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spelling_pronunciation_gap - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-06-05 08:55

2010-10-19 Tue

#540. Ralph の発音 [pronunciation][etymology][personal_name][spelling_pronunciation_gap]

 授業で学生から,男性の名前 Ralph がなぜ /reɪf/ と発音されるのかという質問があった.なるほど,Ralph には綴字から予想される /rælf/ の発音もあるが,/reɪf/ という発音もある.後者は伝統的な発音で,特にイギリスで多く聞かれる人名である.例えば,アメリカ人作家 Ralph Waldo Emerson やアメリカ人ファッション・デザイナー Ralph Lauren では前者の発音が,イギリス人作曲家 Ralph Vaughan Williams では後者の発音が聞かれる.
 この名前は,Old Norse の RaðulfrRadulf として Old Norman French に入り,その短縮形 Raulf が英語に入ってきたものである.Old Norse の形態は古英語の Rǣdwulf ( rǣd "counsel" + wulf "wolf" ) に対応し「助言する狼」ほどの意である.現在の綴字は18世紀に一般化した.<ph> の綴字はラテン語あるいはギリシア語の綴字習慣を摸した一種の格好つけだろう.wulf はもともとこれら古典語に由来するわけではないので etymological respelling ( see [2009-08-21-1], [2009-11-05-1] ) とは呼べないが,効果としては同類と考えられる.
 <ph> の綴字をもつようになった別の例としては,古英語の rand "shield" + wulf "wolf" に由来する Randolph がある.Bēowulf ( bēo "bee" + wulf "wolf" ) も現代に伝わっていたら,*Beewolph とか *Beelph のような名前になっていたかもしれない.
 さて,/reɪf/ という発音についてはどうだろうか./rælf/ から /reɪf/ への発音変化の道筋については,調べてみたが詳細は分からなかった.しかし,次のような道筋が想定されるだろう./reɪf/ が大母音推移の出力結果だとすると,入力は /raːf/ である.後者の発音は,Raulf などの初期形態から子音 l の脱落あるいは先行母音との融合によって容易に到達しうる.実際に,Rauf, Rafe などの中間形態を表わす綴字が歴史的に例証される.発音と綴字がそれぞれつかず離れずに発展し,最終的にはちぐはぐな対応関係 <Ralph> = /reɪf/ に至ったというのが真相ではないか.人名や地名などの固有名詞,特にイギリスのものには,このような「ちぐはぐ」が多く見られる ( see [2010-07-18-1] ) .

Referrer (Inside): [2015-01-14-1]

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2010-09-12 Sun

#503. 現代英語の綴字は規則的か不規則的か [spelling_pronunciation_gap][statistics]

 現代英語の綴字と発音の関係は,母語話者にとっても非母語話者にとってもしばしば非難の対象になるが,[2010-02-05-1]の記事で少し触れたとおり,世間で酷評されるほどひどくないという主張がある.Crystal (72) によれば綴字が完全に不規則な日常英単語はわずか400語程度にすぎないという.また,以下のように綴字の規則性は75%〜84%にも達するという推計もある.

English is much more regular in spelling than the traditional criticisms would have us believe. A major American study, published in the early 1970s, carried out a computer analysis of 17,000 words and showed that no less than 84 per cent of the words were spelled according to a regular pattern, and that only 3 per cent were so unpredictable that they would have to be learned by heart. Several other projects have reported comparable results of 75 per cent regularity or more. (Crystal, pp. 72--73)



