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etymology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-28 22:36

2009-08-30 Sun

#125. 投票と風船 [etymology][derivative][suffix]

 今日は衆議院選挙の投票日.さて,投票とかけて風船ととく,その心は.
膈??????姒?? 「二つとも球」 である(←クリック).
 英語で「投票(用紙)」は ballot (paper),「風船」は balloon で,ともに ball 「球」である.かつては小球で投票したということにちなむ.
 語幹はともに共通で,異なるのは接尾辞のみである.ballot は,イタリア語 ballotta が16世紀に借用された語で,-ot という接尾辞がついている.これは「小さいもの」を示す接尾辞で,指小辞 ( diminutive ) と呼ばれる.一方,balloon はフランス語 ballon が16世紀に借用された語で,-oon という接尾辞がついている.これは「大きいもの」を示す接尾辞で,増大辞 ( augmentative ) と呼ばれる.後者は16世紀に借用された当初には「ボールゲーム」の意味だったが,18世紀後半に「気球,風船」の意味を発展させた.
 それぞれイタリア語とフランス語からの借用であるということは,基体の ball 「球」もロマンス系の語かと思いきや,本来はゲルマン系の語である.それが一度ロマンス語へ借用され,指小辞と増大辞が付加された状態で,改めてゲルマン系の英語へ戻ってきたという経緯である.
 指小辞 -ot の例は多くないが,他に chariot 「古代の戦闘馬車」, galliot 「小型ガレー船」, loriot 「ウグイスの一種」, parrot 「オウム」などがある.
 増大辞 -oon の例も少ないが,bassoon 「バスーン」, cartoon 「風刺漫画」, saloon 「大広間」がある.cartoon は,初期の風刺漫画が大判の紙(カード)に描かれたことに由来する.ちなみに,増大辞 -oon のフランス語版として -on という増大辞があり,こちらは flagon 「細口大瓶」や million 「百万」などの例にみられる.
 語源のおもしろさは,一見するとつながりのない二つの語の間に共通点を発見することができることである.開票の結果,頭上の風船が割れて泣きを見るのは,果たしてどの政党か.

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2009-08-20 Thu

#115. 男の人魚はいないのか? [etymology][compound][political_correctness]

 デンマークのコペンハーゲン大学に留学している学生がいて,同市のシンボルである「人魚姫の像」のデジカメ写真を送ってくれた(ありがとう!).

The Little Mermaid

『人魚姫』 ( The Little Mermaid ) を書いたアンデルセン ( Hans Christian Andersen ) は,デンマークはオーデンセ出身の童話作家である.世界に名高いこの悲しい物語を題材にして,1913年に人魚姫の像がコペンハーゲンの海岸に据えられたが,ここ数十年のあいだに何度も破壊行為にあっている.頭部や腕が奪い去られたり,赤いペンキで塗ったくられたり,さんざんである.この話を聞くと,童話の憧憬にひたりつつはるばる日本からこの像を拝みに行く者は,なんとも悲しくなってしまう(かつて私もその一人だった).人魚姫はいつまでたっても浮かばれないということか.
 さて,mermaid は本来語からなる複合語である.古英語 mere "sea" + maide "maid" なので,まさしく「人魚姫」という訳がふさわしい.このように meremaide という部品は相当古くからあったわけだが,これが組み合わさって複合語として使われるようになったのは14世紀からである.古英語では,merewīf ( "sea" + "wife" ) や meremin ( "sea" + "female slave" ) という今はなき複合語が用いられていた.ただ,mermaid は後発だとはいえ,本来語要素で成り立つ極めて伝統的な英語の複合語といえよう.
 「海」を意味する古英語の mere は現代英語では詩語・古語で「湖」の意味を表す.古英語後期の maide も多少古めかしいものの,maid として現役である.maide という古英語後期の形態は mægden "maiden" の語尾がつづまったものであり,いずれも「(未婚の)少女」を意味したが,現代英語では maiden はやや文学的な響きを帯びており,maid は複合語の部品として用いられることが多いといったふうに,使い分けがなされている.
 mermaid はそうした maid の複合語の例の一つだが,他には barmaid, chambermaid, dairymaid, housemaid, milkmaid, nursemaid などがある.だが,いずれの複合語も現代ではすでに古めかしい響きがある.political correctness により,これらの複合語が消えてゆく日は近いかもしれない.一方,日本語で「メード」というと本来は「女中,ホテルの女の客室係」を指すが,最近は「メイド喫茶」との連想が強くなってきており,イメージが定まらない.(←私だけか?)
 maid の複合語の存続が危ぶまれると上で述べたが,mermaid だけは質が違う.そもそも,人魚という種は女性が優勢な種である.『人魚姫』には人魚の姉妹こそたくさん出てくるが,男の影は見えない.ギリシャ神話のサイレン ( Siren ) と結びつけられることが多いことからも,人魚といえば女性のイメージなのだろう.
 だが,もちろん男性の人魚もいる.例えば,ギリシャ神話のポセイドン ( Poseidon ) や息子のトリトン ( Triton ) は人魚と見立てられれることが多い.彼らの類を現代英語では merman 「人魚の男性」と呼ぶのである.だが,この複合語が英語に初めて現れるのは17世紀のことであり,女性の人魚を表す語が古英語から存在したのと比べて,随分おくれているし,とってつけたような語である.やはり,男性の人魚の存在感は限りなく薄い.
 確かにアンデルセンが悲話『人魚坊主』 ( The Little Merman ) を書いていたとしたら,さぞかし売れなかったろうな,と思う.

