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etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-23 11:02

2009-10-27 Tue

#183. flowerflour [doublet][semantic_change][etymology]

 [2009-10-23-1]に引き続き,二重語 ( doublet ) の話題.flower 「花」と flour 「小麦粉」は標準英語では発音はまったく同じであるが,これは本来は一つの語だったことによる.
 この語は,ラテン語の flōrem flōs 「花」の単数対格形)に由来し,13世紀にフランス語 flo(u)r を経由して英語に入った.本来「花」を意味したが,13世紀の早い段階ですでに「小麦粉」の意味ももっていた.「花」は,きらびやかで美しく「最良のもの」の象徴であることから,「粉末の花」 ( F fleur de farine ) といえば粉の王者たる「小麦粉」を意味した.英語でいえば,"the 'flower' or finest quality of meal" ということになる.実際に,西洋では数ある穀物の粉の中でも,小麦の粉がもっとも良質で価値があるとされてきた.ちなみに,日本語でも「花・華」はきらびやかで美しいものの象徴であり,「花の都」や「人生の花」という表現において比喩的に「最良」を意味している.
 このように「花」と「小麦粉(=粉末の花)」は,元来,同一の語の関連する二つの意味だった.綴りも,ともに flour だったり flower だったりして,意味を基準として綴りが区別されていたわけではなかった.これで長らく不便もなかったようだが,18世紀ころになって綴りの上でも区別をつけるようになった.両者の間にもともとあった意味の関連がつかみにくくなったことが関連しているのだろうが,なぜとりわけこの時期に二つの異なる語へと分化していったのかはよくわからない.

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2009-10-23 Fri

#179. personparson [doublet][semantic_change][etymology]

 person 「人」と parson 「牧師」は綴字も発音も似ているが,それもそのはず,両語は単一の語源に由来する二重語 ( doublet ) どうしの関係である.このように,本来は一つの単語だが,ある時から形態と意味を分化させて別々の単語として機能するようになったペアは少なくない.
 この語は古フランス語 perso(u)ne からの借用語で,その元をたどるとラテン語の persōnam,さらにはギリシャ語の prósōpon 「仮面」(原義「顔の前にあるもの」)にたどり着く.すでにラテン語の段階で「仮面」→「登場人物,役割」→「人」と意味が発展し,フランス語経由で12世紀後半に英語へ借用された.英語では「仮面」の意味は持ち込まれなかったが,「登場人物,役割」「人」の意味が持ち込まれ,後に「(その人)自身」「身体」「人称」などの意味を派生させた.熟語 in the person of 「?という人として,?の形で,?の名を借りて」や in person 「本人みずから」では,それぞれ「登場人物」や「自身」の意味が確認される.
 一方,中世ラテン語では同じ語が,「教会におけるある役割を果たす登場人物」から「教区司祭」の意味を発展させていた.英語では,借用の初期の段階からこの意味も含めて person という綴りが用いられていたが,後に母音変化を経た parson も用いられるようになった.このように「人」系列の意味と「教区司祭」系列の意味が形態上はしばらくのあいだ合流していたが,やがて前者の意味では person というラテン語綴りへ回帰した形態を用い,後者の意味では parson という形態を用いるという棲み分けが起こり,現在に至っている.
 Chaucer でもまだ棲み分けははっきりしておらず,person の綴字で "parson" を意味する例が The Reeve's Tale の3943行にも出てくる.

The person of the toun hir fader was.

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2009-10-10 Sat

#166. cyclone とグリムの法則 [etymology][grimms_law]

 日本列島を襲った先日の台風18号は,各地に被害を及ぼしたようだ(大学の授業も臨時休講になった).熱帯で発生した低気圧は世界中の熱帯から温帯へしばしば甚大な被害をもたらす気象現象だが,呼び方は地域ごとにまちまちである.およそ,太平洋北東部と南シナ海では typhoon,太平洋北西部からアメリカを経て大西洋までは hurricane,インド洋や南太平洋では cyclone と呼ぶようである.これらが生成される原理やもたらす影響はどこも変わりなく,気象学上は同じと考えてよいようだ.
 今日は cyclone の語源について見てみたい.この語はギリシャ語 kúklos "circle" あるいは kyklôn "moving in a circle, whirling round" に由来するとされ,熱帯低気圧の渦にちなんで名付けられたものである.名付け親は Henry Paddington という気象学者で,1848年に英語に初登場した.OED に引用されている Paddington の説明によると:

Class II. (Hurricane Storms .. Whirlwinds .. African Tornado .. Water Spouts .. Samiel, Simoom), I suggest .. that we might, for all this last class of circular or highly curved winds, adopt the term 'Cyclone' from the Greek κυκλως (which signifies amongst other things the coil of a snake) as .. expressing sufficiently the tendency to circular motion in these meteors.


 同根語として思いつくものには,bicycle, cycle, Cyclops, encyclopaedia などがある.
 さて,ギリシャ語からさかのぼって印欧祖語の再建形をみてみよう.印欧祖語では *kwelo-s という形態だったと想定されている.ギリシャ語の kúklos では,語頭の音節が reduplication ([2009-07-02-1]) により繰り返されているために /k/ 音が二度現れているが,ここでのポイントは印欧祖語から /k/ を受け継いでいるということだ.
 ここで,グリムの法則を思い出してみよう([2009-08-09-1]).印欧祖語(とそこから派生したギリシャ語などの言語)の *kw は,ゲルマン諸語ではグリムの法則により *xw あるいは *hw へ変化したはずである.それでは,印欧祖語の *kwelo-s あるいはギリシャ語の cyclos に対応する英語の本来語は何だろうか? 答えは, wheel 「車輪」 (←クリック)である.
 古英語では語頭の子音字が逆であり hwēol という綴りだったので,グリムの法則の効果がより鮮明である.
 グリムの法則については,[2009-08-08-1][2009-08-07-1]も要参照.

