと広くゲルマン諸語に文証される.しかし諸言語に共有されているというだけでは,早期の借用であることの確証にはならない.ここでのポイントは,これらの諸言語に意味変化が共有されていることだ.つまり,いずれも重さの単位としての「ポンド」の意味を共有している.これはラテン語の lībra pondō (a pound by weight) という句に由来し,句の意味は保存しつつ,形態的には第2要素のみを取ったことによるだろう.交易において正確な重量測定が重要であることを物語る早期借用といえる.
次に古英語 ċ(i)etel もゲルマン諸語に同根語が確認される (ex. Old Saxon ketel, Old High German kezzil, Old Icelandic ketill, Gothic katils) .古英語形は子音が口蓋化を,母音が i-mutation を示していることから,早期の借用とみてよい.ラテン語 catīnus は「食器」を意味したが,ゲルマン諸語ではそこから発達した「やかん」の意味が共有されていることも,早期の借用を示唆する.ただし,現代英語の kettle という形態は,ċ(i)etel からは直接導くことができない.後の時代に,語頭子音に k をもつ古ノルド語の同根語からの影響があったのだろう.
ラテン語 caupō (small tradesman, innkeeper) に由来するとされる古英語 ċēap (purchase or sale, bargain, business, transaction, market, possessions, livestock) とその関連語も,しばしば大陸時代の借用とみられている.現代の形容詞 cheap は "good cheap" (good bargain) という句の短縮形が起源とされる.ゲルマン諸語の同根語は,Old Frisian kāp, Middle Dutch coop, Old Saxon kōp, Old High German chouf, Old Icelandic kaup など.動詞化した ċēapian (to buy and sell, to make a bargain, to trade) や ċȳpan (to sell) もゲルマン諸語に同根語がある.ほかに ċȳpa, ċēap (merchant, trader) を始めとして,ċēapung, ċȳping (trade, buying and selling, market, market place) や ċȳpman, ċȳpeman (merchant, trader) などの派生語・複合語も多数みつかる.この語については「#1460. cheap の語源」 ([2013-04-26-1]) も参照.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
何とも名付けにくい,標題の複雑な形態過程を経て形成された動詞がある.先に具体例を挙げれば,語末に t をもつ graft や hoist のことだ.
昨日の記事「#3777. set, put, cut のほかにもあった無変化活用の動詞」 ([2019-08-30-1]) とも関係するし,「#438. 形容詞の比較級から動詞への転換」 ([2010-07-09-1]),「#2731. -ate 動詞はどのように生じたか?」 ([2016-10-18-1]),「#3763. 形容詞接尾辞 -ate の起源と発達」 ([2019-08-16-1]),「#3764. 動詞接尾辞 -ate の起源と発達」 ([2019-08-17-1]) とも密接に関わる,諸問題の交差点である.
graft (接ぎ木する,移植する)はフランス語 grafe に遡り,もともと語末の t はなかった.しかし,英語に借用されて作られた過去分詞形 graft が,おそらく set, put, cut などの語幹末に -t をもつ無変化動詞をモデルとして,そのまま原形として解釈されたというわけだ.オリジナルに近い graff という語も《古風》ではあるが,辞書に確認される.
同様に hoist (揚げる,持ち上げる)も,オランダ語 hyssen を借用したものだが,英語に導入された後で,語末に t を付した形が原形と再解釈されたと考えられる.オリジナルに近い hoise も,現在,方言形として存在する.
以上は Jespersen (38) の説だが,解説を直接引用しておこう.
graft: earlier graft (< OF grafe). The ptc. graft was mistakenly interpreted as the unchanged ptc of an inf graft. Sh has both graft and graft; the latter is now the only form in use; it is inflected regularly. || hoist: originally hoise (perhaps < Middle Dutch hyssen). From the regular ptc hoist a new inf hoist sprang into use. Sh has both forms; now only hoist as a regular vb. The old ptc occurs in the well-known Shakespearean phrase "hoist with his own petard" (Hml III. 4.207).
冒頭で名付けにくい形態過程と述べたが,異分析 (metanalysis) とか再分析 (reanalysis) の一種として見ておけばよいだろうか.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
ケルトの聖職者ドルイド (Druid) は,異教的なイメージを彷彿とさせる.『世界大百科事典第2版』によれば,「ドルイド (Druide)」は次のように説明される.