Referrer (Inside): [2014-02-11-1] [2011-08-29-1]

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2009-08-07 Fri

#102. hundredグリムの法則 [etymology][grimms_law][verners_law]

 [2009-08-05-1]で,hundred という語(の祖先)が英語史および印欧語比較言語学において二つの意味で重要であると述べた.一つは印欧語を satem -- centum の二グループに大別する際のキーワードとして,もう一つは グリムの法則 ( Grimm's Law ) と ヴェルネルの法則 ( Verner's Law ) の代表例としてである.今回はグリムの法則に触れる.
 グリムの法則とは,紀元前1000?400年あたりに起こったとされる一連の体系的な子音変化である.印欧祖語がゲルマン祖語へ発達してゆく過程で生じた子音変化であり,その効果はゲルマン語派においてのみ見られ,イタリック語派など他の語派には見られない.英語史上,大母音推移 ( Great Vowel Shift ) と並んで音声変化の双璧をなすが,実は英語が英語になるはるか前の出来事である.それでも,現代英語に見られる father -- paternal などの類義語ペアの関係を見事に説明することができ,ある意味で現代にまで息づいている音声変化である.単なる音声変化でありながら「法則」の名が付いているのは,無条件にかつ例外なく作用したためで,その完璧さは芸術的なまでである(だが,実は「ほぼ」完璧であり,但し書きの条件はある).
 この法則はデンマーク人学者 Rasmus Rask が1818年に発見したが,ドイツ人学者 Jacob Grimm が1828年に詳細に論じたことで知られるようになり,Grimm's Law と呼ばれるようになった.この Jacob Grimm は『グリム童話』で有名なグリム兄弟の兄と同一人物である.
 さて,グリムの法則として知られる一連の子音変化の一つに,「印欧祖語の語頭の */k/ はゲルマン諸語では /h/ となる」というものがある(以下,慣例に従って,再建形には * をつける).「百」は印欧祖語では *kmtom という形態だったが,語頭の */k/ は英語を含むゲルマン語では /h/ になった.一方,ゲルマン語派の言語ではないラテン語ではこの子音変化は起こらなかったため,/k/ が保たれている.その結果,古英語では hund /hʊnd/,ラテン語では centum /kentum/ へと発展した.英語では「数」を示す接尾辞 -red が付加されて hundred が生じ,一方,ラテン語からは centum から派生した cent, centigrade, centimeter, centiped, centurion, century などの単語が,フランス語経由で英語に借用された.ラテン語の /k/ はフランス語では前舌母音の前で /s/ となったので,英語でもこれらの単語はすべて /s/ で始まる.
 以上の経緯により,現代英語では,グリムの法則を経た hundred と,グリムの法則を経ていないラテン語からの(フランス語経由の)借用語である cent などが並び立つ状況が生じている.
 以上の経緯を図示してみた.

centum and hund(red)

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2009-08-04 Tue

#99. 生産的な接頭辞 neo- [japanese_english][affix][etymology][compound][productivity][greek]

 先日,小学館の図鑑 NEOシリーズの第1期16巻を一式購入した.図鑑は見ているだけで飽きない.『魚』の巻ではウナギと穴子の見分け方を,『鳥』の巻ではフクロウの左右の耳の位置が異なることを知り,ウームとうならされた.子供の頃に眺めていた図鑑は小学館だったか学研だったか忘れたが,新しい世代に向けて改訂が進み,今「NEOシリーズ」が一式出そろった.昔に比べ,内容も格段に充実している.
 この「NEO(ネオ)」という接頭辞だが,日本語にも定着してきた観がある.『広辞苑』第六版でも「ネオ」の見出しがある.

(ギリシア語で「新しい」意の neos から) 「新しい」の意を表す接頭語.「―‐ロマンティシズム」


 「ネオ」を用いた複合語としては,広辞苑には次のような語がエントリーされている.「ネオ‐アンプレッショニスム」 néo-impressionnisme, 「ネオ‐クラシシズム」 neo-classicism, 「ネオ‐コロニアリズム」 neo-colonialism, 「ネオ‐コン」 neo-con(servatism), 「ネオ‐サルバルサン」 Neosalvarsan (ドイツ語), 「ネオジム」 Neodym (ドイツ語), 「ネオ‐ダーウィニズム」 neo-Darwinism, 「ネオ‐ダダ」 Neo-Dada, 「ネオテニー」 neoteny, 「ネオ‐トミズム」 neo-Thomism, 「ネオ‐ナチズム」 neo-Nazism, 「ネオピリナ」 Neopilina (ラテン語), 「ネオ‐ファシズム」 neo-fascism, 「ネオ‐ブッディズム」 Neo-Buddhism, 「ネオプレン」 Neoprene, 「ネオ‐マーカンティリズム」 neo-mercantilism, 「ネオマイシン」 neomycin, 「ネオ‐ラマルキズム」 neo-Lamarckism, 「ネオ‐レアリスモ」 neorealismo (イタリア語), 「ネオロジズム」 neologism, 「ネオン」 neon, 「ネオン‐サイン」 neon sign, 「ネオン‐テトラ」 neon tetra, 「ネオン‐ランプ」 neon lamp.よく知らない語が多い.
 借用元言語が英語だけではないことから,neo- という接頭辞はヨーロッパ諸語に広がっていることが推測される.そして,日本語でも「小学館の図鑑 NEOシリーズ」のように使われ出しており,接頭辞としての生産性はグローバル化しているのかもしれない.英語では OED の検索によれば neo で始まる英単語は326個ヒットした.
 neo- の起源は,ギリシャ語の néos "new" である.究極的には印欧祖語の *newo- "new, young" にさかのぼり,英語の new と同根である.neo- の英語での接頭辞としての歴史は浅く,19世紀後半から本格的に使われ出し,現代まで生産性を拡大させ続けている.
 対応するラテン語は novus "new" で,ここから派生して英語に借用された語も,以下の通りいくつかある.