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2009-10-05 Mon

#161. rhinoceros の複数形 [plural][etymology][bnc][corpus][clipping][drift]

 [2009-08-26-1]octopus の複数形は何かという話題を扱ったが,今回は rhinoceros /raɪnˈɑsərəs/ 「犀」の複数形は何かという問題に分け入りたい.
 この語はギリシャ語にさかのぼり,rhīno- "nose" + -kerōs "horned" の複合語である.英語には1300年頃に借用された.
 この語は,私が知っている英単語のなかで,取り得る複数形態の種類が最も多い語である.まずは OED で調べてみると,8種類の複数形があり得ると分かる.

rhinoceros, rhinocerons, rhinocerontes, rhinoceroes, rhinocero's, rhinoceri, rhinoceroses, rhinocerotes


とてつもない語なので,Jespersen の文法などでも取りあげられているし,『英語青年』にも記事がある.これには,さすがに犀もびっくりしていることだろう.
 須貝氏の記事によれば,1905年に Sir Charles Eliot なる人物がこの問題に頭を悩ませていたという記録がある.rhinocerotes は衒学的であり,かといって rhinoceroses は口調が良くない.口語での省略形の rhinos では威厳がなく,単複同形の rhinoceros では問題を回避しているに過ぎないとも言う.
 また,1938年には Julian Huxley なる生物学者が,rhinoceri は誤用であり,rhinoceroses がもっとも抵抗が少ないだろうが,それですら衒学的な響きを禁じ得ないとも述べている.結論としては rhinos を正規の複数形とするよう提案している.
 この二人の記録と洞察を忠実に受け入れて考えてみよう.1905年の時点で rhinocerotes にはすでに衒学的な響きがあったということだが,「規則複数」の rhinoceroses には特に衒学的な響きがあったとは触れられていない.だが,1938年には rhinoceroses ですら衒学的になっていたということが述べられている.だからこそ,rhinos を提案したわけである.
 とすると,1938年までの推移の順序は以下のように推論できるのではないか.まず,rhinocerotes を含めた多くの「不規則複数」が20世紀初頭にはすでに衒学的だった.そこで,「規則複数」たる rhinoceroses がより一般的になりかけた.だが,口調上の理由でこれも最終的には好まれず,やや口語ぽい響きが気にはなるものの,省略形に規則的な -s を付け足した rhinos が一般化し出した.
 須貝氏のいうように,この30年余の期間における「犀」の複数形の推移は,Jespersen のいう simplification と monosyllabism という英語の通時的傾向を表す好例のように思われる( rhinos の場合,厳密には monosyllabism への変化とはいえないが,音節数の減少であることは確かである).まず不規則を規則化し,それでも飽き足りずに切り株 ( clipping ) にした.
 さて,現在に話しを移そう.須貝氏の記事は1938年のものであり,それから現在までに「犀」の複数形はどのように変化したか.BNC ( The British National Corpus ) の単純検索によると,「不規則複数」のヒットは皆無だった(タグ付き検索ではないため,単複同形の rhinoceros の複数形としてのヒット数については未確認).規則形については,ヒット数は以下の通り.

rhinoceroses13
rhinos100


 複数の学習者英英辞書で,rhino には今でも「口語」というレーベルがついているものの,全体の頻度としては rhinoceroses を突き放している.須貝氏の記事から約70年,どうやら結論はすでに出たといってもよさそうである.

 ・Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 2nd Rev. ed. Leipzig: Teubner, 1912. 143 fn.
 ・Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 2. Vol. 1. 2nd ed. Heidelberg: C. Winter's Universitätsbuchhandlung, 1922. 39.
 ・須貝 清一 「Rhinoceros の複数」 『英語青年』80巻3号,1938年,81頁.

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2009-09-18 Fri

#144. 隔離は40日 [etymology][black_death][epidemic][numeral]

 黒死病が英語の復興に一役買ったことについては,本ブログで何度か記事にしたが,黒死病に関連して直接の言語的な影響もいくつかあった.その一例として quarantine 「隔離,隔離期間,隔離所,検疫,検疫所」が挙げられる.
 語源はラテン語の quadrāgintā 「40」にさかのぼり,「隔離」としてはイタリア語から quarantine という形態で英語に入ってきた.もとは,疫病を運んでいると疑われる船から乗客を上陸させずに差し止める期間が40日間だったことにちなむが,後に日数にかかわらず「隔離,検疫」という一般的な意味で用いられるようになった.OED によると英語での初例は1663年で,その例文がこの意味変化を裏付けている.

Making of all ships coming from thence . . . to perform their 'quarantine for thirty days', as Sir Richard Browne expressed it . . . contrary to the import of the word (though, in the general acceptation, it signifies now the thing, not the time spent in doing it). ( Pepys Diary, 26 Nov. )


 英語での初例こそ17世紀だが,船を係留する慣習自体は1377年にペスト予防のためにレバントやエジプトからイタリアへ入港してくる船を差し止めたことから始まった.シチリア島のラグーサ市評議会が感染地区からやってきた人々に30日間の隔離を命じたのが始まりで,期間がのちに40日に延びたというから,場合によってはイタリア語で「30」を意味する *trentina が代わりに用いられることになっていたかもしれない.
 1348年以降にヨーロッパを席巻した黒死病の産みだした,歴史を背負った語である.

 ・クラウズリー=トンプソン 『歴史を変えた昆虫たち』増補新装版 小西正泰訳,思索社,1990年,129頁.

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2009-09-03 Thu

#129. Albion --- Great Britain の雅名 [history][etymology]

 先日,山口県岩国に出かけた.岩国市には昔から世界でも珍しいシロヘビの種が生息しているという.1738年の『岩邑年代記』という文献にシロヘビの存在が記されており,古くからの野生種らしい.「岩国のシロヘビ」として天然記念物に指定されており,地元では幸福の神として崇められているということで,観覧所にて面会してみた.

