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world_languages - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-08-23 07:45

2016-06-27 Mon

#2618. 文字をもたない言語の数は? (2) [world_languages][writing][statistics][language_planning][language_myth][medium]

 「#1277. 文字をもたない言語の数は?」 ([2012-10-25-1]) で,この種の統計を得ることの難しさに触れた.今回は『世界民族百科事典』に「無文字言語」という項を見つけたので,その内容を要約したい.
 無文字言語 (unwritten language) とは,「たんに文字に書かれることがないということではなく,研究者などによって書かれることがあるとしても社会に定着しておらず,それが通信や記録の媒体として機能していない言語」である.無文字言語の数については,本項を書いている梶 (186) も確かなことは言えないようで,Ethnologue による世界の言語の推計を参照しながら,漠然と「文字化された言語は,世界におそらく数%しかないのではないか.実際的に世界のほとんどの文字が無文字言語なのである」と述べている.
 先の記事でも触れたが,無文字言語の母語話者が文字を知らないとは必ずしもいえないことに注意したい.非母語で教育を受け,その非母語の文字を習得している可能性はあるからだ.実際に,世界の多くの人々がそのような状況におかれている.逆に言えば,母語で(あるいは母国語で)教育を受けられる国というのは,少ないのである.
 オーストラリアで無文字言語を話す少数民族の文化を無形文化財として保護しようとする運動が見られるなど,世界のいくつかの地域で少数言語の保持の試みがなされてはいる.しかし,このような言語政策 (language_planning) はいまだ一般的とはいえず,多くの言語が地域の強大な言語からの圧力や差別にさらされているのが実態だろう.
 梶 (187) は,無文字言語に関する言語の神話 (language_myth) に言及しつつ,無文字社会にみられる口頭言語の役割の大きさを指摘している.

 言語に文字がないと表現が散漫になるのではないかと考える向きもあるが,これはむしろ逆であることが多い.言語に文字がないからこそ,表現に一定の形式を与え,コミュニケーションを確かなものにしようという意識が働く.なぜアジアやアフリカの言語に民話が何千とあり,また諺も2,000も3,000もあるのか考えてみよう.例えば諺というのは,社会の英知をコンパクトに表現したものであるが,そこには韻を踏んだり対句を用いたりとさまざまな形式が導入されている.
 〔中略〕文字言語は,さまざまなものを文字の代わりに用いることがある.例えば,人名や地名は出来事の記録媒体として機能することは世界の多くの地域でみられる.例えば,アフリカなどでは「葬式」という名前は,親族が死んで喪に服しているときに生まれた子供,「戦争」は戦いがあったときの子供,「道」は母親が産科に急いだのだが間に合わず道で産んだ子供といった具合である.これらの名前は個人を他の個人と区別するだけでなく同時に命名者(これは主として子供の親)にとって重要な出来事を,子供の名前の中に記録しているのである.また隣人に対して,あたかも手紙を書くようにメッセージを子供の名前に託したものも多い.
 このように,無文字言語そして無文字社会においては,文字がないからこそ豊かな口承文芸が発達しているのである.そして文字の役割が大きくなればなるほど,口承文芸が衰退していくことは今,我々が目にしているとおりである.


 関連して,「#1685. 口頭言語のもつ規範と威信」 ([2013-12-07-1]) を参照.

 ・ 梶 茂樹 「無文字言語」 『世界民族百科事典』 国立民族博物館(編),丸善出版,2014年.186--87頁.

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2016-02-04 Thu

#2474. 数字における「底の原理」 [numeral][world_languages]

 昨日の記事「#2473. フランス語にみられる20進法の残滓」 ([2016-02-03-1]) では,フランス語の数詞体系の一部にみられる20進法の原理について取り上げた.イフラーの『数字の歴史』を手にとってパラパラと眺めていると,世界には実に様々な数え方があるものだと思い知らされる.諸言語の数詞体系の背後にある10進法,5進法,20進法,60進法などの考え方は「底の原理」と呼ばれるが,なぜこのように多様な底が生まれてきたのだろうか.
 人間が数を抽象化する際には,基数の原則と序数の原則という2つの原則がありうる.基数の原則とは,単位1を表わすもの(たとえば棒線)を必要な数だけ単純に並べていくという発想である.きわめて単純な方法だが,表わす数が大きくなると当然ながら単純さよりも不便さが上回ってくる.対して,序数の原則とは,1から順に増えていく整数に対して互いに独立した別個の記号をあてがう方法である.例えば,私たちの常用しているアラビア数字は,<1>, <2>, <3> などの間に互いに自明な形態的関連が見いだされないため,序数の原則に基づいているといえる.序数の原則は効率はよさそうだが,数と数字の対応関係を暗記しなければならないという短所がある.
 このように両原則には一長一短あるため,実際には両者の長所が最大限に活かされるような形で数詞体系が構成されてきた.数個ほどの数に対して互いに独立した記号をあてがい,大きい数はそれらの記号を特定の順序で並列させる「桁」の概念を導入したわけだ.実用目的も考慮して,人間の頭に暗記を強いることのできるのは,せいぜい数個から数十個の間にとどまり,これが10進法や20進法などの底を生み出したのだろう.
 したがって,世界の数詞体系に多様性があるとはいっても,大多数の言語に観察される「底」は,上に挙げたような数種類に限られるのが現実である.だが,3進法,7進法,18進法などがまず見られないのに対して,10進法,5進法,20進法,60進法などが比較的よく見られるのはなぜだろうか.
 10進法はとりわけ普遍的である.これは,間違いなく人間の指の数と関係する.通常は両手の指を用いて数えるだろうから10進法が発達したのは自然だが,片手5本指で数えるということも突飛ではない.したがって,5進法も容易に理解できる.重要なのは,10進法にせよ5進法にせよ人間の偶然の解剖学的な特徴に依存しているにすぎず,数学的な利点は特に認められないということだ.数学的に考えるならば,約数の多い12や素数たる7などのほうが優れていると論じることもできるのだ.しかし,指はなにより人間の体についている身近な存在であり,しかも序数の原則に伴う暗記の負担を考慮すると,10という底はそれなりにバランスがとれているという利点がある.こうして,10はきわめて普遍的な底となっていると考えられる.
 足指も含めて考えると,20進法という発想も悪くないように思われる.昨日の記事でも触れたように,実際にケルト語,アステカ語,マヤ語などでは歴史上の早い時期から20進法のアイディアをもっていた.しかし,上述の暗記の負担はぐんと大きくなる.したがって,20進法を採るにせよ,数詞の語形成においては部分的に10進法などが前提とされていることも多い.例えば,昨日の記事で解説したように,ラテン語 viginti (20) は語源的には2と10を表わす語に分解される.
 最後に,シュメール語などにみられる60進法を考えよう.60の底では暗記の負担が尋常でないことは容易に察せられるし,実際には補助的なより小さい底も導入しているのだが,60進法には天文学や数学などの学術的観点から有益な側面があるようだ.イフラーが様々な説を紹介している.60は「最も多くの約数を含んだ数の中では最も小さく,最も扱いやすいものである」 (42) とか,「1年間の日数は,端数をとれば360であり,おそらくそれによって円の360度分割が行なわれたのであろうし,また円の6分の1の弦が半径に等しいという事実から,この数によって円を6分割することが行なわれ,その結果60という数が優勢になったのだろう」 (42) とか,「正三角形が形づくる角を10等分することによって平面の60等分が行なわれた」 (42) とか,「60が底として選ばれたのは二つの民族の結合から生じたことで,一方の民族が十進法を,他方が手指を使う特殊なやり方でしかも6に基づいた方式をもたらした」 (43) など.しかし,これらの説のいずれも,確たる計量法的根拠を与えているとはみなせず,60進法の由来について定説はないというべきである.
 イフラーは詳しく扱っていないが,言語のなかには12進法の発想をもつものもあり (cf. dozen) ,これは上記の60進法と関連するのではないかと想像される(イフラー,p. 42).