innovate, innovation, nova, novel, novelty, novice, renovate, renovation

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2009-07-26 Sun

#90. taperpaper [dissimilation][etymology]

 24日夜に九州北部を襲った集中豪雨は,梅雨前線に湿気を含んだ暖かい空気が流れ込む込むことにより,テーパリングクラウド ( Tapering Cloud ) が発生したためだという.Tapering Cloud は日本語では「にんじん雲」とも呼ばれ,新聞の解説によると「積乱雲の上部が,強い空気の流れで風下に広がった結果,風上側が細く,風下側が広がったように見える雲」のことを指すという.
 taper の動詞としての意味は「次第に細くなる,先細になる」であり,逆三角形の雲を指し示すには的確である.名詞としては「先細のロウソク,灯芯,弱い光(を放つもの)」の意味があるが,英語史的にはむしろ名詞用法の方がずっと古く,古英語から使われている.動詞用法は16世紀からと新しい.
 taper の英語での最も古い意味は「ロウソク」であるが,ロウソクの芯に紙を用いたことから語源的には paperpapyrus と関係があるらしい.paper では /p/ 音が連続して発音しにくいということで,最初の /p/ を /t/ と異化 ( dissimilation ) させたというわけである[2009-07-09-1].異化の基本的な考え方は,全く同じ音が単語内で連続すると発音しにくいので,一方を少しだけ異なった音に変えるということである./p/ と /t/ は調音点こそ両唇か歯茎かで異なるが,両方とも無声閉鎖音なので,音声的には確かに遠くはない[2009-05-29-1].だが,/p/ と /t/ の異化の例が他にあるのかどうかは不明であり,やや胡散臭い説明のような気はする.とはいっても,代案を示せないので,今のところはこの異化による説を受け入れておきたい.
 ちなみに,paperpapyrus は見て分かるとおり,語源を一にする二重語 ( doublet ) である[2009-07-13-1][2009-07-12-1].パピルスの産地だったエジプトの言語を起源とし,ギリシャ語,ラテン語を経由して英語に入った(前者はさらにフランス語も経由した).
 英語史という分野は,英語学のなかでも「先鋭」的 ( taper off ) な分野だと信じているが,世間的には比較的マイナーな分野なので「じり貧」( taper off ) にならないよう,本ブログでも引き続き広めていきたい.

 ・気象衛星センターによるテーパリングクラウドの解説: http://mscweb.kishou.go.jp/panfu/product/pattern/tapering/index.htm

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2009-07-25 Sat

#89. one の発音は訛った発音 [numeral][etymology][me_dialect][pronunciation][vowel]

 [2009-07-22-1]で,one の音声変化について教科書的な説明を施した.母音の変化というのは,有名な大母音推移 ( Great Vowel Shift ) を含め,英語史において非常に頻繁に起こるし,現代英語でも母音の方言差は非常に大きい.したがって,one に起こった一連の母音変化もむべなるかなと受け入れるよりほかない気がする.しかし,[w] という子音の語頭挿入という部分については,そうやすやすとは受け入れられない.
 「後舌母音に伴う円唇化」は調音音声学的には合理的である[2009-05-17-1].だが,なぜこの特定の単語でのみそれが見られるのか.なぜ他の単語群では [w] 音が挿入されなかったのか.まったく関係のない単語ならいざしらず,語源的関連の強い only がなぜ [wʌnli] と発音されないか.
 その答えは方言の違いにある.[w] 音が挿入されたのは中英語期のイングランド南西部・西部方言の発音であり,その方言形がたまたま後に標準語へ取り込まれたということに過ぎない.一方,only にみられる [w] 音のない発音は中英語期のイングランド南部・中部方言の発音に由来する.
 つまり,one の発音はこっちの方言からとって来られて標準発音となったが,only の発音はあっちの方言から来たというわけだ.ある語について,その発音がどこの方言からとられて標準化したか,そしてそれを決めるファクターは何だったのかという問いに対しては,明確な基準はなくランダムだった,としか答えようがない.
 だが,このように,中英語期のどの方言に由来するかで,もともとは同根の語どうしが,現代標準語では異なる発音をもつようになった例はたくさんある.一例を挙げれば,will の母音は中英語の多くの方言で用いられておりそのまま標準化したが,否定形 won't の母音は主に中部・南部の方言に由来する.後者は,中部訛りの wol(e) + not が縮約された形に他ならない.肯定形と否定形がセットで同じ方言から標準語に入ってきていたならば母音も同じになったろうが,ランダムともいうべき方言選択の結果,現在の標準英語の will --- won't という分布になってしまった.
 嘆かわしいと思うなかれ,言葉の歴史は興味深いと思うべし.

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2009-07-23 Thu

#87. 日食とオカルト [etymology][derivative][pchron]

 昨日は,東南アジアから日本列島にかけて日食で沸いた.日本の皆既日食帯は悪天候だったために,地上からはコロナやダイヤモンドリングを拝むことができなかったようだが,すでに皆既日食のYouTube動画がたくさんアップされている.感動ものである.
 皆既日食のクライマックスである第二接触の前後には,真っ昼間だというのに辺り一面が夜のように暗くなり,星が現れ,気温も数度下がるという.動物は夜と間違えて恐れおののき,鳥は巣に帰る.日食のカラクリを知っている現代の人間ですら畏怖の念に襲われるのだから,カラクリを知らない古代・中世の一般民衆が凶兆と解したことは容易に想像できる.
 各国の古い文献でも,日食は記録されていることが多い.日本では,『日本書紀』の推古天皇36年3月2日(西暦628年4月10日)の日食が最古の記録である.英国では,古英語の文献により日食の記録が確認できる.たとえば,古英語の最後期の言語で筆写された『ピーターバラ年代記』 ( The Peterborough Chronicle ) では,538年のエントリーに次のような記述がある.(記事の末尾のHPを参照.)

