日本の英語教育の世界では,「JACET 8000」という語彙集がよく用いられる.各語に1--8の語彙レベルが付されており,英文テキストの難易度判定や教材研究・開発などに使われる.ほかにも,類似した目的で SVL12000 や WLC などの語彙集が存在するが,それぞれの特徴については,染谷泰正氏のベース辞書についてに,次のようにある.
JACET8000 は大学英語教育学会基本語改訂委員会が編纂した学習語彙リストで,「British National Corpus と日本人英語学習者の環境を踏まえて独自に作成されたサブコーパスに準拠し,かつ中高の教育現場の状況にも配慮」して作成されたもので,「日本人英語学習者のための科学的教育語彙表」として評価を得ています.詳しくは『大学英語教育学会基本語リストJACET List of 8000 Basic Words』(大学英語教育学会基本語改訂委員会/2003年)を参照してください.
SVL12000(「標準語彙水準12000」)は株式会社アルクが独自に開発した語彙リストで,「ネイティブスピーカーの「使用頻度」をベースにしながら,日本人学習者にとっての「有用性」「重要性」を考慮して編集」したもので,既存の学習語彙表ではカバーされていない上級?最上級レベルの語彙(Level 8 ? Level 12)が含まれているのが特徴です.
WLC ベース辞書 は「AWK による語彙レベル分布計測プログラム」(染谷 1998) において作成されたもので,ビジネス英語の分析用に特化した約35,000語の見出し語からなる語彙リストです.詳しくは ここを参照してください.なお,WLC ベース辞書で使用されている品詞タグの種類についてはここを参照してください.
染谷氏の提供するオンライン版 Word Level Checker(英文語彙難易度解析プログラム)では,テキストボックスに英文を投げ込むと,語彙レベルごとのテキストカバー率を返してくれる.ベース辞書としては,JACET8000, SVL12000, WLC (Ver.02) のいずれかを選択することができる.
特に JACEL 8000 をベースとした類似ツールとしては,JACET 8000 TOOLS からいくつかのものにアクセスできる.
・ JACET 8000 LEVEL ANALYZER: 英文を投げ込むと,単語を見出し語化したうえで語彙レベルごとのテキストカバー率を返してくれる.プログラムの仕様や使用例については,清水伸一氏による JACET 8000 付属CD-ROM のプログラムデータ使用法が参考になる.
・ JACET 8000 LEVEL MARKER: 英文を投げ込むと,各単語にレベルを表わすタグ (1--8) をつけてカラー表示してくれる.
・ JACET 8000 Measuring Vocabulary: 語彙力診断テスト.「#833. 語彙力診断テスト」 ([2011-08-08-1]) で紹介した Test Your Vocab も参照.
関連して,その他の英語語彙頻度表については「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) を参照.
英単語の頻度に関連する諸研究(Betty Phillips など)で,CELEX という語彙データベースが使用されているのを見かけることがある.現在取りかかっている研究で,巨大コーパスに基づいた信頼できる語彙頻度統計が必要になったので,郵送料込みで350ドルするこの高価なデータベースを入手してみた.現行版は第2版であり,CELEX2 として購入できる.(なお,予想していなかったが,入手した CD-ROM には,LDC99T42 というデータベースも含まれていた.ここには tagged Brown Corpus, Wall Street Journal, Switchboard tagged など Treebank 系のコーパスが入っている.)
さて,CELEX2 には,英語語彙に関する複数のデータベースが納められている.それぞれのデータベースには,正書法,音韻,音節,形態,統語の各観点から,見出し語 (lemma) あるいは語形 (wordform) ごとに,ソース・コーパス内での頻度等の情報が格納されている.具体的には,次の11のデータベースが利用可能である.
ect (English Corpus Types)
efl (English Frequency, Lemmas)
efs (English Frequency, Syllables)
efw (English Frequency, Wordforms)
eml (English Morphology, Lemmas)
emw (English Morphology, Wordforms)
eol (English Orthography, Lemmas)
eow (English Orthography, Wordforms)
epl (English Phonology, Lemmas)
epw (English Phonology, Wordforms)
esl (English Syntax, Lemmas)
見出し語あるいは語形ごとの token 頻度の取り出しに強いデータベースという認識で購入したが,実際には,含まれている情報の種類は驚くほど豊富で,11のデータベースすべてを合わせたフィールド数はのべ250以上に及ぶ.行数は efl で52,447行,efw で160,595行という巨大さだ.検索用の SQLite DB をこしらえたら,容量にして90MBを超えてしまった.
CELEX2 のソースは,辞書情報については Oxford Advanced Learner's Dictionary (1974) 及び Longman Dictionary of Contemporary English (1978) であり,頻度情報については 1790万語からなる COBUILD/Birmingham corpus である.このコーパスの構成は,1660万語 (92.74%) が書き言葉コーパス,130万語 (7.26%) が話し言葉コーパスで,前者を構成する284テキストのうち44テキスト (15.49%) がアメリカ英語である.しかし,これらのアメリカ英語はほとんどがイギリス英語の綴字に直されていることに注意したい.
CELEX2 における "lemma" の定義は,以下の5点に依存する.
(1) orthography of the wordforms: peek vs peak
(2) syntactic class: meet (adj.) vs meet (adv.)
(3) inflectional paradigm: water (v.) vs water (n.)
(4) morphological structure: rubber (someone or something that rubs) vs rubber (the elastic substance)
(5) pronunciation of the wordforms: recount [ˈriː-kaʊnt] vs recount [rɪ-ˈkaʊnt]
したがって,通常異なる lexeme として扱われる bank (土手)と bank (銀行)などは,CELEX2 では同一の lemma として扱われているので注意が必要である.
このように CELEX2 は非常に強力な語彙頻度データベースだが,その他にも語彙頻度研究に資するデータベースやツールは存在する.本ブログで触れたものとしては,frequency statistics lexicology の各記事や,特に以下の記事が参考になるだろう.
・ 「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1])
・ 「#607. Google Books Ngram Viewer」 ([2010-12-25-1])
・ 「#708. Frequency Sorter CGI」 ([2011-04-05-1])
・ 「#1159. MRC Psycholinguistic Database Search」 ([2012-06-29-1])
・ Baayen R. H., R. Piepenbrock and L. Gulikers. CELEX2. CD-ROM. Philadelphia: Linguistic Data Consortium, 1996.
