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spelling_pronunciation_gap - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-22 09:31

2009-08-21 Fri

#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling][doublet]

 綴りと発音の乖離を引き起こした原因の一つに,etymological respelling があることは[2009-06-28-2]で簡単に触れた.今回は,もう少し詳しくこの「語源かぶれの綴り字」現象を見てみたい.
 主に初期近代英語に見られるのだが,学者が,従来使われてきた語の語源(多くはラテン語)を参照し,その語源の綴り字を尊重して,英語形に欠けている文字を挿入するという現象である.多くのラテン語起源の語はフランス語を経由して英語に入ってきており,その長い経路のあいだに,オリジナルのラテン語形が「崩れた」形で英語に入ってきていることが多い.ラテン語に堪能な学者がこれを憂慮して,ラテン語のオリジナルに近づけようとする営み,それが etymological respelling である.
 具体例として,debt 「債務」を挙げよう.この語には発音されることのない黙字 ( silent letter ) の <b> が含まれているが,これはなぜだろうか.
 この語はラテン語 dēbitum がフランス語経由で英語に借用されたものだが,フランス語から借用されたときにはすでに <b> が落ちており,dette という綴りになっていた.つまり,英語に借用された当初から <b> は綴り字として存在しなかったし,/b/ の発音もなかった.ところが,13世紀から16世紀のあいだに,借用元のフランス語側でラテン語化した debte が改めて用いられるようになった.15世紀からは,英語側もそれに影響されて,ラテン語の語源により忠実な <b> を含めた綴りを用いるようになり,現在にまで続く debt の原形が確立した.
 注意したいのは,この一連の変更はあくまで綴り字の変更であり,発音は従来通り /b/ のないものがおこなわれ続けたことである.[2009-07-30-1]gaoljail について述べたとおり,発音と綴り字は相互につながりを持ちながらも,本質的に別個の存在なのである.
 ちなみに,15世紀には,同じラテン語の dēbitum がフランス語を経由せずに,改めて debit 「借方」として英語に借用された.今度の <b> はみせかけではなく,正規の綴りであり,発音もされた.したがって,現代英語の debtdebit は,同根の語が微妙に異なる形態と意味で伝わった二重語 ( doublet ) の例となる.

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2009-07-30 Thu

#94. gaoljail [spelling_pronunciation_gap][norman_french][doublet]

 英語の綴り字と発音の乖離についてはこれまでも何度か話題に取りあげたが,gaol /dʒeɪl/ もかなりの問題語である.<a> が後続する環境での <g> が [g] ではなく [dʒ] で発音されるということは,英語の語彙が50万あるといえど,他に思いつかない(もしあったら教えてください).一見すると理不尽なこの状態が生み出された背景には,綴り字と発音は相互に深い関係をもちながらも,本質的には別個の存在であるという事実がある.
 gaol 「刑務所」は現代英語ではもっぱら British English で用いられ,しかも古めかしくて形式的な綴り字である.American English では,綴り字と発音の関係としてはより合理的な jail が公式に用いられるし,British English でも略式的にはこちらが用いられる.
 この語の歴史をひもとくと,中英語では二つの系列の綴り字と発音が使われていたことがわかる.

 (1) gayhol, gayle など <g> で始まる形態
 (2) jaiole, jaile など <j> で始まる形態

では,この差は何に起因するか.答えは,この語はもともとフランス語からの借用語だが,借用元であるフランス語の方言が異なっていたということである.フランス語から英語へ単語が借用されるとき,Norman French か Central French のいずれか,あるいはその両方が出所として考えられる([2009-07-13-1], [2009-07-12-1]).
 今回注目している語について言えば,上の (1) の系列はフランス語のノルマン方言から,(2) の系列は中央フランス語から英語へ入ってきたと考えられる.いずれも13世紀あたりの出来事であるが,当時は文字通り (1) は [g] で,(2) は [dʒ] で発音されていた.
 その後しばらく両系列が併存していたが,発音としては (1) の系列の [g] はいつの頃からか廃れてしまった.しかし,発音と綴り字は別個の存在であるから,(1) の系列の <g> という綴り字だけはどういうわけか今の今まで生き残った.つまり,(1) の系列は,発音としては (2) の系列の [dʒ] に競り負けてしまったが,綴り字だけはかろうじて生き残ったということになる.だが,現代英語での使用状況を考えれば,綴り字も発音も (2) の系列にほぼ軍配があがりつつあると考えてよさそうである.
 無念,ノルマンディ.パリにはかなわなかった.