 この数値をみると,確かに巷で騒がれるほど英語の綴字はめちゃくちゃではないのだなと感じるかもしれない.しかし,こうした推計値は,解釈に際して2つの点で注意すべきである.1つは,推計値は調査対象とする語彙の範囲(例えば明らかに不規則性が多く観察される地名や人名などの固有名詞を含むかどうか)や規則性の計測の仕方(例えば meat, meet, mete の綴字はいずれもある意味で規則的と判断できるが,/mi:t/ を綴る可能性が3種類もあると考えれば予測不可能性は増し,その分不規則的ともいえる)などに大きく依存するという点である.何をどのように数えるかということが肝心である.
 それでも,複数の推計で法外に大きく異なる値が出たわけではないので,ひとまず上の値を受け入れると仮定しよう.その場合でも,次の点を考慮する必要がある.数値が客観的であるとしても,その数値をどのように解釈すればよいかという基準が主観的あるいは相対的になることがありうるという点である.具体的に言えば,綴字の規則性を示す84%という上述の値は,本当に高いと評してよいのだろうか.綴字と発音の関係が例外なしの完璧な場合を100%と考えているのだろうが,その正反対である0%というのはローマ字のような表音文字 ( see [2010-06-23-1] ) を話題にしている限り,定義上ありえない.表語文字である漢字ですら,形声文字では,音読みに関する限り,読み方の予測可能性はかなり高いのである.つまり,100%の対極として0%を想定することは現実的にはありえない.取り得る値の範囲は,0--100% ではなく,例えば 50--100% くらいに落ち着くはずである.その中で84%という数値を評価する必要がある.
 また,英語と同じローマ字を用いる他のヨーロッパ語を考えてみると,フランス語やドイツ語などで同じような推計をとると限りなく100%に近くなるのではないかと想像される.それと比較すると,英語の84%という値は相当に低いとも考えられる.「表音文字で綴られる言語」を標榜している限り,完璧な100%までは求めずともせめて95%くらいは欲しい,譲っても90%だなどと考えれば,84%では心許ないともいえる.「表音文字」であるから100%を建前としているし,取り得る値のボトムが0%でありえないという上記の前提を考慮すると,英語の84%という値の解釈は難しい.
 出てきた数値はそれなりに客観的だとしても,その解釈は相対的にならざるを得ないと考える所以である.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2010-07-12 Mon

#441. Richard Mulcaster [orthoepy][orthography][spelling_reform][spelling_pronunciation_gap][popular_passage][mulcaster][hart]

 [2010-07-06-1]の記事で <oa> の綴字との関連で Richard Mulcaster という名に触れたが,今日は英語綴字改革史におけるこの重要人物を紹介したい.
 Richard Mulcaster (1530?--1611) は,Merchant-Taylors' School の校長,そして後には St. Paul's School の校長を歴任した16世紀後半のイングランド教育界の重鎮である.かの Edmund Spenser の師でもあった.彼の教育論は驚くほど現代的で,教師を養成する大学の設立,教師の選定と給与の問題,よい教師に最低年次を担当させる方針,教師と親の関係,個性に基づいたカリキュラム作成など,250年後にようやく一般に受け入れられることになる数々の提言をした.彼はこうした教育的な動機から英語の綴字改革にも関心を寄せ始め,1582年に保守派を代表する書 The First Part of the Elementarie を世に送った(文法を扱うはずだった The Second Part は出版されなかった).
 16世紀は大母音推移 ( Great Vowel Shift ) が進行中で,綴字と発音の乖離の問題が深刻化し始めていた.多数の正音学者 ( orthoepist ) が輩出し,この問題を論じたが,大きく分けて急進派と保守派に分かれていた.急進派は,一文字が一音に厳密に対応するような文字体系を目指す表音主義の名の下に,新しい文字や文字の使い方を提案した.John Cheke (1514--57),Thomas Smith (1513--77), John Hart (d. 1574), William Bullokar (1530?--1590?) などが急進派の代表的な論者である.
 それに対して,伝統的・慣習的な綴字の中に固定化の基準を見つけ出そうとする現実即応主義をとるのが保守派で,Richard Mulcaster を筆頭に,1594年に Grammatica Anglicana を著した P. Gr. なる人物 ( Paulo Graves? ) や 1596年に English Schoole-Maister を著した E. Coote などがいた.急進的な表音主義路線はいかにも学者的であるが,それに対して保守的な現実路線をとる Mulcaster は綴字が発音をそのまま表すことはあり得ないという思想をもっていた.綴字と発音の関係の本質を見抜いていたのである.結果としては,この保守派の現実的な路線が世論と印刷業者に支持され,Coote の著書が広く普及したこともあって,後の綴字改革の方向が決せられた.17世紀後半までには綴字はおよそ現代のそれに固定化されていたと考えてよい.18世紀にも論争が再燃したが,保守派の Samuel Johnson による A Dictionary of the English Language (1755) により,綴字はほぼ現代の状態へ固定化した.現代英語の綴字体系の是非はともかくとして,そのレールを敷いた重要人物として Mulcaster の英語史上の役割は大きかったといえるだろう.
 Mulcaster は,イングランドが力をつけはじめた Elizabeth 朝の時代に,英語の独立と卓越に確信をもった教育者だった.彼の英語に対する信頼と自信は,著書 The First Part of the Elementarie からの次の有名な文に表れている.

