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最終更新時間: 2019-06-17 08:21

2014-08-17 Sun

#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか? [toponymy][old_norse][onomastics][personal_name][contact]

 昨日の記事「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1]) で扱った人名と同じくらい深く古ノルド語からの影響があるといわれているものに,イングランドの地名がある.この話題については「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) で地図を掲げて紹介した.そのなかでもとりわけ数の多いのが古ノルド語の要素 -by を付加した Derby, Grimsby, Rugby, Thoresby, Whitby などの地名である.600以上の -by 地名が確認されており,しかも分布が the Danelaw に偏っていることから,古ノルド語で "farm; town" を意味する by の影響が明らかなように見える (Baugh and Cable 98) .また,その約6割は特に the Five Boroughs に集中しているといわれる (Miller 103) .
 しかし,先行する諸研究を参照した Miller (102--04) によれば,これらが古ノルド語の連結形 -by を用いた地名であることは確かながらも,その地名形成のパターンは同時代のスカンディナヴィアで一般的なものではなかったという.10--11世紀に作られた the Danelaw の -by の地名には前要素として人名のつくものが多いが,スカンディナヴィアでは「人名+ -by」のパターンは現在に至るまでそれほど多くない.つまり,この地名形成は the Danelaw における Anglo-Scandinavia 独自のものであり,むしろスカンディナヴィアにおける同型の地名は the Danelaw からの逆輸入ではないか,と.Miller (104) は,次のように述べる.

Personal names are rare as satellites of -by names in Sweden, but more common in Norway . . . and in southern Denmark and south Schleswig. Fellows Jensen . . . argues that since most of the -by formations with personal name in Sweden and Norway postdate christianization, and those in south Schleswig postdate the Viking period, the name-type spread back to Denmark from the Danelaw, as suggested by Hald . . . . In any event, the Danelawl type seems not to have been based on a pre-existing Scandinavian type. Moreover, of 207 place names for which an Old Norse cognate existed, the substitution of the cognate for the native English form was close to perfect . . . . Anglo-Scandinavian settlements thus have an identity of their own . . . .


 この仮説をまとめれば,地名連結形 -by 自体は古ノルド語要素だが,「人名+ -by」という地名形成のパターンは the Danelaw で独自に発達したものであり,そのパターンは後にスカンディナヴィア本土へ逆輸入された,ということになろう.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.

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2014-08-16 Sat

#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来 [patronymy][old_norse][onomastics][personal_name][contact][map]

 「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]),「#1673. 人名の多様性と人名学」 ([2013-11-25-1]) で触れたように,英語人名によく見られる -son (ex. Johnson, Tomson, Williamson, Wilson) は古ノルド語の父称 (patronymy) に由来するというのが英語史の定説である.その根拠は,8世紀後半よりヴァイキングに襲われ,治められたイングランド東北部の the Danelaw に,とりわけ -son をもつ人名が濃く分布していたという事実である.以下に,Crystal (26) からの分布地図を掲載する.

Map of ON Patronyms with -son

 地図中の数は,それぞれの州から生まれ出たと考えられる異なる姓の数を表わす.イングランドの北部と東部に集中していることが明らかである(特に Yorkshire と北部 Lincolnshire では6割を超える人名が古ノルド語の影響を受けたものであることが,中英語期の初期の人名記録からわかっている).この分布の明白なことは,「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1]) に掲載した古ノルド語由来の地名の分布を表わす地図が伝える明白さに匹敵する.Baugh and Cable (99) も次のように述べている.

It may be remarked that a similarly high percentage of Scandinavian personal names has been found in the medieval records of these districts. Names ending in -son, like Stevenson or Johnson, conform to a characteristic Scandinavian custom, the equivalent of Old English patronymic being -ing, as in Browning.