 ・ イフラー,ジョルジュ(著),松原 秀一・彌永 昌吉(訳) 『数字の歴史 人類は数をどのようにかぞえてきたか』 平凡社,1988年.

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2016-01-08 Fri

#2447. 言語の数と文字体系の数 [statistics][world_languages][grammatology][writing][medium]

 世界における言語の数について,あるいは言語の数を数えるという問題について,「#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか」 ([2010-01-22-1]),「#274. 言語数と話者数」 ([2010-01-26-1]),「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1]),「#1949. 語族ごとの言語数と話者数」 ([2014-08-28-1]) で話題にしてきた.言語の数というときには,普通,口頭言語が念頭に置かれているが,書記言語ということでいえばどうだろうか.つまり,文字体系の種類は世界にいくつあるのだろうか.関連する話題は「#1277. 文字をもたない言語の数は?」 ([2012-10-25-1]) で扱ったが,今回,改めてこの問題について考えてみたい.
 明らかなことは,文字体系の数は(口頭)言語の数よりも圧倒的に少ないということである.具体的な言語の数については諸説あるが,現代世界で行われている言語に限って,とりあえず約7000あると想定しよう.文字体系の数についても,参考資料によって多少のばらつきはあるが,阿辻 (7--8) によれば,400種類くらいが認められるとされる.ただし,この数は,現代世界に行われている文字体系の種類というよりも,文字の発生から現在に至るまでの古今東西に行われてきた文字体系の総数と解釈すべきである.つまり,この数には,すでに廃用となったエジプト聖刻文字や楔形文字なども含まれるし,種々の未解読文字 (「#2427. 未解読文字」 ([2015-12-19-1])) も含まれる.
 では,なぜ文字体系の種類は口頭言語の種類よりも圧倒的に少ないのだろうか.最も簡単に答えるならば,すべての口頭言語が対応する書記言語をもっているわけではないから,ということになる.「#41. 言語と文字の歴史は浅い」 ([2009-06-08-1]),「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1]) などで示したように,書記言語の発生は口頭言語の発生よりもずっと遅れている.歴史上,口頭言語を欠く人類社会はなかったが,書記言語を欠く社会は多く存在してきた.
 実際,比較的高度な文化をもっていながら,文字をもたなかった社会もある.南アメリカ大陸に栄えたインカは高度な文化を展開したが,少なくとも今のところは文字と呼べるような媒体は発見されていない.また,アイヌの人々も,長期にわたる素朴ながらも力強い文化を享受し,ユーカラのような長編叙事詩を育みながらも,それを表記する文字をもたなかった(阿辻,p. 8).
 ただし,対応する文字体系を欠く口頭言語の母語話者集団からなる社会が,必ずしも無文字社会とは限らないという点に注意したい.もしその社会が多言語社会であり,第2言語として文字体系をもつ言語を使いこなし,その言語による読み書き教育を受けていれば,それは明らかに有文字社会である (cf. 「#1494. multilingualism は世界の常態である」 ([2013-05-30-1]),「#1608. multilingualism は世界の常態である (2)」 ([2013-09-21-1])) .
 もう1つの理由は,書記言語は,言語の境界を越えて,さらに時空を越えて,拡散しやすいということがある.楔形文字,ローマン・アルファベット,キリル文字,漢字などの歴史的な拡散や分布を考えてみれば分かるとおり,それらの主要な文字体系は,たやすく異なる言語へ応用され,超域的に用いられてきた.つまり,1つの文字が複数の言語を表記するのに用いられるのが普通なのである.口頭言語も文化ではあるが,書記言語は一層のこと文化的な人類の発明であり,それほど重要な価値を帯びたものが,周辺地域へ広く伝播しないはずもない.
 本ブログでは,話し言葉と書き言葉の各々の特性について,「#2339. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (1)」 ([2015-09-22-1]) の下に張ったリンク先の記事などで,様々に議論してきた.書き言葉あるいは書記言語のもう1つの特徴として,その媒体たる文字体系が口頭言語の境界を越えて伝播しやすく,コピーされやすいという性質があることを,ここで指摘しておきたい.

 ・ 阿辻 哲次 『一語の辞典 文字』 三省堂,1998年.

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2015-07-08 Wed

#2263. 世界の主要言語の母語話者数の比較 [demography][statistics][world_languages]

 言語の話者人口について,数え方の問題や各種の統計を以下の記事で扱ってきた.

 ・ 「#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか」 ([2010-01-22-1])
 ・ 「#274. 言語数と話者数」 ([2010-01-26-1])
 ・ 「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」 ([2010-05-29-1])
 ・ 「#398. 印欧語族は世界人口の半分近くを占める」 ([2010-05-30-1])
 ・ 「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1])
 ・ 「#1949. 語族ごとの言語数と話者数」 ([2014-08-28-1])
 ・ 「#1375. インターネットの使用言語トップ10」 ([2013-01-31-1])

 今回は,ウェブ上で INFOGRAPHIC: A world of languages - and how many speak them と題する記事と以下のような図を見つけたので,紹介しておきたい.

Top Languages in Infographics

 図示されている母語話者数に関する人口統計は,Ethnologue に基づいているようである.世界で行なわれている7102の言語のうち,5千万人以上の母語話者を擁しているのは23言語のみであり,この23言語だけで41億人をカバーするという.
 大雑把な図なので慎重に読まなければならないが,大言語について内部の諸方言の区分も表現されているなど,よく工夫されている.下方には学習されている言語のランキングもあり,そのうち英語は群を抜いてのトップで15億人の学習者を擁すると見込まれている.

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2014-10-24 Fri

#2006. 近現代ヨーロッパで自律化してきた言語 [world_languages][sociolinguistics][dialect][variety]

 言語学では,言語と方言を明確に区別することはほぼ不可能である.この古い問題については,「#1522. autonomyheteronomy ([2013-06-27-1]) や「#1523. Abstand languageAusbau language」 ([2013-06-28-1]) のほか,世界の特定の地域について「#1499. スカンジナビアの "semicommunication"」 ([2013-06-04-1]),「#1636. Serbian, Croatian, Bosnian」 ([2013-10-19-1]),「#1658. ルクセンブルク語の社会言語学」 ([2013-11-10-1]),「#1659. マケドニア語の社会言語学」 ([2013-11-11-1]) などの記事で取り上げてきた.
 ヨーロッパに限っても,歴史を振り返れば,自律的だった言語が他律的な方言の地位に転落したり,逆に他律的だった方言が自律的な言語の地位へ昇格したりということが繰り返されてきた.例えば,前者には中世では自律していた Provençal や Low German が後にそれぞれ French や German の1方言へと転落した事例がある.また,後者には近現代の数世紀より多くの例が挙げられる.Trudgill (128) によれば,これは近代においてヨーロッパで国家の数が増加したことの帰結である.

The rapid increase in the number of independent European nation-states in the past hundred years or so has therefore been paralleled by a rapid growth in the number of autonomous, national and official languages. During the nineteenth century the number rose from sixteen to thirty, and since that time has risen to fifty.