I loue Rome, but London better, I fauor Italie, but England more, I honor the Latin, but I worship the English.


Title Page of Mulcaster's The First Part of the Elementarie

 ・ Mulcaster, Richard. The First Part of the Elementarie. Menston: Scolar Reprint 219, 1582. (downloadable here from OTA)

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2010-02-06 Sat

#285. 英語の綴字と漢字の共通点 (2) [grammatology][alphabet][spelling_pronunciation_gap][kanji][homophone]

 昨日の記事[2010-02-05-1]の続編.英語の文字体系を漢字と同じ表語文字(正確には表形態素文字)ととらえれば,喧伝されている英語綴字の不条理について,不満が少しは静まるのではないかという話である.
 日本語の不便の一つに同音異綴 ( homophony ) がある.例えば「こうし」と仮名で書いた場合,『広辞苑』によればこれは44語に対応する.

子牛・犢,工師,公子,公司,公私,公使,公試,孔子,甲子,交子,交趾・交阯,光子,合志,好士,考試,行死,行使,孝子,孝志,更始,厚志,厚紙,後肢,後翅,後嗣,皇子,皇師,皇嗣,紅脂,紅紫,郊祀,香脂,格子,貢士,貢使,高士,高志,高師,黄紙,皓歯,構思,嚆矢,講師,恋し


 発音ではアクセントによって「子牛」と「講師」などは区別がつけられるが,大部分は区別不能である.文脈によって判別できるケースも多いだろうが,何よりも漢字で書けば一発で問題は解決する.これは,漢字の本質的な機能が,音を表すことではなく語(形態素)を表すことにあるからである.
 英語では,同音異義はこれほど著しくはないが,やはり存在する.so, sow, sew はいずれも /səʊ/ と発音されるが,語(形態素)としては別々である.通常は文脈によって判別できるだろうが,やはり綴字の違いがありがたい.これも,英語の綴字の機能の一部として,音でなく語(形態素)を表すという役割があるからこそである.ここにも,英語の綴字と漢字の共通点があった.

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2010-02-05 Fri

#284. 英語の綴字と漢字の共通点 [grammatology][alphabet][spelling_pronunciation_gap][kanji]