Her sunne aðestrode on .xiiii. kalendas Martii from ærmorgene oþ underne.

現代英語に訳すと,"This year the sun was eclipsed, fourteen days before the calends of March, from before morning until nine." ということになる.
 古英語では,今はなき aðestrode という過去形の動詞で,「暗くなった」( = darkened ) を表していた.現代英語訳では was eclipsed となっており,動詞 eclipse 「覆い隠す」が使われている.eclipse は名詞としては「食」の意であり,日食は solar eclipse,皆既日食は total solar eclipse という.eclipse は究極的にはギリシャ語起源であり,古英語でこの語が使われていないのは,フランス語を経由して英語に入ってきたのが,およそ1300年くらいのことだからである.
 さて,eclipse は,ある天体が背後にある他の天体を覆い隠す現象だが,普通には日食か月食のことを指す.「食」は原理としては太陽や月以外の星にも起こるわけであり,その場合には「星食」「掩蔽(えんぺい)」という専門用語が使われるそうだ.そして,この「掩蔽」を指す英単語が occultation であり,「掩蔽する」という動詞形が occult である.いずれも,15世紀から16世紀にかけての近代科学の幕開けの時代に,ラテン語から借用された天文学用語である.ラテン語では oc- + cēlāre ( "against" + "cover" ) と分析され,語幹の cēlāre はまさに「覆い隠す」の意味である.ここから,conceal 「隠す.隠匿する」,cell 「(隠匿された)独房,細胞」,cellar 「(隠匿された)地下室,貯蔵庫」などの語も派生し,英語へ借用された.
 日本語でもなじみ深い occult 「オカルト,秘術」は,cēlāre の原義「覆い隠す」から意味が発展したものであることは,容易に理解できるだろう.
 日食にしろオカルトにしろ,人は覆い隠されるものに畏れを抱き,同時に関心を引かれる.次の皆既日食は,日本では2035年9月2日に能登半島から関東地方にかけて起こるらしい.今から楽しみである.

 ・The Modern English Translation of the Anglo-Saxon Chronicle Online
 ・The Online Edition of the Anglo-Saxon Chronicle

Referrer (Inside): [2009-07-24-1]

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2009-07-22 Wed

#86. one の発音 [numeral][etymology][phonetics][spelling][pronunciation][vowel][article]

 現代英語の綴りと発音のギャップは大きいが,その中でも特に不思議に思われるものに one の発音がある.普通は,どうひっくり返ってもこの綴りで [wʌn] とは読めない.これは,この語の綴り字が歴史上あまり変わってこなかったのに対して,発音は激しく変化してきたためである.以下は教科書的な説明.
 古英語の対応する語形は ān だった.この語はもちろん「一つの」の意で,後に one へ発展したと同時に,ana という不定冠詞へも分化した.したがって,数詞の one と不定冠詞の an, a とは,まったくの同語源であり,単に強形と弱形の関係に過ぎない[2009-06-22-1]
 さて,古英語の ān は [ɑ:n] という発音だったが,強形の数詞としては次のような音声変化を経た.まず,長母音が後舌母音化し,[ɔ:n] となった.それから,後舌母音に伴う唇の丸めが付加され,[wɔ:n] となった.次に長母音が短母音化して [wɔn] となり,その短母音が後に中舌母音して [wʌn] となった.実に長い道のりである.
 ここまで激しく音声変化を経たくらいだから,その中間段階では綴りもそれこそ百花繚乱で,oon, won, en など様々だったが,最終的に標準的な綴りとして落ち着いたのが比較的古めの one だったわけである.
 綴りと発音について,one と平行して歩んだ別の語として once がある[2009-07-18-1].だが,これ以外の one を含む複合語では,上記の例外的に激しい音声変化とは異なる,もっと緩やかで規則的な音声変化が適用された.古英語の [ɑ:n] は規則的な音声変化によると現代英語では [oʊn] となるはずだが,これは alone ( all + one ) や only ( one + -ly ) の発音で確認できる.

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2009-07-21 Tue

#85. It's time for the meal --- timemeal の関係 [etymology][numeral]

 [2009-07-20-1][2009-07-18-1]once, twice, thrice に焦点を当てたが,倍数・度数は一般に eight times のように「 数詞 + times 」という句を用いる.しかし,このように本来「時間」を意味する time が倍数・度数表現に用いられるようになったのは13世紀くらいからのもので,それ以前は(そしてそれ以降も)「行程,道」を原義とする sīþ が用いられていた.sīþ は現在では廃用となっているが,たとえば近代英語では Spenser が The foolish man . . . humbly thanked him a thousand sith などと使っている.
 さて,「時間」を意味する語は「分量」や「回数」と関わりが深いが,これは共通項として「はかる」(計る,測る,量る)行為が関与するためである.time と似たような意味の拡がりをもつ別の語に meal がある.この語は究極的には measure と同根であり,やはり「はかる」と関連が深い.ドイツ語では,einmal, zweimal, dreimal など「 数詞 + mal 」で倍数・度数を表すので,英語の times にぴったり対応する
 meal といえば現代英語ではもっぱら「食事」を意味するが,対応する古英語の mǣl は「(一定の)分量,時間」を意味した.そこから,「定時」→「(定時に繰り返される)食事」と意味が展開した.日本語でも「三度の食事」というので意味の関連は分かりやすい.ドイツ語では,上記の -mal の綴りに <h> を加えて Mahl とすれば,発音は同じままで「食事」を指す.
 現代英語では meal は古英語やドイツ語における「分量,度数」の原義は失われてしまったが,わずかに piecemeal 「ひとかけら分の量ずつ(の),少しずつ(の)」という語にその原義が化石的に残存する.