 Trudgill (127--28) より,ロシアを除くヨーロッパで1800年までに標準化された国語・公用語・書き言葉として認知されるようになっていた言語を具体的に挙げれば,Icelandic, Swedish, Danish, German, Dutch, English, French, Spanish, Portuguese, Italian, Polish, Hungarian, Greek, Turkish などである.次に,1900年までにその地位を得ていたものは,Norwegian, Finnish, Welsh, Rumanian, Czech, Slovak, Slovene, Serbo-Croat, Bulgarian などだ.最後に,20世紀の間に自律化してきた言語としては Irish Gaelic, Scots Gaelic, Breton, Catalan, Romansch, Macedonian, Albanian, Basque, Luxemburgish などがある.
 これらの変種の言語的特性は,自律した言語となる前と後とで大きく変わるところがない.あくまで社会的な地位が変わったということにすぎない.つまり,言語学的な問題ではなく,社会言語学的な問題である.この問題と関連して「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1]) で示した「国家≧言語(学)」の意味を改めて玩味したい.同記事の田中からの2つの引用は重要である.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2014-08-28 Thu

#1949. 語族ごとの言語数と話者数 [statistics][world_languages][language_family][demography]

 「#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか」 ([2010-01-22-1]),「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1]),「#274. 言語数と話者数」 ([2010-01-26-1]),「#398. 印欧語族は世界人口の半分近くを占める」 ([2010-05-30-1]) などの記事で,現代世界の言語の数やそれぞれの話者数を話題にしてきた.この種の統計の難しさは再三指摘してきたが,それを認めた上で,今回は語族 (language_family) ごとの言語数とその話者数の統計を示そう.とはいっても,W. Bright 編の言語学百科事典 (International Encyclopedia of Linguistics. New York and Oxford: OUP, 1992.) に拠っている Crystal (289) の統計値の受け売りにすぎない.1980年代後半現在の推計である.

Language FamilyLanguagesSpeakers
Indo-European3862,500,000,000
Sino-Tibetan2721,088,000,000
Austronesian1212269,000,000
Afro-Asiatic338250,000,000
Niger-Congo1354206,000,000
Dravidian70165,000,000
Japanese12126,000,000
Altaic60115,000,000
Austro-Asiatic17375,000,000
Tai6175,000,000
Korean160,000,000
Nilo-Saharan18628,000,000
Uralic3324,000,000
Amerindian (North, Central, South America)98522,400,000
Caucasian387,800,000
Miao-Yao155,600,000
Indo-Pacific7343,500,000
Khoisan37300,000
Australian aborigine26230,000
Palaeosiberian818,000
Isolates2962,000,000
Total6,5335,022,648,000


 言語数の推計には,310の死滅した言語,71の pidgin/creole,75の手話言語も含まれている.大雑把な推計であることを斟酌しつつも,印欧語族の話者は(当時の)世界人口の約半分を担う大語族であることが知れる.以下は,参考までに,上の図を割合を示す帯グラフにしたものである.

Numbers of Languages and Speakers by the Language Family

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.

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2013-12-02 Mon

#1680. The West Indies の言語事情 [geography][creole][world_languages][diglossia][sociolinguistics][language_shift][caribbean]

 昨日の記事「#1679. The West Indies の英語圏」 ([2013-12-01-1]) で示唆したように,西インド諸島の言語事情は,歴史的な事情で複雑である.近代における列強の領土分割により,島ごとに支配的な言語が異なるという状況が生じ,島嶼間の地域的な連携も希薄となっている.独立国家と英米仏蘭の自治領とが混在していることも,地域の一体性が保たれにくい要因となっている.全体として,各地域では旧宗主国の言語が支配的だが,そのほかに主として英語やフランス語をベースとしたクレオール諸語(「#1531. pidgin と creole の地理分布」 ([2013-07-06-1])),移民の言語も行われており,言語事情は込み入っている.以下,Encylopædia Britannica 1997 の記事を参照してまとめる.
 クレオール語についていえば,Jamaica における英語ベースのクレオール語がよく知られている.Jamaica では,ラジオ放送,小説,詩,劇などでクレオール語が広く使用されており,しばしば標準英語は不在である.場の雰囲気により,クレオール語と標準英語とのはざまで切り替えが生じることも通常である(Jamaican creole の具体例については,Jamaican Creole Texts を参照されたい).Jamaica に限らず,脱植民地化を経た the Commonwealth Caribbean でも,一般に英語ベースのクレオール語が重要性を増している.
 フランス語ベースのクレオール語使用については,Haiti が典型例として挙げられる.Jamaica の場合と同様に,Haiti でもクレオール語が広範に使用されており,実際に大多数の国民が標準フランス語を理解しない.「#1486. diglossia を破った Chaucer」 ([2013-05-22-1]) で Haiti における diglossia について触れたように,クレオール語は,上位変種の標準フランス語に対して下位変種として位置づけられるものの,実用性の度合いでいえばむしろ優勢である.一方,Guadeloupe や Martinique の仏領アンティル諸島では,フランス本国の政治体制に組み込まれているために,標準フランス語の使用が一般的である.
 スペイン語ベースのクレオール語は,Cuba, Puerto Rico, the Dominican Republic などの主要なスペイン地域においては発達しなかった.ただし,Aruba, Curaçao, Bonaire など蘭領アンティル諸島では Papiamento と呼ばれる西・蘭・葡・英語の混成クレオール語が広く話されている.Puerto Rico では,帰国移民により,アメリカ英語の影響を受けたスペイン語が話されている.
 移民の言語としては Hindi, Urdu, Chinese が行われている.奴隷制廃止後に,契約移民としてインドや中国からこの地域にやってきた人々の言語である.話者の多くは,それぞれの地域における支配的な言語へと徐々に同化していっている.例えば,Trinidad and Tobago では国民の4割がインド系移民だが,彼らの間で Hindi や Urdu の使用は少なくなってきているという.言語交替が進行中ということだろう.

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2013-09-21 Sat

#1608. multilingualism は世界の常態である (2) [bilingualism][japanese][world_languages][sign_language]

 [2013-05-30-1]の記事の続編.多言語使用が世界の常態であるという事実について,Crystal (409--10) に言及を見つけたので,追加したい.

[M]ultilingualism is the normal human condition. It is a principle which often takes people by surprise. If you have lived your whole life in a monolingual environment, you could easily come to believe that this is the regular way of life around the world, and that people who speak more than one language are the exceptions. Exactly the reverse is the case.
   Speaking two or more languages is the natural way of life for three-quarters of the human race. There are no official statistics, but with over 6,000 languages co-existing in fewer than 200 countries . . . it is obvious that an enormous amount of language contact must be taking place; and the inevitable result of languages in contact is multilingualism, which is most commonly found in an individual speaker as bilingualism.
      There is no such thing as a totally monolingual country. Even in countries that have a single language used by the majority of the population, such as Britain, the USA, France, and Japan, there exist sizeable groups that use other languages. In the USA, around 10% of the population regularly speak a language other than English. In Britain, over 350 minority languages are in routine use. In Japan, one of the most monolingual of countries, there are substantial groups of Chinese and Korean speakers. In Ghana, Nigeria, and many other African countries that have a single official language, as many as 90% of the population may be regularly using more than one language. (409--10)


 引用にもあるとおり,日本は世界でも最も典型的な単一言語国家とみなされるがちだ.しかし,少数言語としてアイヌ語や,朝鮮・韓国語その他の移民言語,日本手話などの手話言語も行われている.また,琉球語なのか琉球方言なのかという問いの答えいかんによっては,その話者のすべてが標準日本語を理解するという意味において,2言語使用者と呼びうる.また,ビジネスなどで英語や中国語などを常用する多くの日本語母語話者の日本人も,日本国内外の多言語使用に貢献している人々であるとみなすことができる.程度の差こそあれ,日本も世界の他の地域と同様に多言語使用地域であるという認識は重要だろう.
 日本の多言語使用状況については,EthnologueJapan を参照されたい.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2013-08-02 Fri

#1558. ギネスブック公認,子音と母音の数の世界一 [phonology][phoneme][vowel][consonant][altaic][japanese][language_family][world_languages][austronesian]