 日本語の文字体系において,仮名は音(音節)を表し,漢字は主に語を表す.もちろん漢字にも音は付随しているが,通常,仮名のように一対一で音に対応しているわけではない.たとえば,<言>という漢字は /い(う)/, /こと/, /げん/, /ごん/ と複数の音読の仕方がある.日本語の非母語学習者が漢字を覚えるのはさぞかし大変だろうと思うが,非英語母語話者が英語を学習する場合にも,程度の差こそあれ同じような面倒を経験している.
 "alphabet" は表音文字と同義に用いられることもあるが,見方によれば,特に英語の alphabet の場合,phonetic どころか phonemic ですらない.これまでにもいくつかの記事で spelling_pronunciation_gap の話題を取り上げてきたように,英語ではある文字がただ一つの音素に対応するということはなく,文字体系は一見めちゃくちゃである.だが,英単語の約84%については綴字が対応規則により予想可能だといわれており (Pinker 187),世間で非難されるほどひどい文字体系ではないという意見もある.
 ここで発想を転換して,英語の文字体系は表音文字でなく(漢字と同じ)表語文字である,と考えてみよう.より正確にいえば,語 ( word ) というよりは形態素 ( morpheme ) を表す文字であると考える.たとえば,photograph, photographic, photography という一連の語のそれぞれについて <photograph> の部分を内部分割できない一つのまとまりとして,一文字の漢字であると想像してみよう.いまや <photograph> は「写真,画」を意味する一形態素 {photograph} を表す一漢字であるから,先の3語はそれぞれたとえば <画>, <画ic>, <画y> などと書けることになる.ちょうど漢字の <画> が /か(く)/, /かく/, /が/ など複数の音連鎖に対応しているように,<photograph> が上記3語において /ˈfəʊtəgrɑ:f/, /ˌfəʊtəˈgræf/, /fəˈtɒgrəf/ という複数の音連鎖に対応しており,このこと自体は不思議ではない.音でなく形態素に対応しているがゆえに,photograph, photographic, photography の派生関係や語源的つながりは一目瞭然であり,便利であるともいえる.
 このように英語の綴字と漢字には共通点があると考えると,漢字を使いこなす日本人にとって,英語の spelling-pronunciation gap などかわいいものではないだろうか.また,英語母語話者の綴り下手も,日本人の漢字力の衰えと比較すれば合点が行く.

 ・Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.

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2009-11-23 Mon

#210. 綴字と発音の乖離をだしにした詩 [spelling_pronunciation_gap][youtube]

 現代英語の綴字と発音の乖離は,英語史上の主要な問題であり,本ブログでも定番の話題となってきた(関連記事を参照→spelling_pronunciation_gap).
 今日はこの乖離をだしにした詩を紹介する.Gelderen (14) が掲載しているもので,"unknown source" とされている.couplet で脚韻を踏んでいるが,ほぼすべての組で綴字が異なっているのがミソ.綴字と発音の乖離を逆手に取ったことば遊びとして実によくできている.

I take it you already know
Of tough and bough and cough and dough?
Some may stumble but not you,
On hiccough, thorough, slough, and through?
So now you are ready perhaps
to learn of less familiar traps?
Beware of heard, a dreadful word
that looks like beard and sounds like bird,
and dead is said like bed, not bead or deed.
Watch out for meat, great, and threat that
rhyme with suite, straight, and debt.


 より長い完全なバージョンがあるようで,Web で探したらこんな動画(スクリプト付き)があった(YouTube版もあり).発音記号つきのスクリプトを参照したい方は,こちらのPDFもどうぞ.
 特に前半の <ough> の発音の多様性が印象的である.through の綴字については,[2009-06-20-1]他参照.

 ・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 163.

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2009-11-05 Thu

#192. etymological respelling (2) [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][doublet][emode][spelling_pronunciation][silent_letter]

 [2009-08-21-1]で取りあげた etymological respelling の続編.英国におけるルネッサンス時代はおよそ初期中英語期に相当する.ルネッサンスは古典復興運動であり,その媒体となったのが古典語,とりわけラテン語とギリシャ語だった.したがって,この時期に両古典語からの借用が多かったのはごく自然のことだった([2009-08-19-1]).しかし,ラテン語重視の時代の風潮は,なにも語の借用にとどまっていたわけではない.例えば,英文法書はラテン語文法をお手本に書かれた.そして,もう一つのラテン語重視の現れは,綴字に見られた.
 [2009-08-25-1], [2009-05-30-1]で見たように,近代英語期以前にもラテン語からの借用語はたくさんあった.そのなかでも特に中英語期にフランス語を経由して英語に入ってきたラテン語は,形態が崩れていることが多かった.伝言ゲームではないが,英語に入ってくる過程でフランス語などを経ると,どうしても原形が崩れてしまうのである.
 ルネッサンス期の学者たちはこれを嘆かわしいと思った.かれらは,権威のある古典ラテン語の「原形」を知っているので,英語で根付いていた「崩れた形」に我慢がならなかったのである.そこで,「原形」(=語源)を参照して,すでに英語に定着していた綴りを一方的に直した.この学者たちの営みを etymological respelling と呼ぶ.
 [2009-08-21-1]では debt 「債務」という語を例に etymological respelling のプロセスを解説したので,今回はいろいろと他の例を挙げることにする.以下の現代英単語はすべて etymological respelling の産物だが,各語についてどの文字が学者によって挿入・置換されたかわかるだろうか.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual


 学者たちは,ラテン借用語の綴字こそ改革したが,庶民の発音までをも改革し得たわけではない.多くの場合,庶民は相変わらず中世以来の「崩れた形」の発音を使い続けたのである.学者がいくら騒ごうが民衆にとって関心がないのは,いつの時代でも同じである.だが,せっかく綴字を改革したのだからそれにあわせて発音も変えようという殊勝な態度も一部にはあったようで,いくつかの単語では,挿入された文字に対応する発音もおこなわれるようになった.綴字にあわせて発音しようというこの考え方は,spelling pronunciation と呼ばれる.
 現代英語において綴字と発音の乖離は大きな問題であり,etymological spelling はこの問題に一役買っている([2009-06-28-2]).また,それを是正しようとする spelling pronunciation の作用も中途半端であり,かえって混乱を招いているともいえる.この問題の根が深いのは,上述のとおり深い歴史があるからである.「ルネッサンス期の学者の知識のひけらかし」といえば確かにそうだろう.しかし,当時の学者に罪を着せるという考え方よりは,当時の時代精神の産物と捉える方が,英語史をポジティブに味わえるように思われる.ときにはラテン語由来の英単語のかもすハイレベルな文体を味わうもよし,ときには island の <s> の不合理を嘆くもよし.人間と同じで,言語も一癖も二癖もあるからこそおもしろいのではないか.
 上記の語群でどの文字が挿入・置換されたか,その答えは以下をクリック.

altar, Anthony, assault, author, comptroller, debt, delight, doubt, falcon, fault, indict, island, language, perfect, phantom, psalm, realm, receipt, salmon, salvation, scholar, school, scissors, soldier, subject, subtle, throne, victual

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2009-08-21 Fri

#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][doublet]

 綴りと発音の乖離を引き起こした原因の一つに,etymological respelling があることは[2009-06-28-2]で簡単に触れた.今回は,もう少し詳しくこの「語源かぶれの綴り字」現象を見てみたい.
 主に初期近代英語に見られるのだが,学者が,従来使われてきた語の語源(多くはラテン語)を参照し,その語源の綴り字を尊重して,英語形に欠けている文字を挿入するという現象である.多くのラテン語起源の語はフランス語を経由して英語に入ってきており,その長い経路のあいだに,オリジナルのラテン語形が「崩れた」形で英語に入ってきていることが多い.ラテン語に堪能な学者がこれを憂慮して,ラテン語のオリジナルに近づけようとする営み,それが etymological respelling である.
 具体例として,debt 「債務」を挙げよう.この語には発音されることのない黙字 ( silent letter ) の <b> が含まれているが,これはなぜだろうか.
 この語はラテン語 dēbitum がフランス語経由で英語に借用されたものだが,フランス語から借用されたときにはすでに <b> が落ちており,dette という綴りになっていた.つまり,英語に借用された当初から <b> は綴り字として存在しなかったし,/b/ の発音もなかった.ところが,13世紀から16世紀のあいだに,借用元のフランス語側でラテン語化した debte が改めて用いられるようになった.15世紀からは,英語側もそれに影響されて,ラテン語の語源により忠実な <b> を含めた綴りを用いるようになり,現在にまで続く debt の原形が確立した.
 注意したいのは,この一連の変更はあくまで綴り字の変更であり,発音は従来通り /b/ のないものがおこなわれ続けたことである.[2009-07-30-1]gaoljail について述べたとおり,発音と綴り字は相互につながりを持ちながらも,本質的に別個の存在なのである.
 ちなみに,15世紀には,同じラテン語の dēbitum がフランス語を経由せずに,改めて debit 「借方」として英語に借用された.今度の <b> はみせかけではなく,正規の綴りであり,発音もされた.したがって,現代英語の debtdebit は,同根の語が微妙に異なる形態と意味で伝わった二重語 ( doublet ) の例となる.

