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subjunctive - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-05-26 13:57

2011-12-03 Sat

#950. Be it never so humble, there's no place like home. (3) [negative][syntax][subjunctive][assertion][expletive]

 [2011-12-01-1], [2011-12-02-1]の記事で議論してきた,譲歩表現 never so (= ever so) の問題を続ける.
 never soever so がほぼ同義であるということは一見すると理解しがたいが,nonassertion の統語意味的環境では,対立が中和することがある( nonassertion については[2011-03-07-1][2011-03-08-1]の記事を参照).例えば,Quirk et al. (Section 8.112 [p. 601]) は次のように言及し,例文を挙げている.

In nonassertive clauses ever (with some retention of temporal meaning) can replace never as minimizer; this is common, for instance, in rhetorical questions:

  Will they (n)ever stop talking? Won't they ever learn? (*Won't they never learn?)
  I wondered if the train would (n)ever arrive.


 最後の例文にあるように,動詞 wonder に続く if 節内では,肯定と否定の対立が中和されることが多い.節内が統語的に肯定であれば文全体に否定の含意が生じ,統語的に否定であれば肯定の含意が生じるともされるが,意味上の混同は免れない.wonder は「よくわからない」を含意するのであるから,結局のところ,続く if 節,whether 節は nonassertion の性質を帯びるということだろう.

 ・ He was beginning to wonder whether Gertrud was (not) there at all.
 ・ He's starting to wonder whether he did (not) the right thing in accepting this job.
 ・ I wonder if he is (not) over fifty.
 ・ I wonder if I'll (not) recognize him after all these years.
 ・ I wonder whether it was (not) wise to let her travel alone.


 ここで,be it never so humblebe it ever so humble の問題に戻ろう.条件節としての用法であるから,nonassertion の性質を帯びていることは間違いない.論理的には「どんなにみすぼらしくとも」という譲歩の意味に対応するのは be it ever so humble という統語表現だが,日本語でも「どんなにみすぼらしかろうが,なかろうが」と否定表現を付加することができるように,英語でも or never の気持ちが付加されたとしても不思議はない.英語では,or により選言的に否定が付加されるというよりは,否定によって肯定が完全に置換された結果として be it never so humble が生じたのではないか.
 言い換えれば,never の否定接頭辞 n(e)- は,統語意味論で 虚辞 (expletive) と呼ばれているものに近い.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2011-12-02 Fri

#949. Be it never so humble, there's no place like home. (2) [negative][syntax][subjunctive]

 昨日の記事[2011-12-01-1]の続編.be it never so humble という表現で,なぜ「どんなにみすぼらしくとも」 (= "no matter how humble it may be") の意味が生じるのかについて,疑問を呈した.
 この問題を考えるに当たって,『新英和大辞典第6版』で never so の同用法について ever so と同義であるという記述があること,OED の対応する記述に "(Cf. EVER 9b.)" とあることが注目に値する.OEDever の項を見てみると,次のようにある.

ever so: prefixed in hypothetical sentences to adjs. or advbs., with the sense 'in any conceivable degree'. Sometimes ellipt. = 'ever so much'; also dial. in phrases like were it ever so, = 'however great the need might be'. Similarly, ever such (a).
 This expression has been substituted, from a notion of logical propriety, for never so, which in literary use appears to be much older, and still occurs arch., though app. not now known in dialects. See NEVER.


 つまり,驚くことに be it never so humblebe it ever so humble は同義ということになる.ever を用いた統語表現の初例は1690年で,never のものより5世紀半以上も遅れての出現だ.現代英語にも例はある.if I were ever so richHome is home, be it ever so humble などがあり,確かに neverever は交替可能である.また,BNCWeb で "be it never so" を検索すると,6例のみではあるが得られた.その中から文脈の比較的わかりやすかった3例を挙げよう.