古代のケルト人の信仰をつかさどった聖職者,司祭階級.前7世紀ころから明確に姿を現す.前1世紀のカエサルの《ガリア戦記》によれば,ドルイドは貴族層に属し,公私の神事,犠牲,裁判,占星,民衆の教化などをつかさどり,絶大な権威を有した.ケルト人は霊魂の不滅を信じ,動植物の姿をとる神々を崇拝,泉や森,とくにヤドリギ,オークを神聖視し,犠牲をささげ占いをおこなった.こうした宗教を指導・教化したのが,ケルト語で元来〈オークの木を知っている人々〉を意味したドルイドであった.紀元前後ころその信仰の最大の中心地はブリタニアのモナ(現在のウェールズのアングルシー島)で,歴史家タキトゥスによれば,61年ローマ軍がここを攻めたとき,戦勝祈願に来た多数のドルイドを殲滅(せんめつ)し,神聖な樹々を切り倒したと伝えている.この事件を一つの契機に,ケルトの宗教やドルイドは衰え,キリスト教の普及とともに消滅したが,それらの要素は民話や地方的慣習の中に残存しているといわれる.
古典ギリシア語・ラテン語においては,druides, druidae などと複数形で用いられるのが常であり,ドルイドが集団として階級を構成していたことが強く示唆される.その語源については,様々な仮説が提唱されている.鎌田・鶴岡 (33--34) によれば,次の通り.
[ドルイド Druid 〔druidai (Gr.), druidae, druides (L.), druvis, darach (Gaelic)〕]
プリニウス説 <A man of the oak> 「樫の木の人」
スペンス説 drus (Gr.) = oak (樫,ミズナラ)
doire (Gaelic) = grove (森)
トーランド説 <Inhabitant of oak> 「樫に住む人」
dairaoi, draoi, dair (Gr.) = oak
aoi = A stranger, guest (訪れる人)
フレーザー説 <The wisdom of the oak> 「樫の木の賢者」
dair, duir (Ir.), dru, daru (Scot.), drew (WI.) = oak
wid or uid (Indo-German) = wisdom, knowing
ダルボワ説 <Very wise man> 「偉大な賢者」
Dru (強調語)+vid, wid (知る) = very + uid = knowing (知識)
ストーク説 <Truth-teller> 「真実を語る者」
dryw (WI.) = wren (bird, spirit of oak)
dryw (Ger.) = treu, true (Eng.)
エルダー説 <A servant of truth> 「真実に仕える者」
drus = oak
多くの説に共通するのは,ドルイドが知識に優れた「賢者」であるという点だ.また,樫の木や森への言及があり,これはドルイドが聖なる森で祭儀を行なっていた神官であること,とりわけ樫の木を祭礼に用いていたことと関係するといわれる(樫の木と関連づける語源説では,dru- =「木」と解釈されており,これは英語の tree とも同根とされる).
いずれの語源説にせよ,英語へはラテン語やフランス語を介して16世紀初めに導入された語である.
・ 鎌田 東二・鶴岡 真弓(編著) 『ケルトと日本』 角川書店,2000年.
標記の2つの地名が同根であり,歴史的にも単に近いというにとどまらず,ほとんど同一であることについては「#734. panda と Britain」 ([2011-05-01-1]) で取り上げた.日本語でいうところのイギリスの「ブリテン(島)」とフランスの「ブルターニュ(半島)」は,英語でこそ Britain, Brittany と別々の語になっているが,フランス語では現在も Bretagne の1語でまかなっている.この2つの地域はケルト系のブルトン (Breton) を名乗る同一の民族がともに住みついた地域であり,あえて区別するならば(そして実際に歴史的に区別されてきたが)「大ブリテン」と「小ブリテン」と呼び分けるべき地域なのである.