英語史では,特定の作家や作品がその後の英語の発展において大きな役割を果たしたと明言できる例は多くないということが言われる.そのなかで,初期近代英語を代表する Shakespeare や The King James Bible は例外だと言われることもある.そこに現われる多くの語彙や表現が,現代英語に伝わっており,広く用いられているからだ.確かに,質においても量においても,この両者の影響は他の作家や作品を圧倒している.
ここから連想されるのは,後期中英語の Chaucer の英語史上,特に英語語彙史上の意義を巡る議論である.「#257. Chaucer が英語史上に果たした役割とは?」 ([2010-01-09-1]), 「#298. Chaucer が英語史上に果たした役割とは? (2) 」 ([2010-02-19-1]), 「#524. Chaucer の用いた英語本来語 --- stevene」 ([2010-10-03-1]) で見たとおり,最近の議論では,中英語におけるフランス語借用の重要な部分を Chaucer に帰する従来の見解に対する慎重論が出されている.借用語を英語文献に初出させるのはほぼ常に個人だが,そうだからといってその個人が英語語彙史上の栄光を独り占めにしてよいということにはならない.借用熱に浮かされた時代に生まれ,書く機会とある程度の文才があれば,ある借用語を初出させること自体は可能である.多くの場合,語彙の初出に関わる個人の貢献は,その個人そのものに帰せられるべきというよりは,そのような個人を輩出させた時代の潮流に帰せられるべきだろう.特に,そのような個人が複数現われる時代には,なおさらである.
Utopia (1516) を著わした Sir Thomas More (1478--1535) や The Boke named the Governour (1531) を著わした Sir Thomas Elyot (c1490--1546) がその例として挙げるにふさわしいかもしれない.Baugh and Cable (229) によれば,More は次のような借用語(あるいはその特定の語義)を初出させた.
absurdity, acceptance, anticipate, combustible, compatible, comprehensible, concomitance, congratulatory, contradictory, damnability, denunciation, detector, dissipate, endurable, eruditely, exact, exaggerate, exasperate, explain, extenuate, fact, frivolous, impenitent, implacable, incorporeal, indifference, insinuate, inveigh, inviolable, irrefragable, monopoly, monosyllable, necessitate, obstruction, paradox, pretext
一方,Elyot は以下の語彙を導入した.
accommodate, adumbrate, adumbration, analogy, animate, applicate, beneficence, encyclopedia, exerp (excerpt), excogitate, excogitation, excrement, exhaust, exordium, experience (v.), exterminate, frugality, implacability, infrequent, inimitable, irritate, modesty, placability
赤字で示したものは,「#708. Frequency Sorter CGI」([2011-04-05-1]) にかけて,頻度にして800回以上現われる上位6318位までに入る語である.当時難語と言われた可能性があるというのが信じられないほどに,現在では普通の語だ.
Baugh and Cable (230) は,この2人の人文主義者の語彙的貢献を,上に述べた私の見解とは異なり,ともすると全面的に個人に帰しているように読める.
So far as we now know, these words had not been used in English previously. In addition both writers employ many words that are recorded from only a few years before. And so they either introduced or helped to establish many new words in the language. What More and Elyot were doing was being done by numerous others, and it is necessary to recognize the importance of individuals as "makers of English" in the sixteenth and early seventeenth century.
しかし,最後の "the importance of individuals as "makers of English" in the sixteenth and early seventeenth century" が意味しているのはある特定の時代に属する複数の個人の力のことであり,私の述べた「そのような個人を輩出させた時代の潮流に帰せられる」という見解とも矛盾しないようにも読める.
この問題は,時代が個人を作るのか,個人が時代を作るのかという問題なのだろうか.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) の記事で,この時代の英語が抱えていた3つ目の問題として "the enrichment of the vocabulary so that it would be adequate to meet the demands that would be made upon it in its wiser use" を挙げた.この3日間の記事 ([2013-03-05-1], [2013-03-06-1], [2013-03-07-1]) で,古典語からの大量の語彙借用という潮流によって反動的に引き起こされたインク壺語論争や純粋主義者による古語への回帰の運動について見てきた.異なる陣営から "inkhorn terms" や "Chaucerisms" への批判がなされたわけだが,もう1つ,あまり目立たないのだが,槍玉に挙げられた語彙がある."oversea language" と呼ばれる,ラテン語やギリシア語以外の言語からの借用語である.大量の古典語借用へと浴びせられた批判のかたわらで,いわばとばっちりを受ける形で,他言語からの借用語も非難の対象となった.
「#151. 現代英語の5特徴」 ([2009-09-25-1]) や「#110. 現代英語の借用語の起源と割合」で触れたように,現代英語は約350の言語から語彙を借用している.初期近代英語の段階でも英語はすでに50を超える言語から語彙を借用しており (Baugh and Cable, pp. 227--28) ,「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]) で見たように,ラテン語とギリシア語を除けば,フランス語,イタリア語,スペイン語が優勢だった.
以下,Baugh and Cable (228--29) よりロマンス諸語からの借用語を示そう.まずは,フランス語から入った借用語のサンプルから.
alloy, ambuscade, baluster, bigot, bizarre, bombast, chocolate, comrade, detail, duel, entrance, equip, equipage, essay, explore, genteel, mustache, naturalize, probability, progress, retrenchment, shock, surpass, talisman, ticket, tomato, vogue, volunteer
次に,イタリア語からは建築関係の語彙が多い.赤字のものはフランス語化して入ってきたイタリア語起源の語である.
algebra, argosy, balcony, battalion, bankrupt, bastion, brigade, brusque, cameo, capricio (caprice), carat, cavalcade, charlatan, cupola, design, frigate, gala, gazette, granite, grotesque, grotto, infantry, parakeet, piazza, portico, rebuff, stanza, stucco, trill, violin, volcano
スペイン語(およびポルトガル語)からは,海事やアメリカ植民地での活動を映し出す語彙が多い.赤字はフランス語化して入ったもの.