Referrer (Inside): [2022-07-19-1]

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2009-07-19 Sun

#83. 「ビバーク」と英語史 [etymology][history]

 北海道・大雪山系のトムラウシ山での遭難事件が紙面を賑わしているが,記事の中でしきりに「ビバーク」という語が出てくる.寡聞にして初耳の単語だったが,登山用語で,予定外の露営・野宿を意味するという.英語では聞いたことがないし,何語だろうかと思ったが,すぐにドイツ語だろうと見当をつけた.ドイツ語風の音素配列 ( phonotactics ) だと直感したこともあるが,それ以上に,日本語の登山用語にはやたらとドイツ語が多いことを知っていたからである.ザイル,シュラフザック,ハーケン,ツェルトザック,ヒュッテ等々.
 ところが,「ビバーク」はフランス語 bivouac から来ていると聞いた.予想外だなと思い,ここで初めて語源辞典を繰ってみると,このフランス単語自体がドイツ語スイス方言から借用されたものらしい.それで納得した.ドイツ語の対応する形態は Beiwache ( bei "by" + Wache "watch, guard" ) であり,そのスイス方言形がフランス語に取り込まれて bivouac へ変化したということのようだ.
 30年戦争の頃に Zürich などで町役人の夜警を助ける市民の夜警を指して,"extra guard" ほどの意味で使われたらしいが,これが後にフランス語に入り,さらに後の18世紀初頭に英語へもそのまま bivouac として借用された(発音は /ˈbi:vuˌæk/ ).その後,「夜警」から「野営・露営」へと意味が発展し,現在の登山用語として定着した.
 上記の通り,bivouac はゲルマン系たるドイツ語の一方言に起源があるわけだが,それがイタリック系のフランス語に借用され,さらにそこから英語へ借用された.この流れは,比較言語学的にはゲルマン系を標榜している英語にとって,皮肉とも言える流れである.というのは,本来のゲルマン系単語が,イタリック系言語を経由して,イタリック化した形態で英語に入ってきたということは,英語のゲルマン系言語としての性質が薄いことを示唆するからである.さらに皮肉なのは,英語には本来語の watch が歴として存在することだ.だが,いかにも借用語風の bivouac をみて watch と関連づけられる人はまずいないだろう.bivouac は「イタリック化されたゲルマン」を象徴する単語とみることができるのではないか.
 もともと英語にあってもおかしくない語が,フランス語経由で英語の中に見いだされることになったという経緯は,歴史の偶然としても奥が深い.
 ちなみに,watch 「夜警」に対応する動詞が wake 「目覚めている」であることは,[2009-06-16-1]の記事でも触れたので,復習しておきたい.

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2009-07-18 Sat

#81. oncetwice の -ce とは何か [numeral][etymology][genitive][adverbial_genitive][spelling][sobokunagimon]

 [2009-07-04-1]の記事で,現代英語の序数詞において firstsecond だけが他と比べて異質であることを話題にしたが,倍数・度数表現にも似たようなことが観察される.原則として倍数・度数表現は ten times のように「 数詞 + times 」という句で表されるが,oncetwice は例外である.
 この oncetwice が,それぞれ onetwo の語幹の変異形に -ce が付加されたものだ,ということは初見でもわかると思うが,この -ce とはいったい何だろうか.
 -ce は,現代英語の名詞の所有格を示す 's と同一の起源,すなわち古英語の男性・中性名詞の単数属格語尾 -es にさかのぼる.形態的には,古英語の「属格」が現代英語の「所有格」につらなるのだが,古英語や中英語の属格は単なる所有関係を指示するにとどまらず,より広い機能を果たすことができた.属格の機能の一つに,名詞を副詞へ転換させる副詞的属格 ( adverbial genitive ) という用法があり,oncetwice はその具体例である(詳しくは Mustanoja を参照).いわば one'stwo's と言っているだけのことだが,古くはこれが副詞として用いられ,それが現在まで化石的に生き残っているというのが真相である.OED によると,oncetwice という語形が作られたのは,古英語から中英語にかけての時期である.
 中英語期にも副詞的属格は健在であり,時や場所などを表す名詞の属格が多く用いられた.たとえば,always, sometimes, nowadays, besides, else, needs の語尾の -s(e) は古い属格語尾に由来するのであり,複数語尾の -s とは語源的に関係がない.towards, southwards, upwards などの -wards をもつ語も,属格語尾の名残をとどめている.
 また,I go shopping Sundays のような文における Sundays は,現在では複数形と解釈されるのが普通だが,起源としては単数属格と考えるべきである.属格表現はのちに前置詞 of を用いた迂言表現に置き換えられたことを考えれば,of a Sunday 「日曜日などに」という現代英語の表現は Sundays と本質的に同じことを意味することがわかる.
 最後に,古英語の -esoncetwice において,なぜ <ce> と綴られるようになったか.中英語までは onestweies などと綴られていたが,近代英語期に入り,有声の /z/ ではなく無声の /s/ であることを明示するために,フランス語の綴り字の習慣を借りて <ce> とした.同じような経緯で <ce> で綴られるようになった語に,hence, pence, fence, ice, mice などがある.

