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personal_name - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-05-02 13:01

2010-12-08 Wed

#590. last name はいつから義務的になったか [history][onomastics][personal_name][norman_conquest][by-name]

 last name は surname, family name などとも呼ばれるが,日本語の名字に相当する名前である.イングランドでは,ノルマン征服以前は last name の使用は一般的でなかった(オランダなどヨーロッパの他の国ではさらに遅かった).中世イングランドで last name の使用が促された要因は様々だが,1つには英語に first name の種類が不足していたという事情がある.現在の英語名を考えても,同じ first name では人物の見分けがつかないという状況は大きく改善されていないように思われる.
 last name の使用を促した法的な要因として,2点を指摘したい.1つは Richard II の統治下で1377年から実施された poll tax 「人頭税」である.税金を取り立てるために,まず13歳以上のすべての国民の名前を収集する必要があったからである.特に1380年の人頭税は貧富に無関係の重い大衆課税で,1381年の Wat Tyler による農民一揆 ( the Peasants' Revolt ) を引き起こした.歴史上,悪名高い税である.
 もう1つは1413年の the Statute of Additions の制定である.これにより,すべての法的書類は,人物の first name のみならず,職業と居住地をも合わせて記載しなければならないことになった.職業や居住地の名称というのは英語の多くの last name の起源であり,こうしてイングランド国民はみなが固定した last name をもつに至った.
 世界における名字の使用時期は,文化によって大きく異なる.中国では紀元前2852年に家名継承が制定された.日本では,名字帯刀は江戸時代の武士の特権であり,平民は名字帯刀御免を受けなければ名字を唱えることが許されなかったが,明治維新後,1870年になってすべての国民が名字を帯びることになった.しかし,これとて徴税や兵役を目的とした人物特定の意図が強く,イングランドの場合と同様に political/bureaucratic なものだったのである.
 (現政権にしてもそうだが)不当に税金を取られるくらいなら,名字を捨ててもよいかもしれないな,とまで考えさせられるしまう last name の歴史である.

 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990. 196.

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2010-10-19 Tue

#540. Ralph の発音 [pronunciation][etymology][personal_name][spelling_pronunciation_gap]

 授業で学生から,男性の名前 Ralph がなぜ /reɪf/ と発音されるのかという質問があった.なるほど,Ralph には綴字から予想される /rælf/ の発音もあるが,/reɪf/ という発音もある.後者は伝統的な発音で,特にイギリスで多く聞かれる人名である.例えば,アメリカ人作家 Ralph Waldo Emerson やアメリカ人ファッション・デザイナー Ralph Lauren では前者の発音が,イギリス人作曲家 Ralph Vaughan Williams では後者の発音が聞かれる.
 この名前は,Old Norse の RaðulfrRadulf として Old Norman French に入り,その短縮形 Raulf が英語に入ってきたものである.Old Norse の形態は古英語の Rǣdwulf ( rǣd "counsel" + wulf "wolf" ) に対応し「助言する狼」ほどの意である.現在の綴字は18世紀に一般化した.<ph> の綴字はラテン語あるいはギリシア語の綴字習慣を摸した一種の格好つけだろう.wulf はもともとこれら古典語に由来するわけではないので etymological respelling ( see [2009-08-21-1], [2009-11-05-1] ) とは呼べないが,効果としては同類と考えられる.
 <ph> の綴字をもつようになった別の例としては,古英語の rand "shield" + wulf "wolf" に由来する Randolph がある.Bēowulf ( bēo "bee" + wulf "wolf" ) も現代に伝わっていたら,*Beewolph とか *Beelph のような名前になっていたかもしれない.
 さて,/reɪf/ という発音についてはどうだろうか./rælf/ から /reɪf/ への発音変化の道筋については,調べてみたが詳細は分からなかった.しかし,次のような道筋が想定されるだろう./reɪf/ が大母音推移の出力結果だとすると,入力は /raːf/ である.後者の発音は,Raulf などの初期形態から子音 l の脱落あるいは先行母音との融合によって容易に到達しうる.実際に,Rauf, Rafe などの中間形態を表わす綴字が歴史的に例証される.発音と綴字がそれぞれつかず離れずに発展し,最終的にはちぐはぐな対応関係 <Ralph> = /reɪf/ に至ったというのが真相ではないか.人名や地名などの固有名詞,特にイギリスのものには,このような「ちぐはぐ」が多く見られる ( see [2010-07-18-1] ) .

Referrer (Inside): [2015-01-14-1]

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2010-07-18 Sun

#447. Dalziel, MacKenzie, Menzies の <z> [alphabet][g][yogh][spelling_pronunciation][personal_name][z]

 昨日の記事[2010-07-17-1]で影の薄い文字 <z> の話題を取りあげたが,スコットランド系の人名について英語史上 <z> にまつわる興味深い話しがある ( Scragg, p. 23 ) .標題の三つの人名はいずれも <z> を含んでおり,発音はそれぞれ /ˈdælziəl/, /məˈkɛnzi/, /ˈmɛnziz/ と /z/ を伴って発音されるのだが,/z/ を伴わない伝統的な別の発音もあり得るのである.後者はそれぞれ /diˈɛl/, /məˈkɛni/ (現在ではほぼ廃用), /ˈmɪŋɪs/ と発音される.
 ちょうど小川さんが「おがわ」なのか「こかわ」なのか漢字からは判別がつかないように,Menzies さんは綴字だけでは /ˈmɛnziz/ なのか /ˈmɪŋɪs/ なのか分からないという状況がある(実際にスコットランドでは学校の同じクラスに,二つの異なる発音をもつ Menzies さんがいることがあるという).
 なぜこのような状況になっているかを理解するためには,中英語の綴字習慣を知る必要がある.古英語以来,"yogh" /joʊk, joʊx/ と呼ばれる文字 <ʒ> が硬口蓋摩擦音や軟口蓋摩擦音を表すのに用いられていた.具体的には [j], [x] などの音に対応し,後に音に応じて <y> や <gh> に置換されることとなった多用途の文字である.中英語では隆盛を誇った <ʒ> だが,近代英語期の印刷技術の発展に伴って衰退し,他の文字に置換されることとなった.特にスコットランドでは,発音と対応するからという理由ではなく字体が似ているからという理由で,<z> がしばしば置換候補となった.<z> の小文字の筆記体を思い浮かべれば,字体の類似は明らかだろう.人名などで <ʒ> → <z> の書き換えが起こった結果,現在の <Dalziel>, <MacKenzie>, <Menzies> という綴字が生まれた.
 逆にいえばもともとは <Dalʒel>, <MacKenʒie>, <Menʒes> などと綴られていたということであり,ここで <ʒ> が表す音はそれぞれ有声硬口蓋摩擦音 [j] や有声軟口蓋摩擦音 [ɣ] に近い音だったと考えられる.この発音がそのまま現在までに発展してきたのが上記で伝統的と述べた発音であり,<z> を伴う現代的な発音は綴字が <z> に切り替わってからの綴字発音 ( spelling-pronunciation ) ということになる.
 この話題については,BBC の記事 Why is Menzies pronounced Mingis? が非常におもしろい.
 字体が似ているがゆえに混用が起き,その混用の名残が現在にまで残っている同様の例としては,[2009-05-11-2]の記事で取りあげた "thorn" と <y> がある.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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