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2009-07-30 Thu

#94. gaoljail [spelling_pronunciation_gap][norman_french][doublet]

 英語の綴り字と発音の乖離についてはこれまでも何度か話題に取りあげたが,gaol /dʒeɪl/ もかなりの問題語である.<a> が後続する環境での <g> が [g] ではなく [dʒ] で発音されるということは,英語の語彙が50万あるといえど,他に思いつかない(もしあったら教えてください).一見すると理不尽なこの状態が生み出された背景には,綴り字と発音は相互に深い関係をもちながらも,本質的には別個の存在であるという事実がある.
 gaol 「刑務所」は現代英語ではもっぱら British English で用いられ,しかも古めかしくて形式的な綴り字である.American English では,綴り字と発音の関係としてはより合理的な jail が公式に用いられるし,British English でも略式的にはこちらが用いられる.
 この語の歴史をひもとくと,中英語では二つの系列の綴り字と発音が使われていたことがわかる.

 (1) gayhol, gayle など <g> で始まる形態
 (2) jaiole, jaile など <j> で始まる形態

では,この差は何に起因するか.答えは,この語はもともとフランス語からの借用語だが,借用元であるフランス語の方言が異なっていたということである.フランス語から英語へ単語が借用されるとき,Norman French か Central French のいずれか,あるいはその両方が出所として考えられる([2009-07-13-1], [2009-07-12-1]).
 今回注目している語について言えば,上の (1) の系列はフランス語のノルマン方言から,(2) の系列は中央フランス語から英語へ入ってきたと考えられる.いずれも13世紀あたりの出来事であるが,当時は文字通り (1) は [g] で,(2) は [dʒ] で発音されていた.
 その後しばらく両系列が併存していたが,発音としては (1) の系列の [g] はいつの頃からか廃れてしまった.しかし,発音と綴り字は別個の存在であるから,(1) の系列の <g> という綴り字だけはどういうわけか今の今まで生き残った.つまり,(1) の系列は,発音としては (2) の系列の [dʒ] に競り負けてしまったが,綴り字だけはかろうじて生き残ったということになる.だが,現代英語での使用状況を考えれば,綴り字も発音も (2) の系列にほぼ軍配があがりつつあると考えてよさそうである.
 無念,ノルマンディ.パリにはかなわなかった.

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2009-06-28 Sun

#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling]

 綴りと発音の関係は,言語によって程度の差こそあれ,時間とともに崩れてゆくのが原則のようだ.日本語の仮名は原則として表音的だが,助詞として用いられる「は」「へ」は「わ」「え」と同音となるので,「綴り=発音」の関係は100%ではない.現代英語の場合,もし「綴り=発音」というつもりで読んだら,全くといって良いほど通じないのではないか.綴りと発音のギャップについては,これまでも何度か触れてきた.(spellingカテゴリーの記事を参照.)
 ここで当然,疑問が生じる.なぜ綴りと発音の関係は崩れてゆくものなのか.
 一般論を論じるよりも,英語に限って理由を考えるのがいいだろう.Culpeper (32--33) によると,英語において綴りと発音の差が歴史的に開いてきた(そして開いたままになっている)理由は,主に次の6点に要約される.

 (1) A basic problem is that there are not enough letters to represent phonemes on a one-to-one basis
 (2) A number of oddities in spelling were introduced by ME scribes, sometimes influenced by French, and later by the early printers
 (3) Etymological respellings have added to the number of 'silent letters'
 (4) English spelling is complicated by the fact that it contains the spelling conventions of other languages
 (5) Beginning in the fifteenth century, a standard spelling system had fully evolved by the eighteenth century But spellings were fixed when great changes were occurring in pronunciation, notably the Great Vowel Shift
 (6) Much social prestige is now attached to conforming with the standard