伝統的な見解によれば,5世紀のアングロサクソン人のブリテン島侵入に伴って,先住の島民であるブルトン人はブリテン島南西部のコーンウォールに追い詰められた.さらに彼らの一部は,海峡を南に渡って現在のブルターニュ半島へと移住したという.自らをブルトン人と疑わない移住者たちは,その新天地を故国と同じ「ブリテン」と呼び,自らのことも「ブルトン」人と呼び続けた.これにより,現代に至るまで海峡を挟んで北と南に同じ地名(2重地名現象)が認められるのである(北のブリテンと南のブルターニュ (Britain/Bretagne),北のコーンウォールと南のコルヌアイユ (Cornwall/Cornouaille),等々).
では,ブリテンなりブルターニュなり,そもそもこれらの語形はどこから来たのだろうか.田辺 (82) は,後者を説明して次のように述べている.
ブルターニュ (Bretagne) は,ラテン語「ブリタニア (Britannia)」からきた名である.ブリタニアとは,もとグランド・ブルターニュ(グレイト・ブリテン)の名であって,そこの住民のことを古ローマ人(とくにユリウス・カエサル)が,ブリタニア人 (Britanni) と呼んだことに由来する.ギリシア語の「プレタノイ」が変形したとされるが,この先住民たちは,現英国,アイルランドなど大西洋沿岸の諸島に新石器時代から住んでいたといわれる.ブルターニュは英語では「ブリタニー (Brittany)」と呼び,ブリテンとは区別しているが,フランス語では同一語を用いているので注意しておこう.紀元前十世紀頃には,このあたりにもケルト民族が移り住むようになり,次第に広がった.
鶴岡 (85) には次のようにある.
「ブリタニア」という島名の元は,前四世紀のギリシア人ピュテアスに基づくもので,今日のイングランドと,ケルト文化圏(スコットランド,ウェールズ,コンウォール,マン島)の人々を「ブレタノイ」と呼んだことから,ラテン語で「ブリタニア」となった.
事情は込み入っているが,ブリテンにせよブルターニュにせよ,ケルト系の1民族の呼称がそのまま用いられて現在にいたるということである.この名前に関する限り,アングロサクソン的(英語的)な風味は微塵もないということが重要である.
・ 田辺 保 『ブルターニュへの旅 --- フランス文化の基層を求めて』 朝日新聞社〈朝日選書〉,1992年.
・ 鶴岡 真弓 『ケルト 再生の思想 ---ハロウィンからの生命循環』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.
[2018-09-20-1]の記事に引き続き,絶大な人気を誇る英語の男性名 John について.
John は,歴史的には最も人気の高い男性名と思われる.1620年に新大陸へ航海したメイフラワー号 (the Mayflower) には102名が乗っており,そのうち73名が男性だったが,そのうちの約2割に相当する15名までもが,この名前をもっていた.先立つ中世には,25%の男性がこの名前を帯びていたという統計すらある.現代でも John F. Kennedy, John Lennon, John Travolta など人気は衰えていない.男性の代表であるから,Honest John (まっ正直な男)という表現もあるほどだ.
人気の背景には,語源である洗礼者ヨハネにあやかりたいという思いがあるわけだが,ほかにも語形上 Jesus (イエス;ヘブライ語のイェシュア Yeshua‘)や Yahweh/Jehovah (ヤハウエ;エホバ)とも関連してくるというから,文字通りに神的な名前である.Ye- 自体がヤハウエを表わすので,この根源的な語根から無数の名前が派生したことになる (ex. Joseph, Jonathan) .
英語 John に対応するのは,スコットランド・ゲール語 Sean, アイルランド語 Sean/Shane, フランス語 Jean, イタリア語 Giovanni, スペイン語 Juan, ドイツ語 Johann, Jan, Hans, ハンガリー語 János, ロシア語 Ivan である.女性形も Joanna, Joana, Joanne, Joan, Jeanne, Jeannette, Janet など様々だ.
以上,梅田 (42--55) を参照して執筆した.
・ 梅田 修 『世界人名物語』 講談社〈講談社学術文庫〉,2012年.
昨日の記事「#3752. フランス語のケルト借用語」 ([2019-08-05-1]) で,フランス語におけるケルト借用語を概観した.今回はそれと英語のケルト借用語とを比較・対照しよう.