alligator, anchovy, apricot, armada, armadillo, banana, barricade, bastiment, bastinado, bilbo, bravado, brocade, cannibal, canoe, cavalier, cedilla, cocoa, corral, desperado, embargo, escalade, grenade, hammock, hurricane, maize, mosquito, mulatto, negro, palisade, peccadillo, potato, renegado, rusk, sarsaparilla, sombrero, tobacco, yam
上に赤字で示したように,フランス語経由あるいはフランス語化した形態で入ってきた語が少なからず確認される.これは,イタリア語やスペイン語から,同じような語彙が英語へもフランス語へも流入したからである.その結果として,異なるロマンス諸語の語形が融合したかのようにみえる例が散見される.例えば,英語 galleon は F. galion, Sp. galeon, Ital. galeone のどの語形とも一致しないし,gallery もソースは Fr. galerie, Sp., Port., Ital. galeria のいずれとも決めかねる.同様に,pistol は F. pistole, Sp., Ital. pistola のいずれなのか,cochineal は F. cochenille, Sp. cochinilla, Ital. cocciniglia のいずれなのか,等々.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
昨日の記事「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1]) ほか inkhorn_term の各記事で,初期近代英語期あるいはルネサンス期のインク壺語批判を眺めてきた.ラテン語やギリシア語からの無差別な借用を批判する論者としては,「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) で触れたように,Sir John Cheke (1514--57), Roger Ascham (1515?--68), Sir Thomas Chaloner, Thomas Wilson (1528?--81) などの名前が挙がるが,このなかでも Cheke のような論者はその反動で純粋主義に走り,本来語への回帰を主張した.新しい語彙が必要なのであれば,誰にでもわかる本来語要素を用いた造語を用いるのが得策であり,小難しい借用語など百害あって一利なしだという考えだ.同じ考えをもち,ともに古典語学者である Ascham とともに,Cheke はこの時期における簡潔にして明快な英語の書き手として評価されている.
例えば,Cheke はマタイ伝の翻訳にあたって,欽定訳聖書 (The King James Bible) では借用語が使われているところで,本来語に由来する語を用いた.lunatic に対して mooned,publican に対して toller,その他 hundreder (centurion), foresayer (prophet), byword (parable), freshman (proselyte), crossed (crucified), gainrising (resurrection) .まさに purist らしい,古色蒼然たるゲルマン語への回帰だ.
Cheke のような人物とはやや異なる動機づけで,詩人たちもまた古語への回帰を示す傾向が強かった.ラテン語彙があふれる時代にあって,Chaucer 時代への憧憬が止みがたかったのだろうか,Edmund Spenser (1552/53--99) は "Chaucerism" とも呼ばれる古語への依存を強めた詩人として知られる.Horace の翻訳者 Thomas Drant や,John Milton (1608--74) も古語回帰の気味があった.彼らの詩においては,astound, blameful, displeasance, enroot, forby (hard by, past), empight (fixed, implanted), natheless, nathemore, mickle, whilere (a while before) などの本来語が復活した.ほかにも,ゲルマン語要素を(少なくとも部分的に)もとにした(と想定される)語形成や古語としては以下のものがある.
askew, baneful, bellibone (a fair maid), belt, birthright, blandishment, blatant, braggadocio, briny, changeful, changeling, chirrup, cosset (lamb), craggy, dapper, delve (pit, den), dit (song), don, drear, drizzling, elfin, endear, enshrine, filch, fleecy, flout, forthright, freak, gaudy, glance, glee, glen, gloomy, grovel, hapless, merriment, oaten, rancorous, scruze (squeeze, crush), shady, squall (to cry), sunshiny, surly, wakeful, wary, witless, wolfish, wrizzled (wrinkled, shriveled)
これらの純粋主義者による反動的な運動は,それ自体も批判を浴びることがあったが,上記語彙のなかには,現在,一般的に用いられているものも含まれている.インク壺批判には,英語語彙史上,このように生産的な側面もあったことを見逃してはならない.以上,Baugh and Cable (230--31) を参照して記述した.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
昨日の記事「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1]) ほか inkhorn_term の各記事で,初期近代英語期に大量に流入した古典語由来の小難しい借用語の話題を扱ってきた.「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) で挙げたように,当時は「インク壺語」と揶揄されながらも,現代にまで生き残った有用な語も多い.一方で,現代にまで伝わらなかった語も少なくない.今回は,Baugh and Cable (223--24, 226) から,生き残った語彙とほぼ死に絶えた語彙の例をさらに追加したい.
まずは生き残った語彙のサンプルを,名詞,形容詞,動詞の順に挙げる.大半はラテン語由来だが,赤字で示したようにギリシア語由来のもの(ラテン語を経由したものを含む)も多い.
acme, allurement, allusion, anachronism, antipathy, antithesis, atmosphere, autograph, capsule, catastrophe, chaos, chronology, climax, crisis, criterion, democracy, denunciation, dexterity, disability, disrespect, dogma, emanation, emphasis, encyclopedia, enthusiasm, epitome, excrescence, excursion, expectation, halo, idiosyncrasy, inclemency, jurisprudence, lexicon, misanthrope, parasite, parenthesis, pathetic, pneumonia, scheme, skeleton, system, tactics, thermometer
abject, agile, anonymous, appropriate, caustic, conspicuous, critic, dexterous, ephemeral, expensive, external, habitual, hereditary, heterodox, impersonal, insane, jocular, malignant, polemic, tonic
adapt, alienate, assassinate, benefit, consolidate, disregard, emancipate, eradicate, erupt, excavate, exert, exhilarate, exist, extinguish, harass, meditate, ostrasize, tantalize
次に,死語あるいは事実上の廃用となったもののサンプルを,名詞,形容詞,動詞の順に,語義とともに挙げる.
adminiculation (aid), appendance (appendage), assation (roasting), discongruity (incongruity), mansuetude (mildness)
aspectable (visible), eximious (excellent, distinguished), exolete (faded), illecebrous (delicate, alluring), temulent (drunk)
approbate (to approve), assate (to roast), attemptate (to attempt), cautionate (to caution), cohibit (to restrain), consolate (to console), consternate (to dismay), demit (to send away), denunciate (to denounce), deruncinate (to weed), disaccustom (to render unaccustomed), disacquaint (to make acquainted), disadorn (to deprive of adornment), disquantity (to diminish), emacerate (to emaciate), exorbitate (to stray from the ordinary course), expede (to accomplish, expedite), exsiccate (to desiccate), suppeditate (to furnish, supply)
湯水の如き借用は実験的な借用ともいうことができる.実験的な性格は,現在も用いられている effective, effectual に加えて,effectful, effectuating, effectuous などがかつて使われていた事実からも知れるだろう.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
16世紀のインク壺語 (inkhorn term) を巡る問題の一端については,昨日の記事「#1407. 初期近代英語期の3つの問題」 ([2013-03-04-1]) 以前にも,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) ,「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]) ほか inkhorn_term の各記事で触れてきた.インク壺語批判の先鋒としては,[2010-11-24-1]で引用した The Arte of Rhetorique (1553) の著者 Thomas Wilson (1528?--81) が挙げられるが,もう1人挙げるとするならば Sir John Cheke (1514--57) がふさわしい.Cheke は自らがギリシア語学者でありながら,古典語からのむやみやたらな借用を強く非難した.同じくギリシア語学者である Roger Ascham (1515?--68) も似たような態度を示していた点が興味深い.Cheke は Sir Thomas Hoby に宛てた手紙 (1561) のなかで,純粋主義の主張を行なった(Baugh and Cable, pp. 217--18 より引用).