White Snake of Iwakuni

 このシロヘビの正体は,日本固有のアオダイショウ ( Elaphe climacophora ) の白色変種で,いわゆるアルビノ ( albino ) である.albino 「白子,白色変種」は,ラテン語 albus 「白い」からスペイン語・ポルトガル語の albino 「白みがかった」を経て18世紀に英語に入った借用語である.ちなみに album はラテン語 albus の中性形で,「白いもの」が原義である.こちらは17世紀の借用語.
 さて,本題は同じく albus から派生した Albion という語である.ブリテン島の南部海岸は白亜質の絶壁が続く.そこから Albion は古代においてブリテン島を指す名称として使われた(Google Imageよりこちらの画像を参照).紀元前4世紀あるいはそれ以前に古代ギリシャの地理学者が用いたとされ,ブリテン島の呼び名として知られているなかでもっとも古い語である.
 英語での初例は古英語の Bede である.現代英語にもブリテン島の雅名として残っている.

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2009-09-01 Tue

#127. deer, beast, and animal [etymology][french][contact][semantic_change][push_chain][synonym]

 英語の意味変化を取りあげるときに必ずといってよいほど引き合いに出される例として,deer がある.現在「鹿」を意味するこの語は,古英語や中英語では普通には「(ヒトに対しての)動物」を意味した.古英語でも「鹿」の意味がまったくなかったいわけではないが,この語の本来的な意味が「動物」であることは,他のゲルマン諸語からも確認できる.たとえばドイツ語の同語根語 ( cognate ) は Tier であり,現在でも「動物」を意味する.
 ところが,中英語期になり「鹿」の意味が目立ってくるようになる.その一方で,「動物」の意味は徐々に衰えていった.動物一般を表していた語が,ある特定の種類の動物を表すように変化してきたわけで,このような意味変化のことを意味の特殊化 ( specialisation ) とよぶ.
 deer に意味の特殊化が起こった背景には,中英語期のフランス語との言語接触がある.1200年頃の Ancrene Riwle という作品に,フランス語から借用された beast 「(ヒトに対しての)動物」という語が初めて用いられているが,以降,中英語期には「動物」の意味ではこちらの beast が優勢になってゆく.deer は「動物」の意味を beast に明け渡し,「鹿」の意味に限定することで自らを生き延びさせたといえる.
 さらに,近代英語期に入り,animal という別の語がフランス語から入ってきた.「(ヒトに対しての)動物」という意味では,初例は Shakespeare である.これによって,それまで活躍してきた beast は「(ヒトに対しての)動物」の意味から追い出され,これまた意味の特殊化を経て,「けもの,下等動物」の意味へと限定された.

deer, beast, and animal

 フランス語との言語接触によるショックと,それを契機に回り出した押し出しの連鎖 ( push chain ) により,語と意味が変遷していったわけだが,ポイントは,deerbeast も廃語とはならず,意味を特化させることによってしぶとく生き残ったことである.こうしたしぶとさによって類義語 ( synonym ) が累々と蓄積されてゆき,英語の語彙と意味の世界は豊かに成長してきたといえる.

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2009-08-30 Sun

#125. 投票と風船 [etymology][derivative][suffix]

 今日は衆議院選挙の投票日.さて,投票とかけて風船ととく,その心は.
膈??????姒?? 「二つとも球」 である(←クリック).
 英語で「投票(用紙)」は ballot (paper),「風船」は balloon で,ともに ball 「球」である.かつては小球で投票したということにちなむ.
 語幹はともに共通で,異なるのは接尾辞のみである.ballot は,イタリア語 ballotta が16世紀に借用された語で,-ot という接尾辞がついている.これは「小さいもの」を示す接尾辞で,指小辞 ( diminutive ) と呼ばれる.一方,balloon はフランス語 ballon が16世紀に借用された語で,-oon という接尾辞がついている.これは「大きいもの」を示す接尾辞で,増大辞 ( augmentative ) と呼ばれる.後者は16世紀に借用された当初には「ボールゲーム」の意味だったが,18世紀後半に「気球,風船」の意味を発展させた.
 それぞれイタリア語とフランス語からの借用であるということは,基体の ball 「球」もロマンス系の語かと思いきや,本来はゲルマン系の語である.それが一度ロマンス語へ借用され,指小辞と増大辞が付加された状態で,改めてゲルマン系の英語へ戻ってきたという経緯である.
 指小辞 -ot の例は多くないが,他に chariot 「古代の戦闘馬車」, galliot 「小型ガレー船」, loriot 「ウグイスの一種」, parrot 「オウム」などがある.
 増大辞 -oon の例も少ないが,bassoon 「バスーン」, cartoon 「風刺漫画」, saloon 「大広間」がある.cartoon は,初期の風刺漫画が大判の紙(カード)に描かれたことに由来する.ちなみに,増大辞 -oon のフランス語版として -on という増大辞があり,こちらは flagon 「細口大瓶」や million 「百万」などの例にみられる.
 語源のおもしろさは,一見するとつながりのない二つの語の間に共通点を発見することができることである.開票の結果,頭上の風船が割れて泣きを見るのは,果たしてどの政党か.

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2009-08-20 Thu

#115. 男の人魚はいないのか? [etymology][compound][political_correctness]

 デンマークのコペンハーゲン大学に留学している学生がいて,同市のシンボルである「人魚姫の像」のデジカメ写真を送ってくれた(ありがとう!).