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2009-06-28 Sun

#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか [spelling_pronunciation_gap][etymological_respelling]

 綴りと発音の関係は,言語によって程度の差こそあれ,時間とともに崩れてゆくのが原則のようだ.日本語の仮名は原則として表音的だが,助詞として用いられる「は」「へ」は「わ」「え」と同音となるので,「綴り=発音」の関係は100%ではない.現代英語の場合,もし「綴り=発音」というつもりで読んだら,全くといって良いほど通じないのではないか.綴りと発音のギャップについては,これまでも何度か触れてきた.(spellingカテゴリーの記事を参照.)
 ここで当然,疑問が生じる.なぜ綴りと発音の関係は崩れてゆくものなのか.
 一般論を論じるよりも,英語に限って理由を考えるのがいいだろう.Culpeper (32--33) によると,英語において綴りと発音の差が歴史的に開いてきた(そして開いたままになっている)理由は,主に次の6点に要約される.

 (1) A basic problem is that there are not enough letters to represent phonemes on a one-to-one basis
 (2) A number of oddities in spelling were introduced by ME scribes, sometimes influenced by French, and later by the early printers
 (3) Etymological respellings have added to the number of 'silent letters'
 (4) English spelling is complicated by the fact that it contains the spelling conventions of other languages
 (5) Beginning in the fifteenth century, a standard spelling system had fully evolved by the eighteenth century But spellings were fixed when great changes were occurring in pronunciation, notably the Great Vowel Shift
 (6) Much social prestige is now attached to conforming with the standard

 この6点でよくまとまっていると思う.(1)から(4)の各点については,綴りと発音の乖離の問題には,およそ他言語との接触が関与していることがわかる.
 (1) は,英語がラテン語からローマ字を借用したことに端を発する問題である.約35個あった古英語の音素に対して,ローマ字は23字しかなかった([2009-05-29-1], [2009-05-15-1]).(2) は,フランス語の綴り字習慣を強引に英語に当てはめたことを含む.(3) は,主にラテン語や古代ギリシャ語の語源を参照しての,衒学的な子音挿入の問題である.(4) は,多くの言語から単語を借用したときに,元言語の綴り方を英語風にアレンジせずにそのまま受け入れたことを指す.
 外国語との接触が英語の語彙を豊富にし,英語の表現力を高めたことは,多くの人が認めるところである.だが,その負の結果として,綴りと発音の関係が犠牲となってしまった.言語接触は,清濁併せ呑みながら言語を変化させてゆくもののようだ.
 先ほど触れなかったが,実は日本語には英語とは比べものにならないくらいゆゆしき綴りと発音の乖離がある.漢字である.考えてみれば,これも日本語が歴史上,中国語と接触してきたがゆえの負の遺産だ.だが,同時に,漢字が日本語表現に無限の可能性をもたらしたことは疑うべくもない.英語にしても日本語にしても,言語接触のダイナミズムを感じさせられる.

 ・Culpeper, Jonathan. History of English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.

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2009-06-01 Mon

#34. thumb の綴りと発音 [spelling_pronunciation_gap][reverse_spelling][silent_letter][assimilation]

 [2009-05-27-1]thumb の意味について考察したが,今回は同単語のスペリングについて.現代英語には <mb> で終わる単語がいくつかあるが,文字通りの /mb/ ではなく /m/ のみで発音される.つまり,<b> は黙字 ( silent letter ) である.<mb> で終わる単語群はその成立の経緯により三つに分かれる.

 (1) climb, comb, dumb, lamb, tomb, womb: かつては /mb/ と発音されていたもの.語源的.
 (2) crumb, limb, numb, thumb: 主に近代英語期に,おそらく(1)をモデルとして生み出された reverse spelling.非語源的.
 (3) bomb: 借用元の言語での形態を参照して語尾に <b> を付加したもの.借用元参照.

 (1) は古英語に存在した本来語であり,もともと <mb> の綴りと /mb/ の発音をもっていた( tomb のみ中英語期にフランス語より入った借用語).後期中英語より次第に /b/ が先行する /m/ に同化(調音方式に関する逆行同化)され,近代英語には完全に消失した.このように発音は変化したが,綴りは固定されたため,現在の両者の乖離が生じた.
 (2) はもともとは綴りも発音も b をもたなかったが,おそらくは(1)のグループの影響で,16-17世紀に <b> の綴りが語末付加された.これを reverse spelling と呼ぶ.ただし発音は従来の通りに保たれたので,このタイプの単語では歴史上 /b/ が発音されたためしがないことになる.thumb については,<b> は13世紀末の添加.(後記 2011/04/21(Thu):この (2) の記述は訂正を要する.[2011-04-21-1]の記事を参照.)
 (3) bomb は16世紀にスペイン語より <bome> として入ったが,17世紀にフランス語の <bombe> を参照して <b> が語尾付加されたもの.語源を一にする語の異なる言語からの再借用とみなすこともできる.
 上記のリストは網羅的ではない.一度大きな辞書から網羅してみて各語の歴史を探ると面白いかもしれない.