 ・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

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2009-07-12 Sun

#75. ワッフルの仲間たち [etymology][doublet][triplet][norman_french]

 ベルギーワッフルは日本でも有名だが,本場ベルギーのワッフルはとてつもなく旨い.何年か前にベルギーを訪れたときの話である.ベルギーでは街路にワッフルスタンドが立っており,人々の日常的なおやつだ.熱々のチョコを,熱々のワッフルにかけたものを,熱々のまま口に運ぶときの,あのサクサクフワフワ感は日本ではとても味わえない.もともとはベルギービールとムール貝を楽しみに訪れたのだが,結果的にベルギーワッフルにもはまってしまった.
 だが,チョコワッフルはさすがに甘さがくどい.普通の蜂蜜味のほうが好みである.ベルギーワッフルには蜂蜜がマッチするのはなぜか,それは語源を考えるとわかる.waffle は,遠く weave 「織る」と起源を一にする.自然の作り出した織物である web 「クモの巣」はその関連語だし,waffle も本来はもう一つの自然の作り出した織物,すなわち「蜂の巣」の意味を表した.ワッフルには確かに,蜂の巣のような編み目がついている.そう考えると,ワッフルに蜂蜜がマッチしないわけがないのである!
 さて,waffle が英語に借用されたのは17世紀であり,中期低地ドイツ語 ( Middle Low German ) からオランダ語 ( Dutch ) を経て入ってきたらしい.ところが,同じ中期低地ドイツ語の形態が,古フランス語のノルマン方言 ( Old Norman French ) を経由して,ずっと早く13世紀末に英語に入ってきていたのである.それが,wafer 「ウェファース,ウエハース」である.なるほど,ウェファースとワッフルは洋菓子としては似ている.蜂の巣さながらの網の目は共通である.
 一方,中期低地ドイツ語の形態が標準フランス語 ( French ) へ入った gaufre 「ゴーフル」は,日本語に借用されており,我々にはなじみ深い.
 かくして,日本語の「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」はいずれも一つの語源に遡るわけである.ただ,それぞれがたどってきた言語(方言)が異なるだけである.図にまとめると次のようになるだろうか.

waffle and wafer and gaufre

 英語では 二重語 ( doublet ),日本語では 三重語 ( triplet ) となっている.
 これを知ったあとで,「ワッフル」「ウェファース」「ゴーフル」のうち,どれを食べたくなったろうか?

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2009-07-10 Fri

#73. 「天の川」の比較語源学 [etymology][loan_translation]

 今年の七夕の日の東京は曇りで,天の川は残念ながら見られなかった.そもそも,東京で天の川を見ようという考えが間違っているのだろう.空気のきれいな田舎へ行かないと天の川は見られない.せめて想像の天の川に思いを馳せようと,比較語源学してみた.
 日本語の「天の川」は読んで字の如く,天上を流れる川である.天照大神の隠れた天の岩戸より「天の戸川」とも呼ばれる.
 中国語(漢字)では,「銀河」「天河」と書く.「銀河」は,その色から名付けたものである.語源としては特別なものではないが,その背後にある織り姫と彦星の悲しくも美しい七夕伝説は,中国が起源である.
 英語では,the Milky Way という.「乳が流れ出てできた道」という発想は,「銀河」同様,その色と形状に基づいた発想だろう.英語での初出は,14世紀,Chaucerの作品においてである.この表現は英語のオリジナルではなく,ラテン語 via lactea "way of milk" の「翻訳借用」 ( loan translation or calque ) である.
 ところで,天の川は無数の星から構成される銀河であり,「銀河系」は Milky Way Galaxy とも呼ばれる.この galaxy 「銀河(系),星雲」という語自体が,「乳」から派生した語である.ギリシャ語で,「乳」は gala といい,galakt- という語幹から派生語が作られた.ラテン語では語頭の音節が消失した lact- が語幹であり,lactation 「授乳」や lactic acid 「乳酸」などが英語に入った.フランス語 cafe au lait や イタリア語 caffe latte も参照.
 和語の「天の川」と英語本来語の the Milky Way は,優しく,暖かく,詩情豊かな響きをもっている.一方で,漢語の「銀河」や古代ギリシャ語の galaxy は,壮大で,硬派で,SFを想起させる(『銀河鉄道999』や Star Wars ).この辺りにも,「和語 vs 漢語」「英語本来語 vs 古典借用語」という connotation の対立が感じられるのではないか.

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2009-07-08 Wed

#71. まだまだある sequi の派生語 [etymology][derivative]

 [2009-07-06-1]で,second 以外にも「sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がない」と書いたが,今日はそれをあえて枚挙してみたい.このような目的には,福島治先生の『英語派生語語源辞典』が大活躍である.英語に入ったラテン語起源の派生語のことならばこの辞典に限る,といえるほどの驚くべき辞典である.読んで楽しい辞典とはこのことだ.この辞典のおかげで,私の仕事は,ここから sequī より派生した単語を拾って打ち込むだけで済む.福島先生に感謝.

subsequent, subsequently, subsequence, second, secondly, secondary, secondarily, sect, sectary, sectarian, sectarianism, sequence, sequent, sequential, sequel, sequacious, sequacity, sequester, sequestered, sequestrate, sequestration, sue, suit, suitable, suitably, suitability, suite, suitor, consecution, consecutive, consecutively, consequence, consequent, consequently, consequential, consequentially, consequentiality, inconsecutive, inconsequence, inconsequent, inconsequently, inconsequential, inconsequentially, inconsequentiality, ensue, execute, execution, executive, extrinsic, extrinsically, intrinsic, intrinsically, obsequies, obsequious, obsequiously, persecute, persecution, prosecute, prosecution, pursue, pursuance, pursuant, pursuantly, pursuit