 この6点でよくまとまっていると思う.(1)から(4)の各点については,綴りと発音の乖離の問題には,およそ他言語との接触が関与していることがわかる.
 (1) は,英語がラテン語からローマ字を借用したことに端を発する問題である.約35個あった古英語の音素に対して,ローマ字は23字しかなかった([2009-05-29-1], [2009-05-15-1]).(2) は,フランス語の綴り字習慣を強引に英語に当てはめたことを含む.(3) は,主にラテン語や古代ギリシャ語の語源を参照しての,衒学的な子音挿入の問題である.(4) は,多くの言語から単語を借用したときに,元言語の綴り方を英語風にアレンジせずにそのまま受け入れたことを指す.
 外国語との接触が英語の語彙を豊富にし,英語の表現力を高めたことは,多くの人が認めるところである.だが,その負の結果として,綴りと発音の関係が犠牲となってしまった.言語接触は,清濁併せ呑みながら言語を変化させてゆくもののようだ.
 先ほど触れなかったが,実は日本語には英語とは比べものにならないくらいゆゆしき綴りと発音の乖離がある.漢字である.考えてみれば,これも日本語が歴史上,中国語と接触してきたがゆえの負の遺産だ.だが,同時に,漢字が日本語表現に無限の可能性をもたらしたことは疑うべくもない.英語にしても日本語にしても,言語接触のダイナミズムを感じさせられる.

 ・Culpeper, Jonathan. History of English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.

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2009-06-01 Mon

#34. thumb の綴りと発音 [spelling_pronunciation_gap][reverse_spelling][silent_letter][assimilation]

 [2009-05-27-1]thumb の意味について考察したが,今回は同単語のスペリングについて.現代英語には <mb> で終わる単語がいくつかあるが,文字通りの /mb/ ではなく /m/ のみで発音される.つまり,<b> は黙字 ( silent letter ) である.<mb> で終わる単語群はその成立の経緯により三つに分かれる.

 (1) climb, comb, dumb, lamb, tomb, womb: かつては /mb/ と発音されていたもの.語源的.
 (2) crumb, limb, numb, thumb: 主に近代英語期に,おそらく(1)をモデルとして生み出された reverse spelling.非語源的.
 (3) bomb: 借用元の言語での形態を参照して語尾に <b> を付加したもの.借用元参照.

 (1) は古英語に存在した本来語であり,もともと <mb> の綴りと /mb/ の発音をもっていた( tomb のみ中英語期にフランス語より入った借用語).後期中英語より次第に /b/ が先行する /m/ に同化(調音方式に関する逆行同化)され,近代英語には完全に消失した.このように発音は変化したが,綴りは固定されたため,現在の両者の乖離が生じた.
 (2) はもともとは綴りも発音も b をもたなかったが,おそらくは(1)のグループの影響で,16-17世紀に <b> の綴りが語末付加された.これを reverse spelling と呼ぶ.ただし発音は従来の通りに保たれたので,このタイプの単語では歴史上 /b/ が発音されたためしがないことになる.thumb については,<b> は13世紀末の添加.(後記 2011/04/21(Thu):この (2) の記述は訂正を要する.[2011-04-21-1]の記事を参照.)
 (3) bomb は16世紀にスペイン語より <bome> として入ったが,17世紀にフランス語の <bombe> を参照して <b> が語尾付加されたもの.語源を一にする語の異なる言語からの再借用とみなすこともできる.
 上記のリストは網羅的ではない.一度大きな辞書から網羅してみて各語の歴史を探ると面白いかもしれない.

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2009-05-13 Wed

#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ? [spelling_pronunciation_gap][spelling_reform][webster][shaw]

 現代英語の綴りと発音の乖離が甚だしいことはつとに知られているが,その点を一般に向けて強烈に印象づけた例が "ghoti" である.その「こじつけ」は.