 息子を意味する名詞 son は古英語 sunu として存在しており,ゲルマン諸語にも他のインドヨーロッパ諸語にも同根語が見られる.しかし,これを父称を作る連結形として用いる習慣は古英語にはなかった.一方,北欧諸語では古ノルド語の同根語 sunr を連結形として用いた人名,現代でいえば Amundsen, Andersen, Jacobsen, Jespersen, Nielsen などに相当する人名が多くみられた.英語人名の -son 付加は,古英語後期の古ノルド語との接触によって導入された,古い要素を用いた新しい慣習だったとみなすことができる.
 現代英語から -son 付きの人名をランダムに拾い出すと,Acheson, Anderson, Cookson, Davidson, Dickinson, Dodgson, Edison, Ellison, Emerson, Harrison, Henderson, Hudson, Jackson, Jefferson, Johnson, Jonson, Larson, Madison, Magnusson, Robinson など多数が挙がる.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2013-11-25 Mon

#1673. 人名の多様性と人名学 [onomastics][personal_name][patronymy]

 固有名詞学 (onomastics) は人名や地名の語形・語源などを研究する分野である.とりわけ人名の研究を anthroponomastics,地名の研究を toponomastics (toponymy) として区別する場合もあるが,前者の人名研究は狭義の onomastics として言及されることもある.古今東西の人名の付け方の多様性を垣間見れば,いかにして人名研究がそれだけで1つの独立した分野を構成しうるかがわかる.例えば,Crystal (218--20) によるこの分野への短いイントロを眺めてみよう.
 日本や中国を含むアジアで姓と名の区別があるのと同様に,西洋でも last name (surname, family name) と first name (given name, Christian name) の区別がある.ただし,「#590. last name はいつから義務的になったか」 ([2010-12-08-1]) で触れたように,英語社会においても日本においても,この区別が通常となったのは,それほど古い時代ではない.それにしても,英語での last name や firs name などという順序に基づく呼称は誤解を招きやすい.例えば日本,中国,ハンガリーなどでは姓→名という順序が普通であり,西洋式の名→姓が普遍的なわけではないからだ.英語では middle name という第3の名前が付けられることもあり,とりわけアメリカではアルファベット1文字の middle name が広くみられる.middle name はヨーロッパでは比較的少ない.また,3つの名前が付けられている場合に,優先的にどの名前で呼ばれることが多いかは,言語社会によって異なっている.英語の David Michael Smith という人は David で呼ばれることが多いが,ドイツ語の Johann Wolfgang Schmidt という人は Wolfgang で呼ばれることが多い.
 通言語的に時折みられる名付けとしてよく知られているものに,父称 (patronymy) がある.これは父の名を取るもので,ロシア語で Ivan の息子が Ivanovich,娘が Ivanovna と名付けられ,名と姓の間に置かれるような場合がそれである.アイスランド語では父称の伝統が色濃く,父称そのまま姓となるので,毎世代,姓が変化することになる.ヨーロッパにおける父称は「〜の(息)子」を意味する接辞付加で表わされることが多く,言語ごとに以下のような例がある.

LANGUAGEAFFIXEXAMPLES
English-ingBrowning, Denning, Gunning
Norse, English-sonAnderson, Jackson, Morrison
ScotsMac/Mc-MacArthur, MacDonald, McMillan
IrishO'O'Brien, O'Connell, O'Connor
WelshApApjohn, Apreys, Powell (< Ap Howell)
FrenchFitz-Fitzgerald, Fitz-simmons, Fitzwilliam
Russian-ovichIvanovich, Shostakovich
Polish-skiKorzybski, Malinowski
ArabicIbnIbn Battutah, Ibn Sina