 上記の例は網羅的ではないので,ここに含まれない派生語もあり得る.
 もともとの sequī "to follow" と,形態や意味のつながりが不明なものも多いかもしれないが,実はすべてどこかでつながっている.各単語の詳細については『英語派生語語源辞典』や OED などを参照してもらいたいが,少しだけ例を挙げておこう.
 sect 「学派,教派」は,ある信条に付き従う ( follow ) 人々の集団である.sue 「訴える」は,付き従い,追いかけ,訴追することである.obsequies 「葬儀」は,追従し,尊崇する者の死に際して敬意を払う儀式である.
 まさか「2番目の」と「秒」と「葬儀」と「訴える」が同根とは誰も思わなかっただろう.語源を探ることは,思いもよらない新たな意味の関連を得ること,新たな発想を得ることなのである.([2009-05-10-1]に語源と発想についての関連記事あり.)

 ・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.

Referrer (Inside): [2010-11-05-1]

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2009-07-07 Tue

#70. second には「秒」の意味もある [etymology][numeral][clipping]

 今日はもう一つ second に関する話題.昨日[2009-07-06-1]second の語源にさかのぼって,「2番目の」という意味がいかにして生じたかを見たが,second のもう一つの意味,すなわち名詞としての「秒」,の成り立ちを考えてみよう.これは minute 「分」と合わせて考える必要がある.
 ラテン語では,「分」のことを,pars minūta prīma "first divided part" と表現した.「1時間」を分割して得られる各部分が「1分」という発想である.minūta は,minimum, minor, mince と同根で,「切り刻まれて小さくなった」の意である.prīma は「1番目の」の意味で,英語にも借用され,prime minister, primary, primitive などに確認される.
 一方,「秒」はラテン語で pars minūta secunda "second divided part" と表現した.最初に分割して得られた「分」をもういちど分割したので,「2番目の分割」ということになる.
 それぞれ3語からなる長い表現なので,後に一語を残して刈り取られた ( clipping ) が,刈り取られる部分が異なっていたのがミソである.そして,その縮約形が,後に英語へ借用された.

 ・minute < (pars) minūta (prīma)
 ・second < (pars minūta) secunda

 英語には,for a split second 「ほんの一瞬の間」という言い方があるが,「秒」がさらに split 「分割」されるわけだから,さしずめ pars minūta tertia "third divided part" といったところか.

Referrer (Inside): [2020-12-11-1]

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2009-07-06 Mon

#69. second の世界の広がり [numeral][etymology]

 過去二日の記事との関連で,今日は序数詞 second について.[2009-07-04-1]でも述べたとおり,語源はラテン語の異態動詞 ( deponent verb ) sequī "follow" 「あとに続く」の過去分詞形である.sequī から派生した語はおびただしく,枚挙に暇がないが,second 自体の意味の広がりを見るだけでも十分に興味深い.
 「あとに続く」の原義を念頭におけば,「後押しする」→「支持する」ということで動詞用法も理解できる.会議などで使われる Seconded. 「異議なし!」という表現があるが,これは語源的には二重過去分詞とでも呼ぶべきものかもしれない.
 他に ボクシングの「セコンド」も支持する者である.そして,あるものに続けば,それが「2番目」となるのは自然である.second の意味の広がりは広い.

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2009-07-05 Sun

#68. first は何の最上級か [superlative][etymology][numeral][sobokunagimon]

 昨日の記事[2009-07-04-1]で,序数詞 first は最上級語尾をもっていることを指摘した.それでは,何の最上級なのか.
 fir の部分はゲルマン祖語の *fur- 「前に」に遡り,その意味と形態の痕跡は before, far, fare, for, for-, fore, forth, from などに残る.first の母音は,ウムラウトによる.
 したがって,最上級 first の原義は「(時間的に)最も前」すなわち "earliest" ということになる.一方,古英語には "early, before" の意味を表す別の語として ǣr があった.これは現代英語では古風な ere に残っているし,early はそれに -ly 語尾をつけた形に由来する.ǣr の最上級 ǣr(e)st は,現代英語では erstwhile 「昔の,かつての」という語のなかに生き残っている.

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2009-06-28 Sun

#61. porridge は愛情をこめて煮込むべし [etymology]