I am of this opinion that our own tung shold be written cleane and pure, unmixt and unmangeled with borowing of other tunges, wherin if we take not heed by tijm, ever borowing and never payeng, she shall be fain to keep her house as bankrupt. For then doth our tung naturallie and praisablie utter her meaning, when she bouroweth no counterfeitness of other tunges to attire her self withall, but useth plainlie her own, with such shift, as nature, craft, experiens and folowing of other excellent doth lead her unto, and if she want at ani tijm (as being unperfight she must) yet let her borow with suche bashfulnes, that it mai appeer, that if either the mould of our own tung could serve us to fascion a woord of our own, or if the old denisoned wordes could content and ease this neede, we wold not boldly venture of unknowen wordes.
Erasmus の Praise of Folly を1549年に英訳した Sir Thomas Chaloner も,インク壺語の衒学たることを揶揄した(Baugh and Cable, p. 218 より引用).
Such men therfore, that in deede are archdoltes, and woulde be taken yet for sages and philosophers, maie I not aptelie calle theim foolelosophers? For as in this behalfe I have thought good to borowe a littell of the Rethoriciens of these daies, who plainely thynke theim selfes demygods, if lyke horsleches thei can shew two tongues, I meane to mingle their writings with words sought out of strange langages, as if it were alonely thyng for theim to poudre theyr bokes with ynkehorne termes, although perchaunce as unaptly applied as a gold rynge in a sowes nose. That and if they want suche farre fetched vocables, than serche they out of some rotten Pamphlet foure or fyve disused woords of antiquitee, therewith to darken the sence unto the reader, to the ende that who so understandeth theim maie repute hym selfe for more cunnyng and litterate: and who so dooeth not, shall so muche the rather yet esteeme it to be some high mattier, because it passeth his learnyng.
"foolelosophers" とは厳しい.
このようにインク壺語批判はあったが,時代の趨勢が変わることはなかった.インク壺語を(擁護したとは言わずとも)穏健に容認した Sir Thomas Elyot (c1490--1546) や Richard Mulcaster (1530?--1611) などの主たる人文主義者たちの示した態度こそが,時代の潮流にマッチしていたのである.
なお,OED によると,ink-horn term という表現の初出は1543年.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
初期近代英語期,特に16世紀には英語を巡る大きな問題が3つあった.Baugh and Cable (203) の表現を借りれば,"(1) recognition in the fields where Latin had for centuries been supreme, (2) the establishment of a more uniform orthography, and (3) the enrichment of the vocabulary so that it would be adequate to meet the demands that would be made upon it in its wiser use" である.
(1) 16世紀は,vernacular である英語が,従来ラテン語の占めていた領分へと,その機能と価値を広げていった過程である.世紀半ばまでは,Sir Thomas Elyot (c1490--1546), Roger Ascham (1515?--68), Thomas Wilson (1525?--81) , George Puttenham (1530?--90) に代表される英語の書き手たちは,英語で書くことについてやや "apologetic" だったが,世紀後半になるとそのような詫びも目立たなくなってくる.英語への信頼は,特に Richard Mulcaster (1530?--1611) の "I love Rome, but London better, I favor Italie, but England more, I honor the Latin, but I worship the English." に要約されている.
(2) 綴字標準化の動きは,Sir John Cheke (1514--57), Sir Thomas Smith (1513--77; De Recta et Emendata Linguae Anglicae Scriptione Dialogus [1568]), John Hart (d. 1574; An Orthographie [1569]), William Bullokar (fl. 1586; Book at Large [1582], Bref Grammar for English [1586]) などによる急進的な表音主義的な諸提案を経由して,Richard Mulcaster (The First Part of the Elementarie [1582]), E. Coot (English Schoole-master [1596]), P. Gr. (Paulo Graves?; Grammatica Anglicana [1594]) などによる穏健な慣用路線へと向かい,これが主として次の世紀に印刷家の支持を受けて定着した.
(3) 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) などの記事で繰り返し述べてきたように,16世紀は主としてラテン語からおびただしい数の借用語が流入した.ルネサンス期の文人たちの多くが,Sir Thomas Elyot のいうように "augment our Englysshe tongue" を目指したのである.
vernacular としての初期近代英語の抱えた上記3つの問題の背景には,中世から近代への急激な社会変化があった.再び Baugh and Cable (200) を参照すれば,その要因は5つあった.
1. the printing press
2. the rapid spread of popular education
3. the increased communication and means of communication
4. the growth of specialized knowledge
5. the emergence of various forms of self-consciousness about language
まさに,文明開化の音がするようだ.[2012-03-29-1]の記事「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」も参照.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
「#968. 中英語におけるフランス借用語の質的形容詞」 ([2011-12-21-1]) で,日本歴史言語学会第一回大会における輿石氏の研究発表に関連して記事を書いた.先日,同発表に基づいて輿石氏が『歴史言語学』第1号に寄稿した論文の抜き刷りをいただいた.(論文では,本ブログの[2011-12-21-1]の記事を参照いただきました.輿石さん,ありがとうございます.)
輿石氏はこの論文の中で,(1) 英語の語形成は歴史的に Native Agglutination (NA) と Latinate Fusion (LF) とへ二分される,(2) NA 対 LF の語形成上の対立は,RA (関係的・記述的な形容詞)対 QA (質的・評価的な形容詞)の意味上の対立と概ね一致する,(3) 通時的に RA が QA へと推移する傾向が見られる,の3点を主張している.この問題,とりわけ (3) の通時的な問題に関しては,輿石氏の先の研究発表に触発されて,本ブログでも Farsi の論文を参照しながら 「#1099. 記述の形容詞と評価の形容詞」 ([2012-04-30-1]),「#1100. Farsi の形容詞区分の通時的な意味合い」 ([2012-05-01-1]),「#1193. フランス語に脅かされた英語の言語項目」 ([2012-08-02-1]) で少しく議論した.
RA から QA への推移という問題について,輿石氏はこれを "a compensatory strategy for semantic strategy for semantic bleaching of QAs" (23) と位置づけ,"a general linguistic change from the marked to the unmarked" (23) ととらえている.結論部に近い次の1段落を引用する.