 日本語のルーツについての有力な説の1つに,オーストロネシア系 (Austronesian) とアルタイ系 (Altaic) の言語が融合したとする説がある.オーストロネシア語族の音韻論的な特徴としては,開音節が多い,区別される音素が少ないというものがあり,確かに日本語の比較的単純な音素体系にも通じる.
 日本語の音素が比較的少ない点については「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) および「#1023. 日本語の拍の種類と数」 ([2012-02-14-1]) で触れたが,そこでは関連してハワイ語にも触れた.ハワイ語もオーストロネシア語族に属する言語で,8つの子音 /w, m, p, l, n, k, h, ʔ/ と5つの母音 /a, i, u, e, o/ を区別するにすぎない(コムリー,p. 95).ところが,世界にはもっと音素が少ない言語があるのである.
 地理的にオーストロネシア語族と隣接しているパプア諸語も,音韻体系は単純である.そのなかでも,東パプアニューギニアの Bougainville Province で4千人ほどの話者によって話されているロトカス語 (Rotokas) は,6つの子音 /b, g, k, p, r, t/ と5つの母音 /a, e, i, o, u/ の計11音素(と対応する11の文字)しかもたない(Ethnologue より,関連する言語地図はこちら).コムリー (106) によれば,これは世界最少の音素数であり,とりわけ子音の少なさについては1985年のギネスブック (199) に登録されているほどである.
 子音についていえば,最多を誇るのは「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) でも触れたウビフ語である.80--85個の子音をもつという.母音の最少は,コーカサス地方のアブハズ語で2母音しかもたない.母音音素の最多はベトナム中央部のセダン語で,明確に区別できる55の母音をもつという.世界は広い.
 同じギネスブック (198--201) では,言語についての興味深い「世界一」が,他にもいろいろと挙げられており,一見の価値がある.言語のびっくり統計は,Language statistics & facts も参考になる.

 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
 ・ ノリス・マクワーター 編,青木 栄一・大出 健 訳 『ギネスブック』 講談社,1985年.

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2013-07-18 Thu

#1543. 言語の地理学 [geolinguistics][geography][sociolinguistics][demography][language_shift][language_death][world_languages][terminology]

 ブルトンの『言語の地理学』を読み,地理学の観点から言語を考察するという新たなアプローチに気づかされた.言語における地理的側面は,方言調査,言語変化の伝播の理論,言語圏 (linguistic area; see [2012-12-01-1]) の研究などで前提とはされてきたが,あまりに当然のものとみなされ,表面的な関心しか払われてこなかったといえるかもしれない.このことは,「#1053. 波状説の波及効果」 ([2012-03-15-1]) の記事でも触れた.
 言語の地理学,言語地理学,地理言語学などと呼び方はいろいろあるだろうが,これはちょうど言語の社会学か社会言語学かという区分の問題に比較される.Trudgill (56) の用語集で geolinguistics を引いてみると,案の定,この呼称には2つの側面が区別されている.

(1) A relatively recent label used by some linguists to refer to work in sociolinguistics which represents a synthesis of Labovian secular linguistics and spatial dialectology. The quantitative study of the geographical diffusion of words or pronunciations from one area to another is an example of work in this field. (2) A term used by human geographers to describe modern quantitative research on geographical aspects of language maintenance and language shift, and other aspects of the spatial relationships to be found between languages and dialects. An example of such work is the study of geographical patterning in the use of English and Welsh in Wales. Given the model of the distinction between sociolinguistics and the sociology of language, it might be better to refer to this sort of work as the geography of language.


 伝統的な方言研究や言語変化の伝播の研究では,言語項目の地理的な分布を明らかにするという作業が主であるから,それは「地理言語学」と呼ぶべき (1) の領域だろう.一方,ブルトンが話題にしているのは,「言語の地理学」と呼ぶべき (2) の領域である.後者は,民族や宗教や国家や経済などではなく言語という現象に焦点を当てる地理学である,といえる.
 言語の地理学で扱われる話題は多岐にわたるが,その代表の1つに,「#1540. 中英語期における言語交替」 ([2013-07-15-1]) で具体的にその方法論を適用したような言語交替 (language shift) がある.また,失われてゆく言語の保存を目指す言語政策の話題,言語の死の話題も,話者人口の推移といった問題も言語の地理学の重要な関心事だろう.世界の諸言語の地理的な分布という観点からは,先述の言語圏という概念も関与する.諸文字の地理的分布も同様である.
 ブルトンが打ち立てようとしている言語の地理学がどのような性格と輪郭をもつものなのか,直接ブルトンに語ってもらおう.

結局,地理学者は,社会史学的・経済学的な次元の人文現象と言語とのあいだの空間的相関関係の確立に習熟しているのである.そして中でも,自然環境や生物地理的環境との相関関係はお手のものである.言語が,自然環境に直接働きかけるものでない以上,言語については本来の生態学を語ることはできない.しかしすべての言語は,住民の中に独自の分布を示しており,住民は言語の環境でもある.したがってまた共通の言語を備えた人間集団の生態学が存在するのである.そしてある文化的特徴――言語――がある一つの環境――またはいくつかの環境――の中で,他の文化的・社会的・経済的特質と同様の,あるいは異なったしかたで,どのように拡大しどのように維持されどのように定着できたかを明らかにするには,地理学者はまさに資格十分である.(29--30)


 実際にはブルトンは,言語の地理学を,さらに大きな文化地理学へと結びつけようとしている.

自然現象と文化現象の2つの領域を厳密に分けることによってのみ,人種や人類学的圏域のような概念を理解し利用することが可能となり,これら人種圏の範囲と文化的な集合体の範囲とを比較することができる.この文化的集合体の中でも,言語的,宗教的,政治的属性といった異なる次元のあいだの相違は,長いあいだ,より明確に認識されてきた.そこからエスニー(民族言語的共同体)や信仰社会集団や国家といったような,それぞれの区別に対応する共同体や構造についての認識が派生してきたのである./文化の諸特徴の地理学から,われわれはいまや文化それ自体の地理学へと近づくことができる.すなわち,社会の言語的・宗教的・歴史政治的な遺産を結びつけ,そして思考と仲間意識との個性的な諸体系を生みだすような文化の集合体に関する地理学へ,である.この文化地理学はそれゆえに,大きなあるいは社会全体の人間集団を見極めることを目的とする.これらの集団は,場合に応じて部族,エスニー,国家,大文明の一大単位などと同列視されるのである.地理学者はこれらの集団の生態学を,その内部運動,偶発的な相互依存,さらにそれらの機能的な階層性,依存度または支配度,文化の受容と放棄といった個別的または集団的な現象による浸透力などの側面から研究する.経済活動の優先性が一般に認められている世界では,文化地理学は社会の中で経済人の反対の側に生きいきと存在しているものを見分けるという使命を帯びているのである.(32--33)


 要するに,ブルトンの姿勢は,社会における言語という大局観のもとで言語の地理的側面に焦点を当てるということである.以下は,その大局観と焦点の関係を図示したものである(ブルトン,p. 47,「エスニーの一般的特徴」).言語の社会学や社会言語学のための見取り図としても解釈できる.

General Characteristics of Ethnie


 なお,上の引用文で用いられているエスニーという概念と用語については,「#1539. ethnie」 ([2013-07-14-1]) を参照.

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ ロラン・ブルトン 著,田辺 裕・中俣 均 訳 『言語の地理学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1988年.

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2013-07-06 Sat

#1531. pidgin と creole の地理分布 [pidgin][creole][map][geography][world_languages][tok_pisin][caribbean]

 数え方にもよるが,世界中で100以上のピジン語やクレオール語が日常的に用いられているといわれる.なかには200万人を超える話者を擁する Tok Pisin のような活発な言語もある.実際,Tok Pisin は南太平洋における最大の言語である.英語を lexifier とする「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1]) についてはすでに本ブログで言及したが,かつての大英帝国の影響力から予想される通り,英語ベースのものが最も多い.
 Romain (170--73) の地図を参照して lexifier 言語別にピジン語とクレオール語の個数を数え上げると,英語が35,フランス語が14,ポルトガル語が9,スペイン語が3,オランダ語が3,その他の言語が26となる. * *
 世界に散在する種々のピジン語とクレオール語を分類するのに,上記のように語彙を提供している言語,すなわち superstratum の言語を基準とする方法があるが,ほかに地域を基準とする分類もある.地理的な分布の観点からピジン語やクレオール語を大きく2分すると,大西洋系列と太平洋系列とに分かれる.Romain (174--75) を引用しよう.