 スコットランドの伝統的な朝食に porridge がある.水や牛乳で煮込んであるオート麦などの粥である.
 もう10数年前になるが,スコットランドのスカイ島 (The Isle of Skye) へ旅したときのこと.島のB&Bに泊まり,翌朝出された朝食がこのポリッジだった.初体験だったが,まことにおいしい.米のお粥とは風味は異なるが,暖かみと腹にたまる点は同じだ.
 そのときに驚いたのは,調味料として塩と砂糖が出てきたことだ.米の粥に砂糖というのは考えただけでも気持ち悪いが,当地ではポリッジに砂糖というのがあり得る.塩派と砂糖派がいるようだが,やはり砂糖はいただけない気がする.断然,塩の方がおいしい(と思う).ちなみに,当地ではお粥に近いどろどろの米に甘味調味料をこれでもかと入れたデザートが rice pudding という名で一般に売られている.書いているそばから,想像して気分が悪い.
 さて,スカイ島でのポリッジ初体験が印象に残っていたが,その旅行の数年後に縁あってスコットランドに留学することになった.過去のポリッジ体験を思い出して,留学中の一時期,毎朝,自分でポリッジを煮て食べていた.調理が簡単だし,原料は安いし,牛乳も一緒に摂れるし,とりあえず腹にたまる.だが,何かが違う.スカイ島のB&Bで食べたポリッジと全然違う.おいしくない.どちらかというとまずい.だが,安いし腹にたまるしいいか,ということで惰性的に食べ続けた.さすがにそのうちに飽きてきて,米を炊いて食べるようになった.ポリッジのイメージは,もはやスカイ島のそれではなく,学生寮で毎朝口にしていた,あの特においしいとも思えないものへ変容してしまったのだった.
 さて,porridge は16世紀に初めて英語に現れた語だが,その頃の原義は「野菜・肉の煮込みスープ」だった.この語は,13世紀から英語にあった pottage という語の第二子音が変化したものである.この pottage も「野菜・肉の煮込みスープ」の意であり,potage というフランス借用語のアクセントが後方から前方へ移動した変異形である.アクセントが後ろにあるフランス語本来の形は,16世紀に改めて「(フランス料理の)ポタージュ」という意味で英語に入ってきた.いずれも,pot 「なべ」で煮込んだ料理である.porridge は「野菜・肉の煮込みスープ」の原義から,17世紀に現在の「オート麦などの粥」の意味へ変化した.
 この語源は後で知ったわけだが,もし留学中に porridge とは鍋でじっくり煮込んで始めて味わえる煮込みスープに由来するのだと知っていれば,もう少し料理の仕方が変わっていたかもしれない.スカイ島のB&Bのポリッジがおいしかったのは,おそらく出汁をとってじっくり煮込んであったからなのだろう.家庭の温かさを感じさせるのは,日本の粥もスコットランドのポリッジも同じである.一方で,留学中に自炊したポリッジは,スーパーで買った安物の原料をポイと鍋に入れて出汁もなしに数分煮ただけである.これではおいしいはずがない.次に機会があるときには,煮込みスープ煮込みスープ煮込みスープと念じながらじっくり愛情をこめてポリッジを煮込んでみたい.語源も料理も実に深い・・・.

Referrer (Inside): [2023-08-31-1] [2014-09-14-1]

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2009-06-27 Sat

#60. 音位転換 ( metathesis ) [metathesis][phonetics][etymology]

 metathesis は,through の語源のところ[2009-06-22-1]で簡単に紹介したが,今日はもう少し例を挙げつつ解説してみる.音位転換は一種の言い間違いであり,どの言語の話者にも起こりうる.だが,多くの場合は単発の言い間違いで終わり,正規の語彙として定着することはまれである.
 我が家の子供の口から出た例で言うと,「ぼんおどり」が「どんぼり」になり,「マスク」が「マクス」となっている.直そうとしても本人は「どんぼり」「マクス」と言ってはばからないので,そのうちにこちらも影響され,言い間違いの形が我が家の標準形(方言形?)となってしまった.たまに外でも使いそうになるが,大体抑えられる.言い間違いが一般化するということはほとんどないのではないか.
 だが,まれなケースで,一般化するということもある.日本語では「あらたに」と「あたらしい」とでは,音位転換が起こっている.前者がより古い,由緒正しい形を残している.新井さんは,由緒正しい発音を残している名ということになる.また,「ふんいき」が「ふいんき」と発音されることが多いのも,音位転換である.
 英語史においても音位転換はよく起こっており,一般に定着した「言い間違い」も存在する.これは古英語と現代英語の形態を比べてみるとわかる.著名な例を挙げてみよう.母音と子音(特に <r> )の音位転換が多いようである.

 ・OE brid > PDE bird
 ・OE gærs > PDE grass (cf. Gmc *ȝrasam )
 ・OE hros > PDE horse (cf. Gmc *χursam )
 ・OE iernan > PDE run (cf. Gmc *renan )
 ・OE wæps > PDE wasp

 grass, horse, run については,ゲルマン祖語の再建形を仮定するのであれば,音位転換が二度おこって現代に至っていることがわかる.
 その他,音位転換を経た形態と経ていない形態が,関連語として現代英語に共存しているペアもある.現代英語の観点からは,こちらのほうが俄然おもしろい.

 ・brand : burn
 ・nutrition : nurture
 ・tax : task
 ・three, thrice : third, thirteen, thirty

 brand は「焼印」から「商標」へと意味を拡張させつつ現代に至っている.
 音位転換は,発音ミスにつけ込む話題ということだからなのか,あるいは皆それぞれ身に覚えがあることだからなのか,言語変化のなかでも,特に人気のある話題である.

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2009-06-22 Mon

#55. through の語源 [etymology][metathesis]

 二日間 through の話題が続いたが,今日も引き続き同じ単語について.
 この語は古英語では þurh という語形だった.現代英語での綴り字と比較してわかるのは,母音と <r> の位置がひっくり返っていることである.これは音位転換 ( metathesis ) とよばれる現象で,簡単にいえば言い間違いの類であるが,through のように標準形として定着した語も少なくない.
 先日見た後期中英語の515通りの綴り方を眺めていると,音位転換の起こっているものと起こっていないものが混在していることが分かる.
 through を英語史の話題として取り上げる場合,metathesis と並んでもう一つ「強形と弱形の分化」について触れたておきたい.この語は通常は強勢なしの「弱形」として発音されたが,副詞として「完全」の意味を強調したいときには強勢ありの「強形」として発音された.そして,強形として母音が余計に挿入されたものが,後に thorough として定着した.515通りの異綴りのなかには,確かに thorough やそれに類似する形態が確認される.
 したがって,本来 throughthorough は一つの単語の弱形と強形にすぎなかったわけだが,後に品詞や意味が分化し,別の語として定着したわけである.強弱の差によって互いに別の語となっている他の例としては,one / a(n)off / of などがある.

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