The Little Mermaid

『人魚姫』 ( The Little Mermaid ) を書いたアンデルセン ( Hans Christian Andersen ) は,デンマークはオーデンセ出身の童話作家である.世界に名高いこの悲しい物語を題材にして,1913年に人魚姫の像がコペンハーゲンの海岸に据えられたが,ここ数十年のあいだに何度も破壊行為にあっている.頭部や腕が奪い去られたり,赤いペンキで塗ったくられたり,さんざんである.この話を聞くと,童話の憧憬にひたりつつはるばる日本からこの像を拝みに行く者は,なんとも悲しくなってしまう(かつて私もその一人だった).人魚姫はいつまでたっても浮かばれないということか.
 さて,mermaid は本来語からなる複合語である.古英語 mere "sea" + maide "maid" なので,まさしく「人魚姫」という訳がふさわしい.このように meremaide という部品は相当古くからあったわけだが,これが組み合わさって複合語として使われるようになったのは14世紀からである.古英語では,merewīf ( "sea" + "wife" ) や meremin ( "sea" + "female slave" ) という今はなき複合語が用いられていた.ただ,mermaid は後発だとはいえ,本来語要素で成り立つ極めて伝統的な英語の複合語といえよう.
 「海」を意味する古英語の mere は現代英語では詩語・古語で「湖」の意味を表す.古英語後期の maide も多少古めかしいものの,maid として現役である.maide という古英語後期の形態は mægden "maiden" の語尾がつづまったものであり,いずれも「(未婚の)少女」を意味したが,現代英語では maiden はやや文学的な響きを帯びており,maid は複合語の部品として用いられることが多いといったふうに,使い分けがなされている.
 mermaid はそうした maid の複合語の例の一つだが,他には barmaid, chambermaid, dairymaid, housemaid, milkmaid, nursemaid などがある.だが,いずれの複合語も現代ではすでに古めかしい響きがある.political correctness により,これらの複合語が消えてゆく日は近いかもしれない.一方,日本語で「メード」というと本来は「女中,ホテルの女の客室係」を指すが,最近は「メイド喫茶」との連想が強くなってきており,イメージが定まらない.(←私だけか?)
 maid の複合語の存続が危ぶまれると上で述べたが,mermaid だけは質が違う.そもそも,人魚という種は女性が優勢な種である.『人魚姫』には人魚の姉妹こそたくさん出てくるが,男の影は見えない.ギリシャ神話のサイレン ( Siren ) と結びつけられることが多いことからも,人魚といえば女性のイメージなのだろう.
 だが,もちろん男性の人魚もいる.例えば,ギリシャ神話のポセイドン ( Poseidon ) や息子のトリトン ( Triton ) は人魚と見立てられれることが多い.彼らの類を現代英語では merman 「人魚の男性」と呼ぶのである.だが,この複合語が英語に初めて現れるのは17世紀のことであり,女性の人魚を表す語が古英語から存在したのと比べて,随分おくれているし,とってつけたような語である.やはり,男性の人魚の存在感は限りなく薄い.
 確かにアンデルセンが悲話『人魚坊主』 ( The Little Merman ) を書いていたとしたら,さぞかし売れなかったろうな,と思う.

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2009-08-07 Fri

#102. hundredグリムの法則 [etymology][grimms_law][verners_law]

 [2009-08-05-1]で,hundred という語(の祖先)が英語史および印欧語比較言語学において二つの意味で重要であると述べた.一つは印欧語を satem -- centum の二グループに大別する際のキーワードとして,もう一つは グリムの法則 ( Grimm's Law ) と ヴェルネルの法則 ( Verner's Law ) の代表例としてである.今回はグリムの法則に触れる.
 グリムの法則とは,紀元前1000?400年あたりに起こったとされる一連の体系的な子音変化である.印欧祖語がゲルマン祖語へ発達してゆく過程で生じた子音変化であり,その効果はゲルマン語派においてのみ見られ,イタリック語派など他の語派には見られない.英語史上,大母音推移 ( Great Vowel Shift ) と並んで音声変化の双璧をなすが,実は英語が英語になるはるか前の出来事である.それでも,現代英語に見られる father -- paternal などの類義語ペアの関係を見事に説明することができ,ある意味で現代にまで息づいている音声変化である.単なる音声変化でありながら「法則」の名が付いているのは,無条件にかつ例外なく作用したためで,その完璧さは芸術的なまでである(だが,実は「ほぼ」完璧であり,但し書きの条件はある).
 この法則はデンマーク人学者 Rasmus Rask が1818年に発見したが,ドイツ人学者 Jacob Grimm が1828年に詳細に論じたことで知られるようになり,Grimm's Law と呼ばれるようになった.この Jacob Grimm は『グリム童話』で有名なグリム兄弟の兄と同一人物である.
 さて,グリムの法則として知られる一連の子音変化の一つに,「印欧祖語の語頭の */k/ はゲルマン諸語では /h/ となる」というものがある(以下,慣例に従って,再建形には * をつける).「百」は印欧祖語では *kmtom という形態だったが,語頭の */k/ は英語を含むゲルマン語では /h/ になった.一方,ゲルマン語派の言語ではないラテン語ではこの子音変化は起こらなかったため,/k/ が保たれている.その結果,古英語では hund /hʊnd/,ラテン語では centum /kentum/ へと発展した.英語では「数」を示す接尾辞 -red が付加されて hundred が生じ,一方,ラテン語からは centum から派生した cent, centigrade, centimeter, centiped, centurion, century などの単語が,フランス語経由で英語に借用された.ラテン語の /k/ はフランス語では前舌母音の前で /s/ となったので,英語でもこれらの単語はすべて /s/ で始まる.
 以上の経緯により,現代英語では,グリムの法則を経た hundred と,グリムの法則を経ていないラテン語からの(フランス語経由の)借用語である cent などが並び立つ状況が生じている.
 以上の経緯を図示してみた.

centum and hund(red)

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2009-08-04 Tue

#99. 生産的な接頭辞 neo- [japanese_english][affix][etymology][compound][productivity][greek]

 先日,小学館の図鑑 NEOシリーズの第1期16巻を一式購入した.図鑑は見ているだけで飽きない.『魚』の巻ではウナギと穴子の見分け方を,『鳥』の巻ではフクロウの左右の耳の位置が異なることを知り,ウームとうならされた.子供の頃に眺めていた図鑑は小学館だったか学研だったか忘れたが,新しい世代に向けて改訂が進み,今「NEOシリーズ」が一式出そろった.昔に比べ,内容も格段に充実している.
 この「NEO(ネオ)」という接頭辞だが,日本語にも定着してきた観がある.『広辞苑』第六版でも「ネオ」の見出しがある.