Creolists recognize two major groups of languages, the Atlantic and the Pacific, according to historical, geographic, and linguistic factors. The Atlantic group was established primarily during the seventeenth and eighteenth centuries in the Caribbean and West Africa, while the Pacific group originated primarily in the nineteenth. The Atlantic creoles were largely products of the slave trade in West Africa which dispersed large numbers of West Africans to the Caribbean. Varieties of Caribbean creoles have also been transplanted to the United Kingdom by West Indian immigrants, as well as to the USA and Canada. The languages of the Atlantic share a West African common substrate and display many common features . . . . / In the Pacific different languages formed the substratum and socio-cultural conditions were somewhat different from those in the Atlantic. Although the plantation setting was crucial for the emergence of pidgins in both areas, in the Pacific laborers were recruited and indentured rather than slaves. Apart from Hawai'i, a history of more gradual creolization has distinguished the Pacific from the Atlantic (particularly Caribbean) creoles, whose transition has been more abrupt.


 このように地理的な分布による2分法は明快だが,両系列のあいだに複雑な関係があることを見えにくくしているきらいがあることには注意しておきたい.例えば,両系列に共有されている語彙 (savvy "to know" や picanniny "child, baby") の存在は,2つの海をまたいで活躍した船乗りの役割を考慮せずにうまく説明することはできないだろう.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

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2013-05-30 Thu

#1494. multilingualism は世界の常態である [bilingualism][world_languages][model_of_englishes][native_speaker_problem][linguistic_imperialism]

 日本で生まれ育ち,ほぼ日本語唯一の環境で生活している多くの日本人にとって,ある人が bilingual であるとか,さらに multilingual であるなどと聞くと,驚嘆や賞賛の念が生じるのではないだろうか.同じような反応は,多くの西洋諸国でも認められる(実際には,[2013-01-30-1]の記事でみたように「#1374. ヨーロッパ各国は多言語使用国である」にもかかわらず).複数の言語を操れるということは特殊な能力あるいは偉業であり,少なくとも普通ではないとの印象を受ける.
 例えば,英語史の授業で,中英語期のイングランド社会が英語,フランス語,ラテン語の trilingualism の社会だったとか,当時のイングランド王はフランス語を母語とし,英語を理解しない者も少なくなかったと紹介すると,人々はどのように互いにコミュニケーションを取っていたのか,王はどのように庶民に命令を伝えていたのかという質問が必ず出される.私自身も multilingual 社会で生活したこともないので,そうした質問の意図は理解できるし,想像力を働かせたとしても実感が湧きにくい.
 しかし,古今東西の言語状況を客観的に眺めると,日本や主要な西洋諸国のような monolingual をデフォルトと考える言語観のほうが偏っているのだろうということがわかってくる.明確な数字を出すのは難しいが,世界では monolingual な言語共同体,monolingual な話者のほうが珍しいといってもよいだろう.社会言語学の3つの入門書と西江先生の著書より,同趣旨の引用を挙げる.

In view of the need for communication with neighbouring communities and government agencies, it is fair to assume that many members of most communities are multilingual. (Hudson 9)


. . . in many parts of the world an ability to speak more than one language is not at all remarkable. . . . In many parts of the world it is just a normal requirement of daily living that people speak several languages: perhaps one or more at home, another in the village, still another for purposes of trade, and yet another for contact with the outside world of wider social or political organization. These various languages are usually acquired naturally and unselfconsciously, and the shifts from one to another are made without hesitation. (Wardhaugh 93)


It has been estimated that there are some 5,000 languages in the world but only about 185 nation-states recognized by the United Nations. Probably about half the world's population is bilingual and bilingualism is present in practically every country in the world. (Romain 33)


二言語どころか、三言語、四言語はなすのが常識であって、日常生活はそんなものだと思い込んでいる社会も、世界には意外に多いのです。もちろんそれらすべてを一人ひとりの人間が同じレベルでということではない場合が多いのですが、この状況を確認しておくことは、今とても重要なことだと思います。日本では外国語が一つできただけで「すごい」と思うような感覚がありますけど。/たとえば、ケニアに住むマサイ人。彼らは家では当然マサイ語を話しています。ところが彼らはマサイ人であると同時にケニア人なので、スワヒリ語と英語ができなかったら、一般的な国民としての生活ができないんですね。町に出て食堂を経営しようが、お店に勤めようが、お客さんはみんな英語やスワヒリ語を使っているわけですから。/一人の人間が二つ以上の非常に異なった言語を、日常的に使い分けて話しているという社会が、実は世界には非常に多くあります。中南米では、現在でも、先住民の言語を話している人たちが数多くいます。たとえばそれがメキシコだったら、ユカタン半島のヤマ人たちはマヤ語を母語としていますが、メキシコ人ですから、公用語であるスペイン語も話せなければならないのです。(西江、p. 50--51)


 日本人にとって母語以外に1つ以上の言語を操ることができるということは,ほとんどの場合,語学学習の結果としてだろう.そして,義務教育である英語学習を1つとってみても,それがいかに多くの時間と労力を要するか,皆よく知っている.したがって,ある人が multilingual だときくと,不断の学習の成果にちがいないと思い込んで,驚嘆し賞賛するのである.しかし,世界の多くの multilingual な個人は,"naturally and unselfconsciously" に複数の言語を獲得しているのである.そこに努力がまるでないというわけではないが,当該の言語共同体が要求する社会的慣習の1つとして複数の言語を習得するのである.そのような人々は,私たちが案ずるよりもずっと自然で無意識に言語を学習してしまうようだ.
 いったん multilingualism が古今東西の言語共同体のデフォルトだと認識すると,むしろ monolingualism こそが説明を要する事態のように見えてくる.さらに議論を推し進めると,とりわけ英語一辺倒となりつつある現代世界の言語状況,すなわち英語の monolingualism は異常であるという意見が現われ,結果として英語帝国主義批判(linguistic_imperialism の記事を参照)やネイティヴ・スピーカー・プロブレム native_speaker_problem) なる問題が生じてきている.「#272. 国際語としての英語の話者を区分する新しいモデル」 ([2010-01-24-1]) も,多言語使用が常態であり,単一言語使用が例外的であるという認識のもとで提起されたモデルである.

 ・ Hudson, R. A. Sociolinguistics. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1996.
 ・ Wardhaugh, Ronald. An Introduction to Sociolinguistics. 6th ed. Malden: Blackwell, 2010.
 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.
 ・ 西江 雅之 『新「ことば」の課外授業』 白水社,2012年.

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2013-02-22 Fri

#1397. 断続平衡モデル [punctuated_equilibrium][family_tree][linguistic_area][world_languages][nostratic][sociolinguistics]

 近隣言語のあいだにみられる関係を把握する方法には,伝統的に系統樹モデル (family_tree) と波状モデル (wave_theory) が提唱されている.前者が前提とするのは系統樹によって表わされる語族 (language_family) という考え方であり,後者が前提とするのは言語圏 (linguistic_area である.両者の対立については,##999,1118,1236,1302,1303,1313,1314 などの各記事で取り上げてきた.だが,実際には「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]) で議論したように,両モデルは対立する関係というよりは,相互に補完すべき関係というほうが適切だろう.しかし,互いがどのような関係にあるのか,具体的にはあまり論じられていないのが現状である.
 ディクソンは,両モデルを独特な形で融合させようと試みた.その結果として提案された仮説が,断続平衡モデル (punctuated equilibrium) である.
 断続平衡モデルの説明は著書のあちらこちらに散らばっているが,最も重要と思われる箇所を,やや長いが,先に引用しよう.