英語のケルト借用語の数がほんの一握りであることは,「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]),「#3750. ケルト諸語からの借用語 (2)」 ([2019-08-03-1]) で見てきた.一方,フランス語では昨日の記事で見たように,少なくとも100を越えるケルト単語が借用されてきた.量的には英仏語の間に差があるともいえそうだが,絶対的にみれば,さほど大きな数ではない.文字通り,五十歩百歩といってよいだろう.いずれの社会においても,ケルト語は社会的に威信の低い言語だったということである.
しかし,ケルト借用語の質的な差異には注目すべきものがある.英語に入ってきた単語には日常語というべきものはほとんどないといってよいが,フランス語のケルト借用語には,Durkin (85) の指摘する通り,以下のように高頻度語も一定数含まれている(さらに,そのいくつかを英語はフランス語から借用している).
. . . changer is quite a high-frequency word, as are pièce and chemin (and its derivatives). If admitted to the list, petit belongs to a very basic level of the vocabulary. The meanings 'beaver', 'beer', 'boundary', 'change', 'fear' (albeit as noun), 'to flow', 'he-goat', 'oak', 'piece', 'plough' (albeit as verb), 'road', 'rock', 'sheep', 'small', and 'sow' all figure in the list of 1,460 basic meanings . . . . Ultimately, through borrowing from French, the impact is also visible in a number of high-frequency words in the vocabulary of modern English . . . beak, carpentry, change, cream, drape, piece, quay, vassal, and (ultimately reflecting the same borrowing as French char 'chariot') carry and car.
この質的な差異は何によるものなのだろうか.伝統的な見解にしたがえば,ブリテン島のブリトン人はアングロサクソン人の侵入により比較的短い期間で駆逐され,英語への言語交代 (language_shift) も急速に進行したと考えられている.一方,ガリアのゴール人は,ラテン語・ロマンス祖語の話者たちに圧力をかけられたとはいえ,長期間にわたり共存する歴史を歩んできた.都市ではラテン語化が進んだとしても,地方ではゴール語が話し続けられ,diglossia の状況が長く続いた.言語交代はあくまでゆっくりと進行していたのである.その後,フランス語史にはゲルマン語も参入してくるが,そこでも劇的な言語交代はなかったとされる.どうやら,英仏語におけるケルト借用語の質の差異は言語接触 (contact) と言語交代の社会的条件の違いに帰せられるようだ.この点について,Durkin (86) が次のように述べている.
. . . whereas in Gaul the Germanic conquerors arrived with relatively little disruption to the existing linguistic situation, in Britain we find a complete disruption, with English becoming the language in general use in (it seems) all contexts. Thus Gaul shows a very gradual switch from Gaulish to Latin/Romance, with some subsequent Germanic input, while Britain seems to show a much more rapid switch to English from Celtic and (maybe) Latin (that is, if Latin retained any vitality in Britain at the time of the Anglo-Saxon settlement).
この英仏語における差異からは,言語接触の類型論でいうところの,借用 (borrowing) と接触による干渉 (shift-induced interference) の区別が想起される (see 「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]), 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1])) .ブリテン島では borrowing の過程が,ガリアでは shift-induced interference の過程が,各々関与していたとみることはできないだろうか.
フランス語史の光を当てると,英語史のケルト借用語の特徴も鮮やかに浮かび上がってくる.これこそ対照言語史の魅力である.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
連日英語におけるケルト諸語からの借用語を話題にしているが,観点をかえてフランス語におけるケルト借用語の状況を,Durkin (83--87) に依拠してみていこう.
ローマ時代のフランス(ガリア)では,ラテン語と並んで土着のゴール語 (Gaulish) も長いあいだ用いられていた.都市部ではラテン語や(ロマンス祖語というべき)フランス語の前身が主として話されていたが,地方ではゴール語も粘り強く残っていたようだ.この長期にわたる接触の結果として,後のフランス語には,英語の場合よりも多くのケルト借用語が取り込まれてきた.とはいっても,100語を越える程度ではある(見方によって50--500語までの開きがある).ただし,「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]) で英語の場合について議論を展開したように,借用の時期やルートの特定は容易ではないようだ.この数には,ラテン語時代に借用されたものや,いくつもの言語の仲介を経て間接的に借用されたものなども含まれており,フランス語話者とゴール語話者の直接の接触に帰せられるべきものばかりではない.