In my opinion, what underlies the diachronic shift and the synchronic mechanism is a familiar transition from the marked RA to the unmarked QA. The central member of the adjective is what I call the 'evaluative', which can be fundamentally expressed as a certain point in the 'good/bad' scale. Since adjectives on this scale typically undergo 'semantic bleaching' and their meanings easily get watered down, language has to find some way to compensate for the bleaching and ensure the diversity of evaluatives. In my view, the categorial shifts from RAs to QAs are best to be considered one of the compensatory strategies for this semantic bleaching. (34--35)
RA が評価を帯びて QA へと推移してゆく過程は,「#1100. Farsi の形容詞区分の通時的な意味合い」 ([2012-05-01-1]) で述べたように,自然な言語変化として受け入れられる.だが,その背景に,既存の QA の "semantic bleaching" があり,その間隙につけ込む形で本来の RA から派生した QA が割り込むと想定することに関して,私は異なった考えをもっている.意味的漂白につけ込んでの QA 化ということは,意味上の drag chain が生じているということにほかならないが,例えば「#660. 中英語のフランス借用語の形容詞比率」 ([2011-02-16-1]) で挙げたフランス借用語形容詞は,英語本来語形容詞の意味的漂白につけ込んだと考えることができるのだろうか.あるいは,「#1193. フランス語に脅かされた英語の言語項目」 ([2012-08-02-1]) で紹介した -ness と -ity の競合も,前者の漂白の隙を突いた drag chain として説明できるのかどうか.また,上の引用の直後で,日本語のイ形容詞とナ形容詞(形容動詞)の間の類似現象に触れられているが,日本語史では,漢語に基づくナ形容詞が大量に生産されたのは,和語のイ形容詞の不足を補完するためだったとされ(佐藤,p. 121--22),和語のイ形容詞が意味的に漂白した後の間隙を埋めるためだったという議論は聞かない.さらに付け加えれば,現存する本来語の QA は,多くは基本語であり,意味的に漂白しているというよりは,むしろロマンス系の類義語と比べて強い感情をこめて用いられる傾向がある(関連して三層構造の各記事を参照).
意味的漂白につけ込む drag chain を想定するのではなく,ロマンス系の外来勢力が本来語要素を積極的に押しのけたという考え方,つまり push chain の過程を想定することはできないだろうか.もちろん,drag chain と push chain は必ずしも相反するものではなく,両方がともに作用するということもあり得るだろうが.いずれにせよ,結果として様々な評価的な形容詞が累積して,"the diversity of evaluatives" (35) が得られていることは確かだろう.
輿石さん,この問題について(だけではなく),ぜひ一緒に議論しましょう!
・ Koshiishi, Tetsuya. "Two Types of Adjectives and the History of English Word Formation." 『歴史言語学』第1号,2012年,23--38頁.
・ Farsi, A. A. "Classification of Adjectives." Language Learning 18 (1968): 45--60.
・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.
今年はこの話題を持ち出すのを今まで忘れていた.例年,本ブログでも1月前半に取り上げるはずの話題である.1月4日に,American Dialect Society により 2012年の The Word of the Year が公表された.大賞は Twitter のシンボル hashtag である.「#263. 1990年から2009年までの英語流行語大賞」 ([2010-01-15-1]) で見たように,2009年の WOY が twitter そのものだったことを合わせて考えると,この新メディアの影響力の大きさが改めて実感される.この語は次のように定義される.
Hashtag refers to the practice used on Twitter for marking topics or making commentary by means of a hash symbol (#) followed by a word or phrase.
大賞のほかに様々な部門賞が設けられているが,MOST USEFUL 部門の受賞は接尾辞 -(po)calypse, -(ma)geddon (hyperbolic combining forms for various catastrophes) .MOST CREATIVE 部門からは,gate lice (airline passengers who crowd around a gate waiting to board) .MOST UNNECESSARY 部門と MOST OUTRAGEOUS 部門の2部門を制覇したのは,legitimate rape (type of rape that Missouri Senate candidate Todd Akin claimed rarely results in pregnancy) .MOST EUPHEMISTIC 部門では,self-deportation (policy of encouraging illegal immigrants to return voluntarily to their home) .MOST LIKELY TO SUCCEED 部門からは marriage equality (legal recognition of same-sex marriage) が,LEAST LIKELY TO SUCCEED 部門からは phablet (mid-sized electronic device between a smartphone and a tablet) 及び YOLO (acronym for "You Only Live Once," often used sarcastically or self-deprecatingly) が受賞した.大統領選挙の年の新部門として ELECTION WORDS 部門からは,binders (full of women) (term used by Romney in the second presidential debate to describe the resumes of female job candidates that he consulted as governor of Massachusetts) が選ばれた.
その他,個人的には MOST CREATIVE 部門のノミネートに挙がった alpacalypse (the Mayan apocalypse predicted for Dec. 21, 2012 (alpaca + -lypse)) がおもしろい.各部門のノミネート語句など,詳しくはプレスリリースをどうぞ.また,かつての流行語対象の受賞については,All of the Words of the Year, 1990 to Present 及び,本ブログ内の woy の記事を参照.
「#134. 英語が民主的な言語と呼ばれる理由」 ([2009-09-08-1]) で英語(の歴史)の民主的な側面を垣間見たが,バランスのとれた視点を保つために,今回は,やはり歴史的な観点から,英語の非民主的な側面を紹介しよう.
英語は,近代英語初期(英国ルネサンス期)に夥しいラテン借用語の流入を経験した (##114,1067,1226).これによって,英語語彙における三層構造が完成されたが,これについては「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1]) で見たとおりである.語彙に階層が設けられたということは,その使用者や使用域 (register) にも対応する階層がありうることを示唆する.もちろん,語彙の階層とその使用に関わる社会的階層のあいだに必然的な関係があるというわけではないが,歴史的に育まれてきたものとして,そのような相関が存在することは否定できない.上層の語彙は「レベル」の高い話者や使用域と結びつけられ,下層の語彙は「レベル」の低い話者や使用域と結びつけられる傾向ははっきりしている.
この状況について,渡部 (244) は,「英語の中の非民主的性格」と題する節で次のように述べている.