 本書で私はある仮説を立てた。一九七二年にエルドリッジとグールドがはじめて発表した生物学における断続平衡 (punctuated equilibrium) というモデル〔種の進化には変化のない長期の安定期と、それと比べて相対的に著しく急速な種分化と形態変化によって特徴づけられる中間期があるとする仮説〕に触発され、この考えを言語の発達と起源に当てはめてみたのである。人類の歴史の大部分の期間は平衡状態が保たれてきた。ある地域には、多くの、似たようなサイズや組織の政治集団があったと考えられる。そこではどの集団も他の集団の上にとりわけ大きな力を持つということはなく、それぞれが自分たちの言語または方言を話していただろう。これらの言語は、比較的平衡を保ちつつ長い期間にわたって言語圏を形づくっていく。しかし何事もまったく静止状態だったわけではない――潮の干満のようにゆったりした変化や推移はあっただろう――が、どちらかといえば小さなものだ。そして平衡が破られる時が訪れ、急激な変化が起きる。この中断は旱魃や洪水などの自然災害によるものかもしれないし、新しい道具や武器の発明、または農耕の発達、新しい土地への移動を可能にした船舶の改良、さらには帝国主義の発達や宗教的侵略によりひき起こされたものかもしれない。平衡状態を破るこのような中断は、往々にして言語の内部や言語間に根本的な変革をもたらす引き金となる。このため人々の集団や言語は拡張したり、分裂したりする。言語の系統樹モデルが適用できるのはこの、非常に長い平衡期の間に挟まっているごく短い中断期なのである。
 私の推論では、平衡期の間に、同地域に存在する異なる言語間に種々の言語特徴が伝播する傾向があり、非常に長い時間をかけてではあるが、一つの共通の原型に収束する。そして拡張と分裂で特徴づけられる中断期には、一つの共通祖語から分岐して、一連の新しい言語が発達するのである。
 この仮説は当然言語の起源の問題と結びつくが、それにはいくつかの可能性が考えられる。一つは、言語が大変にゆっくりと、つまり千年以上もかかってほんの数百の語や少しの文法項目を増やしていくといった具合に、未発達の言語から原始的な言語に、さらに少し進歩して前近代的言語、そして近代的言語にと進化して現代の姿になる、というものだ。しかし私の考える筋書はこれとは違う。初期の人間は比較的安定した状態のなかで生活し、認知、伝達能力を増やしていっただろうと思うが、言語は持たなかったのではないだろうか。そこに、なんらかの中断期が訪れて言語が発生したのだと考える。この過程はかなり急激に起き、二、三世紀あるいは多分二、三世代のうちには、原始的な言葉の断片というよりむしろ、現在話されている言語の複雑さに劣らないくらい十分発達した、まさに言語と呼べるものができあがったのではないかと思う。そして次にまた長い平衡期が始まる。 (4--5)


 著者は,この引用の後で,この2千年,特にこの数百年は格段の中断期であり,系統樹モデルでよりよく説明される諸言語の分岐が起こっているのだと主張する.また,系統樹モデルでいう祖語のとらえ方については,次のように述べている.

中断期の前後に横たわる長い言語的平衡期の間、地域の人々は比較的調和を保って生活する。たくさんの言語特徴を含んだ、多くの文化的特性が伝播波及する。同一地域の言語は互いに似通ったものとなっていく――これらの言語は一つの共通の原型に向かって収束するだろう。やがて、この収束によりもとの系統関係すなわち最後の中断期にあった系統樹の先端がぼやけていく。 (129)


系統樹モデルで特徴づけられる言語の拡張と分裂という観念に基づいて、比較言語学者はしばしば祖語を、あたかも中断期に起きた急速な分裂の結果生まれたものであるかのようにみなす。だが多分そうではないだろう。中断期は長い平衡期の間に間欠的に挟まるもので、祖語を担う語族の始まりはすでに平衡期に潜在する。つまり、一つの言語圏内で言語間の収束が起き、そこから生まれた言語状態が語族の下地となったのだと思う。実際、一つの語族はたった一つの言語から生まれ出るわけではないのではないか。 (138)


 最後の点については,「#736. 英語の「起源」は複数ある」 ([2011-05-03-1]) でも少しく触れた問題である.
 ディクソンは,オーストラリアを始めとする世界の諸言語のフィールドワークによって得た知見に基づき,断続平衡モデルをありそうな仮説であると提案したが,反証がほぼ不能という点では,彼の酷評する Nostratic 大語族 ([2012-05-16-1]) と異ならない.それでも,しばしば対立させられる系統樹モデルと波状モデルとを,大きな言語史のスパンなのなかで統合して理解しようとする姿勢には共感する.
 系統樹モデルの抱える問題に関しては,第III章「系統樹モデルはどこまで有効か」が秀逸である.

 ・ ディクソン,R. M. W. 著,大角 翠 訳 『言語の興亡』 岩波書店,2001年.

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2013-01-31 Thu

#1375. インターネットの使用言語トップ10 [elf][statistics][internet][demography][world_languages]

 世界のインターネット使用が爆発的に増加している.Miniwatts Marketing Group による Internet World Stats: Usage and Population Statistics から Internet World Users by Language: Top 10 Languages のデータを参照すると,2000--2011年のあいだに全世界での使用者数が約5倍増えたと報告されている.では,インターネットの使用言語の分布についてはどうか.同ページより,インターネットにおけるトップ10言語の統計値を再掲しよう.2011年5月31日現在の数値である.

TOP TEN LANGUAGES IN THE INTERNETInternet Users by LanguageInternet Penetration by LanguageGrowth in Internet (2000--2011)Internet Users% of TotalWorld Population for this Language (2011 Estimate)
English565,004,12643.4%301.4%26.8%1,302,275,670
Chinese509,965,01337.2%1,478.7%24.2%1,372,226,042
Spanish164,968,74239.0%807.4%7.8%423,085,806
Japanese99,182,00078.4%110.7%4.7%126,475,664
Portuguese 82,586,60032.5% 990.1%3.9%253,947,594
German75,422,67479.5%174.1%3.6%94,842,656
Arabic65,365,40018.8% 2,501.2%3.3%347,002,991
French59,779,52517.2%398.2%3.0%347,932,305
Russian59,700,00042.8%1,825.8%3.0%139,390,205
Korean39,440,00055.2% 107.1%2.0%71,393,343
TOP 10 LANGUAGES1,615,957,33336.4%421.2%82.2%4,442,056,069
Rest of the Languages350,557,48314.6%588.5%17.8%2,403,553,891
WORLD TOTAL2,099,926,96530.3% 481.7%100.0%6,930,055,154


 トップの言語は,いまだ英語である.トップを守っているという点では,「#1084. 英語の重要性を示す項目の一覧」 ([2012-04-15-1]) で見た通り,1980--90年代の状況と異ならない.しかし,増加率という点では,おそらく当時の勢いから大きく減退している.少なくとも,中国語,スペイン語,ポルトガル語,アラビア語,ロシア語などと比べて相対的に勢いは衰えているといえる([2009-10-08-1]の記事「#164. インターネットの非英語化」を参照).インターネット使用者数そのものでみれば,英語は早晩中国語に抜かれることは間違いないが,第3位のスペイン語との間にはまだ隔たりがある.現在は,英中ツートップの時代といえそうだ.
 なお,最右列の言語話者の人口統計は U.S. Census Bureau に基づくものだというが,そこでは英語話者人口が約13億7千万とされている.これは,母語話者のみならず第2言語話者も含めた値であることは疑いない.
 第2列と最右列の下の3行をみると,いかに少数の言語が世界の大部分を占めているかがわかる.関連して,「#274. 言語数と話者数」 ([2010-01-26-1]) のピラミッド状の分布を参照されたい.
 ほかに英語話者人口にまつわる統計は,本ブログ内の以下の記事でも触れているので,参考までに.