上記の問題点に注意しつつ,以下に意味・分野別のケルト借用語リストの一部を挙げよう (Durkin 84) .
・ 動物:bièvre "beaver", blaireau "badger", bouc "billy goat", mouton "sheep", vautre "type of hunting dog"; chamois "chamois", palefroi "palfrey", truie "sow" (最後の3つは混種語)
・ 鳥:alouette "lark", chat-huant "tawny owl"
・ 魚:alose "shad", loche "loach", lotte "burbot", tanche "tench", vandoise "dace", brochet "pike"; limande "dab" (ケルト接頭辞を示す)
これらの「フランス単語」のうち,後に英語に借用されたものもある.mutton, palfrey, loach, tench, chamois などの英単語は,実はケルト語起源だったということだ.しかし,英単語 buck, beaver などは事情が異なり,フランス語の bièvre, bouc との類似は借用によるものではなく,ともに印欧祖語にさかのぼるからだろう.brasserie (ビール醸造)や cervoise (古代の大麦ビール)などは,ゴール人の得意分野を示しているようでおもしろい.
フランス語におけるケルト借用語のその他の候補をアルファベット順に挙げてみよう (Durkin 84) .
arpent | 'measure of land' |
bec | 'beak' |
béret | 'beret' |
borne | 'boundary (marker)' |
boue | 'mud' |
bouge | 'hovel, dive' (earlier 'bag') |
bruyère | 'heather, briar-root' |
changer | 'to change' |
char | 'chariot' (reflecting a borrowing which had occurred already in classical Latin, whence also charrue 'plough') |
charpente | 'framework' (originally the name of a type of chariot) |
chemin | 'road, way' |
chêne | 'oak' |
craindre (partly) | 'to fear' |
crème | 'cream' |
drap | 'sheet, cloth' |
javelot | 'javelin' |
lieue | 'league (measure of distance)' |
marne | 'marl' (earlier marle, hence English marl) |
pièce | 'piece' |
ruche | 'beehive' |
sillon | 'furrow' |
soc | 'ploughshare' |
suie | 'soot' |
vassal | 'vassal' |
barre | 'bar' |
jaillir | 'to gush, spring, shoot out' |
quai | 'quay' |
「#1216. 古英語期のケルト借用語」 ([2012-08-25-1]),「#3740. ケルト諸語からの借用語」 ([2019-07-24-1]),「#3749. ケルト諸語からの借用語に関連する語源学の難しさ」 ([2019-08-02-1]),「#3750. ケルト諸語からの借用語 (2)」 ([2019-08-03-1]) などで英語における一般的なケルト借用語に焦点を当ててきたが,人名・地名などの固有名詞におけるケルト語要素についても,Durkin (81--82) にしたがって状況を覗いてみよう.
まず,人名について.古英語詩で有名な Cædmon の名前が真っ先に挙がる(「#2898. Caedmon's Hymn」 ([2017-04-03-1]) を参照).続いて,ウェストサクソン王国の諸王や貴族の名前で Ċerdiċ, Ċeawlin, Ċeadda, Ċeadwalla, Ċedd, Cumbra が見つかる.残念ながら,これらの意味については定説がない.
地名については人名よりも豊富な証拠があり,ケルト語要素を同定しやすいが,だからといって問題は簡単ではないようだ.その地理的な分布は,「#2443. イングランドにおけるケルト語地名の分布」 ([2016-01-04-1]) でみたように北部や西部に偏っている.Thames, Severn, Trent などの河川名は(前)ケルト語要素として同定しやすいものが多い (see 「#1188. イングランドの河川名 Thames, Humber, Stour」 ([2012-07-28-1])) .
Kent がケルト語要素を保っているのは,その位置(ブリテン島の南東部)を考えるとやや奇異に思えるが,これはアングロサクソン人のブリテン島渡来以前から知られていた地名だったからだろう.Chevening, Chattenden, Chatham, Dover, Reculver, Richborough, Sarr, Thanet などもケルト語(あるいは前ケルト語)要素を保持している.
他の関連する話題として,「#1736. イギリス州名の由来」 ([2014-01-27-1]) と「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) も参照.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
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