 ・ In a field that is patchy in space and time, be it ever so small, we may expect that the populations of a species such as white clover will, at any time, reflect selective forces from its past.
 ・ If the cause is a self-replicating entity, the effect, be it ever so distant and indirect, can be subject to natural selection.
 ・ . . . each had his or her part to play, be it ever so humble.


 never soever so が交替可能であるというところまでは明らかになったが,では,なぜそうなのか.上の OED からの引用文の2段落目に,疑問を解く鍵が隠されているように思える.論理的には ever so のように肯定の強めでないと妙である,と昨日の記事でも触れたが,同じ感覚は OED の編者にも共有されていたことが "substituted, from a notion of logical propriety" からわかる.never so は論理的には適切に説明づけられないということになれば,では,なぜこの表現が生まれ得たのか.事実としては,より古くに生まれ,特に中英語では盛んに用いられたのであるから,やはり謎は謎のままである.
 しかし,ever sonever so のほかにも,論理的には相反するはずの肯定版と否定版が,ほぼ同義となる統語的文脈というものが存在する.明日の記事で,改めてこの問題に迫ろう.

Referrer (Inside): [2011-12-03-1]

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2011-12-01 Thu

#948. Be it never so humble, there's no place like home. (1) [proverb][negative][syntax][subjunctive][pchron]

 標記の文のような,譲歩を表わす特殊な表現が現代英語にある.前半部分が "however humble" あるいは "no matter how humble" ほどの意味に相当する,仮定法現在を用いた倒置表現だ.倒置を含まずに,ifthough を用いたり,仮定法過去を用いたりすることもある.OED の定義としては,"never" の語義4として以下のようにある.

never so, in conditional clauses, denoting an unlimited degree or amount.


 以下に,辞書やコーパスから例文を挙げてみよう.

 ・ She would not marry him, though he were never so rich.
 ・ Some vigorous effort, though it carried never so much danger, ought to be made.
 ・ Were the critic never so much in the wrong, the author will have contrived to put him in the right.
 ・ 'I am at home, and that is everything.' Be it never so gloomy --- is there still a sofa covered with black velvet?


 辞書では《古》とレーベルが貼られているし,BNCWeb で "be it never so" を検索するとヒットは7例のみである.いずれにせよ,頻度の高い表現ではない.
 倒置や仮定法を用いるということであれば,古い英語ではより多く用いられたに違いない.実際に中英語ではよく使われた表現で,MED, "never" 2 (b) には幾多の例が挙げられている.定義は以下の通り.


(b) ~ so, with adj. or adv.: to whatever degree; extremely; ~ so muchel (mirie, hard, wel, etc.), no matter how much, however much, etc.; also with noun: if he be ~ so mi fo, however great an enemy he may be to me;


 OED によると,この表現の初例は12世紀 Peterborough Chronicle の1086年の記事ということなので,相当に古い表現ではある.

Nan man ne dorste slean oðerne man, næfde he nævre swa mycel yfel ȝedon.


 中英語最初期から現代英語まで長く使われてきた統語的イディオムだが,なぜ上記の意味が生じてくるのか理屈がよく分からない.否定の never と譲歩が合わされば,「たとえ?でないとしても」と実際とは裏返しの意味になりそうなところである.

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2010-12-06 Mon

#588. whatsoever を「複合関係代名詞」と呼ぶことについて [relative_pronoun][syntax][chaucer][subjunctive][terminology]

 授業で Chaucer の "The Physician's Tale" を読んでいて,ll. 187--88 で現代英語にも見られる譲歩表現に出会った(引用は The Riverside Chaucer より).

She nys his doghter nat, what so he seye.
Wherfore to yow, my lord the juge, I preye,