 ・ 「#375. 主要 ENL,ESL 国の人口増加率」 ([2010-05-07-1])
 ・ 「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」 ([2010-05-29-1])
 ・ 「#759. 21世紀の世界人口の国連予測」 ([2011-05-26-1])

Referrer (Inside): [2015-07-08-1]

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2013-01-30 Wed

#1374. ヨーロッパ各国は多言語使用国である [bilingualism][world_languages]

 ヨーロッパには各国に定められた公用語があり,国民は一様にそれを母語として用いて暮らしている,という理解は一般的なのかもしれない.確かにスイスやベルギーなどの多言語使用国もあるが,概ね,イギリス=英語,フランス=フランス語,ドイツ=ドイツ語,スペイン=スペイン語のように,国家と言語が一対一で対応しているものと理解されているのではないか.
 しかし,これは誤りである.近代国家成立の過程で「1国家=1言語」という思想が一般的になり,現代もその余波のなかにあるが,事実には明らかに反している.ヨーロッパ各国は,世界のほぼすべての国や地域と同じように,紛れもなく multilingual である.アイスランド(や日本)のような例外中の例外ともいえる事実上の単一言語国はあるにせよ,である.
 Ethnologue などの世界の言語統計の資料でヨーロッパの項目を一見すればわかるとおり,ヨーロッパ各国では驚くほど多くの言語が行なわれている.逆に,言語名から探るにしても,ある言語がいかに多くの異なる国で行なわれているかがわかる.「1国家=1言語」が事実に反することは明らかである.ヨーロッパの各国と言語の対応をここで細かく挙げる必要はないだろうが,主要な対応をまとめておくと便利だろうと思われるので,Trudgill (121--22) の一覧を再現しよう.以下の表の見出しの言語は,通常,ヨーロッパの特定の国家と結びつけられる主要な言語だが,その言語は右に示す国でも少数言語として行なわれている.

German   Denmark, Belgium, France, Italy, Slovenia, Serbia, Romania, Russia, Ukraine, Kazakhstan, Hungary, Czechia, Poland
Turkish   Greece, Macedonia, Serbia, Bulgaria, Romania, Moldova, Ukraine
Greek   Italy, Macedonia, Albania, Bulgaria, Romania, Ukraine, Turkey
Albanian   Greece, Serbia, Montenegro, Macedonia, Italy
Hungarian   Austria, Serbia, Romania, Slovenia, Slovakia, Ukraine
Finnish   Sweden, Norway, Russia
Swedish   Finland
French   Italy
Polish   Lithuania, Czechia, Ukraine
Bulgarian   Romania, Greece, Ukraine
Danish   Germany
Dutch   France
Italian   Slovenia, Croatia
Russian   Estonia, Latvia, Lithuania, Ukraine
Ukrainian   Romania, Slovakia, Poland
Slovak   Hungary, Romania, Czechia
Czech   Poland, Romania, Slovakia
Slovene   Austria, Italy
Macedonian   Greece, Albania
Lithuanian   Poland
Rumanian   Greece, Bulgaria, Albania, Serbia, Macedonia


 次の表で見出しに挙がっているのは,どの国においても少数派である言語である.右側に,その言語が行なわれている国が挙げられている.

Sami (Lapp)   Norway, Sweden, Finland, Russia
Frisian   Germany, Netherlands
Basque   Spain, France
Catalan   Spain, France
Breton   France
Sorbian   Germany
Kashubian   Poland
Welsh   UK
Gaelic   UK


 上の最後にあるように,イギリスですら英語のほか Welsh や Scottish Gaelic が部分的に行なわれているし,インド亜大陸からの移民に由来する Punjabi や Bengali などの言語も行なわれている.そのほか,Yiddish や Romany などは,ヨーロッパ大陸の多くの国で少数言語として用いられている.
 おそらくヨーロッパで最も多言語の国の1つとして挙げられるのは,ルーマニアだろう.Ethnologue の Romania の項から分かるとおり,公用語の Romanian が人口の9割に用いられているものの,その他23もの言語が少数言語として行なわれている (Armenian, Aromanian, Bulgarian, Crimean Tatar, Czech, Eastern Yiddish, Gagauz, German (Standard), Gheg Albanian, Greek, Hungarian, Italian, Polish, Romani (Balkan), Romani (Carpathian), Romani (Vlax), Romanian Sign Language, Romany, Russian, Serbian, Slovak, Turkish, Ukrainian) .

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

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2012-12-01 Sat

#1314. 言語圏 [linguistic_area][phonetics][borrowing][world_languages][geolinguistics]

 昨日の記事「#1313. どのくらい古い時代まで言語を遡ることができるか」 ([2012-11-30-1]) で,言語圏 (linguistic area) という考え方を導入した.今日は,これについてもう少し説明を加えたい.
 地理的に隣り合う言語どうしが長いあいだ接触し続けると,言語特徴が互いに似通ってくるのではないかと想像することができる.多くの言語特徴が束になって言語境界を越えて往来し,結果的に周辺の言語がまとまった類似性を示すということがあるだろう.このようにして生じたと想定される地理空間のことを,言語圏と呼んでいる."linguistic area" のほか,"Sprachbund", "diffusion area", "adstratum", "convergence area" などとも呼ばれることがある.言語圏という概念は,借用されやすい語彙よりも,とりわけ音声や文法において顕著な類似性が見られる場合に言及されることが多い.
 よく知られている言語圏としては,昨日の記事で触れたインド諸語に関する South Asian (or Indian subcontinent) linguistic area のほか,Balkan linguistic area, Baltic linguistic area, Ethiopian linguistic area, Mesoamerican linguistic area, Northwest coast (of North America) linguistic area などが挙げられる.とりわけ Balkan linguistic area は有名である.バルカン半島には, いずれも印欧語族には属するが,Serbo-Croatian, Macedonian, Bulgarian (Slavic) ,Romanian (Italic),Greek (Hellenic), Albanian (Albanian) など異なる語派の諸言語がひしめき合っている.系統的には互いに遠いといってよいが,何世紀ものあいだ隣接して暮らしてきたことにより,いくつかの共通の特徴をもつにいたった.これらはバルカン的特徴 (Balkanisms) と呼ばれている.バルカン的特徴は,たとえ系統的には近い関係であっても圏外の諸言語には観察されない特徴である.その1つとして,Albanian, Bulgarian, Macedonian, Romanian に共通して見られる冠詞の後置を挙げておこう.他のヨーロッパ諸語で冠詞の後置をおこなうのは地理的に遠く離れた北欧諸語のみであるから,バルカン言語圏を想定しない限り,この特徴は説明できない.
 もう1つ有名なのは,南アフリカで話されている Sotho, Zulu, Xhosa などの Bantu 諸語や,Bushman, Khoikhoi などの Khoisan 諸語にまたがって行なわれている舌打ち音 (click) である.世界の言語のなかでも非常に珍しい発音であり,これが1地域の諸言語に共通して用いられているのは偶然とは考えられない.[2012-03-17-1]の記事で取り上げた「#1055. uvular r の言語境界を越える拡大」も言語圏に関する話題である.
 以上,主としてトラッドギル (188--93) を参考にして執筆した.

 ・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
 ・ P. トラッドギル 著,土田 滋 訳 『言語と社会』 岩波書店,1975年.

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2012-11-30 Fri

#1313. どのくらい古い時代まで言語を遡ることができるか [family_tree][comparative_linguistics][typology][origin_of_language][reconstruction][linguistic_area][indo-european][world_languages]

 言語学では,言語の過去の姿を復元する営みを続けてきた.かつての言語がどのような姿だったのか,諸言語はどのように関係していたか.過去の言語資料が残っている場合には,直接その段階にまで遡ることができるが,そうでない場合には理論的な方法で推測するよりほかない.
 これまでに3つの理論的な手法が提案されてきた.(1) 19世紀に発展した比較言語学 (comparative_linguistics) による再建 (reconstruction),(2) 言語圏 (linguistic area) における言語的類似性の同定,(3) 一般的な類似性に基づく推測,である.(1), (2), (3) の順に,遡ることができるとされる時間の幅は大きくなってゆくが,理論的な基盤は弱い.Aitchison (166) より,関連する言及を引用しよう.