(ギリシア語で「新しい」意の neos から) 「新しい」の意を表す接頭語.「―‐ロマンティシズム」


 「ネオ」を用いた複合語としては,広辞苑には次のような語がエントリーされている.「ネオ‐アンプレッショニスム」 néo-impressionnisme, 「ネオ‐クラシシズム」 neo-classicism, 「ネオ‐コロニアリズム」 neo-colonialism, 「ネオ‐コン」 neo-con(servatism), 「ネオ‐サルバルサン」 Neosalvarsan (ドイツ語), 「ネオジム」 Neodym (ドイツ語), 「ネオ‐ダーウィニズム」 neo-Darwinism, 「ネオ‐ダダ」 Neo-Dada, 「ネオテニー」 neoteny, 「ネオ‐トミズム」 neo-Thomism, 「ネオ‐ナチズム」 neo-Nazism, 「ネオピリナ」 Neopilina (ラテン語), 「ネオ‐ファシズム」 neo-fascism, 「ネオ‐ブッディズム」 Neo-Buddhism, 「ネオプレン」 Neoprene, 「ネオ‐マーカンティリズム」 neo-mercantilism, 「ネオマイシン」 neomycin, 「ネオ‐ラマルキズム」 neo-Lamarckism, 「ネオ‐レアリスモ」 neorealismo (イタリア語), 「ネオロジズム」 neologism, 「ネオン」 neon, 「ネオン‐サイン」 neon sign, 「ネオン‐テトラ」 neon tetra, 「ネオン‐ランプ」 neon lamp.よく知らない語が多い.
 借用元言語が英語だけではないことから,neo- という接頭辞はヨーロッパ諸語に広がっていることが推測される.そして,日本語でも「小学館の図鑑 NEOシリーズ」のように使われ出しており,接頭辞としての生産性はグローバル化しているのかもしれない.英語では OED の検索によれば neo で始まる英単語は326個ヒットした.
 neo- の起源は,ギリシャ語の néos "new" である.究極的には印欧祖語の *newo- "new, young" にさかのぼり,英語の new と同根である.neo- の英語での接頭辞としての歴史は浅く,19世紀後半から本格的に使われ出し,現代まで生産性を拡大させ続けている.
 対応するラテン語は novus "new" で,ここから派生して英語に借用された語も,以下の通りいくつかある.

innovate, innovation, nova, novel, novelty, novice, renovate, renovation

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2009-07-26 Sun

#90. taperpaper [dissimilation][etymology]

 24日夜に九州北部を襲った集中豪雨は,梅雨前線に湿気を含んだ暖かい空気が流れ込む込むことにより,テーパリングクラウド ( Tapering Cloud ) が発生したためだという.Tapering Cloud は日本語では「にんじん雲」とも呼ばれ,新聞の解説によると「積乱雲の上部が,強い空気の流れで風下に広がった結果,風上側が細く,風下側が広がったように見える雲」のことを指すという.
 taper の動詞としての意味は「次第に細くなる,先細になる」であり,逆三角形の雲を指し示すには的確である.名詞としては「先細のロウソク,灯芯,弱い光(を放つもの)」の意味があるが,英語史的にはむしろ名詞用法の方がずっと古く,古英語から使われている.動詞用法は16世紀からと新しい.
 taper の英語での最も古い意味は「ロウソク」であるが,ロウソクの芯に紙を用いたことから語源的には paperpapyrus と関係があるらしい.paper では /p/ 音が連続して発音しにくいということで,最初の /p/ を /t/ と異化 ( dissimilation ) させたというわけである[2009-07-09-1].異化の基本的な考え方は,全く同じ音が単語内で連続すると発音しにくいので,一方を少しだけ異なった音に変えるということである./p/ と /t/ は調音点こそ両唇か歯茎かで異なるが,両方とも無声閉鎖音なので,音声的には確かに遠くはない[2009-05-29-1].だが,/p/ と /t/ の異化の例が他にあるのかどうかは不明であり,やや胡散臭い説明のような気はする.とはいっても,代案を示せないので,今のところはこの異化による説を受け入れておきたい.
 ちなみに,paperpapyrus は見て分かるとおり,語源を一にする二重語 ( doublet ) である[2009-07-13-1][2009-07-12-1].パピルスの産地だったエジプトの言語を起源とし,ギリシャ語,ラテン語を経由して英語に入った(前者はさらにフランス語も経由した).
 英語史という分野は,英語学のなかでも「先鋭」的 ( taper off ) な分野だと信じているが,世間的には比較的マイナーな分野なので「じり貧」( taper off ) にならないよう,本ブログでも引き続き広めていきたい.

 ・気象衛星センターによるテーパリングクラウドの解説: http://mscweb.kishou.go.jp/panfu/product/pattern/tapering/index.htm

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2009-07-25 Sat

#89. one の発音は訛った発音 [numeral][etymology][me_dialect][pronunciation][vowel]