 ・<gh> reads /f/ as in "tou gh "
 ・<o> reads /ɪ/ as in "w o men"
 ・<ti> reads /ʃ/ as in "na ti on"

 この例は,アイルランド出身の作家・批評家・綴り字改革者である George Bernard Shaw (1856-1950) が挙げたものとして広く知られており各所で引用されるが,Shaw が言ったのではないという説もある.Shaw の伝記作家 Holroyd によると,ある熱心な綴り字改革者が "ghoti" の例を取り上げたときに,保守的な人々に嘲笑されたので,Shaw がその改革者を擁護したということらしい.

But when an enthusiastic convert suggested that 'ghoti' would be a reasonable way to spell 'fish' under the old system ( gh as in 'tough', o as in 'women' and ti as in 'nation'), the subject seemed about to be engulfed in the ridicule from which Shaw was determined to save it. (Holroyd, Michael. 1918-1950: The Lure of Fantasy . Vol. 3 of Bernard Shaw . London: Chatto & Windus, 1991. 501.)

これが事実だとすると,Shaw は "ghoti" の発案者ではなく,あくまでそれを擁護した人にすぎないということになる.それでも,英語の綴り字の混乱ぶりを広く世に知らしめた功績は,やはり Shaw に帰せられてよいだろう.
 綴り字と発音は一対一の関係,つまり「綴り字=発音記号」が理想的である.時間の中で言語が常に変化するものであることを前提とすると,この理想的な状態は次のような図で表される.(綴り字を "written mode" ,発音を "spoken mode" としている.)

spoken mode  ───────────────────────────────→
                                 ↑                    ↑
                                 │                    │
                                 │                    │
                                 │                    │
                                 ↓                    ↓
written mode ───────────────────────────────→

   time      ───────────────────────────────→

時間の中で発音が変化すればそれに伴って綴り字も即座に適応するし,逆に綴り字が変化すればそれに伴って発音が即座に適応する,そのような理想的な状態が上の図である.だが,現実にはそのような関係はほとんど見られないといってよい.それは,発音と綴り字とでは,変化するスピードや適応するタイミングにずれがあるからである.典型的に見られる関係は,むしろ下の図で示される関係である.
spoken mode  ─────────────────────B─────────→
                                                       ↑
                                                       │
                                 ┌──────────┘
                                 │
                                 ↓
written mode ──────────A────────────────────→

   time      ───────────────────────────────→

典型的には,発音が先に変化するが,綴り字がそれに追いつかない.つまり,発音は新しくなっていてもそれに対応する綴り字は古い時代のままという関係が生じる.このねじれ状態を是正すべく,綴り字を発音とまっすぐの関係になるように意図的に「追いつかせる」動きが,綴り字改革ということになる.Shaw がしようとしたことはまさしくこれである.
 だが,一般的には,後れを取った綴り字を発音に一気に追いつかせようとする綴り字改革は失敗に終わることが多い.Shaw の綴り字改革の試みもその一例である.理由としては,綴り字はあくまで保守的であるからということがよく言われるが,もう一歩踏み込んで理由を考える必要がある.
 保守的なのは,綴り字システムそのものではなく,あくまでそれに対する言語使用者の態度であるはずだ.綴り字改革は,遅れを取った綴り字がもたらしたねじれ関係を一気に修復するというポジティブな側面を押し出すわけだが,一方でBの時点において,Aの時点より以前に培われてきた長い綴り字の伝統とすぱっと決別するということをも意味する.綴り字は過去の歴史を記す手段であるとすると,言語共同体にとって伝統的な綴り字との決別は,過去の歴史との決別を意味する.そして,それは歴史をもつ言語共同体にとっては,通常恐ろしいものであろう.
 綴り字改革(特に急進的なもの)が一般に成功しにくいのは,このような背景があるからではないか.逆にいえば,まれな成功例を見ると,そこには過去と決別したいという思いが垣間見られる.Noah Websterによるアメリカ英語の綴り字におけるイギリス英語との差別化が一例である.Shawの綴り字改革についても,アメリカ人作家 Jacques Barzun はこう述べている.

What did he want to do? Simply to get rid of the past, to give a part of mankind a fresh start by isolating it from its own history and from the ancestral bad habits of the other nations . . . (qtd in Holroyd 504)

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