人文主義による語彙豊饒化の努力が産んだもう一つの結果は,英語が非民主的な性格を持つようになった,ということであろう.OE時代には王様の言葉も農民の言葉もたいして変りなかったと思われる.上流階級だからと言って特に難かしい単語を使うということは少なかったからである.その状態は Norman Conquest によって,上層はフランス語,下層は英語という社会的二重言語 (social bilingualism) に変ったが,英語が復権すると,英語それ自体の中に,一種の社会的二言語状況を持ち込んだ形になった.その傾向を助長したのは人文主義であって,その点,Purism をその批判勢力と見ることが可能である.事実,聖書をほとんど唯一の読書の対象とする層は,その後近代に至るまでイギリスの民衆的な諸運動とも結びついている.
英語(の歴史)は,ある側面では非民主的だが,別の側面では民主的である.だが,このことは多かれ少なかれどの言語にも言えることだろう.また,言語について言われる「民主性」というのは,「#1318. 言語において保守的とは何か?」 ([2012-12-05-1]) や「#1304. アメリカ英語の「保守性」」 ([2012-11-21-1]) で取り上げた「保守性」と同じように,解釈に注意が必要である.「民主性」も「保守性」も価値観を含んだ表現であり,それ自体の善し悪しのとらえ方は個人によって異なるだろうからだ.それでも,社会言語学的な観点からは,言語の民主性というのはおもしろいテーマだろう.
なお,英語における民主的な潮流といえば,「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」 ([2011-01-12-1]) や「#1059. 権力重視から仲間意識重視へ推移してきた T/V distinction」 ([2012-03-21-1]) の話題が思い出される.
・ 渡部 昇一 『英語の歴史』 大修館,1983年.
語彙の英米差には,様々な種類ものがある(例は,[2010-04-19-1]の記事「#357. American English or British English?」を参照).種々の語彙の英米差を区別,整理,言及するのに,一群の術語を導入すると便利だと考えた.以下で説明しよう.
英語には英米の変種が区別されると言われる.各変種をそれぞれ "the British variety of English", "the American variety of English" と呼ぶことにしよう(この短縮形が,それぞれ "British English" であり "American English" である).この2つの変種の間には多くの "lexical variation" (語彙的変異)が観察される.その変異の例の一つひとつを "a (lexical) variable" ((語彙的)変項)と呼ぶことにする.例えば,"a rest of time" (休暇)を意味するのに,典型的にイギリス英語では holiday を用いるが,アメリカ英語では vacation を用いる.このとき,この意味に関する英米変種間の variable は, "the British variant" (イギリス英語版の異形) holiday と,"the American variant" (アメリカ英語版の異形) vacation の2つの異形のあいだの揺れとして記述できる.これを次の1のような記法で表わすことにしよう.
1. ("a time of rest"): BrE holiday ~ AmE vacation
語彙的変項には別種のものもある.pants という語は,イギリス英語では "underpants" (下着)を意味するが,アメリカ英語では "trousers" (ズボン)を意味する.これは次の2のように記述できる.
2. (pants): BrE "underpants" ~ AmE "trousers"
いずれの場合も変項は ( ) で囲むこととし,斜体の文字列は "signifiant" を,引用符でくくった文字列は "signifié" を表わすものとする.あるいは,別の用語を導入すれば,斜体の文字列は "lexeme" (語彙素)を,引用符でくくった文字列は "sememe" (意義素)を表わすものとする.
語彙的変異のなかでも,1のタイプの変項は,同じ sememe に対して異なる lexeme が各変種で対応するので,"a synonymic variable" と呼ぶことができる.一方,2のタイプの変項は,同じ lexeme に対して異なる sememe が各変種で対応するので,"a homonymic variable" と呼ぶことができる.
ほかにも,underground と subway の関係のように,英米変種間でともに "synonymic variables" でもあり "homonymic variables" でもあるような語群があるが,このような語群は "a lexical class (field) of variables" を構成していると表現できるだろう.first floor, second floor, third floor 等々も,階数に関する "a lexical class of variables" と呼んでよい.
以上のように,"variation", "a (lexical) variable", "a variant", "a lexeme", "a sememe", "a synonymic variable", "a homonymic variable", "a lexical class of variables" という用語を導入することで,語彙の英米差の複雑な状況を整理することに役立つのではないか.なお,ここでの lexeme や sememe という術語の用法は,形態論や意味論で用いられる際の定義と厳密には異なっている可能性があるが,前者が問題の variant における signifiant を,後者が signifié を指すものとして前もって了解しておけば,対応語句として便利に使えるだろう.あえて "word" (語)という術語を用いず,"lexeme" などを持ち出したのは,必要であれば,「#22. イディオムと英語史」 ([2009-05-20-1]) で触れたようにイディオムのような単位にも対応させられるからである.
英語語彙の三層構造について,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) を始めとする各記事で触れてきた.今回は,様々な典拠から Schmitt and Marsden (89) が集めた,英語(下層あるいは "general"),フランス語(中層あるいは "formal"),ラテン・ギリシア語(上層あるいは "intellectual")の三層構造をなす例を追加して,表の形で示す.
Old English (general) | French (formal) | Latin or Greek (intellectual) |
---|---|---|
ask | question | interrogate |
book | volume | text |
fair | beautiful | attractive |
fast | firm | secure |
fear | terror | trepidation |
fire | flame | conflagration |
foe | enemy | adversary |
gift | present | donation |
goodness | virtue | probity |
hearty | cordial | cardiac |
help | aid | assistance |
holy | sacred | consecrated |
kingly | royal | regal |
lively | vivacious | animated |
rise | mount | ascend |
time | age | epoch |
word | term | lexeme |
Old English (general) | French (formal) | Latin or Greek (intellectual) |
---|---|---|
folk | people | population |
go | depart | exit |
guts | entrails | intestines |
word-hoard | vocabulary | lexicon |
英文を投げ込むと,各単語(あるいは形態素)が語源別に色づけされて返ってくるような語源分析ツールがあるとよいなと思っている.しかも,各単語に語源辞書のエントリーへのリンクが張られているような.語彙研究や英語教育にも活かせるだろうし,出力を眺めているだけでもおもしろそうだ.このようなツールを作成するには精度の高い形態素分析プログラムと語源データベースの完備が欠かせないが,完璧を求めてしまうと実現は不可能だろう.
同じことを考える人はいるようだ.例えば,Visualizing English Word Origins はツールを公開こそしていないが,Douglas Harper による Online Etymology Dictionary に基づく自作のツールで,いくつかの短い英文一節を色づけ語源分析している.テキストの分野別に本来語やラテン語の割合が何パーセントであるかなどを示しており,およそ予想通りの結果が出されたとはいえ,実におもしろい.この分析に関して,The Economist に記事があった.