 [2009-07-22-1]で,one の音声変化について教科書的な説明を施した.母音の変化というのは,有名な大母音推移 ( Great Vowel Shift ) を含め,英語史において非常に頻繁に起こるし,現代英語でも母音の方言差は非常に大きい.したがって,one に起こった一連の母音変化もむべなるかなと受け入れるよりほかない気がする.しかし,[w] という子音の語頭挿入という部分については,そうやすやすとは受け入れられない.
 「後舌母音に伴う円唇化」は調音音声学的には合理的である[2009-05-17-1].だが,なぜこの特定の単語でのみそれが見られるのか.なぜ他の単語群では [w] 音が挿入されなかったのか.まったく関係のない単語ならいざしらず,語源的関連の強い only がなぜ [wʌnli] と発音されないか.
 その答えは方言の違いにある.[w] 音が挿入されたのは中英語期のイングランド南西部・西部方言の発音であり,その方言形がたまたま後に標準語へ取り込まれたということに過ぎない.一方,only にみられる [w] 音のない発音は中英語期のイングランド南部・中部方言の発音に由来する.
 つまり,one の発音はこっちの方言からとって来られて標準発音となったが,only の発音はあっちの方言から来たというわけだ.ある語について,その発音がどこの方言からとられて標準化したか,そしてそれを決めるファクターは何だったのかという問いに対しては,明確な基準はなくランダムだった,としか答えようがない.
 だが,このように,中英語期のどの方言に由来するかで,もともとは同根の語どうしが,現代標準語では異なる発音をもつようになった例はたくさんある.一例を挙げれば,will の母音は中英語の多くの方言で用いられておりそのまま標準化したが,否定形 won't の母音は主に中部・南部の方言に由来する.後者は,中部訛りの wol(e) + not が縮約された形に他ならない.肯定形と否定形がセットで同じ方言から標準語に入ってきていたならば母音も同じになったろうが,ランダムともいうべき方言選択の結果,現在の標準英語の will --- won't という分布になってしまった.
 嘆かわしいと思うなかれ,言葉の歴史は興味深いと思うべし.

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2009-07-23 Thu

#87. 日食とオカルト [etymology][derivative][pchron]

 昨日は,東南アジアから日本列島にかけて日食で沸いた.日本の皆既日食帯は悪天候だったために,地上からはコロナやダイヤモンドリングを拝むことができなかったようだが,すでに皆既日食のYouTube動画がたくさんアップされている.感動ものである.
 皆既日食のクライマックスである第二接触の前後には,真っ昼間だというのに辺り一面が夜のように暗くなり,星が現れ,気温も数度下がるという.動物は夜と間違えて恐れおののき,鳥は巣に帰る.日食のカラクリを知っている現代の人間ですら畏怖の念に襲われるのだから,カラクリを知らない古代・中世の一般民衆が凶兆と解したことは容易に想像できる.
 各国の古い文献でも,日食は記録されていることが多い.日本では,『日本書紀』の推古天皇36年3月2日(西暦628年4月10日)の日食が最古の記録である.英国では,古英語の文献により日食の記録が確認できる.たとえば,古英語の最後期の言語で筆写された『ピーターバラ年代記』 ( The Peterborough Chronicle ) では,538年のエントリーに次のような記述がある.(記事の末尾のHPを参照.)

Her sunne aðestrode on .xiiii. kalendas Martii from ærmorgene oþ underne.

現代英語に訳すと,"This year the sun was eclipsed, fourteen days before the calends of March, from before morning until nine." ということになる.
 古英語では,今はなき aðestrode という過去形の動詞で,「暗くなった」( = darkened ) を表していた.現代英語訳では was eclipsed となっており,動詞 eclipse 「覆い隠す」が使われている.eclipse は名詞としては「食」の意であり,日食は solar eclipse,皆既日食は total solar eclipse という.eclipse は究極的にはギリシャ語起源であり,古英語でこの語が使われていないのは,フランス語を経由して英語に入ってきたのが,およそ1300年くらいのことだからである.
 さて,eclipse は,ある天体が背後にある他の天体を覆い隠す現象だが,普通には日食か月食のことを指す.「食」は原理としては太陽や月以外の星にも起こるわけであり,その場合には「星食」「掩蔽(えんぺい)」という専門用語が使われるそうだ.そして,この「掩蔽」を指す英単語が occultation であり,「掩蔽する」という動詞形が occult である.いずれも,15世紀から16世紀にかけての近代科学の幕開けの時代に,ラテン語から借用された天文学用語である.ラテン語では oc- + cēlāre ( "against" + "cover" ) と分析され,語幹の cēlāre はまさに「覆い隠す」の意味である.ここから,conceal 「隠す.隠匿する」,cell 「(隠匿された)独房,細胞」,cellar 「(隠匿された)地下室,貯蔵庫」などの語も派生し,英語へ借用された.
 日本語でもなじみ深い occult 「オカルト,秘術」は,cēlāre の原義「覆い隠す」から意味が発展したものであることは,容易に理解できるだろう.
 日食にしろオカルトにしろ,人は覆い隠されるものに畏れを抱き,同時に関心を引かれる.次の皆既日食は,日本では2035年9月2日に能登半島から関東地方にかけて起こるらしい.今から楽しみである.

 ・The Modern English Translation of the Anglo-Saxon Chronicle Online
 ・The Online Edition of the Anglo-Saxon Chronicle

Referrer (Inside): [2009-07-24-1]

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2009-07-22 Wed

#86. one の発音 [numeral][etymology][phonetics][spelling][pronunciation][vowel][article]

 現代英語の綴りと発音のギャップは大きいが,その中でも特に不思議に思われるものに one の発音がある.普通は,どうひっくり返ってもこの綴りで [wʌn] とは読めない.これは,この語の綴り字が歴史上あまり変わってこなかったのに対して,発音は激しく変化してきたためである.以下は教科書的な説明.
 古英語の対応する語形は ān だった.この語はもちろん「一つの」の意で,後に one へ発展したと同時に,ana という不定冠詞へも分化した.したがって,数詞の one と不定冠詞の an, a とは,まったくの同語源であり,単に強形と弱形の関係に過ぎない[2009-06-22-1]
 さて,古英語の ān は [ɑ:n] という発音だったが,強形の数詞としては次のような音声変化を経た.まず,長母音が後舌母音化し,[ɔ:n] となった.それから,後舌母音に伴う唇の丸めが付加され,[wɔ:n] となった.次に長母音が短母音化して [wɔn] となり,その短母音が後に中舌母音して [wʌn] となった.実に長い道のりである.
 ここまで激しく音声変化を経たくらいだから,その中間段階では綴りもそれこそ百花繚乱で,oon, won, en など様々だったが,最終的に標準的な綴りとして落ち着いたのが比較的古めの one だったわけである.
 綴りと発音について,one と平行して歩んだ別の語として once がある[2009-07-18-1].だが,これ以外の one を含む複合語では,上記の例外的に激しい音声変化とは異なる,もっと緩やかで規則的な音声変化が適用された.古英語の [ɑ:n] は規則的な音声変化によると現代英語では [oʊn] となるはずだが,これは alone ( all + one ) や only ( one + -ly ) の発音で確認できる.