 アラブ世界には,父称ならぬ子称 (teknonymy) という名付けの習慣もある.例えば,アムハラ語 (Amharic) では,子供の名前と父の名前とを合わせて名付ける方式がある.
 名付けの多様性とともに,共通性にも着目する必要がある.ヨーロッパでは,鍛冶屋を意味する姓が多い.Smith (English) に始まり,Haddad (Arabic), Kovács (Hungarian), Kuznetsov (Russian), Ferreiro (Portuguese), Schmidt (German), Hernández/Fernández (Spanish), Le Fèvre/La Forge (French) など,例は多い.韓国では,Kim (金),Pak (朴),Yi (李)の3つの姓で人口の大部分を覆うこともよく知られている.
 また,悪魔が近寄らないように,apotropaic (厄除け)の目的で「不具」「醜い」などを表わす名前をつける習慣のある文化もある.
 以上は主として姓についての onomastics のごく一部を紹介したにすぎないが,これだけを眺めてみても,名付けが多様性の豊かな領域であることがわかるだろう.関連して,「#813. 英語の人名の歴史」 ([2011-07-19-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.

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2011-07-19 Tue

#813. 英語の人名の歴史 [onomastics][history][loan_word][personal_name][patronymy][hebrew]

 英語の歴史がその話者集団の歴史を色濃く反映しているのと同じように,英語の人名の歴史もまた,その持ち主の集団の歴史を映し出す.人名や地名の語形・語源研究は固有名詞学 (onomastics) と呼ばれるが,今回は特に人名の onomastics に関する充実したサイトを紹介したい.英語人名だけでなく世界中の人名の情報が詰まったサイトである.
 サイトは大きく first name についての Behind the Name: The Etymology and History of First Names と surname についての Behind the Name: The Etymology and History of Surnames に分かれており,名前の概要,姓名の検索,近年の人気の名前,歴代イングランド君主の名前など,様々な情報が収められている.

- Behind the Name: The Etymology and History of First Names: 「名」のサイト.
- General Information of English Names: まずこれを読んで概要を.
- List of English First Names and Meanings: 「名」のブラウズと検索.
- Most Popular First Names: 国別,年代別の「名」のランキング.
- Kings and Queens of England Chronologically: 歴代イングランド君主の「名」の一覧.
- Behind the Name: The Etymology and History of Surnames 「姓」のサイト.
- List of English Surnames and Origins: 「姓」のブラウズと検索.
- Most Popular Surnames: 国別,年代別の「姓」のランキング.

 特に,こちらの概要ページの "History" は必読である.記述をまとめると以下のようになる.

 ・ 古英語期の名前は原則として,広くはゲルマン語語彙,狭くは古英語語彙に由来するものだった.これは,古英語語彙の97%がゲルマン系の本来語であることに対応する([2010-05-16-1]の記事「語彙数とゲルマン語彙比率で古英語と現代英語の語彙を比較する」を参照).通常2要素から成り (dithematic) ,戦いに関する語彙が多く用いられた.
 ・ 8世紀後半より,古ノルド語名が英語に入り始めた.-son をつける父称 (patronym) の習慣は古ノルド語に由来する.
 ・ 1066年のノルマン・コンクェスト後の数十年の間に大部分の古英語名が Richard, William, Henry などの Norman French 名に置き換えられた.非常に多数が現代英語に継承されている.現代に残る古英語名は Edward, Alfred, Audrey, Edith など少数である.
 ・ いくつかの古英語名はまた大陸ゲルマン語の同根語に置き換えられた.Robert, Roger など.
 ・ 13世紀以降,教会の推奨で John, Matthew, Mary, Peter, Luke, Stephen, Paul, Mark などの Christian name がつけられるようになる.洗礼名は聖人の名前に基づくものであり,古代ギリシア語ラテン語,ヘブライ語起源が多かった.
 ・ 16世紀,Henry VIII による宗教改革によりカトリック的な聖人の名前は流行らなくなり,代わって聖書に基づく名前が多くつけられるようになった.
 ・ 特に,17世紀の清教徒たちは Adam, Eve, Daniel, David, Isaac, Michael, Noah, Rachel, Rebecca などの旧約聖書に基づく名前や,Prudence, Charity, Constance, Temperance などの美徳を表わす名詞を採用した.後者の多くは18世紀に廃れたが,現在 Hope, Faith, Joy などが残っている.
 ・ 17世紀よりを名として用いる習慣が現われた.この習慣はイギリスよりもアメリカで強い.
 ・ 18, 19世紀には古い名前が復活し,Miranda, Jessica, Wendy などの文学的名前Hector, Diana, Arthur などの神話的名前が導入された.
 ・ Victoria 朝には Ruby など通常の語彙を用いる名前が導入された.
 ・ 現代の名前は創作名既存の名前の異綴りSidney に代わって Sydney など),他言語からの借用語などにも彩られている.