また,今は残念ながらリンク切れとなっているが,かつて http://huco.artsrn.ualberta.ca/~mburden/project/message.php?thread=Shakspere&id=174 に簡易的な語源分析ツールが公開されていた.こちらの紹介記事 にあるとおりで,なかなか有望なツールだった.私も少し利用した記憶があるのだが,どこへ消えてしまったのだろうか.
英語語源関連のオンライン・コンテンツも増えてきた.以下にいくつかをまとめておく.
・ 「#485. 語源を知るためのオンライン辞書」: [2010-08-25-1]
・ Etymology 関連の外部リンク集
・ 「#361. 英語語源情報ぬきだしCGI(一括版)」: [2010-04-23-1]
・ Behind the Name: The Etymology and History of First Names
・ Behind the Name: The Etymology and History of Surnames
・ 語源別語彙統計に関する本ブログ内の記事: lexicology loan_word statistics
・ Etymologic! The Toughest Word Game on the Web: 英語語源クイズ.
英語史の時代区分について,periodisation の記事で扱ってきた.とりわけ,いつ古英語が終わり,中英語が始まったかについては,[2012-06-12-1], [2012-06-13-1]の記事で諸説を見た.中英語の開始時期については,いずれの議論も屈折の衰退という形態的な基準に拠っているが,あえてその伝統的な基準を退け,語彙的な基準を採用すると,様相は一変する.昨日の記事「#1240. ノルマン・コンクェスト後の法律用語の置換」 ([2012-09-18-1]) で取り上げた Lutz の論文では,語彙の観点からの時代区分がやんわりと提案されている.
Lutz は,(1) よく知られているようにフランス語彙の流入のピークは13世紀以降であり([2009-08-22-1]の記事「#117. フランス借用語の年代別分布」,[2012-08-14-1]の記事「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」を参照),(2) 初期中英語期の英語テキストは古英語テキストの伝統を引き継ぐものが多く,フランス借用語はそれほど顕著に反映しておらず,(3) 他言語に比べ英語ロマンスの出現が遅れた,という事実を示しながら,古英語(あるいは Lutz の呼ぶように Anglo-Saxon)の終わりを,伝統的な区分での初期中英語の終わりに置くことができるのではないかと提案する.
For the lexicon, we need a . . . bipartite periodization distinguishing Anglo-Saxon (comprising Old and Early Middle English) from English (comprising all later stages), which reflects the lexical and cultural facts. . . . During this extended period of time, several generations of inhabitants of post-Conquest England preserved their Anglo-Saxon lexicon and, more generally, seem to have looked back to their Anglo-Saxon cultural heritage when they expressed themselves in their own tongue. . . . / By contrast, the English we are familiar with is basically a creation of the late thirteenth to fifteenth centuries when the French-speaking ruling classes of England gradually switched to the language of those they governed and, in the course of that process, imported their superstratal lexicon in large quantities. (161--62)
Lutz の論考は,結果として,ノルマン・コンクェストとフランス借用語の本格的流入のあいだには時差があるという事実を強調していることになるだろう.
・ Lutz, Angelika. "When did English Begin?" Sounds, Words, Texts and Change. Ed. Teresa Fanego, Belén Méndez-Naya, and Elena Seoane. Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins, 2002. 145--71.
[2012-09-03-1]の記事「#1225. フランス借用語の分布の特異性」で言及した Lutz の論文に,標題の語彙交替を示す表が挙げられていた.古英語で用いられていた本来語の法律用語が,中英語以降(現代英語へ続く)に対応するフランス借用語語により置きかえられたという例である.網羅的ではないが,一瞥するだけで置換の様子がよく分かる表である.以下に再現しよう (149) .
OE | ModE | |
dōm | -- | judgment |
dōmærn †, dōmhūs | -- | court-house |
dōmlic † | -- | judicial |
dēma †, dēmere † | -- | judge |
dēman | -- | to judge |
fordēman | -- | to condemn |
fordēmend | -- | accuser |
betihtlian † | -- | to accuse, charge |
gebodian †, gemeldian † | -- | to denounce, inform |
andsacian †, onsecgan † | -- | to renounce, abjure |
gefriþian † | -- | to afford sanctuary |
mānswaru †, āþbryce † | -- | perjury |
mānswara † | -- | perjurer |
mānswerian † | -- | to perjure oneself |
(ge)scyld †, scyldignes † | -- | guilt |
scyldig † | -- | guilty, liable |
scyldlēas | -- | guiltless |
āþ | > | oath |
þēof | > | thief |
þeofþ | > | theft |
morþ, morþor + OF murdre | > | murder |
. . . the particularly large share of French in the basic vocabulary of Modern Standard English cannot be attributed to its cultural appeal alone but results from forced linguistic contact exerted by the speakers of the language of a conquering power on that of the conquered population. Ordinary borrowing, guided by the wish to acquire new things and concepts and, together with them, the appropriate foreign terms, could not have led to such an extreme effect on the basic vocabulary of the recipient language.
関連して,「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) や「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]) を参照.また,法律におけるフランス語について,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) と「#433. Law French と英国王の大紋章」 ([2010-07-04-1]) も参照.
・ Lutz, Angelika. "When did English Begin?" Sounds, Words, Texts and Change. Ed. Teresa Fanego, Belén Méndez-Naya, and Elena Seoane. Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins, 2002. 145--71.
英語史における借用語の最たる話題として,中英語期におけるフランス語彙の著しい流入が挙げられる.この話題に関しては,語彙統計の観点からだけでも,「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) を始めとして,french loan_word statistics のいくつかの記事で取り上げてきた.しかし,語彙統計ということでいえば,近代英語期のラテン借用語を核とする語彙増加のほうが記録的である.
[2009-08-19-1]の記事「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」で言及したが,Görlach は初期近代英語の語彙の著しい増大を次のように評価し,説明している.
The EModE period (especially 1530--1660) exhibits the fastest growth of the vocabulary in the history of the English language, in absolute figures as well as in proportion to the total. (136)
. . . the general tendencies of development are quite obvious: an extremely rapid increase in new words especially between 1570 and 1630 was followed by a low during the Restoration and Augustan periods (in particular 1680--1780). The sixteenth-century increase was caused by two factors: the objective need to express new ideas in English (mainly in fields that had been reserved to, or dominated by, Latin) and, especially from 1570, the subjective desire to enrich the rhetorical potential of the vernacular. / Since there were no dictionaries or academics to curb the number of new words, an atmosphere favouring linguistic experiments led to redundant production, often on the basis of competing derivation patterns. This proliferation was not cut back until the late seventeenth/eighteenth centuries, as a consequence of natural selection or a s a result of grammarians' or lexicographers' prescriptivism. (137--38)
Görlach は,A Chronological English Dictionary に基づいて,次のような語彙統計も与えている (137) .これを図示してみよう.