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2009-07-21 Tue

#85. It's time for the meal --- timemeal の関係 [etymology][numeral]

 [2009-07-20-1][2009-07-18-1]once, twice, thrice に焦点を当てたが,倍数・度数は一般に eight times のように「 数詞 + times 」という句を用いる.しかし,このように本来「時間」を意味する time が倍数・度数表現に用いられるようになったのは13世紀くらいからのもので,それ以前は(そしてそれ以降も)「行程,道」を原義とする sīþ が用いられていた.sīþ は現在では廃用となっているが,たとえば近代英語では Spenser が The foolish man . . . humbly thanked him a thousand sith などと使っている.
 さて,「時間」を意味する語は「分量」や「回数」と関わりが深いが,これは共通項として「はかる」(計る,測る,量る)行為が関与するためである.time と似たような意味の拡がりをもつ別の語に meal がある.この語は究極的には measure と同根であり,やはり「はかる」と関連が深い.ドイツ語では,einmal, zweimal, dreimal など「 数詞 + mal 」で倍数・度数を表すので,英語の times にぴったり対応する
 meal といえば現代英語ではもっぱら「食事」を意味するが,対応する古英語の mǣl は「(一定の)分量,時間」を意味した.そこから,「定時」→「(定時に繰り返される)食事」と意味が展開した.日本語でも「三度の食事」というので意味の関連は分かりやすい.ドイツ語では,上記の -mal の綴りに <h> を加えて Mahl とすれば,発音は同じままで「食事」を指す.
 現代英語では meal は古英語やドイツ語における「分量,度数」の原義は失われてしまったが,わずかに piecemeal 「ひとかけら分の量ずつ(の),少しずつ(の)」という語にその原義が化石的に残存する.

Referrer (Inside): [2022-07-19-1]

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2009-07-19 Sun

#83. 「ビバーク」と英語史 [etymology][history]

 北海道・大雪山系のトムラウシ山での遭難事件が紙面を賑わしているが,記事の中でしきりに「ビバーク」という語が出てくる.寡聞にして初耳の単語だったが,登山用語で,予定外の露営・野宿を意味するという.英語では聞いたことがないし,何語だろうかと思ったが,すぐにドイツ語だろうと見当をつけた.ドイツ語風の音素配列 ( phonotactics ) だと直感したこともあるが,それ以上に,日本語の登山用語にはやたらとドイツ語が多いことを知っていたからである.ザイル,シュラフザック,ハーケン,ツェルトザック,ヒュッテ等々.
 ところが,「ビバーク」はフランス語 bivouac から来ていると聞いた.予想外だなと思い,ここで初めて語源辞典を繰ってみると,このフランス単語自体がドイツ語スイス方言から借用されたものらしい.それで納得した.ドイツ語の対応する形態は Beiwache ( bei "by" + Wache "watch, guard" ) であり,そのスイス方言形がフランス語に取り込まれて bivouac へ変化したということのようだ.
 30年戦争の頃に Zürich などで町役人の夜警を助ける市民の夜警を指して,"extra guard" ほどの意味で使われたらしいが,これが後にフランス語に入り,さらに後の18世紀初頭に英語へもそのまま bivouac として借用された(発音は /ˈbi:vuˌæk/ ).その後,「夜警」から「野営・露営」へと意味が発展し,現在の登山用語として定着した.
 上記の通り,bivouac はゲルマン系たるドイツ語の一方言に起源があるわけだが,それがイタリック系のフランス語に借用され,さらにそこから英語へ借用された.この流れは,比較言語学的にはゲルマン系を標榜している英語にとって,皮肉とも言える流れである.というのは,本来のゲルマン系単語が,イタリック系言語を経由して,イタリック化した形態で英語に入ってきたということは,英語のゲルマン系言語としての性質が薄いことを示唆するからである.さらに皮肉なのは,英語には本来語の watch が歴として存在することだ.だが,いかにも借用語風の bivouac をみて watch と関連づけられる人はまずいないだろう.bivouac は「イタリック化されたゲルマン」を象徴する単語とみることができるのではないか.
 もともと英語にあってもおかしくない語が,フランス語経由で英語の中に見いだされることになったという経緯は,歴史の偶然としても奥が深い.
 ちなみに,watch 「夜警」に対応する動詞が wake 「目覚めている」であることは,[2009-06-16-1]の記事でも触れたので,復習しておきたい.

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2009-07-18 Sat

#81. oncetwice の -ce とは何か [numeral][etymology][genitive][adverbial_genitive][spelling][sobokunagimon]