 英語の名前に関しては,[2010-12-08-1]の記事「last name はいつから義務的になったか」や[2009-09-14-1]の記事「オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」も参照.

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2010-12-08 Wed

#590. last name はいつから義務的になったか [history][onomastics][personal_name]

 last name は surname, family name などとも呼ばれるが,日本語の名字に相当する名前である.イングランドでは,ノルマン征服以前は last name の使用は一般的でなかった(オランダなどヨーロッパの他の国ではさらに遅かった).中世イングランドで last name の使用が促された要因は様々だが,1つには英語に first name の種類が不足していたという事情がある.現在の英語名を考えても,同じ first name では人物の見分けがつかないという状況は大きく改善されていないように思われる.
 last name の使用を促した法的な要因として,2点を指摘したい.1つは Richard II の統治下で1377年から実施された poll tax 「人頭税」である.税金を取り立てるために,まず13歳以上のすべての国民の名前を収集する必要があったからである.特に1380年の人頭税は貧富に無関係の重い大衆課税で,1381年の Wat Tyler による農民一揆 ( the Peasants' Revolt ) を引き起こした.歴史上,悪名高い税である.
 もう1つは1413年の the Statute of Additions の制定である.これにより,すべての法的書類は,人物の first name のみならず,職業と居住地をも合わせて記載しなければならないことになった.職業や居住地の名称というのは英語の多くの last name の起源であり,こうしてイングランド国民はみなが固定した last name をもつに至った.
 世界における名字の使用時期は,文化によって大きく異なる.中国では紀元前2852年に家名継承が制定された.日本では,名字帯刀は江戸時代の武士の特権であり,平民は名字帯刀御免を受けなければ名字を唱えることが許されなかったが,明治維新後,1870年になってすべての国民が名字を帯びることになった.しかし,これとて徴税や兵役を目的とした人物特定の意図が強く,イングランドの場合と同様に political/bureaucratic なものだったのである.
 (現政権にしてもそうだが)不当に税金を取られるくらいなら,名字を捨ててもよいかもしれないな,とまで考えさせられるしまう last name の歴史である.

 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990. 196.

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2010-10-19 Tue

#540. Ralph の発音 [pronunciation][etymology][personal_name][spelling_pronunciation_gap]

 授業で学生から,男性の名前 Ralph がなぜ /reɪf/ と発音されるのかという質問があった.なるほど,Ralph には綴字から予想される /rælf/ の発音もあるが,/reɪf/ という発音もある.後者は伝統的な発音で,特にイギリスで多く聞かれる人名である.例えば,アメリカ人作家 Ralph Waldo Emerson やアメリカ人ファッション・デザイナー Ralph Lauren では前者の発音が,イギリス人作曲家 Ralph Vaughan Williams では後者の発音が聞かれる.
 この名前は,Old Norse の RaðulfrRadulf として Old Norman French に入り,その短縮形 Raulf が英語に入ってきたものである.Old Norse の形態は古英語の Rǣdwulf ( rǣd "counsel" + wulf "wolf" ) に対応し「助言する狼」ほどの意である.現在の綴字は18世紀に一般化した.<ph> の綴字はラテン語あるいはギリシア語の綴字習慣を摸した一種の格好つけだろう.wulf はもともとこれら古典語に由来するわけではないので etymological respelling ( see [2009-08-21-1], [2009-11-05-1] ) とは呼べないが,効果としては同類と考えられる.
 <ph> の綴字をもつようになった別の例としては,古英語の rand "shield" + wulf "wolf" に由来する Randolph がある.Bēowulf ( bēo "bee" + wulf "wolf" ) も現代に伝わっていたら,*Beewolph とか *Beelph のような名前になっていたかもしれない.
 さて,/reɪf/ という発音についてはどうだろうか./rælf/ から /reɪf/ への発音変化の道筋については,調べてみたが詳細は分からなかった.しかし,次のような道筋が想定されるだろう./reɪf/ が大母音推移の出力結果だとすると,入力は /raːf/ である.後者の発音は,Raulf などの初期形態から子音 l の脱落あるいは先行母音との融合によって容易に到達しうる.実際に,Rauf, Rafe などの中間形態を表わす綴字が歴史的に例証される.発音と綴字がそれぞれつかず離れずに発展し,最終的にはちぐはぐな対応関係 <Ralph> = /reɪf/ に至ったというのが真相ではないか.人名や地名などの固有名詞,特にイギリスのものには,このような「ちぐはぐ」が多く見られる ( see [2010-07-18-1] ) .