Decade | 1510 | 1520 | 1530 | 1540 | 1550 | 1560 | 1570 | 1580 | 1590 | 1600 | 1610 | 1620 | 1630 | 1640 | 1650 | 1660 | 1670 | 1680 | 1690 | 1700 |
New words | 409 | 508 | 1415 | 1400 | 1609 | 1310 | 1548 | 1876 | 1951 | 3300 | 2710 | 2281 | 1688 | 1122 | 1786 | 1973 | 1370 | 1228 | 974 | 943 |
「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1]) や「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1]) でたびたび扱ってきた話題だが,もう1つ似たような統計を Brinton and Arnovick (298) に見つけた.Manfred Scheler に基づいた Angelika Lutz の統計から引用しているものである.General Service List (GSL; [2010-03-01-1]の記事「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」ほか,##309,612,1103 を参照),Advanced Learners' Dictionary (ALD), Shorter Oxford English Dictionary (SOED) の3種の語彙リストを語源別に分類し,それぞれの割合を出している.表からグラフを作成してみた.
SOED (80,096 words) | ALD (27,241 words) | GSL (3,984 words) | |
---|---|---|---|
West Germanic | 22.20% | 27.43% | 47.08% |
French | 28.37% | 35.89% | 38.00% |
Latin | 28.29% | 22.05% | 9.59% |
Greek | 5.32% | 1.59% | 0.25% |
Other Romance | 1.86% | 1.60% | 0.20% |
Celtic | 0.34% | 0.25% | --- |
Fischer が英語の季節語に関する興味深い論文を書いている.要約すると次のようになる.
ゲルマン文化において,1年は夏と冬の2季に区分されていた.しかし,四季を区分する南欧文化との接触により,早くから春と秋の概念も入ってきてはいた.古英語では,sumer と winter の伝統的な2季区分に加えて,狭義に春の特定の1期間を表わす lencten が 広義に「春」として用いられ,狭義に秋の特定の1期間を表わす hærfest が広義に「秋」として用いられる例があり,現代のように四季の概念も語も揃っていた.ただし,lencten と hærfest のそれぞれの語には相変わらず狭義も併存していたため,専ら広義に季節を表わす現代英語の spring や autumn, fall と比べると,季節名称としての存在感はやや希薄だった.
中英語になると,古英語 lencten に対応する語は狭義へと退行する.14--15世紀には広義の「春」を失い,「春」の意味の場を巡る語彙の競合が始まる.「春」の意味の場は不安定となり,かつてのゲルマン的2季区分の記憶ゆえか,sumer が「春」をも含む超広義を発達させる.こうして,13世紀後半には,春の到来を告げる表現 Sumer is icumen in が現われた.
近代英語に入ると,「春」を巡る競合を制して,spring が台頭してくる.これは,植物が芽吹くイメージに重ね合わせた比喩として,生き生きとした表現に感じられたためかもしれない.spring of the leaf のような metonymy 表現もあれば,spring of the year のような metaphor もあった.同様に,古英語以降長らく「秋」を担当していた hervest も,18世紀の終わりまでには,やはり植物に比喩を取った fall や,フランス借用語の autumn などの類義語に徐々に地位を明け渡した.最終的に,同じように植物に比喩をとった spring と fall が生き残ったのは偶然ではないだろう.
Fischer は,以上の結論を得るために,古英語から近代英語にかけての「春」「秋」語彙を詳細に調査し,季節語の多義の消長を示す semasiological diagram と,季節に対応する類義語の消長を示す onomasiological diagram を描いた.結論の一環として,spring の存在は drag-chain によって,harvest の消失は push-chain によって説明されるとしている点も興味深い (86) .
・ Fischer, Andreas. "'Sumer is icumen in': The Seasons of the Year in Middle English and Early Modern English". Studies in Early Modern English. Ed. Dieter Kastovsky. Mouton de Gruyter, 1994. 79--95.
昨日の記事「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]) に続いて,今回は中英語に借用されたラテン語の一覧を掲げたい.「#120. 意外と多かった中英語期のラテン借用語」 ([2009-08-25-1]) でも57語からなる簡単な一覧を示したが,Baugh and Cable (185) を参照して,もう少し長い123語の一覧とした.むろん網羅的ではなくサンプルにすぎない.
中英語期には,ラテン語は14--15世紀を中心に千数百語ほどが借用されたといわれる.教会関係者や学者を通じて,話し言葉から入ったものもあるが,主として文献から入ったものである.ラテン語から英語への翻訳に際して原語を用いたという背景があり,Wycliffe とその周辺による聖書翻訳が典型例だが,Bartholomew Anglicus による De Proprietatibus Rerum を Trevisa が英訳した際にも数百語のラテン語が入ったという事例がある (Baugh and Cable 184) .
abject, actor, adjacent, adoption, allegory, ambitious, ceremony, client, comet, conflict, conspiracy, contempt, conviction, custody, depression, desk, dial, diaphragm, digit, distract, equal, equator, equivalent, exclude, executor, explanation, formal, frustrate, genius, gesture, gloria, hepatic, history, homicide, immune, impediment, implement, implication, incarnate, include, incredible, incubus, incumbent, index, individual, infancy, inferior, infinite, innate, innumerable, intellect, intercept, interrupt, item, juniper, lapidary, lector, legal, legitimate, library, limbo, lucrative, lunatic, magnify, malefactor, mechanical, mediator, minor, missal, moderate, necessary, nervous, notary, ornate, picture, polite, popular, prevent, private, project, promote, prosecute, prosody, pulpit, quiet, rational, recipe, reject, remit, reprehend, requiem, rosary, saliva, scribe, script, scripture, scrutiny, secular, solar, solitary, spacious, stupor, subdivide, subjugate, submit, subordinate, subscribe, substitute, summary, superabundance, supplicate, suppress, temperate, temporal, testify, testimony, tincture, tract, tradition, tributary, ulcer, zenith, zephyr
なお,赤字で示した語は,現代英語の頻度順位で1000位以内に入る高頻度語である(Frequency Sorter より).ラテン借用語に意外と身近な側面があることがわかるだろう.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
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