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2009-05-13 Wed

#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ? [spelling_pronunciation_gap][spelling_reform][webster][shaw][gh]

 現代英語の綴りと発音の乖離が甚だしいことはつとに知られているが,その点を一般に向けて強烈に印象づけた例が "ghoti" である.その「こじつけ」は.

 ・<gh> reads /f/ as in "tou gh "
 ・<o> reads /ɪ/ as in "w o men"
 ・<ti> reads /ʃ/ as in "na ti on"

 この例は,アイルランド出身の作家・批評家・綴り字改革者である George Bernard Shaw (1856-1950) が挙げたものとして広く知られており各所で引用されるが,Shaw が言ったのではないという説もある.Shaw の伝記作家 Holroyd によると,ある熱心な綴り字改革者が "ghoti" の例を取り上げたときに,保守的な人々に嘲笑されたので,Shaw がその改革者を擁護したということらしい.

But when an enthusiastic convert suggested that 'ghoti' would be a reasonable way to spell 'fish' under the old system ( gh as in 'tough', o as in 'women' and ti as in 'nation'), the subject seemed about to be engulfed in the ridicule from which Shaw was determined to save it. (Holroyd, Michael. 1918-1950: The Lure of Fantasy . Vol. 3 of Bernard Shaw . London: Chatto & Windus, 1991. 501.)

これが事実だとすると,Shaw は "ghoti" の発案者ではなく,あくまでそれを擁護した人にすぎないということになる.それでも,英語の綴り字の混乱ぶりを広く世に知らしめた功績は,やはり Shaw に帰せられてよいだろう.
 綴り字と発音は一対一の関係,つまり「綴り字=発音記号」が理想的である.時間の中で言語が常に変化するものであることを前提とすると,この理想的な状態は次のような図で表される.(綴り字を "written mode" ,発音を "spoken mode" としている.)

spoken mode  ───────────────────────────────→
                                 ↑                    ↑
                                 │                    │
                                 │                    │
                                 │                    │
                                 ↓                    ↓
written mode ───────────────────────────────→

   time      ───────────────────────────────→

時間の中で発音が変化すればそれに伴って綴り字も即座に適応するし,逆に綴り字が変化すればそれに伴って発音が即座に適応する,そのような理想的な状態が上の図である.だが,現実にはそのような関係はほとんど見られないといってよい.それは,発音と綴り字とでは,変化するスピードや適応するタイミングにずれがあるからである.典型的に見られる関係は,むしろ下の図で示される関係である.
spoken mode  ─────────────────────B─────────→
                                                       ↑
                                                       │
                                 ┌──────────┘
                                 │
                                 ↓
written mode ──────────A────────────────────→

   time      ───────────────────────────────→

典型的には,発音が先に変化するが,綴り字がそれに追いつかない.つまり,発音は新しくなっていてもそれに対応する綴り字は古い時代のままという関係が生じる.このねじれ状態を是正すべく,綴り字を発音とまっすぐの関係になるように意図的に「追いつかせる」動きが,綴り字改革ということになる.Shaw がしようとしたことはまさしくこれである.
 だが,一般的には,後れを取った綴り字を発音に一気に追いつかせようとする綴り字改革は失敗に終わることが多い.Shaw の綴り字改革の試みもその一例である.理由としては,綴り字はあくまで保守的であるからということがよく言われるが,もう一歩踏み込んで理由を考える必要がある.
 保守的なのは,綴り字システムそのものではなく,あくまでそれに対する言語使用者の態度であるはずだ.綴り字改革は,遅れを取った綴り字がもたらしたねじれ関係を一気に修復するというポジティブな側面を押し出すわけだが,一方でBの時点において,Aの時点より以前に培われてきた長い綴り字の伝統とすぱっと決別するということをも意味する.綴り字は過去の歴史を記す手段であるとすると,言語共同体にとって伝統的な綴り字との決別は,過去の歴史との決別を意味する.そして,それは歴史をもつ言語共同体にとっては,通常恐ろしいものであろう.
 綴り字改革(特に急進的なもの)が一般に成功しにくいのは,このような背景があるからではないか.逆にいえば,まれな成功例を見ると,そこには過去と決別したいという思いが垣間見られる.Noah Websterによるアメリカ英語の綴り字におけるイギリス英語との差別化が一例である.Shawの綴り字改革についても,アメリカ人作家 Jacques Barzun はこう述べている.

What did he want to do? Simply to get rid of the past, to give a part of mankind a fresh start by isolating it from its own history and from the ancestral bad habits of the other nations . . . (qtd in Holroyd 504)

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