Referrer (Inside): [2015-01-14-1]

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2010-07-18 Sun

#447. Dalziel, MacKenzie, Menzies の <z> [alphabet][g][yogh][spelling_pronunciation][personal_name][z]

 昨日の記事[2010-07-17-1]で影の薄い文字 <z> の話題を取りあげたが,スコットランド系の人名について英語史上 <z> にまつわる興味深い話しがある ( Scragg, p. 23 ) .標題の三つの人名はいずれも <z> を含んでおり,発音はそれぞれ /ˈdælziəl/, /məˈkɛnzi/, /ˈmɛnziz/ と /z/ を伴って発音されるのだが,/z/ を伴わない伝統的な別の発音もあり得るのである.後者はそれぞれ /diˈɛl/, /məˈkɛni/ (現在ではほぼ廃用), /ˈmɪŋɪs/ と発音される.
 ちょうど小川さんが「おがわ」なのか「こかわ」なのか漢字からは判別がつかないように,Menzies さんは綴字だけでは /ˈmɛnziz/ なのか /ˈmɪŋɪs/ なのか分からないという状況がある(実際にスコットランドでは学校の同じクラスに,二つの異なる発音をもつ Menzies さんがいることがあるという).
 なぜこのような状況になっているかを理解するためには,中英語の綴字習慣を知る必要がある.古英語以来,"yogh" /joʊk, joʊx/ と呼ばれる文字 <ʒ> が硬口蓋摩擦音や軟口蓋摩擦音を表すのに用いられていた.具体的には [j], [x] などの音に対応し,後に音に応じて <y> や <gh> に置換されることとなった多用途の文字である.中英語では隆盛を誇った <ʒ> だが,近代英語期の印刷技術の発展に伴って衰退し,他の文字に置換されることとなった.特にスコットランドでは,発音と対応するからという理由ではなく字体が似ているからという理由で,<z> がしばしば置換候補となった.<z> の小文字の筆記体を思い浮かべれば,字体の類似は明らかだろう.人名などで <ʒ> → <z> の書き換えが起こった結果,現在の <Dalziel>, <MacKenzie>, <Menzies> という綴字が生まれた.
 逆にいえばもともとは <Dalʒel>, <MacKenʒie>, <Menʒes> などと綴られていたということであり,ここで <ʒ> が表す音はそれぞれ有声硬口蓋摩擦音 [j] や有声軟口蓋摩擦音 [ɣ] に近い音だったと考えられる.この発音がそのまま現在までに発展してきたのが上記で伝統的と述べた発音であり,<z> を伴う現代的な発音は綴字が <z> に切り替わってからの綴字発音 ( spelling-pronunciation ) ということになる.
 この話題については,BBC の記事 Why is Menzies pronounced Mingis? が非常におもしろい.
 字体が似ているがゆえに混用が起き,その混用の名残が現在にまで残っている同様の例としては,[2009-05-11-2]の記事で取りあげた "thorn" と <y> がある.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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