 悪徳裁判官 Apius に乗せられた町の悪漢 Claudius が,騎士 Virginius からその娘 Virginia を奪い取るために法廷ででっち上げの訴えを起こしている箇所である.「Virginius が何と言おうと,Virginia は奴の娘ではない」という行である.what so he seye は現代英語でいう whatsoever he may say に相当し,譲歩を表わす副詞節である.譲歩の文なので,Chaucer では seye と接続法の活用形 ( subjunctive form ) が用いられている.
 ここで現代英語の what(so)ever についても言及したところ,現代英文法ではなぜこれを「複合関係代名詞」 ( compound relative pronoun ) と呼ぶのかという質問があった.これの何がどう関係代名詞なのかという問題である.何か別のよい用語はないものかという疑問だが,これを考えるに当たっては,まず現代英文法の「関係詞」 ( relative ) の分類から議論を始めなければならない.これ自体に様々な議論があり得るが,今回は『現代英文法辞典』 "relative" に示される分類に従い,「複合関係代名詞」という呼称の問題を考えてみたい.
 最も典型的な関係詞として想起されるのは who, which, that; whose; when, where 辺りだろう.関係代名詞 ( relative pronoun ) に絞れば,who, which 辺りがプロトタイプということになるだろう.いずれの関係代名詞も先行詞 ( antecedent ) を取り,先行詞を含めた全体が名詞句として機能する ( ex. a gentleman who speaks the truth, a grammatical problem which we cannot solve easily ) .つまり,典型的な関係代名詞は「先行詞の明示的な存在」と「全体が名詞句として機能する」の2点を前提としていると考えられる.
 しかし,『現代英文法辞典』の分類を参照する限り,この2点は関係代名詞の必要条件ではない.一般に関係詞には,先行詞を明示的に取るものと取らないものとがある.前者を単一関係詞 ( simple relative ) ,後者を複合関係詞 ( compound relative ) と呼び分けている.複合関係詞は先行詞を明示的に取らないだけで,関係詞中に先行詞を埋め込んでいると理解すべきもので,whatwhat(so)ever がその代表例となる.(注意すべきは,ここで形態的に複合語となっている what(so)ever のことを what などに対して「複合」関係詞と呼ぶわけではない.しかし,このように形態的な複合性を指して「複合」関係詞と呼ぶケースもあり,混乱のもととなっている.)
 関係代名詞に話しを絞ると,複合関係代名詞のなかでも一定の先行詞をもたない what のタイプは自由関係代名詞 ( free relative pronoun ) ,指示対象が不定のときに使用される what(so)ever のタイプは不定関係代名詞 ( indefinite relative pronoun ) として分類される.さらに後者は,名詞節として機能する典型的な用法と,譲歩の副詞節として機能する周辺的な用法に分けられる.ここにいたってようやく what(so)ever he may say の説明にたどりついた.この what(so)ever は,正確にいえば「(複合)不定関係代名詞の譲歩節を導く用法」ということになろう.
 先にも述べたとおり,この用法の what(so)ever は,先行詞を明示的に取らないし,全体が名詞句として機能していないし,典型的な関係代名詞の振る舞いからは遠く隔たっている.その意味で複合関係代名詞という呼称が適切でないという意見には半分は同意する.しかし,この what(so)ever を典型的な関係代名詞と関連付け,その周辺的な用法として分類すること自体は,それなりに妥当なのではないだろうか.より適切な用語を提案するには広く関係詞の分類の問題に首を突っ込まなければならず,本記事では扱いきれないが,大きな問題につながり得る興味深い話題だろう.

 ・ 荒木 一雄,安井 稔 編 『現代英文法辞典』 三省堂,1992年.

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2010-04-07 Wed

#345. "mandative subjunctive" を取り得る語のリスト [subjunctive]

 "mandative subjunctive" の話題については本ブログでも[2010-03-19-1], [2010-03-18-1], [2009-08-17-1]などで何度か扱った.今後もこの問題に迫るかもしれないので,今回は,現代英語において後続する that 節の動詞に「仮定法現在」を要求しうる語をできる限り多くリストしたい.基本的には浦田先生の論文 (126--27) にある,Quirk et al. の諸例から整理された単語リストがベースになっているが,他の文献で触れられているものも追加した.いずれも仮定法を必ず要求する語ではなく,要求しうる語のリストとして理解されたい.