 [2009-07-04-1]の記事で,現代英語の序数詞において firstsecond だけが他と比べて異質であることを話題にしたが,倍数・度数表現にも似たようなことが観察される.原則として倍数・度数表現は ten times のように「 数詞 + times 」という句で表されるが,oncetwice は例外である.
 この oncetwice が,それぞれ onetwo の語幹の変異形に -ce が付加されたものだ,ということは初見でもわかると思うが,この -ce とはいったい何だろうか.
 -ce は,現代英語の名詞の所有格を示す 's と同一の起源,すなわち古英語の男性・中性名詞の単数属格語尾 -es にさかのぼる.形態的には,古英語の「属格」が現代英語の「所有格」につらなるのだが,古英語や中英語の属格は単なる所有関係を指示するにとどまらず,より広い機能を果たすことができた.属格の機能の一つに,名詞を副詞へ転換させる副詞的属格 ( adverbial genitive ) という用法があり,oncetwice はその具体例である(詳しくは Mustanoja を参照).いわば one'stwo's と言っているだけのことだが,古くはこれが副詞として用いられ,それが現在まで化石的に生き残っているというのが真相である.OED によると,oncetwice という語形が作られたのは,古英語から中英語にかけての時期である.
 中英語期にも副詞的属格は健在であり,時や場所などを表す名詞の属格が多く用いられた.たとえば,always, sometimes, nowadays, besides, else, needs の語尾の -s(e) は古い属格語尾に由来するのであり,複数語尾の -s とは語源的に関係がない.towards, southwards, upwards などの -wards をもつ語も,属格語尾の名残をとどめている.
 また,I go shopping Sundays のような文における Sundays は,現在では複数形と解釈されるのが普通だが,起源としては単数属格と考えるべきである.属格表現はのちに前置詞 of を用いた迂言表現に置き換えられたことを考えれば,of a Sunday 「日曜日などに」という現代英語の表現は Sundays と本質的に同じことを意味することがわかる.
 最後に,古英語の -esoncetwice において,なぜ <ce> と綴られるようになったか.中英語までは onestweies などと綴られていたが,近代英語期に入り,有声の /z/ ではなく無声の /s/ であることを明示するために,フランス語の綴り字の習慣を借りて <ce> とした.同じような経緯で <ce> で綴られるようになった語に,hence, pence, fence, ice, mice などがある.

 ・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

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2009-07-12 Sun

#75. ワッフルの仲間たち [etymology][doublet][triplet][norman_french]

 ベルギーワッフルは日本でも有名だが,本場ベルギーのワッフルはとてつもなく旨い.何年か前にベルギーを訪れたときの話である.ベルギーでは街路にワッフルスタンドが立っており,人々の日常的なおやつだ.熱々のチョコを,熱々のワッフルにかけたものを,熱々のまま口に運ぶときの,あのサクサクフワフワ感は日本ではとても味わえない.もともとはベルギービールとムール貝を楽しみに訪れたのだが,結果的にベルギーワッフルにもはまってしまった.
 だが,チョコワッフルはさすがに甘さがくどい.普通の蜂蜜味のほうが好みである.ベルギーワッフルには蜂蜜がマッチするのはなぜか,それは語源を考えるとわかる.waffle は,遠く weave 「織る」と起源を一にする.自然の作り出した織物である web 「クモの巣」はその関連語だし,waffle も本来はもう一つの自然の作り出した織物,すなわち「蜂の巣」の意味を表した.ワッフルには確かに,蜂の巣のような編み目がついている.そう考えると,ワッフルに蜂蜜がマッチしないわけがないのである!
 さて,waffle が英語に借用されたのは17世紀であり,中期低地ドイツ語 ( Middle Low German ) からオランダ語 ( Dutch ) を経て入ってきたらしい.ところが,同じ中期低地ドイツ語の形態が,古フランス語のノルマン方言 ( Old Norman French ) を経由して,ずっと早く13世紀末に英語に入ってきていたのである.それが,wafer 「ウェファース,ウエハース」である.なるほど,ウェファースとワッフルは洋菓子としては似ている.蜂の巣さながらの網の目は共通である.
 一方,中期低地ドイツ語の形態が標準フランス語 ( French ) へ入った gaufre 「ゴーフル」は,日本語に借用されており,我々にはなじみ深い.
 かくして,日本語の「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」はいずれも一つの語源に遡るわけである.ただ,それぞれがたどってきた言語(方言)が異なるだけである.図にまとめると次のようになるだろうか.

waffle and wafer and gaufre

 英語では 二重語 ( doublet ),日本語では 三重語 ( triplet ) となっている.
 これを知ったあとで,「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」のうち,どれを食べたくなったろうか?

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2009-07-10 Fri

#73. 「天の川」の比較語源学 [etymology][loan_translation]

 今年の七夕の日の東京は曇りで,天の川は残念ながら見られなかった.そもそも,東京で天の川を見ようという考えが間違っているのだろう.空気のきれいな田舎へ行かないと天の川は見られない.せめて想像の天の川に思いを馳せようと,比較語源学してみた.
 日本語の「天の川」は読んで字の如く,天上を流れる川である.天照大神の隠れた天の岩戸より「天の戸川」とも呼ばれる.
 中国語(漢字)では,「銀河」「天河」と書く.「銀河」は,その色から名付けたものである.語源としては特別なものではないが,その背後にある織り姫と彦星の悲しくも美しい七夕伝説は,中国が起源である.
 英語では,the Milky Way という.「乳が流れ出てできた道」という発想は,「銀河」同様,その色と形状に基づいた発想だろう.英語での初出は,14世紀,Chaucerの作品においてである.この表現は英語のオリジナルではなく,ラテン語 via lactea "way of milk" の「翻訳借用」 ( loan translation or calque ) である.
 ところで,天の川は無数の星から構成される銀河であり,「銀河系」は Milky Way Galaxy とも呼ばれる.この galaxy 「銀河(系),星雲」という語自体が,「乳」から派生した語である.ギリシャ語で,「乳」は gala といい,galakt- という語幹から派生語が作られた.ラテン語では語頭の音節が消失した lact- が語幹であり,lactation 「授乳」や lactic acid 「乳酸」などが英語に入った.フランス語 cafe au lait や イタリア語 caffe latte も参照.
 和語の「天の川」と英語本来語の the Milky Way は,優しく,暖かく,詩情豊かな響きをもっている.一方で,漢語の「銀河」や古代ギリシャ語の galaxy は,壮大で,硬派で,SFを想起させる(『銀河鉄道999』や Star Wars ).この辺りにも,「和語 vs 漢語」「英語本来語 vs 古典借用語」という connotation の対立が感じられるのではないか.

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