Comparing relatives --- comparing languages which are descended from a common 'parent' --- is the oldest and most reliable method, but it cannot go back very far: 10,000 years is usually considered its maximum useful range. Comparing areas --- comparing similar constructions across geographical space --- is a newer method which may potentially lead back 30,000 years or more. Comparing resemblances --- comparing words which resemble one another --- is a highly controversial new method: according to its advocates, it leads back to the origin of language.


 比較言語学の系統樹モデルでたどり着き得る極限はせいぜい1万年だというが,これすら過大評価かもしれない.印欧語族でいえば,仮により古くまで遡らせる Renfrew の説([2012-05-18-1]の記事「#1117. 印欧祖語の故地は Anatolia か?」を参照)を採るとしても,8500年程度だ(Nostratic 大語族という構想はあるが疑問視する向きも多い;nostratic の記事を参照).再建の手法は,理論的に研ぎすまされてきた2世紀近くの歴史があり,信頼をおける.
 2つ目,言語圏の考え方は地理的に言語間の類似性をとらえる観点であり,言語項目の借用の分布を利用する方法である.例えば,インドの諸言語では,語族をまたいでそり舌音 (retroflex) が行なわれている.比較的借用されにくい特徴や珍しい特徴が地理的に偏在している場合には,言語圏を想定することは理に適っている.系統樹モデルに対抗する波状モデル (wave_theory) に基づく観点といってよいだろう.
 最近,Johanna Nicholas が "population typology" という名のもとに,新しい言語圏の理論を提起している.人類の歴史的な人口移動はアフリカを基点として主に西から東への移動だったが,それと呼応するかのように一群の言語項目が西から東にかけて特徴的な分布を示すことがわかってきた.例えば,inclusive we と exclusive we の対立,名詞複数標識の中和,所有物の譲渡の可否による所有表現の差異などは,東へ行けば行くほど,それらを示す言語の割合は高まるという.もし Nicholas の理論が示唆するように,人類の移動と特定の言語項目の分布とが本当に関連づけられるのだとすれば,人類の移動の歴史に匹敵する古さまで言語を遡ることができることになる.そうすれば,数万年という幅が視野に入ってくる.予想されるとおり,この理論は広く受け入れられているわけではないが,大きく言語の歴史を遡るための1つの新機軸ではある.この理論に関する興味深い案内としては,Aitchison (169--72) を参照.
 3つ目は,まったく異なる諸言語間に偶然の一致を多く見いだすという手法(というよりは幸運)である.例えば,原義として「指」を意味していたと想定される tik という形態素が,一見すると関連のない多くの言語に現われるという事実が指摘されている.そして,この起源は10万年前に遡り得るというのである.しかし,これは単なる偶然として片付けるべきもので,歴史言語学の理論としてはほとんど受け入れられていない.
 比較言語学で最もよく研究されている印欧語族においてすら,正確な再建の作業は困難を伴う.population typology も,うまくいったとしても,特定の言語項目の大まかな再建にとどまらざるをえないだろう.現時点の持ち駒では,遡れる時間の幅は,大目に見て1万年弱というところではないか.

 ・ Aitchison, Jean. The Seeds of Speech: Language Origin and Evolution. Cambridge: CUP, 1996.

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2012-11-02 Fri

#1285. FLASHで英語史略年表 [timeline][history][flash][web_service][world_languages][loan_word][link]

 マンチェスター大学の発信する,子供向け教育コンテンツを用意しているこちらのサイトのなかに,Timeline of English Language なるFLASHコンテンツを発見した.粗い英語史年表で,あくまで導入的な目的での使用を念頭に置いたものだが,話の種には使えるかもしれないので紹介しておく.
 言語に関する他のコンテンツへのリンクは,こちらにある.次のものなどは,結構おもしろい.

 ・ World Language Map
 ・ Borrowing Game

 簡易年表ということでいえば,A brief chronology of English なるものを見つけた.本ブログ内では,timeline を参照.

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2012-10-25 Thu

#1277. 文字をもたない言語の数は? [world_languages][writing][statistics]

 世界の言語の数を把握するのが困難なことは,「#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか」 ([2010-01-22-1]) や「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1]) の記事で取り上げてきた.私は,言語学概説書の記述や Ethnologue の統計に従って,現在,世界で行なわれている言語は6000--7000個ほどと認識しているが,あくまで仮の数字である.この数のうちどれほどの言語が文字をもっているのかに関心があるが,これまで文献上で概数の言及すらみつけたことがなかった.
 先日,Crystal (17) に,軽い言及を見つけた.そこでは,4割ほどの言語(計2000言語を越える)が文字に付されたことがない言語であると述べられている.だが,この推計の根拠が何であるかが知りたいところである.また,逆算すると世界の言語の数は約5000個となるが,これは Crystal の他書での推計よりも少ないのではないか.また,文字をもたない言語数でなく,文字を読み書きできない話者数で考えると,世界人口の何割くらいになるのだろうか.ある言語に文字が備わっているということと,その話者がその文字を読み書きできることとは別の問題であるはずだ.いろいろと疑問がわき出して止まらないが,言語の数にもまして,実際上,数え上げは困難を極めるだろう.
 勘としては,Crystal の言及よりもずっと多くの言語が無文字ではないかと思っていたので,意外ではあった.大した根拠のないのが勘というものだが,「#274. 言語数と話者数」 ([2010-01-26-1]) の統計から見当をつけて,話者数が数千人以下の言語に無文字言語が多いのではないかと踏んでいた.
 通時的な観点からは,文字をもつ言語がどのくらいの速度で増えていったのか,世界の人々の識字率がどのように推移してきたのかという設問も興味深い.前者は文字文化の伝播の問題,後者は識字能力の独占の歴史や読み書き教育の推進といった問題にかかわる.どの問題1つをとっても,すぐには解答を得られないだろう.
 本格的に調べれば,適当な概数の提案に行き当たるのかもしれない.この問題に触れている文献をご存じの方がいましたら,ぜひ教えてください.
 関連して,文字の発生については「#41. 言語と文字の歴史は浅い」 ([2009-06-08-1]) ,書き言葉の話し言葉に対する二次的な性質については「#748. 話し言葉書き言葉」 ([2011-05-15-1]) を参照.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2012-05-17 Thu

#1116. Nostratic を超えて Eurasian へ [language_family][indo-european][nostratic][eurasian][world_languages][map][family_tree][comparative_linguistics]

 昨日の記事[2012-05-16-1]で「#1115. Nostratic 大語族」の仮説 (The Nostratic Theory) を紹介したが,現在,歴史言語学および言語類型論の関心から,さらに上を行く壮大な言語系統図の構想が抱かれている.
 1つには,Nostratic 大語族とは独立した大語族として,North Caucasian, Sino-Tibetan, Yeniseian, Eyak-Athapascan の4語族を含む Sino-Caucasian あるいは Dene-Caucasian 大語族が提案されている([2011-02-08-1]の記事「#652. コーカサス諸語」の一番下の図を参照).それに加えて,アメリカ・インディアンのほとんどの言語を含むといわれる Amerind 大語族(この語族の設定自体が論争の的となっている)の仮説が唱えられている.Ruhlen は,究極の Eurasian 祖語を仮設し,上記の大語族間の系統関係を次のように想定した(Gelderen, pp. 31 の図をもとに作成).

Family Tree of Eurasian


 Eurasian を仮定したとしても,アフリカの3語族,オーストラリアの語群,太平洋の語群は,これに包含されず,孤立している.いずれも Eurasian 祖語以前に分裂したものと想定される.
 Geldren (29--32) は,英語史概説書としては珍しく,このような大語族の仮説にまで踏み込んで記述しており,有用.世界の諸語族については,[2010-05-30-1]の記事「#398. 印欧語族は世界人口の半分近くを占める」や,Ethnologue より language family index が参考になる.Oxford 提供のユーラシア大陸の簡単な言語地図も参照.  *  

 ・ Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006.
 ・ Ruhlen, Merritt. The Origin of Language. New York: Wiley, 1994.

Referrer (Inside): [2017-02-07-1] [2017-02-05-1]

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