(1) verbs: advise, agree, allow, arrange, ask, beg, command, concede, decide, decree, demand, desire, determine, enjoin, entreat, insist, instruct, intend, move, ordain, order, pledge, pray, prefer, pronounce, propose, recommend, request, require, resolve, rule, stipulate, stress, suggest, urge, vote

(2) adjectives: advisable, appropriate, anxious, compulsory, crucial, desirable, eager, essential, expedient, fitting, imperative, important, impossible, improper, insistent, keen, necessary, obligatory, preferable, proper, urgent, vital, willing

(3) nouns: advice, agreement, arrangement, command, decision, decree, demand, desire, determination, entreaty, insistence, instruction, intention, motion, order, pledge, preference, proposal, recommendation, regulation, request, requirement, resolution, resolve, rule, ruling, stipulation, suggestion, urging, vote, wish

 (3) にはここに挙げているもののほかにも,一般に(1)(2)の語に対応する名詞形を加えてもよいかもしれない.

 ・ 浦田 和幸 「現代イギリス英語に於ける Mandative Subjunctive の用法」 『帝京大学文学部紀要 英語英文学・外国語外国文学』18号,1987年,123--36頁.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
 ・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum, eds. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002. 999.
 ・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.458--59, 557--58頁.

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2010-03-19 Fri

#326. The subjunctive forms die hard. [subjunctive][drift]

 昨日の記事[2010-03-18-1]で,mandative subjunctive がアメリカ英語のみならずイギリス英語でも勢いを増してきていることに触れた.英語史の大きな流れからすると,屈折の種類は減少する方向へ推移し続けていくだろうと予想されるところだが,mandative subjunctive が拡大している状況を知ると,大きな流れのなかの小さな逆流を見ているかのようである.100年以上も前,Bradley は英語史の流れを意識して,次のような予測を立てていた.

The only formal trace of the old subjunctive still remaining, except the use of be and were, is the omission of the final s in the third person singular of verbs. And even this is rapidly dropping out of use, its only remaining function being to emphasize the uncertainty of a supposition. Perhaps in another generation the subjunctive forms will have ceased to exsit except in the single instance of were, which serves as a useful function, although we manage to dispense with a corresponding form in other verbs.


 約100年後の現在,Bradly の予測がみごとに外れたことがわかる.ではなぜ,しばしば drift と呼ばれる英語の屈折衰退の傾向に対して,逆行するかのような言語変化が起こっているのか.これは今後の研究課題であるが,英米差であるとか米から英への影響であるとか以外にも,考えるべきパラメータは多そうである.浦田和幸先生の論文を読んだが,そこから思いつく限りでも,以下のパラメータが関与している可能性がある.

 ・ that 節を従える動詞の語義(特に insist, suggest などは factive な語義と suasive な語義が区別されるべき)
 ・ that 節内の動詞が,be 動詞か一般動詞か(一般に be 動詞の頻度が高いといわれる)
 ・ 文が否定文かどうか
 ・ 文が疑問文かどうか
 ・ that 節内の benot で否定されている場合の,両者の統語的な前後関係
 ・ 話者の年齢
 ・ 語用の formality
 ・ that 節内の主語(動作主)の volition
 ・ that 節を従える動詞から派生した名詞とともに使われる mandative subjunctive の頻度

 ・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. 95. New York: Macmillan, 1904.
 ・ 浦田 和幸 「現代イギリス英語に於ける Mandative Subjunctive の用法」 『帝京大学文学部紀要 英語英文学・外国語外国文学』18号,1987年,123--36頁.

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2010-03-18 Thu

#325. mandative subjunctiveshould [ame_bre][subjunctive]

 現代英語において,特定の動詞や形容詞と関連づけられた that 節内の動詞が接続法 ( subjunctive mood ) の屈折形態をとるという文法がある.学校文法で一般に仮定法現在 ( subjunctive present ) と呼ばれている現象である.特に,このような that 節内に現れるケースを mandative subjunctive と呼ぶ.
 この話題については[2009-08-17-1]で軽く触れた.またその使用頻度の英米差については[2010-03-08-1], [2010-03-05-1]で触れた.かいつまんでいえば,AmE ではいまなお接続法が一般的だが,BrE では代わりに should を用いることが多い.しかし,AmE の影響で BrE でも接続法の使用が増えてきている.
 学校文法では,AmE 型の mandative subjunctive は BrE 型の should の省略であると説明されることがある.

 AmE: I advised that John read more books.
 BrE: I advised that John should read more books.


 共時的には省略であるとする記述も可能なのかもしれないが,歴史的にはこの記述は不適当である.歴史的には,現代の AmE 型の subjunctive のほうが古い.古英語以来 Shakespeare の時代でも,mandative subjunctive は広く使われていた.この Shakespeare 時代の用法がそのままアメリカに渡り,AmE では現在まで変わらずに受け継がれているのである.一方,BrE では Shakespeare より後の時代に mandative subjunctive の用法が廃れ,当該の動詞形が不定詞形と再解釈されたうえで,直前に法助動詞 should が挿入されたのである.
 したがって,歴史的にみれば,AmE 型の mandative subjunctive の使用は should の省略などではまったくない.むしろ正反対で,BrE 型の should こそが後付の挿入なのである.[2010-03-08-1]でも触れたが,この例は AmE が保守的で BrE が革新的であるという,一見すると意外な例の一つである.
 こうした歴史的経緯を踏まえると,現在 BrE でも mandative subjunctive が復活しつつあるという状況が俄然おもしろく見えてくるだろう.

 ・ 児馬 修 『ファンダメンタル英語史』 ひつじ書房,1996年.60--65頁.

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2009-08-17 Mon

#112. フランス・ラテン借用語と仮定法現在 [subjunctive][loan_word][lexicology][syntax][lexical_diffusion]

 フランス語やラテン語からの借用語については,これまでの記事でも何度も触れてきた.現代英語の借用語彙全体に占めるフランス・ラテン借用語の割合は実に52%に及び[2009-08-15-1],とりわけ重要な語種であることは論をまたない.起源によって分かれる「語種」は,語彙論,意味論,形態論,音素配列論の観点から取りあげられることの多い話題だが,統語論との接点についてはあまり注目されていないように思う.今回は,フランス・ラテン借用語と仮定法(接続法) ( subjunctive mood ) の関連について考えてみる.
 現代英語には,特定の形容詞・動詞が,後続する that 節の動詞に仮定法現在形を要求する構文がある.

 ・It is important that he attend every day.
 ・I suggested that she not do that.

 このような構文では,that 節内の動詞は,仮定法現在(歴史的にいうところの接続法現在)の形態をとる.現代英語においては,事実上,仮定法現在形は原形と同じであり,be 動詞なら be となる.一般にこのような接続法構文はアメリカ英語でよく見られるといわれる.イギリス英語では,that 節内の動詞の直前に法助動詞 should が挿入されることが多いが,最近はアメリカ英語式に接続法の使用も多くなってきているようだ.また,イギリス英語では,口語では直説法の使用も多くなってきているという.
 いずれにしても,この特徴ある構文を支配しているのは,先行する特定の形容詞や動詞であり,その種類はおよそ網羅的に列挙できる.

 ・形容詞(話し手の要求・勧告や願望などの意図を間接的に示すもの)
  advisable, crucial, desirable, essential, expedient, imperative, important, necessary, urgent, vital

 ・形容詞(適切さを示すもの)
  appropriate, fitting, proper

 ・動詞(提案・要望・命令・決定などを示すもの)
  advise, agree, arrange, ask, command, demand, decide, desire, determine, insist, move, order, propose, recommend, request, require, suggest, urge

 そして,この閉じた語類のリストを眺めてみると,興味深いことに,赤で記した fitting (語源不詳)と ask (英語本来語)以外はいずれもフランス・ラテン借用語なのである.なぜこのように語種が偏っているのか,歴史的な説明がつけられるのか,調査してみないとわからないが,語種と統語論の関係についてはもっと注意が払われてしかるべきだろう.
 語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) という理論でも,統語変化を含め,言語の変化は,語彙のレイヤーごとに順次ひろがってゆくことがわかってきている.現代英語の仮定法現在の構文を歴史的に研究することは,言語変化と語種の関係を考える上でも意義がありそうである.

 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 106.
 ・Bahtchevanova, Mariana. "Subjunctives in Middle English." SHEL 5 paper. 2005.

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